天使と死神と福音と

第拾伍章 〔神曲の調べにのせて〕
U

presented by 睦月様


ネルフ本部・独房
薄暗い室内に人の気配がある。

(暗い所はまだ苦手ね・・・嫌な事ばかり思い出す・・・・・・)

部屋の中央、イスに座った状態で体を丸めたミサトは眼をつぶった。

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発令所でリツコはモニターに映るデーターを整理していた。
しかしどこか上の空だ。
身が入っていないというか何か別のことに気をとられている。

「・・・先輩」
「ごめんなさい、例の再テスト、急ぎましょ」

リツコはマヤにかけられた声にはっとして指示を出した

「葛城さん・・・・今日、見ませんね」
「そうね・・・・・・」

マヤはミサトが拘束されている事を知らない。
シンジに言われたようにリツコは重要な事をマヤに話さなかった。
そうすれば何かあったときに彼女に咎が及ぶ事はない。

(・・・・・・シンジ君は・・・だから誰にも自分の事を話さないのかしらね・・・)

リツコはミサトの事を考える。

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西暦2005年

「・・・ここ、いいかしら?」

それがリツコとミサトの出会い。
学生食堂でいきなりなれなれしく話し掛けてきた女性・・・それが彼女だった。

「葛城さん?」
「そう、葛城ミサト」

呆然としているリツコにお構いなく踏み込んでくる
こっちの事など関係なくずかずかと入り込むのはいまだに変わっていない。

当時のリツコは髪を金髪に染め始めた時期だった、
それは優秀な母に対する引け目からだったかも知れない。
周囲も赤木ナオコの娘と言う認識をもっていた・・・そこにリツコの名前は含まれない。

そんな中でミサトは母の事を気にせず自然に付き合ってくれる友人としてリツコの中で確固たる位置を築いた。


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先日、葛城ミサトという娘と知り合いました。       
他の人達は私を遠巻きに見るだけで、そのつど母さんの名前の重さを思い知らされるのですが、何故か彼女だけは私に対しても屈託がありません。                  
彼女は例の調査隊唯一人の生き残りと聞きました。     
一時は失語症になったそうですが、今ではブランクを取り戻すかの様に良く喋ります。 

・・・少々うるさいですが・・・

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リっちゃん・・・

こっちは相変わらず地下に潜りっぱなしです。
地中のお弁当にも飽きました。
私も手作りのお料理が食べたいですね。

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このところミサトが大学が来ないので、白状させたら馬鹿みたいでした。
ずっと彼氏とアパートで寝ていたそうです。
飽きもせず、1週間もダラダラと・・・

彼女の意外な一面を知った感じです。
今日、紹介されました。
名前は加持リョウジ、顔は良いのですが、どうも私はあの軽い感じが馴染めません。

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リっちゃん・・・

昔から男の子が苦手でしたね。リっちゃんは・・・
やはり、女手1つで・・・
ううん、ずっと放任していたもんね
嫌ね、都合の良い時だけ母親面するのは・・・

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娘とのメールを見直していたナオコがモニターから離れる。
多少疲れているようだ

「・・・母親か」

その呟きは暗い

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西暦2003年

「今日も変わらぬ日々か・・・。この国から秋が消えたのは寂しい限りだよ。 ゼーレが持つ『裏・死海文書』・・・。そのシナリオのままだと十数年後に必ずサード・インパクトが起きる」

ドグマに作られた人口の湖、そのほとりに二人の影があった

「最後の悲劇を起こさない為の組織・・・。それがゼーレとゲヒルンですわ」

冬月とユイだ。
ユイは腕の中に幼いシンジを抱いて冬月と並んできらきら光を反射する湖面を見ている。

「私は君の考えに賛同するよ・・・ゼーレではない」
「冬月先生・・・」

ユイの腕の中のシンジはユイが笑らいかけるのに応えてにっこり笑っている。

「資料は全て碇に渡してある。個人で出来る事ではないからね・・・」

そんなユイとシンジの光景を冬月は目を細めて見ている。

「この前の様な真似はしないよ・・・それと何となく警告も受けている、あの連中が私を消す事は造作もない様だ」
「生き残った人もです。簡単なんです・・・人を滅ぼすのは・・・。」

冬月はユイの言葉に頷くと本題に入るために口を開いた。

「だからと言って、君が被験者になる事もあるまい」
「全ては流れのままにですわ。私はその為にゼーレにいるのですから・・・」

ユイはシンジをあやしながら言った。
そこにはわが子を愛する母の姿に重ねて自分の意思を曲げる事は無いという決意がある。

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西暦2005年

ナオコは送られてくる情報と手元の資料の違いをチェックしていた。

実験場のモニターにはグロテスクな巨人の姿が映っている。

『LCL電化。圧力+0.2』
『送信部にデストルド反応なし』
『疑似ベース安定しています』
「・・・ん?」

報告を聞いていたナオコの白衣の裾が引っ張られた。
視線を落とすと小さな子供が自分に笑いかけている。
その顔には見覚えがあった。

「何故、ここに子供がいる?」

冬月が不快そうな声を出した。
少し不機嫌そうだ。
これから行われる実験の為に気が立っているらしい。

「・・・碇所長の息子さんですわ」

ナオコは実験の司令室を歩き回るシンジからゲンドウに視線を移す。
ゲンドウは何も言わない。

「碇・・・ここは託児所じゃない。今日は大事な実験だぞ?」
『ごめんなさい、冬月先生。私が連れてきたんです』

ゲンドウに文句を言った冬月にユイがスピーカー越しに謝る。
シンジは大人達の話を無視してガラスに近づいてその先のものに手を振った。

「ユイ君、今日は君の実験なんだぞ?」
『だからなんです。この子には明るい未来を見せておきたいんです。』

・・・・・・結果として・・・それが碇ユイの最後の言葉になった。

「この一週間、何処へ行っていた!!」

所長室の椅子に座るゲンドウに冬月は怒鳴る。
ユイが目の前で消えてから一週間・・・ゲンドウは姿を消していたのだ。

「傷心もいい・・・。だが、もうお前一人の体じゃない事を自覚してくれ!!」
「・・・解っている。冬月・・・。今日から新たな計画を進める。キール議長には既に提唱済みだ」

ゲンドウの言葉にいやな予感とともにある単語が浮かび上がった。

「まさかっ!?あれを・・・」
「そう、かつて誰もが成しえなかった神への道・・・人類補完計画だよ」

ゲンドウはニヤリと笑う。
窓からの光が逆光になってその笑いは悪魔の笑いに見えた。


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母さん・・・。

MAGIの基礎理論、完成おめでとう。
そのお祝いという訳ではないけど、私のゲヒルン正式入社が内定しました。
来月からE計画勤務になります。

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非常灯しかついていない通路・・・そこに一人分の影があった。

「誰だっ!?」

警備員がライトで人影を照らしながら近づく。

「技術開発部、赤木リツコ。これID・・・。」

リツコは白衣の懐からIDを出して警備員に渡す。
警備員は受け取ったカードを照会用の携帯端末のスリットに通してリツコの身元を確認する。

「発令所が完成したそうなので、見に来たのだけど迷路ね。ここ・・・。」

建設途中の施設はいまだあっちこっちが工事の途中で資材で道がふさがったり壁がなかったりで地図が役に立たない。
迷ったとしても仕方が無いだろう。

「発令所なら今、所長と赤木博士がみえてますよ」

男は確認の終わったカードをリツコに返しながら言った。

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発令所・・・
ここはかなり早めに工事に取り掛かっていたのでほぼ完成していた。
まだ昼間のうちは作業員の姿があるが今は一組の男女しかいない。

「・・・本当に良いのね?」
「ああ、自分の仕事に後悔はない」

備え付けられた椅子に座ってゲンドウはナオコと向き合う。
ゲンドウは無表情だがナオコは何かつらそうだ。

「嘘っ!?ユイさんの事が忘れないんでしょ・・・。」

ナオコはゲンドウを問い詰めた。
少し声が荒い

「・・・・・・・・・でも、良いの」

ナオコはゲンドウに近づくと腕を回して抱きついた。

「私は・・・」

一端ゲンドウから離れるとナオコはゲンドウの肩に両手を置いて唇を重ねた。

「・・・・・・」

二人の情事を見る一対の目・・・
それは二人のいる場所より一段高い場所からその光景を見下ろしていた。

母親の女としての姿をリツコは黙って見詰めていた。

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数ヵ月後・・・

ゲンドウと蒼銀の髪の少女がガラス張りになっている床の遥か眼下に見えるピラミッドを眺めていた。
その背後の扉が開いてナオコとリツコが出勤して来た。

「所長、おはようございます。・・・お子さん連れですか」

ゲンドウのそばに立つ子供が女の子と気がついていぶかしげな顔になる

「あら?でも確か、お子さんは男の子・・・」
「シンジではありません。知人の子を預かる事になりましてね。綾波レイといいます」

リツコは腰をかがめてレイと視線を合わせた。

「レイちゃん。こんにちは」
「・・・・・・」

リツコの挨拶にレイは無言・・・意味がよくわからないといった顔だ。

(・・・この娘、誰かに)

ナオコの脳裏にある人物の面影が重なる 。

(っ!?ユイさん!!)

レイの中にユイの面影を見つけてナオコが目を見開く。

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薄暗い無人の発令所・・・そこに二人の人影があった。

ナオコとリツコはオペレーター用の席から下にある三つの黒いボックス状の物を見下ろしていた。
完成したMAGIだ。

「カスパー、バルタザール、メルキオール・・・MAGIは3人の私・・・科学者としての私、母親としての私・・・女としての私、その3つがせめぎ合っているの」

自分の仕事の成果である三つの黒いボックスを見ながらナオコが嬉しそうに語る。

「3人の母さんか・・・あとは電源を入れるだけね」

ナオコは無言で頷く。
その顔には笑みが浮かんでいた。
自分の仕事に満足している満足感がにじんでいる。

「・・・今日、先に帰るわね、ミサトが帰ってくるの」
「彼女、ゲヒルンに入っていたのね、確かドイツ?」
「ええ、第3支部勤務」
「じゃあ、遠距離恋愛ね」
「別れたそうよ」
「・・・あら?お似合いのカップルに見えたのに」

ナオコに答えながらリツコは帰り支度を進める。
リツコに紹介されてミサトと加持の二人を知っているナオコは少し意外な顔をした。

「男と女は解らないわ、ロジックじゃないもの」
「そういう冷めたところ、変わらないわね。自分の幸せまで逃しちゃうわよ?」
「幸せの定義なんて、もっと解らないわよ。さてと飲みに行くの久しぶりだわ」

ナオコが茶化すがリツコは苦笑で返した。
帰り支度を終えたリツコはバックを持って立ち上がる。

「お疲れさま」
「お疲れさま」

リツコはナオコに別れを言うとさっさと発令所を後にした。

「・・・・・・ふう」

ナオコはリツコを見送ると椅子に腰掛けてMAGIを眺める。

プシュー

「ん?」

扉の開く音に振り返るとリツコの出て行ったのとは別の扉からレイが入ってきた。

「・・・何か御用?レイちゃん」

ナオコは笑顔でレイに話しかける。
対するレイは無言、表情の無い子だとナオコは思った。
思えば最初に会ったときからこの子の笑った顔を見たことが無い。

「道に迷ったの・・・」
「あらそう?じゃあ、私と一緒に出ようか?」
「・・・・・・いい」

ナオコの言葉にレイははっきりとした拒絶で答えた。
おもわずナオコが面食らう。

「でも、一人じゃ帰れないでしょ?」
「大きなお世話よ・・・。ばーさん」
「えっ!?・・・な、なに?」

思わず今聞いた言葉を反芻して聞き返してしまった。

「一人で帰れるから放っておいて・・・ばーさん」
「ひ、人の事をばーさんだなんて言うものではないわ」

内心の怒りを抑えてナオコは引きつった笑いを浮かべる。
なんと言っても相手は子供なのだ。
大人の余裕を崩すのはみっともない。

「だって・・・あなた、ばーさんでしょ?」
「お、怒るわよ・・・。い、碇所長に言って叱って貰わなきゃ・・・。」

さすがにちょっと堪忍袋の尾が切れかける。
実は40代後半なのは誰より自分が知っている事だ。

「所長がそう言ってるのよ・・・。あなたの事・・・。」
「う、嘘っ!?」

しかしレイの言葉にナオコの怒りが吹き飛んだ。
ナオコの顔に驚愕の表情が浮かぶ。

「ばーさんはしつこいとか・・・ばーさんは用済みだとか・・・」

レイはゲンドウのようなニヤリと形容するような笑みを浮かべる。

ばーさんはしつこい・・・ばーさんは用済み・・・ばーさんはしつこい・・・ばーさんは用済みだ・・・ばーさんはしつこい・・・ばーさんは用済み・・・ばーさんはしつこい・・・ばーさんは用済み・・・ばーさんはしつこい・・・ばーさんは用済み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

レイの言葉がナオコの中でリフレインされる。

徐々にその言葉がレイの物からゲンドウの声に変化して行った。
気が付けばナオコの指がレイの首にかかっていた。

「んっ・・・。ぐっ・・・。ぐっ・・・。んんっ・・・。ぐっ・・・。」

レイの細い首にナオコの指が食い込んでいく。

「あんたなんか・・・。」

レイが苦しさからナオコの手をはずそうとするが子供の力では太刀打ちできない。

「あんたなんか、死んでも代わりはいるのよ・・・。レイ・・・。」

ナオコの体がレイに覆い被さるようにのしかかる。

「フフ、私と同じね・・・・・・。」

自虐的な笑みがナオコの顔に浮かぶ。
明らかに正気を失っていた。

「母さんやめて!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ!?」

突然の声にナオコの顔に正気の色が戻る。

あわてて見回すとリツコが青い顔で自分を見ていた。
忘れ物でもとりに戻ったのだろう。

リツコは真っ青な顔で自分を見ている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・」

ナオコは慌てて自分の両手を見る。
しかしすでにレイの腕はだらりと垂れ下がって力が無い。

「・・・あ・・・ああ・・・・あああああ」

ナオコはレイから手を放してよろよろとあとずさる。
それに危険な物を感じてリツコが駆け寄ろうとするが・・・。

「母さん!!」
「う・・・・ああ・・・」

しかし間に合わない。
ナオコはオペレーター席の端にたどり着く。

「母さん!!!!」

次の瞬間、リツコの視界からナオコが消えた。

(キール・ローレンツを議長とする人類補完委員会は、調査組織であるゲヒルンを即日解体、全計画の遂行組織として、特務機関ネルフを結成した。 そして、我々はそのまま籍をネルフへと移した。ただ一人、MAGIシステムの開発の功績者、赤木博士を除いて・・・・・・)

曇天の空・・・雨が降ってきている。

リツコは傘もささずじっと前だけを見ていた。
その視線の先にはナオコの墓・・・葬儀が終わってもリツコはその場を動かなかった。

「・・・赤木リツコ君」

言葉とともに傘がさしだされてリツコは雨から開放された。

視線だけで横を見るとゲンドウがいた。

「・・・所長」
「・・・・・・残念な事になった。」

それっきり二人は無言になった。
二人並んでじっとナオコの墓を見る。

「・・・・・・リツコ君・・・これからどうするのかね?」
「・・・わかりません、とりえず仕事は続けます。

言葉が少なすぎて会話になっていない。
しかし今の二人にはそれがふさわしい。

「・・・妻がいなくなり・・・今またナオコ君もいなくなった。」
「・・・・・・」
「みんな私のそばからいなくなっていく・・・」

リツコはゲンドウが何を言いたいのかわからなかった・・・・・・いや、正確にはわかりたくなかった。

「・・・・・・・私を支えてほしい」

ゲンドウの言葉にリツコは答える事が出来なかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・頼む」

ゲンドウはリツコにすがりつくように崩れ落ちる。
リツコはそんなゲンドウの弱さをじっと見おろしていた。

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過去から帰還した冬月はつかれたため息を漏らす。

「・・・・・・そして・・・15年ぶりの使徒来襲・・・そして・・・・・・彼が我々の前に現れた。」

冬月の脳裏に一人の少年の姿が浮かぶ

『単純なことなんですけどね、ぼくが礼儀知らずと偽善者が嫌いなだけです。』
『人の可能性は神を越えると証明してみせましょう・・・・』
『悪いね・・・・君の未来はここで断たせてもらうよ。その代わり人類は生きつづけるだろう・・・・・君を殺した証として・・・・・』
『・・・もし弐号機ごと使徒を自爆させようなんてしたら・・・ぼくが使徒に代わって殺す』

彼女の面影を持ちながら父親以上に理解不能で母親以上に優しく・・・そして誰よリ強い一人の少年・・・
彼は何を見ているのだろうか・・・冬月の中でゲンドウのときと同じように好奇心の獣が動いた。

「・・・悪いくせだな」

冬月が呟いた瞬間、闇が切り裂かれた。
自分の背後に長方形の光がある。

誰かが外から扉を開けたようだ。
何者かが室内に入ってきて冬月に近づき、拘束をとくためにかがんだ。

「・・・君か?」
「ご無沙汰です・・・外の見張りにはしばらく眠って貰いました。」

冬月はその人物が加持だと気がついた。

「この行動は君の命取りになるぞ」
「真実に近づきたいだけなんです。僕の中のね・・・」

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プシュー

独房の自動扉が開いた
椅子に膝を抱えて座っていたミサトが扉が開く音に足を下ろして振り向く

「ご協力、ありがとうございました」

黒服の男はミサトに黒いアタッシュケースを差し出す。
開くとミサトの銃とIDカードが入っていた。

「・・・もう、良いの?」
「はい、問題は解決しました」
「そう・・・・・・」

ミサトはゆっくりとイスから立ち上がると銃とカードを受け取る。

「・・・・・・彼は?」
「存じません」

黒服の男の答えはにべも無い。
機械的な答えを言うとさっさと部屋を出て行く。

「・・・・・・」

ミサトはしばらくじっとその場に立ち尽くすと顔をあげて部屋を出て行った。

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第三新東京市のとある場所・・・

フォン・フォン・フォン・フォン・・・・・・・・
巨大なファンが回る場所に加持はいた
どうやら工場のような場所らしい。

「・・・・・・」

加持はタバコを一本取り出して火をつける。
どうやら誰かを待っているようだ。

「・・・・・ん?来たか」

人の気配に加持が顔をあげる。

「よう、遅かったな」

加持はその人物を見て笑った。

「・・・加持さん」
「そう言えば君は副司令直属だったな、参加していてもおかしくはないか・・・」

そこにいたのは青葉だった。
諜報部員の黒服が二人左右についている。

「なぜですか?なぜあなたが・・・」
「事情があってね・・・」
「・・・俺は自分の仕事をするだけです。」

青葉は深呼吸を一回すると真剣なまなざしで加持を見た。

「・・・・・・加持一尉・・・副司令の誘拐の件であなたを拘束します。」
「・・・消せ・・・って言われなかったのか?」
「釈明の機会くらいは必要でしょう?あなたはいまだ容疑者だ。おとなしくしてください、抵抗されれば容赦できません。」
「了解〜」

加持は両手をあげて無抵抗を示す。
青葉の両隣にいた黒服の二人が前に出る。

ドン!!
「「え?」」

青葉と加持の言葉が重なった。
見ると黒服の一人の手から硝煙が上っている。

そして、加持の腹からは血が流れていた。

「ごふ!!」

加持の口から血があふれた。
それを見た青葉が正気に戻る。

「な、何をしているんだ!!」

青葉が加持を撃った黒服につかみかかる。
しかしびくともしない

「我々は加持を消せと命令を受けている・・・」
「だ、だれだ!!司令か!?」
「・・・・・・・・もっと上だ。」

黒服はさらに拳銃を加持に向ける。
青葉はあわてて止めに入った。

「やめろ!!」
ガス!!
「が!!!」

青葉は夢中で男に掴み掛かったがもう一人に殴り飛ばされた。
大して鍛えていない青葉の体がもんどりうって転がる。

「ぐっ加持さん!!?」

何とか立ち上がるが一発で足に来たらしい。
しかも流れ出した鼻血で呼吸もきつい。
とても助けに行けない。

「ゴホッ・・・・・・老人達の方の差し金かい?そっちは消せって言われてきたのか?」
「答える必要は無いな、ただ・・・鳴らない不良品の鈴は危険物行きとの事だ。」
「危険物ね・・・ぐっ・・・買いかぶってくれたもんだ・・・」

加持は自分にとどめをさすために向けられた銃口を見る。

ベレッタM92・・・
正式名称ピエトロベレッタ M92F ミリタリーモデル・・・
銃口は9mm・・・おそらくパラベラム弾・・・
装弾数は15+1のダブルアクション・・・

(・・・・潤いが無いな・・・)

加持は苦笑した。
殺される瞬間に考えることにしては色気が無い。
自分の死が確実なものと自覚するだけだ。
少なくともこの距離では外れる可能性が無いのは間違いない。

「・・・・・・」

加持は目を閉じた。
これ以上決定的な死は無い。
腹に受けた銃弾も放っておけば出血多量の致命傷だ。

「・・・ああ・・・迎えに来てくれたのか?」

朦朧とした加持に弟たちの姿が見えた。
自分が見捨てて殺されたあの日から何も変わらない彼らが自分を見下ろしている。
それは走馬灯と言うものかもしれないし、死に掛けた加持が見た幻かもしれない。

「・・・・・・終わりだ」

黒服の男が引き金にかけた指を絞る。

「やめろ!!」

青葉の静止は男の行動をとめることは出来ない。

剛!!!!!

男の動きを止めたのは赤い壁だった。

「「「な!!!」」」

その場にいた全員が驚愕の叫びを上げる。
それに気がついて加持が薄目を開けると一直線に走った火線が加持と黒服を分断していた。
その勢いはすでに火ではなく炎と形容するべきすさまじさだ。

「な、なんなんだ・・・」

朦朧としていた加持の意識が目の前の光景で一気に覚醒する。

「・・・油断したな」

不意に聞こえてきた声に全員の視線が向かったのは火線の火元・・・
そこには炎の塊しかなかった。

カツン・・・カツン・・・
「どうやら俺が一番早かったらしい・・・シンジ達は・・・もう少しかかるか・・・」

炎の中から足音と声が聞こえる。
信じられないことだが誰かがあの猛烈な炎の中にいるのだ。

カツン・・・カツン・・・カツン・・・

しかも足音がどんどん高くなってきた。
何者かが自分達に向かって歩いてきている。

ドウ!!

前触れもなく一瞬で炎が砕けた。
花びらのように炎が舞い散る中心に女性の姿がある。

カツン

その一歩に残り火が蛍のように飛んだ。

カツン

舞い踊る金と赤の乱舞の中に風にあおられて闇色の長髪が舞う。

カツン

魔女のローブと同じ漆黒のライダースーツが極彩色の世界を女性特有のしなやかなラインに黒く切り取る。

「・・・炎の・・・魔女・・・」

思わず加持は呟いていた。
それは彼女の本名ではない。

しかし、青葉も黒服の男たちも理解した。
それは目の前に立っているこの世のものとも思えないような幽玄の世界を作り出した彼女の本質なのだと。

炎の魔女・・・・・・その者は・・・炎を纏て・・・現れる。

儚さと情熱を内包するその世界で唯一の住人のように彼女だけが動いていた。
他の者達は動くどころか呼吸も忘れたように魅入られている。

無人の野を行くがごとく、歩を進める凪が加持の目の前に立った。

「大変そうだな・・・手を貸そうか?」
「あ・・・な、なんで?」

加持にはかろうじてそう言うことしか出来なかった。
地面から見上げる視界に凪の姿がある。

「本当は少し前にあんたを見つけていたんだ。でもどうやら丸く納まりそうな雰囲気だったんで様子を見ていた・・・まさかいきなり撃たれるとは思わなくて・・・すまない、俺の油断だ。」
「そ、そういうことじゃなく・・・がは!!」

加持は再び血を吐いた。
かなり厳しい状態のようだ。
流れ出す血の量が多い。

「しゃべるな、俺が一方的に話す。簡単に言うと俺の知り合いに勘のいい奴がいてな、そいつにあんたの行動パターンとかを予想してもらった。しかし、ピンポイントってわけには行かなくってね、シンジ達もこの近くにいるはずだ。携帯で連絡入れたからすぐに駆けつけてくる。」
「シ、シンジ君もいるのか・・・危険だ。」
「あんたの方がよっぽど危険だろうに、余計なことは考えず今は自分が生きる事だけ考えていろ」
「ふ・・・その心配は要らない・・・」

加持は銃弾に貫かれている腹に手を置いた。
弾は貫通しているようだが臓器を掠めているかもしれない、この状況で治療は無理だ。
しかも貫通しているだけに流れ出る血の量も倍のおまけ付・・・失血死は時間の問題だろう。
要するに助からないと言う事だ。
ならばシンジ達が危険になるだけ無駄になる。

しかし凪の顔はそんな加持の言葉を全てわかった上で皮肉に笑った。

「その心配こそ無用だ。綾波がくれば十分治療は可能だぞ」
「・・・な・・・んだっ・・・て?」
「しやべるなって言っただろ?・・・そこの、確か青葉さん?」

いきなり名前を呼ばれて青葉の金縛りが解ける。

「は、はい!?」
「こっちに来い」
「はい!!」

慌てて青葉は凪と加持の所に行く。
まだ頭はこの状況についてこれないが凪に従うべきだと判断したらしい。

凪は加持の傷口を指差す。

「ここ・・・傷口を抑えて圧迫止血しておけ」
「はい!」
「手で抑えるなよ、服か何かで抑えるんだ。腹だからな・・・動脈止血が出来ない・・・やれるか?」
「はい!!」

手早く応急処置の指示を教えると凪は黒服たちに振り返った。
どうやらいきなり現れた凪とさっきの炎を警戒して様子を見ていたようだ。

「・・・貴様は誰だ」
「ただの中学の保健医だよ」
「ふざけるな・・・」

2人の黒服は凪に銃を突きつける。
しかし凪は平然としたものだ。
銃を突きつけられても動じない凪の様子に黒服たちの顔がいぶかしげなものになる。

「1つ聞きたいんだが・・・」
「・・・なんだ?」
「おまえ達は合成人間か?」
「「!!」」

明らかに2人が動揺した。
十分すぎる答えだ。

「・・・なんのことだ・・・」
「合成人間が2人か・・・ネルフにも潜り込んでいるだろうとは思っていたが・・・」
「・・・・・・貴様はどこの組織だ?」
「言う必要も意味も無いな・・・」

その言葉で黒服たちは銃を捨てた。
ここまで秘密を知っているということ、そしてさっきの炎の事を考えれば目の前の女もまた合成人間の可能性が高い。
そうなると9mm程度の口径の銃で殺せるかどうかは微妙だ。
合成人間の中には銃弾をはじき返す事が出来る奴もいる。
どの程度の戦闘能力と身体能力を持っているかわからない以上、こちらの最大戦力でこの女を殲滅し、当初の予定であった加持リョウジの殺害任務を遂行するのがベストだろう。
2人はいい意味でも悪い意味でもプロだった。

「来るのか?」

凪は腰のベルトからアーミーナイフを引き抜くと右手で逆手に持って構えた。
同時に横に移動して自分の体を加持達の前から離す。

「ダ!!」

黒服の1人が飛び掛ってきた。
空中で右拳を構えて突っ込んでくる。

「・・・・・・」

あからさま過ぎる攻撃に凪がいぶかしげな顔をしたがこのまま食らうわけにも行かない。
半身になって避けるとすれ違いざまにナイフで右腕に切りかかった。

キン!!

「なに!?」

予想もしなかった音に凪が退く。


ゴン!!!


男はそのまま凪の後ろの鉄骨に突っ込んで行く。
激突の瞬間、肉対鉄では起こる筈の無い音が再び響いた。

黒服が立ち上がると鉄製の大きな鉄骨の柱がゆがんでいる。
男の拳の形に凹んだ部分を中心に曲がっていた。

「・・・・・・・」

凪は自分の持っているナイフを見た。
・・・・・・・折れている。

どうやら目の前の男は素手で鉄骨をゆがませ、凪のナイフを自前の皮膚で跳ね返したらしい。
そしてさっき響いた2回の音は肉と金属のぶつかり合いの音ではなかった。

「・・・往生際の悪い・・・抵抗すれば楽には死ねんぞ・・・」
「残念ながらそれほどこの世界に絶望してはいない」

凪はナイフを捨てた。
刃の無いナイフなど果物ナイフ以下だ。

凪はライダースーツから新たに二本のナイフを抜く。
戦闘続行だ。

男が立ち上がり、もう一人の黒服とはさまれた形になる。
凪は最初に攻撃して来た男の右腕を見てある事に気が付いた

「・・・鉄か・・・もしくは炭素だな?」

男の腕は黒くなってきた。
黒曜石のように光沢をもつ黒い腕・・・

「その通りだ・・・次ははずさない」

そう言うと男は腰を落とす。

人間の中にはさまざまな成分がある。
もちろん鉄分や炭素などもその内に入る。

鉄分は言わずと知れた金属の成分だ。
そして炭素は近い物では習字の墨汁からダイアモンドの成分でもある。
たとえば良質の炭は鋸で無ければ切断できないほどの硬度を持つ。

体の表面の皮膚を化学変化させて鉄と炭素の混合物に変化させて鎧とする。
おそらくそんなところだろう。

「は!!」

もう1人の男が飛んだ。
人間では考えられないほどのジャンプ力だ。


ドン!!

天井を踏み台にして凪に飛び掛っていく。

「ちっ」

凪は体をひねって避ける。
その横を男が高速で通り過ぎる。
先読みしていてもぎりぎりの回避・・・尋常な速度ではない。
直撃すれば内臓は破裂していた。

「やるな」

男はさらに飛んだ。
今度の目標は壁だ。


ドン!!

再び壁を蹴って加速する。

「まず!!」

凪はまた寸前でかわす。
直線の動きなのに先読みしていながらぎりぎりでしか避けられない。
それだけ早いのだ。

ザシュ!!
「ぐっ」

ライダースーツの右肩の部分が切れた。
その下の肌から血が流れてくる。

深くは無いようだが完全に避けきれなかった。

壁にたどり着いた男は今度は飛ばずに地面に降りた。
自分の手についた凪の血を不思議そうに見ている。
爪が異様に伸びているところを見ると凪に傷をつけたのはこの爪のようだ。

「・・・反射神経がいいんだな」

自分の攻撃を避けた凪に素直に感心している。
どうやらさっきの一撃で殺すつもりだったようだ。

「・・・・・・俺はホワイト・・・・」

バネ男がそう言った。
間違いなく偽名だがコードネームだろう。

「俺はブラック」

続いてもう一人の男も自己紹介をする。

安易だが体の色が黒くなるこの男にはわかりやすい名前だ。

「・・・なんで自己紹介なんてするんだ?」
「生かして返す気が無いからだ」
「自己紹介って物はその後の関係のためにするもんだろうが・・・」

軽口をたたいている間も油断はしない。
左右のナイフを一本ずつブラックとホワイトにむける。

「そんなナイフでどうする?」
「道具を使って相手を殺すのは人間だけだ。」
「世迷言だな、それは殺せる相手に使え」

ブラックが動いた。
全身が鉄と炭素の合金に覆われ黒くなる。

「ちっ」

凪は寸前でかわす。
避けたところで左肩に痛みが来た。
何かがすぐそばを通り抜ける気配がある。

「甘いな・・・」

凪が避けるのにあわせてホワイトが動いていたようだ。
傷のせいで左のナイフを落としてしまった

「くそ・・・」

凪が距離をとろうとするがホワイトは逃がさない。
天井、床、部屋の全てを足場にして凪に襲い掛かる。

室内戦はホワイトの独壇場だ。
左右上下からホワイトが迫り、その爪を振り上げる

「が・・くっ」

徐々に凪に切り傷が増えていった。
しかしホワイトの攻撃だけに集中しているわけにはいかない。

ブラックも状況を見ながら凪に攻撃を仕掛けてくる。
ホワイトと違い、ブラックの攻撃は単純だ。
近づいて殴る蹴る、もしくはその体で体当たりする。
体を硬度の高い鎧で覆った彼はその攻撃の全てが必殺だ。
一発であの世に逝ける。

しかもブラックの攻撃を避けたところにホワイトがあわせてくるためにさらに厄介だ。
この二人はおそらくパートナーで行動する合成人間なのだろう。

「ぜっ・・・ぜい・・・」

凪の息が乱れている。
腕や足にいくつか切り傷があるが致命傷は無いのは救いだろう。

「ここまでだな・・・」
「勝手に決めるなよ。」
「そのざまで何が出来る。」

ブラックがゆっくり凪との距離を詰める。
ホワイトは油断無く凪の動きを見ていた。
避けた瞬間にブラックの背後から飛び出して確実に仕留めるつもりだろう。

(優秀だな・・・)

凪は内心で毒づいた。
この二人にはまったく油断が無い。
防御力に優れたブラックが前面に出てホワイトがそれを補佐する。
これ以上ないくらい理想的なくみあわせだ。

しかも二人ともその戦法を愚直なまでに維持している。
それが自分たちに最もあっていると知っているから。
クールに仕事をこなす姿はまさにプロだ。

「そもそも二対一になった時点で我々をなめすぎだ。」
「・・・そうだな、確かになめていた・・・」

凪はスローイングダガーを取り出した。

「それでどうする?」
「言っただろう?・・・舐めていたって・・・」

スローイングダガーを構える。

「殺さずに無力化なんて器用な事、そうそう出来るわけ無かったんだよな・・・」
「なに?」

凪はダガーを投げた。
目指すはブラックの眼

「さすがに眼球まで覆うわけにはいくまい!!」

確かにそれは無理だ。
そんな事をすれば何も見えなくなる。
しかし・・・

「その程度」

ブラックはとっさに腕でブロックした。


キン!!


ナイフは黒い体皮にはじかれる。
ブラックとホワイトは優秀な合成人間だ。
自分の能力の欠点も長所も十分理解している。

「それで十分なんだよ。」

凪の声が近くで聞こえた。
もともとダガーはブラックに怪我をさせるのが目的ではない。
それをはじくことによって視界を一瞬、腕で塞がせるための物だ。

ブラックの腕の端からちらっと見えた凪の手にはナイフが握ってある。

(・・・見事だが)

ダガーによる布石もそれによって肉迫したスピードも十分すぎるほどのものだ。
人間相手なら問答無用で勝ちが決まっている。
しかし凪には最大の障害があった。
ブラックの体皮だ。
間違ってもナイフ程度でどうにかできるものではない・・・

焼!!

それは燃焼の音・・・
ブラックは凪が炎を操っていた事を思い出した。

しかしまだブラックには余裕がある。
例えどんな炎であれマグマのような温度があるならともかくただの火ではこの体に焦げ目の一つもつける事は出来ない。
はずだった・・・

ズバン!!

ブラックの視界が一気に開ける。
理由はひどく簡単だ。
目の前にあった腕が切飛ばされて宙を飛んでいるのだ。

今のブラックの視界には逆袈裟に切り上げた格好の凪がいる。
凪が持っているのはナイフではなかった。

いや、元はナイフかもしれない。
凪が握っているものは確かにナイフの柄の部分だ。
しかしその刀身の部分が赤いものに置き換わっている。
おそらくは刀ほどの長さだろう。
その赤い刀身の周りには陽炎が立っている。

「・・・ナイフを炎でコーティングしてついでに伸ばしてみた。切るというよりは文字通り”焼き切る”と言う感じだな」

ブラックもホワイトも凪の言う事を聞いていなかった。
いや・・・聞いてはいたのだがその事実を受け入れるのに時間がかかっている。

凪はさらに振り上げた焔剣で切りかかる。

「くお!!」

命の危険を感じたブラックがその場に転がって這うように凪の間合いから離れようとする。
しかし凪はそれを許さない
ここで逃がして自分たちのことをゼーレに知られるわけにはいかない。
地面にはいつくばっているブラックに炎が迫る。

「待て!!」
「待つのはお前だ!!」


その声に凪はとっさに後ろに飛ぶ。
走り出そうとしていた位置をホワイトの爪が薙いだ。

「くっ!!」

凪は視界のすみで逃げ出そうとしているブラックが見えた。
ホワイトと違ってブラックの特徴はその体の防御力とそれを攻撃に使うことによる攻防一体の肉体だ。
しかし凪の一撃でその防御力はまったくの無力だと言う事を思い知った。

ブラックはホワイトのような高速戦闘は出来ない。
だとすればこのまま凪と戦っても犬死になる。

それならばこの場をホワイトに任せて自分はこの事実を報告することが現状の最重要任務だ。

「まずいな・・・」

凪は唇を噛んだ。
ブラックの傷口からは血が流れていない。
切ったのではなく焼き切ったために傷口が炭化して血が流れないのだ。
漫画でよくあるように血の後を追いかけるのは無理だろう。
このままでは完全にブラックを見失う。

「行かせん!!」
「ちっ」

ホワイトが再び高速で部屋の中を飛び回る。
しかし今度は凪も避ける。
ブラックがいないために不意をつかれる事はないし、そろそろこのスピードにもなれてきた。
所詮は早いだけで直線攻撃だ。

「ゴフ!!」

いきなりの声に凪が横目で見る。
加持がまた吐血したらしい。
青葉の青い顔が加持の状態の悪さを物語っている。
時間がない。

「・・・・・・そろそろお開きにさせてもらう。加持さんが死にそうになっているんでな・・・」
「ぬかせ!!」

ホワイトの速度が上がった。
今までより一段階速いスピードでホワイトは凪に迫る。

「ちっ」

急な加速で凪のリズムが崩れる。
とっさに避けるのが精一杯なほどにホワイトは早かった。

キン!!
「しまった」

避ける途中で襲ってきたホワイトにナイフを離してしまう。

スタン!!

壁に張り付くような格好でホワイトが止まった。
そのままひらりと床に降り立つ。

「・・・お前、文字通り我が身を削るか?」

凪はホワイトの足を見て呟いた。

ホワイトの立っている部分の床に何かが広がっている。
その色、その匂い・・・それはホワイトの血だった。
無理もない、あれだけの高速での移動を繰り返したのだ。
合成人間とはいえ両足の筋肉が断裂するくらいですんでいるのが奇跡だろう。

「・・・・・・次で決める!」
「待て、お前のその足はいい加減限界だろう!?」
「・・・だからなんだ?」

ドン!!

宣言とともにホワイトは飛んだ。

ホワイトの周囲の空気が物質の高速移動による水蒸気爆発を起こす。
おかげでホワイトの体はボロボロだ。
あっちこっちの筋肉が裂けて血塗れになっている。

「・・・・・・」

この一撃は凪を倒すためのものでは無い。
相打ちを狙うためのものだ。
凪に激突すればホワイトの体は衝撃で間違いなくばらばらにはじける。
仮に凪がよけれれば壁にぶち当たってホワイトの体は衝撃ではじける。
どの道死ぬしかない特攻だ

「・・・・・・バカが」

凪は今までのように避けるそぶりがない。
それどころか左肩を前に出した半身の構えでホワイトを待つ。

焦!!

凪の後ろに下げた右足に火が宿る。
爪先から膝までの部分に絡みつくような炎が現れた。

「いくぞ!!」

飛んでくるホワイトに凪の回し蹴りが飛ぶ。

それを見たホワイトが笑った。
さっきの炎は確かに脅威だがホワイトを一瞬で焼き尽くすことは出来ないだろう。

肉片の一つでも残ればそれが致命傷になる
しかもこの状態ではよけるのもむりだ。
完全に必殺の位置とタイミング・・・

ホワイトは相打ちを確信していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最後まで

ズン!!

凪の足がホワイトの胴体に当たる。
炎に触れたホワイトの胴は炎の触れた部分から一瞬で灰を通り越した塵にまで燃え尽きる。
そのまま凪の蹴りはホワイトの体を胴から上下に分断した。
ホワイトの顔が勝利の形で笑っているのが見える。
おそらく彼は死んでも自分の負けを自覚できなかったのだろう。

上下に分かれたホワイトの体はそのまま一瞬で炎に全てを呑まれて灰になった。

「・・・ふう、連中の情報をはかせるつもりだったんだが・・・」

完全に白い灰になってしまったホワイトをみる。
これでは情報の聞き出しようがない。

「凪先生!?」
「ん?来たか・・・」

名前を呼ばれて振り向くとレイ、アスカ、マナ、ケイタ、ムサシの5人が自分に向かって走ってくる。
ご丁寧にケイタは救急箱を持っていた。

「加持さん!!」
「大丈夫ですか!?」
「す、すぐに手当てを!!」

子供たちは床で死に掛けている加持と必死で傷を抑えている青葉を見て軽くパニックになった。
ケイタがあわてて救急パックを開けて治療しようとするが・・・

「それじゃまにあわん」

すでに加持の顔は蒼白になっている。
アスカとマナが慌てて加持に駆け寄って脈をとるが・・・弱い。

「そ、それじゃどうしたら・・・」
「綾波」
「ハイ」

凪に呼ばれてレイが前に出る。

「幸い、銃弾は貫通している。お前の力で自然治癒力を高めて傷口をふさげ」
「はい」

レイは加持にかけよってその傷口に触れて能力を開放する。
徐々に流れ出す血の量が減っていった。

「霧間先生はどうするんですか?」

ムサシが顔をあげて凪に聞いてきた。
凪はブラックの去った方向を見る。

「一人逃がした。追いかける・・・」
「それなら大丈夫です。」
「なに?」

凪が振り返るとムサシが頷く

「シンジと山岸が向かいました。」
「そうか・・・」

凪は肩の力を抜いてナイフをつなぎに戻した。
マユミの能力は戦闘向きではないがシンジが行ったなら問題はあるまい。

「・・・終わりました。」

レイが加持から離れた。
多少ではあるが顔に赤みが戻ってきている。

さすがに流れ出た血を戻す事までは出来ないからこのあたりが限界だろう。
血を作りだす部分の臓器を強化して血を戻すのは体の負担が大きいかもしれないから保留、自前で何とかしてもらうしかない。
どうやら加持は何とかなったようだが・・・

「さて・・・こっちはどうした物かな?」

凪はこの場でまったく現状が飲み込めていない青葉を見て呟く。
しかし・・・凪を見上げる目が異様なまでにきらきら輝いているのに誰も気づかなかったのはうかつだった。

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「はあ、はあ・・・」

ブラックは逃げていた。
彼にとっては初めてのことだ。
そもそも合成人間の彼は任務に失敗した事がない。
だからこそ彼は今の自分が信じられなかった。
たかが女1人に完膚なきまでに圧倒されて逃げている自分の事が夢のように思えてしまう。
しかし全ては逃げられない現実だ。

「な、なんなんだ一体!!」

そう叫ばずにいられない。
今逃げているのでさえ緊急事態のマニュアルに沿って動いているだけに過ぎない。
すなわち、あの敵の情報を本部に伝えると言う刷り込みが彼の命を繋いでいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほんの少しだけ

〜♪〜〜♪
「ん?口笛?」

耳に届いた口笛の音にブラックの足が止まる。
周囲は廃墟のように人の気配がないが反響によってどこから響いてくるかわからない。
曲名はマイスタージンガー

「ど、どこにいる!!」

周囲を恐怖の表情を貼り付けたままブラックが見回す。
その時やっと自分の真正面に女の子が一人立っているのに気がついた。
メガネをかけた黒髪の少女だ。
その長い髪がさっきまで自分を殺そうとしていた女とダブってブラックは冷や汗をかく。

少女はそのメガネの奥からじっと狼狽するブラックを見ていた。
まるで自分の全てを見通されているようでブラックは気おされたように一歩下がる。

「・・・ふう」

不意に少女が視線をそらした。
軽く疲れているようだ。

「どうやらこの人は命令されただけのようです。以前からネルフに潜入していたようですが、目新しい情報はありませんでした。」

少女の言葉にブラックは残った手を上げて戦闘態勢をとる。
目の前の少女の言った事に嘘は無い。
どうやって知ったのかはわからないが今はそれより重要な事がある。
この少女のさっきの口調は明らかに誰かに報告するものだった。
その相手は自分ではありえない。
だとしたらこの空間にその報告を受けるべき何者かがいるのだ。

「片手のくせに戦うつもりかい?」
「っつ!」

ブラックは硬直した。
今の声はかなり近い場所から聞こえた・・・具体的に言うと自分の真後ろだ。

「ぐっそがああ!!!!」

渾身の力で背後に裏拳を放つ。
もちろんその表皮は黒く変色していた。
当たればコンクリートの塊でも打ち砕くだろう。

「初対面なのに乱暴だな・・・」

ブラックの視界に10メートルほど先に立つ小柄な人影が写った。
非常灯の光の外にいるせいで小柄だと言う事しかわからない

「さ、さっきの声はお前か・・・」

ブラックの感覚が正しいならさっきまで目の前の人物は自分の真後ろにいた。
それが一瞬で10メートルを移動したことになる。

ブラックに視線の先で人影が非常灯の下に進み出てきた。

「な、なんなんだおまえ・・・あ!!」

それは漆黒のマントを着て筒のような帽子をかぶり、真っ白な顔に黒いルージュをひいた怪人物だった。
しかしブラックはその顔立ちに見覚えがあった。

「い、碇シンジ・・・」
「・・・今はブギーポップだ。」

ブラックは理解できなかった。
理解したのは本能の部分だ。

(・・・碇シンジじゃない、外見はともかく中身は別物だ。)
(こいつは危険だ。さっきの女よりも・・・)
(逃げるのは無理だろう・・・ならば)

ブラックは駆けた。
目指すはマユミ、あの碇シンジの姿をした何者かには戦おうという気すら起きなかった。
それだけで両者の力量の差がわかるというものだ。
正攻法ではまず無理、それが分かっただけでもたいしたものだろう。

ブラックはマユミに手を伸ばす。
マユミを人質に後ろの通路に逃げ込むつもりのようだ。
それを見たマユミはまったく表情が変わらない。
じっと迫ってくるブラックを見ていた。

ブラックの伸ばした手がマユミに届くまで後3メートル・・・しかしその瞬間・・・

「!!!!?」

・・・・・・目の前に死神が現れた。
唐突に気配もなくいきなりだ。

「・・・・・・」

無言でその右腕を差し出す。
そこにはすでに白い光が宿っていた。
対するブラックももはや止まれない。

それが死の片道切符と知りながらブラックは振り上げた左手を叩きつける事しか出来なかった。
黒く変色した腕が光に触れた瞬間にその部分が消滅していく。
ブラックは悲鳴を上げる事も出来ずに上半身が消滅した。

「マユミさん、大丈夫?」
「はい、シンジ君を信頼していますから」

マユミはニッコリ笑って答えた。
無償の信頼にシンジが照れる。

「・・・シンジ君にかかわってから退屈しませんね・・・小説よりわくわくします。」
「そ、そう?」

シンジはどう答えたらいいのかわからずに曖昧に笑った。

(・・・マユミさんも最近肝が据わって来たって言うか図太くなってきたって言うか・・・最初はあんなにおどおどしてたのにな・・・)
(君のせいだろう?)
(ぼくのせいですか?・・・そんな気はないんですけどね・・・)

ブギーポップは苦笑するだけでそれ以上答えなかった。
マユミはずっとにっこり笑っている。

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夜、ミサトはつかれた体を引きずって帰宅した。
体が疲労しているわけではないが精神的に疲れている。

「・・・・・・」
プシュー

無言でカードキーをスリットに通して扉を開ける。

「・・・あんた達なにしてんの?」

そこにいたのはアスカとレイだった。
二人ともなぜかバックを持っている。

「何って、ここ出て行くの」
「ちょっと!!どういうことよそれ!?」

アスカの言葉にミサトが叫んだ。
いきなり理解できないことを言われれば叫びたくもなる。

「だからさ、私達はここを出て行くの」
「だからなんでよ!?」
「そっちが気楽だから」
「気楽って・・・」

ミサトは絶句した。
自分たちの関係はその程度のものだったのかと愕然とする。
気楽だからって言う理由で簡単に切れてしまう程度のものだったのだろうか?

「とにかくこれは決定事項なの!」
「そう・・・」

ミサトはそれしか言えなかった。
二人の意志は固いのだろう。
そうでなければこんな冗談みたいなことを言うわけがない。

「レイ、行くわよ」
「・・・わかったわ、ミサトさん・・・おせわになりました」
「ミサト、残りの荷物はそのうち取りにくるから・・・」

アスカとレイはミサトの横を通り過ぎて玄関の扉に向かう。
ミサトはそれをとめるために手をあげて・・・結局何も言えなかった。

「・・・・・・みんな・・・私から離れて行くのね・・・」

ミサトはつかれた顔のまま部屋にあがる。
そのまま居間を通って自分の部屋に向かおうとして・・・

「何か不景気な顔しているな葛城?」
「加持、きてたの?」

居間のテーブルでビール片手にくつろいでいる加持がいた。

「ああ、さっきな・・・何かあったのか?」
「アスカとレイがこの家を出て行くって・・・」
「そっか・・・俺達に気を使ってくれたんだな・・・」
「悪いけど、あんたの軽口に付き合う気分じゃないの・・・」

ミサトはそう言うと自分の部屋に入って服を脱ぐ。
下着姿になるとしかれた万年床の布団に入って眼を閉じた。

「みんなどっかにいっちゃうのね・・・アスカもレイも・・・加持も・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」

ミサトはそこまできて何か違和感を覚えた。
何かさっきナチュラルにとんでもない事をスルーした気がする。

「え・・・っと、まず帰って着たらアスカとレイが荷造りしていて・・・そんで出て行くって言われて・・・」

ミサトは眉間に皺を寄せて回想シーンを考える。

「んでもって家に上がったら居間で加持がくつろいでいて・・・そんでそれを無視してこの部屋に帰って布団の中・・・何も問題はないわよね・・・うん」

自己完結すると再びミサトは眼を閉じた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ってんなわけあるか!!!」

ミサトはかけ布団を跳ね除けて立ち上がる。
居間へのふすまを両手で開け放った。
まるで敵でも探すような視線で居間を見れば・・・そこにはやはりくつろいでいる加持がいる。

「・・・葛城、えらく扇情的だな・・・」

加持がいうのも無理はない。
今のミサトは下着姿だ。

しかし本人はまったく気にしてない。
それどころか大股で加持にダッシュをかける。

「お、おい葛城ミサトさん?・・・っぶご!!!」

ミサトは般若の形相で加持の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。

---------------------------------------------------------------

アスカとレイはまだミサトの家の外にいた。
二人並んで扉をみている。

「始まったか・・・」

アスカが呟く。

家の中からは”打撃音”が聞こえてくる。
相当に激しい乱闘をしているようだ。

「・・・・・・いいの?」

レイがアスカを横目でみながら聞いてくる。
心配そうなレイの様子にアスカは頭を振った。

「問題ないわよ、むしろあの二人のスキンシップを邪魔する方が野暮ってもの・・・」
「そうなの?」
「そうなの、さってと・・・行きますか」

アスカはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると背を向けた。
あの単純な二人のことだ。
この先の展開は読めている。

事実、打撃音はもうやんでいた。
このままここにいるとミサトの余計な声まで聞いてしまうかもしれない。
さっさと退散するにかぎる。

「どこに行くの?」
「そんなの決まってんでしょ?」

アスカは目的の場所を指差す。
それは隣、シンジの家だ。

「シンジのせいで家に戻れなくなったんだからあいつに責任をとらせるのよ」
「責任?シンジ君に?」
「そうよ、男なら責任とらないとね〜」

アスカはレイの手をとって歩き出す。
さっさとカードキーを通すとシンジの家に突入した。

ところで・・・シンジの家はシンジの部屋以外に部屋はない。

深夜・・・

「ブギーさん、ぼくは要らない子なんでしょうか?」
(さあね)
「冷たいですね・・・」

部屋と寝床を乗っ取られたシンジがソファーで毛布にくるまり、丸くなってブギーポップに愚痴っていた。

(それとも今から彼女達と同衾するかい?)
「・・・・・・このままでいいです。」

さすがのシンジもそこまでの根性は無い。
彼だって健全な中学二年生なのだ。
14歳の熱いバトスを抑えきれる自信はなかった。

「・・・今日は厄日か?」

加持のためにいろいろがんばったのに部屋を占領されたり・・・
別に見返りがほしいわけじゃないがなぜか報われない。

(それが人生だ。)
「そういうもんなんですか?」

シンジは悟った
世界は不条理に満ちている。

こうして少年はまた一歩、大人に近づいた。






To be continued...

(2007.09.01 初版)
(2007.11.17 改訂一版)


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