天使と死神と福音と

第拾参章 〔神友〕
Y

presented by 睦月様


腰を沈めた参号機が助走も無しに飛んだ。
そのまま空中で回転してシンジ達に襲い掛かる。

「なっ」

完全に意表をつかれた。
とっさの判断でシンジは弐号機と零号機を左右に突き飛ばすと初号機は前に転がる。

ズン!!

次の瞬間、三機がいた場所にバルディエルが着地する。
その勢いで砂埃が舞い上がり、地面が陥没した。
とんでもない動きだ。

『こいつ!!』

弐号機がバルディエルに向けてパレットライフルを構える。

「待てアスカ!!」
『シンジ!!』
「参号機の背中を見ろ」

参号機の脊椎の部分の装甲が外れてエントリープラグが露出している。
せめて装甲がついたままならまだよかったがプラグが露出しているところに間違って当たればトウジが危険だ。

『くっ、どうするのシンジ!!』

アスカは弐号機の持っていたパレットライフルを思い切り良く捨てた。
使えない銃器など重りでしかない。
組み付かれて暴発したら最悪だ。

「とにかく動きを止めるんだ。」
『わかったわ』

シンジはとっさに用意してあった武器を見るがあることに気がついて固まった。

(銃火器しかない)
(ここまでよんでいたとはね・・・)

ネルフの用意した武器は銃火器だけでソニックグレイブやマゴロクEソードなどが一つも無い。
銃は基本的に加減の出来る代物じゃないから下手に使えばトウジを巻き込む。

(根暗すぎる・・・)

シンジはあきらめてプログナイフを抜いた。
同じ事に気がついたアスカとレイもそれぞれ自分の機体のプログナイフを抜く。

『・・・シンジ』

発令所から通信が入った。
声の主はゲンドウ・・・その声にシンジがいらつく。
今一番聞きたくない人物の声だ。

「今忙しいんで後にしてください・・・できれば一生しゃべらなくても結構」
『銃火器で離れて攻撃しろ』
「トウジがあの中にいるんだよ、あぶないだろ?」
『フォースの事は無視しろ、我々の使命は使徒殲滅だ。』
「それなら人質交換でトウジと代わってくれません?・・・あなたが代わりにあの中にいるなら遠慮せず殲滅しますよ。」
『何?』

シンジは無視して通信を切った。
これ以上話ても意味がないし邪魔でしかない。

「さて…」

ゲンドウにはああ言ったが状況はかなり難しい。
プラグを引き抜けばそれでいいのだが・・・そのためにはバルディエルの動きを止めなければならなだろう。
さっきの動きを見てもかなりすばやい様だ、初号機と互角かもしれない。
動いている時に抜くのはおそらく無理だし、そんな事をすればプラグが抜く時の衝撃で折れるかもしれない。

次に抜き出したプラグの安全の確保…
エントリープラグは頑丈な素材で作ってあるがおそらくエヴァの握力には耐えられまい。
つぶさない様に確保しなければトウジを握りつぶしてしまう。
それでいて危険がないようにプラグを確保しなければならない。

シンジは頭が痛くなってきた。
あまりにもハードルが高いがやらなければトウジが死ぬ。

「・・・トウジが死んだらナツキちゃんが悲しむしな・・・」

シンジは決意を瞳に込めて前を見た。

視線の先にはモニターに映ったバルディエルがいる。
あいかわらずの四つん這いでこちらを一機ずつ観察している様だ。

バルディエルが三機を見回した後、初号機のほうを向く
どうやら狙いをつけたらしい。

「グルルルル」

獣のように喉を鳴らすバルディエルは立ち上がらずに四つん這いのまま威嚇する。
その腕の長さが伸びた。

「ガア!!」

その腕を初号機に伸ばす
狙いは初号機の喉だ。
人体に酷似したエヴァはその急所も人間と同じく正中線に沿って存在する。
パイロットシンクロしているためそれはそのままパイロットの急所でもあった。

「こいつ!!」

初号機は回し蹴りで二本の腕をまとめて弾き飛ばした。
そのまま初号機はバルディエルに肉薄する。
初号機のナイフがバルディエルの首をとらえる瞬間、シンジの目の前に別のウインドウが一つ開いた

「なに!!トウジ!!」

そこに映っていたのは苦しそうに顔をゆがめるトウジだった。
思わず初号機の動きが止まる。

ガシ!!

その瞬間を逃さずバルディエルの黒い足が真上に向けて跳ね上がった。

「ぐは!!」

一直線に砲弾のように打ち出された足は初号機の腹に突き刺さり、一瞬で詰めた距離をさらに一瞬で元に戻す。
もちろんシンクロしているシンジのフィードバックもただ事じゃない。

ガリリリリ!!!!!

地面を削りながら初号機は立ったまま停止する。
崩れ落ちなかったのは賞賛に値するだろう。

「ト、トウジ?」
『シ、シンジか?』

シンジの声にウインドウの中のトウジが反応した。
どうやら意識はあるらしい。

『なんで鈴原が!!』
『鈴原君、大丈夫?』

アスカとレイも驚いている。
どうやらシンジだけじゃないらしい。
零号機と弐号機にも同じ映像が届いているようだ。

「く、こいつ・・・」

シンジは歯を食いしばってバルディエルを見た。

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シンジ達の見ている映像は発令所にも届いていた。
画面に映ったトウジを冬月が眉をしかめながら見る。

「人質か・・・知恵を働かせているな・・・」

ゲンドウの斜め後ろで冬月が呟く。
シンジ達のモニターにトウジの顔が出たのは偶然ではない。
バルディエルが故意に送った映像だ。
その目的は冬月の言った通り人質の存在をアピールするためだろう。

「・・・奴らも生きるためなら頭の一つも使うだろう」
「確かに効果は絶大だな・・・」

バルディエルは映像一つでシンジ達の動きを完全に封じていた。

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シンジの目の前には依然としてトウジの顔があった。
モニターの中のトウジの名前を呼ぶ。

「トウジ!!」
『シ、シンジ…』

息がかなり荒い。
おそらくバルディエルのせいだろう・・・かなり苦しそうだ。

「大丈夫か?」
『な、なにがおこったんや!?』
「・・・その参号機は使徒に乗っ取られたんだ。」
『な・・・なんやて・・・』

驚きの声にさえ力がなかった。
憔悴しているトウジが痛々しい。
このままではトウジの命に関わる。

(・・・こいつ、人質の有効性を知っている。)
(おそらくこの通信を繋げたのもわざとだろうね、彼の存在をアピールする事でこちの動きを封じるつもりだ。)

シンジ達が攻めてこないのを見たバルディエルがうごいた。
獣の動きで飛びあがると初号機に襲いかかる。

「こっちが手を出せないと思って・・・」

初号機は半身になって避ける。

「舐めるな!!」

初号機とバルディエルがすれ違う瞬間
紫の拳をバルディエルの腹に拳を叩きこむ。

ズン!!
「ゴハ!!」

その拍子にバルディエルの口から体液が吐き出された。

『ぐお!!』
「なに!トウジ!?」

モニターの中のトウジもバルディエルと同じように体液を吐き出す。
その色は赤かった。

「シ、シンクロしているのか!?」

シンジの叫ぶような声を聞いた全員が驚く。
バルディエルへの攻撃は同時にトウジに対する攻撃でもあるのだ。
憔悴している今のトウジにはシンクロによるフィードバックは致命的になる。

「ちっ」

シンジは舌打ちすると参号機から離れた。
このままでは一方的になぶられる。

『シンジ!!』
『シンジ君!!』

零号機と弐号機が初号機の横に並ぶ。

シンジはモニターのトウジを見た。
さっきのダメージでさらにつらそうだ。

「トウジ、大丈夫か!?」
『シ、シンジ・・・ワイは大丈夫や・・・』

気丈にも笑って見せる姿にシンジは唇をかむ。
このままではトウジが消耗してしまう。
それではどの道トウジは助からない。
残された時間は少なかった。

「・・・トウジ」
『な、何やシンジ?』
「これから助けてやる、少しだけ・・・あと少しだけ痛いのを我慢してくれ・・・」
『あ、あと少しか?』

トウジがどれだけの痛みに耐えているのかは見ればわかる。
あと少しだけというがどれほどの痛みがトウジをおそうかわかりはしない。

それでもトウジはシンジに笑いかける。
痛みに引きつっているがそれは親友に対する信頼の証

『・・・まかせるで・・・シンジ・・・』
「まかせろ、必ず生きてそこから出してやる。」
『ああ、たのんだで・・・』

トウジの笑った顔が消えた。
通信が切れたらしい。

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「ぐ、おおおおおお」

トウジは通信が切れると同時に激痛で身をよじった。
シンジ達には強がったがかなりつらい。

「だ、だめや・・・意識を失ったらそんときこそ何するかわからん・・・」

トウジはシンクロの知識がないがバルディエルとのシンクロで自分の意識がバルディエルの動きを抑制している事を感じていた。
参号機を乗っ取ったバルディエルにも予想外の事だ。
トウジの存在を示して人質にしたのも苦肉の策といえる。

「そ、それにシンジが言ったんや・・・」

トウジは真っ黒なプラグの壁を見る。
その先にはシンジ達がいるはずだ。

「う、腕の一本や二本・・・ほんまに切られるわけやない・・・お、思いっきりやってくれや・・・シンジ」

カチカチとなる奥歯をかみ締めてトウジは必死にシンジの言葉にすがった。

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初号機が一歩前に出る。

「アスカとレイは下がってて・・・」
『どうするのよシンジ』
「あいつの動きを止める」

そういいながら初号機は手に持っていたプログナイフを捨てた。
接近戦に持ち込んで動きを封じるつもりだ。

『シンジ君、私も・・・』
「レイ、銃が使えないんだ。接近戦になれば近くにいるだけで危険かもしれない」

今までの経験から初号機が接近戦を始めた場合、他の二機の入る余地はなかった。
というよりも初号機の動きにアスカとレイがついていけないのだ。
援護するとしたら長距離から狙撃して援護するしかないが今回の場合は銃が使えない。

「・・・まってて、トウジを連れて帰ってくる。」

二人は笑ったシンジの顔を心配そうに見ることしか出来なかった。

初号機とバルディエルが対峙する。
やはりバルディエルは初号機を最大の敵と認識しているらしい。
すでにお互いしか見えていないようだ。

(・・・シンジ君)
(ブギーさん?)
(代わろう、君の能力は鈴原君を助けながら使徒を消滅させられるほど器用じゃないだろう?)
(・・・はい)
(僕の糸であいつの動きを封じる。その瞬間に・・・)
(わかりました。)

シンジが精神を集中してブギーポップとシンクロする。
同時に発令所に表示されているシンクロ率がゼロになった。
しかしもはや慣れたもので誰も驚きの声を上げない。
ただ事務的にシンクロ率を報告しただけだ。

「・・・惣流さん、綾波さん」
『ア、アンタ・・・』『・・・代わったのね』

自動的な口調と左右非対称な笑みにアスカとレイがブギーポップに気づいた。

「あいつの動きを封じる。動きが止まったらプラグを頼むよ。」
『・・・わかったわ』『了解』
「ありがとう・・・さて、行くか」

ブギーポップが呟くとともに初号機の顎部ジョイントが壊れて口が開き、咆哮が山々に響いた。

「護、雄雄雄雄雄雄雄雄!!!!」
「ガアアアアアアアアアア!!!!」


初号機に答えるようにバルディエルも叫ぶ。
お互いが相手を倒すという意思を込めて・・・

その咆哮の終わりが戦闘開始の合図になった。

紫と黒が真正面からぶつかる。
先手はリーチの長さを利用したバルディエルが鞭のように腕を振って横から初号機を襲う。

ズン

それに応えて初号機は飛ぶ
バルディエルの頭上を越えて背後に着地した。
そのままかがんだ状態で背後に足払いをかける。

ダン!!

それに反応したバルディエルが足払いをジャンプして避けた。
しかもそれだけでなく最初に避けられた腕の反動を利用して裏拳を放ってきた。
かなりのスピードで避けることは出来そうにない。

「間に合わないか」
ドゴ!!

とっさに間に合わないと判断したブギーポップが初号機の腕をクロスさせる。
その上に強烈な一撃が叩き込まれた。
初号機は地面を削りながら吹き飛ばされる。

「くっ」

何とか止まるとすぐさま立ち上がるがその眼前には黒い拳があった。
バルディエルがその長い腕を初号機の落下地点にはなっていたのだ。

「ちっ」

とっさに首を横にずらして避ける。
拳がかすった部分の装甲がひしゃげるがお構い無しに前に進む。
そのまま腕の有効範囲の内側に入り込んで肩からぶつかる。

「グオオオオ」

真正面から体当たりを食らったバルディエルは吹き飛ばされながらも初号機に向かって蹴りを放つ。
とっさに体をずらしたが反動を殺しきれずに初号機も後方に飛ばされる。

ズズン!!

二機は同時に着地して再び距離が開いた。
すぐに距離を詰めず、今度はお互い警戒してあいての動きを見る。

『・・・シンジ』

いきなりの通信とその主に思い当たってブギーポップの瞳が細まる。
はっきり言って邪魔だ。

「何か用かい?生憎忙しいので手短にしてほしいね」
『・・・何故本気で戦わない?』
「・・・・・・この状況が見えないのかい?戦闘中だよ?」
『お前が本気になれば殲滅はたやすいだろう?』
「その時は鈴原君も一緒だ。それはごめんこうむる、助けると約束したのだから…」

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発令所ではゲンドウがモニターに映るシンジを睨んでいた。

「・・・命令だ。使徒の殲滅を優先させろ」
『知ったことじゃないね』
「・・・人類の存亡を少年一人と天秤にかけるつもりか?」
『その少年少女に人類の未来なんて面倒なものを押し付けている無様な大人がそれを言う資格があるのかな?』

モニターの中の初号機とバルディエルは戦闘を再開した。
四つん這いの状態から長く伸びた腕が初号機を牽制しする。
初号機の手からATフィールドの糸が放たれた。

「人類はお前のせいで滅びるかもしれん・・・お前がどう言おうとそれが真実で現実だ。」
『それがどうした?僕一人に支えられている不安定な世界など所詮は長持ちなどしない。それなら今この場で終わっても同じだろう?』
「・・・世界を救え、シンジ」
『理屈で着飾っても醜いだけだ。所詮後ろで見ていることしか出来ないなら黙っていてくれないか?邪魔なんでね』

初号機とバルディエルの戦闘は続く
お互い常識外れのスピードで移動しながら攻撃を加え続ける。

「・・・まあ予想通りといったところか・・・」

ゲンドウの横に立った冬月が呟く。
その表情は最初からこうなる事をわかっていたという感じだ。
二人の関係を考えれば当然ともいえる。

「・・・どうするつもりだ?」
「・・・・・・」
「何もしなかったとなると委員会も黙っておるまい?」
「・・・ダミーを起動させる。」
「なに?」
「どの道ダミーの存在と完成度、実戦におけるデータは連中に示さねばならん・・・それにおそらくこの状況でのダミー使用は連中のシナリオに入っているはずだ。」

ゲンドウは椅子から立ち上がると下にいるオペレータを見下ろす。

「初号機の神経接続を切断。ダミーシステムに切り替えろ」
「「「え!!」」」

誰もがゲンドウの言葉を信じられなかった。
なぜこの状況で、しかも戦闘中にそんな指示が来るのか理解できない。

「し、しかしこの状態で起動させるよりはシンジ君に任せたほうが・・・」
「・・・シンジは使徒殲滅を放棄した。我々の存在意義は使徒殲滅にある。それを放棄したパイロットなど不要だ」

マヤが唖然としながらも反論する。
彼女はダミープラグの開発に関わっていただけあってこの状況でのダミー起動がどれだけ無茶か理解していた。

「で、でもダミープラグは制御は出来ません。まだ問題も多く・・・実戦投入など無理です。それに赤木博士の指示もなく・・・・・・」
「・・・初号機のダミー起動と同時に零号機と弐号機のシンクロをカットしろ、それで参号機だけを目標にするはずだ。」

いわゆる達磨さんが転んだの状況だ。
本能的な思考しかしないのであれば止まっているものよりは動いているものを敵と認識しやすくはある。

「 やりたまえ・・・・・・命令だ。」

ゲンドウは最後通告だといわんばかりに無茶を宣言した。

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初号機とバルディエルの戦闘は拮抗していたが徐々にバルディエルが押され始めた。

その原因は両者の間合いの広さにある。
バルディエルの伸ばした腕より初号機の放つ糸のほうが射程が広かったのだ。

戦闘において攻撃の射程が広いということは近づきさえしなければ一方的に攻撃できる事を指す。
その気になれば一瞬でバラバラにする事が出来なくもないがそんなことをすれば中でシンクロしているトウジにどんな影響が出るか計り知れない。
場合によってはショックで死んでしまいかねないのだ。

「・・・よし」

初号機の糸が参号機の両腕を絡め取る。
そのまま引きずる様にしてバルディエルを転ばせた。

「ゴオオオオオ」

しかしその状態でもまだバルディエルは止まらない。
足だけで信じられない高さに飛び上がって初号機に襲い掛かる。
どこまでも常識はずれな動きだ。

「往生際が悪い・・・なっと」

ブギーポップは避けると同時にバルディエルの着地点に足払いを放つ。

「ゴアアア!!」
ズズンン!!


見事に決まってバルディエルは仰向けに転がった。
簡抜いれずにその背中を踏みつけて動きを封じる。

バルディエルにとっての誤算はブギーポップが本来世界の敵を狩るための存在だということだろう。
生身であればさまざまな世界の敵や合成人間と戦ってきた。
正直人型をした異形の相手は専門分野だ。
このくらいの相手はいくらでもいた。

「いまだ、惣流さん、綾波さん」
『よくやったわ!!』『まってて』

初号機は手から出した糸でバルディエルの両腕を封じているためにプラグを抜き出せない。
ブギーポップの言葉に二機のエヴァが近づいてくる。

ガクン
  ズン!!


『な、なに!?』『キャアアア』

しかしその途中で二機とも倒れこんだ。
弐号機も零号機もまるで糸を切られた人形の様に崩れ落ちたのだ。

「…なんだ?」

ブギーポップは倒れた二機を観察する。
なにか攻撃を受けた様には見えなかったが…

「…これは」

ブギーポップの見ている前でATフィールドの糸が消滅した。
とっさに飛びのこうとするが初号機も動かない。

「グオオオオオ!!」

咆哮と共にバルディエルが立ちあがり初号機を跳ね除けた。
下からの蹴りに突き上げられて初号機の巨体がが宙を舞う。

「な、何が起こったんだ!!」

思わずブギーポップを押しのけてシンジが出てきた。
次の瞬間、地面への落下が衝撃となってシンジを襲う。

「くう!!」

思わずシンジはうめくが同時にある事に気がついた。

「・・・シンクロが切れている?」

シンジが感じた衝撃はプラグの中に響いたものだけだ。
シンクロしたとき特有のエヴァが受けたダメージの感触が伝わってこない。
それはつまりシンジと初号機のシンクロが切られているという事だ。

「これは発令所か?何をした!!」

その疑問の声と同時にシンジの座るシートの裏からモーター音が聞こえてきた。
シンジがシートの裏を覗き込むとディスクドライブが起動している。

「な、なんだこれ?」

それはシンジも知らない初号機のダミープラグだったが…

「あ、とまった?」

程なくモーター音が止まる。
別になにも変化は起こっていない。

「な、なにこれ?」

シンジは状況がまったく飲みこめず困惑した。

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シンジの呆気にとられた声は発令所にも届いていた。

「…どうなっている?」

ゲンドウのプレッシャーのこもった声が背後の頭上からかかってマヤが振り向いた。
その威圧感にすでにマヤが泣きそうになっていた。

「ダ、ダミー起動しません・・・し、初号機がダミープラグを拒絶したようです。」」
「「「「「・・・・・・」」」」」

なんとも気まずい沈黙が落ちる。
それが意味するところは単純明快・・・失敗したのだ。

「・・・もう一度だ。」
「だ、だめです。こちらの信号受け付けません!!」

まともに起動しないということは考えられるが最初から受け付けないという状況は理論上ありえない。
文字通りダミーが無視されている。

「・・・やはりな」

冬月が呟いた。
理論的な事は知らないが原因に関しては思い至らない事もない。

考えるまでもなくシンジの存在だ。
機体交換試験でも初号機はレイを受け付けなかった。
おそらくそれは初号機が自分の主としてシンジを選んだからだろう。


ダミープラグはレイを基本にして作られている。
アヤナミレイという存在はエヴァから生まれた存在だ。
いわば初号機の肉親と言ってもいい
しかし、それを超えるほどに初号機が求めたのはシンジなのだ。

すでに初号機はレイでは満足できなくなっている。
それなのにレイの模造品を差し出しても初号機が満足するわけがない。

『一体何をした!!』

いきなりシンジの怒号が発令所を振るわせる。
モニターには怒ったシンジが映っていた。

『何がしたいのか知らないが戦闘中に余計な事するなこのアホ!!』

シンジの言う事は至極もっともだ。
そもそもまだ制御も満足に出来ない代物を実戦の戦闘中の場所に放りこむなど正気ではない。

『とっとと起動しなおせ!!』

シンジの剣幕はすさまじい。
発令所の職員がシンジの怒り様に青くなる。
全員の視線が責任者であるゲンドウに集まった。

「…どうするんだ六分儀?」

冬月が全員を代表してゲンドウの背中に問い掛ける。

「…ダミーの起動だ。」
「なに?初号機では起動しないのがわかっただろう?」
「…次の手は打ってある。」

モニターの中では復活したバルディエルが初号機に近づいていく

「…し、しかし初号機は」
「・・・初号機ではない」

そう言うとゲンドウは再度ダミーの起動を指示した。
今度は初号機ではなく…

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零号機のエントリープラグ・・・
モニターの中の初号機は倒れたまま動かない

「シンジ君!!」

レイはあせった声を出す。
モニターの中でバルディエルが初号機の首を掴んで持ち上げたのだ。
電源の切れた今の状態ではシンジに直接の影響はあるまいがそれでもバルディエルがシンジを見逃すとも思えない。
初号機がバラバラに引き裂かれてプラグを引き摺り出されればシンクロしていようがいまいが関係ないのだ。

「メイ・・・」

レイは零号機に宿る自分の姉妹のような存在に呼びかける。
しかしいくらなんでもシンクロしていない状態では声は届かないし動かす事などできはしない。

「・・・・・・おねがい」

レイは祈った。
シンジを救いたいと・・・
それに応えるように低い作動音がプラグの中に響き始める。

「え?」

とっさに音の発生源を見る。
自分の座っているシートの下

「な、なにこれ?」

それはシンジと同じ疑問だった。
レイの知識の中にはこれに関するものはない。
しかしレイはそのモーターの回るような作動音に言い知れぬ不安を覚えた。

シンクロをカットされて動くはずのない零号機の単眼に怪しい光がともる。

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シンジは、目の前のモニターに映るバルディエルを睨んだ。
今のシンジにはそれ以上に出来る事がなかったのだ。

発令所からの応答はない。
今初号機はバルディエルの腕一本で宙吊りになっている状況だ。
その四肢はだらんとして力なく下がっている。
起動してないのだから当然だ。
反撃どころか抵抗も出来ない。

「グルル!!」

バルディエルは死体のように動かない初号機を投げた。

「わあああ」

激しくビルや地面を削りながら初号機が飛ぶ。
シンクロしてないので痛みは感じないがまったくありがたくない。
今必要なのはその痛みを感じられるシンクロなのだ。

バルディエルが倒れたまま動かない初号機に近づく
今度は両手で首を絞めて持ち上げた。

「こいつ!!遊んでるのか!!」

自分かろ見て下のほうにあるバルディエルの顔が笑っているように見える。
映像の中でバルディエルが腕に力を込めたのがわかった。
初号機の首を折るつもりだ。
別に折られても痛みがあるわけじゃないが戦闘は不可能になるだろう。

「・・・トウジ・・・」

シンジが呟いた次の瞬間、シンジは空を見た。

「え?」

一瞬シンジは呆ける。
確かさっきまでバルディエルの顔を睨みつけていたはずだ。
なのに何故自分は空を見ているのだろう?

ズン!!

その答えは地面に激突する衝撃とともに理解できた。
何かに吹き飛ばされて空を飛んでいたのだ。

「え?・・・え?」

モニターに映る周囲を見回す。
近くにバルディエルの黒い体が見えた。

(どうやら一緒に弾き飛ばされたようだね)
(でも一体何が?)

シンジの疑問は近づいてくる足音が解決した。

(綾波さん?)
(零号機?)

そこにいたのは見慣れた青い単眼の巨人
レイの零号機が立っていた。
その一つだけの瞳に赤い光がともる。

『シンジ君!!』
「え?レイ!?」
『とめて!!』
「何?」

次の瞬間零号機は走った。
起き上がろうとしていたバルディエルの腹部にサッカーボールを蹴り飛ばすようなキックを叩き込む

「な!!レイ!!」

かなり強烈な一撃だったようだ。
蹴り飛ばされたバルディエルはさらにバウンドして転がる。

『何しているのよレイ!!』

アスカのあせった通信が届いた。
今の蹴りにはまったく容赦と言うものが無かった。
アレでは中のトウジも相当なものだろう。

『違うの、これはダミーなの!!』
『ダミー!?何よそれは!!』
『擬似的なパイロットを作り出す技術・・・まさか完成してたなんて・・・』
『止められないの!?』
『・・・だめ、あの子の声が聞こえない・・・』

どうやらレイは零号機とシンクロしてはいないらしい。
シンクロしているならメイの声をレイが聞けないはずはない。
それにレイが動かしているのなら間違ってもあんな容赦のない攻撃はしないだろう。

(これがダミーシステム)
(パイロットの代わりにエヴァを動かすシステムか…)

ゲンドウは最初から初号機がダミーで起動しないこと、起動しても問題が残る事を予見していた。
そのためリツコに命じて零号機にもダミーのデータを入力しておくように命じていたのだ。
たしかにレイを受け入れない初号機はレイをベースにしたダミープラグを受け入れない可能性はある。
しかし逆にレイとシンクロしている零号機になら有効なはずだ。

『シ、シンジ君止めて!!』
「レイ!!」

零号機は猟犬のようにバルディエルに向かう。
起き上がりかけた所を殴りつけた。

ガシン!!
  ガシン!!
    ガシン!!


顔面を中心に何度も何度も殴りつける。
黒い装甲の隙間や口から赤い体液が飛沫になって飛ぶ。
零号機の漆黒の装甲に赤い色が増え始めた。

「クアア…」

バルディエルがぐったりするとさらに無理やりに起こして放り投げる。
このままでは零号機は間違いなくバルディエルを殺す。
・・・トウジごと

「あのままじゃトウジが…日向さん、まだ初号機は起動しないんですか!!」
『必要ない』

返って来たのは日向の声ではなくゲンドウの声だった。

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『・・・どういう意味だ?』

発令所にシンジの怒りを含んだ声が流れる。
それを聞いたスタッフは息を飲んだ。
激昂して声を荒げてないのがその怒りの大きさを表している。

「今・・・初号機と弐号機を起動させればダミーはそれを敵と認識する可能性が高い。」
『そんな!!』

アスカが声を荒げるがゲンドウはきにしない。
その視線はモニターのシンジに向いている。

『・・・それはつまり制御すら出来てない欠陥品って事だろう?・・・なぜそんなものを使った?』
「ネルフは使徒殲滅のために存在する。それを放棄したパイロットなどに任せては置けない」
『・・・・・・それで未完成のダミーを使ったのか?』
「そうだ」

シンジは反論せずゲンドウを冷えた目で見る。
そこからどんな感情も読み取れはしなかった。

『・・・他に方法があるだろう!?』
「・・・使徒殲滅のためなら手段は選ばん、それがネルフの存在意義だ。」
『手段は選ぶためにあるものだろ?少しは考えろ・・・』

シンジはゲンドウの言葉を一刀両断すると通信を切った。

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『シンジ君!!止めて!!』

レイの切羽詰った声が初号機にも届く。
みれば零号機の攻撃から逃げて距離をとったバルディエルと零号機が戦闘をしていた。
両者とも獣のような動きで相手を攻撃する。

それはとても原始的な戦いだった。
おたがい相手を捕まえ、殴り、引き裂き、殺す…
それ意外の思考は無い様に見える。

『鈴原君が!!』

すでに状況は一方的なものになりつつあった。
零号機が殴りつけるたびにバルディエルの動きが鈍くなっていく。
ウインドウに再びトウジの姿が現れた。
状況が不利と悟ってバルディエルは再びトウジを人質として使ってきたのだ。

その姿は前に見たときよりさらにひどい状態になっていた。
シンクロしているためバルディエルのダメージがダイレクトにトウジに伝わっている。
もはや意識があるかどうかすら分からない。

『うっ・・・シンジ』
「トウジ!!」
『た、たすけて・・・ガッ』

トウジが言いきる前に零号機の拳がバルディエルの顔に叩きこまれた。
レイがどう思おうとダミーシステムには関係ない。
その本能のままに敵を蹂躙するのみだ。

『す、鈴原君…』

レイの声は涙声になっていた。
おそらく彼女にもトウジの映像が行っているだろう。
そしてそれをやっているのは零号機だ。
レイはそれを一番近くで見ている。

『シンジ!!何とかできないの!!』

アスカの叫びが聞こえる。
彼女もいろいろと試してはいる様だが発令所からロックされていて外に出る事さえ出来ない様だ。

「・・・・・・」

シンジは心が細くなっていくのを感じた。
あまりの理不尽さに怒りを通り越して逆に冷静になっている。

なぜかシンジの脳裏に少年の姿が浮かぶ。
初号機の中であった少年・・・
幼いシンジの姿をしたあの子の事がなぜか無性に思い出される。
気がつけばシンジは心に浮かんで来た言葉を呟いていた。

「・・・・・・いつまで寝てるんだ?」

シンジの問いかけに初号機がビクンと体を振るわせる。

「・・・・・・いいかげん起きろ」

初号機の両目に光が宿った。

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「もうやめて!!止まって!!」

レイは必死でレバーを動かすが零号機はお構い無しだ。
確かにレイはシンジを助けたいと願ったがこれは違う。

そんなレイの思いを無視するかのようにあいかわらずバルディエルへの攻撃に容赦は無い。
ただ振り上げた拳を叩き落し、その体を蹴り飛ばす姿には遠慮も慈悲も感じられなかった。

『ぐが!!げふ!!』
「鈴原君!!」

モニターの中のトウジが傷ついていくのを見る事しか出来なかった。
それを見るレイの瞳には涙が浮いている。

レイは心底後悔していた。
このダミーは自分が参加した実験により生み出されたものだ。
それが今自分の友人を殺そうとしている。
人としての感情に目覚めた彼女にとってそれは耐えられない事実・・・生まれて間もない感情が音を立てて壊れ始めていた。

零号機がひときわ大きく腕を掲げる。
狙うはバルディエルの顔面、すでにあっちこっちから血を流していて満身創痍だ。

当然ウィンドウの中のトウジもぼろぼろだ。
かすかにうめき声をあげているので死んではいない様だが…かなり危ない。

しかしそんな事にお構いなく零号機はバルディエルにとどめをさすつもりだ。
頭を潰されればその痛みはトウジに向かう。
こんなに消耗したトウジでは耐え切れないだろう
間違いなくショック死してしまう。

「やめて!!メイ!!」

レイの叫びと共に零号機の動きが止まる。

「と、止まったの?」

レイがその掲げられた腕を呆然と見る。
その腕がゆっくりおろされた。

「え?」

レイは疑問の声をあげる。
やはり零号機は勝手に動いていた。
ゆっくりとぼろぼろになったバルディエルから離れて背後を振り返る。

「シンジ君!!」

レイは追わず喜びの声をあげた。
零号機の視線の先にいるのは紫の鬼神…

その周囲は怒りによって制御しきれないATフィールドが旋風となって渦巻いていた。

「倶雄雄雄雄雄雄雄雄!!」

その咆哮はシンジの怒りを含んで夕焼けの山々に木霊した。






To be continued...


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