天使と死神と福音と

第拾肆章 〔揺るぐ事無き神念〕
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presented by 睦月様


発令所が大騒ぎになっている時、子供達はケージの一箇所に集まっていた。
眼下に胸部装甲をはずしてコアの露出した初号機が見下ろせる場所だ。

アスカ、レイはもちろんマナ達もいる。
いないのは凪とマユミだけだ。
彼女達はそもそもネルフの関係者じゃないのでここには入れない。

「シンジ君・・・」
「レイ・・・」

じっと初号機を見下ろすレイを心配したマナがレイに話しかける。

レイの視線は初号機からはなれない。
使徒である自分なら何か感じる事が出来るのでは無いかと集中している。
レイにしても何時もは忌避している自分の使徒の部分に期待をかけている・・・藁にもすがる思いだ。

マナ、ムサシ、ケイタもそんなレイの心情が理解出来るため、気安い慰めの言葉などかけられない。
ただ初号機とレイを交互にみる事しか出来なかった。

「・・・あいつなら大丈夫よ・・・」

その一言で全員の視線が集まる。
声の主はアスカだった。

「きっと平気な顔で帰ってくるわ・・・心配していると損するわよ・・・」
「・・・そうね」

レイが同意して頷いた。
そう信じるしかない。
他の皆も不安の色を浮かべながらも頷く。

しかし初号機を見るアスカに不安の色はない。
アスカは数日前の母との会話を思い出していた

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数日前の弐号機の内面世界
すでに凍結の解かれた弐号機にアスカはシンクロしていた。

「そう、シンジ君はまだ帰ってこないの」
「そうなのよあの愚図!!」

ここは弐号機の内面世界、キョウコとアスカは向き合って紅茶をすすっていた。
もちろんこの世界で物を食べようが飲もうが実際に摂取しているわけではない。
味覚は情報として感じることが出来るが栄養はゼロである。

しかしだ・・・逆を考えれば味だけはしっかり感じられるわけだからまったく太る心配はない。
それに気がついたアスカはシンクロのたびにここで甘い物を食べていく
その量は体重を気にする女の子たちが嫉妬でアスカを呪い殺しそうになるとだけ言っておこう。

「あいつ!!いっつもひょいひょい帰って来るくせに今回は何週間も帰ってこないのよ!!」
「アスカちゃん、シンジ君が心配なのね?」
「な!!そんなんじゃないわよ!!でもあいつがいないといろいろと・・・・」
「何か困るの?」
「へ?・・・あ、ああそうよ部屋がかたづかないったらありゃしない!!」

そういいながらアスカは目の前のケーキを頬張った。
意地と言うか無茶な食べ方をする。
完全に照れ隠しだ。

「あらあら」

キョウコはそんなアスカを見ながら微笑む。
実はキョウコは推測でしかないがシンジのおおよその現状を推理していた。
情報源はアスカの話しだ。

キョウコの見立てではおそらくシンジは戻らないのではなく戻れないのだ。
アスカの話ではシンジの肉体は細胞単位に分解されたと言う。
それではいくらシンジでも戻ってはこれまい。

実のところキョウコはその事に対しては問題は無いと思っている。
キョウコにはかならずシンジが戻ってくるという根拠があるからだ。

しかしキョウコはこの事実をまだアスカには言っていない。
なぜ言わないかというと・・・

(アスカちゃんも可愛くなっちゃって)

要するにシンジのことでやきもきしているアスカを見ながら愛でているのだ。
とんでもない母親である。

(でもさすがにそろそろ気の毒かしら?)

まだ良心の一片は残っていたらしい。

「アスカちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「し、心配なんてしてないわよ。」
「あらあら〜」
「そ、それでなんで心配ないの?」
「フフッ初号機の中には彼女がいるからよ」
「彼女?」

母の言葉にアスカは少し考えた。
初号機の中にいる女性・・・弐号機には自分の母親がいる・・・だとすれば初号機には・・・

「ま、まさかシンジのお母さん!?」
「あたり、その名も碇 ユイ博士、私と同じ東方三賢者の一人よ」
「ど、どんな人なの?」

アスカが身を乗り出してきた。
対するキョウコは首を傾げて考え込む
ユイのことを示す言葉を考えているようだ。

「う〜ん、アスカちゃん?私たちともう一人、赤木ナオコの三人を合わせて東方三賢者って言うのは知っているでしょ?」
「ええ、その赤木博士がリツコのお母さんなんでしょ?」
「アスカ、リツコさんでしょ?敬語くらい使いなさい」
「はいはい、それで、何よいまさら?」
「その三人の中でもユイは最強って呼ばれていたわ」
「最強?」

科学者を示す単語としてはまた物騒な言葉だ。

「最強・・・どうしてそんなあだ名を?」

アスカの言葉にキョウコは笑いをこらえる仕草をした。
何かを思い出しているらしい。

「いろいろ・・・」
「たとえば?」
「そうね・・・六分儀ゲンドウさんと結婚した事とか?」

キョウコの言葉にアスカは一瞬呆けてから考え込んだ。
あのゲンドウと結婚してシンジと言う子供を授かった・・・それは紛れも無い事実
確かに伝説級だ。
自分では到底まねできない偉業・・・最強の名にふさわしい。

「・・・確かに勝てないわね・・・」
「でしょう?彼女がいれば大抵の問題はクリアーされるわ、それにシンジ君も普通じゃないし」
「・・・・・・何かすっごい説得力有る気がする」
「だから多分大丈夫よ。」

アスカはユイに会ってみたいと思った。
主に怖いもの見たさという意味で・・・

「そういえばママにもそんなあだ名みたいなのがあったの?」
「ナチュラルって呼ばれていたわ。

アスカはその名前の由来を考える。
悩みは一瞬にも満たない刹那で答えが出た。

(ナチュラル・・・自然、天然・・・なるほどね)

心から納得できるあだ名だ。

「何を納得してるの?」
「え?・・・な、なんでもないわよ!?」
「その間はなにかしら?」
「い、いいから!!」
「はいはい」

アスカのあわてぶりをほほえましく見てキョウコは慈母の笑みを浮かべた。
キョウコがその全てをわかってやっている計算高い確信犯だということをどれだけの人間が知っているだろうか?

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「一つ殴ってはシンちゃんのため〜」
バシ!!

鋭い左フックが顔面をとらえた。

「二つ殴っては明るい未来のため〜」
ドス!!

今度は左のジャブがみぞおちに決まって体がくの字に折れた

「三つ殴っては私のため〜」
バキ!!

右のアッパーが天を指す。
正確にあごをとらえられてわりと大柄な体が宙をまった。

「・・・母さん、何してんのさ?」
「え?シンちゃんが撃っちゃダメって言うから打っちゃおうかなって〜〜」
「いや、普通に却下の方向で行こうよ。外の人達もがんばってくれてるんだからさ〜」

シンジがあきれた声とともにユイを見る。
ユイは汗をぬぐってボクシング用のグローブをはずした。

「シンちゃんもやる?ストレス発散にいいわよ?」
「いや、いいよ」

シンジは引きつった目でユイに殴り飛ばされたものを見る。
それはゲンドウにそっくりな男だった。
もちろん本人ではない
と言うより人間ですらない。
ユイがプログラムを元にイメージして作り上げたゲンドウだ。
だからシンジが知るゲンドウより幾分若くて髭がない。

「・・・なんでこれなの?意味があったりする?」
「殴りやすいから」
「あっそ」

もはや突っ込む気もうせた。
牛の刻参りのわら人形よりははるかに効果がありそうな気がする。
下手に参加したら呪われそうだ。

シンジはいやなものを見たという感じでゲンドウ人形から視線をそらすと周りを見回した。

さっきまで冬景色だった内面世界はユイの発案で一変していた。
今は庭が春の装いをまとって桜の木が満開になっている。
ユイが花見をしたいと言ったからだ。
もはや何でもありである。

シンジ達は木の下に御座を敷いて団子の皿と甘酒を囲んだ。
花より団子、と言うより日本の花見は8割くらい酒飲みの口実だったりするのは風流といっていいのか悩むところだ。

「ふ〜〜〜っ」

いい汗を流したと言わんばかりのユイが帰還する。
その姿はワイシャツとジーンズのあまり飾り気のないものだが清潔感があってユイにはあっている。
さっきゲンドウのそっくりさんを殴り飛ばしていなければ息子であるシンジもドキッとするくらい魅力的だ。

「ところで母さん?」
「何シンちゃん?」

シンジはズタぼろにされて消えていくゲンドウ人形を気の毒そうに眺めながらユイにもっとも聞きたかったことを質問した。

「父さんのどこが気に入って結婚したわけ?」
「あら?シンちゃんも気になる?」
「すっごく気になる。」

それはずっと疑問に思っていたことだ。
息子としては真実を知っておきたい
ユイはにこやかな笑顔をシンジに向けた。

「あの人のかわいいところに惹かれたの」

瞬間でシンジの頭はフリーズした。
ゲンドウのかわいいところ検索・・・・・・検索結果0件・・・該当する情報はなし
あの髭魔人の可愛い所なんぞ理解できないし理解すると何かが終わる気がする。

「・・・マジ?どこが?」
「だってあの人結構寂しがりやでしょ?それにああ見えて優しいところもあるのよ。・・・猪突猛進で時々周りが見えないところがあるけれど、基本的に臆病なところなんか子犬みたいでしょ?」
「・・・・・・子犬?・・・あれが?・・・」

全世界の犬好きに喧嘩を売るようなユイの言葉にシンジは何も言えなかった。
ひょっとしてのろけを聞かされているのだろうか?

まあユイのいう臆病で一途と言う下りはシンジも感じていたことだ。
それはわからなくもない。
しかしだ。
あのいかつい悪人面だけで全部チャラにしてはいないだろうか?

シンジの思考がループに入った。

「ん?意外と早かったな」

我関せずと本を読んでいたブギーポップが顔をあげる。

「あ、来たようね」

ユイの言葉どおり周囲の風景がゆがみだした。
さっきと同じ状況だ。

「って事はそろそろ出てくるわね」
「今度こそ撃たないでよ」
「わかってるわ、二度ネタなんてしないわよ」
「何かはするつもりってわけ?」

シンジのじと目にユイは笑いで答えた。
答えにいなっていないが雄弁に答えている。
おそらくまたゲンドウがでてくれば何かするつもりだ。

それを見たシンジは問答無用でプログラムに従おうと決心した。
しかも最速で

「出てくるようだね」

ブギーポップの言葉どおり歪みが人の形をとり始めた。
シンジは黙って腰を浮かす。
一気に飛び出そうとしたシンジだが・・・

「・・・・・・・・・・・は?」

現れた人物を見て動きどころか思考が停止する。

『・・・シンジ君』

それはレイだった。
最初と同じだ・・・だが決定的に違う。
なぜならばレイはウサ耳に黒い水着のような服・・・さらに編みタイツと言う姿だ。
もちろんウサギのふわふわした尻尾までついている。
カジノにでもいそうないわゆるバニースーツである。

『・・・シンジ君?』
「・・・・・・はい?」
『私と一つにならない?それはとてもとても気持ちのいい事なのよ』
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

レイの言葉にシンジが埴輪のようになる。
数秒後・・・

「でええええええええ!!!!!!!!」

レイはほほを赤くしながら呟くように言った
シンジはほほを赤くしながら座った状態で盛大に後ずさった。

「本能に呼びかけるって言うのは”そっち方面”でもありなのかい?」
「まあそうとも言えるわね、シンジ!!女の子に恥をかかせるなんて何考えてるの!?」

ブギーポップの冷静な言葉と母親の叱責にシンジの意識が現実逃避から帰還する。

「何言ってんだよ母さん!!!論点はそこじゃない!!!」
「シンジ君、次が来たぞ」
「なんでっすと!!」

空間の歪みが再び人の姿をとる。
次に出てきたのはアスカだった。

「こ、今度は看護婦さん?」
「今は看護士と言わないと男女差別になるらしいよ」

ブギーポップの突込みを無視してシンジはアスカを見る。
その服はどう見ても看護婦のナース服だった・・・目に痛いほどのドがつくピンク・・・そんな風俗にしかいないようなナースさんだ。
しかもミニスカ・・・本職のナースさんが見たら怒り狂うかもしれない。

『シンジ!!』
「は、はひ」
『私と一つになりなさい!!それはとてもとても気持ちい事なの、決定よ!!」

やはり赤くなって言うアスカと対照的にシンジは青くなった。
こんな状況でもアスカは高飛車なんだなと妙な関心をしてしまう。
状況に頭がついていけない。

「マニアックね〜誰の趣味かしら?」
「さあね、そう言う人材はネルフはことかかないから」
「そうなの?」

シンジはブギーポップとユイのマイペース過ぎる会話に突っ込みを入れる余裕はなかった。
新たなる脅威が目の前に現れたのだ。

『シンジ君』

セーラー服マユミが現れた。
ノーマルのセーラー服を着たマユミだ。
美少女戦士とか一部マニア向けな単語はつかない。

『私と一つになりましょう!!それはとてもとても気持ちのいいことです!!もちろんこの下はスクール水着ですよ!!』
「な、なんで水着!?泳ぐの!?」
『体操服にブルマもあります!!もちろん邪道な赤じゃなくて王道の黒です。」

セーラー服?スクール水着?体操服のブルマ?意味がわからなかった。
おもわずシンジは天を仰ぐ
なぜ会話で思いを伝える事が出来ないのだろう?
なぜ会話で思いを受け取る事が出来ないのだろう?
全く理解出来ない。

そもそも現役学生のシンジにとって学生服やスクール水着に倒錯的で特別な思いを描いたりはしない。
学校に行けば制服の少女など周りに何人もいるのだ。
むしろ見慣れすぎているためのその浮世ッぷりが強調された気がする。

『シンジッく〜ん?』
「・・・順番で言えばマナか?」

背後から聞こえた声にシンジは意を決して振り向く。
それを見たシンジの頭は何度目かのフリーズを経験する。

『私と一つにないましょう、それはとてもとても気持ちの言い事・・・』
「・・・・・・なんだよそれ?」
『・・・ニャン』

マナは猫娘だった。
トラ柄のふさふさしたけのついた水着、膝上まであるロングタイツと手袋・・・もちろんふかふかの毛がついている。
手足の部分はもこもこした猫の手の形の手袋と靴・・・あったかそうである。
その手袋の肉球をシンジに見せながらマナは笑って手を振っていた。

「あ、あの手袋いいわね、肉球触りたいわ」
「プログラムだから実物じゃないのでは?」
「残念ね〜」

ユイとブギーポップは観戦モードには言ったらしい。
シンジに救いの手はなかった。

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モニターの自我を表すラインが狂ったように変化している。

「ダメですっ!!自我境界がループ状に固定されていますっ!!!」
「全波形域を全方位で照射してみて」
「はいっ!!」

マヤの悲鳴にリツコがすばやい指示で答える。

ピーーーッ!!

しかしかえって来たのはエラー音だった。

「ダメだわ。・・・発信信号がクライン空間に捕らわれている」
「どういう事っ!?」
「つまり・・・失敗」
「えっ!?」

リツコの言葉を信じられなくてミサトが問い返す。
しかしリツコの顔はこわばったままだった。

実際はそれどころじゃない状況が進行していたがこの時点でそれを知ることの出来る人物は発令所にはいない。

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順番はミサトの番に回ってきていた。

『私と一つになりましょう。それはとてもとても気持ちのいいことです・・・ご主人様〜』

シンジの目の前のミサトはメイドさんの格好をしていた。
まずそのメイド服はなぜかミニスカである。
しかも意味もなく胸の大きさを強調するデザインだ。
さらにシンジは彼女が家事無能者というのも知っている。
このメイド服を着た人物をメイドさんと言うのは世界中のメイドさんに対する冒涜ではなかろうか?

イギリスあたりではちゃんと職業として市民権が与えられているというのに日本ではそれがどうも曲解されて誤ったイメージが定着している気がする。

「・・・・・・」

シンジは疲れ果てていた。
このまま白い灰になってしまいそうなほどに追い込まれている。
ぶっちゃけ燃え尽きたほうが楽そうだ。

「シンちゃん大丈夫?」
「がんばってるね」

観戦席の二人はこれ以上ないほどに冷たかった。
そもそもプログラムなのだからいちいちまともに相手をする必要などなく、放っておけばいいのだがそれが出来るほどの器用さは中学生のシンジには出来ない芸当だった。

『シンジ君!!』
「はい?ってうおおおおお!!!」

いいかげん驚くのはやめようと心に誓ってからシンジが声の主を見た・・・とたん大声をあげてひっくり返る。

そこにいたのはリツコだった。

しかし・・・しかしだ。

『私と一つになりまちょう。それはとてもとても気持ちのいいことでちゅ』

すがたはそのまま30のリツコだ。
しかしきているものは水色のスモック、同じ色のスカート、黄色い通学帽子、黄色くてかわいらしいカバン・・・ご丁寧にフル装備している。
幼稚園児スタイルだ。

「・・・リツコさん・・・何かいやな事があったんですね・・・」

思わずシンジの瞳から涙がこぼれた。
人一倍苦労を重ねているリツコだ・・・たとえそれが限界にきて何か人にとって大事な物を放り投げてしまったとしても仕方はないだろう。
きっと彼女は更正するはず。
そのときには笑顔で迎えてあげようではないか!!

シンジは精一杯の笑みをリツコの姿をしたプログラムに向けた。

「大丈夫、やり直せますよリツコさん・・・でも幼稚園からは無理です。実年齢の5分の1以下なんて犯罪以外の何者でもないですよ。」
「何気にシンちゃんひどいわね〜」
「シンジ君、いたわってあげたらどうだい?」
「外野はうるさい!!」

シンジが一括すると同時にマヤが現れた。

「・・・似合ってませんね・・・」

本人だったらいささか失礼だが仕方ない。
マヤの衣装はチャイナスーツ・・・スリットから生足が覗いている。

『シンジ君、私と一つにならないアルカ?それはとてもとても気持ちのいい事アルヨ』
「キャラ作りすぎですって・・・本物の中国人は語尾にアルなんてつけません。」

童顔のマヤにチャイナスーツは似合わないと思う。
どう見ても学生のコスプレにしか見えない。
もう少し大人っぽい人物が着れば絵になるだろうがマヤではどう見ても背伸びしているようにしか見えない。

「シンちゃんは大人の女性のほうが好みなの?」
「いや、別に年下が嫌いなわけでもないけど・・・」
「じゃあ凪さんは?」
「へ?」

見るとユイがある方向を指差していた。
シンジがそれに従って顔を向けると・・・

「・・・なんだこりゃ?」

それを見たとたんシンジは唖然とした。
そこにいたのは確かに凪だった。
しかしその格好には度肝を抜かれる。
黒のゴスロリ・・・ひらひらしたレースとリボンで出来ているんじゃないだろうかと思うほどについている。

「シンジ、俺と一つにならないか?それはとてもとても気持ちのいい事なんだぞ」

シンジは凪のゴスロリをじっくりと見る。

結論・・・チョイスが間違っている。
そもそもモデル体型で身長もある凪にゴスロリは方向性が違う。
自分で着たいといったのなら個人の自由だがそうではない。

むしろマヤにゴスロリを着せて凪にチャイナスーツを着せるべきだったのだ。
そうすればパーフェクト・・・

「って違う!!そうじゃないだろ!!」

さすがのシンジもいっぱいいっぱいになっていた。
気を抜けばこの摩訶不思議ワールドに沈んでいきそうで怖い。
それはそれで楽しいかもしれないが落ち込んだら這い上がれない奈落が口を開けている。

一人で自分に突っ込みを入れるシンジをユイは温かく見守っている。
ブギーポップはシンジに気を使って本に目を落としてみない振りだ。

さらにシンジの本能が告げていた・・・ここからさらにやばい事になると・・・だってここまでくれば次に出てくるのは・・・

『シンジ君』

自分の背後からかかったその声にシンジの体が硬直した。
この声は冬月だ。
だが今までの経験から普通に出てくることなどありえない。
何かある・・・
シンジの何かが命の危険を訴え始めた。
振り向いたらやつがいる。
危険だ動くな!!
本能は叫ぶように告げてくる。
しかし振り向かなければ何も始まらない!!
14歳の少年は悲壮な覚悟を決めてゆっくり振り向いた。

「うお!!」
『わしと一つにならんかね、それはとてもとても気持ちいい事なんだよ?』
「絶対いやだ!!」

シンジは即答した。
目の前にいる冬月は変人にしか見えなかった。
360度どこからみても変態だ。

その服の名を裸エプロン・・・ワンピースのような作りであるのはまだ幸いだろう。
いつもの直立不動っぷりは健在だが逆にそれが変人のパーセンテージをあげている。

シンジが固まった筋肉を軋ませながら横を見るとユイも呆然としている。

『・・・シンジ』

心臓が止まったとシンジは実感した。
シンジの視界の外・・・自分の真後ろに何かいる。
それは恐怖の塊・・・
それは見てはいけない者・・・
それはこの世でもっとも邪悪な存在・・・

「あら、ゲンドウさん、今はそんなのがはやってるんですか?」

シンジの予感は確信に変わった。
ユイがまじまじと自分の背後に視線を投げかけてるのがいやな感じだ。
間違いなく自分の予想した最悪の状況の斜め上をいっているはず。

「シンジくん、後ろにいるよ」
「わかってます!!」

ブギーポップはシンジの後ろにいる者を見ながら指差している。
状況がわかってないのか・・・大した事ないと思っているのか・・・ブギーポップの顔には左右非対称の笑みがあった。

『私と一つになれ、それはとてもとても気持ちのいい事なのだ・・・でなければ帰れ!!』

どの道、背後にいる者を見ないわけには行かない。
逃げる事は閉じたこの世界では無理なのだ。

「・・・・・・」

救い・・・少なくともこの内面世界にはない
逃げる・・・逃げてどうする!!
無視・・・それこそ無理、この世界から出るためには見ないわけにも行かない
振り向いた瞬間最大攻撃を仕掛ける・・・だからそれじゃ外に出られん!!
普通に振り向く・・・他に選択肢はなかった。

シンジは己のもつ最大の根性を心にこめる。
その身は不退転、その意思は鋼・・・シンジは覚悟を決めて背後に振り返った。

「げ!!ギャああああああああ!!!!!!!!」

そこにいたのはやはりシンジの予想を越える代物だった。
その姿はシンジの心に恐怖を刻む
次の瞬間・・・何かが終わった。

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ビーービーービーー

警報音がうるさいほどに響く。
だが全員の顔はすでにあせりにとらわれていてそれどころではない。
モニターの表示がめまぐるしく変化していく。

[INTERVENTION BLOCKED]
[FULL NERVE CUT]
[TANJENT GRAPH REVERSE]

高速で上から下に流れていく文字群
そのスピードと比例して状況は悪くなっていっていた。

「干渉中止!!タンジェントグラフを逆転!!!加算数値を0に戻して!!!!」
「はいっ!!」

焦りを隠す余裕すらなくしたリツコの指示にマヤが答えた。
同時に神速でその指がプログラムを書き換えて最適化する。

「旧エリアにデストルド反応!!パターンセピア!!!」
「コアパターンにも変化が見られます!!プラス0.3を確認!!!」
「プラグ内、水温上がります!!・・・36・・・38・・・41・・・58・・・79・・・97・・・106!!!」
「体内アポトーシス作業、予定数値をオーバー!!危険域に入ります!!!」

リツコの指示にもかかわらず状況は好転しない。
帰ってくるのは状況が悪くなっている報告だけだ。

「現状維持を最優先!!逆流を防いで!!!」
「はいっ!!プラス0.5、0.8・・・変ですっ!!!堰き止められませんっ!!!!」

とうとうエントリープラグの中にまで異常は起こった。
無数の気泡が立っている。
中の温度が急激に上がっているのだ。

「これは、何故・・・?帰りたくないの?・・・シンジ君」

すべてが最悪の状況に転がってゆく・・・
あらゆる事が思い通りにならない・・・
何もかもが自分の想像を超えている。

思わずリツコは初号機に問いかけずにはいられなかった。
目の前のモニターには『REFUSED』の文字が点滅している。

「エヴァ、信号を拒絶っ!!」
「LCLの自己フォーメションが分解してゆきますっ!!」
「プラグ内、圧力上昇っ!!」

オペレーターの3人が絶望のこもった報告をする。
もはや限界だ。

「全作業中止!!電源を落として!!!」
「ダメですっ!!プラグがイグジットされますっ!!!」

リツコがあわてて指示を出すが何にもならなかった。
モニターの中のエントリープラグが開いてLCLが零れ落ちるのを発令所の全員が呆然と見送った。

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「シ、シンジ君・・・」

ミサトは駆けつけたケージでLCLとともに流れ出してきたマントを見つけた。
他には何もない。
シンジが溶け込んでいたLCLはどんどん排水溝に流れていく。
ミサトは嗚咽をあげながらマントを拾って抱きしめる。

「うっ、ううっ・・・うっうっ・・・ううっ・・・ 人、1人・・・人、1人助けられなくて、何が科学よ・・・。シンジ君を返してっ!!返してよぉぉ〜〜〜っ!!!」

ふと人の気配にマントから視線をあげると子供たちがいた。
みんな呆然としてミサトのもっているマントを見ている。

「み、みんな・・・」
「う、嘘ですよね?」
「・・・・・・」

マナの言葉にミサトはこたえる言葉をもたなかった。
シンジがどうなったかは彼等も目の前で見ていたのだから知っている。
ただ認められないだけだ。

「そんな、シンジ・・・」

ムサシが最初にくずれ落ちたのを皮きりに全員がへたり込んで泣き始める。

バシャン!!

「「「「「「「へ?」」」」」」

水音に驚いて全員が顔を上げるより早く何かがその横を駆けた。
そしてミサトの抱きしめてるマントを掴むと無理やり奪い取る。

「ち、ちょっと何!!」

顔を上げたミサト達が見たものはその身に黒いマントをつけた・・・シンジだった。
消えてしまった、死んでしまったと思っていた人物が目の前にいる。

「し、シンジ君!!」
「・・・・・・」

おもわずミサトが大声でシンジの名前を呼ぶがシンジに反応はない。
うつむいているために顔に濡れた前髪がかかって表情が読めない。

「シ、シンジ君なんでしょ?」
「・・・・・・そうですよ」

ミサトの言葉に答えたがシンジはうつむいたままだ。
その前髪から覗く目が異様な雰囲気をかもし出している。
率直に言うとそんじょそこらのホラー映画よりよっぽど怖かった。
下手に逆らうと危険だ。

「・・・・・・ミサトさん?」
「は、はいなんでしょうか?」
「あのプログラムを組んだのは誰ですか?」
「あのプログラム?」
「初号機の中に流れてきたあれですよ?」

シンジの声は地の底から響いて来たのかと思うほど低く重い。
ヤバイ・ヤバイ・ヤバイ・ヤバイ・ヤバイ・ヤバイ
ミサトは慌ててシンジの言っている事の内容を考える。

「え?あ、サルベージのプログラム?」
「へ〜あれってサルベージって言うんですか・・・」

なにやらシンジの様子がただ事じゃない。
怒りを無理やり抑えているが爆発一歩手前と言う感じだ。
激しく危険などす黒いものがシンジの周りに充満している。

「・・・で、だれです?」
「さ、最初のはリツコの作った奴だけど後のは時田博士の・・・」

シンジの言葉にミサトはあっさりはいた。
生存本能が訴えてくる。
今のシンジに余計な事を言ったり必要な事を言わなかったりしたら何されるかわからない。

「ああ、なんだ時田博士の仕事ですか・・・」

シンジが喉から搾り出すような笑いを漏らした。
どうやら目的は時田に決まったらしい。

ターゲット確認
「シンジ君!!無事だったかね!!!」
(((((あのばか!!)))))

場の空気をぶち壊しにして時田が現れた。
明らかに何も分かっていない。
シンジの口が邪悪に笑う。

ターゲットロックオン
「来たなカモねぎ・・・・」

シンジは邪悪な笑みと共に駆け出す。
銃弾のごとき勢いだ。
その勢いを殺さない絶妙な勢いでドロップキックを放った。

ファイヤ!!!
「ぬな!!」

訳も分からずドロップキックを腹に食らった時田が飛んだ。
ごろごろと転がって壁に激突する。
それを見たもの全員が時田は死んだと思ったが

「うう・・・」

しかし時田はあっさりと立ち上がる。
まともなダメージは無いらしくなんでもなかったように黒衣の埃を払った。

「な、何をするのかねシンジ君!!こんなこともあろうかと対衝撃吸収剤を編みこんだ黒衣アンド赤衣じゃなければ私は天に召されていたよ。」
「ちっ浅かったか・・・」

シンジは平然と蹴り殺しそこねたとくやしんでいる。
何があったのか知らないがかなり精神がすさんでいるようだ。

「一体どんな状況を想定したら作業着に衝撃吸収剤を編みこもうなんていう発想が出てくるんですか?」

シンジの言葉に聞いていた全員が頷く。
そもそもどうやって編みこんだのか疑問だ。

「甘いなシンジ君、科学者は手品師と同じようにいろいろ仕込んでおくものなのだよ。」
「どんな状況を想定して仕込むのか大いに興味ありますね」
「おかげで今命拾いしたよ。」

ぬけぬけとしゃべる時田にいち早く正気に戻ったミサトが噛みついた。

「時田!!アンタシンちゃんに何した!!」
「何って・・・何も」
「サルベージのプログラムになんかしたでしょうが!?」
「サルベージ?・・・ああ、なるほどそういうことか」

時田はミサトの言葉を聞くと満ち足りた笑顔でシンジを見る。
なにかいやな顔だ。

「シンジ君、大人の階段を上った感想はどうかね?」
「そんじょそこらの怪談を聞くより汗が噴出しましたよ。」
「ん・・・何か不満だったのかね?」

何故シンジがこんなに怒っているのかわからず時田はうろたえた。
男なら喜んでしかるべきのはずだ。

「一つだけ聞きます・・・父さんと冬月さん・・・あれは一体何のつもりだったんです?」
「なに?・・・ああなるほど・・・」

シンジの言葉に時田が納得した。
同時に時田の顔が引きつる。

「そ、そうか、元のデーターをいじっただけだから当然そのデーターも残っていたんだな」
「おかげでいやな汗がだらだら出てきましたよ。心臓が止まりそうになりましたね・・・」
「いや、それはすまないことをした。」

シンジからくる殺気に当てられて時田が冷や汗をかく。
冗談や洒落はまったく通じそうにない。

「なんで最初に削除しなかったんです?」
「いや・・・」

時田はあさっての方向を見る。

「司令と副司令ってあんな感じでいつもしかめっ面じゃないか?」
「・・・・・・それで?」
「いじったら面白そうだったから」
「死ね!!」

一気に距離を詰めたシンジが時田の襟首を掴んで放り投げる。
放物線を描いて時田はLCLに落ちた。

「ぜえ、ぜえ・・・」

怒りのせいで加減が効かないために肩で息をするシンジに誰もが唖然として話しかけることは出来なかった。
あのシンジをここまで駆り立てるものは一体何か・・・

「・・・シンジ君」

しかしそんなシンジに声をかけてあまつさえその肩をたたく猛者がいた。
シンジが振り向くとそこにいたのは山岸父だ。

「・・・マユミのセーラー姿はどうだったかね?」
「お前も共犯か!!」
「ふ、娘のためなら刷り込みもじさないこの親子愛・・・それがパパのいい・と・こ・ろ」
「お前も死ねや!!」

シンジは躊躇なく山岸も大根を引っこ抜くような感じで放り投げる。
まったく躊躇していない。
頭からLCLに突っ込んだ山岸が盛大な水しぶきを上げて沈んだ。

「し、シンちゃん、事情はわからないけれどやりすぎよ!!」
「ミサトさんはあれを見ていないからそんなことが言えるんです!!」
「あ、あれって何・・・」

ミサトの言葉にシンジは頭を抱えた。
思わず思い出してしまったらしい。
なにやら唸っている。

それを全員が脅威の視線で見た。
シンジにここまで精神ダメージを与えた”あれ”とは一体いかなるものか?

「で、でもいくらなんでも時田と山岸博士が・・・」
「呼びましたか?」
「へ?」

LCLを割って時田と山岸がシンクロナイズドスイミングのごとく現れた。
その黒衣が赤衣に変わっている。
LCLの中で裏返したらしい。

「服を着たまま泳いでいる?」

ミサトが思った疑問をそのまま口にした。
服を着たまま泳ぐ事は水泳選手でも難しい。
それなのにどう見ても運動と縁のなさそうな時田と山岸がすいすい泳いでいる。

「ふふっそれはこれのおかげなのだよ」

そう言って立ち泳ぎで時田は片手を上げる。
腕は丸い手甲のような物が手の肘の部分まで覆っていた。
その先端の部分から三本の爪が出ている。
どうやらそれが浮き輪のような役目をして爪が水かきになっているらしい。
セカンドインパクト以前の世代の何人かは気づいた。
あれはズゴックの腕だ。

「この赤衣はオプションパーツをつけることで水陸両用になるのだ!!」
「マジックハンドに変えればビームナギナタを高速で回す事も出来る!!」
「どこに隠してたそんなもの!!」

シンジの魂の突っ込みはスルーされた。
時田と山岸は上機嫌で説明を続ける。
自分の作品を自慢しているようだ。

「たかが服にそんなスペックを持たせてどうする!?」

シンジの叫びに皆が頷いた。
その間もシンジを無視して時田たちはすいすい泳いで遠ざかっていく。
どうやらさすがに今のシンジは危ないと学習したようだ。

「あ、くそ!!ミサトさん!!」
「え?あ・・・はい?」
「銃を貸してください」
「あ〜〜〜〜」

ミサトはまじめに貸すべきか悩んだ。

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「災難だったわね」
「本当よ」

疲れた声でミサトがリツコに答える。
あの後、何とかケージの混乱を収めてシンジを宥める事が出来た。
しかし払った代償は大きい。
時田と山岸がぼこぼこにされたのはまあいいとしても切れたシンジを落ち着かせるのに骨を折った。

「ごくろうさま、どう?これから一杯?」
「あ、ごみ〜ん今日これから予定あんの」

ミサトは両手を合わせてリツコに謝るとそそくさと駆けて行った。
その後姿を見送ったリツコが苦笑する。

「シンジ君が無事だとわかったとたん男に走るか・・・女の友情ってはかないわね・・・」

くすくすと笑ってリツコは飲み屋街に足を向けた。
言うほどミサトに呆れてはいないらしい。

リツコは携帯を取り出してオペレーターの三人に連絡をとる。
一人で飲むのも気楽でいいのだが今日はなんとなく大勢で飲みたい気分だ。

もちろん日向にはミサトの事はだまっておく。
日向のミサトに対する熱い視線の意味を知らないのはネルフではミサト本人だけだろう。
かなうかどうかは疑問だが。

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「リツコは・・・今頃、いやらしい女だって・・・軽蔑してるわね・・・きっと・・・」

とあるホテルの一室・・・そのベットにミサトと加持がいた。
むせ返るような情事の匂いの中で二人はけだるげに身を寄せ合っている。

「情欲に溺れている方が人間としてリアルだ・・・すこしは欺けるさ・・・」
「うちの諜報部を?・・・それとも司令?・・・リツコ?・・・それとも、私?・・・それとも・・・」

ミサトは身を起こして加持の顔を覗き込む。
加持はミサトを見ない。
ただ黙って天井で回っているファンを見ていた。

「・・・シンちゃん?」

思わぬ人物の名前に加持がわずかに身を震わせた。
平静を保ったつもりだろうがそんなことでごまかせはしない。

「・・・何故そこでシンジ君の名前が出てくる?」
「他に誰を欺きたいの?」
「いや・・・自分を・・・」

ミサトはあきれた感じでため息をつくと加持から離れた。

「他人をでしょ?あなた、人の事には興味ないもの・・・その癖、寂しがる・・・本当、お父さんと同じね・・・」

ミサトはサイドテ−ブルにおいてあったタバコを取る。

「煙草・・・まだ吸っていたんだ・・・」
「こういう時にしか吸わないわ・・・だから、知ってるのは加持君だけよ・・・」
「そいつは光栄だな・・・」

箱から一本取り出すとライターで火をつける。
一服して吐き出した。
紫煙が頭上に昇っていってファンに吹き飛ばされる。

「で?人類補完計画・・・何処まで進んでいるの?人を滅ぼすアダム・・・何故、地下に保護されているの?」
「それが知りたくて、俺と会っている・・・?」
「それも有るわ・・・正直ね・・・」
「ご婦人に利用されるのは・・・光栄のいたりだが・・・こんな所じゃ喋れない・・・」
「今は、私の希望が伝われば良いの・・・ネルフ・・・司令の本当の目的はなに・・・?」
「それはこっちが知りたい・・・」

加持は何処かぼんやりとしている。
心ここにあらずという感じだ。

「・・・それこそシンジ君なら知っているかもな・・・」
「・・・シンジ君か・・・」

加持の言葉にミサトが考え込む。
方法や理由はともかく彼の少年ならばこの疑問によどみなく答えを出してくれそうではある。
バカ正直に答えてくれるかは別問題だが、碇シンジとは無償でそう思わせる少年なのだ。

「・・・まだシンジ君のことを調べてるの?」
「いや、今はもうあきらめたよ。司令のほうでも調査はとっくに打ち切っている。」
「ならどうして?何も出てこなかったんでしょう?」
「ああ・・・」

ミサトは加持の顔を掴んで自分を向かせる。
その顔は真剣だ。

「・・・これ以上シンジ君のことを詮索するのはやめなさい。」
「なぜ?」
「シンジ君はね、本当は多分怖い子よ。おそらく人を殺した経験がある。」
「・・・ああ」

それは加持も気がついていたことだ。
そうでなければシンジのあの異常ともいえる力の説明が出来ない。
使徒を屠るあの手際は何年にもわたって培われたものだ。
決してゲームや映画、漫画のイメージからもたらされる物ではない。
だとしたらどこでそんな経験をシンジはつんだのか・・・

「だからシンジ君の深いところに踏み込むのはやめなさい、どんなに温厚な動物でも自分の大事なものを守るためには牙をむくわ」
「シンジ君の牙か・・・鋭そうだな・・・」

加持は苦笑した。
しかしその視線は天井から離れない。

「・・・シンジ君のいた町で何人か行方不明者や殺人事件が起きていた・・・」
「それをシンちゃんがやったていうの?」
「わからない、だが無関係でもないと思う。」
「司令は?司令もそのことを調べたんでしょう?」
「ああ、しかし直接の関係は認められなかったために無視された。」
「そう・・・」

シンジに人を殺した経験があることはミサトや加持クラスになれば直感で分かる。

おそらく必要とあればシンジはためらったりしない、そんな脆弱な少年ではない。
同時にミサトはシンジが理不尽にそんなことをするとも思っていない。
だとしたらシンジが誰かを殺さなければならない理由があったのだ。

シンジが人を殺さなければいけない理由とはなんだろう・・・
そして何故あの少年はそんな経験をしていながらあれほど皆に優しく在れるのだろう・・・

「・・・・・・」

考えても答えは出ない。
ただ一つだけ・・・碇シンジという少年は信じられる。
それだけは事実だ。

「どう?しない・・・もう1度?」
「ああ・・・そうだな・・・」

灰皿にタバコを押し付けるとミサトは加持に寄り添う。
応えて加持もミサトを抱き寄せた。

(・・・結局シンジ君の思ったとおりに事が進んでいるな・・・)

シンジは以前加持に言った。
ミサトに子供を作ってやれと・・・その意味が今なら分かる。
ふらふらして常に命の危険にさらされている自分・・・いまいち落ち着きがなく、本心では家庭を求めているミサト・・・
この二人を子供という共通項で括ってしまうつもりなのだ。

加持はミサトに子供ができればそうそう無茶も出来ない。
そして二人分の人生を背負うということになれば死んでもいられない。
ミサトにしても子供ができれば母親だ。
それは家庭に恵まれなかった彼女が本心で望むもの・・・

(これを全部計算ずくでしたとなるとかなりの策士だな、一体どこまで先を見通しているのやら・・・)

加持は苦笑するととりあえずシンジの策に乗る事にした。
本当に子供が出来るかどうかは神のみぞ知るがそれはそれで悪くもない。

(まあなるようになるか・・・)

かくして夜はふけていく・・・

新たなる日の夜明けに向けて・・・

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後日、時田のプログラムを映像再生したところ・・・それを見た全員が精神汚染を食らった。

内容に関しては見た者達がショックで記憶から消去したため不明・・・
特にゲンドウの衣装の部分については完全黙秘だ。
しかも無理に聞こうとすると錯乱して拒否する有様だったと言う・・・
こうして真実はまた一つ闇に葬られた。

ちなみに・・・犠牲者の中にはミサトとリツコの名前があった。
それによって時田が半殺しになったとかならないとか・・・
とりあえず時田の周囲には弾痕があったとだけ言っておこう。


これは少年と死神の物語






To be continued...

(2007.08.25 初版)
(2007.10.20 改訂一版)


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