影は・・・

影は万物の写し身・・・

それは肉親より近く、他人より遠い存在

全ての本質を地に映し、その輪郭は真の自分をさらけ出す。

それはこの世界の対になるもう一つの世界・・・

世界を写し取る黒き者

その者の名は・・・影法師


これは少年と死神の物語






天使と死神と福音と

第拾弐章 〔己の半神〕
T

presented by 睦月様







ネルフの一室でパソコンのモニターに向かい合う加持の姿があった。
眉間にしわがよっているところを見ると何か難しい問題を抱えているようだ。

「ふむ・・・」

加持はパソコンのモニターを見ながらうなった。

「・・・まさか担がれたとも思えんが・・・」

キーボードを操作して情報を検索する。
内容はチルドレンを護衛している保安部からの報告書だ。
加持が検索しているのはシンジの行動に関する項目で、彼がこの町に来てからの行動が報告書としてでて来ている。

「ここまでまっさらに出来るもんじゃないな・・・やはり他の何らかの組織との関連性は薄いか・・・しかし、シンジ君が言った”友達”に関してもやはり情報がない・・・一体何者なんだか・・・その人物が統和機構の関係者と言う事だろうか・・・」

加持はゼーレの存在も統和機構の存在も知っていた。
シンジに関しては裏の関係を含めて詳細に調べてくるようにゼーレからも依頼されているが、加持の場合は命令されなくてもシンジを調べただろう。
それほど彼のもつ魅力と秘密は加持の好奇心を刺激した。

「自分でもよくないとは思っちゃいるんだがな・・・」

そうつぶやいて加持はキーボードを操作する。
モニターに映ったのは黒いマントを着た人影
数ヶ月前にネルフ本部に潜入したと言う不審人物だ。
この事は一般職員は知らない。
情報が規制されている。

不振人物が進入したことを知っているのはトップのゲンドウと冬月、そしてこの事の調査を任された諜報部の数人だけだ。
ちなみに、加持はその中に含まれてはいない。
それなのに何故彼がこんな情報を持っているかというと、もちろんこっそり拝借したのだ。

すべての資料に目を通した加持は大きく背伸びをする。
座っていた事務用椅子がきしんだ。

「・・・ちょっといいかしら?」

声とともに部屋の扉が開いて一人の女性が入ってきた。
白衣を着た女性はリツコだ。

「リッちゃん、こんなむさくるしいところに何しに来たんだい?」
「ちょっと気になることがあってね」
「俺の今夜の予定?君が誘ってくれるならいつでもフリーだよ」
「おあいにく、それよりも・・・」

リツコは加持の見ていたモニターを見て顔をしかめた。

「・・・こんなもの、どこから仕入れたの?」
「秘密さ、寝物語になら話てもいいけれどね」
「それは残念ね」
「あっさりしたもんだ。」

二人は余裕の表情で笑いあう。
この程度のやり取りで興奮してわめくのはミサトくらいだ。
それだけ若いと言うことなのだろう・・・中身が・・・

「それより、加持君?ミサトの事だけど・・・今、大変よ」
「ん?何かあった?」
「あら、お惚け?あなたがこの前、凪さんの事を話したのはわざとでしょ?」
「なんでそう思うんだい?」
「あれからミサト、諜報部からの報告を見直したのよ。そうしたらほとんど通り一辺の調査しかしてない事案がいくつかでてきたわ、気づいてたんでしょ?」
「お役所仕事のように言われたことだけ調べて報告書を出していたからな、ロボットじゃあるまいに・・・」

加持は肩をすくめた。
どうやらそれを気づかせるためにもわざと目の前で凪のことを話したらしい。
情報は時として重要度が変化する。
多く、そして正確であるに越したことはない。

「ふふっ、おかげでミサトはその再調査で忙しいわ、あなたがやるわけには行かなかったの?」
「俺は所詮、外様だからね〜出張も多い、ここは一つ美人の作戦部長に気合を入れてもらったほうが連中も気合が入るさ」
「ミサトのほうはそれでいいとしても・・・私にもはなしたのはこれが目的でしょ?」

リツコが取り出したのは一枚のDVD

「シンジ君のこれまでの戦闘における記録とその周囲の人間関係、それと霧間凪さんの経歴が入っているわ」
「気前がいいね?」
「どうせ私がそのあたりも調べるのを見こんでMAGIにハッキングして情報を取るつもりだったんでしょ?」
「そこまで腹黒く思われているとは寂しいね〜」

加持はリツコから受け取ったDVDを見ながらうなずいた。
狙っていなかったと言えば嘘になるが
正直、あまり期待してはいなかったのが本音だ。

「それと・・・」

リツコはチラッとモニターの中の黒マントを見る。
少し表情が重くなった。

「この持ち出し禁止の資料を持っていることは見逃してあげる・・・」
「なあリッちゃん?」
「なに?」
「こいつを直接見てどう思った?」

思いもかけない言葉にリツコがあわてて加持を見る。
何とか感情を押さえ込むが遅い。
リツコらしくない失態だ。

「・・・私はこの人物と会った事があるなんて言った覚えはないわよ?」
「この映像、ドグマの近くだろう?ひよっとしたら鉢合わせしたんじゃないかとカマをかけたんだが・・・本当に会ったんだな・・・」
「・・・ずるい人ね・・・」
「そりゃどうも、それで?どんな奴だった?」
「それを言えと?」
「ドグマで君が何をしていたかは追求しない。俺がほしいのはこの人物の情報だ。」

リツコが少しうつむいて考える。
この黒マントのことはいまだ何も分かっていない。
自分のことをブギーポップと名乗っていたがどこまで信じていいのか・・・あの時受けた威圧感や殺気は今思い出しても寒気が来るほど強烈なものだった。
死神というのも嘘じゃないかもしれないと思わせるように・・・加持に教えることは機密漏洩に繋がるかもしれないがそれ以上にこの男ならあの死神の情報を掴めるかもしれない。
数秒悩んだ後、リツコは決断した。

「身長は低かったわね、中学生くらい?顔は帽子を深くかぶっていてわからなかった・・・」
「声は?男?女?」
「・・・どっちつかずな口調だったわね、自分のことを僕って呼んでたけれど当てにならないと思う。」

加持は予想していたらしく、軽く肩をすくめた。
何もわかっていないに等しい。

「自分のことはブギーポップだって言っていたわね」
「ブギーポップ?」
「都市伝説らしいわよ。なんでもその人間が最も美しいときに、それ以上醜くならないように命を奪う死神・・・」
「よく分からん話だな・・・死神か・・・俺の予想だとこいつはシンジ君なんだが・・・」

シンジの当日の行動にはアリバイがある。
子供達と一緒に一晩中いたと言うのだ。
しかし、これはあくまでも彼らだけの証言なので確証がない。
残念ながらその日は使徒の襲来と本部の停電が重なって混乱していたこともあり、保安部、諜報部共に混乱を収めるために駆り出された。
そのため護衛をつける余裕もなく、ついたとしても一人か、多くて二人だっただろう。
今までのことを考えると出し抜くことは出来なくもない。

「彼の場合、明確な証拠がないとはぐらかされるわよ?」
「またもや証拠がないか・・・」

加持は再び天井を見て考え込んだ。
シンジの秘密を暴くには何か一手足りない。

「・・・カマをかけてみるか・・・」
「え?何のこと?」
「いや、シンジ君に揺さぶりをかけてみようと思ってさ・・・」

それを聞いたリツコがニヤリと笑う。
共犯希望らしい。

「おもしろそうね?」
「リッちゃんも協力してくれる?」
「いいわよ」
「二言は無しだぜ?」

しかし、リツコは加持がやろうとしていることを聞いたとたん自分の言葉を後悔した。

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加持は巨大な扉の前に一人立っていた。

「・・・・・・」

無言でポケットから一枚のカードを取り出すと扉の横のカードを認識するスリットに通す。
しかし、帰ってきたのは扉の開く音ではなくエラー音

「・・・そこまでよ」

加持は自分の後頭部に押し当てられたつめたい感触に両手を上げる。
この感触は間違いなく銃口だ。

「IDは私が変更したわ」
「諜報部の見直しで忙しいんじゃなかったっけ?」
「その諜報部の報告の中になんでかあんたの情報も入っていたのよね・・・何でかしら?」
「・・・なんって書いてあった?」
「特務機関ネルフ特殊監察部所属・加持リョウジ、同時に日本政府内務省調査部所属・加持リョウジ・・・」
「ばればれか・・・ネルフの諜報部も案外やるな」

加持は苦笑した。
実のところゲンドウ達にはそのあたりはばれている。
それでもネルフにいられるのは泳がされていると言う事なのだ。

「これがあなたのホントの仕事? それともアルバイトかしら?」
「どっちかな?」
「とぼけないで」
「碇司令の命令か?」
「私の独断よ。これ以上バイトを続けると・・・死ぬわ」
「碇司令は俺を利用している。まだいけるさ。・・・だけど、葛城に隠し事をしていたことは謝るよ」

加持は肩をすくめる。
本当に悪いと思っているかどうかそれを見ただけでは判断できない。

「なあ葛城?」
「なに?」
「今日はゲストが後二人いるんだ。説明はその後でいいかい?」
「へ?」

ミサトは疑問の声と共に背後に現れた気配に気づく。
あわてて銃口を向けるとそこにいたのはリツコだった。

「物騒ね、ミサト」
「リ、リツコ!!なんでアンタが!!」
「ちょっと加持君のやることに興味があってね」

そう言ってニヤリと笑うリツコにミサトは絶句するしかなかった。

「・・・後一人いるって言ったわよね?」
「ああ」
「だれ?」
「もうすぐ来ると思うんだが・・・」

加持がそうつぶやいた瞬間、誰かの足音が響いてきた。
程なく暗闇から姿を現したのはいつものようにスポーツバックを持ったシンジだ。

「シ、シンジ君!?」
「こんにちわ、あれ?加持さんだけかと思っていたんですけれどミサトさんもリツコさんもいたんですね」

にこやかに笑いながら挨拶をするシンジに ミサトはリツコと加持を振り返った。

「な、なんでっシンジ君がここにいるのよ!!」
「彼のガードははずしてあるわ、ここにいることは記録に残らないようにしてある。」
「そうじゃないでしょ!!」

ミサトが叫ぶが他の三人は清ましたものだ。
どうやら状況に流されているのはミサトだけらしい。
加持がシンジに近づいて挨拶をする。

「今日は来てくれてありがとう。」
「いえいえ、それよりびっくりしましたよ。ドグマの最深部に呼び出されるなんて」
「ははは、一般職員は立ち入り禁止だからね」
「ネルフの職員じゃないぼくはなおの事まずいのでは?」

シンジの言葉に加持は苦笑した。
そのまま振り返ってリツコのところに行く。

「・・・・・・」

リツコは黙って自分のIDを加持に渡した。

「司令も副司令も君達に秘密にしている事がある。それが・・・こいつだ。」

加持はリツコのカードをスリットに通す。
今度はエラー音は出ない。
代わりに認証した証の電子音がした。
大きな音がしてゆっくり扉が開きだす。

「・・・うっ」

その先にあるものを見たミサトがうめく。

それは十字架にはり付けにされた白い巨人・・・
七つの目の書かれた仮面をかぶせられた第二使徒のリリスだ。

「これがアダム・・・」
「そう、人類補完計画の要であり始まり・・・アダムだ。」
「確かに・・・ネルフは私が考えてるほど甘くないわね」

ミサトと加持が真剣にやり取りをしている。
それをシンジはいぶかしげな顔で見ていた。

(・・・なんなんだこれ?)

シンジは驚いてはいなかった。
もうこの巨人を見るのは何度目だろうか・・・驚くに値しないほどには見ている。

同時に加持もこれがアダムではないことを知っているはずだ。
本物は彼がオーバー・ザ・レインボーで日本に持ってきたのだから間違いない。
ミサトには悪いが、それを知っているシンジには茶番にしか見えない。

そもそもおかしいのはリツコだ。
こんな状況はゲンドウやリツコにとっては忌避したい状況のはず、それなのにさっきから静か過ぎる。

そう思ってリツコを見た瞬間・・・

「「・・・・・・」」

リツコと目が合った。
彼女もシンジのことを見ていたのだ。

「驚いていないのね・・・シンジ君?」
「え?」

その言葉に気づいてミサトがシンジを見る。
加持も面白そうにシンジを見た。
ミサトは驚きの表情で、加持は笑っていたがその視線は鋭い。
まるで罠にかかった獲物を見る目だ。

(・・・なるほど、ぼくが狙いか)
(これを見せることは相当危ない橋を渡ることになるだろうに・・・)

シンジが黙っているのを肯定と取ったリツコが言葉を重ねる。

「普通これを見たら誰だってミサトのように驚くはずよね?」
「・・・以前、エヴァが使徒の同類ってことを話したことがありますよね?だからこんなものがあってもおかしくないと思ってました。」
「それにしてもまったく驚いてないのはおかしいわ、あなた最初からこれのことを知っていたんじゃないの?」

リツコの瞳には確信の色がある。
じっとシンジを見て離れない。
代わって加持がシンジの前に歩み出る。

「シンジ君?」
「加持さん?」
「君は何のためにこの町に来たんだい?」
「・・・呼び出されたからですよ、知ってるんでしょ?」
「確かに司令は君を呼び出したかもしれん、しかし「来い」としか書かれてない手紙でわざわざ来るとは思えないんだがね?実際、君は面倒なことがあることを予想していたらしいじゃないか?」

確かに、冬月とそんなことを話したような気がする。
耳ざといことだ。
そんなことまで調べたとは・・・

「何が言いたいんです?」
「・・・腹を割って話そう。実は君に何らかの組織の関与があるかどうか調べるように言われている。」

加持の言葉に驚いたのはミサトだけだった。
他の三人は黙って見詰め合っている。
この程度で動揺したりはしない。

「・・・つまりぼくにスパイの容疑がかかっていると?」
「まあ、考えすぎだと思うがね、君が今までやったことを考えれば君が人類の敵でないのは明らかなんだが…」
「ネルフの味方かどうかはわからない?」
「まあそんなところだ。」

あっさりと言い切る加持にシンジのほうが面食らう。
ここまで真正面から来るのは何も考えてないのかと疑いたくなるほどだ。

「もっとも個人的な興味が多分にあるのも否定しないがね」

シンジはため息をついた。
まったく本心を隠していない。
自分に正直なことが悪いとは思わないがここまであっけらかんと言いきられるとあきれを通り越して尊敬してしまう。

「・・・確かにぼくがこの町に来たのはある目的があったからです。そしていまだにネルフにかかわっているのはその目的のために都合がいいからでもあります。」
「シ、シンジ君!?」

ミサトは理解が出来なかった。
状況についていけない。
アダムの存在だけでも驚きなのにシンジにスパイ容疑とさらにそれを認めるようなシンジの言葉…

「もちろんミサトさんに協力すると言う理由もありますしね」

そう言ってシンジはミサトに笑いかける。
それを見たミサトが幾分か落ち着きを取り戻した。

「その目的って奴を教えてもらえないかい?」
「言っても信じられないと思いますよ?」
「それでも聞きたいね」
「好奇心旺盛な人だ。」
「ははっよく言われる。」

加持はシンジのことばに笑って答える。
リツコはその横でじっと二人の会話を聞いていた。
しかし黙っていてもシンジの言葉を一字一句聞き漏らさず、その裏の意味を考えている。

「ぼくがそれを言うメリットはありますか?」
「スパイ容疑が晴れる。」
「スパイは加持さんもでしょ?」
「違いない、大体君はどこまで知っているんだい?」
「そうですね…」

話を聞いていたリツコは感心した。
加持は会話だけでシンジから何らかの情報を引き出す事に成功しようとしている。
自分には出来なかった事だ。
交渉に関しては加持の方が数段上だということだろう。

シンジはゆっくりリリスを見て、それから加持、ミサト、リツコの順番で見まわす。

(さて、どれを言うべきかな?)

正直、シンジは結構な事まで知っているので何を言うか迷うほどだ。
しかしここは慎重に選ばないと今後の彼らとの関係に響く。
いざとなれば実力行使が必要かもしれないが出来ればそれは避けたいし…

そう考えているとシンジの視線がミサトで止まる。

(…頃合かもしれないな…)
(そうだね、彼女もそろそろ復讐から解き放たれるべきだと思うよ。)
「え?な、なに?」

ミサトはシンジがじっと自分を見つめている事に少しあせった。

「ミサトさん?」
「は、はい」
「これから話す事はミサトさんに関することです。」
「わ、わたしに?」
「はい、そしてミサトさんにはとってもつらい事です。」

シンジはミサトに真剣なまなざしで問い掛ける。
言葉にすれば「冗談ではすまないことをこれから言う」という意思表示だ。

「それでも聞きますか?」

言葉が重い
シンジが何を言うかはわからないがかなり重要な事だというのがわかる。
ミサトはそのまなざしを受け止めると覚悟を決めた。

「シンジ君、言ってちょうだい…」
「いいんですか?」
「私に関係してるんでしょ?私には知る権利があります。」
「…わかりました。それでこそミサトさんです。」

シンジは最高の笑顔でミサトに答える。
これから言う事で彼女は苦しむだろう。
知らなければいけない事だとしても…今言うのは自分の身勝手でだ。
それに対して自分が出来る事はそれ以外ない。
なんと理不尽な…

「ミサトさん…」
「なに?」
「セカンドインパクトは使徒が起こしたものじゃありません」
「っつ!!」
「人間が起こしたものです。」

ミサトの顔が一瞬で青ざめた。
体が小刻みに震えている。

「…きっついわね…」
「すいません」

震えているミサトを加持が支えた。
加持の腕の中にミサトが倒れこむ。

「…シンジ君、どうしてそれを知る事が出来たの?」
「それは言えません」

リツコの震える声にシンジは答えなかった。

シンジがそれを知ったのはブギーポップに教えてもらったからだ。
流石にそこまで言うわけには行かない。

リツコは表面上落ち着いているが、内心かなり動揺していた。
自分の親友が崩れ落ちたのもそうだが目の前の少年が自分の予想を越えてセカンドインパクトの事実を語った事に…またシンジはリツコの予想の上を行った。

「…今度はぼくから聞いていいですか?」
「……どうぞ」

リツコはシンジの言葉を待った。
正直、質問したい事は山のようにあるがあまりごり押しをしても始まらない。

「…あなた方はぼくにとって味方ですか?」
「「「なっ!!」」」

ミサト、加持、リツコは驚いてシンジを見た。

「とりあえず、いきなりスパイ容疑で捕獲しないところから完全に敵って訳でもないでしょうけれど、味方でもない人にこれ以上ぺらぺら話す気はありませんよ?」

シンジは笑っているが明かに作り笑いだ。
その目はじっと三人を観察している。

それを見た三人は顔を見合わせた。
特に加持とリツコはシンジの秘密に近づけるチャンスだし、ミサトもシンジと敵対などしたくない。

だが、三人はシンジに答える事が出来なかった。

口を開こうとした瞬間、けたたましいブザーの音がそれをかき消したのだ。

ビー・ビー

それは天使の降臨を祝福する賛美歌としてはあまりに無骨だった。

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シンジが加持に呼び出されていた時間、ゲンドウもまた召喚を受けていた。
召喚したのはもちろんゼーレの面々
相変わらず薄暗い部屋にモノリスが浮かんでいる。
その中心に座ってゲンドウはディスプレーを見ていた
正面のディスプレーには今までの戦闘記録と共に報告書が表示されている。


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第三使徒  サキエル戦

別名、第一次直上決戦
ファーストチルドレンの実験中の事故による負傷によって急遽選抜されたサードチルドレンが初号機に搭乗
初搭乗でありながら理論限界値のシンクロを記録
同時に初号機によって第三使徒、サキエルを殲滅
この戦闘によって碇シンジは圧倒的な戦闘力に加え、今まで展開の理論はあったもののファースト、セカンドチルドレン共に展開に成功していなかったATフィールドの展開に成功
さらに特筆すべきことにATフィールドの圧縮、武器への応用をやってのける。
この事はそれ以降のファースト、セカンドの両チルドレンのATフィールドの展開の理論を補強するものとなり、程なく両チルドレンの操る零号機、弐号機共にATフィールドの展開に成功
追記として戦闘区域に迷い込んだ少女の救出にも成功

第四使徒  シャムシェル戦

今だにファーストチルドレンの傷が癒えていなかったため、再び初号機単独での戦闘となる。
この戦闘に民間人の少年少女三名が巻き込まれるも本部からの指示でエントリープラグに救出
同時に撤退命令が出るもパイロットが拒否、戦闘を続行
しかし、これはパイロットによる現場の判断によるもので使徒のドグマ侵入の危険性を示唆したためである。
後日、MAGIによるシュミレーションの結果、65,3%の確立でパイロットの判断が正しかったと判断された。
エントリープラグ内に異物が混入したためにシンクロ率が一旦下がるもその後持ち直し、シンクロ率120%を計測、シンクロ率のレコード更新
その後、圧倒的な戦闘を展開、殲滅

第五使徒  ラミエル戦

加粒子砲と強力なATフィールドを持つ使徒に対し、零号機が出撃するもなすすべなく後退
ネルフ、戦自合同の作戦が最も成功率が高いとされ、戦自の自走砲を使った作戦が作戦部より提出される。
これにより自走砲とエヴァを使った二重の攻撃により使徒を殲滅
この戦闘により自走砲は消滅
使用されたデーターはその後のポジトロンライフルの理論に生かされることになる。

第六使徒  ガギエル戦

弐号機を輸送中のオーバー・ザ・レインボーの艦隊に向かって襲来
弐号機専属パイロットのセカンドチルドレンと艦に乗り合わせたサードチルドレンが弐号機を起動
艦隊を利用しての戦闘開始
海中に沈むもその状態から戦闘を続行
記録映像はないが現場にいた者たちの証言から海を割って使徒を殲滅
後日、サードチルドレンからATフィールドの応用との報告
夢中でやったことなので再現は難しいと本人は証言

第七使徒  イスラフェル戦

海岸線で戦闘開始
物理的な攻撃をするもそれを受けて分裂
分裂後は異常なまでの再生力を発揮

初号機単独の戦闘によって足止めの後、N2爆弾によって機能停止に追い込む
追記としてネルフ技術部における新兵器ゲオルギウスのプロトタイプを使用
後日、お互いを補完しあっていることが判明
零号機、弐号機による同時のコア一点破壊作戦を決行
これを殲滅する

第八使徒  サンダルフォン戦

火口の中において幼成体のサンダルフォンを確認
日本政府に向けてA−17を発令
その後、弐号機のD型装備によって火口内に沈降、これの捕獲を試みる。
しかし回収の途中に目標が孵化、弐号機に対して攻撃を加える。
戦闘の詳しい詳細は不明、使徒によって通信機器に障害が起こったためである。

第九使徒  マトリエル戦

使徒の襲来と同時にネルフ三系統の電力がカットされる。
戦自のセスナによる放送により使徒の接近を感知
非常時によりケージに来たパイロット達を手動でエヴァに搭乗させ発進
マトリエルを殲滅
なお、詳しい殲滅の方法などは不明
電力不足でモニターできなかったのが理由である。

番外使徒  番外位使徒戦

初見時はリング状のものを重ねたような不定形の外見であったがその後二段階に姿を変える。
戦闘中にパイロット達の同級生である少女が巻き込まれる。
戦自からの出向で第三を訪れていた山岸技術仕官の息女と判明
第三形態に移行した時点で再び戦闘領域に現れる。
MAGIの計測によって彼女の中に使徒の本体の存在を確認
止めようとしたパイロットの護衛役の少女と共にビルの屋上から身を投げるも初号機が救出
その時点で危険を悟ったため本体が体に戻る。
初号機単独で殲滅
なお、その後の検査によって少女の身体的な問題は確認されず

第十使徒  サハクイエル戦

衛星軌道上からの大質量の落下によるエネルギーと爆発による破壊を目的とした使徒
エヴァ三機により使徒を受け止めた後に殲滅の作戦を決行
初号機の直上に落下
これを受け止める事に成功
駆けつけた零号機との共同により押し返す。
特筆すべきはこの時のATフィールドの強度である。
実に通常の10倍を観測
その後、同じく駆けつけた弐号機との連携により殲滅したと思われる。
ATフィールドの強度があまりにも強すぎたために観測、記録の一切が不能

第十一使徒  イロウル戦

本部の実験中に襲来
細菌型の使徒であり、MAGIへの侵入と自爆決議の推奨を狙ったものである。
六分儀司令の指示によりエヴァ三機をパイロット無しのまま地上に射出
その後技術部により自己進化プログラムを送り込んでの殲滅作戦を決行
自爆決議の一分強前に殲滅完了

==========


「・・・・・・」

ゲンドウはモニターの映像を黙ってみていた。
戦闘記録や諸所の報告など目新しいものはない。

『痛快だな、六分儀?縁を切ったとはいえ実の息子がこれほど活躍すれば悪い気はしまい?』
「いえ…」

ゼーレメンバーの一人が嘲りを含んだ口調の言葉をゲンドウにむける。
皮肉か嫌味か微妙なところだ。
どちらでも大した違いは無いが。

「・・・第十一使徒の進入の事実はありませんが」
『とぼけずともよい。今回、お前を呼んだのはそのことを追求しようとしての事ではないのだ。』
「・・・と言いますと?」
『うむ、問題は碇シンジのことだ。』
「・・・・・・」

キールの言葉にゲンドウは黙って姿勢を正して次の言葉を待つ。
どうやら今回の召還の本題に入るらしい。
さすがにゼーレもシンジの事を放って置けなくなったのだろう。

『記録を見ても解かるとおり、お前の息子は異常と言わざるを得ない』
『彼の者の能力はシナリオを歪ませるほどに大きい』
『もはや無視は出来ない』

ゼーレのメンバー達が口々にシンジの危険性を口にする。
それはゲンドウ自身も思っていた事だ。
シンジの周囲に与える影響は大きすぎる。

『・・・単刀直入に聞こう。碇シンジがどこであれだけの能力を身につけたのか心当たりはあるか?』
「・・・・・・残念ながら、シンジに関しては提出した資料が全てです。」

ゲンドウは嘘をついてはいない。
実際、再三にわたる調査によってもシンジの能力がどこから来るかは不明なのだ。
それは全て報告書にして提出してある。
もっとも、ゼーレのメンバーはそんな報告書など一文字も信用してはいないのだが・・・

『今現在、ネルフにおける彼の者の影響力は無視できない物になっている。一パイロットには納まりきれんほどにな・・・』
『・・・しかも現状では彼をパイロットから解雇すると言うのも難しい』
『さよう、彼のもつ力は使徒の殲滅と言う観点から見ればとても魅力的だ』

ゼーレたちの意見をゲンドウは黙って聞き流している。
いまいち要領を得ない愚痴など時間の無駄だ。
気持ちはわからないでもないが

「では、シンジをどうしろとおっしゃりたいので?」

ゲンドウの言葉に沈黙が降りた。
彼らとて明確にシンジへの対応を定めたわけでは無い。
この詰問は半ばウサ晴らしだ。

緊張を内包した沈黙を破ったのはキールだった。

『・・・我々はイロウル戦のとき、碇シンジを召喚するために使いを出した。』
「・・・・・・」

ゲンドウはサングラスの下で驚きに目を見開いた。
ゼーレがイロウル来襲の時に何か行動していた事は前回の召喚のときに気づいていた。
それがたとえシンジを召喚する為だったと言っても驚きはしない。
一言で言えば自分を信用していなかったと言う事だろう。
そのため、直接シンジを召喚しようとしたということだ。

もともとここにいるメンバーは絆や義理でつながっているわけではない。
ただ自分の目指す目的が同じ方向だというだけのつながりだ。

ゲンドウが驚いたのはそれを堂々と言ってのけたと言う事

『しかし、召喚には失敗した。』
「・・・どういうことでしょうか?」
『碇シンジを連れてくるように命じた者達からの連絡が途絶えた。以前、ネルフに保護された男はそのうちの一人だ。』

キールの言葉にゲンドウはすばやく考えをめぐらせる。
このような場でわざわざ話す時点でただの失敗ではあるまい。
シンジと男達の間で何かがあったのだ。

『遣いの者達は少々特殊な訓練を積んだもの達だった。ネルフの諜報部の人間や保安部の人間が邪魔したとは考えにくいのだ。』

キールはわざと合成人間の存在をぼかす。
ネルフに知られればそれをたどって余計な情報や技術を与えてしまう。
わざわざ飼い犬に鋭い牙や戦い方を教える飼い主はいない。
その違和感に気がつかないゲンドウでもないが

「…つまりシンジには我々に気づかれる事無く何らかの護衛、あるいは組織がついているとお考えなのですか?」
『さよう、我々は碇シンジの背後に何らかの組織が存在していると考える。そうで無ければ9名もの人間を派遣して帰ってきたのが一人だけ、しかも記憶喪失になっている事の説明がつかん。』
「なるほど・・・」

そう言いながらゲンドウは内心その可能性を否定した。
ネルフとて伊達ではない。
シンジ達には家を出た時点から護衛として諜報部の人間が張りついて監視している。
唯一、シンジの知人と言う霧間凪という女性がいるがすでに彼女の過去は調査済みだ。
過去にわたって何らかの組織との接点は無い。
ただ少々変わった経歴はあるようだがそれ以上ではないと判断している。

「心当たりがおありなので?」
『…統和機構だ。』

ゲンドウは記憶から統和機構の言葉を検索する。
結果は“該当無し”だ。
聞いた事もない。

『知らぬのも無理は無い、彼の組織は我々と同じく秘密裏に存在する組織だ。』
『しかもその目的、存在意味がまったくわからない。』
『それだけでなく、数々のオーバーテクノロジーを保有している。』
『今まで、彼の組織は我々に対して静観をしていたのだが最近少々動きが活発になり始めている。』

ゼーレのメンバーが口々に統和機構の情報を告げる。
対するゲンドウはいぶかしげだ。
世界を裏から牛耳るゼーレが何故組織一つにここまで警戒するのか

「その組織が脅威になるとお考えなのならば早めに処分するべきではないですか?」

ゲンドウの言葉にゼーレは沈黙で答えた。

『…そうしたいのは山々だが、我々にも組織の実態はつかめておらん、しかもその本部や幹部のメンバーさえ不明なのだ。』
「ゼーレでも実態がつかめていないのですか?」
『うむ、今現在は明確な敵対行動には出てはいない。しかしこちらから下手なちょっかいをかければそのまま面倒な事になりかねん、特に今は補完計画のシナリオの修正で微妙な時期だ。出来れば無用ないざこざは避けたい。』
「しかし先ほどはシンジがその組織と関係があるような事をおっしゃられていたではありませんか?」
『そうだ、そこが問題だ。』

キールの言葉に他のメンバーも同意の言葉を発する。
此処からが本題だ。
そのためにわざわざゲンドウを召還した。

『今だ明確な証拠や事実は出てきてはいないが、なんらかの後ろ盾が碇シンジに働いているのは間違い無い。もちろん断定は出来ないが我々に対抗できる組織は現在統和機構くらいしか存在してはいないし、碇シンジが彼の組織と関係していないと言う確証も無い…ここまで言えばわかるな?』
「…つまり、今後シンジの監視を徹底して、シンジの後ろ盾を探れと?」
『そうだ、もちろん碇シンジの能力の高さの解明も平行して進めよ。』

ゲンドウがキールに答えようとすると机に備え付けられえた電話が電子音を響かせる。
ここに今かけて来る人物など一人しかいない。
ゲンドウは受話器をとって耳に当てる。

「…なんだ冬月?会議中だぞ?……何?…わかった。」

必要な事を聞くとゲンドウは受話器を戻した。

「使徒が出現したようです。この件に関してはまた後日…」

そう言うとゲンドウの姿が消えた。
どうやら立体映像だったらしい。

『…よろしかったのですか議長?彼奴に統和機構の存在を教えて…』
『かまわん、やつの事だ・・・独自で調べようとするだろう。それによって碇シンジが統和機構と接触するかもしれんし同時に彼の組織の反応を見る事が出来る。』
『つまり当て馬にすると?』
『そのようなところだ。それによってネルフ内部での碇シンジの動きを制限できるかもしれん、そうすれば我々は統和機構に集中する事が出来る。』
『なるほど…』

キールの意見にメンバーは感心した。
どうやらゲンドウに統和機構の事を話したのは二手三手先を考えた布石だったようだ。

『全てはゼーレのシナリオの為に…』
『『『『『ゼーレのシナリオのために』』』』』

そう言って全てのモノリスが消えて暗闇だけが残った。

この時点でゼーレが全てをゲンドウに話し、共同して事に当たればあるいはシンジにとって脅威になったかもしれない。
しかし、彼らは所詮自分の望みをかなえるために集った集団でしかなかった。
そのために彼らの間には真の結束と言うものが存在しなかった。

あるいはシンジや統和機構が存在しなかったならそれでもよかったのかもしれない。
だが現状は彼らに厳しかった。

結束も信頼も絆も無い組織はその歯車が空回りし始めている。






To be continued...

(2007.08.11 初版)
(2007.09.08 改訂一版)
(2007.10.13 改訂二版)


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