天使と死神と福音と

第拾参章 〔神友〕
W

presented by 睦月様


シンジがアスカにエヴァの真実を打ち明けた翌日・・・

「シンジ君が保安部と接触したようだな・・・」

冬月が司令室の隅で将棋の本を片手に呟いた。
目の前には将棋板が置いてあって定石を並べて検証しているらしい。

「・・・・・・」

冬月の言葉に部屋の主は答えない。
ただ自分の机に黙って座っている。

「・・・どうするつもりだ?当初の予定ではすでにコアに取り込ませていなければならないはずじゃないか?」
「・・・・・・問題ない」
「それは責任の先送りだろう?どの口で問題ないなどと言う?」

冬月はため息をつきながら将棋板の駒を動かした。
問題ありまくりだからこそこの状況だろうに
しかも時間がない。
問題ないなどと言っていては手遅れになる。

「・・・そもそもシンジ君がその場にいたというのも偶然なのか?」
「早々都合よく行くものか・・・」
「だとしたら彼は少なくともシンクロの秘密に気づいていることになるな・・・」
「シンジを監視していた諜報部はどうした?」
「いきなりマンションから飛び出してきた彼をあわてて追跡したが塀を越えたり脇道に入ったりされて振り切られたそうだ。おそらく彼がフォースチルドレンが誰か知ったのはそのときだろうな・・・」
「役に立たんな・・・」
「そう言うな、シンジ君のほうが規格外なのだ。」

実際諜報部員もかなりの訓練を受けている・・・単純にそれを振り切って行方をくらましたシンジのほうが異常だっただけだ。
彼らを一概に責めるわけにも行かない。

冬月は諜報部を一応弁護すると本に集中した。
二人の間に沈黙が落ちる。
そもそもゲンドウは自分から話し出すような性格をしていない。
話すことが無いか話しかけられなければエンドレスに黙っている。

司令用の机に無言でいつものポーズをしているゲンドウは何か考えているのかただボーっとしているのか区別できない。
そのまま寝ているとしても誰も気づかないだろう。

沈黙に先に根を上げたのはやはり冬月だった。

「・・・どうするつもりだ?参号機はパイロットがいてもコアがなければ動かんぞ?」
「・・・・・・保安部は?」
「無駄だろう、シンジ君が事実を知っているのなら見逃すはずがあるまい?」
「だが、このままでは計画に支障が出る。老人達も黙ってはいまい・・・」
「出来る事と出来ない事を履き違えるなよ?力づくで事を運んだ場合シンジ君が黙ってないぞ?」
「・・・・・・子供にこうまで振り回されるとはな・・・」

ゲンドウの言葉に冬月がいぶかしげな顔で本からゲンドウに視線を移した。
今の一言に自嘲気味な笑いが含まれていたような気がしたからだ。
計画が頓挫していることに落胆していない?

「・・・・・・」

だが視線の先のゲンドウに変化はない。
いつものように寡黙な雰囲気を背負っている。

「・・・・・・赤木博士を呼べ」

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カタ、カタタ

無言でキーを叩く音だけが室内に響く。
リツコは自分の執務室で参号機の起動実験のプランを考えていた。
今までの実験データがあるために比較的楽だ。

「・・・にしてもコアの問題はどうするつもりかしら」

リツコは今回コアの事に関してはノータッチだ。
ゲンドウがその指示を出しているようだが詳しいことまで知らされてはいない
最終的にはリツコも呼び出されるかもしれないが今のところは目の前の仕事のほうを片付けねばなるまい。
リツコは黙って仕事に戻ろうとすると不意に執務室の扉が開いた。

「こんにちわ」

開いた扉から入ってきたのはシンジだった。

「シンジ君?どうしたの?」
「いえ、陣中見舞いってところでしょうか」

シンジはリツコの返事を待たずさっさと部屋に入ると適当な椅子に座った。
仕事中だったリツコは軽く眉をしかめる。

「・・・悪いけれど忙しいのよ」
「知ってますよ、陣中見舞いって言ったでしょ?」
「確信犯ってこと?」

リツコはクスリと笑うと椅子を引いて立ち上がった。
今日のシンジは少し強引だ。
どうも何か話したいことがあるらしい。

「そうね、ちょうど息ぬきもしたかったし・・・」

リツコはそういうと部屋のコーヒーメーカーから二人分のコーヒーを注いで片方をシンジに渡した。
礼を言ってシンジがカップを受け取る。

「それで?」
「なにがです?」
「何か言いたいことがあったんでしょ?」
「ええ」

シンジはコーヒーカップから口を離した。
コーヒーの味に満足したのか笑顔で頷く。

そんなシンジを見ながらリツコは妙な違和感を感じた。
違和感の元はシンジの笑顔・・・部屋に入ってからずっとニコニコと笑みをたやしていない。
何か変だ。

いぶかしげなリツコにかまわず、シンジは笑顔のままで爆弾を投下した。

「昨日諜報部の大財さんに会いました。」
「・・・諜報部の?どこで?」
「トウジの家の近く・・・」

リツコの動きが止まった。

シンジの一言でおおよその見当がついた。
同時にリツコの背中に冷や汗が浮かぶ。

それを見るシンジは相変わらずニコニコ顔だ。

「全身黒装束で・・・強盗にでも入る直前って感じでしたね」
「・・・そう」

リツコの中で疑問が確信に変わった。
間違いなくゲンドウの差し金だろう。
今回の件にリツコはノータッチだがおそらく間違いはない。

確かにコアにはパイロットの身内を生贄にする必要がある。

いま問題なのはシンジがおそらくそのことを知っているという一点こそが問題なのだ。
はっきり口には出さないがここまでの会話が遠まわしにリツコを追及している。

そのままじっとお互いしゃべらずに時間が過ぎるが、いきなりシンジのニコニコ顔が無表情になった。

「・・・見込み違いだったか・・・」
「え?」
「どうやらリツコさんは関係なかったようですね」
「・・・・・・私が何をしていたと思っていたの?」
「さあ・・・そんなことはどうでもいいじゃないですか?」

シンジはあさっての方向を向いて言い切った。
これ以上話すことは無いと言う感じだ。

「シ、シンジ君?」

リツコが何か言いかけた瞬間に内線がなった。
シンジのプレシャーに押されていたリツコはおもわず飛び上がるくらいに驚いた。
呼び出し音を鳴らしている電話を見たリツコが一瞬戸惑ってシンジと内線を交互に見るが、シンジに促されて受話器を取る。

「はい、赤木です・・・え?・・・はい」

リツコが内線先の人物の言葉に何度か相槌を打つ。
内線を切るとリツコは立ち上がった。

「・・・悪いんだけれど・・・呼び出しがかかっちゃったの」
「司令ですか?」
「・・・・・・ええ」
「では司令室までご一緒しましょう。」

シンジはそう言うとコーヒーの残りを飲み込んで、リツコの返事も待たずに立ち上がると出入り口に向かう。

「え?ち、ちょっとシンジ君?」

とっさの事でリツコがあわてるがシンジはお構い無しに外で待っている。
リツコはため息をつくと資料を持って自分も部屋を出た。

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司令室までの道のりをシンジとリツコが並んで歩いている。

「・・・トウジが次のチルドレンらしいですね?」
「・・・ミサトに聞いたの?」
「まあそんなところです。」
「まだ彼からは了承はもらっていないわ、無理もないけれどね・・・」
「でしょうね」

リツコは横目で隣を歩くシンジを見た。
執務室を出てからずっと無表情だ。
なんとなくこっちから話し掛けずらい。

「彼がチルドレンになるのを止めるつもり?」
「・・・トウジが自分でそれを選ぶならぼくには止められませんよ。」
「ドライなのね・・・それとも彼の意思を尊重しているの?」
「両方です。」

やがて二人は司令室の前に到着する。
リツコがインターホンのボタンを押すとすぐに冬月の声で入室の許可が下りた。
重い扉が開いていく。

「・・・でも、脅迫や詐欺で乗せようって言うんならその限りじゃありません」
「え?」
「いろいろあるでしょ?・・・ナツキちゃんを使って・・・ネルフってそのあたりの事は得意でしょうからね?」
「・・・・・・何のことかしら?」
「とぼけても無駄」

リツコは息を呑んだ。
横に自然体で立っているシンジからの空気が一変したのだ。
氷のように冷たくなった空気にリツコは開きかけの司令室の扉を見たまま動けなくなった。

「あの人にいっといてもらえます?あんまり調子に乗っていると後悔しますって…」
「・・・・・・お、脅し?」
「そう思うならそういうことにしましょうか」

シンジはニッコリ笑う
その笑いは何度か自分の身を持って感じた事のあるものが含まれていた。

そこに込められた意思の名前を”殺気”と言う。

プシュー

「ああ、赤木君ごく・・・」

冬月はねぎらいの言葉を途中で飲み込んだ。
開いた扉の先にはにこやかに笑いながら壮絶な殺気を振りまいているシンジがいた。

「・・・・・・クスッ」

シンジは最後に軽く笑うと横で固まって動けないでいるリツコの背を押した。
軽い力だったがリツコはよろめきながら司令室に入る。

次の瞬間には扉が閉まり始めた。

「ああ、しばらくぼくはトウジの家に泊まってますんで何かあったらそっちによろしく」
「え!ち、ちょっとシンジ君?しばらくってどれくらいなの!?」
「そうですね・・・参号機が来るまでかな、先輩パイロットとしては心構えなんかもレクチャーしとかないとね〜」
「で、でも実験とかあるわよ!」
「あ、それパス」
「パスって・・・」

シンジのあまりの言いようにリツコだけでなく司令室の中にいたゲンドウと冬月も絶句した。

「問題ないでしょ?そもそもぼくはネルフに所属してないんだからたとえ司令の命令でも聞く必要はありませんよ〜」

シンジは司令室に向けて冷笑を投げかけると手を振って別れの挨拶をした。

プシュウ〜

司令室の扉がシンジの姿を隠した。

「「「・・・・・・」」」

三人は一言もしゃべる事は出来なかった。
扉の先にシンジがいると考えるだけで体が金縛りになったように動かない。

「あ、赤木博士・・・なぜシンジ君がここにいるのかね?」
「はい、彼が私の執務室に来たんです。」
「・・・何か言っていたか?」
「フォースの妹さんを巻き込むなと・・・」
「・・・なるほどな」

冬月は扉を見ながらため息をついた。
その言葉で何故シンジがここに来たのかもおおよそわかるというものだ。
ゲンドウを含めた自分たちに脅しをかけに来たのだ。

「・・・先手を打たれたな・・・」

冬月の呟きは重かった。

これでトウジの家を襲撃するのは難しくなった。

最強のボディガードがついたようなものだ。
日常生活で誘拐する事も出来なくはないがシンジがそのあたりをミスるとも思えない。
しかも実行すればどんな報復があるかもわからない。

「どうするつもりだ?」
「・・・・・・」

冬月の言葉にゲンドウはすぐには答えなかった。
答えられなかったと言うほうが正しいのかもしれない。
そのまま一分近く黙ったまま時が過ぎる。

「・・・フォースチルドレンを参号機にのせるのはすでに決定事項だ。」
「・・・・・・正気か?」
「この人選はゼーレが直接指定してきたものだ。・・・それなりの意図がある。」
「つまり参号機のチルドレンは彼でなければならない理由が有ると言いたいのかお前は?」
「そうだ。」

冬月はゲンドウの言葉に考え込む。
確かにわざわざ指定して来たことを考えればこの人選には意味がある。
老人達の意図がどこにあるのかは不明だがこれはそのために必要なピースの一つなのだろう。

「しかし、コアがなければそもそもの根底が立ち上がらんだろう?」

三人の視線が司令室の扉に向かう。
今もシンジがいるかどうかは分からないが先ほどの殺気を思い出して背筋に冷たい戦慄に近い物が背筋を流れる。

「シンジ君を敵に回してでも強行するかね?別に彼が何かしなくてもシンジ君がシンクロの真実をしゃべればかなりのスタッフがシンジ君につくぞ?混乱するのは間違いない。特にレイ達は彼の味方だ。最悪の場合ネルフは内部分裂を起こしてエヴァ無しでこれからの使徒戦をきりぬけねばならんかもしれん。」
「所詮は子供だやりようはいくらでも有る。」
「分かっていると思うがネルフの中心はその子供達の手のひらの上に有る。」

それは厳然たる事実
そもそもネルフの中心はエヴァとそれの運用だ。
そしてエヴァを動かせるのはゲンドウが言うところの子供達。
もともとゲンドウ達には最初から勝ち目がなかったとも言える。

「…シンジが正面きって対立しないのは我々を利用するためだろう。何が目的かは知らんが奴にとっても我々の存在は無視できないと言う事だ。」

冬月はゲンドウの言葉にうなった。
言っている事に間違いはないが…

「そうとも言えるかもな、しかしまず間違いなくシンジ君はシンクロのからくりに気づいている。そんな状態でフォースチルドレンが参号機に乗る事を了承するか?」

そんな二人の様子をリツコはそばでじっと見ていた。
別にゲンドウやゼーレがお互いを利用していようとそんなことは些細な事だ。
実際自分も彼らから得るものがあるのでそのこと自体に嫌悪感などはない。
リツコが気にしているのはさっきゲンドウが言った言葉・・・
シンジが自分を含めたネルフを利用しているといった件だ。

確かにそう考えればシンジがネルフにとどまっている理由もわかる。

問題はシンジがネルフを利用して何をしようとしているかだが・・・

「・・・赤木博士」
「え?・・・あ、はい」

物思いの海に沈んでいたリツコを冬月の一言が現実に引き戻した。

「何か案はあるかね?」
「ぎ、技術的には…ダミープラグの応用で擬似的なフォースチルドレンのデーターを作り出してそれをコアにインストールする方法があります。」
「・・・・・・可能なのか?」
「・・・分かりません、今までプラグの実験は重ねてきましたがコアの方となると・・・」

リツコの言葉にゲンドウは数秒間だけ考え込んだ。
傍から見ればいつもと変わりないように見えるが…

「・・・・・・その方向で進めてくれ」
「正気か?」
「最も実現の可能性の高い方法だ。」
「可能性と言う点で言えばゼーレを説得して他の候補者に切り替えるべきだろう?」
「フォースチルドレンは参号機に乗せられないというつもりか?連中に弱みを見せるわけにはいかん・・・老人たちと我々は見ている方向が似ているだけで協力し合っているというわけではない」
「そんな実験じみたものに参号機を使うつもりか?」
「・・・・・・やむをえまい、これが最大の譲歩だ」

ゲンドウの言う事はわかる。
だがシンジがわざわざ自分から出向いてまで脅しをかけてきたのだ。
もし万が一にもトウジに精神汚染でも起きたらシンジがどう動くか予想も出来ない。

すでにゲンドウたちの頭にはシンジは自分達と同等の存在に位置づけられていた。

「あまりにもリスクの方が目に付きすぎると思うが…」
「我々がすべき事はフォースの少年用のコアを用意する事と参号機に乗せる事だ…後は老人たちがどうにかするだろう」
「確証でもあるのか?」
「いや、だが今回の件は老人達が年甲斐もなく率先して動いている。連中もバカではない、こちらの状況を知れば文句を言うなり独自に動くなりするだろう・・・我々はそれを見て動けばいい」
「・・・信頼はしてないが信用は出来るという事か・・・狸の化かしあいだな・・・」
「連中もかなり古株の狸だ。容易に尻尾はつかませないだろうがな・・・」

リツコはゲンドウの言葉を聞きながらその姿をシンジと重ねていた。
確かにシンジはネルフと正面きって対立してはいない。
それはゲンドウの言葉の正しさを証明している。

ゲンドウのその洞察力はシンジが自分と話していたときに見せたものと似ているように思えた。

……………たとえどんなに対立していようと血が繋がっていると言う事かもしれない。

「・・・シンジが我々を利用する存在だと考えているとしたら…付け入る隙は十分にある。」

ただそのありようはかなり歪んでいるかもしれない。

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「・・・っとナツキちゃん、ジャガイモの皮むき終わったよ」
「あ、ありがとうございます。シンジさん」
「ああ、こっちの鍋はもうちょっと待ったほうがいいな」

鈴原家の食卓にエプロンを着けたシンジの姿があった。
ゲンドウ達に言った通りシンジはトウジの家に来ていた。
もちろんトウジ達の護衛が目的だ。
幸いにもシンジにはチルドレンの先輩としてトウジにいろいろ教えると言う大義名分がある。

「・・・なあシンジ?何ぞあったんか?」
「まあね、アスカがちょっと・・・」

シンジがここにいるのは当然トウジのためだがそれだけならわざわざシンジが泊り込んでまでする必要はない。
他の人間もいる。
シンジが泊まり込んでいるのは家に帰るのを避けているのだ。

その理由はアスカにあった。

シンジが真実を打ち明けてからアスカは引きこもった。
無理もないことだと思う。

そのためにシンジ達は協力してアスカの体調不良という嘘をでっち上げて弐号機のシンクロテストもパスしている。
今のアスカにとって弐号機との折り合いをつけるのは難しい

アスカに必要なのは時間だ。

そのためシンジもなるだけアスカを避けている。
今アスカがシンジを見れば否応無しに現実を見てしまうから・・・

「惣流になんぞあったんか?」
「・・・・・・まあね、チルドレンになった人間の業ってやつかな・・・」
「・・・チルドレンの業か・・・それはシンジもせおっとんのか?」
「そうだね・・・」

トウジは黙ってシンジの話を聞いていた。
それは他人事ではなくなるかもしれないのだ。

そしてシンジもトウジを見詰めていた。
その瞳は友人の身を案じる視線だった。

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「・・・そっか、知ったんやな・・・」

夕食の後、シンジはトウジを呼び出して外に出た。
開口一番、トウジがチルドレンになったことを聞いたことを話した。

「まあね、家族には言ってないのか?」
「・・・まだ引き受けたわけやあらへんからな」
「そっか」

二人の間に沈黙が落ちる。
言葉にすれば今互いのなかにある思いは陳腐な台詞にとって変わる。
どちらも口を開かないままに時が過ぎた。

「・・・シンジは・・・」
「ん?」
「シンジはワイの考えは甘いって思っているやろ?素人考えやと自分でもおもうわ・・・」
「何でさ?」
「前にワイ・・・戦闘に巻き込まれたやろ?」
「・・・そんなこともあったな」

シャムシエル戦の時の事が思い出された。
トウジと会ってすぐの事だ。
もうはるか昔のことに思える。
それほどに濃密な時間がこの町にはあった。

「・・・あん時な、ミサトはんに言われたんや・・・拳銃突きつけられて・・・死ぬ時は一瞬やってな・・・」
「ミサトさん・・・そんな無茶なことしていたのか・・・今度文句を言っておくよ。」
「ちゃかすなや・・・」

シンジとトウジはそろって笑った。
友人同士の混じりけの無い自然な笑いだ。
不意にトウジが笑いを止めて真剣な顔になる。

「・・・シンジ、ワイを止めに来たのか?」
「チルドレンになるつもりか?」
「なんちゅうか・・・こんなワイにも出来ることがあるかもしれん・・・そう思っちまったんや」
「難儀な・・・誰か守りたい人でもいるの?」

あきれた顔でトウジを見るとトウジは照れて頭を掻いた。
どうやら図星らしい。
その反応を見れば誰を守りたいのか予想は出来るがここはあえて聞く。

「誰だよ?」
「そ、そりゃあ言えん」
「ナツキちゃん?」
「何言ってんのや、妹まもんのは兄の勤めやろ?当然のこっちゃ!」
「じゃあ委員長?」
「な!なんでやねん!!」

関西風の突込みが来た。
トウジの突込みをシンジひらりと避ける。
二人とも顔は笑みだ。

「なんで委員長なのさ?」
「そ、そりゃあ最近委員長ワイに弁当くれたりして・・・なあ」
「何が”なあ”なのかしらないけど・・・それって餌付けじゃないのか?」

シンジはしみじみとため息をついた。
どうやらトウジを弁当でつるヒカリの作戦はあたりだったらしい。
トウジのほうはシンジの言ったことの意味が分からないらしく首をひねっている。

「好きにすればいいさ、フォローはしてあげる」
「シ、シンジ?お前ワイを止めに来たんやないのか?」
「いや別に」
「な、なに!!」
「トウジは頑固だからさ、ぼくが何言おうと結局は自分で決めるんだろ?」
「う・・・」

シンジが苦笑するのを見たトウジが絶句する。
言われたとおりトウジはそれを自分で決めるだろう
他の誰かがなんと言おうとも・・・そんな意志の弱い人間じゃない

だからこそ・・・もしトウジに万が一のことがあればネルフを許しはしない
そんなことになればネルフそのものがゲンドウたちと一緒にこの世界から消える。
ゲンドウたちへの脅しはそういった一面もあったのだ。
それがわからないほどの脳腐れでもあるまい。

「トウジ・・・」
「なんや?」

シンジはトウジを見ずに夜空に浮かぶ月を見上げた。
今日も月がきれいな顔で自分達を見下ろしている。

「ぼくはトウジのことを親友だと思っている。」
「・・・わいもや・・・」

それ以上に無粋な言葉は要らなかった。

二人はただ月を見上げて立ち尽くす。
この地上に生まれた命がはるかな過去からそうしたように・・・
ただじっと蒼銀の月を見上げていた。

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数日後・・・・・・

『・・・順調のようだな』

重々しい声が暗い室内に響いた。
その声はこの場で唯一の人間に向けられたものである。
その人物とはモノリスに囲まれた中心に立っているゲンドウだった。

「問題はありません」
『しかしなぜ参号機のコアにそんな手間をかけるのかね?近親者を取りこませるのではなくデジタルな偽人格の作成とそのインストールとは・・・なにか理由が有るのかね?』

ゲンドウは内心舌打ちをした。
この質問は最初から予想していた事だ。
だからと言ってあからさまな嘲弄は面白くはない。

「・・・新たなる可能性の模索です。」
『新たなる可能性?』
「この実験においてフォースチルドレンが参号機と問題なくシンクロした場合、エヴァにおけるパイロットの交換が可能になります。」
『『『『『……』』』』』

ゲンドウの言葉にゼーレが沈黙する。
それが意味するものはパイロットの乗換えが可能になるという点だ。

『出来るのか?』
「もともと脳内で起こっている電気信号が人の記憶や思考の正体です。デジタル化も同じ物と考えれば擬似的な人格の作成は可能だという事でした。」
『むう・・・』

シンジとレイのような場合を除き一体のエヴァに一人のパイロット
それが今までのエヴァとチルドレンの絶対的な基本であった。
そのため万が一にもパイロットが不安定になった場合、もしくは熟練のパイロットでもエヴァの方に問題が出た場合には使えなくなる。
しかしゲンドウの言ったようなことが現実に出来るならエヴァさえ無事なら何度でも戦闘が出来るし調子の悪いパイロットの代わりに別のパイロットを乗せることが出来る。

しかし…それ以上に重要な点がある。
それは現状ゼーレにとって無視は出来ない。

『・・・君等の探求心と向上心に敬意を表そう』
「ありがとう御座います。」
『実験結果は詳細な報告書を作成して提出しろ、報告は以上だな、下がっていいぞ』
「はい」

ゲンドウが一礼するとその姿が消えた。

『ぬけぬけと・・・我々が事情を知らぬと思っているのかあ奴は?』
『さあな、案外我々が知っているのを分かった上でとぼけているのかもしれん』

ゼーレにはすでにシンジとゲンドウのやり取りの情報が入っている。
シンジがトウジの護衛役になって手が出せないのもばればれだ。
だがあえて知らない振りをしていた。
安易に自分の持つ情報を教えてやる義理は無い。

『しかし・・・どう思う?』
『今までは考えもしなかった理論だな』
『やれると思うか?』
『難しいのではないか?』
『さよう、これは今までに誰も試した事のないものだ。』
『問題あるまい、失敗したとしてもそれは六分儀の咎だ。』

モノリス達がそれぞれの意見を出し合う。
その中心はゲンドウが言った擬人格を入れたコアの事だ。
出来る出来ないに関係なくこれは無視が出来ない。

『一番重要なのはコアの書き換えだけでパイロットを入れ替える事が出来るという点だ。』
『さよう、それが可能になれば碇シンジをパイロットから除名する事が出来るやもしれん』
『彼の者の戦闘力は惜しいがその存在感が計画にとって大きな障害になっているのは確かだ。』
『実験記録は提出させよう』

シンジの能力は魅力的だが同時に手に余ると言うのが共通の認識だ。
もしコアの入れ替えが可能ならシンジをパイロットから除名する事が出来るかも知れない。
一通り意見が出尽くすとゼーレのメンバーに沈黙が下りた。

『・・・しかしやはり碇シンジは動いたな・・・』
『間違いない、参号機の生贄の確保が失敗したのも意図的に邪魔したと見るべきだろう。』
『今だ統和機構のほうには動きはないが水面下で動いているのかもしれん』
『あまり急くものではない。今は碇シンジがエヴァについてかなりの事実を知っているという事が重要なのだ。』
『ならば参号機にフォースを乗せるのもすんなり行かないかもしれん』

ゼーレにとっての不安要素はその一点に有る。
シンジが参号機の起動実験を止めさせる事が一番の問題なのだ。
普通ならたかが中学生にそんな大それたことは出来はしないがいろいろな意味でシンジは普通じゃない。
少なくともその可能性と存在を無視で気ないほどに・・・

『・・・碇シンジが松代に行かなければ良い』

キールが静かに告げると他のメンバーは黙った。
黙って次の言葉を待つ

『・・・・・・フォースチルドレンを参号機に乗せること…それこそが重要なのだ。そのために彼奴に勝手に動かれても困る。』
『承知しました』
『あくまで監視にとどめよ、松代に向かうとなったら拘束しろ』

返事はなかった。
それこそが了承の証

『全てはゼーレのために・・・』
『『『『『『全てはゼーレのために・・・』』』』』』

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「よかったのか?」

司令室に帰ってきたゲンドウに開口一番、冬月が聞いた。

「問題ない・・・しかし、参号機のパイロットの件はやはり聞かれた。」
「当然だな」
「いや、もう少し何か言ってくると思っていたが・・・追及が手ぬるい、コアの件をあまり重要視はしていないようだ」
「なに?コアを重要視していないとすると…連中参号機に何かしたのか?」
「わからん・・・」

ゲンドウは司令用の椅子に座った。
机を挟んだ先に冬月がいる。

「おそらく何かをやるつもりなんだろう。未完成のダミープラグのデータを乗せろと言って来たほどだ。」
「お前それを聞いて搭載したのか?」
「無論だ。今連中に臍を曲げられても困る。」

冬月はいまいち納得できない顔だ。
何かが水面下で動いている。
しかも自分達の知らないところでだ。

「…分かっていると思うが初号機はレイを受け入れなかったのだぞ?レイを元にしたダミーでは不安が残る。しかも赤木博士の言では文字通り起動させるだけで後の制御は不可能のはずだろう?」
「わかっている。…そのくらいの情報は連中も知っているさ…」
「ならなぜだ?」
「おそらくその状況を利用するつもりだろう。」
「暴走状態のエヴァを利用だと?」
「ああ」

ゼーレは初号機の意図的な暴走を狙っている。


だがそれ以上の事はまったく予想が出来なかった。

ただ一つわかるのはゼーレは何かをするつもりで参号機を日本に渡したと言う事だ。
目的はおそらく子供達に有る。

「正直気が進まんな・・・」
「何を今更・・・教師であった時の事でも思いだしましたか?・・・冬月先生」

サングラスの奥でゲンドウが笑った。
それを見た冬月の瞳が細められる

「確かに私にそれを言う資格などない事は認めよう・・・しかしもう一つの方はどういうつもりだ?」
「もう一つ?」
「コアに偽人格をインストールするという事を言ってよかったのか?連中の事だからまずシンジ君のチルドレン解任、排除を考えるぞ?」
「問題あるまい、もともと卓上で可能性があるという程度のものだ。そんなものに期待をかけるほど耄碌してはいまい」

ゲンドウは最初からこの実験の成否がどうあろうと初号機のコアの人格を書きかえるつもりはなかった。
そんな事をすればゲンドウの願いはかなわなくなる。

もちろんその場合はもなくシンジという目の上の瘤までついてくるがそれでも書き換えをするつもりなど皆無だった。

「そもそも計画の当初から研究していたのならともかく今からでは間に合うまい」
「・・・いいだろう、お前がそう言うならわしは何も言わん」
「すいませんね冬月先生・・・」
「都合のいい時ばかり先生と呼ぶな・・・」

冬月はそう言うとゲンドウに背を向けて司令室を出ていった。
それをサングラスごしにゲンドウが見送る。

扉がしまって冬月の姿が見えなくなってもゲンドウはじっと身動きしなかったが不意に天井を見上げた。
そこにはセフィトロの木が描かれている。

神が定めた天使や人間の階級を描いたとされるものだ。
これに描かれている階級より上、神や天使の位には人間は入りこめないとされている。

「・・・・・・・・・・・・・シンジ・・・・・・・・・・どう動く?」

その言葉の意味を理解できるものはこの場にはいない。

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光陰矢のごとし

トウジがチルドレンになると決めてからは状況はとんとん拍子に進んだ。
もちろん他のクラスメートには秘密だ・・・特にケンスケ・・・

そもそもシンジ達がチルドレンとばれている事のほうが異常と言える。

トウジがチルドレンになったという事実は機密にしてファイヤーウォールの厚みを上げているがその厳重さの理由の一つにはシンジが某中学生に参号機の機密が漏れていたのを使って諜報部や技術部を念入りにいびった事もあった。

チルドレンになる事を決めて以来、トウジは毎日ネルフに通い続けていた。
その目的はトウジのパーソナルをデジタル化し、参号機のコアにインストールする事にある。
これによって擬似的にではあるがレイの零号機と同じようにコアの中の人物とパイロットが同じ人間という状況を作り出すためだ。
技術的にも難しいところがあるが成功すれば今後新しいチルドレンが出た場合に応用できる上にコアの書き換えによって複数のパイロットが交代でエヴァに乗ることが出来るようになるかもしれないというのが表向きの趣旨である。

もっとも本音のところは生贄を出した場合・・・シンジがネルフに対しどう動くかというのを恐れたということもある。

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第三新東京市、第一中学2−A

「・・・・・・」

いつもの学校風景・・・いつもの授業中…シンジは教室のとある席を見た。
その席の主はいない。

ここ数日病欠になっている彼女の名前は惣流・アスカ・ラングレー・・・
シンジですら彼女の姿を見てはいない
もっともシンジの場合はアスカに気を使って会いに行かなかったというだけなのだが・・・

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昼休み
いつもの屋上に集まるメンバーもここ数日は一人少ない。

「・・・なあシンジ?惣流はまだ調子悪いのか?」

ケンスケが購買のパンを片手に聞いてきた。
彼もここ数日アスカの姿が無いのを心配している一人だ。

「アスカ・・・何かあったの?」

ヒカリも心配そうにたずねてくるが事情を知っているシンジ達には答えることが出来ない
一応食事は食べているようだし同居しているレイやミサトは部屋から出てくるアスカを見ているから大丈夫だとは思う。

ミサトも気にしていろいろ聞いてくれているようだが事情を話してもらえず不満そうだ。

「・・・シンジ」

トウジがシンジに話しかけた。
シンジ達以外の三人の中でトウジだけは大まかな事情を知っている。
もっとも引きこもっていると言う程度で核心には程遠い。
事情は知らないがトウジもアスカのことを気にかけている。
ありがたいことだ・・・

「・・・アスカは・・・大丈夫だよ」
「ほんまか?」
「・・・アスカはそんなに弱くはない」

それ以上の言葉が必要だろうか?

心配するでもなく
楽観するでもなく
投げやりでもなく

ただアスカのことを信じている。
それ以上の信頼が必要ならば人はお互いを信じることが出来ずに滅ぶだろう。

それを理解した友人たちは無言で頷いた。

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さらに時は進む・・・

「・・・いよいよ参号機の到着ですか・・・」
「ええ・・・」

いつもと同じシンジの家の夕食時、ミサトの様子が少しおかしかったのでカマをかけたら案の定だった。
いよいよ参号機が日本に到着するのだ。

「予定では明日到着よ。」
「本部でやるんですか?」
「いえ、松代であるわ」
「松代?・・・なんでまた?」

シンジの言葉にミサトが苦笑する。

「相田君から聞いてると思うけれどアメリカの第二支部が消滅したでしょ?」
「つまり再発が怖いと?」
「そういうこと」
「物騒な話だ。そんなものを押し付けてくるなんて」
「ほんとよね」

しみじみと皆が頷いた。

しかしこれはさほど珍しいことではない。
そもそもネルフはそういった無茶で成り立っているのだ。
シンジの初搭乗と初戦を同時にやることに始まってこれまでにどれほどの無茶を押し通してきた事か・・・
それを追求されないのは単に結果を残してきたという一点に尽きる。
その結果でさえもシンジという規格外の存在のもたらした部分は少なくない。
シンジじゃなかったら軽く数回人生が終わっていただろう。

「って言う事であしたっから出張なのよ・・・」
「・・・ぼくも一緒に言っちゃダメですか?」
「え?」

シンジの一言にミサトが呆ける。
確かにシンジが一緒にいたほうがトウジも安心するかもしれないが・・・

「う〜ん、シンちゃんにはここに残ってほしいのよ」
「ダメですか?」
「私にリツコまで松代に行くっしょ?そうなると本部が手薄になっちゃうのよ・・・それに・・・」

そう言ってミサトは空いている席を見た。
いつもその席を特等席にしている少女の調子が悪いのはミサトも知っている。
それだけにシンジの存在は本部でかなり大きい。
作戦部長としては本部を離れる以上もっとも信頼できる人物を残したいと思うのは当然だ。

「わかりました」
「ゴミンね」
「・・・その代わり・・・」

シンジはムサシを見た。
いきなり視線を振られてムサシが驚く。

「ムサシを同行させてください」
「ムサシ君を?」

全員の視線がムサシを見る。
当の本人はあわてた。

「シ、シンジ、なんで俺なんだ?」
「トウジはもうチルドレンだ。その護衛にムサシがつくのはおかしくないだろう?」

シンジの言葉には裏があった。
ムサシの能力は五感から得られた情報によって先に起こることを予想することが出来る。
ある意味この中ではもっとも危険に敏感だという事だ。
その能力を使ってトウジを危険から遠ざけてほしい・・・シンジはそう言っていたのだ。

「・・・わかった」
「いいですねミサトさん?」
「え?・・・ええまあ構わないけれど・・・」

いまいち二人のやり取りの意味が分からなかったがミサトは了承した。
友人の一人もいればトウジの緊張をほぐしてくれるだろう。
なんと言ってもエヴァは心で動かすのだ。

「あ、それなら僕も行きます。」

ケイタが手を上げた。

「あ、あなたまで?でもシンジ君達の護衛は?」
「自分より強い人を護衛する必要は無いでしょ?」

実際訓練でシンジに勝った事は一度としてなかった
そもそも踏んできた場数が違うのだ。

もしそんな相手を護衛するとしたら肉の壁になるくらいしか出来ない。

「その点鈴原君なら素人ですし・・・」
「でもね・・・」
「ぼくからもお願いします。」

シンジもミサトに頭を下げた。
その真剣な顔に意味を知らないミサトがたじろいだ。

「・・・そうね、わかったわ、二人とも明日までに出張の準備をしておいてね」
「「了解!!」」

マナ達はミサトに敬礼で答えた。

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「・・・頼むよ二人とも」

玄関にシンジがムサシとケイタの見送りに立っていた。

「大丈夫だ。」
「心配しないでよシンジ君」

ムサシとケイタも頷く。
シンジの信頼を裏切るわけには行かない。

「本当はぼくも行きたいんだけれど・・・」
「しつこいぞシンジ、俺達を信用しろ」
「そうだよ、こんな事くらいしか力になって上げられないんだからさ」

ムサシとケイタがシンジの肩を力強く掴む。
シンジは黙って頷いた。

「二人とも行くわよ〜」

背後からミサトの呼ぶ声が聞こえてムサシとケイタはミサトの元に向かった。
シンジはそれを見送る事しか出来ない。

(彼らを巻き込んだ事を後悔してるのかい?)
(いえ、彼らは自分から飛び込んできたんです。引き返せる時はいくらでもあったのに・・・)
(ならそんな顔するもんじゃない)
(・・・そうですね)

シンジは空を仰いだ。
文字通り抜ける様な青空・・・しかしシンジの心は晴れない。

この不安が現実にならないように祈ることしか出来なかった。






To be continued...

(2007.08.18 初版)
(2007.08.25 改訂一版)


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