天使と死神と福音と

第拾肆章 〔揺るぐ事無き神念〕
V

presented by 睦月様


シンジがエントリープラグに入るとすでにプラグの中はLCLに満たされている。
呼吸の代わりに肺にLCLを取り込む。
そのまま泳いでシートに座りプラグを挿入した。

七色の光がプラグの中を走る。
レイではまったく反応しなかったシンクロ作業がすんなり進んでいく。

『シンジ君?』

通信機からミサトの声が聞こえた。
かなり申し訳なさそうな声だ。

「事情はわかっています。」
『・・・ごめんなさい』
「ミサトさんが謝るところじゃないでしょ?」
『ありがとう』
「お礼を言われるほどの事でもないです。」

シンジというファクターを入れることによってまるで待っていたという感じに起動した初号機の両目に光が、その四肢には力が宿る。
初号機を立ち上がらせてゼルエルのほうを向くと向こうもゆっくり立ち上がるところだった。

「さて・・・」

シンジは初号機を一直線で走らせた。
それに答えるようにゼルエルの目に破壊の光が輝きを放つ。

「させるか!!」

初号機は真正面からゼルエルにケリを叩き込んだ。
その反動でゼルエルの顔が上を向く
その視線の先にあった雲が不可視の光線に貫かれて霧散した。

「そんな危ないものを街中で使うな!!」

ズブ!!

初号機はゲオルギウスでつけられたゼルエルの傷口に抜き手を突き込む
肉を引き裂くいやな感触が手に伝わるが無視して抜き手をゼルエルの中にえぐりこんだ。

ゼルエルの体が苦悶に歪んで激しく身をよじる。

『危ないシンジ!!避けろ!!』

とっさに通信機からの声で横に飛んだ。
その一瞬後に初号機のいた位置をゼルエルの腕が貫く。

ガス!!

さらに追い討ちのようにもう一本の腕が死角から初号機の背中に迫る。

「くっそ!!」

シンジは何とか初号機の身をよじってかわそうとするが避けきれない。
背中の装甲の一部が斬られた。

反動を利用して前転をしてゼルエルから距離をとる。

「素体にまでは来てないか・・・今の声はムサシ?やっぱり無事だったのか!?」
『こっちは問題ない、ケイタも無事だ。ガンヘットは動けないが通信機は生きているし弾丸もまだ少しはある。』
「手を出すなよ、敵と認識されたら動けないガンヘットじゃ逃げれない」
『わかってる』

ムサシ達の無事にほっとするがシンジはゼルエルから目をそらさない。
さっきのやり取りで確信した。
この使徒は強い。
気を抜けば斬り刻まれる。

初号機は油断なく距離をとって対峙する。
ゼルエルはその両手を伸ばしてきた。
明らかにゼルエルのほうがリーチは長い。

「ちっ」

シンジは初号機を後ろに飛ばす。
今までいた地面にゼルエルの片手が突き刺さった。

「しつこい!!」

もう片方の腕が突き込まれて来るのに反応してさらに飛ぶ。
連続で突きこまれてくる攻撃に初号機とゼルエルの距離は開いていった。

「まず・・・」

シンジは初号機を操りながら舌打ちした。

この距離はエヴァにとって不利だ。
ゼルエルはこの距離でも攻撃の手段があるが初号機にはない。
もちろん火器などそのあたりの兵装ビルを探せば腐るほどにあるかもしれないがそんな余裕は皆無だし実弾が効かないのはさっきまでの戦闘で実証済みでもある。

「・・・・・・」

シンジは右手を握りこんだ。
いくら強くてもシンジがその気になれば一瞬で勝負がつく。
ゼルエルの腕は右手の力で消滅させる事が出来るし光線にしても左手を使えば十分に対処可能だ。
しかしどちらの力も相当に目立つ。
いきなり初号機の両手が白く光りだせばさすがに問題だ。
マユミの能力で記憶を消すのも限度があるし、最後の手段ではあるとは思うが余裕のある相手でもない。

シンジがそんなことを考えているとゼルエルの腕が再び水平に突きこまれてきた。
しかしシンジには一片の油断もない。
頭を狙ってきたその一撃を紙一重でかわす。

『ダメだシンジ!!それをぎりぎりで避けるな!!』
「え?」

ムサシの言葉に対する疑問と首筋に何かが当たった感触を感じたのは同時だった。

「ッ!!」

シンジの生存本能がとっさの行動を取らせる。
初号機をその場で倒れさせながら回転させたのだ。

その上を白い物が通るのをシンジは見た。

「くあ!!」

首筋から激痛が来た。
これはシンジのダメージではない。
初号機のものだ。

プシャ!!!

赤いしぶきが飛んだ。
初号機の首筋から血が吹き出る。
とっさに左手で傷口を押さえた。

「・・・そんな奥の手があったのか?」

モニターに映るゼルエルの右手が真っ直ぐに伸びている。
その姿は巨大な剣の様だ。

ゼルエルはその腕が避けられた瞬間に腕を剣のように伸ばして初号機の首を横薙ぎに刈りに行ったのだ。
ムサシの言葉がなかったら初号機の首は胴体についていなかった。

「芸達者だな・・・」

軽口を叩くシンジに余裕はなかった。
初号機のクビからの出血が止まらない。

しかも攻撃の質が変わってしまった。

今までの攻撃は例えるなら槍に近い。
その性質は点だ。
その通過点にいなければ当たる事はない。

だがあのゼルエルの腕はどう見ても線の攻撃だ。
攻撃できる範囲の広さが違う。

「来るか!!」

シンジの視界でゼルエルがその腕を振りかぶった。
初号機に真っ直ぐに振り下ろしてくる。
その姿は鉈のように容赦のない一刀

「くう!!」

初号機が頭上に来たゼルエルの腕を両手で挟みこんだ。
真剣白刃取りでとめる。

「やべ・・・」

シンジは舌打ちした
見栄えはいいかもしれないがこの状況はまずい。
もともと白刃取りは剣術においてほぼ唯一の徒手空拳だ。
しかし、相手の刀が1本であると言う事が前提となる。
シンジが止めているこれはそもそも剣ではなくゼルエルの腕だ。

当然もう一本ある。

視界の端に横一線の斬撃が来た。

「紐なんかつけてたら引っかかるよな・・・」

声と同時にアンビリカルケーブルをはずす。
初号機はシンジの意思に従って真上に飛んだ。
その後を横一文字に振られたゼルエルの腕が通過する。
音もなく通過したゼルエルの腕の範囲にあった全てのビルが同じ高さに揃えられた。

それを空中で横目に見ながらシンジは冷や汗をかく。
あれは洒落にならない。
威力だけ見れば初号機の輪切りが出来上がるだろう。
刺身のようになるのはごめんだ。

「ATフィールドで刃の部分をコーティングしているのか?」

これほどの切れ味は世界トップクラスの切れ味を持つ日本刀の大業物でも出来まい。
単純な切れ味でないのは明らかだ。

そんなシンジにゼルエルはさらに追い討ちをかける。

初号機が放した方の腕がねじれていく。
まるでドリルのような形になった腕が初号機に向かって放たれた。
空中にいる初号機は身動きが取れない。

「次から次に・・・左手はくれてやる!!」

初号機は突き込まれて来る槍に対して左手を差し出した。
その腕に激痛がきた。

「ぐ!!やっぱりダメか!!」

その手の中心をたやすく貫通し、槍は初号機の頭を狙う。
盾にすらならない。

ガッキンンンン

槍が頭に命中した反動で初号機がのけぞりながら落下する。
盛大にコンクリートを巻き上げ、ビルを破壊しながら初号機は停止した。

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「シ、シンジ君!!」

モニターの中で初号機が沈んだ。

「パイロットは!?」
「ッ生死不明です!!」
「通信繋がりません!!」

全員が最悪の状況を想像した。
エヴァのシステムはダメージの痛みがパイロットに逆流するという欠陥品もいいところのシステムだ。
そんなもので頭を貫かれればどうなるか・・・
実際自分の頭を貫かれていきているた人間はいないからなんともいえない。
そんなことになれば間違いなく死ぬからだ。

想像でしかないがいくらフィードバックとはいえ頭を貫かれた痛みを受けたシンジがショック死しないなどと誰もいえない。
文字どおり死ぬほどの痛みだ・・・耐えられるほうが異常ともいえる。

モニターの中のゼルエルはしばらく初号機を見ていた。
しかし、しばらく待っても初号機が動き気配がない。
ゼルエルは初号機の死を確認して腕を引き戻そうとした。

ガシ!!

しかし逆にその腕を押さえられ手動きが止まる。
掴んでいるのは紫の腕

「初号機起動!!」
「シンジ君!!生きてたの!?」

日向の報告とミサトの言葉に発令所全体から歓声が上がった。

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「やれやれ・・・初号機でよかった・・・」

ゼルエルの槍のようにとがった腕の端は初号機の頭部に伸びていた。

「零号機と弐号機には口がないもんな・・・」

そう言って笑うシンジの口から一筋の血が流れる。

初号機はその口にゼルエルの腕をくわえていた。
避けられないと悟ったシンジは初号機の顎部ジョイントを破壊して口を開け、その歯を使って文字通り食い止めたのだ。

片手を封じられたと悟ったゼルエルは残った手で切りかかる。
初号機を唐竹割にするような強烈な一刀が頭上から迫った。

「みえみえなんだよ、その攻撃はもう食らわない。」

初号機は体をずらして紙一重で避ける。
同時に右手で引き抜いたプログレッシブナイフで目の前のゼルエルの腕に横にした突きを放つ。
ナイフは簡単にゼルエルの腕を貫通した。
さらにナイフを突き出す。

ズガ!!

プログナイフはゼルエルの腕を手近なビルに縫いとめた。
ナイフは柄の部分まで沈んでいる。
簡単には抜けない。

初号機の動きはさらに続く。
左手にゼルエルの腕を貫通させたまま腕を回して絡める。
これでゼルエルの両腕は封じた。

「とりあえず一本もらうよ」

シンジがブギーポップに変わる
初号機の右腕から放たれた糸が縫いとめられた右腕を細切れにしていく。

ブツン!!

完全に右腕を切り刻まれたゼルエルが反動で後ろに倒れた。

「終われ!!」

再びシンジが表に出てきた。

初号機は左手を貫通したままのゼルエルの腕を引き寄せた。
つんのめるように初号機の目の前に引き出されたゼルエルにカウンターの右拳を叩き込む。
狙うは真紅のコア

ガキ!!
「ちっそんな奥の手を!!」

初号機の拳がコアに叩き込まれる瞬間それを防ぐようにコアにカバーのようなものがかぶさった。

「無駄だ!!」

この間合いならシンジの【Right hand of disappearance】(消滅の右手)でコアを消滅させることができる。
ここまで密着していれば他に見られはしないだろう。
右腕の光も一瞬ですむから何とかいい訳が出来るかもしれない。

シンジは初号機の右手でコアの部分を握りこむと【Right hand of disappearance】(消滅の右手)を開放しようとした。
この間合いは間違いなく必殺だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
・・
『それじゃもったいないよ』
「え?」

いきなり頭の中に声が響いた。
同時に初号機の動きが止まる。

ゼルエルはその一瞬をみのがさなかった。
その顔の瞳が光を放つ。

ドシュ!!
「がっはあ!!」

コアに押し当てていた右腕が吹き飛ばされて宙を舞う。

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「な、なに?」

ミサトはその光景に絶句した。
モニターのなかでは初号機のちぎれた右手が町にどす黒い血を撒き散らして飛んでいる。

終始優勢に戦闘を進めていた初号機の一転しての大ピンチ
それに今の初号機は何かおかしかった。
一瞬だけだが確かにその動きが硬直したのだ。

その隙を突かれた。

「リツコ!!どうなっているの?」
「わからないわ、シンクロには問題ない。」

リツコが計器を見るが初号機のコントロールはシンジにある。
シンクロの異常はない。

「むしろシンジ君に何かあったのかもしれないわね」

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シンジはあわてて飛びのく。
左手に刺さっていたゼルエルの腕が引き抜かれた。

「しまった!!」

右手を見ると肩から先の部分がない。

シンジの【Right hand of disappearance】(消滅の右手)は右手の手首から先を使って能力を発動する。
右手がなければ使えない。
ただでさえ片手を失うなどマイナス要因しかないのに能力まで封じられた。

「左手は・・・死んでるな・・・」

左手にはその真ん中に穴が開いていた。
まともに使うどころか指を動かす事も出来ないほどひどい傷だ。

「さっきの声は・・・」

たしかに腕を失ったのは文字通り痛いが自分の腕ではないし、痛いのも今だけだ。
あとになって頭の痛い思いをするのは修理するリツコだろう。
それよりも初号機の動きを止めたさっきの声のほうが問題だ。
間違ってもブギーポップのものではない。
長い付き合いのシンジが聞き間違えるわけがない。
だとしたらこの状況であんなまねが出来てなおかつ初号機に干渉出来る存在といえば・・・

(あの少年の姿をした何かだね)

ブギーポップがシンジの思いをずばり言い切る。
シンジも頷いた。

(・・・どういうつもりなんでしょうか?)
(さあね、もったいないとかいっていたな・・・それは・・・)

ドクン!!

その音にシンジは顔を上げる。
ブギーポップも言いかけた言葉を飲み込んだ。

「なんだ?」
(心臓の音?)

ドクン!!
ドクン!!ドクン!!!
ドクン!!ドクン!!!ドクン!!!!

「音が大きくなっていく?」
(いやこれは・・・)

ドクン!!
ドクン!!ドクン!!!
ドクン!!ドクン!!!ドクン!!!!
ドクン!!ドクン!!!ドクン!!!!ドクン!!!!!

(・・・・・・近づいてくる)

・・・・・・・・・・・・・・ドクン

次の瞬間,
全てがブラックアウトした。

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「な、なんなの?」

モニターには木偶のように立ち尽くす初号機が映っていた。
いきなり左手をダランとたらすとそのまま動かなくなったのだ。

「な、内部電源が切れたの!?」
「いえ、まだ2分近く残っています。」

ミサトの叫びに日向も叫ぶような報告で答えた。
ならばなぜ初号機は動きを止めたのか?

「・・・まさかダミー!?」

ミサトもバルディエル戦における資料を見ている。
当然そこにはダミーを使用した経緯とその使用状況の資料も載っていた。

「リツコ!!」
「ダミーじゃないわよ」

リツコも当然同じ事を考えてモニターを見るがダミーは動いていない。
そもそも初号機はダミーはもちろんレイも受け付けなかったのだ。
いまさら使ったところでどうにかなるものではない。

『雄雄雄雄雄雄雄雄・・・』

低くて重い声が発令所に響いた。
全員がモニターを見る。

初号機の開いた口からその声は漏れてきていた。
その異様さに警戒しているのかゼルエルは残った右手の槍を解いて再び布のような状態に戻す。
いきなり貫きに行かないあたり安易に初号機を刺激することを避けているようだ。

『雄雄雄雄雄雄雄雄雄!!!!!!!』

初号機の咆哮にゼルエルの残った右腕が初号機の顔を狙う。
それに応えて初号機は右足を高く上げた。
踵落としのような軌跡を描いて右足が振り下ろされる。

ガズン!!

伸ばされたゼルエルの腕の腹をけり落として下のコンクリートに叩き落す。
さらに流れるような動きでそれを踏みつける。

「す、すごい・・・」

発令所の人間は唖然としてしまった。
さらに初号機は踏みつけた腕を左手でつかむ

「し、修復している!!」

青葉がある事に気が付いて驚きの声をあげた。
初号機の左腕は貫かれて手としては機能しない状態になっていたはずだ。
しかしモニターに映る左手はその中心の部分に貫かれた跡はあるもののその奥には傷はなく
肌色の素体の色が見えた。

『雄雄雄雄雄・・・』

ゼルエルは初号機につかまれた腕を引き戻そうとするが初号機はびくともしない。

『我亜!!』

初号機は左手でつかんだ腕に噛み付いた。
そのまま適当な位置で噛み千切る。
いきなり支えを失ったゼルエルが後方に吹き飛んだ。

「か、噛みちぎった!!」

ミサトだけでなく誰もが絶句する。
とてもじゃないがシンジがやらせてるとは思えない行動だった。
どちらかと言うと獣のそれに近い。

「リ、リツコ!!」
「は、マヤ!!」

さすがに呆然としてしまっていたリツコが現実に戻った。
慌ててマヤに向き直る。

「せ、先輩・・・」
「なに!?」

マヤの顔は青ざめているた。
焦点はモニターに釘付けになっている。

「どうしたの!?」

マヤを押しのけてリツコがモニターを見る。

「これは!!」

そこに表示されていた事実にリツコも言葉を失った。

「リツコ!!何が起こったのよ!!」

ミサトがリツコに詰め寄る。
その答えは今この発令所にいる全員が知りたい事実だ。

「シ、シンクロ率が・・・」
「シンクロがどうしたの!!」
「・・・400%になっている。」
「よ、400!?」

全員がその異常さを悟った。
チルドレン達の中でもっとも高いシンクロ率を出しているシンジとはいえ普通は100%前後といった所だ。
400ともなると単純計算でその4倍・・・理解の及ぶところではなかった。

そんな発令所の動揺など完全に無視して初号機は噛み千切ったゼルエルの腕を右手の切断面に押し当てる。
数秒で変化は起こった。
紙のようなゼルエルの腕が奇妙に泡立つように変化する。
さらにその変化によってゼルエルの腕は形を変えた。

「う、うそ・・・」

それは誰が発した言葉だっただろうか・・・
変化が終了した後には初号機に新しい腕が出来ていた。
浅黒い人間に近い腕、しかも爪まである。

それを見ればエヴァが人造人間だと言う事実を再確認しないわけにはいかない。

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初号機はいきなりかがみこんで四つん這いになる。
それは二本足で歩く人間のとる行動ではない。
もちろんエヴァもそんなスタイルで戦うように設計されてなどいないのだからかなり不自由な体勢のはずだ。

それだけ見ても今の初号機がシンジの支配を外れているのがわかると言うものだろう。
前傾姿勢に倒れこみながら砲弾のような勢いで飛び出した。

「我雄!!」

しかも初号機はその状態からさらに飛ぶ
バルディエルのように飛びながらゼルエルに飛び掛った。

対するゼルエルは迎撃どころではない。
うつ伏せの状態から立ち上がろうとしたところに初号機がその背中に飛び乗ってきたのだ。
その半身が地面のコンクリートにめり込む

「苦刃唖唖唖唖唖!!」

初号機の口からよだれのようなものがたれてきた。
ゼルエルの背から飛び降りるとその胴体を蹴り飛ばした。
ゼルエルの巨体が一回転して仰向けの状態になる。

「倶雄雄雄雄!!!!」

初号機はゼルエルに馬乗りになると左右の手で顔を殴り始めた。
さらに両手を握って固めると岩のような鉄槌をゼルエルの顔に叩き落す。

ガス!! ベキ!! ドコン!!
  ドス!! グシャ!! バキ!!


左右の連打が叩きつけられるたびに肉を打つくぐもった音が町に響く。
避難が終了していなかったならこの光景を見た住人は初号機を悪魔の使いだと思っただろう。

初号機の一方的な暴行は続いた。
誰も止めかなったし・・・誰もとめることが出来なかった。

ふと初号機が気づいてその手を止めるとゼルエルは虫の息だった。
その口から呼気のようなものが荒く吐き出される。

「・・・・・・」

次の瞬間、初号機を見ていたものたちはそろって語る。
「初号機が笑った」
初号機の顔は装甲だ。
笑う事など出来はしない。

しかし、全員が口を揃えて初号機が笑ったと言う。
そして禍々しい笑いを浮かべた初号機はその口を限界まで開いてゼルエルに向かって倒れこんだ。

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グチャ!!ベキ!!コキン!!ガリ!!
 コキン!!ガリ!!ベキ!!ボリ!!


発令所に異様な音が響く。
音源はモニターに映る初号機

「使徒を・・・食ってる。」

ミサトが顔に恐怖を貼り付けて呟いた。
他のスタッフも同様だ。
マヤなどは必死に吐き気をこらえている。
全員の見ているモニターでは初号機がゼルエルにのしかかってその肉を食べていた。

しばらく咀嚼音が響いた後、初号機は何かに気がついたように顔を上げた。
その瞳が周囲を見回す。
そのまま両足で立つと初号機に変化が起こった。

『雄雄雄雄雄雄雄雄!!!!』
「拘束具がっ!」
「拘束具?」

初号機の体が一回り肥大化した。
同時にその体を覆う装甲が次々にはじけ飛んでいく。

「あれは装甲じゃないの、初号機の持つ巨大な力を抑えるために私たちがつけた拘束具・・・それが今、自らの力で解かれていく・・・これは初号機の?・・・それともシンジ君の意思なの?」
「どういうことなのよ!!」
「私達には、もう・・・何もできる事はないって事よ・・・もはや神に近い力を持った初号機を止める事など出来ない。」

発令所の混乱を無視してゲンドウと冬月はモニターの初号機を見ていた。

「・・・始まったな。」
「ああ・・・全てはこれからだ」

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「初号機の覚醒と解放・・・ゼーレが黙っちゃいませんな〜これもシナリオの内ですか?・・・司令」

街中で加持はその光景を見詰めていた。
その言葉には面白そうな響きがある。

「そう思わないか?レイちゃん?」
「何故そんな事言うの?」

加持の斜め後ろにプラグスーツ姿のレイが立っていた。

「なんとなく君なら全部知ってそうだからかな?ネルフの重要人物だし、シンジ君とも近いしね」
「・・・・・・」

白い少女は答えない。
ただ黙って初号機を見ている。
加持も答えなど期待してはいない
軽く肩をすくめるがレイの体が小刻みに震えているのは見逃さなかった。

「・・・一体誰が望んだ状況なんだろうな・・・これは・・・」

加持の言葉は第三新東京中に響く初号機の咆哮にかき消された。

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『・・・どう言うつもりだ?』

その言葉が呼び出されたゲンドウに向けられた第一声だった。
いつものようにゼーレのモノリスが円状に囲む中心にゲンドウは立っている。

「どうといわれますと?」
『とぼけるな・・・なぜ遠ざけていた碇シンジを初号機に乗せた?』
「そのことですか」

ゲンドウはサングラスの位置をなおす。
落ちついてゼーレのプレッシャーを受け流していた。
この程度の詰問は予想済みだ。

「言うまでもない事ではありますがそれ以外に方法がなかったのです。あの状況では最善だったと考えます。」
『何だと!』
「ご存知でしょうが零号機は故障中でした。弐号機に関しては凍結の指示を出したのはあなた方だ」
『む・・・』
「残るは初号機のみ・・・しかし初号機はファーストチルドレンもダミーも受け付けませんでした・・・残された手段は他にありますまい?それともサードインパクトがお望みですか?かなり予定より早いですが」

ゲンドウの言葉にゼーレが沈黙する。
付け入る隙が見当たらなかった。
初号機しか使えなかった状況の責任はゼーレにある。

『・・・しかし、弐号機に続いて初号機もS2機関を手に入れてしまった・・・これはどうする?』
「どうしようもありませんな」
『何だと!』
「あの時点で初号機のコントロールは我々にはありませんでした。さらにパイロットであるシンジの手を離れていたことも一見してわかります。」
『・・・事故だとでも言いたいのか?』
「他にどう言えと?」
『・・・・・・』

確かに今回の一件が何者かの意思の元に行われたとは考えにくい。
あまりにも理解できないことが起こりすぎた。
もしあくまでもだれかの意思が介在したと言うなら初号機の意思と言うことになる。

『・・・ならば初号機に碇シンジを乗せたのは認めよう。それによってS2機関を取り込んだことも不可抗力とする。』
「ありがとうございます」
『しかしこれからどうすると言うのだ?』
「・・・・・・」
『虎の子の初号機があの状態ではな・・・』

キールの言葉にゲンドウがどう言う感情をいだいたのかはサングラスに隠れて読み取れなかった。
しかしゲンドウの答えはよどみない。

「修正は可能です。シンジをあの中から出せばいいだけですから。」
『出来るのかね?シンクロ率400%が示すものは君が一番よく知っているだろう?』
「・・・再び失敗するとは限りません。それに他に方法がおありですか?」
『よかろう、初号機にこれ以上不安要素を加えるわけにはいかん・・・サルベージを許可する。」
「承知しました。」

ゲンドウは深く頭を下げる。

「つきましてはもう一つ・・・」
『何だ?』
「現在ネルフは稼動可能なエヴァが零号機だけです。今回の使徒は前回よりわずか3日で襲来しました。・・・今のままではいささか戦力的に心もとないかと・・・」
『・・・・・・弐号機の凍結を解除する。これでいいのか?』
「ありがとうございます。」
『しかし初号機に関しては凍結をしたままだ。解除は我々が指示を出す。』

サングラスのしたのゲンドウの瞳が細まった。
連中の本心が手に取るように分かる。

(我々の・・・と言うよりシンジと初号機の動きを押さえに来たか・・・)

内心を隠してゲンドウは再び口を開く。

「・・・しかしそれではとっさの対応に問題が残るかと」
『S2機関を搭載した弐号機があるのだ・・・十分だろう?』
『さよう、なんと言ってもS2機関はアメリカの第二支部を吹き飛ばしたと言う前科がある』
『それとも縁を切ったとはいえ息子のたずな一つ握れんのかね?』

ゼーレたちからの言葉には嘲りと嘲弄が含まれていた。
しかしゲンドウはその程度では表情を変えることすらない。
ゲンドウにそう言ったリアクションを取らせたかったらシンジクラスの人間を引っ張ってこなければならないだろう。

(・・・もうろくしたな・・・シンジのたずななど最初から誰にも握られていなかったと言うのに・・・)

シンジは最初からそうだった。
ネルフに来てから大分経つがゲンドウたちに出来たのはこの町にシンジの大事なものを作って鎖にすることでつなぎとめる事だけだ。
しかもその鎖はシンジのアキレス腱にはならない。
もしちょっかいを出せば火傷をするのは自分達だろう。
シンジにどういった後ろだてや力があるのかはわからないが下手に刺激すればネルフそのものと引き換えになりかねない。

「・・・善処します。」

その言葉と同時にゲンドウの姿が消えた。
後にはモノリスだけが残る。

『六分儀ゲンドウ。あの男にネルフを与えたのが、そもそもの間違いではないかね?』
『だが、あの男でなければ全ての計画の遂行は出来なかった。』
『・・・よかったのですか?』

メンバーの一人がキールに話しかけた。

『S2機関をもつ弐号機の凍結を解くなど・・・六分儀に力を与えるだけでは?』
『だからだ』
『は?』
『確かに弐号機は強大な力だ・・・それゆえに放っては置けん・・・』
『ならば何故?』
『力を残させなければよい・・・これからもまだ使徒は来る。』

キールの言葉に全員が納得した。
弐号機の凍結を解けばこの先の使徒戦において最前線に立つだろう。
そうすれば当然消耗していく・・・機体ではなくパイロットが・・・
エヴァが完全な専用機である以上それは致命的だ。

「全てはゼーレのシナリオのままに・・・」

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「内部に熱、電子、電磁波、化学エネルギー反応はなし・・・S2機関は完全に停止しています。 」

日向の報告を横に聞きながらミサトは正面から目を離さなかった。
そこにあるのは拘束台に固定された巨人・・・初号機

今は紫の装甲はすべて取り外され素体の状態だ。
しかも包帯のようなもので全身を巻かれている。
その隙間から緑色の瞳がミサトを見ていた。

「それでもこの初号機は何度動いたのかしら・・・」

初めてシンジが初号機とであった日、崩れ落ちてきた瓦礫からシンジを守った。
それから何度シンジを救うためにこの初号機は常識と言う現実を覆してきたかしれない。

しかし、今回はとうとう境界線を飛び越えてしまった。
使徒を貪り食い・・・無限とも言える超エネルギ−の発生機関を取り込んでしまった。

S2機関を取り込んだということなら弐号機もそうだがインパクトが違いすぎる。
神の使いに歯を立てて引き裂き、吸収した初号機の姿は恐怖そのものだった。

ミサトが周囲を見回すと通常の拘束台に加えてその周囲に増設された拘束台を拘束するための強固極まりないフレームたち・・・
どれほど初号機を恐れているかわかる光景だ。

「目視出来る状況だけでは、迂闊に触れないわよ・・・」
「うかつに手を出すと何をされるかわからない。葛城さんと同じですね」
「・・・・・・」
「すいません」

日向が初号機の緑色の瞳を見て呟く。
本人は冗談のつもりだったがこの状況ではブラックジョークだ。
空気が冷めて痛い・・・正直なところ初号機の目の前から一歩でも遠くに離れたいに違いない。

「・・・もし初号機が起動したら抑えきれるかしらね?」
「・・・・・・脅かさないでくださいよ」
「ためしに触ってみる?私と同じで何が起こるかわかんないわよ?」
「勘弁してください」

ミサトと日向は会話の間も初号機から目をそらさなかった。
視線をそらすのを本能的に恐れたのだ。

初号機は無言・・・・
魚のようにまぶたのない瞳に何が映っていたのか・・・・

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「やはりダメです。エントリープラグ排出信号、受け付けません」
「予備と疑似信号は?」
「拒絶されています。直結回路も繋がりません」

マヤが何度目かのプラグ射出の失敗にため息をつく。
横に立つリツコも厳しい顔だ。

「どうなのリツコ?」
「回線はつながったわ・・・出るわよ」

リツコの言葉にミサトはメインのモニターをにらむ。

「映像、来ます。」

マヤの報告とともにメインモニターに初号機に挿入されたプラグ内の映像が映る。

「な、なにこれ!?」

映像の中にシンジの姿はなかった。
あるのは黒いマントが漂っているだけだ。

「何なのよこれ、リツコ!!!って・・・」

リツコに怒鳴ったミサトの言葉が尻すぼみになった。
ミサトの視線の先のリツコはモニターを凝視している。
その体が細かく震えていてありえないものを見たという感じだ。

「リツコ?ちょっとリツコ!!」
「え?・・・な、何ミサト?」
「呆けてるんじゃないわよ!!」
「ご、ごめんなさい・・・」

ミサトの言葉にリツコはあっさりと謝って頭を下げる。
その素直な行動にミサトが呆気にとられるがそれどころじゃないと思い出す。

「どうなっているか説明しなさい!!」
「・・・これがシンクロ率400%の真実よ」
「どういうことよ!!」
「シンジくんはあの中にいるわ・・・ただわたしたちには見えていないだけ・・・初号機と完全に一つになっている」
「そんな・・・どう言うことよ!!エヴァって何なの!!」
「・・・資料は渡したでしょ?あれに書いてあることが全てよ。」
「あんなもの当てになるわけないでしょ!!初号機のスペックは完全に設定値を越えてるわ。南極で拾ったモノをただコピーしただけじゃ説明できない!!」

もっともだ。
エヴァ3機・・・その中でも初号機のもつスペックはマニュアルを大きく逸脱している。
いろいろな意味で普通じゃない。

「ただのコピーじゃないのは確かね・・・人の心が込められているもの・・・」
「じゃあ・・・これが、シンジ君を取り込んだのが初号機の意思なの?」
「・・・・・・あるいはシンジくんの・・・」

パアン!!

ミサトの平手がとんだ。
リツコの片方のほほにもみじが咲く。

「あんたが作ったんでしょ!!責任取りなさいよ!!」

ミサトはモニターに振り返る。
やはり黒いマントが漂っているだけでシンジの姿はない。

「じゃああのマントはどう言うことなのよ!!」
「う・・・」

リツコがうろたえた声を出す。
かなり動揺している。
普段なら絶対に他人に見せない姿だ。

「た、多分あれはシンジくんの深層心理にあるイメージなんじゃないかしら・・・」
「シンジくんのイメージ?あのマントが?」
「ま、間違いないわ、シンジくんのイメージがあのマントを生み出したのよ」
「シンジ君がどうしてマントなんかイメージするのよ?」
「さ、さあ・・・」

リツコはとぼけた。
実際の所その理由はわからないが心当たりはある。
しかもそれを知っているのはリツコだけじゃない
少なくとももう一人ここにいる。

「リツコ・・・あんたなにか隠してない?」
「・・・・・・・なんのことかしら?」
「とぼけても無駄」
「ミサト・・・私を信じて・・・」

リツコの真剣な顔にミサトが折れた。
こうなると貝のように口を閉ざして何もしゃべらないのは経験で知っている。

「・・・方法はあるんでしょうね?」
「・・・・・・確実とは言えないけれど・・・最善を尽くすわ・・・」

リツコはそういうとイスに座っているマヤの肩に手をかけた。
マヤの体がびくっと震える。

「マヤ、ちょっと手伝ってちょうだい」
「え?・・・あ、はい!!」

勢いよく立ち上がるとマヤはリツコについて歩き出した。
気持ち早足になっている。

「・・・・・・」

リツコは発令所からでる前にゲンドウと冬月を見た。
二人に動きはない。

(気づいてないのかしら・・・それとも・・・)

気にはなったがリツコはマヤを連れて発令所を出る。
そのまま自分の執務室に向かった。

「せ、先輩!!」

執務室の扉が閉まりきるとマヤはリツコに向かって叫んだ。

「あ、あああれは!!」
「落ち着きなさいマヤ・・・」
「で、でもあのマントは!!」
「わかってるわよ・・・」

リツコはポケットからタバコを取り出して火をつける。
一服して煙を吐き出すと気分が落ち着いた。
かなり緊張していたようだ。

「あ、あれはやっぱり・・・」
「間違いなくあのときの彼が身につけていたものと同じものよ」

数ヶ月前・・・
強固なセキュリティーを突破してドグマに入り込み、自分達を気絶させて旧ゲヒルンの研究施設を再生不能までに破壊した怪人物・・・
その人物が着ていたものと同じものだった。

「さすがに深層心理に嘘はつけなかったようね・・・」
「じ、じゃあ・・・シンジくんが!?なぜですか!?」
「そんな事知らないわよ・・・」

それは正直な感想だ。
そもそもシンジの行動そのものが理解不能なのだから仕方ないとも言える。

「・・・マヤ?」
「はい」
「この事は誰にも言ってはいけない・・・いいわね?」
「は、はあ・・・司令にもですか?」
「・・・聞かれたなら正直に答えなさい・・・でも聞かれなければ答える必要はない・・・いいわね?」
「な、なぜですか?」
「・・・今私たちは微妙な位置にいるわ、場合によってはシンジくんを敵に回すほどに」
「そんな・・・」

それはぜがひで回避したい状況だ。
まず勝てる気がしないし、シンジの性格から言って敵になれば容赦しないだろう。

「あなたもドグマでの彼を知っているでしょ?」

リツコの言葉にマヤが頷く。
あの時感じたものは誇張も何もなく・・・異質・・・あるいは異端・・・

「私にも彼の本質は霧の中・・・しかも彼はあそこに私たちがいた事も知っている。当然何をしていたのかも」

その言葉にマヤは震えた。
自分たちがしてきた事は決して許されることではない。
シンジはそれを知っていながら今まで普通に接してきたということになる。
そこにどのような思いがあったのか・・・

「・・・様子をみましょう・・・今の私たちにはそれしかできない。」
「はい・・・」

マヤがうなづくとリツコは執務室をあさって一枚のDVDを取り出す。

「なんですかそれ?」
「シンジくんをこっちの世界に連れ戻すわ・・・」
「で、出来るんですか?」
「・・・まだわからない・・・でも可能性はここにしか残っていない・・・」

リツコはDVDの情報を立ち上げた。

「・・・『サルベージ計画』?なんですかこれ?」
「・・・・・・昔同じような事が起こったのよ・・・これはそのときに作成された計画書・・・」
「ま、前にも同じ事があったんですか!?」

マヤが思わず叫んだ。
耳元で叫ばれたのでリツコが顔をしかめる。
それに気がついたマヤがあわてて謝った。

「・・・10年位前にね・・・・」
「け、結果はどうだったんですか!?」
「失敗したわ」

リツコがあっさり言い切ったのでマヤは面食らう。
しかしリツコは動じず淡々と話をつづけた。

「でも今は設備も充実しているしあの時代より技術も理論も進歩している・・・成功の確率は高いわよ」
「シンジくん・・・戻ってくるでしょうか?」
「戻ってきてもらわなきゃ困るのよ・・・・」
「先輩?・・・もしかしてシンジくんの秘密を探るつもりですか?」

マヤは驚いてリツコを見た。
リツコの顔は薄く笑っている。

「マヤ・・・科学者って言うのはね、わからないものをそのままにして置けるほど人間出来た人物なんていやしないの、そんな人は科学者なんて呼べない・・・」
「で、でもさっきは様子をみろって・・・」
「あなたはね・・・でも私はもう手遅れなの・・・」

リツコの顔に喜色が浮かぶ。
今までまったくつかめなかったシンジの秘密の尻尾がつかめたのだ。
あのマントはシンジの秘密に直結している気がする。

「私はとっくの昔にあの子の秘密に魅せられていたんだから・・・」

そう言い切ったリツコの顔を見てマヤはあきらめた。
これは何を言っても無駄だ。
そんな顔をしている。

しかし同時にリツコの顔は今まで見た事もないほど輝いていた。

「な、なら私もお供します!!」
「・・・マヤ?」
「私は先輩には及びませんが科学者です。」
「ものずきね・・・・」

リツコとマヤ・・・
師弟の二人はよく似た笑いを浮かべた。

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二人の少年が並んで立っている。
そっくりな顔立ち、背格好、二人の違いはその服装だけだった。

夏の学生服と黒いマントと言う違いは二人の違いをはっきり表している。

「・・・ここは初号機の内面世界のはずですよね?」
「間違いないよ」
「・・・なんなんでしょうか」
「さあ」

シンジとブギーポップは周りの風景を見回す。
どうやら家の庭らしい、大きめの庭の先に木造建築の家屋が見える。
武家屋敷と言う感じの建物だ。

「ぼく達をここに呼び込んだのはあの男の子だと思うのですが・・・」

周囲を見回すがそれらしい人影はない・・・と言うよりなんとなくいるような気配はするのだが曖昧で特定できない。

「害意は感じないな・・・それに前回来た時は夕暮れの電車の中だったし、ここは別人のイメージの中かもしれない。」
「べ、別人って言うと・・・」
「他にはいないだろ?君のお母さんだよ。」

ブギーの言葉にシンジがなんとも言えない顔をする。
喜べばいいのか考えているようだ。
そんなシンジの戸惑いの顔を見たブギーポップは左右非対称の笑みを浮かべる。

「多分あの家の中だな、いこう」
「え?ちょっと待った!まだ心の準備って物が!!」
「不要だよ、考えてどうにかなるもんじゃないだろ?結論が同じなら悩むだけ無駄だ。」
「い、いやそうなんですが・・・」

ブギーポップはシンジの手を引っ張って歩き出す。
シンジはされるがままだ。

二人は連れ立って歩いていく。

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シンジの家・・・
その主は帰らない。
しかし室内には人の気配があった。

「・・・・・・」

全員が無言でイスに座ったりソファーに突っ伏したり床に座り込んでいる。
誰も口を開かない。
アスカやレイ、マナ達ネルフの関係者は直接シンジの状況を聞いた。
家に帰ってきたところを帰宅を待っていた凪とマユミに聞かれ事情を話して今にいたる。

さすがに凪も今回はフォローできない。
口を開けば安易な慰めの言葉しかっでてこない。
そんな事を言うくらいなら黙っていたほうがいい。

「・・・俺が悪いんだ」

ムサシがぼそっと呟いたので全員の視線が集中した。

「ガンヘットにはまだ弾薬は残っていた・・・」
「・・・シンジが手を出すなって言ったんだろ?おまえのせいじゃない・・・お前が撃って仮に使徒の標的になって殺されていたらシンジが助かってもあいつは自分を許さんだろ?」

凪がムサシにやさしく声をかける。
ムサシは顔を上げて凪をみた。
その瞳が後悔で潤んでいる。

「でも俺は!トウジのときにも!!」
「あれは仕方あるまい・・・葛城さんと赤木さんを救えただけで僥倖だ。」
「でも!!」
「うっさい!!」

凪とムサシの会話にアスカが乱入してきた。

「あんたがそんなんなら私はどうなのよ!!弐号機に乗っていても結局何も出来なかった!!」

アスカの弐号機の凍結は結局とかれる事はなかった。
今回のゼルエル戦においてアスカはエントリープラグに乗り込み、戦闘が終わったあとで降りてきただけだ。

「鈴原の時だってただみていることしか出来なかったのよ!!」

アスカは泣いていた。
使徒戦において彼女は何も出来なかった。
弐号機という力と母親の助力を得ながら動くことすら出来なかった。
結果としてシンジは手の届かないところに行ってしまった。

「惣流・・・」
「なによ!!」

かなり気が立っているらしい。
凪に食って掛かってきた。

言葉使いもため口になっている。

「おまえ・・・もう寝ろ」
「何言ってるのよ!!こんなときに!!」
「こんな時だからだ。おまえは今興奮している。一眠りして落ち着いたほうがいい」

凪のやさしい言葉にみんなが多少の落ち着きを取り戻す。
年長者の風格だろうか、強制的でも威圧的でもないが反論は起きなかった。

「ここでみんなで寝よう。今夜は一人でいないほうがいい」
「で、でも・・・」
「寝ないなら強制的に寝かしつけるぞ?」

凪はおどけた調子で指の骨を鳴らした。

「言っておくが子守唄なんて歌えんからな・・・その代わり一瞬で眠らせてやる」

どうやって寝かしつけるかは言わなかった。
全員が凪なりに気を使っているのを感じてうなづく。

凪はそれを確認するとシンジの寝室に毛布を取りに行った。

「・・・あの馬鹿が・・・何をしていた。」

ボソリと呟いた凪の言葉は子供たちには聞かれなかった。
その言葉はブギーポップに向けられたものだ。
いくらシンジがしっかりしているといってもまだ14歳だ。
力の及ばぬこともあるだろうし経験が足りないことも油断することもあるだろう
しかしブギーポップがそれを補うと思っていた。

何だかんだと言っても信頼していたのだ。

「・・・いかんな・・・俺も気が立っている。・・・子供たちにえらそうなことは言えん・・・」

凪は深呼吸して肩の力を抜く。
子供たちほどではないがショックは受けていたらしい。

「さて・・・」

凪は人数分の毛布をとると部屋を後にした。
この部屋の主がいずれ戻ってくるのを祈って・・・

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二人の視線の先にはブラウスとスカートと言う格好の女性がいる。

「・・・このひとかな?」
「た、多分・・・」
「頼りないね」
「し、仕方ないじゃないですか、10年も離れていたし当時ぼくは3歳ですよ?」
「三つ子の魂百までと言うだろ?・・・にしてもこの人が君のお母さんで間違いはないようだ。」

シンジとブギーポップはまず屋敷の周囲を探索した。
その途中で縁側で昼寝をしている女性を見つけのだ。
いい感じの陽気に猫のように丸まって気持ちがよさそうに寝ている。

「レイの面影があるし・・・母さんですね。」
「では起こそう」
「なんっで速攻で結論に直結するんです?」
「結論は早いほうがいいだろ?それともなにかい、君はお母さんに会うのはいやだと?」
「そ、そんなわけないじゃないですか、で、でもですね・・・」

シンジがどもるがブギーポップはお構いなしに寝ている女性の肩を揺さぶった。

「う〜〜ん」

どうやら寝ぼけたらしい。

子供のようにぐずる声が聞こえた。
見るとつぶっていた眼が半分開いてシンジ達を見ている。

「寝起きの所申し訳ないが、あなたの名前は碇ユイでいいのかな?」
「そうですけれど・・・どちらさま?」

寝惚け眼のユイは素直に自己紹介をした。
ユイの頭はまだフリーズしているように見える。
低血圧なのか寝起きは弱いらしい。

「ブギーポップだ。」
「不気味な泡?・・・おかしな名前ね?」
「よく言われる。これでも気に入ってるんだが・・・・」
「あら?ごめんなさい」
「他には死神とか呼ばれている。」
「死神?じゃあここは天国?」
「近くはあるかもね、なにせ福音と呼ばれるものの中だ。」

シンジは頭を抱える。
母親が寝ぼけているせいもあるがブギーポップとの会話はなにかおかしい。

「・・・ブギーさん・・・話が通じませんって・・・」
「嘘は言ってないけど、まあいい、そろそろ目を覚ましてくれないかな?」
「ああ、ごめんなさいね眠くって・・・」

まだ相当に眠いらしく頭を下げると同時に舟をこぎ始める。
なんともほほえましい光景だ。
ユイの頭の半分はまだ夢の中にいるらしい

「・・・ところで・・・あなた達よく似ているけれど双子?」
「似たようなものだよ」
「そうなの?どこのお宅の子かしら?」
「どこのお宅と言われれば・・・少なくとも彼はお宅の子かな・・・」
「え?」

ブギーポップは道を譲ってシンジを前に出す。

「君の子供の碇シンジくんだよ。」
「シンちゃん?」

ユイは半分しか開いてない目でシンジを見る。
対するシンジはどういう風に対応したらいいのかわからずに固まっていた。

「・・・ああ、なるほど」

なにに納得したのか知らないがユイは両手をぽんとたたいて頷く。

「ご飯の時間ね」
「「・・・は?」」

シンジだけでなくブギーポップまで呆気にとられた。
それにかまわずユイは服のボタンに手をかける。

「ちょっと待った母さん!!なにしてんだよ!!」
「なにってシンちゃんにお乳をあげないと・・・」
「いつの話してるんだ!!」

シンジは必死にユイを止める。
対するユイはいまいち脳みそのギアがかかっていなくなぜシンジは邪魔するんだろうかと寝惚けた頭で考えていた。

「シンジくん?」
「なんっですか!!こっちはいそがしいんです!!」
「君は3歳まで母乳で育ったのかい?」
「んなわけあるか!!!!!!」

シンジの叫びは初号機の内面世界の隅々にまで響いた。
多少は涙が出ていたかもしれない。

そんなこんなで親子の再会はなされた・・・・・・誰も予想しなかった形で・・・・・・






To be continued...

(2007.08.25 初版)
(2007.10.20 改訂一版)


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