天使と死神と福音と

第拾伍章 〔神曲の調べにのせて〕
V

presented by 睦月様


「・・・迂闊だったな・・・」

シンジは彼女に前科があったのを思い出して苦笑する。

(まだまだ甘えたい盛りなんだろうさ)
「甘えたい盛りですか?」

シンジはブギーポップの言葉に考え込む
果たして自分は彼女にとってどういった存在なのだろうか?

甘えたい存在と言う事は父親に近いのかもしれないが同時に家族であり友人であり兄であるかもしれない。
しかし男であるかと言うのは謎だ。

もちろん、性別男というのはニュアンスが違う。

「んうっ・・・むう・・・」

シンジは自分の胸元を見た。
蒼銀の髪が呼吸にあわせて揺れている。

シンジも成長したものだ。
朝起きていきなりレイの寝顔が目の前にあっても取り乱さないようになっている。
しかも、この感触は毛布の下のレイはまた下着姿らしい。

「最近はメイの存在でお姉さんになって来たと思っていたんだけどな・・・」

シンジは苦笑してレイの寝顔を見た。

レイはシンジが現れるまでほとんどその精神の成長がなかった。
まさに子供のままで大きくなった状態だ。

「うに・・・」

しかし彼女にとって転機が訪れる。
それがシンジとの出会い。
その後に起こるさまざまな体験を通してレイは急速にその自我を確立していった。

「・・・でも」

シンジはそんなレイに危うさを感じていた。
本来なら何年も通して培うものを一年もたたない間に詰め込むようにして今の彼女がある。

今のレイは幼さと思春期特有の不安定さをもっているのだ。
だからこそシンジも凪も彼女には細心の注意を払っていた。

「あせらずに行けばいいさ・・・・・・・」
「にゅう・・・」

シンジはレイを起こさないようにそう呟くとレイが身じろぎした。
シンジの胸にその顔を摺り寄せてくる。
まるで子猫のような愛らしいしぐさだ。

(かわいいものじゃないか、誰のそばより君のそばが安心できるんだよ)
「この状況は俗に蛇の生殺しって言いますけれどね」

信頼して自分の全てを預けてくる相手に本能のまま手を出すなど猿じゃあるまいに・・・シンジには出来ない。
しかし彼とてそう言った部分が無いわけではない。
内心穏やかではなかった。

「さて・・・」

レイが抱きついてきていること自体は100%役得だろう。
それは素直に嬉しかったりするが・・・

「・・・・・・まだ厄日の続きか?」

そろそろ現実逃避も限界だ。

「・・・・・・やるなレイ・・・」

レイがしっかりシンジの体を抱きしめていて身動きがとれない。
冗談では無くまったく動けないのだ。
もしかすると無意識で能力を使っているのかもしれない。

(・・・予想では後5分か)
「何を他人事みたいに・・・」
(他人事だろう?)
「一心同体って美しい言葉がありますよ」
(そこまでは遠慮するよ)

シンジはとりあえず目の前ですやすや寝ているレイの顔をみた。
もはやどうっしようもないわけだからせめて安眠しているレイにはいい夢を見ていてもらおう。

元マイルームの扉が開いて・・・アスカがシンジとレイに気がつくまでの数分・・・

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碇邸の朝はいつも変わらない。
たとえシンジの顔にモミジがついていたり・・・
アスカがレイに女の子の心得を叫ぶように教え込んでいたり・・・
事情を聞いたマナが「それなら私もここに住む」とか言い出したり・・・
マユミがメガネを光らせて「シンジ君、私の眼を見て言ってください・・・大丈夫、私の能力は真実しか読めませんから・・・これ以上ない証拠になります。」などと言ったり・・・
もしくは男同士であるところのムサシとケイタが”殺すぞてめえ”と読み取れる視線を向けてきたり・・・
凪がまったく助け舟を出してくれなかったり・・・
そんなことすら許容してしまう碇邸の食卓は偉大だ。

「・・・さってと、そろそろ説明してもらいましょうか?」

食事の後片付けの後ミサトが開口一番そんな事を言った。

「そうですね、説明してもらいましょうか加持さん?そろそろ復活してください。」

ミサトの視線から眼をそらしてシンジは加持を見た。
なぜか彼は机に突っ伏している。
知らない人間が見たら死体と思うかもしれないがきっちり息はしていた。

「・・・シンちゃんに聞いているんだけれど?」
「・・・・・・って言われても、昨日散歩していたら偶然ロクデナシの加持さんに遭遇しまして、保護したんです。」
「ロ、ロクデナシ?」
「シ、シンジ君?」

シンジとミサトの会話に乱入者がはいった。
それは何とか体を起こした加持だった。
さすがにそんな不本意な呼ばれ方は嫌らしい。

「復活の呪文は唱え終わったんですか?」
「最初から死んじゃいないよ・・・ロクデナシはひどいな・・・」
「ほう・・・」

シンジは学生服のポケットからテープを取り出して電話機にもって行ってセットした。

『ピーーーッ!!葛城・・・俺だ・・・多分、この話を聞いている時は君に多大な迷惑をかけた後だと思う・・・』
『すまない・・・リっちゃんにもすまないと謝っておいてくれ・・・』
『あと、迷惑ついでに俺の育てていた花がある・・・俺の代わりに水をやってくれると嬉しい・・・場所はシンジ君が知っている・・・』
『葛城・・・真実は君と共に有る。迷わず進んでくれ・・・もし、もう一度会えたなら・・・8年前に言えなかった言葉を言うよ・・・』

痛い沈黙が加持に突き刺さる。
周りの視線が鋭い。

「・・・男の身勝手ってやつか?」
「ロクデナシと甲斐性無しの二冠ですね」
「迷惑かかるってわかっているのにやるなんて鬼ですよ」
「加持さん・・・そんな人だったなんて・・・」
「・・・・・・加持一尉、8年前に言えなかった言葉とはなんですか?」

女性達の言葉が精神を切り刻んで再び加持はダウンした。
シンジ達男性陣は多少は加持の事も理解できるがあいにくと女性陣を敵に回したくは無い。
生贄は一人でいいのだ。

「・・・そんな事は今はいいのよ!」
「ミサトさん、なんで加持さんはこんなゾンビみたいなありさまになっているんです?」
「え?」

思わぬ方向に話を振ったシンジにミサトが慌てる。
対するシンジは笑っていた。
全部わかっていながらからかっている確信犯だ。

「・・・加持さん?」
「な、何かな?」
「あんまりがんばりすぎるのもどうかと思いますよ。」
「葛城が離してくれなく・・・でお!!!」
ゴン!!

加持の後頭部にミサトの拳が入った。
それによって加持の顔面が机に激突する。
前後の衝撃で加持の脳が揺さぶられた。

「あ、あんた!!な、なにいってんのよ!!シンちゃんも!!」
「経験からくる予想ですよ。ミサトさん読みやすいですし〜って言うかそんなことの後にこれじゃあマジで死にますよ?」
「だ、だからって!!」

この位はムサシの能力じゃなくても予想は出来る。
ちなみに加持は・・・

「葛城〜俺は要らない加持リョウジなのか〜?」

などとどこかで聞いたような悲しい声を出していたが全員で無視した。
ミサトは一呼吸分の間を取ると真剣な顔になる。

「・・・・・・シンちゃん・・・これはね、曖昧にしていい問題じゃないの・・・」

ミサトの本気を感じたシンジも姿勢を正す。
冗談で済ます気はないらしい

「今・・・ネルフでは副司令の誘拐に関して加持は第一級の容疑者として探しているわ・・・このままじゃあなたにも咎が及ぶ・・・いえ、もうここにいる全員が共犯者に見られても仕方ない・・・」
「ふむ・・・」

シンジはミサトの言葉に頷いて加持を見た。
加持もシンジを見返してくる。

「そこのところはぼくも気になっていたんですよ。加持さん、何のつもりであのご老体を誘拐したんです?」
「・・・君は知らなくて俺を助けたのか?」
「なんとなく面倒ごとに巻き込まれたんだって事は予想がついたんですが・・・」
「そこまでわかっているなら大した物だ。」

加持はやっと自己弁護の機会が巡ってきた事で持ち直したらしい。
体を起こして胸を張る。

「まず、俺は副司令を誘拐なんてしてない」
「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・は?」」」」」」」」」」

全員がいぶかしげな顔で加持を見る。
はっきり言って予想外の答えだ。

「俺はスケープゴートにされたんだ。誘拐の実行犯は他にいるんだよ。」
「なるほど・・・」

実行犯は諜報部の情報を使って冬月を誘拐する。
となると真っ先に容疑者に上がるのは前々からスパイと言うことを見抜かれている加持だ。
しかも彼は諜報部員、罪を着せるのはたやすい。
あるいは昨日のブラックとホワイトが実行犯かもしれない。

「だ、だったらなんでアンタ!!なんで名乗り出なかったのよ!!?」
「そりゃ無理だ、他にもネルフに潜入しているスパイがいるかも知れなかったしな、しかもおとなしく捕まってもその後は尋問だろ?」
「だから独自に副司令を追った?」
「ご名答、危険ではあったが上手くいけば副司令に恩が売れて俺の容疑もはれる。さらに俺の知りたかったことも教えてもらえるかもしれないし」

全員が呆れた。
どうやら加持はここにいる誰もが思うより狡猾だったらしい。
一石三丁を狙っていたのだ。
呆然とする中にあってシンジと凪は苦笑していた。

「だからって危険ですよ、殺されていたらどうするつもりだったんです?」
「生きているからいいだろって言うもんでもないしな・・・」
「うっ」

さすがの加持もシンジと凪の二人にはかなわない。
何せこの二人がいなければ間違いなく自分は終わっていたからだ。

「・・・あっ、て言う事は今ごろ冬月副司令が加持さんの容疑を晴らしているんじゃないんですか?」

マユミの言葉に全員が頷く。
ミサトが慌てて携帯を取り出しリツコに連絡を入れて確認を取る。

「え?・・・あ、やっぱそう?・・・いや、なんでもないのよ・・・」

携帯を切ったミサトが振り向いた。
ミサトは咳払いをひとつつく。
その態度が全てを物語っていた。

「さて、問題も解決したところで学校に・・・」
「・・・待ってシンちゃん?」

椅子から立ち上がろうとしたシンジをミサトの声がとめた。
その一言でこれまでに無く場の空気が緊張する。

「・・・なんですか?」
「・・・・・・ちょっと聞きたいんだけど・・・」
「・・・」

シンジは笑っていた。
しかしその細く開いたまぶたの先から「余計な事言うな」と視線にこめたシンジの瞳が覗いている。

「・・・聞かない方がいいって感じね?」
「皆がそう思っていますよ、誰も望んでいないのにあえて踏み込むんですか?」
「それでも、はっきりさせないといけないでしょ?これは・・・」
「はっきりっていっても、ぼくにもよくわからないです・・・」

全員がミサトを見る視線はそれに突っ込むなと言っている。
しかしミサトはあえて火中の栗を拾うつもりだ。

「・・・・・・・・なんで・・・青葉君がここにいるのかしら?」

その突っ込みで場の空気が弛緩する。
やっちゃった〜という感じだ。

ゆっくりと全員の視線が一点に集まった。
そこにいるのは凪・・・・・・正確にはその後ろで直立不動でたっている青葉に・・・
凪は全員の視線に対して目をそらす。

「自分のことは気にせずどうぞお話を続けてください」
「いや、はっきり言って邪魔なんだけど?」
「今の自分は空気です」
「空気はしゃべらないわよ?」

別に、青葉はいきなり現れたわけじゃない。
最初からこの部屋の中にいたのだ。
しかし今まで誰もそれを言わなかったのはひとえに青葉の尋常じゃないその様子にあった。
全身から不退転の気配を醸し出している。

「今の自分は霧間 凪の姉御の付き人です。」
「あ、姉御?付き人?」
「・・・青葉さん?」

凪が口を開いた。
もはやこの状況を抑えられるのは彼女しかいない。
なんと言っても凪が中心なのだから

「気軽にシゲルと呼んでください。」
「・・・シゲルさん?」
「・・・・・・」

名前で呼んでもらっただけでなぜか恍惚としている。
ちょっと危ない青葉二尉・・・

「・・・話しになんないわね・・・霧間さん?」
「はい?」
「どうしたのコレ?」
「・・・何というか・・・昨日ちょっと命の恩人になったみたいで・・・」
「なにそれ?」

凪は頭を抱えた。
昨日の事を一から言うわけにも行かないが、事実それ以上言うこともない。

「そうっす、凪の姉御は自分の命の恩人です。」

胸を張って力説する青葉は輝いていた。
どこからくる自信だろうか

「・・・山岸、ちょっといいか?」

凪はマユミを引っ張って部屋の隅に行く。

「・・・お前、記憶をいじったんじゃなかったのか?」
「確かにいじりましたけど能力のことだけですよ、そうじゃないと彼の記憶に矛盾が出るじゃないですか、今回は諜報員が二人死んでるんですから、当事者の青葉さんの証言は重要でしょ?」
「だからってあれはな・・・」

凪とマユミはそろって後ろを振り返った。
青葉は依然としてそこにいる。
そのきらきらした瞳に凪はどう突っ込みを入れればいいか迷った。

「先生、勘違いしてますよ?」
「勘違い?」
「私の能力は記憶にしか影響が出ません。個人の感情には影響しませんよ?」
「・・・っていうことは」
「はい、あれは青葉さんの素ですね、よっぽど強烈だったんじゃないんですか?要するに一目ぼれってやつです。」

マユミは親指を立てて凪に示した。
何が言いたいのかは聞かないでおく。

「・・・あ〜シゲルさん?」
「なんっすか?」
「あんた昨日の事覚えているよな?」
「もちろんです。」

青葉の言葉に凪が頷いた。

「だったらわかるだろ?俺は・・・・・・」
「痺れました!!」
「・・・なに?」

意表をつかれて凪がたじろぐ。
昨日の事を覚えているなら自分が危険だということも知っているはずだ。
それなのにこの発言・・・凪の理解の及ぶところではない。

「颯爽とピンチに現れた姉御の姿!!世紀末に舞い降りた天使!!」
「いや、世紀末とっくに過ぎてるぞ・・・」

凪は横目でマユミをじろりとにらむ。
それに気がついたマユミがあわてて手を振って否定したが顔は引きつっていた。
どうも記憶をいじる時点で余計な書き換えをしたようだ。
大方、凪の印象を強めたのだろうがそれでコレだけトリップできる青葉もたいしたものだ。

「つきましては結婚を前提にしたお付き合いをお願いします」
「「「「おお〜〜〜」」」」

なぜかギャラリー一同から拍手喝采。

「ちょっとまて!?まだお互い名前以外ろくに知らないんだぞ!?」
「それはこれから知っていくもの!!」
「大体あんたは仕事あるだろう!?いつまでここにいるんだ!?」
「自分の任務は加持さんの探索です。今も目の前にいる加持さんを監視している途中です。問題ありません」
「だったらさっさとネルフに連れて行くなりすべきだろが!?」
「仕事より大切なものは存在します。」

話が通じない。
皆がおもしろそうな顔で成り行きを見守る。

「見てないで何とかしてくれよ!!」
「凪さん、青葉さんも真剣みたいですし、ここはひとつ真剣に検討してみてはどうです?」
「・・・シンジ、おまえな・・・人事だと思って・・・」

そのとき凪はあることに気がついてニヤリと笑う。

「・・・ああ、いいかもな・・・結婚前提の付き合いも・・・」
「ほ、ほんとッスか!?」

青葉は狂喜乱舞して小躍りをする。
しまいにはブレイクダンスまで発展しそうになったところで凪がとめた。

「だけど俺にも好みがあるぞ?」
「も、もちろんッス!!俺、きっと霧間さんにつりあう男になります!!」
「・・・言い切ったな・・・」

凪の口元の笑みが釣り上がった。
どうやら何か邪悪なことを思いついたらしい。

「言っておくが俺のレベルは高いぞ?」
「望むところです!?」
「いい覚悟だ。とりあえずシンジレベルが最低だからな」
「「「「「「なに!?」」」」」」

聞いていた全員が絶叫した。
特にシンジなど予想もしなかった言葉に呆然としている。

「簡単に言えばシンジ以上の男じゃないと付き合う気はない、特に腕っ節は最低条件だ」
「き、霧間先生?それはあんまりにも無茶すぎるんじゃないですか?シンジ君って相当に強いんですよ?」

マナが代表で凪に話しかけた。
あんまりといえばあんまりな条件だ。

「俺の相手をするなら最低それくらいはなってもらわないとな」
「うわ、自意識過剰〜」

マナの言葉に全員が頷く。
青葉とシンジなら知識とかの面で青葉が勝つだろう。
しかし総合的に考えたらシンジに勝てる奴などそうそういない。
特に拳で語ろうとすれば青葉が10人いてもまったく足りないだろう。

「あ〜、青葉さん?」

シンジが青葉に声をかけた。
なにやら小刻みに震えている。

「シンジ君!!」

いきなり顔をあげてシンジを見た青葉の眼は燃えている。
バックに炎を背負いそうな感じだ。
おもわずシンジは引いてしまった。

「霧間さんをかけて勝負を申し込む!!?」
「え?」
「おいおい、いつのまにか俺は賞品扱いか?」

シンジと凪の声は青葉の耳には届いていない。
青葉は懐を探るとネルフが支給している制服用の白手袋を取り出した。
ピッチャーのように振りかぶるとシンジに投げつける。

「・・・・・・」

あっさりシンジは避けた。

「何で避けるんだ!!」
「いや、受け取ったら決闘開始なんでしょ?」
「オフコース」
「それならやです。」
「なんだって?ふっ、しかし手袋はもう片方ある・・・」
「そのくらいにしておきなさい!!」

いつの間にか距離を詰めていたミサトが低く屈んだ姿勢から天を突くようなアッパーを放つ。
ちょっと危なく見えるほど綺麗にあごを捉えられた青葉が空を飛んで天井に頭をぶつけた。
そのまま落下すると床で悶絶する。

「今日も仕事でしょうが!!?」
「そ、それはそうなんですが!!これは自分の人生のイベント発生フラグなんす!!見逃して下さい!!」
「出来るか!!アンタはネルフに加持を連れていく仕事があるそうじゃない!!」
「うう・・・っそ、そうなんですがあ〜」

哀れに嘆く青葉の声を無視してミサトは玄関に引きずっていく
そのさまは子牛を連想させる光景だった。

「加持も早くしなさいよ、どの道ネルフに行かないわけには行かないんだから〜」
「りょうか〜い」
「凪さ〜ん」
プシュー

自動ドアが開くとミサトはさっさと外に出て行った。
最後の青葉の悲しそうな声がなんとも言えない。
端で見ている分には結構笑える。

「凪さん、こっちに振らないでくださいよ・・・」
「いいじゃないか、俺も男と付き合ったことないんでな・・・上手い断り方がわからないんだ。」
「そうなんですか?」
「俺はいわゆる不良の部類に入っていてな、まあそっちの方がいろいろと都合がよかったんでそうしたんだが・・・学生時代は男も女も俺に近づく奴はまれだったな・・・」
「・・・・・・」

どう突っ込めばいいのか・・・
シンジはなんとなく答えそびれてしまったのでこの問題をスルーする事にした。

「さて、ぼくたちもそろそろ・・・・」
「ああ、そうか、シンジ君も今日は学校かい?」
「ええ、前の使徒の時にいろいろ合って今まで登校出来なかったんですよ。」

実際はいろいろどころではなかった。
エヴァの中に溶けてしまっていたのだ。

何とか戻ってこれたがリツコを筆頭としたマッド集団に徹底的な検査を受けると言う検査地獄にとらわれていたので今日が久しぶりの登校になる。

「しかも誰かさんのせいで余計な手間がかかりましたからね・・・」
「はは、面目ない」

加持は軽く笑うと姿勢を正した。

「改めて御礼を言うよ・・・・」
「それはどうも・・・」
「ところで、学校に行く前にシンジ君に話があるんだが・・・」

加持の言葉に残っていた全員の視線が集まった。
妙な緊張感が生まれる。

「・・・いいだろう」

シンジの顔に左右非対称の笑みが浮かんだ。

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加持はシンジを連れてマンションの屋上に上がった。
二人だけになって最初に声を出したのは加持だ。

「しかし君らがMPLSだったとはね・・・」

シンジがニヤリと笑う。

「なんですそれ?」
「とぼけなくてもいいだろう?昨日の霧間さんとレイちゃんのやった事を考えればな・・・」
「・・・こんなところで言うことですか?」

加持が肩をすくめる。
問題ないということだろう。
下調べでもしたのかもしれない。

「・・・君の背後組織がわからないはずだよな・・・」
「・・・勘違いしないでくださいね、皆もぼくも元からそんなものに入っちゃいません、なにも出てくるわけないですよ」
「ごもっともだ・・・ここにいるみんなが君の仲間だったとはね・・・」
「言っておきますけど・・・」

シンジの気配に殺気が混じる。

「なんであなたが生きてここにいるのか・・・その意味を考えてくださいね・・・」
「怖いなシンジ君、もちろんわかっているさ・・・」

加持は鳥肌が立つのを抑えてシンジからマンションの向こうの風景を見る。
視線の下のほうでは出勤する会社員や登校する学生の姿が見えた。
町が目覚め始めている。

「結局は葛城の言ったとおりか・・・」
「ミサトさんの?」
「ああ、あいつさ、学生時代から妙なところで鋭くってな・・・君が本当は怖い子だから余計なことするなだとさ・・・今ネルフで君の本質に一番気がついているのは多分あいつだ。」
「まあ外れちゃいませんね・・・」

シンジは肩をすくめた。
ゲンドウやリツコの様に余計な先入観を持たない分シンジの本質に気つき始めているのかもしれない。
シンジを調べるのに血眼になった連中より何もせずそばにいただけのミサトのほうがシンジの秘密に近いのは皮肉だ。

「・・・君が俺を助けたのは葛城のためかい?」
「そうですよ、あなたがどこで野垂れ死のうがそれはあなたの自由だ・・・・でもミサトさんは泣く・・・でしょ?」
「ああ・・・そうだな・・・・・・」

そう考えれば加持を救ったのはミサトかもしれない。
本人が自覚してないとしても・・・

「・・・死んでもいいと思っていたんですか?」
「いや・・・」
「セカンドインパクトやネルフ、ゼーレの事を考えれば昨日のような事になるのは予想出来ていたはずでしょう?」
「もちろん・・・」

加持はポケットからタバコを取り出すと口にくわえて火をつけた。
しかしシンジが問答無用でとりあげる。
少なくとも昨日出血多量で死に掛けていた人間がタバコを吸っていいわけがない。
加持は寂しそうだがシンジの方が正しいと残りのタバコをしまう。

「・・・俺が真実を調べ始めたのは理由がある。」
「ミサトさん?」
「半分はな・・・」

加持は不意に遠い目になってシンジを見た。
目の焦点が合ってない。
シンジを通して何かを見ているようだ。

「俺がセカンドインパクトの真実を求めた理由・・・葛城が半分・・・もう半分は俺と・・・弟達のためかな・・・」
「・・・弟さんのためですか?」
「ああ・・・あいつらを殺してしまったのはあくまで俺だ。しかしセカンドインパクトさえなかったらあんなことにならなかったかもしれない・・・なんてな・・・見苦しい限りだ。あの惨劇が・・・自分のせいだって言うのを否定したかったのかもしれな・・・」

加持はシンジに背を向けると朝の街を見た。
何も変わるところのない平凡な日常風景が眼下にある。

「・・・死にかけた時・・・弟達を見たよ」
「・・・・・・へえ・・・」
「幻だったのかもしれんがね・・・」

シンジの声が無感情で自動的なものに変わった。
だが加持は気がついていないようだ。

「あいつらは死んだあのときのままの姿だった・・・そりゃあそうだよな死んでりゃ歳なんて食わん、14歳のあの日のままだ・・・いつのまにか俺だけが年を食っていた・・・あいつらを見殺しにした俺だけが・・・多分あれが走馬灯ってやつなんだろうさ・・・」
「・・・走馬灯?」
「ああ、知っているかな?走馬灯というのは防衛本能の一種だ人間は生命の危機に瀕したとき、何とか状況を打開しようとする本能が働く、そのとき人間の脳内では今までの経験から状況の打開方法を探し出そうとする。そのときに記憶の氾濫が起こるのが走馬灯の正体と言われている。」

加持は押し殺した声で笑った。
それはひどく自虐的で自嘲気味で・・・

「結局死にたくなかっただけなんだな弟たちを死なせてしまったあの日も・・・昨日も・・・何にも成長しちゃいない・・・そのせいであの時はあいつらを犠牲にしてしまった。」
「それで?」
「・・・俺はさ・・・あの日から自分の命に執着がもてなくなっていた。でも死のうなんてまったく思わなかった・・・だってあいつらを死なせた俺が簡単に楽になっていいはずが無いってな・・・しかしそんな理屈をいくら並べても俺は・・・今すぐにあの日に戻れても俺はやっぱりあいつらを売るかもしれん」

シンジからの答えは無い
その代わりに足音が聞こえてきた。
近づいてくる。

「・・・それが君の願いか?」
「え?」
「もしここで君を殺したなら、君は戻れるのか?君の仲間と弟と・・・ともに歩んでいたあのころに戻れるのかい?」

加持は振り向くことができなかった。
それほどの背後からの気配は圧倒的だ。
抵抗の余地など無い。

「混乱したあの時代・・・そこにあってなお信じられるものたちに囲まれていたあの時代・・・君の最も輝いていたときに戻れるとしたら・・・君は誇りを持って死ねるのか?」

その言葉は麻薬のように加持の心に滲み込んで行く。
まるでこの言葉にYESと答えれば本当に自分はあの時代に戻って・・・あのままの自分で死ぬことができるような・・・

抵抗や疑いは考えなかった。
それほどに背後からの言葉は恐ろしく、強烈で、甘く・・・優しかった。

「・・・俺を殺すのか?」
「それを決めるのは僕じゃない・・・君だ。」
「殺すのは君なのにかい?」
「銃の引き金を引くのはあくまで人間だろう?」
「違いない・・・」

生き死にが身近にあった世界で生きてきた加持にはわかりすぎるほど当然のことだ。

「・・・それを決めるのは俺なのかい?」
「君は幸運だ。自分の死ぬ瞬間を自分で選ぶことができる。」
「たしかに、生きることさえ選べないやつもいるしな・・・」

声はひどく近くから聞こえた。
すぐ後ろにいるらしい。

加持は振り向きたい欲求をこらえるのに大変だった。
背後のシンジを見た瞬間にすべてが終わりそうな気がする。

「なら・・・もうすこし待ってくれないか?」
「いつまで?」
「死ねない理由ができるまで・・・」
「クス・・・」

背後で軽く笑う声が聞こえた。

「笑われても仕方ないとは思うね」
「それでも生きたい?」
「まあね・・・」

加持は背後を振り返った。
そこにいたのはいつものシンジだ。

「・・・今のが本当の君かい?」
「さあ、どうでしょうね、案外別人かもしれませんよ?」

シンジは軽く笑った。

(こんなに近くにいるのに底の見えない子だ・・・)

加持は姿勢を正すとシンジに頭を下げた。

「あらためて、ありがとう」
「次は無いですよ」
「きついな、見放さないでくれるとうれしいんだが・・・なあシンジ君?」
「なんです?」

加持の顔にいつものおどけたニヤリ笑いが戻る。

「何か君や葛城のために俺に出来ることがあったらなんでも言ってくれ・・・命がほしいと言うならいつでもやるよ・・・」
「舌の根も乾かないうちにそれですか?いりませんよ・・・そんな安い命ほしがるのはミサトさんだけです。」
「そ、そうか?」
「せいぜい高く売りつけるんですね・・・あ、来たようですよ」

シンジが振り向くと屋上の出口から足音が聞こえてきた。
バタン!!!

「ちょっとなにしてんの加持!!」

痺れを切らしたミサトが屋上に怒鳴り込んできた。

「あ、わるいわるい」

加持は慌ててミサトのところに歩き出す。
シンジはミサトに聞こえないように小声で加持に話し掛けた。

「加持さん」
「ん?なんだ?」
「昨日出血多量で死にかけたでしょ?あんまり無茶していると命まで吸われますよ?」
「はは、それはそれで男の本懐だよ。」

そのまま二人は並んで出て行く。
入れ違いに凪が屋上に現れた。

「いいのか?」

凪が静かな声で聞いてくる。

「大丈夫ですよ、一度死にかけて馬鹿も直ったでしょうし・・・」
「・・・それだけか?」
「後は愛の力でも信じましょう、ミサトさんなら加持さんの手綱をしっかり握ってくれますよ」
「愛の力か・・・大分強烈な愛のようだが加持さんは生き残れるかな?」
「それが男の本懐らしいです。」

シンジの言葉に凪が笑った。
あの二人なら心配要らないだろう。

「そろそろ出ないと遅刻するぞ、久しぶりの登校なのに遅刻じゃ印象悪いだろ?」
「あ、そうですね、よかったらバイクで送ってくださいよ」
「いつもは嫌がるくせに現金なやつだな、あいにくと特定の生徒を優遇するわけにはいかん・・・歩け」
「炎の魔女なのに冷たいんですね」

シンジと凪は屋上の出口に歩き出した。
誰もいなくなった屋上に一陣の風が吹いた。
次の舞台に備えて場を清めるように・・・

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「シンジ!!!!」
「のわ!!」

久しぶりに入った教室でいきなり自分の名前を大声で呼ばれたシンジが硬直する。
メガネが異様に光を反射しているケンスケが走りこんできた。
かなり怖い。

「うわ!!」

一目見て気が付いた。
あれは激しくやばい。
だから生存本能が働いたとしても、それによって無意識にカウンターの右が飛んだとしてもそれは仕方ないことだっただろう。

「きゅえ!!」

幻の右フックがケンスケのほほを捕らえて殴り倒す。
いい子も悪い子も真似しちゃいけない危険な技だ。

「な・・・なに?」
「う、うらぎりもの〜」
「へ?」

意味がぜんぜんわからなかった。
顔をあげて周りを見回すとトウジが手をあわせて自分を拝んでいる。
それで大体の状況が読めた。

時間は過ぎて昼休み・・・

「うう、裏切り者・・・」
「まだ言っているのか?言っとくけどぼくはパイロット選出の件にはノータッチなの」

久しぶりに全員で昼食を取るみんな・・・
しかしケンスケの一角だけ暗い。

「だってさ、トウジもパイロットになれるなんて・・・俺だってやる気はあるんだぜ?」
「やる気でどうにかなるんならそもそも中学生をパイロットにはしないだろ?」
「うう・・・」

シンジはため息をついた。
ケンスケの言うこともわからないではない。
実情を知らないからこそ言えることだ・・・

もし何かの間違いでケンスケがチルドレンになったとしたらシンジはそれを妨害するだろう。
トウジとケンスケは違う。
戦場にあこがれるのと戦えると言うことは=で繋げない。

もちろんそのときには本人の意見は無視だ。
それが誰にとっても一番いいことだとシンジは思っている。

「で、でもさ・・・」
「あんたばか〜」

ケンスケの言葉にアスカが心底呆れた声を出す。

「やる気だけでなれんなら誰も苦労しないわよ。私もレイも何年もかかって訓練を受けてきたんだから」
「だ、だったらシンジは何なんだよ!?」
「こいつは別格、だけどねシンジだっていろいろあって今のシンジがいるの、ぽっと出でいきなり何でもできたわけじゃないのよ。」

他ならぬアスカの言葉だけに重みが違う。
実際シンジはアスカやレイの”訓練”じゃ絶対に味わえない感覚・・・殺すか殺されるかの”実戦”を通してきている。
しかもただの実戦ではない。
相手はすべからく異形の力の持ち主たちだらけの戦いだ。
それに加えてブギーポップとのシンクロなど経験値においてもシンジはアスカやレイを上回る。

「そ、そうなのか?」
「そうよ!!」
「で、でもトウジは・・・」
「・・・そのせいでこいつは死に掛けたわ!!」
「あう・・・」

アスカは立ち上がって仁王立ちになる。
少しケンスケの言葉に怒っているようだ。
子供のころからエヴァに関わってきただけにエヴァがどういうものかチルドレンがどういうものか他の誰よりよく知っている。

「何の代償もなしで気軽にエヴァに乗りたいって言っても無理なの、乗れたとしても実戦で死ぬわね・・・知ってた?エヴァっていくつかの国の国家予算に匹敵するくらい高いのよ?そんなものをおもちゃのようにほいほい任せられないでしょ?」
「う・・・」
「あんたのお遊びで餓死者の数が跳ね上がるかも知んないのよ、それわかって言ってんでしょうね?」

アスカの言葉にケンスケはぐうの音も出ない。
周囲のみんなも無言だ。

「・・・・・・」

そんな気まずい沈黙の中でシンジはアスカを横目で見る。

(・・・なんか変だな・・・)
(無理もないさ)
(理由がわかるんですか?)
(彼女から血の匂いがする。)
(血?)

シンジはもう一度アスカを見る。
アスカがどこか怪我した様子は無い。

(彼女のプライベートなことだよ)
(・・・ああ、なるほど・・・)

シンジは理由に思い至った。
それならアスカのこの様子も理解できる。
月の物のせいでいらついているのだろう。

何かを生み出すために血を流す・・・男には絶対にできないことだ。
男が血を流すときは何かを壊すか殺すときだけなのだから・・・

(それだけでもないようだけど・・・)
(どういうことでしょうか?)
「シンジ?」
「ん?」

名前を呼ばれたのでシンジが振り向くとトウジが罰の悪い顔をしている。

「わるいな〜ケンスケに話してしもおた・・・」
「・・・まあ遅かれ早かれケンスケは知ったと思うよ。参号機に固執していたから・・・」

ケンスケのあれは半分病気のようなものだ。
その執念には苦笑するしかない。

「ところでトウジ、チルドレンを正式に辞めたんだって?」
「ああ・・・ワイに勤まるもんじゃないちゅうことがわかっただけでもめっけもんや」

気楽に言うがトウジの手が小刻みに震えているのをシンジは見逃さない。
けんかしかしたことの無い中学生が殺し合いの世界に足を踏み込んだのだ。
ブギーポップと一緒に戦い始めたころの自分が重なって見える。
おそらくあの恐怖をいまだ振り払えていないのだろう。
しかしトウジを慰めるのはどうも自分よりヒカリのほうが適役のようなのでシンジはそれ以上そのことには触れないことにした。

「・・・ケンスケもわかればいいんだけどな・・・」

人という種は難儀なものだ。
なかなか知識だけで物事の本質を見切ることは難しい。
そのためには百の言葉より経験が必要なのだ。

しかしどれだけの犠牲を払おうともそれによって手に入れた経験はあくまで本人だけのものだ。
他人にとっては知識のひとつでしかない。

だからこそ人はあやまちを繰り返す。
あるいは動物の本能のように何万年と繰り返せば刷り込みのようにあやまちを学ぶのだろうか・・・

(あるいは人類補完計画が起こってすべてがひとつになれば経験も均一化して人類は愚かさを学ぶんでしょうかね・・・)
(君はそれを望むのかい?)
(死んでもいやです。)

シンジはきっぱり言い切った。

それはすべてひとつになって自己完結してしまうパーフェクトワールド・・・

(そんな退屈な世界は遠慮します。)

外側だけ見ればいいことだが内情は少し違う。
すべてがひとつになるということは外側からの刺激がまったく無いということと同義だ。
そこには新たなる発見も進化も無い。
刺激のない世界にシンジは興味がなかった。

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「〜♪〜〜♪」

ドグマの一角に作られたスイカ畑に加持の姿があった。
自分の作ったスイカ畑に如雨露で水をやっている。
ひさしぶりなのでかなりご満悦のようだ。
鼻歌がもれている。

「・・・精が出るね」

背後からかけられた声にも驚かず加持は作業を続ける。

「自分には本来土いじりのほうが性に会っているんじゃないかって最近は思っているんですよ」

加持は背後の人物を見ない
程なく足音が聞こえて加持の隣に並ぶ。
スイカ畑を見るその人物は冬月だった。

「・・・まずは礼を言おう」
「たいしたことはありません」
「青葉君の報告書を読んだ・・・諜報部にスパイか・・・やり切れんな」

どうやら冬月は青葉からの報告を受けたあとここに来たらしい。
しかし冬月の言葉には違和感がある。

「・・・それだけですか?」
「?・・・どういうことかね?報告ではスパイ達は偶然一般人が現れたので君の殺害を断念したとあるが?その諜報部員が逃亡したのは痛いな・・・」
「・・・・・・」

加持は昨日の合成人間と凪の戦闘を見ていた。
もちろん当時者の青葉もそれを見ていたはずだ。
それと青葉の報告はズレがある。

(・・・記憶操作の能力者か)

そう考えればすべてが納得いく。
おそらくはその能力者が青葉の記憶を改竄してスパイ達が逃げたと言う風に書き換えたのだろう。
凪の名前が出なかったのは青葉が凪に面倒が及ぶ事を嫌ったに違いない。
今朝の様子を見る限り間違いは無いだろう。

(これは・・・なるほど、シンジ君の動きが表立って出てこないのはそれが理由か・・・かなりの人材が集まっていると考えたほうがいいな・・・)

凪とレイ、そしておそらくシンジも・・・能力者は彼ら3人だけではなかったのだ。
少なくともあと一人・・・記憶操作の能力をもった人間がシンジの周りにいる。
シンジ自身が記憶操作の能力者の可能性がないとも言い切れないがおそらく違うだろう。
シンジの持つ雰囲気はそんな生易しいものではない。

しかし、そう考えるとシンジ達は今まで人知れず事を運んできた可能性が高い。
ネルフにも加持にも感づかれなかった理由の一端はその辺りにあるのだろう。

(・・・って言うことは俺の記憶も消せたはずなんだよな・・・それをしなかったと言うことは多少なりとも信じてくれてるってことか・・・)

加持の記憶をいじろうと思えばいくらでも出来たはずだ。
それをしなかったと言うことは加持なら誰にも話さないだろうと思っていると言うこと・・・もしくは・・・

(いや・・・まあ昨日のアレを見れば誰かに話そうと言う気にはならないが・・・)

加持の脳裏に昨日の凪の姿がよみがえる。
圧倒的なまでの美しさと力をもって炎の中に立つ炎の魔女・・・青葉が骨抜きになるのも頷ける。
アレは華麗すぎて恐ろしすぎた・・・絶対に敵に回したくは無い。
それに彼らの中心にいるシンジの存在はさらに未知数だ。
こんな連中を相手にするなどという暴挙に及ぶ勇気は加持にはなかった。

「どうかしたのかね?」
「あ、いえ・・・なんでもないですよ」
「そうかね?」

しばらく加持と冬月は足元で実っているスイカを見る。

「・・・君はこれからどうするのかね?」
「葛城の家でヒモで自堕落な生活も悪くはないんですがね、安全な場所があればそこに引っ越しますよ」

実際のところミサトの家ほど安全な場所も早々ない。
なにせご近所さんが能力者の集団だ。
大抵のことには対応できるはずだが加持はそのことを言うつもりもないしミサトの家に厄介になるつもりもない。
理由はひとつ・・・これ以上彼らに迷惑をかけるわけには行かないから・・・

「・・・ネルフ本部に部屋を用意しよう、居住区に空きがあったはずだ。」
「ネルフ本部?確かに安全そうではありますが・・・いいんですか?ゼーレが黙っていないのでは?」
「我々は目的を同じにしている者達だ・・・建前ではな・・・」
「そのために安易に手を出せないってことですか?」
「諜報部にスパイが潜んでいたということで全部所の職員の経歴が洗いなおされている。こんなときに下手な行動は自分から手を上げて宣言するようなものだ。」
「・・・・・・」

かなり無茶な論理だが一理はある。

「君が本部内にいる限りモニターするのもたやすい。」
「・・・俺は餌ですか?」
「人間とは考える動物でな・・・目の前に置かれたあからさまな餌には逆に警戒して手を出さないものさ・・・」
(この狸ジジイ・・・)

冬月もさすがはネルフナンバー2だ。
一見これは加持を保護すると言う名目だが同時に加持に対して不穏な動きをする者達を見つけてスパイを燻り出す意図もあるに違いない。

「・・・・勘違いをせんでくれ、感謝しているのは本当だ。」
「別に気にしてはいませんよ。利用できるものは何であろうと利用する。それは組織のトップとして必要な資質でしょう?」
「そう言ってくれるとありがたいな・・・」

冬月は加持に背を向けた。
どうやら話すことはもうないらしい。

「ほかに何かできることはあるかね?」
「そうですね・・・こんな状態では本部の外にほいほい出て行くことは難しいでしょうし、アルバイトは休業しなければなりません・・・」
「ほう、まあ確かにそうだな・・・ゼーレはもちろんだが内閣のほうも関係を切るつもりかね?」
「開店休業状態って事ですがね、ついでに三足目の草鞋も・・・」
「・・・・・・」

加持の言う三足目とはもちろんネルフ、ひいてはゲンドウの指令を受けないという意味だ。
当然といえば当然だろう。

ネルフから出られない以上ゲンドウから命令を受けたとしても遂行することができない。
と言うより外に出るだけで危険なのだ。
それならば早めに釘をさしておくに限る。

「・・・わかった。六分儀には伝えておこう」
「お手数をかけます。」

冬月は加持を振り返ることなく歩き去った。

「身軽になったものだな、肩の荷が下りたっていうのはこう言う事なんだろうか・・・これで一本に絞れる」

加持はじっと水の切れた如雨露を見ていた。
その顔は笑っていた。

「さて、四足目の草鞋・・・彼は俺を呼ぶかね・・・」

自嘲気味な笑いを浮かべて加持がつぶやく。
その言葉はここにいない人物に向けられたものだ。
同時に加持が今もっとも気にしている一人の少年・・・
彼が何をするつもりなのか大いに興味があった。

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「みんな最近すごいわね・・・」

リツコがモニターを見ながら呟いた。
そこには三人の顔とシンクロ率が表示されている。
その数字は全員が90%以上で横並びだ。

「みんな調子いいですね」
「何かつかんだのかしら?」

メインモニターには信じ達三人の顔が映っている。
みんな瞑想するように軽く目を閉じていた。

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「そうなの、外の世界はずいぶんにぎやかなのね〜」

弐号機の内面世界でキョウコはいつものように微笑む。
目の前のテーブルの反対側にはアスカが紅茶を飲んでいた。

「まったく冗談じゃないわよね、エヴァのパイロットなんてなれないほうがいいのにさ・・・」

アスカはいらただしげだ。
相当腹に据えかねたらしい。
しかしキョウコはそんなアスカを見てもにこやかな笑いを絶やさない。

「その子の事もわからないではないわね、見かけだけなら十分エヴァは魅力的だわ」
「でもママ・・・」
「男の子って言うのはそういうものにあこがれるものよ・・・それより・・・」
「な、なに?」

キョウコの笑みが変化したのにアスカは気がついた。
アスカの実体験からいってこの笑みは自分をからかうときの笑みだ。

「何をそんなにいらいらしているのかしら?」
「べ、別になんでもないわよ・・・」
「本当?」
「う・・・」

キョウコがアスカに顔を寄せて聞いてきた。
思わずアスカの腰が引ける。
母のにこやかな笑いを向けられると弱い。

「な、何のこと?」
「煙に巻こうとしても無駄よ」
「そんなこと無いわよ・・・」

不意にキョウコの瞳がまっすぐにアスカを見た。
実母の視線にアスカが気圧される。

「し、仕方ないじゃない!今日は二日目なんだから!!」
「二日目?」

アスカの言葉でキョウコの顔が輝く。

「な、なに?」
「うふふ、アスカちゃんもおおきくなったものね〜いつの間にか女の子を卒業していたなんて、これは孫を見る日も近いかしら?お相手はシンジ君?」
「な、なんであいつなのよ!!子、子供なんて要らないわよ!!!」
「あら、それは私に対する挑戦?」
「う・・・」

実際、自分を生んでくれた母親には勝てない・・・なんと言ってもその結果で自分がここにいるのだ。

「小さいころのアスカちゃんは可愛かったわよ〜、もちろん今でもアスカちゃんは十分可愛いけれどね」
「ママ・・・」

アスカは不覚にも瞳が潤んでしまった。
母がいなくなってからの年月・・・自分がどれだけ損をしてきたのかというのをいまさらながらに自覚する。

(いえ・・・そんなことはもういいのよね・・・)

今は目の前にキョウコがいる。
たとえ世界中が敵に回っても無条件で自分を信じてくれる存在・・・
それが誰よりもそばにいるということがコレほどありがたいことだとは思わなかった。

(昔の私ならいい顔はしないでしょうけどね・・・)

ドイツにいたころのエヴァ至上主義の自分から見れば今の自分は堕落しているように見えるだろう。
しかし今のアスカにとってそんなことはどうでもいいことだ。

「それで、何を悩んでるのかしら?」
「う・・・」
「ん?」

どうやらそのままうやむやにはならなかったらしい。
アスカは観念した。
この母に対して嘘は効かない。

「・・・私にはエヴァしかないってことに昨日気がついたの・・・」
「?・・・どういうこと?」
「昨日、加持さんが死に掛けたときに私・・・何もできなかった。助けたのは凪先生だし怪我を治したのはレイ・・・」
「・・・そういうこと」

キョウコはアスカの言葉で納得した。
アスカの憂鬱は自分に力が無いことで置いてきぼりを食ったと思っていることが原因のようだ。

周囲のみんなが何らかの能力に目覚めているのに自分にはそれが無い。
エヴァを扱えるといってもそれはシンジとレイにも当てはまる。
さらに問題はエヴァは使徒を相手にしか使えないということだ。
シンジたちは実際に生身での戦闘をしている。
しかしその中で普通の中学生でしかないアスカは何もすることができない。

(ただ傍観していることなどできないけど、わざわざ死ぬとわかっているのにしゃしゃり出てシンジ君達の迷惑になるのもいやということで板ばさみになっているってところかしら・・・)

キョウコはアスカにどう答えてやるべきか悩んだ。
アスカがこれから先、能力に目覚める可能性はおそらく無い。
すでに彼女には歪曲王という存在が発現している。
シンジのような特殊な場合でない限り新たに能力が増える可能性は無いだろう。

歪曲王の能力それ自体はかなり強力だ。
おそらくはシンジ達にも早々引けはとらない。

発現にしても目覚めたのは最初から目覚めていたシンジとマユミを除けば一番早かった。

しかし、問題は歪曲王が自動的なものであってアスカにそれが認識できないことにある。
そのためアスカは自分が置いていかれたような気になって周囲からの孤立を感じていたのだがそれを口にするのはアスカのプライドが許さなかった。

(こういう意地っ張りなところは成長していないのね・・・)

娘の不器用さにキョウコの顔に笑みが浮かぶ。

「な、なに?」
「ん?アスカちゃんのそういうところは変わってないんだなって思ったら嬉しくってね」
「そういうところ?」
「おねしょしたシーツを隠そうとしていたときとおんなじ顔しているわよ」
「ぬな!!」

思わずアスカは叫びながらあとずさる。
なかなか見れないあわてぶりだ。

「な、何言っているのよママ!!」
「ふふっだめよ、子供は親には勝てないと相場が決まっているのだから」
「本人も覚えていないようなことを持ち出すなんて卑怯よ!!」
「あらあら〜この程度で恥ずかしがっていたら身が持たないわよ?」
「何知っているのよ!!」
「アスカちゃんがしてきたこと」

キョウコはアスカをからかって遊ぶと言う親子のスキンシップを続ける。
アスカがスキンシップと思っているかはわからないが・・・

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モニターの中のアスカの眉間に皺がよる。

「あら?」
「ん?リツコ、どうかしたの?」

リツコの疑問符にミサトが反応した。

「アスカのシンクロとハーモニクスが揺らいでいるのよ。今までより振れ幅が大きいわね」
「・・・仕方ないわよ、あの子・・・今日二日目だし・・・」

女同士にしかわからない悩みをしみじみと語る。

「・・・ミサト、エヴァのシンクロ率は表層的な身体の不調に左右されないわ、問題はもっと深層意識にあるのよ」
「そうなの?」

・・・当然であるがだれもコレが母親が娘に精神汚染をかけた結果だとは気がつかない。

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テスト終了後・・・
シンジ、アスカ、レイは三人並んでエレベーターを待っていた。

「アスカ?何かあった?」

シンジが横にいるアスカに聞いた。
なぜかアスカが疲れきっているように見える。

「な、なんでもないわ・・・」
「そ、そう?」

とてもじゃないがそうは見えない。

チ〜ン!
「あ、来たか」

エレベーターの扉が開いてシンジ達が乗り込む。
シンジがボタンを押すと扉がしまってエレベータは上昇を始めた。

「アスカ、お母さんとうまくいってる?」

その言葉にアスカの肩が震えた。
どうやらこの話題は地雷らしい。
聞かないほうがいいようだ。

しかし・・・

「・・・たとえ肉親でも心を開かなければ答えてはくれないわ・・・」

レイはそんなことにまったく気がついてないようだ。

「いや・・・心を開きすぎてるから問題があるって言うか・・・」
「?・・・わからないわ」
「い、いいのよそんなこと!!」

大声でレイの追求を断ち切るアスカ・・・
その顔は真っ赤だった。

どうやら弐号機の中で何かあったらしい。

「わ、私のことより・・・レイはどうなのよ!?」
「わたし?」

アスカの質問にレイの顔がほころぶ。

「あの子はとっても素直ないい子よ」
「・・・いいわね」

そういって笑うレイの顔がまぶしかった。
一点の曇りもない。
なぜか負けた気がするのは・・・何でだろう?

なんとなく横を見るとシンジが同情の瞳で見ている。
ここまでの会話からアスカの苦労が理解できたらしい。

「・・・お互い肉親には苦労させられるわね・・・」
「ぼくの場合ダブルでね・・・」

シンジの顔も少し引きつっていた。






To be continued...

(2007.09.01 初版)
(2007.11.17 改訂一版)


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