天使と死神と福音と

第拾参章 〔神友〕
X

presented by 睦月様


「遅れる事、2時間・・・」

松代の第2支部からほど近い場所にある滑走路
そのど真ん中でミサトが仁王立ちしていた。
仁王立ちはアスカの専売特許じゃないらしい。

「ようやくお出ましか、わたしをここまで待たせた男は初めてね」
「デートの時は待たずにさっさと帰ってたんでしょ?」

ミサトの後方で車に乗っているリツコから突込みが来た。
二人の視線の先には空から降りて来る輸送機と十字架型の拘束具に収まった状態で吊り下げられている参号機が見えた。

「あれが参号機なんですか?」

リツコと同じように車に乗っていたケイタがリツコに聞く。
トウジの護衛をムサシに任せて参号機の受け取りについてきたのだ。

「そうよ」
「参号機って黒いんですね」
「みたいね、カラーまで指定してはいないから第一支部の趣味でしょ」
「あの十字架に貼り付けられているのも趣味ですか?」
「どうかしら、あの拘束具も向こうの特注なのは間違いないわね」

リツコの言葉にケイタが頷いた。
どうやら趣味を仕事に持ち込む技術者は多いらしい。
日本のネルフにもいる・・・主に時田とか山岸とかリツコも結構それっぽい。

「・・・それにしてもなんで吊り下げてくるんです?」
「・・・・・・第二支部の件があるからじゃないかしら?何か起こったらすぐにポイ捨てできるように」
「ってええ!!落ちた先の事は無視ですか!?」
「じゃないかしら、まったく、いい神経してるわよね」

リツコは手元のノートパソコンに集中した。
内容は起動実験のスケジュール
もはや興味は起動実験に移っているようだ。

しかしじっと参号機を見ていたケイタがあることに気がついて青くなった。

「・・・赤木博士・・・」
「何かしら?今実験の準備で忙しいの、後にしてくれる?」
「いえ、今じゃないと・・・」

ケイタの言葉にわずらわしそうにリツコが顔を上げた。
不愉快そうな顔にケイタがひるむが聞かないわけにも行かない。

「・・・・・・何かしら?」
「え・・・っと・・・あの輸送機ですけれど・・・」
「輸送機が?なに?」
「・・・ちゃんと着陸できるんですか?」
「着陸って・・・」

リツコは再び輸送機を見る。
本体中央から鎖のようなものでぶら下げられている参号機・・・
見かけだけ言えば中々にシュールな絵図らだ。

しかし、もしまともに着陸しようとすればまずは参号機が最初に地面に触れる。
そうなれば反動で間違いなく輸送機は地面に正面から突っ込むだろう。
この状態で着陸できるとしたらどんな神業を駆使すれば可能というのだろうか・・・

「・・・どうやるのかしらね・・・」

リツコもさすがに気がついたようだ。
いやな予感に冷や汗を掻く。

「ミサト」
「なに?」
「どうやって参号機を下ろすか聞いてる?」
「え?聞いてないわよそんなもん」

どうやって参号機を下ろすか・・・それは数分後にミサトの目の前で証明された。

---------------------------------------------------------------

「災難だったな・・・」
「うん」

埃まみれのケイタが疲れた声を出す。

「まさか目の前に投下するなんて・・・」

あの状態からどうやって参号機を地上に下ろすか・・・答えは非常に簡単・・・吊り下げていた鎖を切ったのだ。
もちろんパラシュートは装備していたし地面の直前で拘束具のバーニアが噴出して衝撃を完全に殺していたから問題はなかった・・・参号機に関しては・・・

しかしその目の前にいたミサトたちはそうは行かない。
車に乗っていたリツコとケイタは砂埃をかぶる程度で済んだのだが・・・
真正面で仁王立ちしていたミサトはひどかった。
着地の衝撃で吹き飛ばされて車まで転がってきたのだ。

どうやらその辺りの説明はされていなかったらしい。
ミサトにも目立った怪我が無かったのは僥倖だろう。

今現在、二人はシャワーを浴びている。

「ところで・・・どう?」
「う〜ん」

ムサシは目の前のものを見てうなった。

そこには拘束台に固定された黒い巨人…参号機がいる。
すでに起動実験に向けての準備が進んでいた。

「これといって感じるものはないな」
「そっか・・・」

ケイタは安堵した。
ムサシの能力【Logical intuition】(論理的な勘)は五感からうけた情報を理解、総合してこれから起こる事を予想する。
問題なのはそれが曖昧な感覚でしか理解できないということだがどうやら今の時点で危険な要素は感じられないらしい。
だからといって油断は出来ない、ムサシの能力はあくまで予想でしかないのだから…文字通り思いもかけない事が起こる可能性もある。

「ところで鈴原君は?」
「今プラグスーツに着替えている。」
「成功するといいね」
「だな」

ムサシが更衣室の方を見ると見なれた少年が歩いてきていた。
プラグスーツを着たトウジだ。

「へ〜鈴原君のプラグスーツって機体色に合わせて黒いんだ。」
「そのようだな、まあ黄色とか能天気な色よりはましだろう」

ムサシとケイタがそんな事を話しているとトウジの方でも気づいたらしい。
手を振りながら近づいてくる。

「すまんなケイタ、ムサシ、ワイにつきおうて松代まで来てもろうて」
「気にすんな、チルドレンを守るのは元から俺達の仕事だ。」
「そうだよ」

三人はお互いの顔を見合わせて笑う。
どうやら気負いのようなものは無いらしい。
いい傾向だ。

「にしてもワイがシンジと同じようにエヴァに乗るやなんて」
「ケンスケなら血涙を流して悔しがるぞ?」
「ほんまやな、ケンスケなら自分から志願しそうなもんやけど・・・」
「いや、実際押しかけてきたから・・・アイツ・・・」

ムサシとケイタが家を出る前日の事だ。
準備をしていたムサシとケイタの家のインターホンがなった。
二人が顔を見合わせて玄関を空けると・・・その先にいたケンスケを見て唖然としてしまった。
いきなり完全装備の野戦服姿で待ち構えていたのだ。

「ムサシ!!ケイタ!!頼む!!俺も連れてってくれ!!」
「な、なんでさ?」
「エヴァのパイロットになりたいんだよ!!!」

どうやら押しかけ女房宜しく自分たちについて行って頼み込むつもりらしい。
その根性は脱帽ものではあるが・・・

ちなみにエヴァに関することは一級の機密だ。
一応夜中ではあるが大声で喋り捲るケンスケは近所迷惑に加えて機密漏洩でネルフに拘束される可能性もある。
思わず殴り飛ばしたとしても・・・そして結果としてケンスケが気絶したとしても仕方がないだろう。

「あの後簀巻きにして・・・」

そこまでしゃべった後、ムサシとケイタはある事に気づいて顔色が青くなった。
ムサシがあわてて携帯を取り出すと記録していた番号にかける。

「あ、シンジか?」
『なにかあったの?』
「え?こっちは順調だ問題はない・・・これといって何も感じないぞ」
『そ、そう?それなら何で電話なんかしたんだ?』
「ん?・・・ああ、ちょっと頼みたい事があるんだ・・・今日ケンスケ登校して来てないだろ?」
『そう言えばいないな、何でそんな事を知っているわけ?』
「…なんで知ってるか?・・・頼みたいのはその事なんだ。・・・・・・今からいそいで俺達の家に行ってくれ・・・理由は・・・家に入ればわかる。・・・じゃあ頼んだぞ!!超特急で頼む!!!」
『え?あちょっと・・・ブツ・ツー・ツー』

最後の方を一気に言い切るとシンジの返事を待たずに携帯をきった。
ムサシとケイタは引きつった笑いを浮かべながらお互いを見る。

「・・・・・・・・・・・生きてるかな」
「大丈夫だろ、あいつはカメラさえあれば生きていけるさ・・・」

さわやかな笑顔で何処か遠くに視線を固定したまま二人は立ち尽くす。

「ネ、ネルフっちゅうのはおっとろしい所なんやな・・・」

トウジはそんな二人を引きつりながら一歩引いてみていた。

ちなみに二人が第三新東京市に帰ってから“生きてた”と聞いた時、心から安堵したということだ。

---------------------------------------------------------------

松代のブリーフィングルームに重要なスタッフとフォースチルドレンであるトウジは召集された。
もちろんそれに随伴しているムサシとケイタも一緒だ。

「では起動実験のスケジュールをいいます。今回はパイロットの負担も考えて慎重にお願いします。先日の四号機のS2機関搭載実験と違い起動実験ですので危険は少ないと考えられますがあくまでも気を抜かないように」

全員が返事をしたのにリツコは頷くと資料を見ながら説明を続ける。

「まず今回は参号機をこの松代に置いた状態で外からの遠隔によって実験をします。」
「その理由は何ですか?」
「今までに数度、エヴァの起動実験において暴走が起こりました。今回はそのための備えです。」

レイの零号機起動実験による暴走の過去がある。
しかも今回は擬人格によるコアという未知の部分までがあるのだ。
職員の安全の確保は最優先だろう。

「後の手順は普段の起動実験と変わりません」
「え?そのまま稼動実験に移行するんじゃないんですか?」

ムサシが疑問を口にする。
パイロットの負担を考えるならなるだけ一度にしてしまったほうが得策だ。

「・・・起動できたからっていきなり動かせるって訳じゃないでしょ?実際問題として鈴原君には起動の手順しか教えてないし、そんな無茶な事出来ないでしょ?」
「え?・・・でもシンジの時は起動どころかそのまま実戦直行だったんじゃ・・・」
「・・・う」
「「「「な!!」」」」

リツコがうなる
事情を知らない松代の技術員達が目をむいてリツコを見る。

はっきり言ってあの事を持ち出されるとリツコとしては頭が痛い
思えばあれがシンジに魅かれ始めたきっかけであり自分の想像力の限界を思い知った最初の出来事だったのだから

もちろん唖然とした技術員たちの視線もイタイイタイ
それだけであの一件がどれほどの無茶と無謀を固めたものなのかわかるというものだ。

とうのムサシには嫌味も悪意もなくただ単に思ったことを言っただけというのがまたたちが悪い。
八つ当たりでごまかす事もできゃしない。

「か、彼の場合はいろいろと特別だったのよ・・・」
「そ、そうなんですか?」
「あまり追求しないでくれると助かるわ・・・」
「わ、わかりました」

なにやら妙なオーラをまとい始めたリツコにそれ以上の追求が出来る猛者はいなかった。

---------------------------------------------------------------

松代の実験場から少し離れた場所に数台の大型ワゴン車が止まっていた。
臨時の実験司令室として用意された実験指揮車両でバス並みの大きさがある。

『参号機、起動実験までマイナス6006です』
『主電源、問題なし』
『第二アポトーシス、異常なし』
『各部冷却システム、順調なり』
『左腕固定ロック、固定終了』
『了解。Bチーム作業開始』
『エヴァ参号機とのデーターリンク、問題なし』

リツコが次々に送られてくる情報をものすごい早さでノートパソコンに入力していく・・・しかも片手で・・・もう片方の手はコーヒーの入ったカップを持っていた。
さすが天才赤木リツコ・・・この程度は余裕らしい。

「これだと即実戦も可能だわ」
「そう、良かったわね」

リツコの嬉しそうな言葉にミサトはそっけない返事を返した。

「気のない返事ね、この機体も納品されれば、あなたの直轄部隊に配属されるのよ?」
「エヴァを4機も独占か・・・。その気になれば世界征服も可能ね」
「試してみる?」
「遠慮しとくわ、子供たちが怖いもの」
「あなたの場合食を握られてるから致命的よね」
「うっさい、そういえばムサシ君とケイタ君は?」
「鈴原君のところに行ってるわよ」

リツコが指差したモニターには参号機のエントリープラグの横で話している3人が映っていた。

---------------------------------------------------------------

「シンジ君達もしょっちゅうしているけれどやっぱり慣れとか必要みたいだよ」
「あんまおどかさんでくれや」

トウジはつよがって見せるが何処かぎこちない。
さすがのトウジでも多少は緊張しているようだ。
完全な無神経じゃなかったらしい。

「聞いたと思うけれどエヴァは精神的なものがかかわってくるらしいからリラックスしてね」
「おうさ」

トウジはケイタの言葉に力瘤を作って答える。
エヴァの操縦に関して腕っ節はまるで関係ないが彼なりに心配してくれるケイタへのポーズだ。

「ほら、ムサシも何かいいなよ」

ケイタはさっきから黙っているムサシを振り返った。
本来ならケイタより率先してトウジを励ますところだがなぜか一言もしゃべらない

振り向いた先にいるムサシはじっと参号機を見ていた。

「ムサシ?」
「・・・トウジ」

ムサシはケイタを無視してトウジに話しかけた。
かなり真剣な表情だ。

「なんや?」
「・・・脱出の手順はわかっているよな?」
「脱出?・・・一応教えてはもろおたがなんでや?」
「・・・・・・何かあったら迷わずに使え・・・」
「なんか縁起でもない事言いよるの〜不安になってくるやんけ」

トウジが肩をすくめたと同時に三人の頭上にスピーカーからの声が降って来た。

『フォースチルドレンはエントリープラグに入ってください』
「お?いよいよ出番やな!ほな行って来るわ!!」

トウジは二人に背を向けて歩き出す。
タラップを上がってエントリープラグの入り口に辿り着いた。

「トウジ、わかったな!少しでもヤバイと思ったら迷わず脱出するんだぞ!!」
「わっかったわい!」

トウジは背後に手を振るとさっさとエントリープラグに入っていった。
いつもの軽い調子にムサシが顔をしかめる。

「あいつ・・・本当にわかっているのか…」
「ムサシ・・・」

ケイタが心配そうな顔で聞いてくる。
さっきからムサシの様子がただ事では無い。
おそらく能力が関係しているのだろう。

「何か感じたの?」
「・・・わからない」
「わからないって・・・」

ムサシは参号機の顔を見る。
その漆黒の顔を睨んだ。

「・・・よくわからないんだが・・・」
「なに?」
「・・・何かこいつ眠っていたのが起き始めているような気がする。」
「エヴァが?起動実験が進んでいるのと関係してるんじゃないの?」
「いや、だからわからないんだ。」

ムサシは困惑した。
【Logical intuition】(論理的な勘)の本質は五感からの情報を知覚する事にある。
異常を感知する人間レーダーのようなものだ。

その感覚が今、ムサシに違和感を伝えていた。

「な、何か起こるの?」
「わからない・・・」

この能力の欠点はその情報をあいまいなものとしてしか伝えられないところにある。
しかも最大の特徴である未来予測ですら情報自体が少ない場合は先を予想することが困難になるのだ

「ケイタ、念のためお前は実験指揮車の運転席にいてくれ・・・」
「それも予感?」
「うん、なんとなくそうしたほうがいいような気がするんだ。」
「わかった」

そう言って二人は分かれた。

---------------------------------------------------------------

『第一次接続開始』
『エントリープラグ、注水』

モニターの中のトウジがLCLに沈んでいく。

「この液体の事は説明したわね、前初号機に乗った時にも気づいたと思うけれど肺に取り込めば息が出来ます。」
『あ、あの〜肺に入れるって具体的にどうすりゃあいいんでっしゃろ?』
「?・・・覚えてないの?」
『あん時は夢中で・・・』
「普通に息をするように取り込めばいいわ」
『わ、わっかりました。』

そんなこんなで口元にまでLCLが上がってくる。
それを見たトウジは

『よっしゃ!!』

気合を入れると自分からLCLに頭を突っ込んだ。
しかし・・・まあいきなりやれというのも無茶な話でモニターのトウジはリスの頬袋のように頬を膨らませている。

「・・・怖がらなくても大丈夫よ」

リツコの言葉にトウジが頷くがやはり口を開けない。
なかなか固定概念と言うものは根強い。

「・・・・・・まあ我慢しても無駄なんだけどね」

リツコの言葉どおりトウジの顔が真っ赤になる
いい加減限界なのだろう。

『ブホオオ』

限界に来たらしく口を開いたトウジの口から大量の気泡が上がる。
同時に何かわめいているいようだが聞こえない。
続いてお約束のごとくトウジはエントリープラグの中で阿波踊りを始めた。

本人にとっては真剣なのだろうが見ている分には阿波踊りにしか見えない。

「落ち着きなさい、もう息が出来るでしょ」
『あ・・・ほんまや』

リツコに言われて気がついたトウジはいそいそとシートに戻る。
さっきまでのはさすがに少し恥ずかしかったらしい。

「・・・では起動実験を続けます」

リツコの号令で実験が再開された。
スタッフが笑いをこらえていたのはトウジには秘密だ。

『主電源接続』
『全回路動力伝達』
『思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス。』

順調に進んでいく起動実験を隅でじっと見詰めている視線があった。
ムサシである。
彼は何か妙な感覚に支配されていた。
実験は順調、トウジもエントリープラグに入ってしまえば危険などは無い。
それなのに妙な感覚が消えない。
これは間違いなくムサシの能力が何かを感じているという事なんだがその正体がはっきりしない。
おそらく情報が少なすぎる為に違和感を捕らえ切れていないのだ。

「初期コンタクト問題なし」
「双方向回線開きます」

ケージに拘束された参号機の両眼に光がともる。
瞬間、どっちつかずだったムサシの感覚がレットゾーンに振りきれた。

「起動確認、参号機起動しました。」
「「「「おお〜」」」」

起動確認に湧きかえる車内…
しかし次の瞬間には…

「ケイタ!!出せ!!!」

いきなりの大声に見るとムサシが内線を掴んで運転席に電話している。
かなり焦っているようだが他の皆はなぜムサシがそんな行動に出たのか理解出来ない。

「全速力でここから離れろ!!」
『わかった!!まかしておけ!!!』

ミサト達があっけにとられた状態から復活して何か言おうとしたがそれ以上の速度で車は発進した。
接続された配線などは全て引き千切る。

「急げ!!」
『俺を信じろ!!神の世界を見せてやる!!』
「ち、ちょっと!!」

自分の部下である少年の異常な行動にミサトがムサシの肩を掴んで文句を言おうとした瞬間…

ズン!!
「「「「「「「なに!!」」」」」」」

車の背後…
松代の実験場の方から衝撃が来た。
全員が慌てて後方のモニターを見ると光の柱が立ち上っている。

「な、なんなの!!」

リツコがヒステリックになって叫ぶが答えられるものはいない。

唯一答えられそうなムサシは現状を確認していた。

【Logical intuition】(論理的な勘)が得られた情報を使って急速に現状をムサシに認識させる。

結果だけ言えばあれは使徒だ。
参号機に寄生していた使徒が行動を開始した。
省略するとそう言うことになる。

ムサシが違和感として感じていたのは使徒の存在…
はっきりと感じる事が出来なかったのは寄生していた使徒が仮死状態だったためだ。
そのためムサシの能力は使徒の存在を曖昧にしか感じる事が出来なかった。
参号機が起動したのに合わせて使徒の仮死状態が解けたので反応できただけだ。

「役に立たないな・・・」

ムサシは唇をかみ締めた。
シンジに任されていたのに何も出来なかった。

後方のモニターに実験場から出てくるものが映る。

それを見た全員が息を飲んだ。
その姿は漆黒の巨人・・・その名前をエヴァンゲリオン参号機という福音の眷属・・・

「リ、リツコ・・・鈴原君に動かし方は教えてないのよね?」
「ええ、何が起こっているの?」

ミサトとリツコが唖然としている。
予想外の状況と急速に進む現状に思考が追いついていないようだ。

ムサシはモニターを睨んだ。
【Logical intuition】(論理的な勘)を使わなくても今ならはっきりとわかる。
アレは危険だ

そしてムサシの能力は別の事実をムサシに伝える。

「・・・トウジ・・・そこにいるな・・・」

ムサシは参号機の中にトウジがまだ残っている事を感じた。
保護対象を守れないばかりかよりにもよって使徒の寄生している参号機の中に置き去りにして逃げている・・・最悪だ。

「・・・・・・シンジ・・・・・・すまん」

口の中でムサシはシンジに謝った。
もはや自分にどうにかできる段階を飛び越えてしまっている。

彼に出来るのはモニターの中の参号機を睨みつける事だけだった。

---------------------------------------------------------------

「ぐあーーーー!!!」

参号機の中でトウジはいきなりの激痛に襲われた。
ただの痛みではない
体の中に異物が入ったような感覚・・・

「な、なんなんやこれ!!」

痛みに耐えながらトウジは何が起こったのか考える。

ミサト達からの通信で起動したと聞かされて喜んだ次の瞬間、目の前のモニターが真っ白に輝いたのだ。
思わず閃光から両手で目をかばったトウジが次にみたものは瓦礫になったケージの有様だった。

「な、何が起こったんや!!ミサトはん!!!」

激痛に耐えながら大声で呼びかけるが返事はない。
通信が繋がっていないようだ。

「ぐうう!!ん?こいつ・・・うごいとるんか?」

見える視界に変化が起こった。
人間が歩くように上下しながら前に進んでいる。

「な、何でや?わい何もしとらんのに・・・」

さすがにエヴァになれてないトウジでもこの状況がおかしいと感じ始めた。
不意に乗り込む直前にムサシが言ってたことを思い出す。

「そ、そうや、脱出や!!」

トウジはリツコに習ったとおりにプラグの射出の操作をする。
参号機のカバーが吹っ飛んでプラグが露出したが・・・

「な、なんでや!!」

エントリープラグはそれ以上動かなかった。
さらに粘液のようなものがプラグに張り付いて動きを止めてしまう。

トウジは完全に参号機の中に閉じ込められてしまった。

---------------------------------------------------------------

青いプラグスーツに身を包んだシンジがエントリープラグに向かうタラップを駆け上がっていた。

「・・・何が起こった?」

シンジは唇をかんでエントリープラグに向かう。
すでに準備をしてくれていた技術員が待ち構えている。
シンジは彼らに礼を言うとプラグの中に飛び込んだ。
シートに体を預けて発進準備をしながらシンジは今の状況を考えていた。

『松代にて爆発事故発生!!』
『被害不明!!』

携帯で呼び出しを受けたときに聞いた話では使徒は松代のほうから向かってきているらしい。
そして参号機の起動実験は松代でやっている。

・・・・・・この二つは無関係ではあるまい。

初号機にプラグが挿入される感覚とともに足元からLCLが湧き出してきた。
すぐに顔の位置まで上がってくるがシンジはなれた感じで自然に息を吐き出す代わりににLCLを吸い込んで肺を満たす。
プラグがLCLで満たされるとシンクロがスタートし、プラグ内が七色の光に埋め尽くされた。

次の瞬間にはケージの映像に切り替わる。

『シンジ君』

小さなウインドウが開いて日向の顔が出る。

「日向さん状況は?」
『すまない、まだ詳しいことはわかってない・・・』
「・・・松代にはミサトさんたちがいたはずですよね?」
『それもまだ確認できてはいない』

日向の沈んだ声にシンジは唇をかんだ。
何もかもが集中しすぎている。

『今ここであーだこーだ言ってもしょうがないでしょうが!!』
「アスカ?」

別のウインドウが開いて弐号機のアスカが映る。
その青い目が充血しているのをシンジは見逃さなかった。
少しやせたような印象もある。

「アスカ・・・大丈夫なのか?」
『ふん!心配されるほどやわじゃないわよ』
「・・・そうだね」

アスカが空元気なのはここ数日姿を見ていなかったことから見ても明らかだ。
しかし今はアスカのこの強がりに期待しよう。

アスカのウインドウの隣に新しいウインドウが開いてレイの顔が映った。

『シンジ君』
「レイ」
『準備は出来たわ』
「わかった」

シンジは日向のウインドウに向き直る。

「ミサトさんがいないって事は日向さんが代理ですか?」
『いや、当座は司令が指揮を取る。』
「・・・あの人が・・・マジですか?」
『そのとおりだ』

会話に割り込んできた声にシンジは顔をしかめる。

---------------------------------------------------------------

発令所のモニターには不満そうなシンジの顔が大写しになっていた。

「・・・不満か?」

ゲンドウの声が発令所に響く。
低く威厳のこもった声だ。

『まあ前科ありますしね、そもそもまともな指揮が出来るんですか?』
「問題ない」
『なにが?』
「使徒を倒せれば誰が指揮を取ろうとかまわん」
『その使徒を倒すための指揮が出来るのかって聞いてるんですけど?』

相変わらずシンジの言葉には容赦がない。
実際問題としてゲンドウにはラミエル戦での前科がある。
問題ないとは言えないだろう。

『それで?作戦は?』
「所定の位置にエヴァを順次配置して迎撃する。」
『却下』
「なに?」
『敵の戦力もわからないのに小出ししてどうする?今回は使徒の位置が近い、情報がないならエヴァ3機による最大戦力で撃破するべきだろう?素人が感覚だけで作戦を立てるな。』
「・・・・・・」

ゲンドウはいつものポーズでシンジを睨むがシンジは逆に馬鹿にしたような薄ら笑いで答える。
モニター越しでも結構なプレッシャを受けるゲンドウのにらみをこうまであっさりとかわせるのはネルフでもシンジだけであろう

発令所のスタッフはこのにらみ合いに巻き込まれるのを恐れて自分の仕事に没頭する。

しかしいつまでもこの膠着状態でいいわけがない。
使徒は依然としてここに向かってきているのだ。

「あ、あの〜」

声の主は日向だった。
二人の視線がお互いから日向に移る。
均衡を保っていたプレッシャーの方向が一気に同じ方向に向いて視線を向けられた日向がおもわず後ずさりするがそれでも踏みとどまった根性に発令所中から尊敬の視線が注がれた。

「い、今は使徒がここに向かってきてますのでエヴァは迎撃位置に行って下さい」
『・・・・・・そうですね』
「・・・日向二尉・・・発進だ。」

シンジもゲンドウもあっさり引き下がる。
今は使徒迎撃が優先だ。
親子のいがみ合いで世界を危機にさらすわけには行かない。

「り、了解です」

日向はほっと一安心すると席に戻り、キーボードを操作して発進の準備を整えた。
リニアレールをつたって三機のエヴァが射出される。

「使徒の映像来ました!」

シンジ達のエヴァが本部を出た後、メインモニターに使徒の姿が映る。
それを見たスタッフがうめいた。
しかしゲンドウと冬月だけはまったく驚いていない。
どうやらこの状況をある程度予想していたようだ。

「・・・やはり、これが連中の計画か・・・」
「周到な事だ。」
「おそらくシンジ君達に友人と戦わせることで精神的に揺さぶりをかけるつもりだろうが・・・」
「・・・シンジ達がフォースを殺してくれたほうが連中にとっては好都合だろう。」
「そのためにわざわざシンジ君の友人を指名したのか・・・」

モニターには漆黒のエヴァが映っている。
腕をだらんとたらしてゆっくりと歩いてくる姿は人間の姿をしているだけにい知れぬ嫌悪感を抱かせる。

「活動停止信号を発信、エントリープラグを強制射出」
「りょ、了解っ!!・・・・・・ダメです。停止信号及びプラグ排出コード、認識しません」

ゲンドウの指示でマヤが信号を送るが反応しない。
エントリープラグは射出されず。
依然、参号機は歩き続けていた。

「パイロットは?」
「呼吸、心拍の反応はありますが、おそらく・・・」

青葉がつらそうに答えるがゲンドウはまったく気にしない。

「使徒の反応は?」
「微弱なパターン青が認められていますが、MAGIは判断を保留しています」

メインモニターに三台の表示が『審議中』になったマギの映像が出る。
どうやら使徒と断定するには情報不足らしい。
間違いなく使徒だろうが融通の利かないことだ。

「エヴァンゲリオン参号機は現時刻を持って破棄。目標を第13使徒と識別する」
「し、しかしっ!!」
「予定通り野辺山で戦線を展開、目標を撃破しろ」

日向が反論するがゲンドウは無視して参号機の使徒認定と殲滅の指示を出す。
それは参号機にパイロットがいる事を無視するということだ。

「いいのか?」
「・・・問題はない、シナリオは進んでいる。」
「・・・・・・そうか・・・ところで・・・」

冬月はゲンドウの目の前の端末を操作する。
目の前のモニターに映ったのは黒い巨人・・・参号機だった。
さらに端末を操作して別の映像を映し出す。

「これはどういうことだ?」
「これとは?」

モニターに映ったのは参号機の頚椎の部分・・・
装甲が一部外れてプラグが見えている。

「どうやら脱出しようとしたようだな、失敗したみたいだが・・・」
「・・・・・・本当に失敗したのか?」
「・・・何が言いたい冬月?」
「おまえ、プラグの推進剤を抜いておくように指示を出したらしいな」

トウジが脱出しようとして失敗したのはそれが理由だ。
推進剤が入ってなかったためにプラグは射出されなかった。

「・・・当然の措置だ。レイの起動実験を忘れたか?」

確かにレイの時と同じように今回の起動実験は室内で行われた。
万が一脱出装置が誤作動でも起こせばレイの二の舞になる。

「それだけか?」
「・・・・・・何が言いたい?」
「何時連中の計画に気がついた?」

冬月の問いかけはゲンドウがこの状況を予想していてそれを後押しした事を意味する。
トウジを狙って参号機に閉じ込めた犯人はゲンドウだといっているのだ。

「・・・・・・」
「沈黙は答えなり・・・だぞ」
「私にも独自のルートがあるのですよ。」

ゲンドウはそれ以上語らなかった。

---------------------------------------------------------------

3機のエヴァは地下のパイプ状の通路の中を猛スピードで輸送されていた。
目的地は使徒の進行方向である野辺山

「・・・・・・ママ・・・」

弐号機の中で暗い天井に向けてアスカが呟いた。
その言葉に答える者はいない。

「・・・いるの?・・・ここに・・・」

アスカはそう呟くと目を閉じた
少しでもぬくもりを感じる事を願って

---------------------------------------------------------------

現場についたシンジ達はアンビリカルケーブルをつなぐと武装の点検に入った。
銃器等も含めていくつかの武器が用意してある。
しかし・・・

「ポジトロンライフルなんてこんな山の多い場所で使ってはずしたらどうするつもりだ?」

シンジがぼやくのも無理はない。
本来地形や敵に合わせて武器を選択する所だが明らかにこの場所では使い勝手の悪そうなものまで一緒になっている。
こういったチョイスは戦自出身だけあってミサトがその場にあわせて選んでいたのだが・・・

『シンジ君』
「日向さん?」

モニターに日向の顔が現れた。

「どうしました?」
『葛城さんと通信が繋がった。』
「無事なんですよね?」
『もちろんだ。ムサシ君とケイタ君も一緒だ。今本部に向かってきているらしい』

日向の声には喜びが含まれているが逆にシンジの顔は優れない。
それだけでは足りない。

「・・・日向さん」
『なんだい?』
「トウジはいないんですか?」
『それは・・・』

日向は言葉を濁した。
それは知らないというよりも知っていることを伝えるべきかどうか悩んでいる感じだ。
その躊躇が雄弁に語っている。

「・・・わかりました。」
『え?』

シンジの言葉に日向が聞き返してくるがシンジは通信を切った。
今は少し静かにしてほしい。
シートに体を預ける。

(どうやら最悪の状況のようだね)
(まさか使徒が出てくるなんて・・・ムサシ達には荷が重かった。)
(確かに生身で使徒の相手は無理だな)
(これってどう見ても計画的ですよね?)
(この世界に偶然などありはしない、あるのは必然というつながりだけだ。)
(誰の言葉ですそれ?)

シンジは頭を振ると身を起こしてレバーを掴む。

「・・・まだ死んだって決まったわけじゃないんだし・・・」

シンジが気合を入れなおすとモニターに小さなウインドウが開いて日向の顔が現れた。

『シンジ君、目標が近づいている!!』
「了解」

初号機のモニターを操作して使徒の来る方向に合わせる。

「・・・夕日と重なるな」

モニターには大きな夕日が映っている。
画像解析度を上げた。

『目標接近!!』
『全機、地上戦用意!!』

発令所からの通信と同時に夕日の中に影が現れる。
遠くてはっきりしないが人型だ。

「夕日をバックに御登場か・・・ってあれはまさか!!」

その正体を悟ったシンジが驚いて叫ぶ。

『使徒っ!?これが使徒なのっ!!?』
『・・・エヴァ』

弐号機のアスカも驚いている。
零号機のレイも呆然としていた。

「・・・あれが目標?」
『そうだ。目標だ』

通信機からの声にシンジは顔をしかめた。
ゲンドウの聞き慣れた声が精神を逆なでする。
しかしここで癇癪起こすわけにはいかない。
はやる気持ちを無理やり押さえつける。

「・・・エヴァに見えますけれど?ひょっとしなくても例の参号機?」
『そうだ、しかし今は使徒に乗っ取られた・・・我々の敵だ。』
「敵ね・・・」

シンジはため息をついた。

(誰にとっての敵なんだか・・・)
(彼の目的の邪魔なら敵なんだろ?大声では言わないがね)
(人類の敵なんて偽善なこと言わないだけましですけどね)

気を取り直してモニターに映る参号機をじっと見る。
初号機や弐号機に比べて簡単な作りの頭部以外は他のエヴァと共通らしい
その黒いボディーカラーが夕日の中にあってもはっきりとした輪郭を切り取る。

「・・・・・・一つだけ聞きたい」
『なんだ?』
「乗ってるのか?」
『問題ない』
「答えろよ」
『・・・使徒の殲滅が優先だ』
「ちっ」

シンジはわざと聞こえるように舌打ちした。
もっともこの程度でこたえるような神経をしていないことは先刻承知だが・・・

(真実は小説より奇なり・・・か)
(演出するのは何時だって人間さ)

シンジはアスカとレイに通信をつなぐ。

「アスカ、レイ・・・」
『何よ?』『何、シンジ君?』
「銃火器は使わないほうがいい」
『何でよ?』『何かあるの?』
「・・・あの中にトウジがいる」
『なんですって!!』『そんな!!』


モニターに映る参号機がその動きを止める。
こちらを認識したようだ。

その漆黒の装甲の下にある瞳がシンジ達を敵と認めて細くなる。
顎部ジョイントはすでに壊れていた。
アギトを限界にまで開いて漆黒の福音を着込んだ天使が天に吼える。
それは哀悼、歓喜、憤怒、悲観・・・その全てであり同時にどれでもない叫び・・・
その叫びをかぶら矢にして漆黒の巨人が動いた。

参号機に寄生した使徒・・・十三番目の使徒・・・バルディエル・・・

・・・13という数字にはいろいろな意味がある。
キリスト教においては12使徒にキリストを加えた総数が13であり、その13番目が「裏切り者のユダ」である事から不吉の象徴とされている。
またキリストが処刑された日は13日の金曜日とされ、刑場の階段も13段と決められている。

そして・・・タロットにおける13が示すものは・・・『死神』






To be continued...

(2007.08.18 初版)
(2007.10.20 改訂一版)


作者(睦月様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで