天使と死神と福音と

第拾参章 〔神友〕
V

presented by 睦月様


いつものシンジ邸・・・
いつもの夕食時・・・
いつもの食事風景・・・

そんな中に一人だけ挙動不審な人物がいた。

(・・・ああ、どうしよう・・・)

ミサトである。
何処か落ち着かないようにそわそわしていた。

「どうかしたんですかミサトさん?」
「え?・・・ああ、ちょっちね・・・」

どうにも気まずい物を感じながらミサトがあいまいに笑う 。
ミサトが落ち着かないのは当然参号機の件に関してだ。
これから一緒に戦うことになる以上言わなければならない・・・パイロットの事を・・・
早めに言ったほうが傷は浅くてすむし・・・何より心の準備が出来る。

・・・そうはわかっていてもミサトはなかなか言い出せなかった。

シンジ達はエヴァに乗るということの意味を知っている。
トウジが参号機のパイロットに選ばれたと知れば止めに入るかもしれない。

そんなことになればいろんな意味で収拾がつかなくなって最悪である。

「あ、あの〜シンジ君?」
「はい?なんですか?」
「えっとね・・・」
「何か今日のミサトさんおかしいですよ?加持さんとなんかありました?」
「え?・・・・・・・・な、なんでそこで加持が出てくんのかな!?」
「なんとなく」

シンジのとぼけた答えにミサトが脱力した。
完全に言い出すタイミングを失してしまっている。

(・・・どう言い出せばいいのかしら・・・)

なかなか言い出せないミサトに助け舟は予想もしない方向から訪れた。

「ミサト!!」

玄関の扉を開けて赤い色彩が飛びこんでくる。
髪だけでなく顔まで真っ赤にしたアスカだった。

「どう言う事か説明しなさい!!」
「な、なにを!!」
「何であいつが四人目なのよ!!」

アスカの一言に全員が驚く。
アスカの言った四人目と言うのは新しいチルドレンの事だろう。
どこで知ったのか知らないがアスカは四人目が誰か知っているようだ。

全員がミサトとアスカのやり取りに集中する中でシンジ、凪、マユミの瞳が細められる。
この三人にとってアスカの情報はもっと重要な意味を持つ。
興奮しているアスカに向けてシンジが口を開いた。

「…アスカ?」
「なによ!?」
「四人目は誰だ?」
「え?」

その短い言葉に込められたものに気づいたアスカがシンジを見る。
かなり真剣で反論を許さない威圧感がある。
それを見たアスカは戸惑ったが、二人は真正面から数秒見詰め合った後、アスカが視線をそらした。

「…鈴原よ」
「「「「「「!!」」」」」

その一言に全員が息を飲む
シンジはアスカから視線をはずすとミサトを見る。

「間違いないのか?」
「加持さんのノートパソコンにあったわ、間違いは無いと思う。」
「・・・ミサトさん?」
「えひゃい?」

ミサトを振り返ったシンジは無表情なのに異常ないくらいのプレッシャーを放っている。
それに当てられたミサトがおもわず変な声で返事を返してしまった。

「いつ決まった話です?」
「え?き、今日リツコが伝えに行ったはずだけど?」

それを聞いたシンジが椅子から立ち上がる。

立ち上がったのはシンジだけじゃなかった。
他に凪とマユミも立ち上がっている。

「・・・大事な用事を思い出しました。後片付けお願いします。」

そういうとシンジは自分の部屋に走った。
それと反対に凪とマユミは玄関に走る。

「な、なに?」

状況のわからないミサトはあわてる。
ミサトだけでなく他の皆も同じだ。

何が起こったのかはわからないが何かが起こっているのを感じた。
シンジ達の様子は尋常じゃない。

それは程なく部屋からスポーツバックを持ったシンジが出てきたことで確信に代わった。
凪とマユミはすでに家の外に出ている。

「山岸、バイクのエンジンをかけておけ」

凪はそういうとマユミにバイクのキーを投げる。

「やり方はわかっているな?」
「はい」

二人は一瞬だけ”視線”を交わすと反対方向に走り出す。
凪は自分の部屋に、マユミは駐輪場に、それと同時にシンジが家から出てきた。

「シンジ、先に行け」
「はい」

凪に短く答えるとシンジは手すりを飛び越えて飛んだ。
着地の音も聞こえなかったが凪はシンジが先行したのを確信して自分の家に走る。

ぶち破るかのような勢いで扉を開けて一直線に自分の部屋に飛び込んだ。

部屋に入ると無造作に着ている服を脱ぎ散らかして別の服を引っ張り出す。
黒い皮製のつなぎを手早く着終わると背後に人の気配が現れた。

「凪先生何が起こっているんですか!!」

声の主はマナだった。
他の皆も背後に控えているが今はかまっていられない。

「なんでもない」
「なんでもないって・・・」
「悪いが時間がないんだ」

身に着けた装備を確認すると凪はヘルメットを二つ持って自分の部屋を飛び出す。

そのまま家を出るとシンジのように手すりを飛び越えて空に身を躍らせる。
三階分の高さがあったが足から落下して地面に降り立ち、さらに転がる事で衝撃を逃がした。

そのまま駐輪場に向けて走り出す。
そこにはすでにバイクのエンジンをかけて暖気しているマユミがいた。

「悪いな」
「いえ、お役に立ててよかったです。」
「しかしこういうところでは便利だよな、お前の能力」

マユミはバイクに触ったのはこれが初めてだ。
それなのに何故エンジンをかけることが出来たのか?
答えは簡単、凪の持つ"エンジンをかける記憶"を読んだのだ。

「面倒をかけるがお前も来てくれ」

凪はそういうと持ってきたヘルメットの一つをマユミに放り投げた。
マユミはあわてて掴む。

「場合によってはお前の能力が必要になるかもしれん」
「・・・はい」

二人は頷くとヘルメットをかぶりバイクにまたがる。
マユミがしっかり自分にしがみ付いたのを確認した凪はブラックバードを急発進させる。

壮絶な音を立てて発進した後にはタイヤが地面につけた黒い跡だけが残った。

---------------------------------------------------------------

とある住宅街…

キキーー

その中に黒いバンが止まった。
スモークガラスに真っ黒な車体、ナンバープレートも真っ黒に塗りつぶされていて判別できない。

「…準備はいいな?」

助手席にのっている男が振りかえらずに後部座席にいる仲間に確認した。
どうやらこの集団のリーダーらしい。
バンの中にはこの男と運転席の男も含めて7人ほどが乗っているようだ。

「…しかし今回の任務は何が目的なのですか?」
「……危険なテロを計画している者達がここから2軒ほど先の家に潜伏しているという事だ。出発の時点で確認したはずだろう?」
「し、しかし…」

質問した男は疑問の声を出す。
ここはネルフ職員の家族などに割り振られた住宅地域だ。
とてもじゃないがそんな危険分子が潜伏してるとは思えない。

「余計な事は考えるな」

男はそう言うと自分の装備を確認した。
その姿は上から下まで真っ黒な軍隊のような服だった。
後は銃を持てば完璧だろう。

「…確認する。今回の目的は突入後、…目標はこの家の制圧だ。暴れるのはかまわんがくれぐれも殺すな、その後この家にいる10歳の少女を保護、抵抗された場合に備えて睡眠薬で眠らせろ」

リーダーの言葉に全員が理解できないと言う顔になる。
本当に危険分子の排除が目的ならここまでこそこそする必要は無いはずだ。
しかも最優先目的が10歳の少女の確保・・・意味が分からない。
これではまるで強盗のそれだ。

しかし彼らは訓練された兵士だ。
上の決定には従う。
それこそが彼らの不文律なのだから……

たとえその命令がいかに理不尽でも……

「少女を保護したら即座に撤収する。」
「…他の家人に抵抗された場合は?」
「適当に排除しろ…ああ、中学生くらいの少年がいるはずだがそいつは丁重に扱え…他には?」
「「「「「「……」」」」」」

沈黙は了承の証…

「…よし、いくぞ」

男が助手席の扉を開けようとした瞬間・・・

バタン・・・

外から強引に閉じられた。

「な、何?」

あわてて外を見るとスモークガラス越しに小柄な後姿が見える。
どうやら男の子らしい
それが扉によりかかった為に強引に閉じられたのだ。

「だ、だれだ!どけ!?」

強引に扉を押すと人影はあっさり離れた。

「な、何者だ!!」

人影は大きめのスポーツバックをもって微動だにしない。
月が雲に隠れているためにおそらく中学生くらいの男子という事しかわからなかった。

「・・・珍しいところで会いますね」

小柄な人影はゆっくりと振り向いた。
それと同時に月にかかっていた雲が晴れて顔が見える。

それを見た瞬間、男達の表情が固まった。
ネルフに所属している者で彼の事を知らない人間はいない。

そこにいたのは夏用の学生服を着た少年・・・シンジだった。

「…諜報部の大財さんでしたっけ?」

シンジはにっこりと笑いかける。
顔が隠れているのに自分の名前を言い当てられて男が驚くが・・・さすがはプロ、動揺を表に出すことはない。

「…そんな奴は知らない」

大財と呼ばれた男はしらばっくれた。
一応覆面はしているので知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだ。

しかし、シンジのほうもそんな子供だましに乗る気はない。

「どうやら後ろの人達もネルフの保安要員のようですがこんな所で何をしているんです?」

シンジは大財の言葉を完全に無視して話を続ける。
その視線の先には大財の後ろのバンから降りてきたほかのメンバーがいた。

彼らはシンジの言葉で硬直している。
その状況以上にシンジの言葉が正しいと認めるのは難しいだろう。

「…碇シンジ、こんな時間にここで何をしている?」

大財はもはや誤魔化しは効かないと悟ると開き直ってシンジを逆に問いただす。
それに対してシンジの顔の片方の瞳が細められた。
どうやらブギーポップに代わったようだ。

「僕がここにいるのはそんなに不思議な事じゃないさ、この近くには友人の家があるんでね」
「……友人だと?」
「そう、ちょうどここから二件ほど先の家…」

そう言って親指で指す先にあるのは大財達が突入する予定だった家だった。
それに気づいたメンバーの顔が覆面の下で歪む。

「さて、今度はこちらから聞こう、こんな時間に諜報部がこんな所で何をしている?しかも全身黒装束で強盗にでも入るつもりかい?」

ブギーポップの言葉に保安部のメンバーがうめいて顔を見合わせる。

確かにそう取られてもしょうがない格好だしやろうとしていることはまさに強盗の行為だ。

大財も内心動揺したがそれを外に出す事はない。
感情を殺す事などこのレベルの人間には造作もなことだ。

「…悪いがその質問に答える事は出来ない」
「なぜ?」
「任務行動中だ。」
「こんな民家のど真ん中で?しかもここに住んでいるのは100%ネルフの職員だぞ?」
「…任務の内容は言えない。」

どうやら大財は余計な事をしゃべらず作戦行動中の黙秘で押し通すつもりのようだ。
しかしそれでごまかせるかどうかは別物、大体こんな怪しい格好でこんな場所にいるところを見られた時点で半ば以上計画は失敗だ。
いまだに粘っているのは彼のくだらないプロ意識が仕事の失敗を良しとしないからでしかない。
要するにこの大財という男の子供じみた意地だ。

「そう言われても気になる。さっきも言ったとおりここの近くには僕の友人がいる…彼の友人としてはそんな物騒なものを着た人間がうろうろしていれば気にもなるだろう?…彼に万が一の事がないかとね…」

ブギーポップの顔は皮肉げに笑っていた。
しかしその視線は大財達から離れない。
肉食の獣が狩をするようにじっと見つめている。
その視線に保安部のメンバーは息苦しさを覚えたが、所詮中学生と言う先入観が先立った。

「…なんと言われようと作戦内容は明かせない。」
「頑固だな…」
「…護衛として一人つける…そうそうに帰宅しろ…」
「そんなに物騒なのかい?ここ?…もう結構遅いからね、これからその友人の家に泊まっていくほうが安全だと思うんだけれど?」
「却下だ」

大財は背後の一人に視線で促した。
護衛とは名ばかりでシンジの監視要員だ。
一人減ったとしても問題はないだろう。
彼らにとって見ればシンジがこの場を離れると同時に再度作戦に入ればいい。

背後の一人がブギーポップのそばに近づく。

それを見たブギーポップはため息をついた。

「わからない人だな…」
「…なに?」
「さっさと帰れと言っているんだよ」

ブギーポップの雰囲気が一変した。
鋭くとがった刃のような殺気が全員に突き刺さる。
どうやら鞘から刀を抜いたらしい。

「“鈴原トウジの家に突入しようとしたら碇シンジに遭遇したため、パイロットに不信感を持たれるリスクを考え任務遂行を断念”…いいわけには十分だろ?」

大財は黙って腰を落として構える。
修羅場をくぐってきた経験がブギーポップを“敵“として認識したのだ。

他のメンバーもそれに倣ってシンジを包囲する位置に移動した。

「…頭悪いな、わざわざ言い訳まで用意してあげたのに」
「……悪いが一緒にきてもらおう、聞きたいことがあるのでね…」
「僕は話したい事はないよ」

言葉の終わりと共にシンジの姿が消えた。

「「「「「「「な!!」」」」」」」

7人、14個の瞳が同時にシンジの姿を見失った。
そして・・・

「ん?」
「なんだ?」
「…口笛か?」

夜風に乗ってかすかなメロディーが7人の耳に届く。
だがその音源はどこかわからない。
風と住宅街の壁が反響しあっているのだ。

「ニュルンベルクのマイスタージンガーか…」

聞き覚えのある旋律に大財が呟いた瞬間、初手がきた。

「くあ…」

メンバーの一人がいきなり硬直したかと思えばいきなり崩れ落ち始める。
鮮やか過ぎる手並みで意識を刈り取られたのだ。

「な、どうした!!」

慌てて駆け寄ろうとした足が止まる。
その倒れていく動きに合わせて背後にいた人物の姿が現れた。

夜色のマント…
筒のような帽子…
真っ白な白粉を塗ったような顔…
そして…その黒い唇の片端がつりあがっている笑み…

感覚で悟ってしまった。
この目の前にいるのは・・・姿だけはシンジの姿をしているがこれは別の何かだ。

「な、何の冗談だ?」

大財が乾いた声を出す。
他の者達はブギーポップの存在感に当てられて口を開く事も出来ないでいるのだから大財の非凡さが伺える。

…もっとも“ただの人間にしては”と言う但し書きが着くが…

「…冗談だと思っているなら幸せな事だ。死の瞬間すらも冗談で受け入れてくれ」

夜の闇…その闇より暗き漆黒が走る。

…………………………………
……………………
……………
………

「殺したのか?」

凪がバイクを止めながら聞いた。

視線の先にいるのは黒いマントをなびかせる人影の後姿…
その周囲には黒い服を着た男達が転がっている。

「死んじゃいないさ…」

振り向いた顔はブギーポップのものだった。

「お前にしては上出来だな」
「人聞きの悪い、何処かの殺人狂と一緒にしないでほしいな…」
「似たようなものだろ?」

凪は苦笑してバイクから降りる。
それと一緒に凪にしがみついていたマユミも降りた。

「…山岸さんはなにか調子が良くないようだね」

ブギーポップの言う通りマユミはフラフラして足元がおぼつかない。
理由は分かる・・・ご愁傷様

「また無茶なスピード出したんだろう?」
「非常事態だ。」

凪はあっさり言い切ると地面に伸びている男達に向き直った。
黒装束の集団が7人、地面で意識を失っている。

「だれだこいつら?」
「ネルフの諜報部の人間らしい」
「なぜだ?」
「大方の予想は出来るがね…」
「言え」

凪の短い答えにブギーポップが肩をすくめる。

「生贄だよ」
「…鈴原には妹がいたな…その子を狙っていたのか?」
「コアにいれるためにね…」

ブギーポップの言葉に凪は唇をかむ
抑えきれない怒りがひしひしと感じられた。
隣に並んだマユミも青い顔をしているがかなり怒っているようだ。

「…その理屈から言うと…鈴原はチルドレンになることを了承したのか?」
「さてね、僕はまだだと見る。」
「なぜだ?」
「あまりにも動きが早過ぎるからだ。」

もしトウジがパイロットになる事を了承しているのなら通告した当日に行動を起こすのはおかしい。
本人の意思でエヴァに乗るのだ。
コアの問題も参号機到着までにクリアーすればいいだけの事

しかし、もしまだ了承していないとすれば時間的な制約がある分トウジに了承させるのは速いほうがいい。

「…それが何でこの状況につながる?」
「……そうだな、例えばだがこの襲撃で鈴原君の妹さんが連れ去られたとする」

凪とマユミは頷いた。
それが目的だったのは疑う余地がない。

「すると鈴原君の性格だ。助けたいと思うだろうね…」
「当然だろ?」
「しかし個人で捜すには限界がある。」

ブギーポップは苦笑しながら続けた。

「それでは“個人”ではなく“組織”の協力が得られるとしたらどうだろう」
「おい…それは…」
「ネルフはこういえばいい…“チルドレンになる代わりにネルフが全力をあげて妹さんを捜す”…ってね」
「…ふざけやがって」
「当然ネルフは捜すだろうね…しかし犯人がネルフの中にいるんじゃいくら捜しての見つかりはしない。とうの妹さんは絶対に見つからない場所にいるからよけいにね…」
「・・・・・・完全に逃げ道を潰されているな」
「一見してみれば順当な取引に見えるが内容は詐欺よりたちが悪い、この方法ならネルフが恨まれる事はないし彼の性格なら必死で戦うだろうさ」

凪は足もとの男達を殺気のこもった視線で見る。
怒りの感情が体の周囲に陽炎になって立ち上った。

「彼らが率先してやったわけじゃない。命令されただけだ。」
「しかし…」

ブギーポップは凪をとめるとマユミを振りかえった。

「な、なんでしょう?」
「この連中の記憶を書換えてほしい。」
「え?…あ、はいどんなふうに?」
「鈴原君の家には碇シンジが滞在していた。そのため任務を見送った・・・ついでに帰る所だったと言う風に」
「・・・わかりました」

マユミは一人一人起こすと順番に記憶をいじっていく。
ブギーポップと凪はそれをじっと見ていた。

「・・・いいのか?」
「彼らが消息を絶てば連中は何らかの組織の介入なんて勝手に想像して強攻策で鈴原君をパイロットにするだろうさ、”コアの中にいる妹を助けたければエヴァに乗れ”ってとこかな・・・それはまずいだろ?」
「まあな、しかしこのままでは同じだろう?」
「それに関しては明日にでも脅しをかけておくさ」
「脅し?」

凪が聞き返そうとするとマユミのため息が聞こえた。
見ると男達は皆放心したように呆けている。
どうやら終わったらしい。

「終わりました。」
「ありがとう、休んでて」
「はい」

マユミは少しふらついて壁に寄りかかる。
能力の使いすぎだ。

ブギーポップと凪は男達をバンにつめて放り込んだ。

記憶をいじられた運転手が”ネルフに帰る”という記憶に従ってエンジンをかけて発進する。

「…あれ?」

ブギーポップに変わってシンジが表に出てきた。
バンとすれ違って一台の車がシンジ達に近づいてくる。
ミサトのルノーだ。

「…ミサトさん?…じゃないな」

運転席に座っているのは中学生の男の子、ケイタだ。

「…なんでケイタがミサトさんの車運転してるんだ?」
「あいつの能力は乗り物を完全に自分のものにする事だからな、追いかけてきたんだろ?」
「でもどうしてここが?」
「それは俺達の話の内容と…」

凪は助手席に乗っている人物を指差した。
そこにいたのはムサシだ。

どうやら能力を使ってここまでナビをしてきたらしい。
おそらくこの場所にシンジ達がいる事を何となく感じたのだろう。

シンジ達三人の目の前に無駄なドリフトで止めると車の中から皆が出てきた。
アスカ、レイ、マナの三人もいる。

どうやら女性陣三人は後ろの方にぎゅうぎゅう詰で乗っていたらしい。
アスカとマナは不満そうだ。

「よくミサトさん貸してくれたね?」
「んなわけないだろ?」

ムサシが青い顔で言った。
えらく機嫌が悪いその様子にシンジはなにかあったなと当たりをつけた。

「なにやったの?」
「後片付けを頼んだ隙に葛城三佐を気絶させてキーを抜き取った。」

どうやら隙を見て鍵を摺ってきたらしい。
後々のことを考えればミサトを巻き込まないのは悪くない手だが自分たちの上司を気絶させるとは思いきった事をする。

「…大胆な事するよな」
「言うなよ、山岸、後で葛城三佐の記憶をいじってくれないか?」
「分かりました。」

ムサシはマユミの返事に安心してため息をつく。
自分の上司に暴力を振るったのだ。
戦自出身で縦社会に厳しい環境で育ってきたムサシにはきつかっただろう。

その横からアスカが一歩前に出る。

「…で?」

アスカが胸をはって仁王立ちをしながらシンジに聞く。
主語がまったく入っていないがこれで分かるだろうという感じで自信満々だ。

「…で?って言われてもな」
「何があったの?」
「もう終わったよ」
「あたしはなにがあったのか聞きたいの!!」

アスカは意地でも聞き出すつもりだ。
他の皆も似たような顔でシンジの言葉を待っている。

シンジと凪は無表情で見返した。
マユミはそんな状況を見ておろおろとしていた。

「…シンジ、これはもう言うしかないんじゃないか?」
「凪さん…」
「もうこれ以上秘密にしてもしょうがないだろう?それに秘密でとおせる状況じゃない」

凪の言葉に皆が頷く
思いは一つらしい。

「…そうですね」

シンジはアスカを振り返った。

「場所を変えよう・・・」

---------------------------------------------------------------

住宅街から離れた公園でシンジは開口一番に本題に入った。

「…ぼくはトウジの家を襲撃しようとした連中を撃退した。」
「襲撃ですって!!」
「その正体はネルフ諜報部のメンバーだった。」

シンジの一言に背後にいた凪とマユミ以外が目を見開く。
自分の所属している組織が友人の家に襲撃をかけようとしていたなどどういう理由か理解できない。

「おそらく彼らの目的はナツキちゃんの拉致…」 
「ど、どうしてよ!!鈴原は新しいチルドレン候補なのよ!!」
「だからだよ、トウジをチルドレンにするためには妹のナツキちゃんが必要なんだ。」

シンジは一呼吸いれて間を取る。
この先を話すために必要な意思を溜めた。
同時に全員が落ち着いて次の言葉を聞くための一拍の間だ。

「エヴァのA10神経は愛情をつかさどる神経だ。だからこそシンクロをするためには愛情が必要になる。でも使徒のコピーに愛情を感じる奴なんていやしないしエヴァのほうでもぼく達を愛するなんてのはありえない話しだ…だったらどうすればいい」
「…まさか…」

マナが青い顔で聞き返す。
考えられる事はいくつも無い。
しかもこの状況はシンジの考えを肯定している。

「…そう、パイロットに愛情を感じている誰かをエヴァに食わせる…そうすればエヴァの中に入った人物はエヴァと一体化してパイロットとのA10神経のシンクロが可能になる。」

誰も口を開けなかった。
レイが震えながら口を開く。

「シンジ君、シンジ君は初号機の中にいる人のことを知っているの?」
「…ぼくの母さんだ。」
「……」
「ぼくが本当の能力に目覚めた時にその事も思い出した。ぼくの能力の根源は母さんがエヴァの起動実験中に…今の初号機の中に溶けて“消滅”した事から発現した能力だから…」

それは想像を超える事実…
マナが凪を見る。

「凪先生は知っていたんですか?」
「ああ、シンジが自分から話した。」
「…私も、シンジ君の記憶を呼んだときに…」

マユミがすまなそうに頭を下げた。
この二人は最初から知っていたがシンジが言い出さないことを言えるわけがないと黙っていたのだ。

「二人にはぼくが黙っているように言ったんだ。」
「…ちょっと待ってよシンジ」
「アスカ?」

見ればアスカが震えながらシンジにすがり付いてくる。
どうやらシンジの言葉の意味を正しく理解したようだ。

「じ、じゃあ弐号機にいるのは誰?」
「アスカ…」
「まさか違うわよね、ママはあたしの目の前で首を吊ったのよ?」
「アスカ、落ち着くんだ…」

シンジは混乱しそうになるアスカの背中をなでて落ち着かせる。

「…つらいだろうけれど…弐号機の中にいるのはアスカのお母さんだ。」

アスカが一瞬でシンジから離れた。
その顔は驚愕に彩られている。
信じられないといった顔だ。

「う、嘘よ!!」
「…嘘じゃない、アスカが弐号機にシンクロ出来る事が弐号機の中にアスカのお母さんがいる証拠だ。」
「だ、だって!!」
「おそらく実験中の事故って言うのはエヴァに取りこまれかけた事だったんだよ。そのときにアスカのお母さんはその精神を弐号機に食われたんだ。アスカが見たのはわずかな記憶と本能だけの抜け殻だったんだよ。」

シンジは駆け寄ってアスカを抱きしめる。
アスカも最初は抵抗したがその力は弱弱しく、やがて自分からシンジに抱きついた。

「…ゆっくり受け入れていけばいい、お母さんは今もずっとアスカを見守っている」
「……………………………ママ」

やがてすすり泣く声が聞こえ始めた。

シンジはアスカを黙って抱きしめる。
それを感じたアスカもより強くシンジに身を寄せた。
その光景を他の皆は:黙ってみている。

空から月光がそんな二人を照らしつづけていた。
ただ静かに時の止まったような世界はただ…美しかった。






To be continued...

(2007.08.18 初版)
(2007.08.25 改訂一版)
(2007.10.20 改訂二版)


作者(睦月様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで