天使と死神と福音と

第拾肆章 〔揺るぐ事無き神念〕
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presented by 睦月様


「・・・ということはあなたはシンジで間違いないの?」
「そうだよ、かあさん」

縁側から居間に移動したユイはシンジ達と向き合っていた。
ユイの顔には困惑がある。
彼女にとっては眠って起きたらいきなり自分の息子が中学生になっていたのだ。
まさに浦島太郎の気分だろう。

「・・・シンジ?」
「なに?」
「一言だけ言わせて頂戴・・・」
「どうぞ」

その瞳には薄く涙がある。

「・・・いくら寝惚けていたからって女の子にチョップを叩き込むのはどうかと思うわよ?」

ユイは額に手をおくと上目づかいでシンジを見た。
どうやら瞳に浮いてる涙はチョップが痛かったらしい。

対するシンジは何か疲れた感じで白くなっている。
不意に遠い目で天井を見た。

「・・・女の・・・”子”?さば読みすぎでしょ?」
「なんてこと言うのかしらこの子は・・・まだ27です。」
「・・・27の女性を女の子とは呼ばないよ。」

エヴァの中に取り込まれたユイはシンジと同じように体をすべて分解されてしまっていた。
その後は初号機の中に存在する情報でしかなかったため年を取る事はなかった。
今のユイの外見年齢も実年齢も初号機に取り込まれたときののままだ。
シンジと比べても親子には見えない。

「じゃあ千歩譲ってお姉さん」
「百歩の十倍だね・・・人、それをサバといふ・・・」
「古語調に皮肉を言うなんて・・・」
「大体・・・実の母親をお姉さんとは呼ばない」
「若いお母さんは嫌い?同級生の子に恨まれるわよ?」

ユイはシンジにくすくす笑いかけている。
シンジはため息をついた。
どうにもやりずらい、と言うより完全に遊ばれている。
腕っ節とは別な意味で勝てる気がしない

ユイはシンジが想像していたよりかなりお茶目な性格をしているようだ。
しかもかなり際立った性格もしている。

シンジは自分の中の母親像が崩れていく音が聞こえるようだった。

(・・・まあそれもそうか)

たとえ親子とは言え血のつながっているだけで別の人間だ。
そこにどのような理想を抱くのかは自由だがわざわざそれに応えてあげなければいけないと言うものでもない。
むしろこれがユイの自然体だとするならシンジのほうで受け入れていけばいいだけだ。

「それにしても、あんなに素直で可愛かったシンちゃんがたくましくなっちゃって・・・よくおねしょで泣いていたわよ」
「ちょっとまった!!何だよその脈絡のない話の振り方は!!!本人も覚えてない事を持ち出すのは人間としてどうだろうか!!!!」
「・・・まあいいわ」
「ぼくとしてはもっと追求したいんですけど!!とくに人間性って課題について!!」
「ダメよ、無視します。・・・話を戻すとチョップで実力行使なんて古い電化製品じゃないんだから、暴力反対よ。」
「そこに戻るの?それにしてはあっさり配線がつながったようだけれど・・・」
「それでもです!」

ぴしゃりと言うユイはすねているようだ。
シンジの反論を涙目で封じる。

「この件はそれでいいとして・・・」
「いいの?」
「文句あるのかしら?」
「別にないけど・・・」

これ以上話が脱線するよりはいいかとシンジは妥協した。
シンジの言葉に頷くとユイの雰囲気が一変する。
凛とした空気をまとう。

「ブギーポップさん」

ユイはシンジから視線をはずすと縁側で座っているブギーポップを見た。
今は黒マントではなくワイシャツとジーンズを着ている。

シンジ達は自分とブギーポップのことについてユイに説明していた。
少なくともシンジそっくりのブギーポップの事は真っ先に説明しておく必要があったのだ。

「息子がお世話になっています。」
「こちらこそ、シンジ君には迷惑をかけている。」

ユイはブギーポップに向かって深く頭を下げる
ブギーポップも応じてユイに頭を下げた。

「さっきも話したとおり僕は使徒を倒さなければならない理由がある。そしてそのためにはシンジ君の助けが必要だ。シンジ君には申し訳ないと思っているよ。」
「・・・・・・」

ユイがブギーポップを見るとその顔には左右非対称の笑みを浮かんでいた。
しかしそれを見るユイの顔は真剣だ。

「・・・世界の敵とそれを刈る存在・・・しかも能力者なんて・・・」
「信じられないのも仕方ないね、まるで正義の味方と悪の組織の関係だろう?」
「・・・いえ、考えて見れば当然かもしれない」

ユイはため息をついた。
今までの話の内容を整理しているらしい。

「・・・ガイア理論と言うのを知っていますか?」
「広大な宇宙から見ればこの地球は複雑な基礎代謝を備えた一個の生命体としてみる事ができると言うあれかい?」
「博識なんですね」
「多少はね、自然愛護団体の代名詞のようなものだが、それを持ち出してくると言う事はあなたは僕と言う存在を白血球のようなものだと考えているのかな?」
「・・・大まかにそうです。この地球でさえ一個の生命体としてみる事ができる・・・なら当然この世界も・・・あなたと言う存在はこの世界の免疫機能なんではないですか?」
「さあね、何せ僕には何もない、主体性も僕という存在の象徴すらね、唯一つあるのは世界の敵を刈り取ると言うその使命だけだ。僕は自分の存在定義も曖昧だから、そういう意味では己を見失った迷子ともいえる。」

ユイはブギーポップの答えに満足したのか頷いてそれ以上追及しなかった。
本人が知らないものを聞いても得る物はないと知っているし、それはあまりにも不躾だ。

「・・・シンちゃん、どうかしたの?」

ふとユイが視線を戻すとシンジのびっくりした顔とぶつかった。

「いや・・・あんまりあっさり母さんが受け入れているから・・・」

シンジはブギーポップのことを進んで話したことは一度もない。
それはブギーポップと言う存在のことを誰かに話すことは危険だということもあるが大部分の理由はまず誰も信じないだろうと思ったからだ。
『世界の危機を回避するために自分の中にもう一つの人格が現れて世界の敵を倒したんです』
まじめにこんな事を誰かに話せばまず哀れみの目で見られて精神科の病院の門を叩かされる。

「この世界はね、人が想像できるものは大抵起こるものなの、使徒がいい例でしょ?」
「・・・まあね」
「どんな事でも起こりうるし起こったことが全て、そして彼は目の前にいる。自分の目で見えるものを信じられないなんて現実逃避以外の何物でもないわよ?」

ユイの言葉にシンジは感心した。
どうやら母上様は科学者としても相当に柔らかい頭の持ち主のようだ。
さすが東方三賢者の一角、侮れない。

シンジは素直に脱帽する。
目の前の母の姿は凛としていてまさに科学者という感じだ。
しかもそれだけじゃなく母親としての顔も内包していて魅力的でもある。
贔屓ではなくシンジも美人だと思う・・・だがしかしだ。

(どっちが本性だ?)

寝起きのユイとのギャップ、しかもシンジをからかうユイとのギャップ・・・どっちが素だろうか?
ユイの血液型は二重人格のABに違いないとシンジは当たりをつけた。

「シンちゃん・・・」

名前を呼ばれて顔を上げるとユイがシンジを見ていた。
ユイがシンジに向き直って姿勢を正す。

「教えて頂戴」
「・・・なにを?」
「ここが初号機の中だということはわかったわ、初号機に取り込まれた時の記憶もわずかにあるし・・・」

ユイの顔は真剣だ。
はぐらかしたり適当な答えは求めていない。

「でもあなたまでがここにいるのは何故?」
「それはぼく達も知りたい、いきなり引き込まれてここに来たから」
「引き込まれた?だれに?」
「わからない、子供の時の僕の姿をした何者かだよ。ここに来てからは現れていないけれどね、母さんのほうで心当たりない?」
「私はシンちゃんに起こしてもらうまでずっと眠っていたから・・・ごめんなさい」

シンジとブギーポップは顔を見合わせた。
ユイが言う事が本当なら今までの初号機の不可思議な行動はユイのものではなくすべてあの少年の仕業になる。

一体何者だろうか?

「・・・まだ情報が少なすぎるな・・・」
「そうですね」
「とりあえず彼女に外の世界のことを教えたほうがいいんじゃないか?」
「・・・はい」

ブギーポップに言われてシンジがユイを見る。
正直気は進まないが知らずにいていいことではない。
そんなシンジの態度にユイも気づいたらしく緊張した顔になる。

「・・・これから話すことは母さんにとってつらいかもしれない」
「脅し?でもダメよシンちゃん・・・母親失格の私だけどそれでもね・・・」

ユイはシンジによく似たやわらかい笑みで答える。

「母親でいたいと思うの・・・だから聞かないわけには行かないでしょ?」
「・・・母さんにはどの道聞いてもらわなければいけないんだけど・・・覚悟の時間くらいあるよ?」
「見くびらないでほしいわね・・・女は、特に子供を生んだ母親は強いのよ」
「・・・・・・知っている。」

シンジは苦笑した。
なぜかこの町に来てから出会った女性は皆強い女性ばかりだ。
腕力じゃなくその心のありようと強靭さが・・・どうにかするとシンジでもかなわないと思うほどに・・・

そして目の前に座っている母親もおそらくは強い女性だ。
ならば伝えない理由は一つも無い。

「・・・・・・どこから話そうかな・・・」

・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

「・・・そんなことになっているなんて・・・」

ユイの顔に悲しみの色が浮かぶ
シンジは事情を全て説明していた。
外で起こっている使徒との戦いやエヴァに関する事、チルドレンと呼ばれる子供たちが最前線に立っていることなど・・・

それを説明した時、ユイの行動は迅速でシンジの度肝を抜いた。
いきなり庭に下りるとシンジに向かって土下座したのだ。
されたほうのシンジが面食らってしまう。

「ゲンドウさんは何も言わなかったの?」
「言うも何もあの人とぼくは母さんが初号機の中に消えたあと別々に暮らしていたんだ。」
「なんですって!!どういうことなの!?」
「だから、あの人はぼくを知り合いの家に預けて10年近くほうっておいて使徒との戦いが始まったら初号機に乗せるために呼び出したんだよ、ネルフの司令になっていたのは少し驚いたかな、とにかくそういうわけ。」
「そんな!!」

ユイはシンジの会話の中である事に気が付いた。
微妙な違和感だがいやな予感がする。

「・・・シンちゃん?何でゲンドウさんをあの人って呼ぶの?」
「縁を切ったんだ。」
「・・・・・・」

ユイは絶句した。
しかし考えて見れば当然だろう。
事情も説明せず呼び出した息子にいきなり初号機に乗れなどと正気の沙汰ではない。
ゲームとは違い命をかける戦場にど素人を放り込み、あまつさえ動かすこともロクに出来ない兵器に乗せて・・・シンジが縁を切ったとしても仕方ないことだし、その原因はゲンドウのほうにある。

「なんでゲンドウさん・・・」
「それはぼくも聞きたい」
「どういうこと?」
「あの人は使徒の殲滅だけじゃなく他に何か目的があってぼくを呼んだみたいな感じがする。・・・どの道ぼくを利用するために呼んだって事には変わらないけれど・・・」

ユイは頭を抱えた。
自分が初号機の中で惰眠をむさぼっている間にそんなことになっていたなんて・・・少なくとも自分がそばにいればそんなことにはならなかったはずだ。
ユイ一人の出来ることなどたかが知れているが・・・どうにもならなかったとしても後悔の念は募る。

「フフフッ・・・」

ユイのこぶしが硬く握られた。
ゲンドウのあまりの理不尽さに怒りを覚える。

しかしその一端は自分に責がある。
自分を取り込んだ初号機はシンジ以外を受け入れなかったのだろう。
それならばシンジを乗せるしかない。
そう言った事情も理解できるがやり様はいくらでもあったはずだ。

「・・・シンジ」
「なに?」
「私を恨んでいるんでしょうね?」
「・・・・・・なぜ?」
「エヴァを作ったのは私・・・あなたに寂しい思いをさせてしまったのも私・・・すべての元凶は私にあるわ・・・」

ユイはシンジをまっすぐに見る。
その瞳には悲しみの感情が揺れていた。
シンジはそんな母の瞳を微笑みと共に見返す。

「・・・恨んでない」
「なぜ?」
「理由がない・・・」
「・・・理由なんていくらでも・・・」
「母さんだって望んで初号機に取り込まれたわけじゃないんだろ?」
「それはそうだけど・・・」

シンジはやわらかく笑う。
それを見たユイは心を締め付けられるような感覚を覚えた。
自分の息子がどんな経験をしてきたのか大まかには聞いている。
世界の敵との壮絶な戦い・・・人知を超えた能力者達との戦闘・・・
それをどれほど積み重ねればこんな笑みを浮かべる事が出来るのだろう・・・

「母さんの件は事故だよ」
「でも・・・エヴァを作ってあなた達を巻き込んだのも私よ?」
「好きで巻き込んだわけじゃないでしょ?どの道エヴァは必要だった。もし初号機がなければ人類は使徒に滅ぼされていたかもしれないしね、だからエヴァを作ったのは当然なんだよ。」
「それは・・・」
「どの道ぼくは世界の敵である使徒と戦うことになっていたはずだし、エヴァがなかったらどうなっていたか・・・だから感謝をしても恨む理由にはならないよ。」

ユイはシンジの言葉に俯く。
シンジの優しさが辛かった。

自分は子供たちの未来のためにエヴァを作った。
しかしそれが未来を託すはずだった子供たちを戦場に送っている。
・・・・・・ジレンマだ。

「だから母さんが気にする事はないよ。そもそもぼくは母さんにも・・・父さんにも直接の恨みはないし・・・」

ゲンドウの事をわざと父と呼んだのはユイに対する配慮だ。
シンジとゲンドウはともかくユイにとって親子がそろっているのはつい昨日の事だ。
それがいきなり父と子が絶縁したなどすんなり受け入れる事は難しいし何よりそんな事で母を悲しませるのは気が引けた。

そんなシンジの気の使い方をユイも気が付いている。
子供に自分のせいで気を使わせているのは気が引けるが、同時にシンジのそんな優しさをうれしくも思う。

「・・・恨んでないの?本当に?」
「まあね、でも誰かを傷つける父さんの行動を認める事は出来ない。それはわかるでしょ?」

ユイは頷いた。
その瞳から大粒の涙がこぼれる。
そのままシンジを抱きしめた。

シンジも応えてユイの背中を回した手でなでる。
ユイは自分の中にある感情のまま強くシンジを抱きしめた。
そのまましばらくユイの嗚咽が響く。

ブギーポップは席をはずしていた。

「・・・ごめんなさいね、取り乱しちゃって・・・」

ユイは赤くなった目元をぬぐう。
泣きやむまで10年ぶりに再会した親子は抱き合っていた

「別にいいよ」

そういって笑うシンジにユイはまた泣きそうになった。
自分の眠っていた時間の中で目の前の息子はどんな人生を歩んできたのだろう?
少なくとも自分はシンジが大変なときに自分は何一つ出来なかったのは間違いない。

いや・・・だからこそ今のシンジがいるともいえる。
その想像を絶するような体験がシンジをここまで強く優しくしたのだろう。

だから自分がシンジのために何かするとしたらここからはじめなければならない。
母親失格の自分だが・・・だからこそ息子の力にならなければならない。
そのためにはまず自分の知る真実を伝えなければ・・・

「私は・・・ゼーレに所属していたの」

ユイはシンジに自分の知ることを語り始めた。

「ゼーレでの私の仕事は死海文書の解読」
「死海文書?なにそれ?」
「・・・そうね、知らないのも無理はないわ・・・簡単に言うと預言書ね」
「預言書?そんなものが実在するの?」
「内容には使徒の存在までが載っていたのよ。そしてこれから来襲する使徒のことやその数なんかも・・・」
「なるほどね・・・死海文書か・・・」

シンジが納得した顔で頷いたのでユイは不思議に思って聞いた。
多少はいぶかしむと思っていたのだが

「シンちゃん、知ってるの?」
「いや、ブギーさんとも話したことがあるんだけどネルフってかなり都合よく動いていたからね、エヴァや第三新東京市とか、だからタイムスケジュールのようなものがあるとは思っていた。」
「正解よ、死海文書にはもちろん南極のアダムと日本のリリスの事も載っていた。でも最初は誰も相手にしなかったわ、それはそうよね、いくら古文書の類だと言っても内容は荒唐無稽だったもの・・・」
「でも死海文書に記載されていた通りに南極でアダムが見つかってしまった。」
「そう・・・見つかってしまったのよ・・・」

ユイの顔が苦しげに歪んだ。
その表情が示すものは後悔・・・

「当然それを知った人たちは喜んだわ・・・当然よね、死海文書の内容が正しければ使徒は無限とも思えるエネルギーのコアと呼ばれるものをもっている。しかも死海文書にはアダムを含めた使徒の力を制御する事の出来るものの存在も載っていたのよ。」
「それがロンギヌス?」
「それを使えば人類は新たなるエネルギー資源を得る事が出来るはずだった。」

ユイは深くため息をつく。
この先はユイにとってもきつい話になる。

「・・・その指揮を取ったのが葛城博士」
「ミサトさんのお父さんか・・・」
「ミサト?葛城ミサトちゃんのこと?彼女がネルフにいるの?」
「作戦部長をしている」

シンジの答えにユイはつらそうに顔をゆがめた。

「続きをいい?」
「ええ、彼はS2機関に強い興味を持っていた。新たなるエネルギーによって人類の未来に光がともると信じて・・・」
「結果から言えば失敗したんだね?」
「そうよ、セカンドインパクトがその証・・・何故失敗したのか詳しい原因は不明だけど、博士はまずアダムを覚醒させるところから始めたの、休眠状態だったアダムを半覚醒状態まで持って行き、そこでロンギヌスを使って制御するつもりだったらしいわ」
「覚醒?でもどうやって?使徒を覚醒させるなんて・・・」
「・・・シンクロを使って・・・当時、使徒とのシンクロが可能だと言う事はほぼわかっていたの休眠中のアダムに精神的な接触を図ることで覚醒を促すつもりだったようね」

シンジは驚いた。
そんな当時からすでにシンクロの技術は確立されていたのだ。
しかもそれを実行しようとしたとすれば・・・

「シンクロしたのは誰?」

アダムにシンクロした人物がいたはずだ。。
おそらくその不安定なシンクロがセカンドインパクトの引き金になったに違いない。

「・・・被験者はまだ自我がしっかり確立されていない思春期の子供が最適とされたわ・・・その子は14歳の女の子」
「ミサトさんが!!」

ユイは黙って頷いた。
セカンドインパクトの中心地に何故14歳のミサトがいるのか疑問だったがそれなら理解できる。
ミサトはアダムにシンクロするためにあの場にいたのだ。

「おそらく彼女の役割はアダムに対する巫女のような役割をになっていたはず。」
「じゃ・・・セカンドインパクトはミサトさんが・・・」
「はっきりとはいえないけれど確率は高いでしょうね、不完全なシンクロによってアダムが完全覚醒してしまった。しかも強制的なものだったために暴走・・・これが私たちの立てた仮説・・・実際見てきたわけじゃないけどかなり可能性は高いと思う。その証拠に彼女のみぞおちには古い傷があるはずよ」

シンジは浅間山の温泉に入ったときに女湯でそんなことを言っていたのを思い出した。

「それはおそらくロンギヌスでついた傷、アダムのコアの位置も同じように鳩尾だったから・・・おそらく葛城博士がアダムを制御するためにアダムを刺したんでしょうね・・・まだ技術的に未熟なシンクロはダイレクトにアダムと彼女をつなげていたからアダムの傷がそのまま彼女に現れた。」
「ミサトさんのお父さんはなぜ!!」
「落ち着きなさい、葛城博士は彼女を道具にしたかったわけじゃないわ、人の新しい可能性を見せたかったのだと思うの・・・自信もあったんでしょうけど・・・成功すれば巫女としての彼女は特等席にいるわけだし・・・」
「・・・勝手すぎるよ」
「本当ね、いいわけでしょうけど不器用な人だったわ・・・」

ユイは目元をぬぐった。
セカンドインパクトは葛城博士のせいだけではない。
そもそもユイが死海文書を解読しなければ起こらなかったかもしれないのだ。
慙愧の念はぬぐえない。

「セカンドインパクトの後・・・私たちは死海文書に載っている使徒のためにエヴァを作った・・・そこからはシンちゃんの知っているとおりよ」

ユイの言葉をシンジは考える。
今まで虫食いだらけだったこの戦いの全体像が徐々に修復され、完成に近づいていく。

「母さん、ゼーレの人たちの本心は何?」

問いかけはユイも考えていたことだ。
シンジの話ではゼーレの老人たちがバックにいる。
ただの協力者というだけならまったく問題はないがシンジの話ではネルフも含めて何かそれだけじゃないように感じる。

「一番の問題はアダムをそのままもっていることなんだよ。」
「そうね、使徒をひきつけるだけならリリスだけで事足りるし、サードインパクトを回避するのが目的なら処分するべきよね・・・」

ユイはその頭脳を使って考える。
シンジが自分に意見を一方的に求めてきたと言うことはシンジ達にはその答えが見えなかったということを意味する。
息子がはじめて自分を頼ってきたのだ。
親として応えないわけには行かない。

「アダム、エヴァ、ロンギヌス・・・・・・」

いろいろな情報をピースのように当てはめていく。
やがてユイの中である単語が出てきてはっとした。

「・・・まさか人類補完計画」
「人類補完計画?」
「でもあのデーターは・・・処分していない・・・だったら・・・」

みるみるユイの顔が青くなる。

「心当たりがあるようだね?」

顔をあげるとブギーポップとユイの視線が交差する。
いつのまにか戻ってきていたようだ。

「母さん、人類補完計画って何なの?」
「シンちゃん・・・そうね、あなたは知らなければ・・・」

ユイは緊張した顔で口を開いた。

「簡単に言うと人間を本来の形に戻すというのがその趣旨なの」
「本来の形?」
「人間が使徒と呼ばれるもの達と同種なのは知っているわね?」

シンジとブギーポップは頷いた。
二人にとってはすでに周知の事実だ。

「人間と使徒の違いって何だと思う?」
「S2機関?」
「単体ってことかな?」
「正解、人間は他の単体にして完全な使徒と違い、群体としての進化の道を選んだ種なの、そのためにコアは退化して心臓になったし、ATフィールドも最低限のものしか張れない。」
「その本来の形ということは?」
「唯一にして無二の単体使徒に戻すこと・・・」

シンジとブギーポップの瞳が細くなった。
えらく物騒な方向に話が転がり始めている。

「人類の種そのものを一体の使徒にもどすと言うことは一人や二人じゃすまない、それこそ人類全てを巻き込むつもりかい?」
「そういうことになるわね、人間も微弱だけどATフィールドを持っている。でもその力は弱くて自己を保つのにしか使えない、もしATフィールドがなくなればLCLになってしまう。」

ユイは深いため息をついて続ける。

「補完計画はその自己を保つATフィールドをアダムの力を使って増幅したアンチATで破壊する事で全ての人間を均一の状態にすることなの・・・それによって差別や価値観の違いを無くし、他の使徒と同じように永遠を生きることが出来る。」
「究極の押し付けだね、どうやってアダムの力を使う?」
「他の使徒を全て倒した後に人の力でサードインパクトを起こすの」
「何故他の使徒を全て倒す必要が?」
「不十分だからよ、アダムの起こしたセカンドインパクトのエネルギーでもまだ足りない。・・・死海文書によると使徒の数は人間も含めて18体、死海文書によると使徒が倒されればその魂は次の使徒の体に宿りその魂と融合する。そしてそれが使徒の覚醒を促して使徒が目覚める。使徒の来襲が一体ずつなのはそのため、そのときに統合された使徒の魂はどんどんエネルギーを溜め込んでいく事になるわ、そして最後の使徒、18番目の人間にはそれを受け入れるだけの器が存在しない。17番目のダブリスが死んだ時、究極にまで圧縮されたエネルギーは行き場を失って最初の使徒、アダムの魂と融合する。もちろん胎児状態のアダムでは魂を受け入れるだけで精一杯で何も出来ない。完全な肉体を伴わないこの状況でサードインパクトは起こせないけれどそれがねらい。多分エヴァを使徒の肉体に見立ててサードインパクトを起こすつもりね」
「なるほど、同時に第二使徒リリスの魂を持つ綾波さんを統合して完璧、ついでに巫女とすることで自分達の願望をサードインパクトに反映するつもりか・・・感情が希薄になるように育てていたのはそれを見越していたと言う事だな・・・」

ブギーポップの言葉にシンジの顔が険しくなる。
思わずユイを厳しい目で見てしまった。
ユイはそれに対して悲しそうに頭を下げる。

「なんでそんなものを考えたんだよ?」
「使徒は死海文書を基本としてあらゆる方向から調べる必要があったの、その途中で死海文書の解読と使徒の調査から可能なのがわかったわ、でもあまりにもばかばかしくて途中で投げ出して記録も処分するはずだった・・・」
「でもその前に初号機にとらわれてしまった?」

ブギーポップの言葉にユイは申し訳なさそうに頷く。
彼女も本意ではなかったのだろう。 

「・・・結論から聞くけれど・・・元に戻れるのかい?」
「無理ね」

ユイは即答した。
答えが明確なのにいつまでも引き伸ばしてもしょうがない。

「人間の体は数十億の細胞から出来ている。だけどその細胞は物を考えたりしないでしょ?・・・脳細胞ですら細胞一つで物を考えているわけじゃないのよ。まあ本質がむき出しになるから統合の瞬間には都合のいい夢くらい見れるかもしれないけれど」
「人の手によって元に戻すことは?」
「それこそ不可能よ。・・・そうね、たとえば色水で氷の彫刻を作ったとして、その形が個人の体、色がその魂だとすればアンチATフィールドは熱と言う感じかしら・・・そんなものをかけたら当然融けて混ざるわよね?最終的には黒い水になるわ、そこから赤の色だけ取り出してまったく同じ彫刻に戻すなんて事出来る?」

要するに不可能と言う事だ。
そもそも初号機に溶けたユイ一人分離できなかったのに数億の人間を一度一つにしてそこから再び元に戻すなど神の領域すら超えている。
人間が全ていなくなれば誰も責任が取れないし責められる事もないのを狙ったのだろうがまさに投げっぱなしだ。

「これはどうにも放っておけなくなりましたね・・・」
「どの道ぼくらの目的は世界の危機であるサードインパクトの回避だ。」

ブギーポップが皮肉げな笑みを浮かべた。
シンジも似たような笑みを浮かべている。
わざわざ言葉に出す必要は無い、こんな状況でブギーポップがどんな行動に出るかシンジは熟知しているしブギーポップもシンジが反対しない事を確信している。

「どういうことなのシンちゃん?」

笑みの意味が分からないユイはついてこれずおいてけぼりだ。

「母さん、簡単に言うとね、ぼく達は世界の危機を防ぐための存在だ。」
「そして世界の危機を起こそうとするものは一つの例外もなく世界の敵なんだよ。もちろんそれに手をかせば世界の敵に加担したと言う事になる。」

シンジ達の言葉の意味にユイが気づく。
つまりサードインパクトを起こそうとしているゼーレは敵だと言っているのだ。

「ふざけた茶番(シナリオ)を仕組んでもらったからね、利子と慰謝料込みできっちり取り立ててやる。」
「どの道彼らが心変わりする事はないだろうから結局は変わらないだろうね、僕は自分のやることをやるだけだ。その”途中経過”に邪魔なら排除すればいい」

ユイは息子達の言葉が冗談などまったく含まれていない本気だと感じた。
ゼーレは世界的に暗躍する組織だ。
それに歯向かうなど正気ではない。
本来なら母親として息子達の無茶を止めるべきなのだが・・・なぜかゼーレのほうが哀れに感じるのは気のせいだろうか?

目の前の二人は笑っている。
シンジは朗らかだが壮絶な笑みを、ブギーポップは左右非対称の皮肉げな笑みで笑っている。
たとえどんな相手であれこの二人にとって脅威足りえるのかと言う考えすらわいてくる。

このとき、死神はゼーレの名前をリストに加えた。

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「じゃあシンジおにいちゃんは今日帰ってくるの?」
「ええ」

いつもの零号機の内面世界ではメイの質問にレイが笑顔で答えていた。
メイの様子はいつもと変わりない
レイはメイにダミーの影響があるかと心配していたが杞憂だったようだ。

メイの話ではダミーの発動と同時にレイそっくりの姿をしたなにものか(明らかにダミーだろう)が現れたらしい。
違和感を感じたがそこは子供なので深く疑うこともなくメイはダミーのレイとシンクロした。
・・・そこからの記憶はないらしい。

「・・・もうその人に近づいてはダメよ」
「?・・・わかった」

メイは素直に頷く。
それをみるレイは心が痛んだ。
記憶がないのは幸いだ。
人の乗った参号機を殺しかけたなどとは言えない。

しかもその原因が自分の協力した実験の成果によってなど・・・

「・・・ごめんなさい、そろそろいかなくちゃ・・・」
「シンジお兄ちゃんを迎えに行くの?」
「そうよ、シンジ君は必ず戻ってくるから・・・迎えに行ってあげなきゃ・・」
「うん、いってらっしゃい」
「・・・行ってきます」

レイはメイに笑顔を残して零号機の中を後にした。

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「ではサルベージ計画の最終確認を行います。」

リツコの声が発令所に響いた。
全員が緊張した顔になる。

「サルベージか、妙なネーミングよね」
「サルベージ・・・海難救助、沈没船の引き上げ作業,この場合はシンジ君のサルベージ計画とは救出計画という意味です。葛城さん」
「知ってるわよ、その位・・・でもシンちゃんが沈没船か・・・」

ミサトが計画書のスケジュールを見直していると日向が補足説明をしたがミサトは書類から目をそらさずに言い返す。
その顔はいつに無く緊張した顔で口調ほど余裕は無いらしい。

「シンジ君の生命というべきものはまだ存在しているわ、肉体は自我境界線を失って、量子状態のままエントリープラグ内を漂っていると推測されます。・・・つまり、シンジ君は我々の目では確認できない状態に変化しているという訳です。」

リツコの言葉に全員が頷いた。
この説明は何度も繰り返されている。
今行なわれているのはこれからの作業に置ける全員の意思統一のための文字通り確認作業だ。

「プラグの中のLCLの成分が化学変化を起こし、現在は原始地球の海水に酷似しています。生命のスープですね・・・」

マヤの追加説明に全員がモニターに映るプラグ内の映像を見た。
依然黒いマントが浮かんでいる。
最初に見た時と何一つ変わらない。

「シンジ君を構成していた物質は全てプラグ内に保存されているし、魂というべきものもそこに存在している。 つまりサルベージとは、彼の肉体を再構成して精神を定着させる作業です。」
「いまさらだけど・・・そんな事が出来るの?」
「他に方法はないわ・・・」

リツコの言葉にミサトはため息をついた。
少なくとも自分にはこの状況を打破するすべは思いつかない。
だったら黙ってリツコに従うほかに方法はない。

「ところで結局あのマントは何なの?」

ミサトの何気ない一言にリツコとマヤの顔が引きつった。
そんな二人を全員がいぶかしげな瞳で見る

「た、多分深層心理のイメージによって形成されたものね、それ以上の事は分からないわ。」
「何でマントなの?」
「さ、さあ・・・」

いつもあっさり結論を出す彼女らしくない。
隣のマヤは顔がこわばっている。
そんな二人はどう見ても不審だ。

「・・・何かあるの?」
「シンジ君に直接聞いたら?」
「んな事出来たら苦労しないわよ・・・」

ミサトはモニターに映る初号機を見た。

「聞く事が出来るならね・・・」

その言葉に込められた思いはいかなるものか・・・

怪我をして重体どころではない。
体の全ては分解されてしまっているのだ。
しかもサルベージなどとご大層な名前がついていても成功例は皆無・・・分の悪い賭けと言わざるをえない。

「「ご安心なされ!!」」

いきなりの声に見れば時田と山岸父であった。
無駄にテンションが高い。

「今回は我々もサポートします。」
「シンジ君にはかりがありますからな!!」

豪快に笑う二人の白衣は黒衣・・・
気合の入り方が違うようだ。

「リツコ・・・あんたもか・・・」

振り返った先にいたリツコはすでに黒衣を着ていた。
黒衣三連星の再結成である
もはやこうなっては何を言っても無駄だろう。
前提条件としてシンジの命は彼らが握っているのだ。

「・・・シンジ君、生きて帰ってきてね」

・・・しかしミサトはさすがに今回は無理かもしれないと冷や汗をかいていた。
いろいろな意味で・・・

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その時・・・当のシンジは・・・

「あ〜〜〜〜死にそうだ〜〜〜〜」

心からまったりした声を出していた。
どんな状況かというと部屋の真ん中にコタツが置かれ、それに足を入れてテーブルの部分に突っ伏している状態だ。
もちろんコタツの上には標準装備でミカンが置いてある。

「う〜ぎもぢい〜」

シンジの顔は恍惚としていて猫そっくりの顔になっている。

日本は年中常夏の国になってしまった。
当然冬もなくなってしまったわけだからコタツなどもシンジ達の世代は知らない。

しかしこの世界は内面世界だ。
物理的云々より心のイメージが物を言うこの世界の今の支配者はユイである。
だからユイが望めば大抵の事はかなう。
現に外は雪化粧になっていた。
当然室内もそれに見合うくらいの温度になっている。

「堪能しているようだね?」

不意にかけられた声にシンジが薄目を開けるとコタツの反対側で本を読んでいるブギーポップが見えた。
その本のタイトルが「24人のビリーミリガン」(結構有名な多重人格者のお話、ちなみに実話が元らしい)なのは何かの皮肉か?

「いや〜〜〜こんなにいい物があるなんてセカンドインパクトの後に生まれて損しましたね、今の日本じゃこんなもの使えませんし。」
「それはよかったね」
「はい、もし日本に四季が戻ったら真っ先に買います。しかも掘りのやつを」

シンジはかなりコタツが気に入ったようだ。
溶けた餅のように脱力していて眠そうだ。
これほどまったりしているシンジも珍しい。

「シンちゃ〜ん」

名前を呼ばれてシンジが見るとコタツの端から手が一本テーブルの部分に出ている。
本体はその下で寝転んでいるらしい。

「ミカンとって〜」
「母さん・・・不精だよ?」
「だって一度入ると中々出られないし〜」

シンジはため息をついた。
ユイの言う事はシンジにも痛いほどよくわかる。
どうやら親子そろってコタツの魅力に取り付かれたかもしれない。

「行くよ」
「は〜い」

シンジは籠からミカンを一つ取るとユイの手に向けて投げた。

「ん、ありがとうシンちゃん」

見えてないはずだがしっかりキャッチしたユイの腕が下がって見えなくなる。

三人共も別にこの状況でいいとは思っていない。
現にシンジ達は一度この世界から出ようとしたのだ。
しかしそこで一つ問題が起こった。

・・・・・・戻るべき体がない。

今までに零号機の内面世界に入った事はあるがあの時にはきちんとした体があった。
しかし今回はその戻るべき場所そのものがなくなっているのだ。
内面世界において万能のユイでもさすがに細胞単位に分解されてしまったシンジの体を戻す事は出来ない。
それは外の物理世界における事だからだ。

「しかしどうしたものか・・・」
「確かにこのままじゃいけませんよね」

ブギーポップの呟きにシンジが顔を上げる。
まだ顔は猫のようになっているが結構マジモードだ。

「今の体が使えないってことになるとは・・・」
「もう戻す事は出来ないでしょうね・・・」

シンジが沈んだ声を出す。
なんと言っても14年間付き合ってきた肉体だ。
愛着はある。
自分の体を無くして愛着を感じるというのもシンジが人類初だろう。

「う〜ん、シンちゃんの体は残念だけど方法がないわけじゃないのよね〜」
「え?」

シンジとブギーポップが見るとコタツのしたからユイが這い出してきた。
のそのそとしたその動きはのたのたしていてとても天才科学者には見えない。
しかも着ているものが半纏だ。
案外年寄りくさい一面があるらしい。

「綾波レイちゃんはこの初号機から出てきたのよ」
「え?・・・ああ、なるほど・・・」

レイはユイを初号機の中から出そうとしてその代わりに初号機から生み出されてきたものだ。
それを考えれば肉体を元に戻せるかどうかはともかく新しく作り出すことは可能かもしれない。

「でもどうやって?」
「ごめんなさい、私にはわからないわ・・・その時私は眠っていたし・・・」
「それもそうか・・・」

ユイは申し訳なさそうに言うがシンジとしては十分だった。
ネルフはおそらくだめもとでユイにしたようにシンジを初号機から出そうとするだろう。
その時に自分達のほうから進んで外に出ればいいのだ。

「・・・本当は母さんが出てきて皆を説得してくれるとありがたいんだけど・・・」
「ごめんなさい、それは出来ないわ、外に出たらゼーレは私を危険と判断するでしょう。」
「わかってる。愚痴だよ・・・」

シンジというイレギュラーを除けば死海文書の内容を知っているユイは計画にとっての最大の障害だろう。
しかもユイが外に出ればゼーレはシンジを排除する絶好の口実になる。

シンジに手を出さなくてもユイが死ねばシンジはパイロットにはなれない。
それは絶対回避の方向で行きたい。
ゲンドウを味方につけられるかもしれないが万能ではあるまい、君子は危うきに近寄らないのだ。

(・・・それに・・・)

初号機とシンジの力はこれからも必要になるだろう。
そうなればユイを再び初号機に取り込ませる必要がある。

何度も母親が初号機に溶けるのを見るのは遠慮したかった。

「ところでアダムの体と魂を分離していてとりあえず片方を確保しておけばサードインパクトが起こらないっていうのは本当なの?」
「そうみたいだよ。母さんが調べた死海文書でも肉体って言う受け皿がなければインパクトは起こせないんでしょ?」
「それはそうなんだけど・・・」

ユイは釈然としてないようだ。
何年もかかって死海文書のことや使徒のことを調べていたユイにとってはそんな方法があるなど信じられないのも無理はない・・・しかも・・・

(こりゃ本当の事話したら卒倒するかブギーさんの秘密をロックオンして調べようとするな・・・)

さすがにアダムと無機物のロザリオを数回触れ合わせるだけでそんな芸当をやらかしたなどと知ればユイのアイデンティティーが崩壊するかもしれない。

「・・・そう言えば何故リリスの魂である綾波さんはドグマに磔にされているあの体じゃなくこの初号機の中にいたんだい?」

空気が重くなってきたのを感じたブギーポップが話を別の方向に向けた。

「え?そうね・・・多分あれのせいね・・・」
「あれ?」
「初号機にはリリスのS2機関を移植してあるの」
「初耳だが・・・おもいあたる事はあるな・・・」

初号機はたびたび電源もないのに勝手に動いた経験がある。
それが移植されたS2機関のせいというなら理解もできる。

「おそらくその時にリリスの魂ごとこの初号機に移植されたんだろう。」
「じゃあ最初から初号機には魂が宿っていたんですか?なら何故母さんを吸い込む必要があったんです?」
「そこまではわからないよ、でも状況証拠がそう示している。」
「「う〜ん」」

ブギーポップの言葉にシンジとユイが首をひねった。
その角度まで同じというのはやはり親子だからだろう。

「でも全ては予想ですよね?」
「そうだね、あの少年がいれば全部説明してくれるかも・・・ん?」
「あれ?」
「これは?」

3人がふと周囲に違和感を感じて声を上げた。
空間が揺らいでいる。

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発令所のモニターには初号機が映っていた。
その各所にはコードや機械が取り付けられている。

「現在、LCL温度は36度を維持。酸素密度に問題なし」
「放射電磁パルス異常なし。波形パターンはB」
「各計測装置は正常に作動中」

発令所のあっちこっちから報告が入る。
リツコ達はその情報を総合してサルベージの準備を進めていた。

「只今より、12時00分00秒をお知らせします。」

日向の声がスピーカーから発令所の隅々まで流れた。
言い終わると背後にいるリツコを振り返る。

「時間です」

日向の言葉にリツコが頷いた。

「サルベージ・スタート」

リツコの号令と同時に何度も繰り返し練習された手順がスケジュール通りに行なわれる。
違うのは今回が本番と言うことだろう。

『全探査針打ち込み終了』
『電磁波形、ゼロマイナス3で固定されています』

モニターに作業状況を示すグラフが表示された。
作業は順調に進んでいるようだ。
今の所問題は起こっていない。

「自我境界パルス、接続完了」
「了解。第一信号送信」
「了解。第一信号、送ります」
「エヴァ、信号を受信。拒絶反応はなし」
「続けて第二、第三信号、送信開始」

日向、青葉、マヤがめまぐるしくキーボードを操作していく。
同じようにモニターに表示された情報が高速で上から下に流れて行った

「対象カテゴシス異常なし」
「デストルド認められません」
「了解。対象をステージ2へ移行」

作業の報告を横に聞きながらミサトはじっと初号機を見ていた。
素人のミサトが出来る事はなにもない。
だからただじっと見ていた。
シンジが戻ってくると信じて・・・

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周囲の風景がわずかに歪んでいる。
このまま崩壊というわけじゃないようだがあまりじっと見ていると酔いそうだ。

「・・・なんだ?」
「どうやら外から何か干渉しているようね?」

シンジの疑問にユイが簡潔に答えた。
さすが東方三賢者の一人、伊達ではないらしい。

「干渉?どんな?」
「シンジ君?」
「はい?どうかしたんですか、ブギーさん?」
「なにか出るぞ」

ブギーポップが指差した場所の歪みがいちだんと大きくなる。
その歪みが徐々に変化していって人形を作った。

「レイ?」

変化が収まったそこに立っていたのはレイだった。
いつものように第一中学の制服を着ている。

「なんでここに?」
「この子がレイちゃんなの?」

ユイがレイの姿を感慨深げに見る。
横から見るシンジ達は二人を見比べてやはり似ていると感じた。
レイの姿はおそらくユイの情報が元になっているのだろうから当然だがこうやってみるとやはり親子にも見えるし歳の離れた姉妹にも見える。
実年齢を考えるならやはり姉妹のほうか・・・

しかし当のレイはそんなことを完全に無視してユイをシカトしつつシンジを見た。

『・・・シンジ君?』
「はい?」
『逃げちゃダメ』
「・・・・・・・はい?」

わけのわからない事を言われてシンジ達が呆ける。

「まだくるようだね・・・」

ブギーポップの言葉に周りを見ると他にも空間が歪んでいる。
次に現れたのはやはり制服姿のアスカだった。

『バカシンジ、逃げないで戦いなさい!!』
「いや、何時逃げたっけ?」
『シンジ君・・・逃げちゃダメですよ』
「マユミさんまで!?」

いつの間にかマユミまでがいた。
みんな学校の制服を着ている。

次の瞬間にはマナまでが現れた。

『シンジく〜ん、戦わなきゃダメよ〜』
「いや、いくらなんでも軽すぎだって・・・って言うよりさっきから戦えしか言わないのは何故?」

シンジはぼやいてブギーポップを見た。
興味がないとばかりに日本茶をすすっている。
頼りに出来ないようだ。

じっとそれを見ていたユイがシンジに話し掛けてきた。

「・・・どうやら何かのプログラムのようね」
「プログラム?何のために?」
「たぶんシンちゃんをここから出すためね、私の時もおんなじことしたんじゃないかしら?」
「じゃあこのプログラムに従えば外に出れるの?」
「どうかしらね・・・」

今ひとつ確信が無いのかユイが首をひねった。
さすがにこんな状況は初めてで自信が無いらしい。

「とりあえずこの子たちは、シンちゃんの本能に呼びかけて目覚めさせて、戻ってくるように促してるんだと思うけれど」
「目覚めさせるって・・・ってことはこのえらく具合の悪い会話はそのための?」
「プログラムだからもちろん本人じゃないわよ?スピーカーのように同じことを繰り返すだけのようね」
「あんまり気分よくないな・・・」

シンジが不機嫌な顔をしていると袖を引っ張られた。
見るとさっきまで科学者の目で観察していたユイの女の子達を見る瞳の色が変わっている。

「ねえシンちゃん、この子たちはだれ?」
「え?ああっそうか、レイ以外は分からないよね・・・紹介しないと」

シンジはまずアスカを指差した。

「この子がアスカだよ」
「キョウコの娘の?大きくなったわね〜」

ユイにはアスカ達の事も伝えてある。
もちろん弐号機にキョウコがいることもすでに覚醒していることも含めてだ。

「で、その隣がチルドレンの護衛の霧島マナ」
「へ〜護衛?中学生の女の子が?」
「戦自から来たんだ。チルドレンと年が近い方が護衛しやすいって事で」
「この髪の長いめがねの子は?」
「ネルフの技術部で働いている山岸さんの娘さんでマユミさん」
「へ〜、あっ次の人来たわよ。」

ユイの言葉どおりに次の人物が現れた。
現れたのはさっきまでの瑞々しい少女達とは違い、大人の色気を持つ彼女
いつも着ているボディコンのような服にネルフの赤い上着を着たミサトだった

「ミサトさん?」
「この人がミサトちゃん?・・・大きくなりすぎてるわね・・・」

ユイがミサトを見て呆れた声を出す。
主にその胸を見ながら・・・何か睨んでいる様にも見える。

『シンジ君・・・私たちはあなたに未来を任せるしかないの・・・』
『・・・シンジ君、今あなたをうしなうわけには行かないわ・・・』
「ってリツコさんまで?」

ミサトの隣には白衣のリツコが現れた。
何時もの通りの白衣姿だ。

「リツコって赤木さん家のリッちゃん?」
「赤木さん家?この人はたしかに赤木 リツコだけど?」
「前にあったときは大学生だったのに・・・似合わない金髪に染めて社会人デビュー?」
「そんな暴走族に入会したわけじゃないんだからさ〜」

考えてみれば確かにリツコの金髪は30にしては奇抜すぎるだろう。
昨今ではヤンキーでももう少し色を選ぶ。
ここまで完璧な金髪だと逆に天然記念物かもしれない。

『先輩の言うとおりです!!戦いましょう!!』
「マヤさんまで・・・」

新たにマヤが現れた。
ネルフの制服を着たボーイッシュな彼女は両手を握って力説している。
そんな姿さえほほえましい小動物チックだ。

「彼女はリツコさんの後輩で・・・弟子?こう見えても二十歳」
「え?高校生とかじゃないの?」
「女は見かけで判断しちゃいけないって言う見本」
「へ〜、ところでなんでこんなに女の子ばかりなの?」
「・・・さあ」

そこのところはシンジもよくわからない。
いつの間にか自分の周りには彼女達の姿があった。
それは素直にありがたいことだがシンジ自身なんで彼女達がそばにいてくれるのかは正直わからなかった。
頭をかくシンジを見たユイはなにやら察したようでくすくす笑っているし、ブギーポップは本で隠しているが口元は笑みの形になっていた。

「お母さんとしては安心ね、こんなにお嫁さん候補がいるなんて〜」
「・・・ってそこに行き着くの?あんまりにもベタだね、年齢を感じるよ?」
「孫を見る日も近いかしら?・・・シンちゃん、そんなに私をばあさんにしたいの?・・・まだ27なのに!!!」
「話が飛躍しすぎ、って言うよりそんな逆切れみたいにすねられても困るから・・・」
「まだ子供ね〜」
「親が不純異性交遊を進めてどうする・・・ってまだ続くのか?」

シンジがうんざりした声で呟く。
その視線の先には新たな人物が現れるところだった。

『シンジ?』
「凪さんまで?」
『戦わなきゃ生き残れんぞ?』

いい加減シンジも疲れてきた。

「彼女は僕のほうの知り合いだよ」

ブギーポップがかわって凪を紹介する。

「いわゆる腐れ縁という奴かな・・・」
「そうなの?でも凛々しい人ね」

ユイは凪をそう評価した。
確かに颯爽としているその姿は同姓から見ても魅力的だ。
さらに次の人物が現れる。

『シンジ君、悪いが戦ってもらうしかないのだよ』
「げっ冬月さんまで・・・」

現れたのは冬月だった。
いつものように直立不動で立っている。

この人は他のポーズのレパートリーがないんじゃなかろうか?

「冬月先生・・・ふけましたね・・・」
「母さん、本人じゃないからって直球過ぎやしないだろうか?そう言えば大学の先生だったっけ?」
「そうよ、調べたの?」
「前にちょっとね」
「それにしても白髪が増えられて・・・気苦労でもあられるのかしら・・・」
「原因は主に父さんの気がする。」
『シンジ・・・』
「やっぱり来たよ・・・」

影が差したのかもしれない。
そこにいたのはゲンドウだった。

『・・・臆病者に用はない、帰れ!!』

これはさすがにシンジもムカッと来た。
少なくともそんな事を言われる筋合いはまるでない。
本人ではないが一言いい返そうとシンジが口を開く。

ドン!! 
  ドン!!


その口から声が漏れるより速く
シンジの横を何かがとおった。

---------------------------------------------------------------

プーー、プーー、プーー、プーーッ!!

発令所に警告音が鳴り響く。

「どうなったの!?」
「信号拒絶されました!!」

叫ぶような報告にリツコたちがモニターに張り付く。
その中に流れていく情報を穴のあくほどに凝視した。

「状況は!!」
「現在は安定していますがプログラムは拒絶されました。」
「・・・原因はわかる?」
「不明です。」

リツコはマヤの報告を聞くと顔を上げた。
そこにはモニターに映った初号機が見える。

「・・・・・・まさか、帰りたくないの?・・・シンジ君・・・」

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シンジはさまざまな経験をしてきた。
そのために自分で言うのもなんだが肝は太いと思う。
ちょっとやそっとのことでは動揺したりなどしない自信はある。

しかし目の前の光景にはさすがに引いてしまった。

「〜♪」

上機嫌でユイは両手に一丁ずつもった銃を西部ガンマンよろしく回している

・・・その銃の名はデザートイーグルと言う拳銃

しかし、その威力を知るものにとっては拳銃とは呼べない。
その弾倉に納まるカードリッジは弾丸の中でも大きい44マグナム。
その威力たるや打ち抜くというより削り取るに近い。
人間の体などひとたまりもないだろう。

しかもその反発力も相当なもので屈強な男が両手っでホールド、さらに腰を落としてやっと押さえ込めるというもので女のユイが片手で撃とうものならよくて脱臼、場合によっては骨が砕ける。
なのにどうやら目の前のマイマザ〜はそれを両手でやったらしい。
いくらなんでもありの世界だからってやりすぎだと思う。

シンジはチラッとゲンドウを見る。
頭と心臓の部分がそっくりなくなっているが実物じゃないので血がドバッと出たり中身が出てきたりはしない。
光の粒子になって消えていく。

「・・・母さん・・・なにすんのさ?」
「なにって・・・むかついたから」
「いや、そんな上目使いでみられても困るんですけど・・・」

ユイのいうことはわからなくもない。
おそらく本人じゃないというのも計算のうちだろう。
しかしシンジとしては冷や汗をかいた。

かわいく首をかしげるユイだがシンジとしては数秒前のマグナムをぶっ飛ばした事の印象があってその笑顔が何か怖い。

「どうするんだい?さっきのプログラムに従えばここから出れたかもしれないけれど?」

ブギーポップの言葉にシンジがはっとなる。

「そうだよ母さん!!」
「大丈夫よ、おそらくリトライしてくるでしょ」
「今度は撃たないでよ・・・たのむから・・・」
「もちろんよ〜」

もちろんと言うならなんで依然としてデザートイーグルを両手で回し続けているのか突っ込みを入れたかったがなんとなく危なそうな気がしたのでシンジは何も言わなかった。
飛び火してきて燃え移ったらいやだし

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「・・・・・・・」

発令所の警報は止まっていた。
誰も口を開かないので痛いほどの静寂がこの場を支配している。

「・・・どうするのリツコ?」
「・・・・・・」

じっと初号機をみているリツコにミサトが聞いた。
リツコはしばらく考えた後口を開く。

「原因がわからないと・・・このままじゃまた拒絶される可能性があるわ・・・」
「そんな、どうしたらいいの?」
「別方向からアプローチしてみればあるいは・・・」
「別方向?どうやって?」

リツコはキーボードを操作してモニターにサルベージのプログラムを出した。
ミサトにはただの数字とアルファベットの羅列にしか見えなかったがリツコは真剣に見直す。

「それをいじればいいわけ?」
「簡単に言わないでちょうだい、これを組むのに2週間かかったのよ」
「そんな・・・じゃあ新しく組みなおすのには・・・」
「また2週間はかかるでしょうね・・・」

リツコは唇を噛んだ。
2週間もかけた作業と時間がパアになったのだ。
しかも原因がわからない状態では見直してもまた拒絶される可能性がある。

「・・・・・・」

同時にミサトも焦燥を感じていた。
シンジは大事な家族だ。
失いたくはない。

そしてネルフ作戦部長としてのミサトもシンジの存在を欲していた。
このままでは次の使徒が来た時に初号機が使えない。
それは戦力的なものもあるが同時にシンジの存在は他のみんなの希望なのだ。
シンジと初号機は今やネルフの象徴になっている。

以前のミサトならこんな自分を嫌悪したかもしれないが今は二人の自分に上手く折り合いをつけている。
たとえどんなにいい訳をしても自分がやっている事は変わらないのだ。
ならば全てを受け入れてシンジ達のために出来る事を探すほうが建設的だ。

しかし・・・

「・・・万事休すか・・・」

リツコにすらどうにもならないことをどうにかするほどの才能は自分にはない。
それでも何かないかと周りを見回す。

視界の中に現れた黒い後姿が目に止まった。

「・・・ダメ元で・・・」

ミサトはかすかな望みをかけてその人物に向かって足を踏み出す。
今は藁にもすがりたい。

「と、時田博士?」
「はい?」
「何かいい案はありませんか?」
「ありますよ」
「・・・そうっですね・・・やっぱりあるんですか・・・さすがに時田博士でも今回はどうしようもないんですね」
「へ?だからありますよ、ここに」
「・・・ん?ある!!!!!!!」

ないだろうと高をくくっていたミサトはマイ脳内ワールドで勝手に話を進めていたらしい。
かえって来た答に間抜けな会話をしていた。

「こんなこともあろうかとサルベージのバリエーションを作っていたんです。・・・ああ、こんなこともあろうかと・・・何度使ってもいい!!」
バキ!!

ミサトは恍惚となって叫ぶ時田を無言で張り倒した。
そして襟首を引っつかんで持上げる。

「だせ」
「サー・イエッ・サ−」

ミサトの瞳に危ない物を見た時田が懐から一枚のディスクを取り出す。

「サルベージバージョン2です。」
「サンキュー」
「パスワードは”M・O・E"だ。」
「MOE・・・もえ?」

何か不吉な響きにミサトが眉をしかめるが状況が状況だ。
選べるほど選択肢はない。

すぐさまディスクをリツコに渡し、サルベージが再開された。

・・・この時点で・・・
後に起こる惨劇を予想できたものは一人もいなかった。






To be continued...

(2007.08.25 初版)
(2007.10.20 改訂一版)


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