天使と死神と福音と

第拾参章 〔神友〕
Z

presented by 睦月様


「し、、初号機起動しています!!」

マヤの報告で発令所が歓声に包まれた。
立場上上司の命令には絶対服従ではあるがそれはそれ、人としての良心というものがある。
思わず本音が出たとしても責められないだろう。

「・・・状況を報告したまえ」

そんな状況を完全に無視したゲンドウの声にスタッフが我に帰る。
あわてて情報収集に戻った。

「し、使徒は沈黙しています!!」
「ぜ、零号機が使徒を無視して初号機を確認!!」

次々に報告が入る。
それをゲンドウは黙って聞いていた。

「・・・これはお前のシナリオ外の事だろう?」
「・・・・・・老人達のシナリオにとってもな・・・」
「なぜ初号機は起動した?」
「・・・・・・」

冬月の言葉にゲンドウは短い沈黙の後・・・

「・・・シンジが望んだからだろう」
「それだけか?」
「・・・・・・そして初号機がシンジの望みにこたえたからだ。」
「そうだな、それがわかっているならいい」

ゲンドウと冬月はモニターを見つめる。
そこでは初号機と零号機が対峙していた。

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いまだに地面に転がっている事しか出来ない弐号機の中からアスカはそれをじっと見ていた。

バルディエルを無視して零号機が立ちあがる。
どうやら初号機を敵として認識した様だ。

「シンジ!」
『アスカ?』
「気をつけて…」
『わかっている。』

それだけでアスカに出来る事はなくなった。
傍観者でいることしか出来ない自分の状況をアスカは心からくやしんだ。

モニターのなかで二機が接近する。

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実際のところ何故初号機が起動したのかはわからない。
どうもあの子供の姿をした何者かが関係していそうな気がするが確信はない。
しかし今は些細な事だ。
目の前に迫っている零号機の問題から片付けよう。

『シンジ君!!危ない!!』

レイの悲鳴を聞きながら突き出されてきた拳を避ける。
やはり本能的な行動しか出来ないようだ。
同じように本能的な戦闘をするバルディエルならとらえる事が出来るだろうがシンジのような相手には逆にその動きを読まれやすい。

「レイ!シートに体を固定しておいて!!」
『わ、わかったわ!!』

避けた腕を掴むと関節を利用して零号機を押し倒す。
そのまま関節技に持ち込んで零号機の動きを封じた。

「さすがに使徒と違って腕を伸ばしたり出来ないだろ?」

人間と同じ姿をしているエヴァは当然人間と同じ関節が存在する。
それは人間相手の戦闘術が有効だという事でもある。
それこそ腕を伸ばしたり関節を増やしたりしない限り安全に無力化できる方法はいくらでもあるのだ。

もちろん抜ける技術もあるにはあるが本能的な行動しか出来ないダミーがそんなものを知っているとも思えない

「さらに!!」

初号機は零号機のアンビリカルケーブルを蹴飛ばして破壊する。
バルディエルはS2機関によって動いているためにこんな事意味はないが零号機は所詮有線・・・
電力供給がなくなれば持って5分・・・
それまで時間を稼げばこちらの勝ちだ。

・・・・・・邪魔さえ入らなければ・・・

「ん?何い!!!」

シンジはモニターの端に動くものを見つけて思わず叫んだ。
今までボロボロになっていたバルディエルがよろよろと立ち上がったのだ。

「ちい!!」

シンジは零号機の拘束を解くと離れた。
関節技は基本的に一対一の戦法だ。

関節を決めているうちは非常に無防備になるために複数の敵がいる場合には使えない。

「・・・トウジ・・・」

モニターに再度トウジの姿が映った。
やはりボロボロで意識がないように見える。
見ただけでかなり危険な状態だと言うことがわかる。

(・・・急がないと)
(この状況をどうにかしないといけないな・・・)

三機は正三角形のような位置になってお互いを牽制しあう。
零号機もどちらを先に襲うかで悩んでいるようだ。

零号機は問題ない。
数分で止まる。
そうなればバルディエルとの直接対決になるだろう。

シンジが警戒しているとバルディエルが動いた。
ゼロから一気にトップスピードの速度で走り出す。
まだそんな余力があったとは・・・完全に意表をつかれた。
しかもむかう方向は初号機でも零号機でもない。

「なんだ?あ、あいつの先には!!」

シンジは自分のうかつさを呪った。
この戦場にはもう一人いたのだ。
しかも彼女はまったく動く事が出来ない。

「まずい!!」
『シンジ君危ない!!』
「え?レイ?」

シンジがアスカに向かって駆け出そうとすると腰の辺りに衝撃が着て倒れた。

見れば零号機が初号機にタックルをかまして押し倒している。
三者の均衡が崩れた時に零号機はより近かった初号機に向かったのだ。

「ちょ、離せ!!」

零号機を押しのけるといきなり零号機が止まった。
やっと内部電源が切れたらしい。
最悪のタイミングの上にはた迷惑な・・・

零号機を押しのけたシンジはとっさに弐号機を見て固まった。
バルディエルがその首筋に噛み付いている。

「くそ!!」

シンジは今できることを考え行動した。

弐号機に覆いかぶさっているバルディエルに体当たりをかけた。
ぶつかった瞬間、バルディエルは人形のように飛んで地面に落ちる。

「・・・・・・」

シンジは油断なく構えてバルディエルが起き上がってくるのを待つ。

(シンジ君、そんなことしてても無駄だよ)
「え?」
(こいつは抜け殻だ)
「抜け殻?」

あわててバルディエルを見るが動くどころか死んでるように体を投げ出してる。
確かに抜け殻のようだ。

(そんな!!じゃあ本体はどこに!!)
(後ろだよ)

ブギーポップの言葉に自分の後にあるものに思い当たったシンジの顔が青くなる。
背後でかすかに何かが動く音が聞こえた。

「・・・・・・っつ」

とっさに振り向くと弐号機が立ち上がっている。
いまだシンクロが回復していないはずなのに・・・
その全身は小刻みに震えていた。

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「きゃあ!!!!!」

アスカはあまりの激痛に叫ぶ。

首筋の位置に何かの感触を感じるがそんなはずはない。
今はシンクロをきられているのだ。
弐号機がどんなダメージを受けていても感じるはずはない。

しかしそんな思いとは裏腹に痛みはさらに強くなる。

原因は弐号機に入り込んだバルディエルにあった。
”痛みがパイロットに行くとシンジ達が躊躇する。”
それを学んだバルディエルが強制的にアスカとのシンクロを始めたのだ。

しかしその方法は通常のシンクロと違いまさに力技・・・
弐号機のダメージと強制シンクロの痛み、さらにバルディエルの侵食による嫌悪感はトウジの感じていた痛みと同じかそれ以上。
その激痛は容易にアスカの意識を刈り取った。

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シンジがブギーポップに聞かされた事は発令所でも事実として確認されていた。

「参号機のパターン青が消えました!!」
「同時に弐号機の中にパターン青確認!!」

MAGIが伝える事実にオペレーター達は混乱していた。
総合すると参号機に寄生していた使徒が弐号機に乗り移ったということだ。

「…まずいな」

冬月が慌てているオペレーター達を見下ろしながら呟いた。
さすがの冬月にも焦りが見える。

「参号機だけでなく弐号機までのっとられるとはな・・・」
「おそらく零号機が人質にまったく容赦しなかったので別の人質を取るつもりだろう」
「弐号機パイロットをか?」
「それに参号機のボディーの損傷が激しすぎることもあるだろうな」

モニターには抜けがらになった参号機から初号機がエントリープラグを抜き出す光景が映っていた。
そのまま初号機はプラグを地面に下ろす。
零号機から出てきたレイがトウジの入っているエントリープラグに駆け寄ってハッチを開くと中に入り込んだ。
やがてレイがプラグから助け出したトウジは意識を失っているが命に別状はないように見える。

「・・・参号機はともかく弐号機に使徒が入り込むのはゼーレのシナリオにはあるまい?」
「予想外の状況などいくらでも起こる。老人達もそのくらい理解してもらわんとな・・・」
「それはともかくとしてもどうするつもりだ?」
『いっておくけれど・・・』

ゲンドウが答える前にシンジからの通信が入った。
思わず右往左往していたスタッフの視線がモニターに集まる。
シンジの顔は無表情だった。

『もし弐号機ごと使徒を自爆させようなんてしたら・・・』

シンジからモニターごしに殺気が叩きつけれた。
それを見た全員が金縛りにあう。

『ぼくが使徒に代わって殺すからな』

そう言うとシンジとの通信が切れた。
騒然としていた発令所が沈黙に包まれる。
さっきのシンジは本気の目をしていた。
本気で殺すと言ったのだ。

「・・・先に釘を指されたな・・・」
「・・・・・・」

静かになった発令所は機械以外の音がなくなった。

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「・・・さて・・・」

シンジは弐号機に向き直った。
うつむく様にじっとしているがその体の中には使徒の存在が観測されている。

このまま放っておけばトウジの時のように動き出すかもしれない。
しかも今度はアスカを人質にして・・・
アスカを助けるだけならトウジの時のようにプラグを引き抜くのが効果的だ。
しかしトウジとアスカには大きな違いがある。

参号機に入っていたのはトウジの擬似人格だが弐号機にはアスカの母親のキョウコがいる。
殲滅するとしたら弐号機ごと…

「アスカに言わなければよかった」

もしアスカが母親の存在を知らなければシンジが悪者だけになるだけですんだ。
弐号機の破壊・・・
それによってアスカが自分を恨むかもしれないがそれで彼女が助かる。

しかし今のアスカは母親の存在を知って不安定になっている。
このまま弐号機をなくしてしまえばアスカはどうなるか・・・それでもシンジは選ばなければならない。

「許しちゃくれないだろうな・・・」

シンジは拳を握り締めた。
それに答えるかのように初号機も拳を硬く握る。

「・・・ごめん」

シンジの言葉とともに初号機は前に出た。

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目覚めるような感覚からアスカは顔を上げる。

「・・・え?なに?」

そこは見なれたエントリープラグの中じゃなかった。

「えっと・・・ここは?」

なぜか懐かしさを覚える部屋の中にいた。
ドイツの一般的な家屋のようだ。
自分がいるのは居間で目の前には寝室への扉が半開きになっている。

今までのことが何かの夢だったのかという思いが沸いてくるがアスカの着ている真っ赤なプラグスーツが夢ではない何よりの証明だろう。


「うっ」

いきなりアスカの脳裏に昔の記憶が蘇る。

幼いアスカが病室の扉の先にあったものを見た記憶…
天井から吊り下がった…

「っくは!!」

アスカは息を吐いて強制的に記憶の再生を止める。
場所も状況も違うのになぜかあの日の事を思い出した。

「・・・ママ・・・」

そう呟いた瞬間アスカは気がついた。
この場所が懐かしいわけを・・・

ここはアスカの家だ。
母親と過ごしていた家・・・

「まさかここがシンジ達の言っていたエヴァの内面世界?」

アスカは呆然とした。
だとしたらこの場所が自分の記憶の場所なのも理解できる。
そしてあの扉の先に待っている人のことも…

「・・・・・・」

アスカは覚悟を決めると寝室の扉を開けた。
そのままくらい室内に入っていく。

「・・・いるの?」

部屋の奥にあるベットに一人の女性が寝ていた。
一目見た瞬間、アスカは理解した。
自分が彼女を見間違えるわけがない。

「・・・ママ」

アスカと同じ色の髪・・・
アスカに似ている顔立ち・・・
そのベットに寝ていたのは記憶にあった入院する前の母親の姿…

「・・・ママ・・・」

青い瞳から涙がこぼれた。
アスカは駆け寄って自分の母親に呼びかける。
軽くゆするとキョウコが身じろぎした。

「・・・ん?」
「ママ!!」
「え?」

目覚めたばかりで今だ焦点の定まっていない視線がアスカを捉える。
しばらく迷っていたようだが何かに気づいてはっとした顔になる。

「・・・アスカ・・・なの?」
「そうよ」
「何でこんなに大きく!!」

キョウコはベットから飛び起きるがシーツに絡んでしまい派手にベットから落ちる。

「・・・ママ」

アスカは確信した。
間違いなく自分の母だ。
かすかに覚えている記憶でも自分が朝起こすと同じ事をしていた記憶がある。

「相変わらず抜けてるのね・・・」

しみじみと呟いた。
こんな事で自分の母親を確認するというのもどうしたものだろう…

「あのねママ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

アスカは何とか起き上がったキョウコに手短に今の状況を話した。
キョウコが死んでから今までのこと、日本に来てシンジ達に出会ったこと、使徒と戦っていること、そして現在進行形で戦闘中であり、参号機が使徒に乗っ取られその使徒が弐号機に入ったらしいということ・・・

「あら、それは大変ね〜」
「そう思うならあせりなさいよ!!」

キョウコはアスカの記憶となにも代わらなかった。
相変わらずのマイペースで東方の三賢者の一人でありながら少し天然入った性格…
弐号機にとりこまれてからいままで眠っていたのだ。
変わり様がないという意味では零号機の中のメイと同じだろう。

「とにかくママ!!ここから出ましょ!!」
「あら?それはだめよ?」
「なんで!!」
「ここから私が出たらあなたは弐号機のパイロットじゃなくなるでしょ?」

アスカはキョウコの言葉に一瞬ひるむ。
確かにキョウコがここから出ればアスカはチルドレンじゃなくなる。
一時期はチルドレンであることが誇りだったが・・・

「も、もういいのよ!!チルドレンじゃなくったって!!」

今は自分の手の届くところに母のぬくもりがある。
この温かさに比べればチルドレンの称号がどれほどの価値があるというのだろう。

「別にチルドレンかどうかなんて問題じゃないでしょ?」
「え?」
「パイロットじゃなくなっちゃったらシンジ君の力になれないでしょ?」
「な!!!!!」

キョウコの言葉にアスカはプラグスーツと同じ位真っ赤になる。
予想もしなかった切り替えしだ。

「ななななななな」
「何で知っているか?当然でしょ私は貴方の母親よ、そのくらい分かるわ。」
「そそそそそ」
「もちろんそれだけじゃないわよ?私とシンジ君のお母さんのユイは同じ東方三賢者、あなた小さいときにシンジ君とあったことあるわよ」
「ええええええ」
「ちなみに赤ちゃんの時の話、いっしょに遊んだり同じ布団に寝たり…ユイとふざけてシンジ君とキスさせたり…」
「ちょっとまった!!それマジなの!!」
「嘘よ」

アスカは派手にずっこけた。
キョウコはそんな娘をみてニコニコ笑っている。

「…してたほうがよかった?」
「いいわけないでしょ!!」

アスカの中の母親のイメージが壊れていく。
しかし眼の前にいるのは紛れもなく本物の母親…
どうやら記憶の中で母のことを美化しすぎていたようだ。

「ふふふっ」
「アスカちゃん?なに精神崩壊してるの?」

キョウコはあっけらかんと聞いてくる。
アスカがさすがに一言いうために顔を上げると・・・

ガン!!
「なに」

背後から聞こえた音にアスカが振り向いた。
そこにいたのは漆黒の異形

「さ、参号機!?」

そこにいたのは紛れもなく参号機だった。
しかし大きさは本物よりだいぶ小さい。
せいぜい身長3メートルくらいだろう。
現実世界で見たときのように手が伸びている。

「なんでここに!!」
「なるほどね・・・」

寝室に入ってこようとしているバルディエルに対して、キョウコはアスカをかばう様に一歩前に出た。

「これが例の使徒なんでしょ?だとしたら狙いは私ね?」
「なんで!?」
「エヴァのすべてを手に入れようとするならコアの中に私がいると邪魔になるわ、完全に弐号機を自分のものにしたいなら私を消滅させるか取り込むしかないでしょう」
「そんな!!」

キョウコは東方三賢者の一人だ。
しかも弐号機の建造にかかわっている。
使徒の正確な意図を見抜いていた。

「あなたは戻りなさい、そして脱出するの」
「嫌よ!!ママ、せっかく会えたのに!!」

アスカの青い瞳に涙が浮かぶ。
キョウコはそれをやさしく見つめていた。

しかし、そんな二人の事情などバルディエルには関係ない。
その長い腕がキョウコに迫る。

キョウコはアスカを抱いてうずくまった。

「・・・親子の再会を邪魔するなんて・・・無粋な・・・」
「「え?」」

キョウコとアスカが顔を上げるとバルディエルの腕を他の紫の腕が掴んで止めていた。

「初号機!!シンジなの!?」
「いえ、違うわね…」

キョウコは声の聞こえてきた部屋の隅を見る。
さっきの声にキョウコは聞き覚えがあった。
アスカは気づいてないようだが・・・

部屋の隅の影から出てきた姿を見てアスカが息を飲む。

「あ、あんただれ?」

それは自分と何もかもそっくりな姿をしていた。
その姿も髪の色も同じだ。
キョウコが聞き覚えがあると感じたのはアスカと同じ声をしていたからだ。

しかし、唯一その青い瞳には光沢がなく、つや消しの青のような色をしている。

「私は歪曲王・・・アスカ・・・あなたとは双子の姉妹より近く、赤の他人より遠い者・・・」

歪曲王はアスカとキョウコの横を通って前に出る。
アスカは呆気に取られていたがキョウコはじっと歪曲王を見ていた。

「さて・・・向こう(現実世界)でならともかく・・・ここ(精神世界)は私の独壇場ですよ」

バルディエルを掴んでいた初号機が部屋の向こうに弾き飛ばした。
同時に歪曲王の冷淡な声が空間を満たす。

「私は・・・」

百・鬼・夜・行

「心の歪みに君臨する王なのだから・・・」

歪曲王の周りに初号機があらわれた。
その数は12
その手に持つのは数々の武器
その姿は紫の鬼神
その意味は最強の象徴

「これ以上は邪魔です…死になさい」

歪曲王の言葉と共に十二の鬼は走る。
バルディエルに肉薄するとその手に持つ武器を振るった。
ソニックグレイブが・・・・・・
マゴロクEソードが・・・・・・
スマッシュホークが・・・・・・
プログナイフが・・・・・・

バルディエルを切り刻み、刺貫き、断ち割った。
肉が断ち切れ、四肢がつぶされ、真っ赤な血が飛び散る。

「ゴオオオ」
ズバ!!


断末摩のうめき声を上げるバルディエルの首をスマッシュホークが跳ね飛ばした。
噴水のように飛び散る雫が一滴、歪曲王の頬につく。
歪曲王はそれを手の甲で拭い取った。

「私はやさしくないんですよ・・・あなたの血も肉も力も頂きます。遠慮なく死んでください」

バルディエルの体が崩れ始めた。
徐々に消滅して行き、最後にはかけらも残さず消え去る。

「あ、あんた・・・だれ?」

アスカが震える声で話しかける。
自分と同じ姿をしたこいつは何者なのか?

振り返った歪曲王のツヤのない瞳がアスカとキョウコをとらえる。

「私は歪曲王、そうですね・・・ブギーポップと似たような存在です」
「あ、あいつと!!」
「はい、違うのは私はあなたの中から生まれた存在ということですね」
「わ、わたしのなか!!あ、あんたなんか生んだ覚えないわよ!?」

アスカのうろたえぶりに歪曲王はくすくすと笑う。

「詳しく説明してもいいですがどうせあなたは忘れてしまいますし」
「な、なによそれ!!」
「そんな事よりそろそろ戻りましょう。外で皆が心配しています。」
「な、何言ってんのよ!!ママがここにいるのに!!」
「彼女とはシンクロすればいつでも会えますよ。目覚めていますからね」

そういうと歪曲王はアスカの手を取って歩き出した。
部屋の出口の先が白く光り始める。
どうやらこの世界からの出口をつないだようだ。

「ま、またねママ」
「またね、ああそうだ歪曲王さん?」
「え?あ、はい」

いきなり呼ばれて歪曲王がふりかえる。

「あなたアスカちゃんから生まれたのよね?」
「ええ、そうですが何か?」
「って言う事はあなたは私の孫娘?」

アスカと歪曲王が同時にこけた。

「な、何言っているのよママ!!」
「だってこの年でおばあちゃんって言うのもね〜」
「話をききなさいよ!!あ!ちょっと待って!!」

歪曲王は黙ってアスカを出口に放り込む。
ため息と共にキョウコを振り返った。

「あまり子供をいじめるものじゃありませんよ?」
「何言ってるの?子供で遊ぶのが楽しいんじゃない」

歪曲王は冷や汗をかいた。
目の前で笑っているマドモアゼルはどうやら確信犯らしい。
恐ろしい人だ。

「アスカをお願いしますね」
「そのつもりです。」
「これからよろしく?」
「出来れば」

短く答えると歪曲王はそのつやのない瞳を猫のように細めて笑って部屋を後にした。

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シンジは慎重に間合いを計って弐号機に飛び掛る。
まずは零号機のように関節を押さえるつもりだ。

ガシ!!
「え?」

思わず間抜けな声シンジの口から出た。
初号機の腕を弐号機が掴んでいる。

『いきなり物騒ですよシンジ君?』

弐号機との通信が繋がってモニターにアスカが映る

「・・・出てきたのか」

モニターのアスカの瞳には光沢がなかった。
この状況なら当然といえば当然だが

「・・・大丈夫だったかい?」

シンジの顔が左右非対称な笑みになる。
歪曲王の表情が一瞬だけ揺れた。

『使徒は殲滅しました。』
「えらく簡単にいうね?」
『わざわざシンクロしてきましたから。」
「なるほどね」

ゲンドウたちのことを考えてわざとぼかした言い方になっているがこれで十分に意味は通じていた。

(つまり精神世界で殲滅したってことですか?)
(多分ね、勝負になるわけがないのに・・・)

歪曲王はアスカの意思から生まれた存在だ。
それは精神世界で生まれたといっていい。
精神世界は歪曲王がもっとも力を発揮できる場所
そんなところで心の歪みに君臨する歪曲王に勝てるわけがない。

『・・・鈴原君は無事ですか?』
「・・・・・・うん、何とかね」
『そうですか、安心しました。では・・・』

歪曲王は言うだけ言うとさっさと通信を切った。

(・・・今何かおかしくありませんでした?)
(確かにね、何かあったのかな?)

シンジ達はモニターに映る弐号機を見詰めた。

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「・・・・・・」

歪曲王はシートに深く身を沈める。
その視線はモニターに映る初号機を見ていた。

「・・・アスカ、私がこのまま沈めばあなたは私のことなど忘れてしまうでしょうね・・・」

思い出すのはさっきのシンジとブギーポップ・・・その関係・・・

「私はそれが少しだけ・・・さみしい・・・・・・」

歪曲王は体を起こして初号機を見る。

「・・・・・・そしてシンジ君・・・私はあなたが・・・」

初号機もこちらを向いている。
まるで見つめられている様な気分だ。

「・・・・・・・少しだけうらやましい・・・」

歪曲王はつぶやくように言うと再びシートに身を預け、静かに瞳を閉じた。
意識が沈んでいく。
再びアスカが死を認識し、それを強い意思で否定する時まで・・・
願わくばその時がこないことを願いながら・・・それでもどこかで彼らにまた会いたいと願いながら・・・


これは少年と死神の物語






To be continued...

(2007.08.18 初版)
(2007.10.20 改訂一版)


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