舞い降りるは光の旋律
奏でられるは追憶の幻想
聴衆はただまどろみに沈み・・・夢を見る。
遠く・・・果てまで響く・・・セピア色の想い・・・
それは狂気と崩壊のメロディーとともに・・・
これは少年と死神の物語
第拾伍章 〔神曲の調べにのせて〕
T
presented by 睦月様
どこかの薄暗い空間・・・
例によって暗闇に立つのモノリスの群れ・・・
『『『『『・・・・・・』』』』』
いつものようにゼーレの会議だ。
しかし誰も発言する者はいない。
会議の開始をキールが宣言してからずっと沈黙が続いていた。
今日の議題は全員が知っているが誰も口を開かないのだ。
『・・・碇シンジが帰還した。』
議長のキールが口火を切った。
わざわざ集まったというのに何も話し合うことなく会を終わるわけには行かない。
『・・・報告によると身体的には何の問題もない様で・・・』
『エヴァからの帰還者か・・・』
『あの碇ユイ、惣流・キョウコ・ツェッペリンの東方三賢者達ですら出来なかったことを・・・』
全員の口調が重い。
それは理解できないことに対する恐怖
ゼーレは想像も出来なかった事態に混乱している。
『・・・あるいは初号機の中の碇ユイの意思が・・・』
『それはあるまい』
誰かが言いかけた言葉を他の者がきっぱりと否定した。
『報告は受けているだろう?彼奴は初号機からなんでもないように出て来たらしい・・・明らかに本人の意識的なものだ』
『そうだ!!』
大声で誰かが叫んだ。
いいかげん溜まっていたのだろう。
今までの沈黙がうそのように騒がしくなる。
『どこをどう見てもあやつは普通じゃない!!』
『そのとおりだ!計画の障害の中心は間違いなくあのものだ!!』
『最初の時点でさっさと排除しておくべきだったのではないか!?いまさらヨリシロの変更も出来んぞ!!』
『そんな事はわかっている!!しかし誰がこの状況を予想していたと言うのだ!?』
口々に現状の不満を言い合う。
内容はシンジの危険性と言う点で一致しているが実りのある意見はでない。
第三者から見ればただの愚痴だ。
『そもそも六分儀は何をしていたのだ!!』
『あやつなら事前にやり様はいくらでもあったはずだ!!』
『さよう!そうなればここまで碇シンジの増長を許すこともなかった!!』
『やはりあやつに計画の舵取りを任せたのがそもそもの間違いだったのだ!!』
結局のところはそこに行き着くがそれを許したのも彼らだ。
部下の失態が上司の責任ならこの現状も間違いなく彼らの自業自得だろう。
責任転嫁以外の何物でもない。
しかし、今更実力を行使するのも難しいのが現実。
シンジをどうこうしようとして失敗した経験がある彼らにとっては有効な手段が思いつかないのだ。
『いや・・・もしや最初からこれが狙いだったのでは・・・』
『なんだと!?』
『表面的には対立していると見せかけておいて裏では繋がっていたのだ!!』
『なんだと!!では碇シンジの行動には六分儀の意思が介入していると言うのか!!』
『十分考えられる事だ!なんといっても二人は親子なんだぞ!!』
話が妙な方向に転がり始めた。
疑心暗鬼とは恐ろしいものだ。
すでに普段の冷静さは失われている。
『・・・・・・・・・・・・静まれ』
キールの厳かな一言で場の空気が緊張した。
さっきまでうるさく騒いでいたメンバー達が静まる。
ゼーレにおける上下関係は絶対らしい。
『・・・確かに、碇シンジの存在は脅威だ。しかし今は内部だけ見ているわけにも行かない』
『ど、どういうことですか?』
『統和機構の方に妙な動きがある。』
痛いほどの沈黙が空間を締め付ける。
キールの言葉は簡単に聞いていいことではない。
その内容もかなり重要だ。
『・・・機構の者たちが動いている。』
『ど、どこでですか?』
『・・・アメリカ、ドイツ、中国・・・ネルフの支部のある場所でだ。』
『ま、まさか支部の破壊が目的なのですか!?』
思わず声を荒げてしまったメンバーがあわてて謝罪する。
しかしキールは特に気にした風もなく言葉を続けた。
『その目的は不明だ。・・・しかしだからこそ油断は出来ない。各支部には量産途中のエヴァがある。』
それは無視するわけには行かない事実だった。
彼らの計画にとって量産機はなくてはならないものだ。
間違っても失うわけには行かない。
『・・・各支部の警備を強化します。』
『そうだな・・・』
『本部はどうしましょう?六分儀もいまだ本心が見えません。』
本部にはシンジがいる。
それこそスパイどころではない致命的なポジションに彼はいるのだ。
実際にはシンジと統和機構は関係無いどころか目的が一致しているから敵じゃないと言うくらいのものでしかない。
逆に目的が対立すれば殺し合いをするような間柄だ。
もっとも、それを知らない彼らにとって機構とシンジはすでにワンセットになっている。
さらにたちの悪い事にゲンドウとシンジが裏で繋がっていると邪推して勝手に混乱の度合いを水増ししていた。
『・・・・・・』
キールはすぐには答えない。
しばらく黙ってから何かを考えているようだ。
初号機からシンジが戻ってしばらくするとゲンドウはシンジを呼び出し、交渉が行なわれた。
ここで交渉が決裂すれば彼らにとって心配事が一つ消えるはずだった。
今までの事を考えれば可能性は十分にある。
しかし、彼らの予想に反して交渉はあっさりすんでシンジはネルフにこれまでと同じように協力する事になった。
確かに初号機の問題を考えればシンジの力はこれからも必要だが一歩間違うと裏切り行為だ。
『・・・事情を聞く必要がある。』
『しかし、六分儀は今までの召還の際の尋問でもその本心を明かしていません。あっさりはくでしょうか?』
『・・・・・・本人ではない。』
『は?』
キールはしばしの沈黙をはさんだ。
『奴に近い者から事情を聞く事にする。』
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数日にわたる検査の後、シンジは呼び出しを食らった。
呼び出された場所は司令室、呼び出したのはゲンドウ
「つまりネルフにもどれって事?マジで言っている?・・・って言うか正気?」
シンジは半眼になって目の前の人物を見た。
視線の先にいるのは司令専用のイスに座ったゲンドウだった。
「・・・そうだ」
「自分達が追い出したくせに、面の皮厚いね?恥って言葉知ってる?」
「必要だからだ。」
「あっそ」
シンジは大げさにうんざりしたため息をつく。
思えば再会した当初からゲンドウとは会話が成立した覚えが無い。
シンジはじっとゲンドウを見た。
応えるようにゲンドウもシンジを見る。
もっともサングラスをかけているのでじかに見詰め合っているとはいえないかもしれない。
(母上様・・・あなたが言っていた可愛いところ・・・ぼくには一生理解できそうにないです・・・って言うかこの人をかわいいといえるあなたは本当に人類ですか?)
傍目にはひどく緊張した空気が漂っているが当の本人にはどこ吹く風だ。
内心ではユイに対してかなり失礼な事を考えている。
無理もないとは思うが
「シンジ君」
シンジは視線をずらした
ゲンドウの斜め後ろにいつものように直立不動で冬月がたっている。
ゲンドウでは話にならないと見切りを付けたシンジが話し相手を冬月にシフトした。
冬月のほうもシンジの無言の催促を理解して同意の苦笑と共にうなずく。
「君の腹立ちは十分に正当なものだ。しかし初号機には君が必要だと言うことが今回のことでよくわかった。どうか考えてみてもらえんだろうか?」
もちろんシンジは裏の事情もおおよそ理解している。
シンジをネルフから出そうとしたのはゼーレの差し金だと言うことくらい先刻承知だ。
しかしだからと言って素直に応じるのも面白くない。
「大体、初号機は凍結されたんじゃなかったんですか?」
シンジが帰還してからすぐに知ったことではあるが今初号機は凍結されている。
まあ、S2機関を取り込んだ時の暴走を見れば仕方ないとは思うが初号機の使えない状態でパイロットがいてもしょうがない。
「シンジ君、全ての事情より使徒殲滅が優先される。現場の判断と言うものも必要だ。」
「・・・はなから使徒が来たら凍結を解除するつもりですか?」
「もちろん必要性のある緊急事態ならばという条件付きではあるがね・・・」
使徒来襲は十分にその緊急事態に当てはまるだろう。
要するに状況が悪くなったら出すと言っているのだ。
遠まわしな譲歩といったところか
「大人って大変ですよね、体裁を気にしないと動けないんですから」
「くくくっ君もあと三十年すれば理解も出来るだろう。」
「経験者が語るってことですか?」
「そうとってもらってかまわんよ。悔しかったら年をとることだね」
どうやら完全に開き直っているようだ。
これ以上は暖簾に腕押しだろう。
シンジもこれ以上は意味がないと悟って早々に打ち切ることにした。
「・・・まあいいでしょう。それじゃ要求として今までのぼくの条件を復活させる事」
「わかっているよ、すぐに手配する。」
「それとあらためて契約金として20億」
「・・・まあ仕方ないな」
あっさりと冬月は了承した。
「・・・問題ない」
ゲンドウもおきまりの調子で了承する。
あんまり気前がいいので反対にシンジがいぶかしげだ。
「・・・やけに素直なんですね・・・」
「まあ、今までの事もあるし、可能な要求ならのむつもりだったよ。君にはその価値があるし、20億ですむなら安いものだ。」
「おだてても容赦はしません。」
「厳しいな」
冬月は苦笑した。
シンジは話が終わったとゲンドウ達に背を向けて部屋を出ようとする。
「・・・シンジ」
名前を呼ばれて振り返ってみると珍しくゲンドウが自分からしゃべっている。
「・・・お前は何故ここに来た?」
「どういう意味さ?」
「何が目的でこの町に来たのかと聞いている・・・」
「・・・・・・何が言いたい?」
シンジの気配が一変した。
ひどく鋭利な空気が場を支配する。
かみそりのようなぴりぴりした物が体中の毛穴から体にもぐりこんでくるようだ。
「・・・アンタがぼくを呼び出したんだろう?」
「それだけではあるまい?お前の望みにはネルフの存在が必要なはずだ。」
シンジの視線がさらに鋭くなった。
「・・・もし、あんたの言う事が正しいとして・・・それでぼくと取引でもしたいわけ?」
「いや、そんなつもりは無い、お前のほうにその気はあるまい?」
「ならなぜ?」
「・・・・・・」
しばらく重い沈黙が二人の間を支配する。
二人はまったく微動だにしない。
横で見ている冬月の方が場の空気に当てられて顔を青くしながら冷や汗をかいていた。
「・・・・・・シンジ?」
「なにさ?」
「・・・・・・母さんには会えたか?」
ゲンドウの言葉にシンジは一瞬だけ迷った。
しかし表面的には無表情を貫く。
「・・・母さんは死んだんじゃなかったっけ?」
「・・・・・・」
ゲンドウからの答えはなかった。
しばらくそのままの状態が続いた後、シンジは部屋を無言で出て行った。
「・・・あまりシンジ君を刺激するのは得策とは思えんな・・・周りを巻き込まんでくれ」
冬月が目の前のゲンドウの背中を見ながら文句を言った。
度々ゲンドウとシンジの間に挟まれてとばっちりを食らっている身としては文句もでる。
「・・・・・・」
対するゲンドウは無言・・・
その姿から何を考えているのか窺い知る事は出来なかった。
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司令室から出たシンジはまっすぐに通路を進んでいく。
(何なんでしょうね?)
(カマをかけてきたと言うより・・・あれは何かの確認かもしれないな・・・)
シンジはゲンドウとの不可解な会話を思い出していた。
何が言いたかったのかは分からないでもない。
ゲンドウにユイに会えたかどうか聞かれたとき、シンジはユイの事を言うかどうか迷った。
しかしゲンドウの真意がいまだに理解できないのとゲンドウがシンジの言葉を信じるかどうか自信がなかった。
残念ながら二人の間に信頼関係と名のつくつながりは無い、ついでにゼーレに伝わる可能性は少ないほうがいいというのもある。
第一どうやってそれを知る事が出来たのかと聞かれればブギーポップの事も話さなければならないだろう。
それはさすがにまずい。
総合的に考え、最終的にはユイの事を言わないことにした。
人類補完計画などというふざけた計画を実行しようとしている連中だ。
シンジの秘密を知ってどういう行動に出るかはさすがに予想できない・・・狂人の思考など理解しようとも思わないが・・・
「・・・人類補完計画か・・・」
シンジはユイに教えられた事を反芻する。
人類を一つにして完全な使徒に戻す計画・・・
その実態はサードインパクト・・・世界の危機だ。
そしてシンジ達はそれを防ぐ者たち・・・
ゲンドウたちがあくまでそれにこだわるならば・・・・・・
「・・・・・・」
シンジは一瞬だけ横目で背後を見るとそのまま歩き去った。
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「・・・・・・シンジ君、あっさり戻ってきたわね・・・・」
「ホントね、てっきり一悶着あると思っていたけれど・・・」
リツコの執務室、一仕事終えたミサトがサボりに来ていた。
部屋の主であるリツコの方も一段落したらしく今は二人で机をはさんでコーヒーをすすっている。
「知っていた?シンジ君、前と同じ待遇と今度は20億を要求したらしいわよ?」
「マジ?・・・司令の答えは・・・って聞くまでもないか・・・」
「「問題ない」」
いいかげんなれたパターンだ。
二人そろってクスリと笑う。
「それにしてもまえのとあわせて30億?」
「子供のお小遣いにしちゃ法外よね」
「唾つけとけばよかったかしら?」
「若いツバメ?やめときなさいな、若くないんだから」
「う!!ま、まだ20代よ!!」
強がるが流石に今更あの子達の中にはいっていけるほどの自信は無い。
月日とは無情なものなのだ。
主に女にとって
「・・・それで?本当は何しに来たの?」
「何って、サボりよ」
「堂々と言うもんでもないでしょ?いまさら何遠慮してるの?」
リツコの言葉を聞いたミサトの顔から表情が抜ける。
「・・・シンジ君、どうやって戻ってきたのかしら?」
「・・・・・・本人はよく覚えてないって言っていたわね」
「アンタ、それ信じていないんでしょ?」
リツコは肩をすくめる。
その顔に浮かぶのは苦笑
「それを聞いてどうするつもり?そんなことが気になるんなら直接本人に聞くべきじゃない?」
「あたしが気になっているのはシンジ君の事じゃないわ・・・いまさら何したってあの子ならなんとなく納得できるし」
「すごい認識ね・・・・・・なら何を気にしているの?」
「あんたのことよ」
ミサトの言葉にリツコの顔がいぶかしげなものになる。
それほどにミサトの言葉は意外だった。
「わたし?」
「そう、アンタまたシンジ君の事調べてるでしょ?」
「シンジ君の事は口実?・・・チルドレンの健康管理は私の担当でしょ?」
リツコはとぼけた。
ばれないようにしていたつもりだがさすがは作戦部長と言った所か・・・
「アンタの本当の目的はなに?・・・健康管理だけが目的ならこんな事言わないわよ、シンジ君だけ重点的にいろいろ調べているでしょう?普段の生活から体の検査まで・・・」
「それは重要人物ですもの・・・」
「あんまりプライベートに深入りするとシンジ君でも怒るわよ?」
「脅し?」
「忠告よ」
ミサトは大きくため息をついた。
「・・・・・アンタ、あのマントを見てからおかしいわよ?」
「・・・マント?」
「エントリープラグの中にあったあの黒いマント・・・」
リツコはその言葉に意表をつかれた。
しかしそれをポーカーフェイスで隠して会話を続ける。
ある程度ミサトに知られるのもこの際仕方ない。
「しかもマヤちゃんの様子も少しおかしいわね?彼女まで巻き込むのはいただけないわよ?」
「よく見ているのね・・・でもマヤは自分からかかわってきちゃったのよ、そうなると後は本人の責任でしょ?ああ見えてマヤも20代、子供じゃないんだから」
「まあそう言う見方もあるけれど・・・」
ミサトは残っていたコーヒーを飲んでしまう。
カップを机に置き、一呼吸分の間を置いてから口を開いた。
「あんたがシンジ君の秘密に興味をもっているのは知っているし、おそらくあのマントが何かの意味をもっているって事もなんとなくわかる。」
「さすがは作戦部長様、目の付け所が違うのね」
「茶化さないで」
「・・・逆に聞くわあなたは彼の秘密に興味はないの?」
リツコの言葉にミサトは少し考え込む。
だが答えはすでに出ていた。
「気にならないって言えば嘘になる・・・でもね、同時に彼の秘密は本来私達がかかわっちゃいけない物のような気がするのよ。」
「勘?」
「そう、女の勘」
「あなた籤運悪かったわよね?」
「冗談で済ませるつもりはないの」
リツコはわかっていると言う感じで頷く。
茶化し通すつもりはないし、それをこの親友が見逃すとも思えない。
「私の事より・・・加持君はいいの?」
「あいつにも言ったわよ、でも・・・」
「おとなしく聞くような性格じゃないわね・・・」
ミサトはどうしようもないと言う感じに呆れた顔をする。
リツコはそんなミサトを見ながら笑った。
「なら私の事もわかるでしょ?これも性分だから・・・」
「・・・・・・シンジ君は話すべきだと思ったらきっとうち開けてくれる・・・それまで待てない?」
「ロジックじゃわかっているんだけどね・・・」
「理性と好奇心の折合がつかないってこと?」
「そんなところね・・・」
リツコの瞳を見た瞬間ミサトはあきらめた。
これは何を言っても無駄だろう。
見たこともないほど妖しい光がある。
「アンタ、推理小説とか好きでしょ?」
「嫌いじゃないわよ?なんで?」
「あれって人に犯人を教えてもらうとむかつかない?」
「・・・否定はしないわ」
ミサトは座っている椅子から立ち上がった。
「あんまりシンちゃんに迷惑かけないでよ・・・」
「善処するわ」
リツコの返事を聞くとミサトはため息をついた。
シンジが来るまでは自分はネルフでも型破りな方だと思っていたが最近そうでもないような気がしている。
と言うより自分より破天荒な人材が周りに増えてきていて、むしろ薄くなっている感じがするのだ。
(・・・まあシンちゃんならひどい事にはならないか・・・)
その点に関してはミサトはシンジに十全の信頼を置いていた。
「ミサト・・・」
「ん〜?」
部屋を出ようとしたミサトは呼び止められて首だけでリツコを振り返る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
親友とはいいものだ。
その言葉だけで思いは伝わる。
ミサトは背後に向けて手を振ると部屋を出て行った。
「・・・ふう」
リツコは白衣からタバコを取り出した。
箱から出して見るとどうやら最後の一本のようだ。
口にくわえてて火をつける。
「ウ!!・・・ゴホンゴホン」
おもわずむせた。
慌てて灰皿に押し付ける。
「あ・・・そっか、さいきん吸ってなかったわね・・・」
ここ一ヶ月ほどシンジのサルベージに没頭して吸うのを忘れていた。
その後もシンジのデータの見直しでことごとく吸う暇がないほど集中していた。
そんな感じで一ヶ月ぶりのタバコだった。
さすがにそれだけ吸ってないとむせる。
「・・・いい機会だから禁煙しようかしら・・・」
リツコは握ったタバコの箱を見ながら呟いた。
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数日後・・・
その日・・・ネルフは混乱していた。
警報が鳴って使徒が接近しているわけではない。
もちろん統和機構がネルフを襲ったわけでもない。
その混乱はあくまで一部の者達の間にしか知らされず、一般の職員は何かが起こっているということすら知らなかった。
「拉致されたって・・・副司令が?」
「はい」
ミサトの執務室に緊張が走る。
今この部屋にいるのは自分の椅子に座ったミサトと机を挟んだ先に立っている諜報部の黒服の二人の三人だけだった。
「何時の事?」
「今より2時間前です。西の第8管区を最後に消息を絶っています」
「うちの所内じゃない。諜報部は何をやってたの?」
「申し訳ありません」
黒服の男は謝るが頭を下げさえしない。
本当に申し訳なく思っているのかは疑問だ。
「身内に内通、及び扇動した者がいます。その人物に裏をかかれました」
「諜報2課を煙にまける奴・・・まさかっ!?」
「加持リョウジ。この事件の首謀者ともくされる人物です」
ミサトの瞳が一瞬大きく開いて逆に細くなる。
大体の状況は飲み込めた。
「・・・で、私の所に来た訳ね?」
「ご理解が早く助かります。作戦部長を疑うのは同じ職場の人間として心苦しいのですが・・・。これも仕事ですので」
「私と彼の経歴を考えれば・・・当然の処置でしょうね」
ミサトは懐から銃とIDカードを取り出して机の上におく。
「ご協力感謝します。・・・お連れしろ」
諜報部員に連れられてミサトは部屋を出た。
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(・・・委員会ではなくゼーレのお出ましとはな・・・)
周囲を見回して冬月は内心で呟いた。
「久しぶりです。キール議長・・・全く手荒な歓迎ですな」
冬月は暗闇の中で椅子に座っていた。
後ろ手に拘束されている。
冬月の周囲を囲むようにモノリスがうかび上がっていた。
『非礼を詫びる必要はない。君とゆっくり話をする為には当然の処置だ』
冬月はNO1と表示されているモノリスを見た。
それがキールの使っているモノリスだ
「相変わらずですね・・・私の都合は関係なしですか?」
言ってみてから苦笑する。
そういえばシンジも同じようなことで文句を言っていた。
自分がその立場になってみると彼の気持ちも理解出来る。
『議題としている問題が急務なのでね』
『やむなくなのだ』
『解ってくれたまえ』
他のモノリスたちが次々にいい訳めいた事を言う。
この状態で言われても勝手なことを言われているとしか思えない。
そもそもすでに何かを”聞く”ではなく”尋問”するといった状況だ
『我々は新たな神を作るつもりはない』
(新たな神か・・・)
その一言で冬月はゼーレが自分に何を聞きたいのかを理解した。
彼らにとって一番気になる事と神になると言う単語から考えればおのずと一人の少年の事が頭に浮かぶ。
『ご協力を願いますよ。冬月先生』
思わず冬月の顔が苦笑に歪む。
「冬月先生・・・か・・・・・・」
それは古い記憶を呼び起こす言葉だった。
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「だから何でミサトが拘束されるのよ!!」
アスカの怒鳴り声にリツコが顔をしかめた。
リツコの執務室にシンジ達全員が詰め掛けている。
「・・・言えないわ」
「なんでよ!!」
リツコの冷静な声にアスカがヒートアップする。
もともと血の上りやすい性格の子だ。
こうなるとまともな話しにならない。
「アスカ、落ち着いて」
「何言ってんのよ!」
レイがなだめるが効果は薄い。
このままでは話にならないとシンジが代わって前に進み出た。
シンジが話をするのには文句はないのかアスカがおとなしくなる。
「リツコさん、」
「・・・なにかしら?」
「冬月さんの誘拐に関係あるんですか?」
「「「「「え?」」」」」
子供達から驚きの声があがった。
リツコはきつい眼でシンジを睨む。
「・・・誰から聞いたのかしら?」
「マヤさんに」
「そう、あの子が・・・」
「あんまり責めないでくださいね、挙動不審だったのを問いただしたんですから」
「それでもね・・・」
「あの人がそんな重要な事を知って自然にしているなんて出来ませんよ。根が誰より正直者なんですから、本当に重要なら言わなきゃよかったんです。」
「・・・たしかにね」
シンジの言葉には苦笑するしかない。
否定できる要素が思いつかないのだ。
確かにマヤがそんな重要なことを聞いて平然としていられるわけがない。
それならば最初から言わなければ良いと言うのは正しい判断だ。
「でも、だからって詳しいことを言うわけには行かないの、わかるでしょ?」
「そんな〜」
マナが不満そうに言った。
頬を膨らませているのがなんとも可愛いがリツコは無視する。
シンジはそんなリツコに対して少し考えてから口を開いた。
「リツコさん?」
「何かしら?」
「最近、加持さん見ませんよね?」
その言葉にリツコの態度が一瞬だけ揺らぐがすぐに元に戻った。
しかしその一瞬を見逃したものはいない。
だが、誰もそれを追及しなかった。
シンジが真剣な顔で話しているときは不介入が原則だ。
それを皆よく知っている。
「どういうことかしら?何が言いたいの?」
「いえ、どこにいるのか知っていたら教えてほしいんですけど」
「・・・・・・」
リツコは少し考える。
言っていいものかどうか悩んでいるのだ。
シンジならその一言から全体像をはじき出す可能性がある。
「・・・・・・ふっ」
軽いため息が漏れた。
結局この沈黙も答えになっているようなものだと気がついたからだ。
「・・・”私達”も今探しているの」
「そうですか、どこにいるか手がかりでもありません?」
「私はわからないけれど彼も”専門家”だしね、他の人も見つけられないみたい」
「そうですか・・・」
それだけ言うとシンジはリツコに背を向けた。
「え、ちょっと!!」
あわててアスカを先頭にシンジに続く。
全員が退出して扉が閉まると同時にリツコはため息をついた。
「・・・・・・ほんっと、怖い子ね・・・」
リツコの顔はそれでも笑っていた。
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「ちょっと待ってよシンジ」
リツコの執務室を出て歩いていたシンジにアスカ達が追いついた。
「一体どういうことなのよ!?説明して!!」
「ん〜ちょっと面倒なことになっているみたい」
「面倒?どういうこと?」
シンジはどう説明したらわかりやすいか考えた。
半分ほどはシンジの予想でしかないが自信はある。
「まず、ネルフの諜報部は決して無能じゃないんだよ。たしかに甘い部分はあるけどおおむね標準以上だ」
「だから?」
「少なくとも自分達の組織のNO2をむざむざ攫われるほど無能じゃないって事」
「でも・・・じゃあどうして?」
アスカが頭をひねる。
レイがかわりに口を開いた。
「・・・内通者?誰か誘拐に協力した人物がいるの?」
「多分そんなところ」
「なんですって!?」
思わずアスカが叫んだ。
シンジはとっさにアスカの口を手でふさぐ。
「これは秘密なの、そんな大声で叫ぶもんじゃない」
アスカはシンジの言葉に頷いた。
シンジがアスカから手を離す。
マナが青い顔で口を開いた。
「じ、じゃあまさかミサトさんが?」
「それは無いよ」
シンジがマナの言葉を速攻で否定する。
「もしミサトさんが内通者ならおとなしく捕まるわけない、さっさと逃げてるよ」
「で、でも・・・それじゃ何で?」
マナの言葉にシンジが少し困った顔になる。
該当しそうな人物に一人心当たりがある上にさっきのリツコの反応を見ればおそらくあたりだろう。
「たぶん・・・加持さん」
「ぬわんですって!!」
マナがシンジの代わりに再び叫んだアスカの口をふさぐ
「二回目だよ、次にやったらペナルティー付だから」
アスカは頷いたがマナはアスカの口を押さえたままだ。
これ以上話が脱線しないようにしてくれているらしい。
「ミサトさんは関係ない、なのに拘束されてるって事はそれ以外の理由があるはずなんだ。」
「・・・それが加持さん?」
レイの言葉にシンジは頷いた。
「二人の関係を考えれば当然だと思うけれど、それに加持さんは諜報部の人間だ。やってやれなくもない」
「・・・でもなんで、理由がないわ」
「それなんだけど・・・」
冬月を拉致しそうな組織・・・戦自、国連、統和機構・・・あるいはその他の組織、いくつか考え付きはするが加持の協力があったとはいえネルフにまったく感づかれずに冬月を攫う事は無理だろう。
しかし・・・
「・・・一つだけ・・・痕跡をまったく残すことなくやれる組織がある。」
「それはどこなんだ?」
ムサシが声を低くして聞いてきた。
あまりおおっぴらに話すべきことでは無い。
一応周囲に警戒はしているが念を入れるに越した事は無いだろう。
他の皆もムサシに習ってシンジに近づいて耳を傾ける。
「ゼーレ」
「「「「「!!!?」」」」」
全員が驚くが大声は出さない。
全員がシンジから名前だけは聞いた事のある組織、人類補完計画という幻想に浸っている狂人達・・・
そして自分達の所属するネルフの上位組織の名前だ。
「ネルフはゼーレの下位組織だ。当然冬月さんの情報も手に入れるのはたやすい」
「・・・シンジ君、でも何故?副司令を連れて行かなくても呼び出せばいいんじゃない?」
レイの質問にシンジも首をかしげる。
「さあね、大方堂々と聞けない情報や裏話を聞きたいんで攫ったってところかな?それ以外であの御老体を連れて行く理由は思いつかない。」
シンジはあっさりとかなりとんでもない事を言う。
本人がいないからこそ言える事だ。
「でもそれじゃ・・・」
レイの言葉にシンジは頷いた。
「うん、多分これは・・・内輪もめ・・・かな?」
全員の口からため息が漏れた。
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『S2機関を自ら搭載したエヴァンゲリオン初号機、そして弐号機・・・』
『それは理論上無限に稼働する半永久機関を手に入れたと同義だ』
『5分から無限か・・・突飛な話だ』
周囲のモノリスは勝手に議論を進めていく
その中心の冬月は完全に無視だ。
何のために連れてこられたかわからない。
『絶対的存在を手にして良いのは神だけだ』
『人はその分を越えてはならん』
それを聞いた冬月は内心で苦笑する。
人類補完計画という神への冒涜以外の何者でもない計画を進めているこの連中がいまさら神を恐れるような事を言っても説得力のかけらすらない。
それを自覚しているのかいないのか・・・自覚していないなら妄想狂としてまだ救いはある。
自覚しているとしたら精神の構造が狂っているだろう・・・いや、狂っていなければこんな計画にそもそも乗らないか・・・・・・
(・・・それは私にもいえるな)
冬月の唇が皮肉を表す形に歪む。
『我々に具象化された神は不要なのだよ」
『我々のシナリオにそんな物はない」』
冬月の内心を無視して話は進む。
あるいは冬月を洗脳しようとしているのだろうか?
『・・・神を造ってはいかん』
『ましてや、あの少年たちに神を渡す訳にはいかんよ』
『子供のおもちゃにはいささか過ぎた代物だ・・・それに・・・』
『六分儀ゲンドウ・・・信用に足りる人物か?』
威厳を込めた会話が冬月の頭上で交わされる。
しかし冬月はそれを聞いてはいなかった。
その意識は過ぎ去った過去を見ていた。
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セカンドインパクトの起こる数年前・・・
冬月は京都の大学で教鞭をとっていた
「冬月先生〜」
背後から名前を呼ばれて白衣を着た冬月が振り返る。
そこにいたのは自分の教え子の生徒だった。
「んっ!?ああ、君達か・・・」
当然だが中年に差し掛かったばかりの冬月は若かった。
髪の色は黒かったし、自分の人生にこれといって不満も無い大学教授・・・それが冬月コウゾウという人間だった。
いまだ運命に出会う前の事だ。
「碇ですか?」
「そうだ、生物工学で面白いレポートを書いてきた学生だが、知っているかね?」
「いえ・・・」
学生達の誘いを断りきれずついていった居酒屋・・・
そこで大学の教授に優秀な生徒がいるといわれて聞いた名前・・・
それが碇と言う名前を聞いた最初だった。
「君の事を聞いて、是非会いたいと言っていた。」
「碇君ですね、わかりました。」
たいしたことじゃないと思っていた。
教授が眼をつけた優秀な生徒・・・その時はそれだけの人物だと思っていた。
大学に入ってきて数年経てば社会に出ていく多くの学生の一人・・・しかしそれは大きな勘違いだったのを後に知る。
それ以降、碇と言う名を持つものたちが冬月の運命をゆがめていく事になる。
地方の一教師でしかなかった彼の人生は碇の名を聞いた瞬間から変わり始めたのをまだ本人すら知らない。
「これ・・・。読ませて貰ったよ。2つ、3つ、疑問が残るが刺激的なレポートだね」
「ありがとうございます」
冬月はレポート用紙から顔をあげて正面に立つ女性を見る。
中性的な顔立ちでショートカットの栗色の髪の女性だった。
「碇・・・ユイ君だったね?」
「はい」
・・・愛すべきと言うのだろうか・・・
彼女は優秀な生徒であり、冬月の担当する形而上生物学に興味を抱いていた。
そして何より彼女は無条件に人をひきつける魅力にあふれていて時々冬月をはっとさせるような本質を突く観察力も持っていた。
「この先、どうするつもりかね?就職か?それともここの研究室に入るつもりかね?」
「まだそこまで考えていません。それに第三の選択も有るんじゃありません?」
「・・・んっ?」
冬月には最初、ユイの言う第三の選択が思いつかなかった。
しかしユイは何かうれしそうだ。
「家庭に入ろうかとも思っているんです♪良い人がいればの話ですけど♪♪」
まあ女性であるユイにとってはそれも選択肢の一つだろう。
当然と言えば当然だが多少は意外でもあった。
彼女が家庭を持って子供を育てる・・・・それは確かに理想的な家庭を作るだろう。
彼女がそれに納まってしまうほどの器とは思えなかったのが一つ・・・もう一つは彼女の隣に立つ人物が想像できなかったからだ。
しかしほどなく冬月はその人物をじかに見る事になった。
それは冬月の研究室にかかってきた一本の電話・・・
「・・・六分儀ゲンドウ?聞いた事はあります・・・。いえ、面識は有りませんが・・・。色々と噂の絶えない男ですから・・・ えっ!?私を身元引受人にっ!!? ・・・い、いえ、伺います。いつ伺えばよろしいでしょうか? 」
かかってきた電話は警察からだった。
六文儀ゲンドウと言う男が自分を身元保証人にして迎えに来いと言っているらしい。
ほっとく事も出来ずに冬月は応じた。
(そう、彼の第一印象は嫌な奴だった・・・)
警察署の前で冬月は白い息を吐きながら待っていた。
今は冬だ。
コートを着ていても寒さが身にしみる。
「ある人物からあなたの話を聞きましてね・・・。一度、お会いしたかったんですよ」
彼は警察署から出て冬月を見つけると最初にそんな事を言った。
これがゲンドウが最初に冬月にかけた言葉だ。
六文儀ゲンドウ・・・
大学内でも有名な人物だ。
・・・いい意味ではない。
「・・・酔って喧嘩とは意外と安っぽい男だな」
「話す間もなく一方的に絡まれましてね・・・人に好かれるのは苦手ですが、疎まれるのは慣れています・・・」
ゲンドウの顔は殴られた部分が赤く腫れあがっていた。
腕にも包帯が巻かれている。
「・・・私は関係ない事だ」
「冬月先生・・・どうやらあなたは僕が期待した通りの人の様だ」
ゲンドウの言葉の意味はわからなかったが、冬月はもうゲンドウの名を聞く事もないだろうとたかをくくっていた。
そして・・・このとき冬月はもう少し考えておくべきだった
ゲンドウがいったいだれから自分の名前を聞いたのか・・・
(そして、あの時はまだこの国に季節、秋があった・・・)
あれは紅葉の美しい山に行った時の事だった・・・
「・・・本当かね?」
冬月はおもわず後ろからついてきていたユイを振り返る。
「はい、六分儀さんとおつき合いさせて頂いています。」
ユイは心底嬉しそうだが冬月はなんとも言えない顔だ。
(それを聞いた時・・・私は驚きを隠せなかった・・・)
何とか皮肉に聞こえないように言葉を選んで冬月は口を開いた。
「君があの男と並んで歩くとは・・・」
「あら、冬月先生、あの人はとても可愛い人なんですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・可愛い?」
おもわず聞き返してしまった。
彼女には悪いが多少正気を疑ってしまったのは仕方がないだろう。
それほどユイの言葉は冬月にとって意外を通り越したその先にあったのだ。
「ええ・・・みんな、知らないだけです」
「・・・知らない方が幸せかもしれんな・・・」
ユイの嬉しそうな顔をみればわざわざ自分の考えを言って曇らせるのは気が引ける。
いろいろと言いたい事はあったが冬月はその言葉を飲み込んだ。
「あの人に紹介した事・・・ご迷惑でした?」
「・・・いや、面白い男である事は認めるよ・・・好きにはなれんがね・・・」
関わりあいになりたくないタイプ・・・それが素直な意見だった。
今でもその思いは変わらない。
(彼はユイ君の才能とそのバックボーンの組織を目的に近づいたというのが大学の仲間内での通説だった・・・その組織はゼーレと呼ばれるという噂を・・・耳にしたのは後の話だ。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・西暦2000年
(セカンド・インパクト・・・20世紀最後の年にあの悲劇は起こった)
右をみても左を見ても悲しみしかない時代・・・
死が日常茶飯事に横行し・・・
昨日まで”人間だったもの”が地面に転がっているのが珍しくなくなっていた。
(21世紀の最初の年は地獄しかなかった・・・他に語る言葉を持たない年だ・・・)
冬月はそんな時代をなんとか生き延びた。
そしてセカンドインパクトの翌年、研究員の一人として冬月の姿は南極にあった。
セカンドインパクトの中心地・・・最初に悲劇に見まわれた地・・・
「これがかつての氷の大陸とはな・・・見る影もない・・・・・・」
360度見回しても赤い海しか存在しない世界・・・
それがかって南極と呼ばれた場所のなれの果てだった。
動物はおろか魚一匹いない死の世界 ・・・
「冬月教授」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれて冬月は振り返る。
そこにいる人物を見て軽く眉をしかめた。
「・・・君か。良く生きていたな。君は例の葛城調査隊に参加していたと聞いていたが?」
「運良く事件の前日に、日本に戻っていたので悲劇をまぬがれました」
ゲンドウはニヤリと笑う。
一応笑っているのかもしれないがもとの顔が恵まれてないだけに不気味な笑いになっている。
冬月は軽く顔が引きつった。
「そうか・・・六分儀君、君は・・・」
「失礼、今は名前を変えていまして・・・」
冬月の言葉をさえぎると、ゲンドウは懐から一枚のはがきを取り出した。
「・・・ハガキ?名刺じゃないのかね?」
ゲンドウからはがきを受け取る。
中身を読んだ冬月が軽く驚きの声を出す
「・・・碇ゲンドウ!?」
内容はかわいい天使のイラストと真ん中にあるハートの中に『結婚しました』の文字、さらにその下には万年筆で『お元気ですか』とユイの手書きの文字がある。
「妻がこれを、冬月教授にとうるさいので・・・あなたのファンだそうです」
「それは光栄だな。ユイ君はどうしている?このツアーに参加しないのかね?」
「ユイも来たがっていましたが・・・今は子供がいますんでね」
ゲンドウの言葉に再び冬月は唖然とした。
結婚したと言うだけでも驚きなのにさらに子供までがいると言う。
目つきが多少険しくなったとしても仕方ないだろう?
「・・・・・・君の組織、ゼーレとか言ったかな?嫌な噂が絶えないね・・・力で理事会を押さえ込むなんて感心できんよ。」
「変わらずの潔癖主義だ。この時代、綺麗な組織など生き残れませんよ」
「今回のセカンドインパクトの正式調査・・・これもゼーレの人間だけで調査隊を組めば色々と面倒な事になる。・・・その為の間に合わせだろ。私達は?」
冬月の皮肉にゲンドウはニヤリと笑った。
それだけで答えとしては十分だ。
【2002年】
「・・・彼女は?」
「例の調査団、唯一人の生き残りです」
四方だけじゃなく天井と床まで真っ白な部屋の中央に一人の少女が座っている。
青みがかって見える黒髪の少女だ。
部屋と同じような純白の入院服のような服を着ている。
その眼には何も映っていない。
まるで部屋の白さに合わせる様に少女も真っ白になっている。
「名は葛城ミサト」
「葛城?・・・葛城博士のお嬢さんか?」
それは南極で調査をしていた葛城調査隊の責任者の名前・・・
「はい。もう2年近く口を開いていません」
「酷いな・・・」
「それだけの地獄を見たのです・・・体の傷は治っても、心の傷はそう簡単には治りませんよ」
精神的なショックによる失語症・・・
肉体的な怪我もあったようだがそっちの方は完治している。
しかし精神の傷は時として体の傷より深く治りが遅い。
彼女は本来精神科のある病院に入院して治療を受けるべき状態だが機密漏洩を恐れて隔離されている。
「そうだな・・・こっちの調査結果も簡単には出せないな」
冬月は手にもっていたファイルをめくる。
そこには決して公に出来ない”真実”が記されている。
そこに書き込まれたあらゆるデータがセカンドインパクトの表面上の破壊だけでなく、その隠された異常性を訴えかけていた。
真実がそのまま表面に出る事はまずない。
おそらくこの資料も何らかの方法で処分される。
自分の頭の中にある資料まで処分されないだけましと言うものだろう。
「・・・この事件は謎だらけだよ」
冬月が見ているのは資料の最後のページ・・・
白黒写真の中、黒い背景に白く切り取られた巨人の姿が映っている。
そのみぞおちの部分はなぜか丸くくりぬかれたように黒い。
(その後、国連はセカンド・インパクトは大質量隕石の落下による物であると正式発表した。 だが、私の目から見れば、それは・・・。あからさまに情報操作された物だった・・・・・・)
その嘘だらけの情報があらゆるメディアで流れるのに一日もかからなかった。
セカンドインパクトを生き残った者達はその情報を受け入れるしかなかった。
いまだ極限の世界情勢の中では改めてその真実を確認しようとするだけの余裕のある者達はいなかったのだ。
それは・・・今思えば幸いだったのだろう。
もしそれを調べようとすれば・・・その者は消されていたはずだ。
いや・・・あるいは誰も知らないだけでそう言う人物はいたのかもしれない。
(その裏にはゼーレ、そしてキールという人物が見え隠れしている・・・私はあの事件の闇の真相が知りたくなった・・・。その先に例え、碇ユイの名があろうとも・・・・・・)
数ヵ月後・・・冬月はネルフの前身であるゲヒルンの本部にいた。
「何故、巨人の存在を隠す!!!」
大声で怒鳴りながら冬月は持参した資料をゲンドウの座っているテーブルにたたきつけた。
ゲンドウは微動だにしない。
腕を組んだいつものポーズで資料の一番上を見た。
そこには例の巨人の写真がある。
「セカンド・インパクト・・・。知っていたんじゃないかね!!君等は!!!その日アレが起こる事を!!!!」
ゲンドウは答えない。
しかしその口元は笑っていた。
「・・・・・・君は運良く事件の前日に引き上げていたと言ったな!!全ての資料を一緒に引き上げたのも幸運か!!」
その言葉にゲンドウがはじめて動いた。
冬月の資料を手に取る。
「こんな物が処分されず残っていたとは・・・意外です。」
呟くように言うとゲンドウは冬月に視線を戻した。
「君の資産、色々と調べさせて貰った・・・子供の養育に金がかかるだろうが個人で持つには額が多すぎないかね!?」
「さすが冬月教授・・・経済学部に転向なさったらどうです?」
「セカンド・インパクトの裏に潜む・・・君達、ゼーレと死海文書を公表させて貰う!!アレを起こした人間達を許すつもりはない!!」
冬月の脅しにもゲンドウはそのスタンスを崩さない。
まだまだ余裕と言った雰囲気だ。
「お好きに・・・。その前に見せたい物があります」
ゲンドウに連れられ、冬月は地下に続くエスカレーターに乗っていた。
「随分、潜るんだな・・・。」
「・・・ご心配ですか?」
「多少ね」
冬月は黄色いヘルメットをかぶり直した。
ゲンドウも同じ物をかぶっている。
安全のためではあるが実際危険な場所に行くのかは冬月にはわからなかった。
かなりの距離を降りると突然音の広がりが変わった。
広い空間に出たらしい。
「こ、これはっ!?」
冬月は驚きに目を見開く。
地下に広大な空間が存在したのだ。
「我々でない、誰かが起こした空間ですよ・・・89%は埋まっていますがね」
「・・・元は球状の地底空間か」
空間に角の部分が見られない。
今は9割ほどが埋まっているためドーム状だが外郭から埋まっている部分を想像すれば球状になる。
冬月の脳裏にある情報が浮かび上がった。
「南極にあった地下空洞と同じ物か!?」
「データーはほぼ一致しています」
「あの悲劇を・・・もう1度起こすつもりかね?君達はっ!?」
冬月の体が怒りで震える。
ゲンドウは無言、振り返りさえしない。
「それは・・・ご自分の目で確かめて下さい」
そう言うとある一点を指差した。
空間の中央に建設中の施設がある。
どうやら完成したらピラミット状になるようだ。
「・・・あれが人類の持てる全てを費やしている施設です」
言う事だけ言うとゲンドウは再び黙る。
無言で冬月を案内していく。
「・・・・・・・・」
冬月も黙ってそれに従った。
チーーンッ!!
エレベーターが開き、冬月が最初に見た物は白衣を来た女性の後姿だった。
正面に立っている女性と何かを話しているらしい。
「冬月先生」
白衣をひらめかせながら女性が振り向く。
赤みがかった黒髪と理知的なまなざしを持つ女性・・・
「赤木君・・・。君もかね?」
それは・・・赤木ナオコ博士
生体コンピューターの世界的権威である彼女は日本の誇る女性科学者の一人・・・
そして碇ユイと同じ東方三賢者の一人でもある
「ええ、ここは目指すべき生体コンピューターの基礎理論を模索するベストな所ですのよ」
「ほう・・・これが?」
ナオコが使っている端末からコードが伸びている。
その先には巨大なボックス状の物が三つつながっていた。
「MAGIと名付けようと思ってます」
「MAGI、東方から来た三賢者・・・そしてキリストの生誕を予言して祝福に現れたと言う・・・見せたいというのはこれか?」
「いいえ、こちらです」
冬月を促し、ゲンドウが歩き出す。
「リツコ、すぐ戻るわ」
さっきまで話していた女性にそういうとナオコはゲンドウを追って歩き出した。
ナオコに似た顔立ちと同じ髪の色から娘の赤木リツコのようだ。
ゲンドウに連れられて冬月は別の部屋に入った。
しかし照明が消されていて何も見えない。
「・・・一体何かね?」
「少々お待ちを、今明かりをつけます。」
バチン!!
ライトが点灯して部屋の中が照らされた。
「こ、これはっ!?まさか・・・。あの巨人をっ!?」
そこにあったのは巨大な顔だった
装甲に覆われた頭から繋がる脊髄、そしてさらにそこから繋がる手が天井から釣り下がっていると言う有様だがそれは確かに人間を感じさせるものだった。
頭の中央に球状の部分にセンサーが5つほどついている。
そんなはずは無いのだがその5つの目に見詰められているような気がして冬月は本能的な恐怖を覚えた。
ナオコが前に進み出てきた。
「あの物体を我々ゲヒルンではアダムと呼んでいます。・・・これは違います。オリジナルの物ではありません」
「ではっ!?」
ナオコは黙ってゲンドウの横に並ぶ。
「そう、アダムより人の造りし物。・・・エヴァ」
「エヴァっ!?」
「我々のアダム再生計画。通称E計画のひな型たるエヴァ零号機だよ」
「神のプロトタイプか・・・。」
冬月は呆然と零号機を見た。
ゲンドウたちの言っている事は固有名詞が多くて理解できない。
しかし何か大きなことを起こそうとしているのは理解できる。
「冬月・・・俺と一緒に人類の新たな歴史を創らないか?」
ゲンドウの言葉がタメ口になる。
しかしそんなことは気にもならなかった。
おもえば何故自分はここに来たのだろうか?
告発するならさっさとすればよかったのだ。
それをわざわざ本人の前に出てきて言うなどと・・・殺されたかったのか?
・・・答えは否・・・
冬月はすでに自覚していた。
自分の中に一匹の獣がいる。
そしてそれは自分の奥底で成長し・・・殻を食い破ろうともがいていた。
・・・・・・その獣の名は・・・好奇心
(そして、私は・・・魂を売り渡す契約書にサインした・・・・・・)
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第三新東京市のはずれ・・・
公衆電話の前に立つ人影があった。
長い黒髪を後ろで束ねている後姿は加持だ。
「・・・・・・」
無言で受話器を取るとポケットを探りカードを一枚取り出す。
「・・・最後の任務か・・・」
カードを見ながら加持は呟く
「まるで血の色だな・・・」
取り出したネルフのロゴ入りのカードは濁った赤だった。
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「シンジ君、おまたせ」
「ご苦労様、レイ」
レイが部屋から持ってきたバックを見てシンジは頷いた。
かなり詰め込んであるみたいでパンパンに膨らんでいる。
「このくらいでいい?」
「ん?多分いいと思うよ」
「確かめなくていいの?」
「・・・う、だ、大丈夫だよ、レイを信じている。」
「そう?」
誉められて嬉しかったのかレイの顔が赤くなる。
シンジとしては確かめてくれと言われても困るのでレイが素直に了承してくれてほっとした。
二人がいるのはシンジの家ではない。
今いるのはミサトの家だ。
何故二人がここにいるのか?
それはレイの持っているバックの中身に関係がある。
ミサトはいまだに拘束されていた。
このままでは何時まで拘束されているかわからない。
だとしたら女性としてやはり気になるのは着替えだろう・・・と言うより気にしなかったらいろいろと周りも困る。
そんなわけでミサトの着替えを取りにきたのだ。
しかしだ。
問題となるのはやはり女性の着替えを男であるシンジが詰めていいものだろうかと言う一点にある。
もちろん同じ理由でムサシとケイタは却下
だったら女性陣にやらせればいいのではあるが・・・アスカは加持が誘拐にかかわっていると言う事でショックを受けている。
今もネルフの何処かで落ち込んでいるかもしれない。
それをマナが慰めている・・・彼女は面倒見がいいので任せておいて安心だ。
ちなみに今日は平日なので一応一般人の凪とマユミは学校に行っている。
さすがにミサトの着替えを見繕ってくれなんて理由で呼び戻すわけには行かない。
となると必然的にレイが荷造りをすることになるわけだ。
「さて、これでミサトさんの差し入れはよしっと、じゃあ行こうか?」
「ええ」
レイからバックを受け取り玄関に向かう。
女性に荷物を持たせないのは男のマナーだ。
シンジが玄関で靴を履こうとしたとき・・・
トウルルルルル
「ん?」
「電話?」
電子音はすぐに留守電のものに変わる。
『ピーーーッ!!葛城・・・俺だ・・・多分、この話を聞いている時は君に多大な迷惑をかけた後だと思う・・・』
シンジの顔が険しくなる。
この声の持ち主は加持だ。
『すまない・・・リっちゃんにもすまないと謝っておいてくれ・・・』
「シンジ君・・・」
レイの言葉にシンジは頷く
唇に人差し指を当てて黙っているように促すとそのまま加持の言葉を聞いた。
もしシンジが電話に出れば加持はそれ以上のことを話さないだろう。
ここは黙って聞くべきだ。
加持の口調がただならない状況にあると暗に伝えてきている。
『あと、迷惑ついでに俺の育てていた花がある・・・俺の代わりに水をやってくれると嬉しい・・・場所はシンジ君が知っている・・・』
シンジは少しいぶかしげな顔をしたが黙って聞いた。
花に覚えは無いがいまは突っ込む事は出来ない。
『葛城・・・真実は君と共に有る。迷わず進んでくれ・・・もし、もう一度会えたなら・・・8年前に言えなかった言葉を言うよ・・・』
電話はそこで切れて電子音が会話を記録した事を告げた。
「・・・・・・」
「シンジ君・・・」
「うん・・・」
レイの声にシンジは頷く。
普段の加持ならこんなにぺらぺらしゃべったりしない。
諜報員がこれだけ饒舌になると言う事は・・・
「・・・死を覚悟している?・・・・・・あのロクデナシが・・・」
ここにいない加持に毒を吐くとシンジは携帯を取り出した。
「シンジ君・・・どうするの?」
「・・・ただの内輪もめなら参加する気はなかったんだけどね・・・」
「それじゃ・・・」
「参加しないわけにも行かないよ・・・これじゃね」
登録している番号を呼び出すとすぐさまかけた。
トゥルルルル・・・カチャ
『シンジ?どうかしたのか?』
「ムサシか?頼みがあるんだ。」
『なんだ?ただ事じゃないみたいだが?』
シンジはその通りというようにため息をついた。
「バカヤロウを一人・・・・・・探してほしいんだ。」
To be continued...
(2007.09.01 初版)
(2007.11.17 改訂一版)
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