記されぬ記憶がある

語られぬ伝説がある

誰も知らぬ神話がある

そしてこの物語をつむぐシンジ達の戦いも知る者は少ない。

これはそんな彼らの年代記






天使と死神と福音と

第拾参章 外伝 〔日常の非日常〕

presented by 睦月様







碇シンジ

能力、無の概念能力

ブ〜ン
  ブ〜ン

耳元でなる羽音にシンジはわずらわしそうに布団から出した腕を振った。

ここはシンジの寝室、時刻は深夜、草木はもちろんシンジも寝る時間だ。
しかしシンジの安眠は先ほどから妨害されている。
原因は部屋に入り込んだ蚊にあった。

年中真夏の気候になった日本ではそれに伴って蚊も一年中飛んでいる。

この蚊というものは血を吸って吸われた部分が痒くなるのもいやだがこんな風に夜中耳元で飛び回って安眠を妨害するというなんとも迷惑な習性がある。
その羽音が耳元で鳴っていると寝付けないだけでなく神経が逆なでされるのだ。

「・・・・・・」

寝起きと寝不足のダブルで機嫌の悪いシンジの額に青筋が浮かぶ
無言で右手を天井に向けて掲げた。

「【Right hand of disappearance】(消滅の右手)」

言葉とともにシンジの右手が白く輝く

虫というものは光に吸い寄せられる習性がある。
もちろん蚊も例外ではない。

そして、シンジの右手の光は触ったもの全てを消滅させる光・・・

ブ〜・

程なく蚊の羽音が消えていった。部屋に入り込んでいた蚊は全て消滅したらしい。
シンジは右手の光を消すと布団を着なおして再び安眠の世界に旅立った。

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霧間 凪

能力、炎の魔女

凪は保険医である。
現在の彼女はシンジ達との関係を除けば中学生の生徒達の怪我を手当てしたりするのが本業だ。

今も彼女は保健室のディスクについて健康診断の書類を整理している。

「・・・さすがに何十人分ってなると一筋縄じゃ行かんな・・・」

そう言いながら書類に目を通していく。

凪の手がディスクに乗っているコーヒーカップに伸びた。
まだ中身のコーヒーは3分の2は残っている。

カップを傾けひとくち口に含むと凪の表情が曇った。

「・・・ぬるいな」

どうやら書類に集中しすぎて時間が経っていたらしい。
コーヒーは冷めていた。

「また入れなおすのも面倒だしな・・・」

凪は保健室に誰もいないのと扉が閉まっているのを確認した。

ゴウ!!

次の瞬間、カップを持った手が炎に包まれる。
当然その手にあったカップごとだ。
その威力は火炎放射器のように強かった。

「・・・これくらいか?」

凪が呟くと炎が四散する。
後には焦げ目一つすらないカップがあった。
しかもそのカップから湯気が立ち上っている。

凪の能力は燃やす意思だ。
そのため任意に燃やすものを取捨選択できる。
しかし熱はその限りではない。
手の周囲の空気を燃やす事でその中心にあったカップに熱を伝えて暖めなおしたのだ。

凪はカップに口をつけるがひとくちでカップを放した。

「今度は熱過ぎた・・・」

凪は赤くなった舌を出してコーヒーカップをディスクに置いた。

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綾波レイ

能力、【Power of good harvest】(豊穣なる力)

レイはじっとそれを見ていた。
それは人間よりはるかに長い時を生きたもの・・・一本の桜の木だ。
レイがこれに気づいたのはつい最近、ふと目に止まった空き地に立っていた一本の木にレイは妙に魅かれた。
調べてみるとかなり昔からこの場所にいるらしい。
三桁の年数は下るまい。
もっとも桜といっても季節の崩壊したこの世界では年中葉桜なのでそのあたりの街路樹となんら変わらないのだが・・・

「・・・・・・」

レイは木から視線を落とした。

そこには一枚の立て看板が立っている。

『工事予定地』

使徒に対抗するために建設されたこの町はいまだに工事の音がやまない。
この場所も兵装ビルが立つ予定だ。

「・・・・・・」

レイは看板から桜の木に視線を戻した。
当然この木も撤去されるだろう。
仕方ないともいえるが・・・

「・・・・・・」

レイは桜の木に抱きついた。
幹に回した手と押し付けた額から桜の木の”生命力”に干渉する。

【Power of good harvest】(豊穣なる力)が出来る事は強化・・・それのみだ。

レイから力を受けた桜の木に変化が起こる。
葉の色が急速に色を変えて落ちた。
まるで秋の落ち葉のようだ。

丸裸になった桜の木の変化は止まらない。
今度は全体的に木の色が変わり始める。
それに伴って枝先に小さなつぼみが現れた
まるで映した映像を高速で早送りするようにつぼみが開き始める。

「・・・・・・」

レイは桜の木からはなれた。
その視界にいくつもの淡い色彩が現れる。
見上げたそこには同じ色彩が木を飾っていた。

今では失われた風景・・・
シンジ達のようなセカンドインパクト以降の世代には映像でしか見た事のない光景・・・
桜吹雪・・・

薄いピンクの花びらの舞う中に立つレイはただ美しかった。

「・・・・・・クスッ」

かすかに笑うとレイは桜に背を向けた。
もはや自分に出来る事は何もないというように・・・

その後、この木の事は新聞にも乗って十数年ぶりの花見を願う人たちが空き地に集まり、花を愛でた。
しかしだからといって計画が変わるわけではない。

一週間後・・・元の葉桜に戻った桜の木の空き地は工事に入った。

レイが再びそこを訪れた時には工事の基礎が出来始めているところだった。
もちろんあの桜の姿はない。

レイはあの桜がその後どうなったのか知らない。

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惣流・アスカ・ラングレー/歪曲王

能力  【Tutelary of gold】(黄金の守護者)

歪曲王・・・
それはアスカの心の歪みから生まれたもう一人のアスカ・・・
彼女は本体であるアスカが死を感じ、それを否定する事をトリガーにしてこの世界に浮かんでくる。

(な、これは!!)

浮き上がってきた歪曲王は驚愕した。
今現在、自分は何か柔らかい物に生き埋めになっているらしい。
おかげで声を出す事も出来ない。

(こ、このままでは・・・)

歪曲王は自分のそばに【Tutelary of gold】(黄金の守護者)を映し出す。
紫の鬼が周りのものを押しのけて頭上に出口を作った。

すぐさまそこからはいでる。

「い、一体何が!?」

周囲を見回した歪曲王の表情が音をた立てて固まった。
そこに見たのは色とりどりの私服、制服、下着・・・
今まで歪曲王を生き埋めにしていたのは服だったのだ。
自分は服の山に埋もれていたと悟ると歪曲王の思考は停止した。

「・・・え〜〜〜っと」

歪曲王はアスカの記憶に検索をかける。
すぐに関係ありそうな記憶が浮かんだ。

部屋のあちこちにしまわれる事なく放置されている自分の服の積み上げられた高さがかなりのものになっているのに危機感を覚えたアスカが整理整頓を決めたらしい。
そこで無造作に積み上げられた自分の服に向かったまではよかったがその途中で誤って下の服を引き抜いたところなだれ発生・・・

「・・・つまり部屋の整頓で死にかけたと?」

歪曲王はそのつやのない瞳をうつろにして天を仰いだ。
その視線の先には天井しかない。

「・・・ひっひゃっきやこ〜(百鬼夜行)」

気の抜けた歪曲王の言葉とともに周囲に初号機の姿をした【Tutelary of gold】(黄金の守護者)があられた。
その数は12・・・

「い,行きなさい・・・』

がっくりと肩を落とす歪曲王・・・哀れだ。

歪曲王の様子に関係無く【Tutelary of gold】(黄金の守護者)達が動く。

紫の腕が器用にアスカの服をたたんで収納していく。
元が映像だけにその動きは物理的なものに縛られない。
部屋の中を縦横無尽に12体の初号機が動くたびに部屋が片付いていく光景はシュールだ。
その姿をリツコやゲンドウたちが見たら卒倒するかもしれない。

ちなみに【Tutelary of gold】(黄金の守護者)を操っているのはあくまで歪曲王だ。
この手際のよさは彼女のものという事になる。
アスカと元は同じのはずなのに・・・

「・・・・・・ご苦労様・・・」

別に言う必要も無いが歪曲王は【Tutelary of gold】(黄金の守護者)にねぎらいの言葉をかける。
それに答えるように初号機たちは消えた

「・・・・・・アスカ、あなたはこの事を覚えてないんでしょうね・・・」

歪曲王が引きつった笑みを浮かべる。

「・・・私はそれがちょっとだけ悔しい」

乾いた笑いが漏れた。
確かに掃除で死を自覚するというのはどうしたものだろう・・・

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霧島 マナ

能力【Spectacle of fantasy】(幻想の光景)

第三新東京市のショッピングセンター
そこを歩く人たちの視線が一点に集中する。

「〜♪」

その視線の集まる場所には一人の女性・・・
一目見ればみんなの視線が集まる理由もわかる。
その豊満な体のラインは男にとって垂涎ものだし女にとっては羨望の対象だ。

彼女は”オレンジ色”の長い髪を揺らしながら歩いていく。
もしこの場にシンジ達がいたならその女性の顔にデェジャブーを覚えるかもしれない。
その顔立ちは知っている女の子の面影があるからだ。

(ふふっかんぺきね)

面影があるのも当然である。
この女性はマナなのだ。
しかし、彼女を見る全ての人が違うというだろう。
どう見ても20歳以上にしか見えない。

(にしても便利ね〜)

原因はマナの【Spectacle of fantasy】(幻想の光景)にあった。
その能力は光を屈折させる事・・・
要するにCGの加工のごとく自分の見え方をいじったのだ。

「能力の訓練にもなって一石二鳥〜♪」

ちなみに材料はミサトの胸、凪のスタイル、レイの肌の白さ、アスカの長髪などなど・・・
これだけ最高の素材を使ったまさにミスパーフェクト・・・

「ねえ彼女〜」
「え〜ごめんなさ〜い〜♪」

おかげで五分おきにナンパされている。
もちろん光を操っているだけだから触られたりしたら一瞬でばれるので全部お断りだが、女の子としてはまんざらでもないらしい

女は化ける・・・比喩としてよく使われれる言葉だがここまで豪快に化けた女性も他にいないだろう・・・
もはや改造人間に近い・・・女とは怖いものだ。

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ムサシ・リー・ストラスバーグ

能力【Logical intuition】(論理的な勘)

「王手」
「ぬおおおお!!その一手ちょっと待った!!」
「またですか?」

ネルフ社員食堂の一角にムサシはいた。
その対面にいるのはなぜか冬月・・・

「あら?副司令?」
「ん?赤木君か・・・」

冬月が振り向くとそこにいたのはリツコだった。

「なにやってるんです?」
「見てわからんかね?」
「将棋をしているようには見えますが・・・」

ムサシと冬月の間には将棋板があって二人で打っていれば将棋以外には見えない。
問題なのはそれを打っているのがムサシと冬月という珍しい取り合わせであるという事と冬月が目を真っ赤にして将棋板を睨んで次の一手を考えているという事だろう。

「・・・珍しい取り合わせですね」
「将棋の本を持っていたら副司令に誘われちゃって・・・」

ムサシが疲れた声でリツコに答えた。
何度もつき合わされているため少々お疲れのようだ。

実際のところムサシは将棋をする気は無かった。
ただ彼の能力はある程度の未来予測が可能なためそれを何かで試したかっただけだ。
そのため適当に何か探していると目に留まったのが食堂に置いてあった将棋の本・・・
テーブルゲームというのは基本的に運の介在する余地がない。
そのために状況から未来を予想する訓練にちょうどいいと思ったのだ。

ムサシは将棋のルールを覚えて後はテレビなどで次の一手を予想する訓練をするつもりだったのだが。

「・・・将棋に興味があるのかね?」

それを見た冬月が話しかけてきて後は今に至る

ムサシは冬月を気の毒そうに見た。
おそらく自分に将棋を教えるつもりだったのだろうがまったく勝てない。
それもまあ当然でこういうゲームでの先の予測はムサシの十八番だ。
多少の予想のずれはあるが最終的には勝つ。
ムサシとしては自分の能力も確認できたし冬月が気の毒なのでそろそろ切り上げたいのだがとうの冬月は真剣そのもの・・・とても声をかけられん・・・

「・・・副司令、そろそろお仕事では?」
「なに?ああ、もうそんな時間か・・・」

リツコがそれを察して冬月に声をかけた。
名残惜しそうに将棋板を見て冬月は立ち上がる。

「・・・ムサシ君、君はどのくらい将棋をしているのかね?」

なにやら機嫌のいい冬月がムサシに聞いた。
いい好敵手が見つかったと思っているようだ。

「はい、え・・・っと・・・3・・・」
「ほう、3年かね?それであの実力とは恐れ入る」
「いえ、多分3分・・・」

実際、将棋の本を見たのはそれくらいだ。
それを聞いた冬月の顔がボーゼンとなる。
バックに雷が走って効果音がガガーンとかなれば完璧だろう。

そのままとぼとぼと冬月は食堂を後にした。

「・・・赤木博士?」
「なに?」
「もう少し多めに言った方がよかったでしょうか?」
「・・・・・・いいんじゃないかしら、10倍になっても30分でしょ?」

その後・・・リベンジに燃えた冬月がバックに炎を背負って目を血走らせて司令室で将棋を打つ姿が見られたとかどうとか・・・

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浅利ケイタ

能力  【スタンピード】

第三新東京市に程近い峠・・・
毎夜毎夜この場所にたむろする集団があった。

セカンドインパクトという大災害に見舞われながら人類は絶滅しなかった。
そして同時に絶滅もせずに世紀末を切り抜けた連中がいる。
人呼んでスピードジャンキーとか暴走族とか呼ばれる通称走り屋・・・
そして今夜も・・・

「おっそいぞこの亀!!」
「ざけんな!!追いつけもしねえくせにほえんじゃねえ!!」

峠の曲がりくねった道を二台のバイクが走っていく。
ヤマハ TZR250R とスズキ GSX250FX 
二台ともそれぞれ各所に改造の手が入った金と時間のかかった一品だ。
運転しているのはどちらも走り屋でレースをしているらしい。
どちらもガラがよくない。

「どけや!!」
「ざっけ・・・なんだ?」

言い返そうとした男がフルフェイスの下でいぶかしげな顔をする。
背後から別のエンジン音が聞こえてきたのだ。
その音はみるみる近づいてくる。

「「なんですと!!」」

二人は同時に驚愕の叫びを上げた。

「「カブだと!!」」

カブ・・・正確にはスーパーカブという。
それは世界的に普及したバイクでその耐久性の強さと燃費のよさ、静粛性に優れた、空冷・4ストローク・OHC・単気筒エンジンを搭載し、乗り降りが容易にできる低床バックボーンフレームや、足元への泥はねや走行風を低減させる大型レッグシールドなど使い勝手が格段にいい
出前から郵便まで幅広く活躍する名車である。

「オラオラどきやがれ!!」

しかもそれに乗っているのはどう見ても中学生の男子・・・
あっけに取られる二人の横をスーパーカブがあっさりと抜き去る。
二人はあわててスピードメーターを見て青くなった。
少なくともカブの出せる速度じゃない。

「はっ!まさかあれが伝説の”カブの王”!!」
「カ、カブの王?」
「トロパイオンの頂に繋がる8本の道と8人の王!!」
「ちょっと待て・・・」
「そしてあのカブこそ”カブの王”の印璽(レガリア)!!」
「どこの設定だそりゃ!!」

怒鳴るとともに突込みが入る。

「げ!!」
「な、なにすんねん!!」

突っ込みによって二人の姿勢が崩れた。
蛇行運転しながらコーナーに突っ込む。

・・・結果・・・二人ともクラッシュ・・・
幸いにもかすり傷だったがバイクは再起不能・・・

教訓・・・バイクに乗っている時は突っ込みを入れてはいけません。

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山岸マユミ

能力 【The Index】(禁書目録)

マユミは本が好きだ。
シンジと知り合うことでその時間自体は減っているがそれでも本は読む。

「・・・う〜ん」
「どう思う?山岸さん?」
「どうって言われても・・・」

マユミはクラスメートの恋愛相談に巻き込まれていた。
どうやら最近よく恋愛小説を読んでいたので相談しやすいと思われたようだ。

「や、やっぱり告白したほうがいいんじゃないかしら・・・」
「そ、そうかしら・・・」

正直こういう相談をされてもマユミは困る。
小説と現実はあくまで別物なのだ。
本を読むだけで助言が出来るなら苦労はしない。
安易に言った事で何かとんでもない方向に転がっていけばマユミにはフォローできないだろう。

マユミだって気になる相手はいる。
もっとも相手がそれに気づいていないのか気づいているのにとぼけているのかは微妙だと思うだが。

「や、山岸さんもついてきてくれない?」
「・・・え?」

そんなこんなでクラスメートの告白を木陰で見守るマユミの姿があった。

「な、なんでこんな事に・・・」

マユミだって同い年だ。
彼女の気持ちもわかる。
何処かの本に書いてあったがこの年代の恋愛は変化球無しの真っ向勝負!!
安易に告白したらと言った以上ほっとくのも寝覚めが悪い

「あ、あの・・・」
「は、はい!!」

どうも相手の男子もまんざらでもないらしい。
これならうまくいくとマユミが思った瞬間・・・

「子供は何人くらいがいいですか!!」

・・・マユミは頭がフリーズした。
それは結論が早すぎるだろう。
しかも生まれるのは確定の口調だ。

「あ・・・」

声に振り向いてみれば男子生徒もフリーズ中・・・
とっさにマユミは飛び出した。
女の子を押しのけて男子生徒の目に出る。

魔・眼・開・放
「い、今のはノーカンです!!」


至近距離から【The Index】(禁書目録)を叩き込んでさっきの告白を消去

「なんって告白してるのですか!!」
「え?え?」
「やり直し!!」
「は、はい・・・」

その後この女生徒は緊張のあまりぶっ飛んだ告白を連発・・・
その度にマユミが【The Index】(禁書目録)を使うといういたちごっこが続いた。
やっと成功した時にはマユミは疲れきってひざが震えていたらしい。

その後マユミは他人の恋愛ごとにかかわるのは小説の中に限定すると固く誓った。

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ブギーポップ

能力  【鋼線】  【衝撃波】  【?】

私服姿のシンジが右手のワイヤーを点検していた。

「・・・さて、やるか」

シンジの顔に左右非対称な笑みが浮かぶ。
目の前のものに対して右手を振るった。
空間を走るワイヤーが正確に無慈悲に切り裂いていく。
切断されたものたちはそのワイヤーの鋭さに切断面をさらしていた。
その様はまさにガラスのように鋭く細胞の一つ一つを潰すことなく切断したかと思うほどだ。

ブギーポップは切断されたものを手に取る。

「まずは出汁昆布・・・これで出汁をとって次は白菜だね・・・」

切断された”食材”を”なべ”の基本に従って入れていく。
なべというものは食材を切って入れれば終わりではない。
その入れる順番が重要なのだ。

ブギーポップは本に従って順番道りに鍋に入れていった。

「・・・なんでお前が料理しているんだ?」

背後から呆然と言う感じの声がかかる。
その声の主がいるのには気づいていたのでブギーポップは振り向かない。
その背中を唖然と見ているのは凪だ。

「気まぐれだよ」
「何考えてるんだ、シンジは?」
「彼にも了解はとってあるよ。そもそも鍋なんて食材と入れる順番さえ間違わなければ失敗なんてしないだろ?」
「まあそりゃあそうだが・・・」

ブギーポップを昔から知る凪には信じられないものを見る感じだ。
そうこうしている間にも食材を入れ終えたブギーポップが鍋に蓋をする。
そこでやっと凪を振り返った。

「僕だってこれくらいはできるさ」
「・・・まあな」
「何不思議そうな顔をしてるんだい?」
「いや・・・」

まあブギーポップが何かの気まぐれで料理をするとしても別におかしい事ではないかもしれない。
いつも世界の敵と遣り合っているところしか知らないが案外料理の才能があるのかも、普段は見せる必要がないだけで・・・
そう考えた凪は居間に戻ろうとして・・・

「・・・ん?」

ふとあることに気がついてあわてて振り返った。

「おまえ!!」
「ん?」
「さっきワイヤーで食材切っていたな!?」
「ああ、それが何か?」
「・・・ちゃんと殺菌して消毒したんだろうな・・・って言うか新しいのを使ったか?」

ブギーポップのワイヤーは世界の敵や合成人間をことごとく切断してきた一品だ。
もちろんぬぐったりして手入れはしてあるだろうが・・・

凪の言葉に対してブギーポップは左右非対称の笑みで答える。

「笑ってごまかそうとすんな!!」
「おやおや、もう出来るよ」
「ちょっとまて!ちゃんと答えろ!!」

ブギーポップは笑うだけで結局答えなかった。

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彼等とてこの世界に生き、人生を楽しむ権利がある。
たとえどれほど過酷な人生であっても・・・

これもまた一つの語られぬ物語・・・






To be continued...

(2007.08.18 初版)
(2007.10.20 改訂一版)


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