天使と死神と福音と

第拾弐章 〔己の半神〕
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presented by 睦月様


『西区の住民避難、あと5分かかります』
『目標は微速進行中、毎時2.5km』

発令所では現状の報告が飛び交っている。
全員かなり焦っているがやはり慣れだろう。
マニュアルにそって必要な手順を踏みながら戦いの準備をしている。

「どうなってるの!?富士の電波観察所は!!」
「探知していません!!直上にいきなり現れました!!」

発令初の中心でミサトはてきぱきと指示を出していく。
その姿はいつもと変わらず・・・いや、むしろいつもより精力的で頼もしい指揮官に見える。
そんな親友の後姿をリツコはいぶかしげな視線で見ていた。

「とにかく何でもいいわ、可能な限りの情報を集めなさい!!」
「「「了解!!」」」

オペレーターの3人が気合のこもった返事を返す。
ミサトのテンションに感化されたようだ。

オペレーターたちとは対照的にリツコは冷めた表情でミサトに話し掛ける。

「・・・ミサト?」
「なに?」
「データーが揃うまでもうちょっとかかるわ、ちょっといいかしら」

そういうとリツコはミサトの手を取って発令所の外に連れて行く。
傍目にはいつもと変わらないリツコだがミサトの腕を引っ張る力は容赦が無い。

「え?ち、ちょっと〜」
「マヤ、情報をまとめておいて」
「了解しました。」

マヤはリツコに答えるとモニターに向き直る。
リツコがどういった理由でミサトを連れ出したか知らないがあのリツコがわざわざこんな状況にもかかわらずに連れ出したのだ。
かなり重要な理由だろうとオペレーターたちは判断して仕事に戻る。

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「一体何なのよリツコ!!」

廊下に連れ出されたミサトがリツコに食って掛かる。
応えるリツコは無表情でミサトを見返した。

「・・・ミサト?あなたこそ何を考えているの?」

逆に聞き返されたミサトは意味が分からず困惑顔だ。
聞きたいのはこっちなのに逆に聞かれてしまった。
そんなミサトを見るリツコは肩をすくめている。

「・・・あなたシンジ君の言葉を聞いて何も感じなかったの?」
「・・・・・・言われなくてもわかっているわよ・・・」

リツコの言葉にミサトの顔から表情が消える。
しかしリツコにはミサトが今にも泣きそうになっているようにしか見えなかった。

「なんとなくね、わかってはいたんだと思う・・・」
「どうして?」
「私の南極での記憶にね、光の巨人が一体だけしか出てこないの・・・」

ミサトの脳裏によぎるのは14年前の色あせた記憶・・・
セピア色の記憶に出てくるのはエヴァに似た光の巨人が一体・・・

「もし本当にセカンドインパクトがアダムと使徒の接触で起きたのなら・・・私の記憶にはもう一体の使徒がいなくちゃなんないでしょ?」
「ミサト・・・」
「セカンドインパクトがアダムと使徒の接触で起きたんじゃないとしたなら・・・あの大惨事の引き金をひいた人物が他にいるってことになるんじゃない?」

ミサトは一旦言葉を切った。
その事実はこの14年間の全てがひっくり返る事を意味している。
事実だけを見れば引き金をひいた人間が誰か・・・あそこにいた人間は限られているのだ・・・そしてその責任者は・・・

「・・・セカンドインパクトを起こしたのは・・・私の父・・・ってことよね・・・」
「ミサト・・・」

リツコは親友の名前を呼ぶことしか出来なかった。
今その事実に一番ショックを受けているのはミサトだろう。
他の人間がその心情を知る事は出来ない。

「・・・ヒントはいっくらでもあったの・・・ただあたしが気づかなかった・・・気づきたくなかっただけなのよ」

それは幾億の死が自分の父によってもたらされたということ・・・
今なお続く悲しみが自分の父によってもたらされたということ・・・

「私が使徒に復讐なんて・・・そんな資格無かったのよ・・・最初から・・・」
「シンジ君に言われて気づいた・・・って事?」
「そうね、でもシンちゃんには感謝してるの・・・知らないでいい事じゃない・・・特に父さんのことはね」

ミサトの瞳は潤んでいた。
わずかに見上げるようにしているのはそうしないと涙がこぼれてしまうからだろう。

「・・・あなたは納得しているの?」
「・・・・・・まだ・・・もう少し時間がほしい・・・かな」
「そう、なら私に手伝える事は無いわね・・・」
「ゴミン・・・」
「なんで謝るのよ?」

リツコは軽く笑った。
つられてミサトもぎこちなく笑う。

しかし次の瞬間にはミサトの顔は真剣なものになっていた。

「・・・ねえリツコ?」
「何?」
「シンちゃんがスパイって本当?」

ミサトの言葉にリツコはちょっと考え込む
確かにドグマで加持とシンジがそんな話をしていた。
しかし多分に個人的主観の入った意見だ。

「証拠が無いわ、加持君はその可能性を含めてシンジ君の秘密を探っている。」
「あんのバカ・・・」
「無理も無いでしょ?彼、セカンドインパクトの真実を知っていたのよ?一体どこでそれを知ったのかしら?」
「・・・どうせアンタもシンちゃんの事調べたんでしょ?」
「当然でしょ?でも何度聞いてもはぐらかされたわ、あなたも知っているじゃない?」

実際ミサトはその場所にいてリツコが煙に巻かれるのを見ていたのだ。
あれは確かに痛快だった。
天才リツコ博士が中学生にやり込められるなどそうそう見られるものでは無い。

「とにかく、シンジ君には大きな秘密がある。これは間違いない事実よ」
「う〜ん、そりゃそうだけど・・・」
「さて、そろそろ戻りましょうか」

リツコは話は終わったという感じにミサトに背を向ける。

「・・・ねえリツコ?」
「なに?」

ミサトの声に振り向くとそこには見たことないほど真摯な視線を自分に向けてくるミサトがいた。

「ドグマでシンちゃんが言ったこと覚えてる?」
「・・・・・・・・・・・ええ」

ドグマでシンジは三人に向けてこう言った。
「ぼくの味方ですか?」と・・・
それに答えることは出来なかったが・・・

「アンタはシンちゃんの味方?それとも敵?」
「・・・・・・物騒ね」
「避けては通れないんでしょ?・・・もっとも避けて通る気も無いでしょうけどね・・・」

リツコはミサトに苦笑で返す。

「とりあえず敵でも味方でもないわね・・・」
「ほんと?」
「スパイ容疑で拘束するなんてもったいないことすると思う?」
「どういうこと?」
「私はこれでもシンジ君のファンなのよ」
「・・・はい?」

ミサトはリツコの言葉に呆けた顔になる。
そんなミサトに再度苦笑を残してリツコは発令所に戻っていった。

数秒後に復活したミサトが慌てて発令所に戻って指示を出すことになる。

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時間をわずかに戻す。

「ん?六分儀、戻ったのか?」
「…ああ」

ミサト達が発令所の外に出るのと入れ替わりにゲンドウが発令所に到着した。
冬月がいつものように椅子に座ったゲンドウの斜め後ろに直立不動で立つ。

「委員会のほうは一体なんだったんだ?補完計画の経過報告にはまだ期間があったはずだろう?」
「…そんな話ではない」

わずかにゲンドウがいらだっているのを長年この男を見てきた冬月は気づいた

ゲンドウにしては珍しい反応だ。
どうやらただ事ではないらしい。

「…何があった?」
「……委員会はシンジがスパイだと疑っている。」
「ほう…」

冬月は目を細めた。
ゼーレがそう考えるのも無理は無い。
しかし同時にスパイとしてはシンジは少々どころかかなり目立ちすぎだ。
パイロットしては超一流でもスパイとしては三流以下だろう。

「無理も無いとは思うがね、しかしどこの組織が動いていると言いたいんだあの連中は?」
「…統和機構という組織に聞き覚えは?」
「………いや、無いな」

冬月の言葉にゲンドウが頷く。

「ネルフと同じように秘密裏に存在する組織らしい、老人たちはシンジの背後にその組織が関係しているかもしれんと言っていた」
「確証は無いのか?」
「ああ、老人たちにもその実態は不明らしい」
「なに?ゼーレにもわからんと言うのか?」

ゲンドウの言葉を聞いた冬月が驚きの声を出す。
ゼーレは自分たちネルフの上位組織であり、その影響力は世界全土に及ぶ
そのゼーレでも尻尾を掴めない組織があるとは俄かには信じられない。

「…しかし、たとえその組織がシンジ君のバックにいたとしても我らにまったく知られずに事を運ぶなど無理だろう?特にシンジ君がスパイだとしたらかなり頻繁に外部との情報交換が必要になる。流石にそこまでMAGIや諜報部の人間を出しぬけるとはおもえんぞ?」
「ああ、俺もそう思う。しかし連中は統和機構と言う組織を恐れている節がある。今現在我々の計画の脅威になりそうな組織はそれだけだと言っていたからな…」
「つまり彼らにとって恐ろしいのはシンジ君とその統和機構のつながりと言う事か…実際そうなると内と外に敵を抱える事になるからな…」

ゲンドウと冬月は正面のモニターを見た。
そこにはエヴァのエントリープラグで待機しているシンジ達が映っている。

「…仮に、その統和機構とつながりがあると分かったらあの連中はシンジ君をどうするつもりだ?」

冬月の呟きにゲンドウはしばらく答えなかった。

「…おそらく、排除しにかかるだろうな…」

ゲンドウの答えは簡潔だった。
正体のばれたスパイの処遇など他に考えられる選択肢は無い。

「使徒戦の戦力低下を覚悟の上でか?」
「…仕方あるまい」

冬月はゲンドウの横顔を見る。
シンジが排除されるかもしれないと言うこの状況・・・
無言のゲンドウからは何の感情も読み取れない。

「…お前はそれでいいのか?」
「……」

ゲンドウは答えなかった。

それを見た冬月も正面に向き直る。
もはや話すことは無い。

(…もっとも、“彼を排除したい“と言う事と“排除できるかどうか”は別問題だがな)

その辺りの事をゲンドウが・・・いや、ゼーレもわかっているかどうかは疑問だ。

(わしなら保安部、諜報部総動員でかかってもまだ安心できんよ…シンジ君はひょっとしたらまだ本気を出してないかもしれんしな…)

冬月の予想は根拠の無い憶測でしかないが現実は割と近いところにあるかもしれない。

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「都市部の退避完了!」
「よっしや!!」

日向の報告にミサトが気合の入った声で答える。
戦闘準備は着々と進んでいた。

「シンジ君、アスカ、レイ、準備はいい?」
『大丈夫よミサト!』
『こっちも準備出来ました。』
『…問題ありません』

モニターに映るアスカ、シンジ、レイが順番にミサトに答えた。

「ガンヘットの発進準備は?」

正面のモニターにシンジ達三人のほかに二つのウインドーが開く。
映ったのはマナとケイタだ。

『準備完了しています。葛城三佐』
『ふっ、瞬殺してやるぜ!!』

マナはともかくケイタはすでにぶっ飛んでいる。
いつものケイタとのギャップに少々冷や汗が流れるのを感じるが彼の操作技術は完璧だ。
少なくとも操縦に関しては信頼できる。

『あれ?今回はマナがガンヘットで出るの?』
『そっあたしだけ実戦経験無いんだもん、いざって時困るでしょ?』

アスカが開いたウィンドーを見て疑問の声を出す。
確かにガンヘットの上半身はムサシとマナが担当していたが今までマナが使徒戦に出た事は無い。

「今回は霧島さんの初出撃ってことね、さて、まずはこれを見てちょうだい」

ミサトの言葉と共に全員のモニターに地上の様子が映った。

『…これはまた奇抜な…』

シンジが呟いた。

第十二使徒…レリエル…そう呼ばれる存在がモニターに映っている。

その姿はビルより高い位置に浮かんでいる球体…
白と黒の模様が幾何学的な模様になっているのがなんともシュールだ。

『特化型だね』
『特化型のようね』
『…特化型』
『これが特化型かぁ〜』
『特化型?ふん、関係ね〜な』

モニターに映る全員から同じ言葉が出た
リツコがミサトより一歩前に出る

「皆の意見が一致したところで説明を続けるわよ?現在MAGIはパターンオレンジを表示しています。」
『『『『『え?』』』』』

リツコの意外な意見に全員が疑問の顔になる。
使徒ならパターン青のはずだ。
と言うことはモニターに映るこれは使徒じゃないということになる。

『だって、これどう見ても使徒でしょ?』

アスカの意見にシンジ達に加えて発令所のオペレーターも頷く。
ミサトが頭を掻きながらリツコに聞いた

「…私もそう思うんだけどね、これが使徒じゃないならなんだって言うの?」
「考えられる事はあるわ、この状態はまだ使徒として確定してないって事じゃないかしら?」
「……どういう事?」
「マグマの中にいた使徒を覚えてる?あれは私達がちょっかいをかけた後で孵化したわよね?」
「そういえば…」
「この使徒もそんな状態なんじゃないかしら…」
「……なるほどね」

それはこの使徒がこれから変化する可能性があると言う事でもある。
全員があらためてモニターの中のレリエルを見た。

「とにかく下手にちょっかいは出せないか…確認するけど町の避難誘導は?」
「先ほど完了しました。」
「勝手に外に出てきたりしないでしょうね?」
「大丈夫です。すべてのシェルターの収容人数とロックの確認はすんでいます。」

青葉の言葉にミサトが頷く。
避難さえ完了すれば思いっきりやれる。
以前のトウジたちの件からチェック機構とシェルターのロック機構の徹底は完璧だ。
間違っても民間人が迷い込んできたりはしないだろう。

「では作戦を説明します。今現在第三新東京市の上空に未確認物体が浮遊しています。おそらく使徒だろうけれどね、これの殲滅が目的です。出来ればもうちょっと情報を集めたいけれどいきなり街中に現れちゃったもんだから流石に余裕がありません。だから最初の時点で兵装ビルを使って探りを入れます。」

ミサトの指示に5人が頷く。
それを確認したミサトも頷き返した。

「その結果を見て各々独自の判断で戦闘開始、最悪の場合情報の収集だけで撤退も許可します。」

発令所のスタッフや戦自の訓練を受けてきたマナとケイタが少し驚いた顔になる。
使徒はすでに自分たちの頭上にいるのに悠長過ぎないか?というものだ。

それを見たミサトの顔はニヤニヤ笑っていた。

「ゲームじゃあるまいし、正々堂々やり合わなきゃなんない道理は無いっしょ?コンテニューが無いんだしね、私がほしいのは確実な勝利なの」

司令官としては「死ね」と命令する状況もあるだろう。
しかしまだ相手の手の内もわからない状態だ。
神風特攻を考えるのは早すぎる。

そもそも、それは目の前の状況に満足な解決策を見出せない無能な司令官のやる事だ。

「全機発進、遮蔽物を利用して目標を包囲して!!」
『『『『『了解』』』』』

エヴァとガンヘットがリニアレールを伝って射出されていく
天の使いを地上に引き摺り下ろすために・・・

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『なんつ〜かこんなゆっくり走るのもなぁ〜』
「ケイタ?文句言わない、まったく、乗り物にのると性格が変わるんだから」

ケイタの不満にマナが呆れた声を出す。
キャタピラの音にも気を配るようなゆっくりした動作でガンヘットが配置位置についた。

「目標地点に到着、スタンディングモードに移行・・・」
『りょ〜かい』

マナの通信に答えたケイタがコンピューターを操作した。
ゆっくりとタンクモードのガンヘットの車高が上がっていき、スタンディングモードに移行する。

全ての火器類の状態を確認したマナが全ての火力照準をレリエルに向けてロックオした。

「・・・シンジ君?そっちはどう?」

マナは通信を開いてシンジ達につなぐ。
通信機を使っているので意味などは無いのだがなんとなく雰囲気でマナの声が小さくなる。

『まだもうちょっとかかるな、もう少し待って』
『アンタたちが早すぎんのよ」

ガンヘットと違ってエヴァはアンビリカルケーブルによる電力供給で稼動している。
そのためアンビリカルケーブルを付け替えながら移動しなければならない。
その手間がかかる分ガンヘットのほうが目的地に着くのは早い。

「このままじゃ目標が先に進んじゃう・・・」

頭上の球体はゆっくりとだが着実に動いていた。
エヴァ3機は気づかれないように迂回して包囲しようとしているためにこのままでは配置につく前に当初の包囲予定地点から出てしまうかもしれない。

「葛城三佐」
『霧島さん?どうかしたの?』
「このままでは目標が移動してしまいます。牽制して足止めをしたほうがいいのでは?」
『そうね…』

通信機の向こうではミサトが日向と話している声が聞こえる。
牽制を入れるかどうか決めるために使徒の情報を集めているようだ。

『確かにこのままでは目標を包囲する前に移動してしまうわね、もし爆発するような特性を持っていたらあまり町の中心に入れたくないし…霧島さん?目標はロックオンしているの?』
「はい、全弾照準をつけて安全装置も解除しています。」
『上出来、とりあえず兵装ビルからしかけてみるわ、状況を見て判断してちょうだい。』
「いいんですか?」
『いちいち指示を出すわけにもいかないでしょ?将棋やチェスじゃあるまいに、大局的な戦争ならともかく局地的な実戦では現場の人間の判断の方が優先されるべきよ』
「了解!!」
『シンジ君たちも聞こえたわね?予定を少し早めます。目標地点に移動しつつ警戒して、現在位置で対応するか目標地点で包囲するかはこちらでモニターした情報で判断して指示を出します。』
『『『了解』』』

ミサトの指示でシンジ達はいったん停止して様子を見る。
手持ちの火器の照準をレリエルに向ける。
ガンヘットから使徒を挟んで反対側の兵装ビルからミサイルが数発飛んだ。

「当たる・・・」

マナの呟いたとおり使徒に動きは無い
ここまで動きが無いとなるとATフィールドで防御する・・・皆そう考えた。

『『『『『『「え?」』』』』』

マナとその光景を見た人数と等しい数の疑問の呟きが通信機から聞こえた。
ミサイルが当たる瞬間、球体のゼブラはその姿が消滅したのだ。

『マナ!!前だ!!!』

ケイタの声にあわててマナが前を見るとレリエルにミサイルを放った兵装ビルの真上にレリエルの姿がある。
次の瞬間、その兵装ビルがぐらりと揺れた。
基部となる一番下の部分から斜めに倒れ始めている。

「なんで・・・」

その時マナは気づいた。
兵装ビルの根元から何かが急速に周囲に広がって行っているのを・・・

その色は黒・・・
その姿は定まらず・・・
あらゆる物の移し見である物・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・影

夜よりもさらに暗い影が兵装ビルから周囲に広がっていっている。
まるで影法師が伸びる様に広がっていくようだ。

「この!!」

マナがとっさにガンヘットの照準を影に向けて引き金を引いた。
後部の背部バックパックの75MMポジトロンライフルから閃光が、八連装ミサイルポットからミサイルが飛んだ。

全ての火力が影にすいこまれる
しかしそれだけだ。
爆発の閃光も爆風さえ来なかった。

「きゃああああ!!」

急速に迫ってくる影に本能的な恐怖を感じたマナが叫んだ。
同時に頭部の中距離支援用の30MMレールガンをばら撒くがこれも意味をもたない。

『逃げて!!』

レイの零号機から通信が入る。
零号機はビルとビルの間に入り込んで片足を目の前のビルにかけて固定するとポジトロンライフルでレリエルを狙撃した。
しかし、準光速で放たれた閃光はレリエルを貫通して空に抜ける。
その後には無傷の球体が依然として浮いていた。

『ちいっ!!』

ギュラララララ

「わ!!」

ガンヘットの下半身を担当しているケイタは舌打ちをするとスタンディングモードのまま後方に向けて発進した。
急加速の反動でマナが正気を取り戻す。

「な、なんなのこれ!!」
『知るか!くそ!!早過ぎる!!!』

ガンヘットが後方に下がるより影が迫ってくる速度の方が速い
そもそもスタンディングモードは高速での走行をするためのものじゃない。

『くっそ!!』
「きゃあ!!」

ケイタが走行しながら強引にタンクモードに変形する。
高速走行中の変形はかなり危険な行為だがこの際しょうがない

ガンヘットはなんとか変形に成功するが旋回している暇はまではなかった。
そんな事をすれば一気に追いつかれて飲みこまれてしまうだろう。
下半身で走行を担当しているケイタは目の前に迫ってくる影を睨みながら速度を上げた。

『なめんな!!』

ガンヘットは影に追いつかれそうになりながら町の中を走る。
その速度は前に進む時と変わらない。

「う、うそ…ケイタ?」

ケイタは目の前に迫る影を睨みながらこの速度での走行を可能にしていた。
まったく背後を見ていない。
どうやらここに来るまでに覚えた道程を正確に逆行しているらしい
スタンピードの能力が可能にさせた奇跡の走行だ。

……しかし、そのような神業の走行を実現していてもなお………影の方が早かった。

『くっそが!!』

ガンヘットの前輪が影にとらわれた。
そのまま徐々に影がガンヘットを追い抜こうと迫る。
キャタピラが影に沈みこみ、ガンヘットのボディが影の中に沈みはじめた。

「まだよ!!」

マナがガンヘットに残った両腕の4連装長距離貫通型ミサイルランチャーを真下に向けて発射した。
爆発の反動で脱出するためだが…

「…そんな」

やはりミサイルランチャーは影に突き刺さって沈んで行き、なにも起こらなかった。
爆発すら飲みこまれたらしい。

『これまでか…マナ!!脱出しろ!!!』
「ケイタはどうすんのよ!!」
『…俺は無理だ…もうすぐこのコックピットものまれる…』

ケイタのいる下半身用のコックピットはマナのいる上半身のコックピットより下方に設置されている。
しかも今ガンヘットはタンクモードだ。
ただでさえ車高が低くなっている。
すでにケイタのコックピットのすぐ下までが沈んでいた。

ギギギギギギ・・・

ケイタがガンヘットをスタンディングモードに変形させた。
マナのいるコックピットの位置がさらに高くなる。

「ケイタ!!何してるの!!」
『こうすりゃまだ少しは持つだろ?さっさと脱出しろ!!』
「まってよ!!」
『またねえよ』

ケイタの言葉は静かだった。
すでに覚悟を決めているらしい。

『なあマナ?』
「なによ!!」
『俺さ…ムサシもだけどお前の事…』

ケイタが言いかけた時、ガンヘットに振動が走った。

『な、なんだ?』
「シンジ君?」

マナとケイタがモニターを見るとそこには紫の巨人がいた。
シンジの初号機だ。
足を影に囚われながらガンヘットの真横にいる。

『二人とも無事か?』
『なんでここにいるんだ!!お前も飲み込まれるぞ!?』
『助けに来ただけだよ』

モニターに映るシンジは笑っていた。

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シンジは目の前のガンヘットを見た。
すでに半分近くが沈んでいる。
時間が無い。

(どうするんだい?)
(やる事は一つでしょ?)

初号機はガンヘットの巨体に手をかけるとそれを影から引きずり出し始めた。

『待ってシンジ君!!このままじゃシンジ君の方が!!!』
『そうだ!!俺達の事はいい!!マナだけ回収してガンヘットを踏み台にすれば近くのビルに乗り移れるだろ!!!』
『ケイタ!!あんたも一緒に来るのよ!!』
『無理言うな!!』
「マナ?ケイタ?」
『『え?』』
「…いいかげん黙れ」

そう言うとシンジは初号機の全身に力を込めた
瞬間的に初号機の四肢が巨大に肥大する。

「がああああああ!!!!!」

シンジの口から獣の咆哮が上がる。
それは正しく原初の生命から受け継がれし命の叫び

シンジの思いに答えた初号機がガンヘットを影から徐々に引きずり出す。
それに反比例するように初号機は影に沈んでいった。
発令所からミサトの切羽詰った声が届く。

『シンジ君!!エントリープラグを射出するわ!!』
「まだだ!!初号機が動かなくなったらマナ達も一緒に呑み込まれる」
『で、でもあなたまで!!』
「…ぼくはネルフの指示を無視する事ができます。」

ミサトだけでなく発令所の全員に加えてガンヘットのマナとケイタが息を飲む
忘れていたわけではないがこんな状況で使われるとは思わなかった。

「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄!!!」

初号機の顎部ジョイントが破壊される
そこから漏れたのは初号機の叫び
シンジの思いに初号機が咆哮と共に応えている。

その叫びと共に初号機はガンヘットを頭上に持ち上げた。

「アスカァァァァァァァ!!!」

シンジの言葉の意味を悟ったアスカの弐号機が前に出る。

それを見た初号機はガンヘットを弐号機に向けて投げつけた。
かなり乱暴だが仕方がない。
その反動で初号機は一気に胸の位置まで影に沈みこむ。

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「こんの!!!!エヴァをなめんじゃないわよ!!!!!」

壮絶な金属同士の衝突と地面を削り取る破壊音が第三新東京市中に木霊した。
音の通り過ぎた後にはレールのように弐号機の足がコンクリートを削って行った後が残る。

『きゃあああ』
『うわああああ』


通信機からも絶叫が聞こえるがアスカはガンヘットを離さなかった。
なんとか弐号機の体勢を入れなおして抱えあげる。

「ぐううううう」

かなりの重量にフィードバックされた重さがアスカの腕にダイレクトに感じられる。
それは腕の関節がはずれるかと思える激痛・・・

弐号機はゆっくりガンヘットを地上に下ろすと片膝をついた。

すかさずモニターをガンヘットにつなぐ
マナとケイタはぐったりしてはいたが何とか無事のようだ。
座席に装備されている八点ベルトが二人をシートに固定している。
脳震盪くらいは起こしているかもしれないがあのまま飲み込まれるよりはましだろう。

ほっと一息をつくアスカの横を青い風が通り過ぎた。

「え?レイ?」
『シンジ君!!』
「なんですって!!」

あわててモニターを見るとシンジの初号機はまだ影に飲み込まれていた。
すでに右腕と頭以外は影の中だ。

「な!!なんであいつまだあんなところにいるのよ!!」

初号機はその右腕から糸を出して周りのビルに引っ掛けてしのいでいるようだがそのビル自体が沈んできているのだ。
長くは持たない・・・

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その状況に一番驚いているのはシンジだった。

「な、なんでなんだ!!」

彼はすでに左腕の【Left hand of denial】(否定の左手)を発動している。
シンジの予想ではこれで決着がついているはずだった。

この使徒の能力がどんなものかはわからないが物理的なものではありえない。
だとすれば【Left hand of denial】(否定の左手)を影に突っ込んだ状態で使えばこの使徒は終わる・・・はずだった。

(くそ!!何か見落としていたのか!?)

もともといきなりの出現にこの使徒の情報は無いに等しかった。
戦闘中に情報を集めなければならないほどに・・・
それが最悪の方向に転がっている。
なぜか影に飲まれた【Left hand of denial】(否定の左手)は発動しているのに何も起こらない

(シンジ君、綾波さんだ)
「え?」

モニターにビルを飛び移りながらこっちにくる青い巨人が映った。

『シンジ君!!』

一瞬の判断で周囲のビルにくくりつけていた糸を離し、束ねて零号機に向けて飛ばした。

レイは伸びてきた鞭のようなATフィールドを掴むと零号機の腕にくくりつけて初号機を引き上げようとする。
初号機の沈む速度が止まった。

『くうううう』

通信機からレイの苦しそうな声が聞こえた。
強化はしているはずなのに引き上げることが出来ないでいる。
それだけ初号機を引き込む力が強いのだろう。

(特化型だとは思っていたが落とし穴だったとはね・・・)
(暢気に言ってる場合ですか?なぜかぼくの【Left hand of denial】(否定の左手)は効果が無いし、右手は手を放さないと能力を使えないし、使おうとすれば一気に引き込まれるでしょうし・・・)
(そうだね、それにそろそろ・・・)

ブギーポップは頭上で初号機を引き上げようと必死になっているレイの零号機を見た。

「・・・限界かな?」

ブギーポップは零号機が踏ん張っているビルを見た。
零号機の立っている部分にヒビが入っている。
足場が持たなくなり始めているのだ。

どの道、零号機のいるビルも沈み始めている。
このままではレイまで道連れだ。

「シンジ君?」
(覚悟は出来ていますよ、とっくにね・・・)
「それは用意のいいことだ。」

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零号機はいきなり自分と綱引きをしていた力が無くなり、後ろに倒れそうになる。
A・Tフィールドの鞭がいきなり消えたのだ

ガシン!!
『ちょっとレイ!!しっかりしなさい!!!』


通信機からアスカの声が聞こえる。
後ろを見ると弐号機が零号機を支えていた。
どうやら零号機と同じようにビルをわたってきたらしい。

レイとアスカはとっさにビルの下を見た。
そこにはすでに首だけになっている初号機がいる。

「シンジ君!!ダメ!!もう一度!!!」

零号機が手を伸ばすが眼下の初号機は首を振る。

『何やってんのよシンジ!!』
『そのビルは限界だよ、崩れたら零号機と弐号機も一緒に巻き込まれる。』
「だめ!!シンジ君!!!!」

レイは必死に手を伸ばす
まるでここでシンジを捕まえられなければもうシンジに会えなくなるというように・・・

アスカは弐号機でそんなレイの零号機を羽交い絞めにしてとめた。

「離してアスカ!!」
『離せるわけ無いでしょ!!』

アスカも一人だけだったなら取り乱していたかもしれない。
しかし、すぐそばで取り乱している人間がいるともう一人は逆に冷静になる。

『シンジ!!』
『アスカ?』
『戻ってきなさい!!戻ってこなかったら世界の果てまで追いかけてってあんたを殺してやる!!』
『・・・約束する・・・必ず・・・』

シンジが言い切る前に初号機は影に飲まれた。
それと同時に通信にノイズが走り・・・初号機との通信が切れたことを告げた・・・ 

『・・・・・・・・・・・・・・・・撤退よ』

ミサトの声がむなしく響く

「でもシンジ君が!!」
『レイ!!・・・ここにいてもあたし達に出来る事は無い・・・』

ミサトの言葉に異を唱えたレイをアスカがたしなめる。

『・・・・・・・・撤退しなさい・・・・・・これは命令よ・・・』

血を吐くようなミサトの言葉にレイが頭をたれる。

零号機の単眼と弐号機の四つの目はその間ずっと初号機の沈んでいった影を見ていた。






To be continued...

(2007.08.11 初版)
(2007.10.13 改訂一版)


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