世界とは…天秤に似ているかもしれない

鋭い刃の上に置かれた棒のように

そのバランスは危うくて…

その均衡は危うくて…

維持する事は難しく…

継続する事は難しく…

一度崩れれば二度ともとには戻らない

たとえどちらに落ちたとしても…その刃に傷つけられる。


これは少年と死神の物語






天使と死神と福音と

第拾肆章 〔揺るぐ事無き神念〕
T

presented by 睦月様







古い・・・古い夢(記憶)を見ている。

(シンジ君?)
「はい?」

頭の中に響いた声にシンジは振り向く。
そこには壁掛けの鏡に映った自分・・・しかしその顔は皮肉げに笑っていた。

(君は僕と最初に会った時に言ったね?誰かを守れるように強くなりたいと)
「はい」
(それは今でも変わらない?)
「?・・・一体何が言いたいんです?」

ブギーポップが突拍子も無いのは今に始まったことじゃないが何を言いたいのか分からなければ答えることが出来ない。

(君が言うような自分以外を守る存在、その延長をこの世界では英雄、王、神と言う、この違いはわかるかい?)
「いいえ・・・」
(英雄は自分の目で見える範囲、手の届く場所の人しか守れない、個人だからね・・・王は自分の国しか守れない・・・それも時々自分の国を傷つけながらだ。その分英雄より多くの人を守れるけど・・・そして神は傲慢だから自分を信じるものしか救わないし守らない。)
「・・・・・・じゃあブギーさんは?ブギーさんは世界の敵と戦ってますよね?それって世界を守っているってことじゃないですか?」

シンジの言葉に鏡の中のブギーポップが苦笑する。

(僕は自分にかせられた使命にそって動いているだけだ。自動的にね・・・おおよそ守るという言葉から一番縁遠いところにいるんじゃないかな?)
「そんな・・・」
(僕のことはどうでもいいさ、それより君は何を望む?英雄か?王か?神か?…それともそれらすべてを超えた超越者にでもなるかい?)

ブギーポップの言葉にシンジは考え込む。
その問は深い意味を持っていた。
安易に答えられるものではない。

「…ぼくは…」

シンジは言い切る前に急速に引っ張られる感覚をおぼえた。
目が醒める直前だ。

光景がブラックアウトする。

けだるい感覚にシンジは目を開けた。
見えたのは薄暗い天井

「見知らぬ天井だ。」

シンジは寝たまま呟く。

「…あの時…ぼくはなんて答えたんだっけ?」

さっきの夢の中での事を思い出した。
英雄になりたいか?王になりたいか?神になりたいか?
それに対して昔の自分が出した答えは・・・

(どうかしたのかい?)
(…いえ、なんでもありません)

おそらくブギーポップは覚えているだろうがシンジは聞くのをためらった。
なぜかそれは人に聞く事じゃないように思えたからだ。

寝返りを打つためにシンジが身じろぎした瞬間、腕のところで金属音がした。
腕にはまっているのはネルフ特製の五重手錠…鍵が5個ないとあけられないという代物だ。

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『なんということだ!!』

薄暗い部屋に怒号が響く。
声の主はモノリス…ゼーレが勢ぞろいしていた。
しかし、今回はゲンドウの姿がない。
純粋なゼーレメンバーによる会議だ。

『こ、これはどういうことだ!!』
『わ、わからぬ!!なにもわからぬ!!』

ゼーレは混乱していた。
バルディエルによるシンジ達への揺さぶりの失敗…
それだけならここまでの狼狽は示さなかっただろう。
しかし問題はシンジ達のことではないのだ。

『参号機に乗る親友殺し…それが失敗したのはこの際仕方ないと割り切ろう…』

参号機にシンジ達の友人を乗せ、それを殲滅させる事で精神的に追い詰める…
そのためにトウジを参号機に乗せてシンジ達と戦わせる。
それは成功した。

初号機がダミーで起動しない問題もゲンドウが仕込んでいた零号機のダミー起動で修正可能だった。
なんといってもダミープラグは制御不能なのだ。
参号機に宿ったバルディエルを敵と認識すればまちがいなくトウジを殺すだろう。
自分の手ではないとはいえその衝撃は大きいはずだ。

そして、初号機が何らかの方法で起動して邪魔する事も想定の範囲内だった。
その時はダミーが初号機を認識して殺し合いは続く。
恐怖を与え、それが限界に来たところでプラグを脱出させるなりダミーを止めるなり方法はあった。

しかし計画は予想もしない方向に転がる。
参号機に見切りをつけたバルディエルが弐号機を新たにとりつく対象にして移動した。
ゼーレにとってこれは予想外の事だった。
一つ間違えば参号機とあわせて弐号機も失っていたのだ。
それはさすがにまずい

そしてその後が問題だ。
どうやったのかその状態から弐号機がバルディエルを殲滅してしまった。
しかも予想外のおまけつきでだ。

『問題は弐号機だ!!』
『さ、さよう…エヴァシリーズに生まれるはずのないS2機関…まさかかような方法で取りこむとは…』

弐号機の中には戦闘終了後の検査でS2機関の存在が確認された。
もちろんこれはバルディエルのものだ。

『…まさか使徒を取りこむなどと…』

傍目から見ればそう見えるだろう。
事実を知るすべのない彼らには弐号機がバルディエルを食ったようにしか見えない。

しかし真実は歪曲王が精神世界でバルディエルを殲滅した事にある。
あのとき、バルディエルの存在は弐号機と融合していた。
弐号機の精神世界に干渉できたのはそれが原因である。
そしてバルディエルが殲滅されたのは精神世界であって物理的な干渉は行われなかった。
人間の精神に異常があってもその心臓や臓器が動きつづける様に無傷のS2機関が弐号機の中に残されたのだ。

歪曲王は言ったバルディエルのすべてをもらうとはそういうことだったのだ。

『し、しかしなぜ弐号機はS2機関の暴走がないのだ?』
『たしかに…四号機は消滅したというのに…』

ネルフに収容された弐号機は帰還したリツコによって徹底的に検査された。
その時のリツコは目が好奇心に爛爛と光ってマヤが少し引いたらしい

結果としてわかったのは弐号機のS2機関が安定していて当面の暴走の危険がないと言う事と弐号機がS2機関の無限とも思えるエネルギーを取り込んだということだ。

なぜS2機関は安定しているのか・・・原因は弐号機の中のキョウコが制御しているからだ。

バルディエルは弐号機のすべての制御を手に入れるためキョウコに迫った。
しかし裏を返せばそれはバルディエルがいなければ同じような立場であるキョウコにも弐号機の全てを手に入れられるという事でもある。
実際バルディエルの精神は歪曲王が殲滅してしまった。
バルディエルのS2機関と融合している弐号機の制御がどこに行くかは考えるまでもない。

どちらにしても彼らには知る事の出来ない真実なのだが・・・

『5分から無限の稼動か・・・』
『六分儀にS2機関を渡すのは危険だ。』
『わかっているが如何しろと言うのだ!!』

会議が荒れてきた。
今回の件は完全に意表をつかれてあせりが出ている事もある。

彼らはなにかあるならシンジだと思っていた。

何が起こるにしてもシンジを中心に起こる。
そんな固定概念があったのだ。
実際今まではそうだったのだからやむない事だが・・・

それが弐号機の件に関しては間違いなくシンジは無関係、しかもその内容は彼らの考えた最悪の状況を軽く超えていたのだ。
さらに彼らの考える組織の干渉やスパイの暗躍などの入る余地はまったくなかった。

『…なぜ…これほどまでに死海文書にない事が起こる。』

誰が呟いたのかはわからなかった。
しかしその一言で場にいた全員が口をつぐむ。

『…死海文書を疑うか?』

厳かな声に全員が緊張した。
声の主はキール

『い、いえそんな…』
『死海文書は我々の行動の指針だ。疑いを持つ事は許されん』
『は、御意…』
『…我々には後戻りは出来ないのだ。』

キールの言葉に全員が賛同した。
反論は許されない。

『弐号機は凍結する』
『は、承知しました。』
『それから・・・碇シンジをエヴァから離せ』
『よ、よろしいのですか?』
『不安要素は少しでも少ないほうがいい、弐号機の凍結解除は六分儀に一任しろ、奴もバカではない、使いどころは間違うまい』
『御意』

キールの言葉を最後に会議は終了した。
モノリスが次々に消えていく。

最後にキールのモノリスだけが残った。

『…なぜなのだ』

キールの疑問の声を残してモノリスが消えた。

サードインパクトと言う世界の危機に反応して現れたブギーポップ・・・その敵にまわると言う事は『世界の敵』になるということに他ならない。

ゼーレのシナリオの狂いはシンジの存在だけが原因だろうか?
あるいはゼーレの目的にとっての最大の障害とはこの世界そのものかもしれない。

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ドン!!
「だから何でシンジが拘束されんのよ!!」

アスカの拳が叩きつけれた机が揺れて書類が何枚か床に落ちるのをミサトは不機嫌に見た(実は重要な決済の書類が混ざっている)。
ここはミサトの執務室、アスカのほかにレイやマナ、ムサシにケイタまできている。

「・・・落ち着きなさいアスカ」
「なんでよ!!シンジは命令拒否権持ってるんでしょ!!なのになんで拘束されなきゃなんないの!!」
「今回の拘束は命令違反が原因じゃないからよ」
「「「「「え?」」」」」

子供たちがそろって驚くのを見たミサトは静かになるのを待って話し始める。

「司令の言い分はこうよ、まずシンジ君が使徒殲滅を放棄したためにダミー起動・・・」
「何言ってんのよ!!あんな欠陥品を勝手に使っておいて!!」
「アスカ、黙って聞きなさい・・・その間に未完成のダミーシステムが初号機と弐号機を敵と認識しないためにシンクロカット・・・・・・次に使徒の殲滅の直前に初号機が起動、これは原因がわからないけれどそのために零号機が初号機を敵として認識、戦闘に入って零号機を破損させた・・・これがまず一つ・・・」
「そんな・・・あのままじゃ零号機は鈴原君を殺してしまっていました。」

珍しくレイが声を上げて反論する。
彼女にとってあの時シンジがとめてくれたことにどれほど感謝しているかはミサトも知っている。
実際、ミサトも本音はアスカやレイと同意見だ。
しかし問題はそう単純でもない。

「あなたの言いたい事はわかる。でもね、少なくともあのままでも使徒は殲滅できたって言うのが司令の意見、それにその隙を突かれてアスカが危険だったわ・・・これが二つ目・・・」
「わ、わたしは・・・」
「アスカ、理由はわからないけれどあんたは無事だった・・・それは素直に嬉しいけど危険だったのは間違いの無い事実・・・そうでしょう?」
「で、でも・・・」

アスカが反論しようとして口をつぐんだ。
そのおかげで母に会えたなどというわけには行かない。
どうして弐号機の中に母親がいるのかと聞かれたら答えられないし、肝心のあの状態からどうやって使徒を殲滅したのかということをアスカは覚えていなかった。

「まあ拘束って言っても3日程の独房入りだし、シンジ君には悪いけれどその間ゆっくりしてもらうのも悪くないかな〜って思っているの」
「な、なに言ってるの!!」

陽気な返答にアスカが声を荒げるがいきなり真剣になったミサトに気圧されて口をつぐむ。

「アスカ、他の皆も落ち着いて聞いて頂戴・・・弐号機の凍結が決まったわ」
「な、なによそれ!!!」
「仕方ないじゃないでしょ?S2機関なんて今まで誰にも制御できなかったものが弐号機の中にあるのよ?リツコなんてかかりっきりになっちゃってるし、司令たちもぴりぴりしちゃってるからシンジ君が出てくればごたごたに巻き込まれるわね、実際のところ組織に属していたら命令拒否も含めて厳罰ものだし、下手をすると零号機の修理費請求されっかもよ?」
「う・・・」
「いいんじゃない?シンジ君もたまにはゆっくりしないとね〜♪」

別にミサトはゲンドウ達をかばってるわけじゃない。
むしろこれはシンジのための詭弁だ。

ミサトが本部に帰還したのとシンジの初号機がケージに戻ってきたのはほぼ同時だった。
戦闘で何も出来なかった分、シンジ達をねぎらおうとケージに向かったのだが・・・

「あれはちょっちね・・・」

ミサトは帰還した初号機から降りた時のシンジの顔を思い出した。
見たこともないような極上の笑み・・・それが意味するものをミサトは正確に理解した。
伊達にシンジとの付き合いは長くない。

(・・・あの笑顔は相当やばいわよ・・・)

思い出すだけで鳥肌が立つような寒気を感じる。
戦闘以外でシンジが激昂して怒る時は大抵怒ってるふりだ。

普段、本当に怒っているときは無表情かニッコリ笑顔だがあの笑顔はさらに別物・・・殺す笑みとでも言おうか・・・殺気が感じられた。
ミサトはそれを見てシンジの内包する怒りがかなりやばい事を感じていたのだ。
親友を殺されかければ無理もない。

そのため、ミサトはシンジの独房入りに反対しなかった。
あのままではシンジがゲンドウを殺しかねないと思ったからだ。
いくら縁を切っていても親殺しはシンジの将来に暗い影を落とすだろう。

(・・・できれば避けたいわね・・・)

ミサトはこの3日でシンジが溜飲をさげてくれることを願わずにいられない。

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3日後・・・

「碇シンジ!!」

独房の扉が開いて光が差し込む。
扉を開けたのは黒服の諜報部員だ。

「出ろ、司令がお呼びだ」

それを聞いたシンジの顔に笑みが浮かぶ・・・
もしここにその笑顔の意味を知るミサト達がいれば即座に逃げ出していたかもしれない。

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「は〜〜〜〜〜〜っ」

ミサトは長いため息をついた。
今日はシンジが独房から出てくる日、シンジの精神が安定している事を祈るしかない。
そんな事を考えながらミサトは下を見た。
そこにはケージに繋がれた赤い巨人…弐号機がいる。

その周りには『Keep Out』のテープが張り巡らされている。
凍結の指示が出た後の動きは迅速だった。
24時間で完全に弐号機の周囲に立ち入りが禁止になったのだ。

「いっくら使徒戦で必要と司令が判断したら凍結解除できるからって…」

今現在のネルフの状況はいいところを探す方が見つからない。
まず零号機に関してはアンビリカルケーブルを取り付けるソケット部分の修理がまだ済んでいない。
弐号機はこんな状態だ。
初号機にいたってはそれこそ運だのみ…今日のシンジの状態次第だ。

「…そろそろか…」

ミサトは腕時計で時間を確認して呟いた。

「…頼んだわよ加持…」

ミサトも同席したかったが山積みの書類と呼ばれもしないのに押しかけるわけにはいかなかったのであきらめた。
その身代わりに加持を差し出したのだが・・・どうなることやら・・・

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ミサトがケージで不安を抱えているのと同時刻、司令室にシンジの姿が、その背後に加持の姿があった。
学生服を着てはいるが五重手錠はそのままだ。

「……何を笑っている?」

シンジの顔は相変わらず笑っていた。
ゲンドウと向き合ってさらに笑みが濃くなった様にも見える。

「気にしないほうがいい、それがあんたのためだ。」
「……」

ゲンドウとシンジがお互いを見詰め合う。
二人の間の空気は友好とは程遠い重いものだ。
室内の空間そのものが剣呑としているような錯覚さえ感じる。

「…使徒殲滅の放棄、零号機の破損、弐号機への使徒の侵入と弐号機を危険にさらした行為…これは犯罪行為だ。」
「だから?」
「パイロットの仕事は使徒の殲滅・・・それを放棄しあまつさえ弐号機を危険にさらすとはな…」
「…ぼく達の仕事は人類を守る事だと思っていたけれどな…」
「詭弁で誤魔化そうとするな…」
「詭弁ね…ならネルフの存在意義も詭弁って事になるんじゃないか?」
「……結果としてそれが人類を救う事になる。」

シンジに向けられた言葉は事務的で何の感情も感じ取れなかった。
それに対するシンジの答えは嘲弄と嘲りが多量に含まれていた。…ゲンドウの言葉にうっすらと侮蔑の笑みを浮かべている。

ゲンドウもそれに気づいているがこの程度のことで取り乱したりはしない。

「…何かいう事はあるか?」
「それならまず一つ…」

シンジの顔から笑みが消えた。

「ここからは考えてしゃべれ…場合によってはそれが遺言になるぞ…」

同時に濃密な殺気がシンジから発せられて室内に充満する。
呼吸すら息苦しく感じるほどだ。
どうやら不満や怒りをかなり押さえ込んでいたらしい。

(こりゃすごいな…どうやら俺はシンジ君をまだ過小評価していたらしい)

加持は懐の拳銃に伸びそうになる手を止めた。
そもそも加持がこの場にいるのはミサトに頼まれたからだ。
何かあったらシンジを止めてくれと言われている。
とめられるかどうかは別問題として。

(…それにしても)

ゲンドウはシンジの殺気をまともにぶつけられているのに少なくとも動揺を表に出してない
隣の冬月もなんとか耐えているが顔色が悪くなっている。

そばにいるだけでこれほどにプレッシャーを感じるのにそれを正面から受けてなおシンジを見返すゲンドウに加持は素直に感心していた。
実はシンジも表には出さないが少し驚いている。

先に口を開いたのは意外にもゲンドウだった。

「シンジ・・・」
「なにさ?」
「お前には失望した」
「失望ね、一体ぼくに何を期待していたんだ?自分の駒として動く人形か?」
「なに?」
「今更とぼけるなよ、親はなくとも子は育つとはよく言ったものでね、ぼくはアンタの欺瞞を見抜く位の事は出来る様になっている。もちろんアンタを殴り殺す自信もあるぞ・・・試してみるか?」
「・・・・・・」

二人はお互い相手をにらみ合いながら見詰め合う。
両者の間には息苦しいほどの緊張感が張り詰めていた。
下手に介入するとはじけ飛びそうな錯覚を覚えるほどに・・・

しばらく続いた緊張を破ったのはシンジだった。

「…なぜダミーなんて未完成の不良品を使った?」
「不良品を完成させるためには実験が必要だっただけだ。」
「そのために使徒戦の真っ最中に使ったのか?」
「当然だ。使徒に対抗できないものなど意味があるまい?」

シンジの目が細く鋭くなる。
殺し合いを経験したものなら分かるだろうが・・・シンジの目の色はゲンドウを本気で殺すか迷っている。

隣にいる加持がそれに気がついていつでも取り押さえられられるように浅く腰を落とした。
いつ爆発してもおかしくない。

「トウジもろとも殲滅しようとしたのはなぜだ?」
「いうまでもない、使徒の殲滅…フォース一人で世界が救われる。それ以外に理由などいらん」
「そのために世界で4人しか見つかっていないチルドレンの一人を犠牲に?気前がいいじゃないか…」
「必要とあればな…」

ゲンドウの言葉にシンジが馬鹿にしたような視線を返す。
いつものシンジなら相手が誰であれこんな態度は決してとらないが・・・今日のシンジは一味違う。
トウジのことで相当頭にきているらしい。

「…トウジを殺したかったのか?…いや、ちがうな…本当は俺にトウジを殺させたかったのか?作戦内容が救出じゃなくいきなり殲滅から入ったのもそうだが用意された武器が銃器だけだった。救出するためにはナイフなんかのほうが都合がいいのにそういったものはまったく用意されてなかったな?」
「…偶然だ」
「まだあるぞシンクロを切られた時、シートの下で何かの動作音がした。アレがダミーだな?零号機より先に初号機にダミーを使ったんだろ?でも上手く起動しなかったから零号機のダミーを起動させた。そう考えれば本当はレイじゃなく俺に参号機を殲滅させたかった…ちがうか?」

シンジの言葉の内容に冬月と加持がびくっと体をこわばらせて反応した。
シンジの正面にいるゲンドウは変化無しに座っている。
しかしその組んだ腕がさらに握りこまれた。

「……なぜ彼を殺さねばならん?」
「そっちの都合だろう?大体トウジを殺さなきゃならない理由なんてこっちが聞きたい、なぜトウジを殺させる必要があった?」
「…全ては憶測だ。」
「あいにく三日独房入りで考える時間は十分にあった。そんな誤魔化しが通じると思うな」
「……」

ゲンドウはそこで口をつぐんだ。
これ以上話す事はないといわんばかりの明確な拒絶…
代わって冬月が前に出る。

「シンジ君?」
「なんだ?」
「あまり悪意のある見方をしないで貰いたい、あの状況ではどちらがベストとも言いきれん」
「つまりトウジごと使徒を殲滅するのがベストだったかもしれないと?」
「そうは言わんよ、しかしかなりの幸運が味方して今の情況があるということを理解してくれ」

シンジは冬月の方を見ようともしない。
その視線はゲンドウに固定されたままだ。
しかも今までは一応目上に対する敬意は払ってきていたシンジがまったく冬月を相手にしていない。
それだけにシンジの怒りの大きさが伺える。

「戦いの邪魔をしておいてどの口でそれを言うつもりだ?余計な手出しをしなければもっと簡単に片がついていたはずだろうが。」

すべていまさらだがあの状況ならシンジ達に任せていたほうが被害が少なかった。
同じように弐号機がS2機関を手に入れることも無かっただろう
それによってゼーレのご老体たちが右往左往しているのは皮肉というしかないが・・・

冬つきはそんな内心の思いを表に出さずに話を続ける。

「見解の相違だな、ついでに…今回の事は我々としても見過ごせない…」
「どういう意味で?」
「指揮系統の混乱だ。」

冬月の言葉にシンジが眉根を寄せる。
いまさらこの老人はなにを言うつもりだ?

「つまり駒は勝手に動くなと?」
「ありていに言えばそうなる。零号機の破損、弐号機の凍結状態、見方を変えれば君にも責任の一旦はあると思う、もし今使徒がくればどうなると思うかね?」
「お気の毒ですね」
「他人事みたいにいわんでくれ・・・」

冬月の言葉に初めてシンジの視線が冬月を見た。
その苛烈な視線に冬月の背筋に冷たいものが流れる。
この視線をサングラス越しとはいえ受け止めていたゲンドウには畏怖さえ覚える。

「何が言いたいんです?」
「結論から言うと君にエヴァから少し距離をとってもらいたい・・・」
「・・・エヴァを降りろと?」
「そう取ってもらっても構わんよ」

シンジの背後で息をのむ音が聞こえた。
加持が予想外の展開に驚いたのだ。
まさかシンジを初号機から降ろすとは思わなかった。

「・・・なに企んでるんです?」
「わしらが年中悪巧みしているように思われるのは心外だな」

シンジは黙って冬月を見るがさすがは副司令だけあってポーカーフェイスがお得意のようだ。
表情が読めない。

(何かの小細工か?・・・読めないな)
(乗ってみるかい?)
(・・・・・・いいでしょう)

シンジはとりあえずこの場は従うことにした。
連中の意図が読めなかったのだ。

「・・・わかりました。叔父の家に戻ります。」
「え?・・・いや、そこまでしなくても・・・」
「あなた方が必要なのは碇シンジではなく自分の言うことを聞く優秀なパイロットでしょう?」
「む・・・」
「残念ですがぼくはあなた方の要望にこたえられそうにありません。ならばきっぱりと手を切るのも一つの手ではないかと思いますが?」
「う・・・むう・・・」

冬月はシンジの言葉に押されて呻いた。
確かにゼーレからシンジと初号機を引き離せと命じられはした。
しかしシンジの持つ力はこの上なく魅力的だ。
このまま第三新東京市をさらせるのは惜しいし、万が一の保険の意味でもこの町に残ってほしいというのが本音の部分だ。

「問題ない。」
「六文儀!!」

悩む冬月を無視してゲンドウがさっさとシンジの申し出を了承した。
おもわず冬月が怒鳴り倒すがゲンドウは微動だにすらしない。

「ではお世話になりました。」

背後の加持を振り返って司令室を出て行こうとする。

「シンジ・・・」
「ん?」

ゲンドウに声をかけられてシンジは首だけで振り向いた。

「・・・もうあうこともあるまい」
「・・・・・・どうだかね・・・」

シンジは再び司令室を出て行こうとするがその歩みが不意に止まる。
ゲンドウたちに背を向けた状態のまま何かを頭上に放り投げた。

「・・・ああ、これ返しとく」

何かが放物線を描いて飛んできた。

ゴン!!

「「な!!」」
「・・・・・・」

シンジが放り投げたものはゲンドウの机に落下してその部分を陥没させた。
それを見た加持と冬月がうめいたがゲンドウは無言でそれを見る。

それはさっきまでシンジの腕を拘束していた五重手錠だった。
一歩間違ってゲンドウに当たればよくて骨が折れる、悪ければ・・・

三人はそろってシンジを見た。
本来なら五つの鍵が必要なそれを鍵も無しにシンジははずしてしまったのだ。
それはいつでも鍵をはずす事ができたと言う事・・・シンジの格闘の能力は皆知っている。
シンジがその気なら今頃どうなっていただろうか?

背後の狼狽を無視してシンジはさっさと司令室を出て行く。

「ま、待ってくれシンジ君」

あわてて現実に帰った加持が追いかけた。

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シンジ達が去った後、司令室に静寂が下りた。
冬月が机の上に乗っている五重手錠を見てため息をつく。

「シンジ君の殺気は老体にはこたえる・・・」

その言葉にゲンドウは答えない。
冬月もいつものことなので特に気にしなかった。

「・・・よかったのか?」
「問題ない、老人達の指示は遂行した。今はまだ連中に従っておくさ・・・」
「ゼーレを利用するためにシンジ君を切ったか・・・」

冬月はやれやれという感じにため息をつくと内線に手を伸ばした。

「・・・なにをする?」
「?・・・諜報部に指示を出してシンジ君の監視だ。これから彼は多少不自由な思いをするだろうな・・・」
「必要ない」
「なに?」

ゲンドウの言葉に冬月は伸ばした手を引いた。
思わずゲンドウを見返す顔が不審げだ。

「シンジの監視は加持一尉に任せる。他につける必要はない」
「彼だけだと?」
「そうだ、シンジに気づかれないようにな・・・」
「・・・どういうことだ?」
「シンジがこのまま出て行くと思うか?」

冬月は意表をつれた。
確かにシンジの性格ではこのまますんなり出て行くとは思えない。

「シンジは何らかの目的でこの町に来た。呼び出されたこともあるだろうがそれだけじゃない。」
「・・・確かにあんなふざけたとしか思えない手紙だけでくるというのもな・・・」
「おそらくそれは使徒かこのネルフにかかわる事だ。そうでなければシンジがネルフにとどまり続ける理由がない・・・あいつはネルフを利用しようと考えている。」
「前から思っていたが少々考えすぎではないか?ネルフを利用するなど使徒殲滅が目的ならともかく・・・この町に来るまで使徒の存在もエヴァの存在も知らなかった彼が使徒殲滅を目的としてネルフに来たというのは飛躍し過ぎだろう?」
「だといいがな・・・どの道レイ達を放ってシンジがこの町を離れることはない。この町にはあいつの捨てられないものがある。」
「・・・そのために諜報部をつけないのか?」
「どの道シンジにまかれるのがおちだしな、それなら最低人数で監視したほうが無難だ。居場所さえ判ればそれでいい」

冬月はゲンドウの言葉を考える。
確かにそう考えれば理解できる部分がいくつかある。

「ひとつだけ聞かせろ・・・シンジ君が我々を利用していると思う根拠はなんだ?」
「・・・・・・今のシンジが理由もなく我々を生かしておく理由が他には考えられん、おそらくシンジが迷っていたのは我々を殺した後の使徒との戦いを気にしていたのだ。・・・殺す事自体に迷っていたわけではない・・・」

冬月は唖然とした。
この目の前の男はさっきのやり取りで息子に殺される覚悟を決めていたのだ。

「シンジは・・・その時がきたらためらわんだろうな・・・」

ゲンドウは冬月の内心に気づかずに椅子にもたれかかった。
その姿は疲れきっている。
先ほどのシンジとのやり取りで消耗したらしい。
それを今まで外に出さなかった胆力はたいしたものだろう。

(・・・それにしても・・・結局は親子と言う事か・・・)

ゲンドウの観察眼と読みはシンジを連想させる。

いびつだと思う・・・歪んでると思う・・・
しかし、それでも二人には共通する部分がある。
たとえそれが相容れぬ道だとしても本質は似ているのかもしれない
そんな風に冬月は感じた。

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「待ってくれシンジ君」

加持がシンジに追いついて隣に並ぶ。
シンジは何も言わず歩き続ける。
隣の加持を見もしない。

「な、、なあシンジ君…」
「一体何を考えてるんでしょうね…」

呼びかけた加持が逆に聞き返されてしまった。
誰がというのは言うまでも無くゲンドウのことだ。
シンジもさすがにゲンドウの考え方や理想を理解することは出来ない。

「…さあな…俺にも理解できんよ…」

実際加持は頭を悩ませていた。
今回の責任を取引に何かシンジに要求するか位は考えてはいたが・・・シンジがこの町を出ると言い出したのは彼らにとって予想通りの状況だったのか・・・それともまたシンジに振り回されているのか・・・

(司令達の判断じゃないな…ゼーレか…)

ゲンドウ達なら加持の予想通りシンジと交渉しようとしたはずだ。
しかし現実はそれと正反対…何者かの意志が働いたのだろう。
そしてゲンドウ達に言う事を聞かせる事の出来る存在は一つしかいない。

「…今更疎ましくなるなら最初から呼ばなけりゃいいのに…」
「まったくだな…」

シンジの言葉に加持は苦笑する。
隣に並ぶ中学生の横顔を加持は横目で見た。

(ゼーレの老人達がシンジ君を恐れたか…)

加持の知るゼーレは巨大な組織だ。
それが一個人を恐れると言うのもおかしな話しだがそう考えると辻褄が合う。

シンジの影響力はとても一個人のものじゃ済まない。
危機感を覚えたとしても仕方ないのかもしれない。

「ところで加持さん?」
「ん?なんだい?」
「トウジはどこですか?」
「ああ、鈴原君ならネルフの病院に入院しているよ」
「…入院?」

シンジの気配に剣呑なものが混じり始めた。
それに気がついた加持が慌てて付け足す。

「心配しなくても大丈夫だ。ただの検査入院だよ」
「そうですか…」

それを聞いたシンジが力を抜く。
その姿は純粋に友人を心配する中学生のものだ。

(こう言ったところは中学生らしいんだがな…)

加持は心中でため息を吐いた。
司令室ですさまじい殺気を放ったシンジと友達の無事を知って安堵したシンジ…そのギャップが激しすぎる。

(いったいどんな経験をすれば…)

シンジの過去には興味があるが加持の情報網をフルに使っても何も出てこない。
それだけに加持の興味は募る。

「それで、どこに入院してるんです?」
「う〜ん、君は今いろいろと面倒な立場にあるし、出来れば…」
「加持さん?」

シンジが笑っている。
もはや加持も気がついていた。
これは司令室でシンジが浮かべていたのと同じ笑みだ。
それが意味するものは『ヤバイ』『危険触るな』『死ぬぞ』などなど……

「…はりきって案内させてもらうよ」
「ありがとう御座います。」

加持が苦笑しながら先導する。
シンジは加持について歩き始めた。

(…ちょっと切れやすくなってるかな?)
(カルシウムがたらないんじゃないかい?)

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シンジと加持はネルフ経営の病院にたどり着いた。
加持は受付で病室を聞いてシンジを案内する。

やがて一つの個室の前で止まった。

「どうやらここだな…」

加持が見たプレートには『鈴原トウジ』の文字がある。
間違いないようだ。

「どうぞ」
「どうも」

加持が横に避けてシンジに道をあける。
やはり最初は友人が入るべきだろう。
そのほうがトウジも安心するはずだ。

シンジは取っ手に手をかけて横にスライドさせた。

「トウジ、生きてるか…って」

シンジは自分の間抜けを呪った。
こんなに呪ったのはバルディエル戦以来だ…3日前だが…

ノックをすべきだったのだ。
そうすれば“彼ら”にも準備が出来たはず…

「シ、シンジ!?」
「い、碇君!?」

中にはトウジのほかにヒカリがいた。
しかも今時恥ずかしくて誰もやらないような事をしている。

おそらくヒカリが持っているのはお手製の弁当だろう。
トウジに作ってきたんだと思うがそれはまあいい…
しかしヒカリが箸を持っておかずをトウジにつきつけているのは頂けない
いわゆるア〜ン・パクである。

ちなみにトウジの両手はまともだ。
食べさせてもらう理由はない。

「おや、これはまずい時に…」

加持の一言で現実に戻ったシンジはすぐさま行動する。

ゆっくりスライド式の扉を閉めていく
あくまでゆっくりだ。
いきなり閉めるとこの状況の余波が来る。

「しっつれいしました」
パタン

シンジが閉めきって一秒…

「ちょいまたんかシンジ!!」
「い、碇君ちょっと待って」

ドスン

中から何か大きな音が響いた。

まるで慌てて立ち上がろうとしたトウジがシーツにからんでヒカリに向かって倒れたような…

「ち、ちょっと鈴原!!」
「おわ!!すまん委員長!!!」

部屋の中から悲鳴が響いた。
トウジが余計なところを触ったのかもしれない。
次いでびんたのような打撃音とトウジの悲鳴・・・
そんな心温まる会話をシンジと加持は並んで聞いていた。

「若いってのはいいな…」
「若けりゃいいってもんでもないでしょ?」

中の騒動はまだ続いている様だ。






To be continued...

(2007.08.25 初版)
(2007.10.20 改訂一版)


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