発端は放課後の掃除の時間におこった。

「ねえ、洞木さん?」
「え?なにかしら、綾波さん?」

ヒカリは教室のゴミを手に持った箒で払いながら背後のレイを振り向いた。
そこにはバケツから雑巾を取り出して絞っているレイがいる。
その光景はお母さんのような印象をヒカリに与えた。

「…子供の名前ってどうやって付けたらいいかしら?」
「……え?」

レイの言葉にヒカリは思わす聞き返した。






天使と死神と福音と

第拾壱章 外伝 〔What is your name?〕

presented by 睦月様







「ど、どういうことかしら?」
「?…子供に名前をつけてあげたいの?」
「「「「「「子、子供!?」」」」」」

教室にいた皆の視線がレイに集中した。
当のレイは意味がわかっていないのだろう。
不思議そうに周りを見回して首をかしげている。

「?…どうかしたの?」
「い、いいえ…」

ヒカリは自分の脳内妄想を否定した。
なんと言ってもまだ14歳なのだ。
…そんな事はない、あるはずないと自分に言い聞かせる。

コトン

そのとき、レイのスカートから文庫本程度の本が一冊落ちた。

「あ、綾波さん落ちた…」

本を拾ったヒカリの動きが止まる。
その瞳は本のタイトルを凝視していた。

『我が子への最初のプレゼント!!
   命名大全集!!
     画数・文字数編!!』

「「「「「……」」」」」

ヒカリだけでなく、それに気づいた教室の皆が沈黙した。

ガラ!!

「ただいま、ゴミ捨て終わったよ…ってなにしてんの?」

教室の扉を開けて入ってきたのはシンジだった。
ゴミ捨ての帰りらしく両手でゴミ箱を持っている。

シンジは戻ってきたら教室の皆がフリーズしているのを何事かと見ている。

それに気づいたクラスメート達がブリキ人形みたいな動作でシンジを見た。

「うっ」

シンジはその目を見て後ずさった。
瞳の中にぎらぎらしたものが光っている。
カナリヤバイDEATHヨ

「…シンジ君?」
「な、なに委員長?」
「不潔よ!!」

ヒカリは高速で床を蹴ってシンジに肉薄すると共に手に持っていれたものを振り下ろす。
それは教室をはわいていた箒…
真剣白刃取りでも出来ればよかったんだが、生憎とシンジの両腕はゴミ箱を抱えていたので反応が遅れた。

バシン!!
「あうっ」

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保健室

「ぎゃはははははは、それでアンタずたぼろにされたわけ?」

騒ぎを聞いて駆けつけたアスカが大爆笑する。
かなりつぼにはまったらしい。

当のシンジはあっちこっちに軽い怪我をしている。
擦り傷程度だが怪我は怪我だ。

「まあ、そんなとこだよ。流石にあの量はっでぎゅお!!傷口にしみますって凪さん!!!」

「お前はじっとしていればいいんだ。瞬きすらするな」
「そんな無茶いって消毒液のガーゼ押し付けないで下さいって!!」

凪が消毒薬を浸したガーゼでシンジの傷口を洗おうとするたびにシンジの絶叫が保健室に木霊する。

シンジは教室で寄ってたかって蹴りまくられ、体のあっちこっちに靴跡を張りつけながら保健室に避難してきた。
ちなみに蹴っていたのは主に男子生徒で、泣きながら蹴っていたのは言うまでもない。

「結局、何が原因だったんだシンジ?」
「それがぼくにもなんとも…」

はっきり言ってシンジにはまったく覚えがない。
ごみ捨てから帰ってきたらいきなりのリンチ祭りへの突入
かなりの理不尽さだ。

「くふふふふ」
「なにさアスカ?何か知っているの?」
「ええ、ヒカリに聞いてきたわ、あんたがレイに子供を作らせたって」
「……なんだと?」

シンジがその言葉の意味を理解するまでに数秒…

「なんじゃそりゃ!!」

「レイがね、子供の名前を付けるにはどうしたらいいか?ってヒカリに聞いたらしいわ」

その言葉に慌ててシンジ達はレイを見た。
意味の分かっていないレイは不思議顔だ。

「あ〜っと、レイ?子供って?」
「?…ちびレイの事よ」
「なるほどね…」

何となく状況が理解できた。
哲学的に言うと・・・もてない男達の嫉妬だ。

「でもなんで?ちびレイでもよくない?」

アスカの言葉にレイは首を振る。

「あのこは私じゃない、だからあの子にはあの子だけの名前をあげたいの…」
「「「……」」」

レイの言葉に三人は顔を見合わせる。
その顔は微笑んでいた。

「確かに必要かもしれないね、レイはどんな名前がいいと思う?」
「わたし、わからないの・・・」

レイは困ったような顔でうつむく。
何かに名前をつけたことなどないのだろう。
戸惑うのも分かる。

「そういうことならまっかせなさい!!」

アスカがレイに向かって宣言した。
当然、仁王立ちである。

「アスカ?何かいい名前でもあるの?」
「ふっ、皆で考えれば楽勝よ」
「まあそんなところだろうね…」

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「っていうことで皆も協力するように!!」

アスカの言葉がシンジの家に響く。
いつもの居間にこれまたいつものメンバーが集まっていた。
ここにいないのはミサトと凪だけだ。

最近、ミサトはある事情から残業が多くなっている。
凪は「これもいい経験だ」といって子供たちに任せて遠慮した。

アスカはどこからかもって来たホワイトボードの前で例のごとく仁王立ちする。

「さって、それじゃあまず議長を決めましょう。もちろんあたし」
「最初からその気だったんだろう?」
「なによ、シンジ?何か文句あるの?」
「いや、それ自体に文句はないけれど、これはなに?」

シンジはテーブルの上のものを指差した。
そこにあるのはジュースやポテトチップスなどのお菓子類…

「まるっきり宴会の準備に見えるんだけれど?」
「ちびレイの名前を決めるついでに宴会をするのよ。」
「…名前を決めるのがメインなんだろうな?」
「もちろんよ!!」

そんなこんなでちびレイの名前を決めると言う命題を持った宴会がスタートした。
みんなそれぞれ考えた名前を言い合うがなかなか決まらない。
なんと言っても人一人の名前だ。
安易にペット感覚でつけるわけには行かない。

「ねえシンジ君?」
「ん?」

宴会が始まってしばらくするとマナがシンジに話し掛けて来た。

「シンジ君はなにかいい名前ないの?」
「う〜ん、ちょっと思いつかないな〜名前って一生のものだから悩むよね」
「マユミはなにかない?」

シンジが困った顔をしているとマナがマユミに意見を求めた。
本好きの彼女のことだからそのあたりの知識は豊富そうだ。

「そうですね〜」
「え?マユミ?なにか顔が赤くない?」
「そうですか〜?ヒック…」

マユミの様子がおかしいのにシンジも気がついた。
同時にシンジの中で何かが警戒音を響かせる。
これから何かとんでもない事が起こりそうな気がする。

「…マユミさん?」
「あ〜シンジ君だ〜なんで何人もいるんですか〜」

ひっじょ〜うに陽気だ…
いつもの彼女からは考えらない。
しかも顔を赤くして瞳が潤んでいる。

その時、シンジはマユミの持っているジュースの缶のラベルに気がついた。
慌ててこれを持ちこんだ人物を記憶から引っ張り出してみる。

それに思いいたった時、シンジは高速で振り向いた。
その視線の先にいるのは……アスカ

「ア、アスカ?」
「シンジ?どうかした?」
「このジュースを持ち込んだのはアスカだろ?」
「そうよ、どうかしたの?」
「……酎ハイが混じっている。」

シンジの言葉にアスカはいぶかしげな顔をした。
理解できなかったらしい。

「酎ハイってなに?」
「ジュースで焼酎とかを割った飲み物…アルコールの入ったお酒だよ」
「マジ?」

アスカも流石に驚いたようだ。
あわててマユミに近づいて脈を取る。

「どうやらアル中にはならなかったみたいね、このままじっとさせときましょ」
「何でそんなもの買ってきたんだよ?」
「し、仕方ないじゃない。ドイツにはそんな飲み物なかったんだし…」

どうやら、マユミは大丈夫らしい。
周りのあわてぶりを無視するかのように程なく寝息を立て始めた。
飲むと寝るタイプらしい。

シンジはある事に気づいて半眼になる。

「アスカ?」
「な、なに?」
「まだ漢字ドリル…終わってないんだろ?」
「あう」

アスカの態度でばればれだった。
要するにまた漢字がわからなかったのだ。
シンジとマナはため息をついた。

「おれのまえをはしるんじゃねえ!!!」
「「「っつ!!」」」


いきなり背後から来た声に三人が飛びあがる。
声の主はケイタ
テーブルにのって絶叫している。

「ちょっとケイタ!!」
「シンジ〜!!」
「おわ!!」

いきなり予想もしない方向から飛びつかれてシンジが倒れこむ。

「な!だれだ!!」

シンジが見るとムサシだった。
しかも、涙やら涎やら体液を顔中からながしている。

シンジの頬が引きつった。
泣き上戸だ。

「俺だってな、俺だってな、女の子にもてたいんだよ〜」
「は、はあ…」
「よく言ったムサシ!!」

テーブルの上からケイタが大声で同意する。
なぜガッツポーズつきなのだろうか

「俺はここに〜!!シンジの〜!!!もてもて禁止を要求する〜!!!一人だけ女の子にちやほやされているのが気に食わん!!!!俺達にもわけやがれ!!!!!」
「同意であります隊長殿!!」


ムサシが拍手をしながらケイタに同意する。
たちが悪い酔い方をする二人だ。

「酔いが醒めたら覚えてやがれ…この酔っ払いども…」

シンジが物騒な言葉を吐く。
かなりマジだ。

しかし、それが実行される事はなかった。

「…邪魔」
ドン!!

ケイタがいきなり吹っ飛んだ。
そのまま途中にいたムサシを巻き込んで壁にたたきつけられる。
あまりの事にシンジ達があっけにとられてケイタから視線を戻すと…そこには今夜のラスボスがいた。

「レ、レイ?」

誰が名前を呼んだのかはわからなかった。
そこにいたのは右手に酎ハイの空き缶を持った蒼銀の髪の少女…
顔は桜のように薄く色づいて色っぽい。

「…シンジ君?」
「は、はい?」
「シンジ君…」
「な、なに?」

レイはしゃべりながらゆっくりシンジに接近していく。
当のシンジは自分の中に恐怖があるのに気づいた。
このままだと命の危機に直面する・・・そんな予感が…いや、確信がある。

「ア、アスカ?…マナ?」

シンジが助けを求めて左右を見まわす。
しかし…

「う、裏切り者…」

すでに二人とも安全圏に退避していた。
特にアスカなどはそっぽを向いて我関せずを体現している。
薄情にも程があるだろう。

「シンジ君?」
「うわ!!」

いきなり目の前まで来ていたレイの言葉にシンジが慌てる。

「シンジ君?」
「な、なんでしょうか?」
「……」

ガシ!!

「「「な!!」」」

三人の視線の先でレイがシンジに抱きついた。
腰の部分に手を回してシンジの胸に頬擦りし始めた。
酔うと何かに抱きつく癖、どうやらこれがレイの酔い方らしい。

「ちょっとレイ!!なに…」
「うがああああ!!」
「はい?」

アスカが何か言いかける前にシンジの口から悲鳴が上がった。
よく見るとシンジのからだが某メダリストのイナバウワーのごとくのけぞっている。
レイの腕がシンジの体にめり込んで締め上げていた。

「シ、シンジ君!?」
「シンジ!!」

アスカとマナが叫ぶ
その声に気を取り戻したシンジが【Right hand of disappearance】(消滅の右手)を発動した。
空間を削り取ってシンジがアスカの隣に現れる。

「シンジ、大丈夫!?」
「な、中身が飛び出るかと思った…」
「どうなってるのよ一体!!」
「酔っ払ってレイの【Power of good harvest】(豊穣なる力)が暴走している。」

涙目になったシンジの視界にはいきなりシンジの姿を見失ったレイが不思議そうに自分の手を見ている。

「え〜っと…つまり?」
「今のレイは人間サイズのダンプカーだ。」
「「うっそ〜!!」」

アスカとマナがそろって叫ぶ
当のレイはやはり不思議そうな顔で周りを見まわしている。

アルコールが入っているためその表情はトロンとしていてなかなか可愛い。
状況だけ見れば酔っ払いが酒の勢いで馬鹿力を出しているという状況だが、今の彼女に近づくと命の保証すら出来ない。

「…シンジ君?」

レイがシンジの姿を見つけて近寄ってくる。

「シ、シンジ?アンタどうやらロックオンされたようよ?」
「覚えてろよアスカ…絶対このおとし前はつけてもらうぞ!?」

シンジ達は逃げ出した。
こんな状態のレイを外に出せばどれほど被害を出すかわからない。
それゆえにシンジの家の中でのおいかけっこという事になる。

そこで何が起こったかを本にすれば一大スペクタクルの長編が出来上がるだろう。
友情、努力、根性を駆使して彼らは逃げ回った。

唯一の救いは酔っ払いの常…酔いつぶれて寝てしまうことだ。
それゆえに、命がけの鬼ごっこはレイが酔いつぶれるまで続いた。

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「…おまえら…話し合いをするんじゃなかったのか?」

翌日、いつものようにシンジの家に来た凪はそれを見て唖然とし、程なく正確に結論を出した。
すなわち、子供達がはしゃぎすぎたようだ。

シンジの家は所々の壁に穴が開き、さらにテーブルは真っ二つ、まさに廃墟と言うしかない光景、昨日まではシンジの整理が行き届いた部屋が跡形もない・・・しかもあっちこっちに子供達が倒れて寝ている。
とりあえず死んではいないようだ。

「……」

凪は床に落ちている物の中に酎ハイの缶を見つけると深いため息をついた。

「…さっするに酒を飲んで暴走したか?この状況だと綾波か?」

なんと言ってもこの中でこんな事が出来そうなのは彼女しかいないだろう。
アスカの歪曲王が出てきたと言う可能性よりはありうるし、シンジは時々飲んでいるみたいだから暴走の可能性も低い。

とりあえず結論が出た凪はこんな状況の室内に子供たちを置いておくわけにもいかず。
一人一人抱えあげて自分の家に運んでいって寝かせる。
割と力持ちな凪だが、子供たちはよほど深く寝入っているのか運ばれている間も誰一人起きない。

その中でも特にレイの寝顔は安らかだった。
代わりにシンジ、アスカ、マナの様子はずたぼろで寝ている・・・というよりは精魂尽き果てて気絶しているようだ。

「さて…」

子供たちを移動させたすさまじく荒れている室内を見回して、ふと倒れているホワイトボードが目に止まった。
気になって起こしてみる。

「へ〜ちゃんとやる事はやったのか…」

凪はそこに書かれている物を見てにっこり微笑んだ。

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「あたらしいおなまえ?」
「そうよ」
「でも、わたしのおなまえはレイよ?」
「そうね、でもね私も綾波レイなの、だからあなたにはあなただけの名前のほうがいいと思うのよ」

レイの言葉にちびレイは首をかしげた。
少し難しかったらしい。

「よくわかんないけれど…わかった。」
「そう、ありがとう…そしてごめんね」
「?、なんでおねえちゃんがあやまるの?」
「そうね…」
「ねえ、わたしのあたらしいおなまえはなんていうの?」
「ふふっそれはね…」

レイは微笑んでその名前を告げた。

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「綾波メイか…いい名前だよね」

シンジは笑いながら瓦礫を片付ける。
今頃はレイが零号機の中でその名前をちびレイに告げている頃だろう。

「うううっ何であたしがこんなこと…」
「なんか言った?」

シンジがギロリと音がしそうな視線で部屋のかたづけをしていたアスカを見る。
シンジの家は廃墟に近い有様だ。
もはや直すよりリホームのほうが早い。

「いえ、なんでもないですぅ〜」
「よろしい」
「なあシンジ?」

砕け散った家具をまとめていたムサシがシンジに声をかける。

「そんなに凄かったのか?昨日・・・まったく覚えてないんだが・・・」
「・・・この状況が全てを語るよ」

一晩でこれだけの破壊をしでかしたのだ。
今後レイに酒を進めるものはいるまい。

「みなさ〜ん、お弁当できましたよ〜」

そう言って部屋に入ってきたのはマユミだった。
彼女はシンジの家が使えなくなったので自分の家で料理を作って持ってきてくれたのだ。
彼女の後ろから料理を持った凪とケイタが続く。
マナはレイについて本部にいっているためにここにはいない。

「まったく、酒なんか飲むからだ。」
「いや、まったくごもっとも」

あの状況を生き延びたシンジ達は深く深く頷く。
実感が篭っているのはそれだけ昨日のことが強烈だったのだろう。
部屋の片付けを一段落させて皆で食事を取ることにした。

「今日もいい天気で・・・平和だな〜」

さすがに瓦礫の転がっている室内で食事というのも世紀末っぽくて気が滅入るので、シンジ達は椅子と簡易机を持ち出して屋上に移動した。
アメリカ式のオープンカフェのごとく青空の元での食事だ。
これはこれで気分が良いがシンジの家の惨状を思い出すと憂鬱な気分になる。
朝から瓦礫や壊れた家具の片付けをはじめたのにまったく片付かないのだ。
専門の業者に頼んだほうが早いかもしれない。

「にしても誰がホワイトボードにメイって名前を書いたんだろう?」

シンジの言葉に皆が顔を見合わせる。
誰も書いた覚えはない。

その時、フッとかすかに死神が笑った。






To be continued...

(2007.08.04 初版)
(2007.10.13 改訂一版)


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