天使と死神と福音と

第拾伍章 〔神曲の調べにのせて〕
W

presented by 睦月様


数日後・・・シンジ達は非常召集を受けてネルフに向かった。

「てっきり使徒が近づいてきてるんだと思ったんだけどな・・・」

シンジはぼやきながら廊下を歩く。
そのあとを他の皆がついてきているが同じ思いだ。
本来なら即行でエヴァに乗るはずだが今回は発令所に集合がかかっている。

「今回はそんなに急いで戦闘準備する必要ないってことじゃないのか?」

ムサシの言葉に全員が頷いた。
と言うよりそれ以外考えられない。
まだ遠くにいるのか様子見が必要な段階なのかはわからないが

「ま、どんなやつが来てもあたしが倒してあげるから安心しなさ〜い」

アスカの陽気な言葉にマナ、ムサシ、ケイタが笑って頷く。
しかし、シンジはそんなアスカの”空元気”を横目でじっと見ていた。

(・・・最近変だな・・・)
(そうだね、まるで彼女がここに来てすぐのころに戻ったようだ。)

シンジの疑問にブギーポップも同意する。
ここ数日アスカはどこかおかしい。
何かあせっているようだがシンジ達にはその答えがわからなかった。

本人に聞いても「なんでもない」の一言で切り捨てられる。

「・・・シンジ君?」
「ん?」

名前を呼ばれて振り向くとレイがシンジとその先のアスカを見ている。
どうやらシンジと同じ事を感じているようだ。
アスカを見る瞳に疑問の色がある。

「アスカはいったいどうしたの?」
「・・・わからない・・・でも普通じゃないのは確かだ・・・」

アスカに聞こえないように小声だが二人とも真剣だ。
今のアスカは何か無理をしているように見える。

「・・・少なくともいい傾向じゃない・・・何かあったらフォローしないと・・・そのときは手伝ってくれるかな?」
「・・・・・・わかったわ」
「ありがとう」
「いい・・・アスカは私にとっても大事な人・・・」

レイはその赤い瞳に決意を込めて頷く。
シンジはそんなレイに暖かい微笑を向けてから頭をなでてやる。
頭をなでられたレイは赤くなってうつむいてしまう。

「ちょっとあんたたち!!こんなところでいちゃつかないでよね!!」
「あれ?ひょっとしてアスカもしてほしい?」
「ぬな!?っんなわけないでしょうが!!」
「あ、私はシンジ君になでてほしいかも〜」
「マ、マナ!!?」

なぜか手を上げるマナにアスカが噛み付く
そんな光景をシンジはにこやかに眺めていた。
隣のレイはわけがわかっていないようだ。

「ケイタ・・・俺たちは要らない子なのか?」
「ムサシ・・・きっと僕たちを見てくれる人たちが現れるさ・・・」

などと結構いつものレクリエーションをこなしながら一行は発令所にたどり着く。

「あ、来たわね」
「ミサトさん、使徒じゃないんですか?」
「使徒よ」
「その割にはのんびりしていますね」
「う〜ん、まあ仕方ないって言えば仕方ないのよ・・・」
「なんですかそれは?」

意味がわからず子供達は困惑した。
話が見えない

「見てもらった方が早いでしょうね・・・日向君?」
「はい、使徒を映像で確認、最大望遠です。」

ミサトの指示で日向がキーボードを操作する。
モニターに映像が映った瞬間・・・

「ああ、こりゃあお手上げですね」

シンジがあっさり言い切ったので逆に他のスタッフがギョッとする。

モニターに映っているのは光り輝く鳥のようなシルエット・・・
その姿は今までの使徒の中でもっとも天使と言うのを想像させる姿だ。
その下に見える地球の青さが映像の場所が宇宙空間であると示している。
それこそ第十五の使徒・・・アラエルだった

「シ、シンちゃん?」
「こいつ動いているんですか?」
「衛星軌道から動いてないわ、ここからは一定距離を保っている。」
「・・・って事は、降下接近を伺っているのか、その必要もなくここを破壊出来るのか・・・降りてきてくれるんならともかくそうでないなら無理ですね・・・」
「・・・根拠を言ってもらえる?」

ミサトとシンジの会話にリツコが割り込んできた。
彼女としてもアラエルに対する有効なアイディアはない。

「根拠も何も相性が悪すぎます。」
「相性ね・・・説明をお願い出来るかしら?パイロット側の意見を聞かせてほしいわ」
「前にも言いましたが、エヴァはあくまで近接においてその真価を発揮します。つまり手が届くより遠くは論外、この場合は狙撃かエヴァで近づくかの二択ですがATフィールドがあるために狙撃は無理、近づくにしてもエヴァは重力のないところで戦闘が出来るような作りじゃないので殲滅の可能性はおそらくマイナス・・・どうしろと?」

シンジの指摘はもっともだ。
相手のいる場所に出向いて行っての戦闘の困難さはガギエル戦で経験済みである。
しかも今回は宇宙空間という尋常じゃない場所だ。
もし奇跡でも起こって殲滅できたとしても生きて帰ってこれない。

「N2のミサイルはどうです?」
「・・・使ったわ、でも効果は認められず・・・」
「それならエヴァで狙撃しても無駄ですね・・・至近距離で爆発したN2が効かないと言うことはATフィールドを張っているって事でしょ?」

当然と言えば当然なのだがいくらエヴァでも衛星軌道上にいる使徒のフィールドの中和など不可能だし、またそこまでエヴァを持っていくことも無理・・・
スペースシャトルに積んだとしても数百トンもあるエヴァを抱えて第一宇宙速度まで持っていけるとも思えない。

「エヴァのダイエットは間に合わないですね」
「確かにね・・・・・・シンジ君、どうにかできないかしら?」
「ぼくがですか?」

シンジはリツコの質問に眉根を寄せた。
それを聞く意図が読めない。

(・・・冗談ですか?)
(完全にと言うわけじゃないだろうね、目が笑っていない。)

周囲のスタッフはリツコでも冗談を言うんだと妙な感心の仕方をしているが本人はいたってまじめだ。
多少おどけた口調でごまかしているがシンジならどうにか出来るかもしれないと思っている。

「ちょっとリツコ〜いっくらシンちゃんでもそれはムリっしょ」

背後からミサトが茶々を入れてきたので二人の緊張はそこで切れた。

「そうね、やっぱり無理かしら?」
「そうですね、さすがに衛星軌道までは手が出せませんし〜」

シンジも陽気に言って煙に巻く。

「・・・そうね・・・」

それだけ言うとリツコはマヤの後ろに回ってモニターを覗き込んだ。
シンジはリツコの背中をしばらく見た後、正面モニターに映っている使徒を見る。

「・・・八方塞か・・・」
「しかし我々は使徒を殲滅しなければならない・・・」

頭上から振ってきた声に全員が上を向く。
いつものように司令の席に座っているゲンドウだった。

「・・・そのためのネルフだ。」
「お言葉ですけれどね、それなら何かいい案でもあるんですか?」
「・・・・・・」

ゲンドウは沈黙した。
しかし何も手が無いわけではない。
手はあるのだ・・・と言うよりそれしかないと言う方法がある・・・

問題はそれを簡単に使うわけには行かないと言うことだ。
ただでさえ最近は老人達との関係は表面的にもよくない・・・これ以上彼らを刺激していいものか・・・
だまっているゲンドウを横目で見ながら冬月がシンジに向かって口を開く。

「エヴァを出撃させて様子を見るのはどうかな?」
「エヴァを?」
「反応して降りてくるかもしれん」
「希望的観測ですね・・・」
「他に出来る事もない。このまま放置していて次の使徒が現れれば状況はさらにまずくなるのではないかね?」
「・・・言っている事はわかりますけど・・・」

アラエルを放置しておくことで次の使徒が現れる。
その可能性は低いがまったく無いとも言い切れない。
使徒は倒されることで魂を融合させていっているのだ。
だとすればその使徒の本来の魂がめざめることでアラエルを残したまま次の使徒が現れてもおかしくは無い。
しかしだ・・・

「・・・冬月さん、あなたは将棋が趣味でしたね?」
「わ、わたしか?」

思いもよらないところに話を降られて冬月が慌てた。

「そ、そうだが、それがどうかしたかね?」
「攻撃をせずに勝てる布陣があれば教えてくださいよ。」
「それは・・・ないな・・・・」

古今東西、将棋だけでなく野球、サッカー、チェス、カード、あらゆるスポーツやゲームに共通する絶対条件・・・
それは相手を攻撃しなければ勝てないということ・・・

「こっちの攻撃は無力・・・対してあの使徒は降りてこないということはあの位置からどうにかできるってことですよね?」
「そうね・・・そう考えるのが普通でしょうね・・・」

シンジの言葉にミサトは頷いた。
もしあの使徒がこの距離での攻撃方法を持たないのならさっさと降りてきているはずだ。
それをしないのはおそらくその必要がないため・・・この使徒にスナイパーのような長距離の攻撃方法があると考えれば全てのつじつまが合う。
はっきり言って勝負にならない。

「何二人して暗い雰囲気を作っているのよ!!」

考え込んだシンジ達の思考が現実に戻る。
声の主はアスカだった。
腰に手を当てて仁王立ちしている。

「こんなところで悩んでてもしょうがないでしょ?」
「アスカの言う事ももっともだけどどうしようもないんだよ・・・」

シンジがため息をつくと同時に今まで黙っていた人物が口を開く。
ゲンドウだ。

「・・・レイ?」

名前を呼ばれたレイだけじゃなく全員がゲンドウを見た。

「・・・・・・はい」
「ドグマを降りて槍を使え。」
「っ!!六分儀それは・・・」

冬月がゲンドウに鋭い言葉を向けた。
事情を知るだけにそれが意味するところも分かっている。
同じように事情を知るリツコも驚いてゲンドウ達を見上げていた。

「アダムとエヴァの接触はサード・インパクトを引き起こす可能性がっ!!あまりに危険ですっ!!」

ミサトが反論するがゲンドウは完全に無視してレイを見ている。
さすがにレイも驚いているようだ。

「・・・何をしている?」
「・・・・・・了解しました。」

レイは頷いて発令所を出て行く。
シンジ達もそれに続いて外に出た。

子供達の中で今ゲンドウが言った事を理解できたのはレイともう一人

「ねえシンジ、何なの槍って?知っているんでしょ?」
「・・・ロンギヌスの槍っていうらしい、地下でリリスの体を貫いている赤い二股の槍・・・」
「ロンギヌスの槍ィ〜?それってあれ?キリストの処刑の時に使われたって言う?」
「本物だったなら世界を手に入れられるらしいけど・・・それとは別物だよ、なにせエヴァと同じくらいの大きさがある。あんな物で刺されていたらいくら何でもキリストは復活できなかっただろうな〜」
「いったい何なのそれ?」

シンジの雰囲気ががらりと変わって口調が自動的なものになる。
ブギーポップが出てきた。

「あんたが説明してくれんの?」
「まあね」

もはや皆なれたものでいきなりシンジたちが入れ替わっても驚かない。

「・・・あれは多分・・・リセットスイッチだ。」
「リセットスイッチ!?」
「素材はおそらく固体になるまで圧縮されたATフィールド・・・」
「そんなことできるの?」
「何度かフィールドでワイヤーを作り出してはいるけれど・・・見える、触れる、残り続けるなんてどうやって圧縮したんだか・・・」
「まさに神業ってこと?」
「少なくとも僕には出来ないな」

その言葉に全員が驚く。
今まで色々な非常識をあっさりこなしてきたブギーポップが自分には出来ないとはっきり言い切ったのは初めてかもしれない
皆、ブギーポップにも出来ないことがあるんだと妙な驚き方をしていた。

それに気づいたブギーポップは左右非対称な笑いを浮かべる。

「それで?その槍は結局なんなの?」
「ATフィールドは心の力で物理的な影響を及ぼす能力だ。」
「そのくらいわかってるわよ」
「結構、それならば人の思いはひとつじゃないと言う事も分かるだろう?」
「え、どういうこと?」

ブギーポップは肩をすくめる。

「拒絶の意思が君らのよく使うATフィールドだ。しかしあの槍のフィールドに込められた意思は・・・還元・・・」

その一言で全員が顔を見合わせる。
意味がわからないと言った感じだ。

「・・・概念兵器と言っていいかもしれないな・・・簡単に言うとあの槍に刺された生物は還元される」
「なによそれ・・・」
「つまり原初に戻るという概念を持っているんだ。効果は単純だが強力だな・・あの槍は刺したものを原初の状態に戻すことが出来る。」
「原初の状態?」
「すべての生命の根源・・・原初の海であるLCLだね、もっと分かりやすく言うならアンチATフィールドの塊だ。おそらく通常のATフィールドも槍の前では還元されて役に立たないだろう。 」

ブギーポップの言葉に全員が息を呑んだ。
それが本当ならとんでもない兵器だ。
その穂先が刺されば問答無用で死ぬということになる。

「で、でもその槍はリリスの体を張り付けにしているんでしょ?なんでリリスの体はLCLに戻らないの?」

ブギーポップは黙ってレイを指差す。
差されたレイはあわてた。

「わ、わたしが・・・」
「魂の入っていない状態の肉体はただの”物”だ。いくら強力でも生命限定の能力だからね、ただの肉の塊には影響はないんだろうさ」
「 もっと言葉を選べ!!」

アスカがブギーポップの右ほほにストレートを入れた。
もんどりうって殴り飛ばされるがアスカはお構いなしにレイに振り返る。

「レイ、気にしなくていいのよ」
「・・・ありがとうアスカ・・・」
「ぼくは?」

シンジがむくりと立ち上がる。
どうやらブギーポップと入れ替わったらしい。
痛みだけ引き受けるシンジは不満そうだ。

「あんたがあんな事言うのがいけないんでしょ!!」
「言ったのはブギーさんなのに?」
「連帯責任よ」
「理不尽だ・・・日本語の使い方間違ってない?」

シンジは起き上がって埃を払う。

「でも、なんでそんなものがあるのかしら?」

アスカの質問にレイは困った顔になる。
なぜロンギヌスの槍が今まで保管されていたのか、さすがにレイもそこまでは知らなかったようだ。

少し考えた後シンジがアスカに答えた。

「・・・多分人類補完計画のためだ。」
「補完計画の?どういうこと?」
「補完計画はぼく達の体を覆って形を保っているフィールドをアンチATフィールドで侵食して全てを一つにもどすと言うありがた迷惑な計画だ。多分そのときに使われるアンチATフィールドはロンギヌスを元にするんじゃないかな?後そんな凶悪なもの、使徒にとられたらまずいって言うのもあるんじゃない?」
「そういうこと・・・でもこんなところで使っていいわけ?」
「取り戻す方法があるのかあるいは無くても補完計画は実行できるのか・・・でもこれは・・・」

シンジはニヤリと笑った。
なにか思いついたらしい。

(チャンスですね・・・)
(あれをやるつもりかい?)
(できるのはとっくに確認済みですからね、やらないわけには行かないでしょ?うまくいけば補完計画を完全につぶせますよ)
(反対理由はないね)

シンジは振り返ってマナを見た。

「マナ、頼みがあるんだけど」
「なに?シンジ君」
「あるものを取って来てほしい」

そう言うとシンジはマナの耳元で呟くようにその名前を言った。
マナの顔色が瞬間的に変わる。

「あ、”あれ”を?一体どうするの?」
「う〜ん、・・・秘密」

シンジの顔はいたずらを思いついた子供のように楽しげだった。

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発令所のゲンドウたちは一言もしゃべらずじっと下で行なわれている作業を見ていた。

「・・・ここで槍を使うか・・・老人達が黙ってはいないぞ?」
「ゼーレが動く前に全て済まさなければならない」

ゲンドウはいつものように手を組んだ状態で淡々としゃべる。
ゼーレのことはあまり気にしていないらしい。
強心臓な親父だ。

「委員会はエヴァシリーズの量産に着手した・・・チャンスだ冬月」
「・・・かといって、ロンギヌスの槍を老人達の許可なく使うのは面倒だぞ?」
「問題ない、使徒殲滅を優先した結果だ。」
「お前の結果は全て事後承諾だろうに・・・儀式にはあの槍が必要だ。」
「それも問題ない、初号機で十分に代用が出来る。もともとあの槍は時期を見て処分するはずだった。今現在・・・槍を使わねば殲滅できない使徒がいる・・・これ以上の理由が必要か?」

冬月は今ひとつ納得出来ない様で首をひねっている。
それも仕方がない、はっきり言ってとってつけた詭弁だ。
ゼーレがそれで納得するかどうかというのはかなり怪しい所だろう。

「理由は存在すれば良い・・・。それ以上の意味はない」
「理由?・・・お前が欲しいのは口実だろ?」

ゲンドウは冬月の言葉にはっきりと言い切る。

「時計の針は戻す事は出来ない。だが、自らの手で進める事は出来る」
「・・・・・・確かに理由は十分だが・・・それで連中が納得するかね?」
「せざるをえんさ、何を言ったところで槍は空の彼方だ。使徒を殲滅しきるまで我々に手は出せん。」

ゲンドウの顔にニヤリとした笑いが浮かんだ。

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『セントラル・ドグマ、10番から15番まで解放』
『第6マルボルジェ、零号機通過、続いて16番から20番を解放』

広大な竪穴を仕切る隔壁が次々に開いていく。

やがて最下層に通じる最後の隔壁が解除され、塩の柱の乱立する空間に出る。
そこからさらにしばらく進んだ場所にあるヘブンズゲート・・・その扉が開き奥に進む道が現れた。

最低限の光に照らされた巨大なドーム状の空間・・・床には血によく似た液体が満ちている。
そして中心には十字架に貼り付けにされてやりに貫かれているリリスの体

ザバー・ザバー

LCLをかき分けて青の巨人が進む。
レイの乗る零号機だ。

「・・・・・・」

エントリープラグの中でレイは黙々と零号機を操作する。
正直、今のレイは機嫌がよくない。
できればこの場所には二度と来たくはなかった。

『お姉ちゃんどうしたの?』
「え?・・・どうもしないわ・・・」
『何か怒っているみたい』

メイの言葉にレイがはっとする。
自分でも気がつかないうちに顔が険しくなっていたようだ。
シンクロによって今のレイの精神状態をメイが感じたのかもしれない。

レイはあわててにこやかな笑みを作る。

「何でもないのよメイ・・・心配させてごめんなさい・・・」
『そうなの?』
「ええ、私は大丈夫・・・」
『うん、わかった』

レイは内心で反省する。
メイに心配をかけてしまうとは・・・

メイが現れてからのレイは他人を気遣うという感覚が急速に出来上がっていった。
守るべき存在がレイの成長を促したのだ。

やがてモニターにリリスの姿が映った。
レイは無言で近づいていく。
一刻も早くこの場所から出るために。

「・・・・・・リリス」

見上げるリリスは変わらずその異様な姿を十字架に貼り付けられていた。
その胸には赤黒い槍が刺さっている。
ロンギヌスの槍だ。

「・・・・・・」

レイはなにも言わず槍に手をかける。
そのままためらうことなく一気に引き抜いた。

「っ!!」

思わずレイは零号機を後ろに下がらせた。
槍を抜いたとたん今まで存在しなかったリリスの足が再生したのだ。
その光景はいやがおうにも使徒としての自分を考えずにはいられないものだった。

『お、お姉ちゃん?』
「・・・大丈夫・・・大丈夫よ・・・」

レイはメイをなだめるように声をかける。
しかしその声は震えていた。

メイにかけた言葉は自分に言い聞かせるものでもあった。

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「・・・足が生えた?」
「ええ・・・」

ドグマから戻ったレイは地下でのことを一部始終シンジに語った。
他の誰にも言えないし言いたくないことだがシンジとその周りにいる皆は別だ。
彼らは綾波レイを忌避しない。
そのことにレイは全幅の信頼を置いている。

「・・・どういうことなのかしら?」
「・・・・・・予想でしかないけれど、槍は体の腐敗を防止していたんじゃないかな?魂のない体はいずれ朽ちる。しかしリリスの肉体は補完計画に必要だ。連中にとってはその日まで完全な形で肉体を保存する必要がある。」
「そのための・・・槍?」
「多分・・・魂のないリリスの肉体は槍の影響を受けないが同時にそれ以上の変化も還元の作用で止まっていた。細菌やバクテリアも一応生き物だし・・・それにそう考えればすべての辻褄はあう。槍を抜かれたことでそれまでの変化が一気にきたんじゃないかな・・・」
「それじゃ・・・」
「うん、連中は補完計画のタイマーを作動させたってことだね・・・」

シンジはケージに立てかけてある槍を見上げた。
見上げるほどに巨大な槍はケージの天井スレスレまで伸びている。

「・・・使徒が残り二体だけと言っても無茶をする・・・間に合わなかったらすべてが終わるって言うのに・・・」
「シンジ君・・・」
「だけど、ここで終わらせる・・・」
「え?」

レイはシンジの言葉が何を意味するのか分からずに聞き返した。

「シンジ君・・・それはどう「シンジく〜ん」」

シンジにどういう意味か聞こうとしたレイの言葉を別の声が遮った。
振り向くとマナがこっちに向かって走ってくる。

「霧間先生から受け取ってきたよ!」
「ありがとう」

マナからほかの誰かに見られないようにそっとあるものを受け取る。

「でも、”それ”をどうするの?」
「ん〜」

マナの言葉にシンジは笑いながら考えるふりをする。
実のところこれは前々から考えていたことだがそれは言わない。
何事にも遊び心は必要だ。

「補完計画を潰して上にいる使徒に必ず当たるような・・・おまじない」
「「え?」」
「それ以上は秘密」

シンジはそう言うとロンギヌスの槍に向かって歩き出した。

チャリ

その右手の中でかすかな金属音がした。

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再び発令所・・・
プラグスーツに着替えた三人が並んでいる。

「では今回のミッションを説明します。・・・って言っても槍を一本投げるだけなんだけどね〜」

ミサトの軽い口調でブリーフィングが始まった。
はっきり言ってただ槍を投げるだけで作戦でもなんでもない。
リツコがその隣で概要を説明する。

「基本的にはMAGIのサポートが入るのでパイロットはそれに従って全力で投げてくれればいいわ・・・」
「・・・・・・質問があります。」
「何かしらレイ?」
「・・・・・・届くのですか?」

それは真っ先に話し合うべきことだ。
エヴァの膂力が凄まじいと言っても投げ槍で宇宙まで届くかどうかと言うのは疑問だ。

「エヴァが全力で投げれば第一宇宙速度に到達するとMAGIは判断しているわ、問題はむしろタイミングと方向だけどこれはMAGIのほうから補正が入るから何とかなる・・・さて、誰が投げる?」
「は〜い、はい私が投げる。」
「アスカが?そうね、確かに弐号機にはS2機関が入っているし・・・それで行きましょう」

ミサトとリツコは手を上げてアピールするアスカに苦笑した。
こういうことを率先してやりたがるのも彼女らしいといえばらしい。
ミサトがふと思い出したようにシンジを見る。

「悪いけれどシンちゃんは今日はお留守番していて・・・」
「まだ初号機の凍結は解けないんですか?」
「そうなの、ごめんなさいね」
「心配ないわよシンジ〜」

横を見ると胸をそらしているアスカがいた。

「今回は私が華麗に倒してあげる!!」

そう言って陽気に笑うがシンジはアスカのそんな姿に危ういものを感じていた。

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ブリーフィングが終わるとシンジ達はすぐにエヴァに搭乗した。
モニターにはエントリープラグ内の三人が映っている。

「・・・アスカの様子・・・何かおかしくなかった?」

ミサトが発進準備をしているリツコの背中に質問した。
リツコが作業の手を止めてミサトを振り返る。

「確かに何かあせっているような感じがしたわね・・・」
「・・・・・・大丈夫かしら?」
「パイロットの精神面も考慮して作戦を立てる・・・それは貴女の仕事でしょう?と言っても今回はそういったことの出来る余地はないでしょうけど」
「それはそうなんだけど・・・」

実際、作戦は単純なものだ。
ロンギヌスの槍を持って外に出る→MAGIの言うとおりに全力で投げる→作戦終了
単純過ぎるほどに単純だがこれ以外の方法はないしこれ以上の方法もまたない。

「・・・考えすぎかしら・・・」
「そうね・・・ん、シンジ君?」

モニターにシンジの姿が映った。
どうやら初号機から通信をつないだらしい。

「どうしたのシンちゃん?」
「コレってアスカ達につながってます?」

ミサトは視線で日向に双方向回線を切るように指示を出した。
何か重要な話になりそうだと感じた日向も頷いてアスカとレイへの通信をきる。

「・・・良いわよ、何かしら?」
『アスカの様子・・・気がついてますか?』

ミサトは黙って頷いた。

「何か気負っているようね・・・」
『いい傾向じゃありません・・・』
「確かにそうね・・・でも今回のミッションは単純なものだし・・・」
『ミサトさん・・・万が一のときは・・・出ます。』

一気に発令所が緊張した。
初号機はいまだその凍結が解けていない。

「・・・許可できん」

そういったのはゲンドウだった。
シンジとゲンドウの間をスタッフの視線が行き来する。

「初号機の凍結は解除されていない」

ケージの初号機はまだあっちこっちに封印を示す黄色いテープが貼ってあった。
凍結が解除されていないという証だ。
そんなことはここにいる皆は百も承知の事実。

『・・・・・・勘違いしないでほしいな・・・』
「なに?」

モニターの中のシンジの視線が細くなる。

『ぼくは出してくれとは言っていない・・・出ると言ったんだ。』
「どういう意味だ?」
『ケージを力づくで破壊して出ても良いんだよ・・・言っておくけれど止められるとは思わないほうがいい、被害が広がるだけだ。』

シンジの言葉には一片の嘘も冗談も存在しない。
ただでさえ初号機はすでにネルフの制御を離れている。
今では初号機はシンジ個人にしか従わない。
さらにS2機関をその身に取り込んだ初号機をどうにかしたければ同じエヴァである零号機か弐号機が必要だがそれでも抑える確立は絶望的だ。
乗り手の実力に差がありすぎる上に、レイとアスカの二人ならネルフよりシンジにつく。

凍結を示すテープなど一瞬で千切れるだろう。

リツコがそっとマヤに視線を送る。
それに対してマヤの答えは首を振る動作だった。
発令所からのコントロールはすでに外れているらしい。

「・・・脅迫か?」
『それこそ勘違いだ。ぼくの目的は使徒を倒して世界の危機を未然に防ぐこと・・・生憎とネルフに従うかどうかは優先順位低いんだよ。』
「・・・・・・凍結の解除の権限は我々にはない・・・」
『エヴァとパイロットの安全と使徒戦滅のためって言えばいくらでも言い訳できるんじゃない?そのためのネルフの権限をこういうところで使わないでいつ使うのさ?戦自やほかの組織を黙らせるために権限があるわけじゃないだろう?』

シンジはじっとゲンドウを見る。
ゲンドウもモニターのシンジをじっと見る。

今に始まったことじゃないがこの二人の間には他人が入り込める余地がない。
そのまま誰も口を開かないまま数秒・・・ゲンドウが沈黙を破った。

「・・・もし、弐号機に危険がなかったらどうするつもりだ?」
『そのときはこのケージでじっとしているさ、意味もなくわがままを言うほど子供じゃない』
「・・・・・・好きにしろ・・・ただし、あからさまに危険があると認められたときだけだ。」
『わかった。』

通信が切れた。
発令所の全員が肩の力を抜く
いつものことだが、この二人のやり取りは当人たちより周りにいる人間がプレッシャーを感じて疲れる。

「・・・いいのか?」

冬月がシンジの消えたモニターを見ながら呟くようにゲンドウに聞いた。

「かまわん、槍を使うのだ・・・事後承諾の事案がひとつ増えるだけだろう。」
「それだけじゃないぞ、シンジ君の独断・・・どうするつもりだ?」
「いまさら・・・シンジは最初から自分以外の意思の元にはいなかった・・・それがはっきり行動に出ただけだ。」
「それでいいのか?」

冬月の言葉にゲンドウは無言で答える。
それは肯定したのと同義だ。

「・・・とっくにすべてのことはシンジを中心に動いている。」
「・・・・・・あるいはシンジ君がネルフに来たあの日にすべては決まっていたのかも知れんな・・・もはや出来ることはないのか?」
「さあな・・・」

いつものようにサングラスでその表情は読めなかったが冬月はゲンドウが苦笑したような気がした。

「すべては流れのままに・・・」
「・・・彼女の言葉だな」
「水が高みから下に落ちるように・・・運命というものがあるなら我々がどう足掻こうとそこに流れ着く・・・」
「・・・いいのか?すべてを失うかも知れんぞ?・・・彼女との再会すらも・・・」

冬月の言葉にゲンドウの肩が一瞬だけ震える。
だがそれだけだ。
その後にはいつものゲンドウに戻っていた。

「・・・俺と彼女が出会ったのも・・・ひとつの運命だ・・・」

ゲンドウは沈黙した。
冬月は黙って次の言葉を待つ。

「もし・・・まだ俺たちの運命が切れていないなら・・・俺の望みはかなう・・・」
「・・・・・・この期に及んで神頼みか?」
「そんな大層なものではない・・・これは・・・」

それ以上ゲンドウの口は言葉をつむがなかった。
冬月も追及しない。

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初号機のエントリープラグの中・・・・
発令所との通信を切ったシンジはため息をついた。

「えらくあっさり認めたな・・・」
(心がわりでもしたんじゃないかい?)
「あの人が?・・・心変わりするほど素直な性格はしていないと思うんですが?」
[シンちゃん、ゲンドウさんは確かに頑固だけど頭は悪くないのよ。何か考えがあるんだと思うわ]
「母さん?よくわかっているんだね〜」
[一応は夫婦でしたから]

シンジはいまだに母とゲンドウの夫婦が成立した経緯がわからない。
一体どうしたらあのゲンドウと一緒になるという結論に達したのか・・・

「・・・まあそんなことはどうでもいいか・・・」

シンジはモニターのアラエルを見た。
相変わらず輝く翼を星の海に広げている。

「・・・実際この状況からどうやって攻撃するつもりだこいつ」
(さあね、ここは一つ専門家に聞いてみようじゃないか、碇ユイ?)
[はい?何かしら?]

ブギーポップの問いかけにユイが答えた。

(君ならこの状態をどう考える?)
[そうね・・・まず加流子砲や光学兵器はありえないわね]
(その根拠は?)
[どれだけ加速したところでこれだけの距離、同じ宇宙空間ならともかく大気圏内に撃つなら空気の層で速度は落ちるわ、十分にATフィールドで防げると思う。光学兵器にしても同じ、空気によって拡散するしもともと光学兵器は空気や重力のせいでまともに直進しないわよ、こんな距離でまともに当たるわけ無いわ・・・今日は雲も出ているし・・・]
(なるほどね、前に使徒が使った自分を質量爆弾にする攻撃がベストか・・・)
(あの使徒の攻撃は結構理にかなっていたんですね、でもだとしたら一体どういう攻撃をするつもりなんでしょう?この使徒はまだ動いていませんからやっぱり衛星軌道からの攻撃法方があると思うんですけど・・・)

結局、結論は出なかった。
そもそもこの距離で出来る事など思いつかない。
結局は後手に回るしかない様だ。

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『弐号機発進!!』
「くっ」

発令所のミサトの号令で弐号機が射出された。
エントリープラグ内のアスカはいつもの衝撃に軽くうめいた。
射出されるときのこのGだけはなかなか慣れない。
とまるときの急制動も心臓によくないと思う。

「この槍で・・・」

弐号機の赤い手にはロンギヌスが握られていた。

地上に出た弐号機は大通りに射出された。
拘束台から開放された弐号機はロンギヌスを構える。

「・・・早く来なさいよ・・・」

モニターにはMAGIからのサポートによって目標を示すマークが映っている。
二つのマークがゆれながら近づいていく。

ビー
「よっしゃ!!」

マークが重なってアラエルをロックオンする。
即座に弐号機が投擲モーションに入った。

カ!!!
「え?」

助走をつけるために走り出した弐号機の4つの視覚センサーが真正面から雲を貫いてきた光を捉える。
すでに投げるための動作に入っていたアスカに避ける事は出来ない。

『アスカ!!!』

誰かの叫ぶような声が届いた次の瞬間・・・弐号機は光に撃たれた。

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モニターの中の弐号機はロンギヌスの槍を落として両手で頭を覆っていた。

「敵の指向性兵器なのっ!?」

ミサトが弐号機を見ながら日向に聞いた。
かなりあせっている。

「いえ!!熱エネルギー反応なし!!」
「心理グラフが乱れています!!精神汚染が始まります!!」

オペレーターたちが叫ぶように情報をやり取りする。

「光線の分析は!?」
「可視波長のエネルギー波です!!ATフィールドに近い物ですが、詳細は不明です!!!」
「アスカは!?」
「危険です!!精神汚染Yに突入しました!!!」

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『加速器、同調スタート』
『電圧上昇中、過圧域へ』

発令所からの指示に従ってレイの零号機がポジトロンスナイパーライフルを構えた。
反動でぶれないようにビルとビルの間に体をいれてさらに足で体を固定している。

「アスカ、待ってて・・・」

レイはスコープの中のアラエルを睨む。
もちろんポジトロンライフルはレイの力でその威力を強化されていた。
この状態で撃てば銃身が持たないかも知れないが知った事ではない。
そもそもこれが効かなければポジトロンライフルなど無用だ。

『強制集束機、作動』
『地球自転、及び重力誤差、修正0.003』
『薬室内、圧力最大』
「くっ」

レイは準備が出来たのを聞くと発射の指示を待たずに引き金を引いた。

ドン!!

予想通り銃身が弾けた。
反動で零号機が派手に吹っ飛ばされる。

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アラエルに向かったポジトロンライフルのエネルギー弾がアラエルに届く。
映像の中でアラエルの目の前でフィールドと接触した途端目に見えるほどフィールドが強固になり、さらにたわむ。
エネルギー弾がATフィールドを貫きかけている。

しかし後少しと言うところでアラエルがそのフィールドを斜めにして弾の力を受け流した。

『なんですってっ!!受け流した!!そんな事まで出来るの!!』
『ダメですっ!!この遠距離でATフィールドを一気に貫くには、エネルギーが足りませんっ!!!』
『しかし、出力は最大ですっ!!本体も壊れてしまってもうこれ以上はっ!!』

発令所からの緊迫した通信が届く。
シンジは唇を噛んだ。
LCLより濃い血の味が口の中に広がる。

モニターにはアラエルの光を受け続けて苦しげにもだえる弐号機が映っていた。

「一体何が起こっているんだ・・・」
[ どうやらアレはATフィールドの一種のようね・・・]
「母さん?」
[多分フィールドの性質を変化させて指向性を持たせたのよ、アスカちゃんの精神に接触している・・・彼女が危ないわ・・・]

『弐号機、心理グラフシグナル微弱っ!!』
『LCLの精神防壁は?』
『ダメですっ!!触媒の効果もありませんっ!!!』
『生命維持を最優先。エヴァからの逆流を防いで!!』

「ちっ、母さん!!」
[わかっているわ]

次の瞬間初号機の目に光が宿る。
誰の手も借りずに初号機は起動してシンジとシンクロをはじめた。

「倶縷縷縷縷縷縷・・・剛唖!!!」

同時に顎部ジョイントが破壊されて初号機の口が開き、獣の咆哮がもれる。
そのあまりの声量にケージがふるえた
シンジは発令所に通信を繋ぐ。

「ミサトさん、出してください!」
『待てシンジ』

通信機からゲンドウの声が聞こえる。
シンジはあからさまに顔をしかめた。

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『問答しているひまは無いんだよ、さっさと出せ!!』

発令所にシンジの怒声が響く。
ケージのように発令所が震えるかと思うほどの迫力だ。
このまま放っておけばシンジはさっき自分で言った通りケージを破壊してでも外に出る。

「いかんっ、目標はパイロットの精神を浸食するタイプだっ・・・今・・・初号機を浸食する事態は避けねばならん」
『ぼくは有言実行タイプだよ・・・』

静かだが反論を許さないシンジの声が発令所を支配した。
今シンジを出さなければ本部が破壊される・・・その事にシンジはまったく躊躇しないだろうと言うのも全員が理解できた

『シンジ!!余計な事すんじゃないわよ!!』

静寂を壊すように第三者の怒声が発令所に響く。
さっきのシンジに負けないほどの大声だ。

『アスカか!?無事なの!?』
『も、問題ないわよ・・・』
『無いわけあるか!!』
『うっさい!!』

怒鳴り返されて逆にシンジが口をつぐんだ。
大人達は子供達の会話に入る事すら出来ない。

『・・・大丈夫よ・・・槍を投げるだけじゃない・・・』
『・・・・・・投げれないだろう?』
『投げるわよ!!・・・アンタは・・・黙って見てなさい・・・』
『何意地になっているんだよ!?』

思わずシンジが叫んだ。
まったく理解が出来ない。
アスカが意味も無く自分を追い詰めているようにしか見えなかった。

『どう言う意味があるんだ!!』
『意味?・・・あるわよ・・・』

モニターに映るアスカの顔が苦しみの中でニヤリと笑う。
壮絶なまでの覚悟が伺えた。
アスカは誰がなにを言っても退かないだろう。

『ここだけはね・・・退けないの・・・私が私であるために・・・』
『アスカ・・・』
『ここで逃げたら・・・いられなくなるじゃない・・・』
『どこに?』
『そんな事・・・言えるわけないでしょ?』

気丈に笑うアスカの顔を最後に通信が切れた。

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「あ・・・あああ!!!!!」

通信が切れた途端アスカは絶叫した。
皆には強がったが本来ならのたうち回るような状態だ。

アスカの全身に体験した事のないような悪寒が走る。
通常の怪我をしたとか病気になったとかと言うのとは次元の違う痛み・・・
自分の全てを暴かれるようなそんな理不尽がアスカを襲っていた。

『ア・・・アスカちゃん・・・大丈夫?』
「マ、ママこそ大丈夫なの・・・」
『私は・・・大丈夫よ』

アスカにはガッツポーズをする母が見えたような気がした。

(強がっちゃって・・・)

震える声を聞けばキョウコの今の状態もわかるというものだ。
おそらくは今自分が感じている苦痛を同じようにキョウコも感じているのだろう。

アスカの脳裏に幼い頃の自分の姿が浮かんできた。

病室で廃人となった母を見る自分・・・

(アレは違う!!!)

人形を自分の名前で呼ぶキョウコ・・・

(アレはママじゃない!!!)

いきなり自分に一緒に死んでくれと迫るキョウコ・・・

(ママはここにいる!!私を見てくれている!!)

走ってキョウコの病室に向かうアスカ・・・
笑顔で扉を開けたその先には・・・首を吊ったキョウコ・・・

「いや!!!!」

アスカはすでに全てを知っている。
母は今も弐号機の中で自分を守ってくれている。

しかし心におった傷を抉るようにアラエルの精神攻撃はアスカの中に浸透していく。
まるでその時を追体験させるように・・・

「痛い!!嫌!!!!」
『アスカちゃん!!』

錯乱したアスカにキョウコの声も届かない。
アスカは記憶のループに囚われていた。

「私・・・・もうだめかな・・・」

アスカは傷ついた心でそう呟いた。
目を閉じてうなだれる。


深い暗闇にどこまでも沈んでいくようなイメージ・・・

(アスカ・・・)

しかし・・・その傷を優しく包む様に誰かがアスカの心に触れた。
背後から抱きしめられるような安堵・・・

「・・・誰?」
(アスカ・・・なぜそんな事を聞くのです?・・・あなた以上に私の事を知る人など・・・この世界の何処にもいないと言うのに・・・)
「え?」

アスカは気づいた。
さっきまでの自分を苛んでいた苦痛が引いていっている。

「こっ、これは・・・」
(あなたの苦痛は私が引き受けましょう・・・)
「そんな!!だれなの!?」
(そんな事は些細なことです・・・)
「些細って」

思わずアスカは背後を振り返ろうとして・・・

(ダメです・・・)
「え?」
(絶対に振り向いては行けない・・・今振り向けば・・・戻れなくなる・・・)

背後からの声は徐々に途切れがちになっている気がする。
何か決定的なものが終わりかけている予感にアスカの体かが震えた。

「あんたはどうなるのよ・・・」
(私はもともと精神的な存在・・・直接精神を傷つけるこの光は私にとっては致命的なんですよ・・・)
「な、何言っているのよ!!」
(どのみち助かりはしません)

アスカは直感で感じた。
この声の主は嘘を言ってはいない。
文字通り消えかけているのを感じる。

思わずアスカが振り返るより早く声が来た。

(言ったでしょ・・・振り返ってはいけない)
「で、でも!!」
(大丈夫、元のところに帰るだけ・・・それより・・・)

そのときアスカは自分の背後から伸ばされた半透明に透けている腕を見た気がした。
自分と同じように真っ赤なプラグスーツの腕はまっすぐ前を指差す。

なぜかアスカは背後を振り返る気にはなれなかった。
それは何かやってはいけない裏切りになる気がする。

(あなたが見るべきは前だけ・・・)
「前?」
(ええ・・・さあ・・・その目を・・・開いて・・・)

次の瞬間・・・弐号機のフェイスガードが開き四つの眼が天を睨んだ。

「はっつ!!」

アスカは自分が現実の世界に帰還した事に気がついた。
見慣れたエントリープラグの中と外の映像が視界に飛び込んでくる。

「ここは・・・あいつ!!」
『アスカちゃん、大丈夫なの!?」
「マ、ママ?」
『アスカちゃん急いで!!このままでは彼女が消えてしまう!!』

消えてしまう・・・その一言にアスカは反応した。
誰が?と言う疑問は浮かばない。
ただ何か大事な人を自分は失おうとしている・・・そんな感触だけがある。

アスカは周囲を見回し転がっている槍を見つけた。
とっさにそれを掴んで構えると槍の形状が変化した。
二股の部分が捩れあって騎兵槍のような形状になる

「こんの!!!」

アスカは弐号機を走らせた。
不思議とアラエルの光の中でなんともない。
しかし、アスカはこの状況が何か・・・いや、誰かの大事なものを削って作り出されたものだということを本能的に感じていた。

「いっけ!!!!」

気合と共に弐号機はロンギヌスを投げた。
その威力は空気を破り、雲を裂き、天を貫いて飛ぶ。

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「弐号機投擲確認!!」

日向の声がモニターに映った状況を説明する。
しかしまだ油断は出来ない。

「軌道は!?」

リツコが日向に聞いた。
それこそが今最も重要なことだ。

「これは・・・僅かですがずれがあります・・・」

一言で空気の温度が下がった。
おそらくは投擲の角度が一ミリにも満たないほど僅かにずれたのだろう。
しかしその一ミリが致命的だ。

目標に対して誤差ゼロ・・・そうでなければ絶対にあたることはない。
たとえほんの僅かのズレであってもそのズレが距離を経るごとに大きくなっていく。
ましてや衛星軌道の使徒を狙う超長距離の狙撃だ。
槍は使徒の横を素通りする・・・

発令所全体に絶望の二文字が浸透した。

「・・・ん?・・・こ、これは!!」

使徒をモニターしていた青葉が思わず叫んだ。
他の皆が驚いて青葉を見る。

「どうしたの?」
「使徒が移動しています!!」
「なんですって!!」

思わずミサトが駆け寄って青葉の見ているモニターを覗き込む。

「・・・間違いありません」

発令所全体がざわつく。
今までまったく衛星軌道上から動かなかった使徒がこの状況で動く理由などない。
何が起こっているのか・・・それともこれから起こるのか・・・

「いったいどこに向かっているの!?」

リツコがミサトと並んで青葉のモニターを覗き込む。

「・・・この位置は・・・降下していますね・・・」
「降下ぁ〜!?一体どこによ!?」
「これは・・・ああ!!!!」
「な、なに?」

青葉の叫びにミサトとリツコはおもわず後ろに下がる。
それほどの大声だった。

「こ、この位置だと槍のコースとぶつかります!!」
「「「「なに!!!!」」」」

その一言を聞いた全員が叫んだ。
叫ばなかったのはゲンドウと冬月だけだ。
しかし彼らにとっても理解できることではなく、動じないというよりあっけにとられているように見える。

「使徒が槍と接触します!!」

モニターにアラエルの姿が映った。
その羽を広げたような姿に真正面から槍が迫る。

モニターの映像だけなので音は聞こえないが槍が迫った瞬間、アラエルの前に肉眼で確認できるほどのATフィールドが出現した。
ロンギヌスの穂先がフィールドに接触すると槍の形状がさらに変化してドリルのような形状になる。
そのまま突き進む槍はフィールドをまるで風船を割るように貫いた。
しかもその勢いのままにアラエルまでも貫通する。

ロンギヌスの槍に貫かれたアラエルは体を液体状に変化させられ、はじけるように四散した。

「・・・な、何が起こったの?」

リツコが呆然とつぶやく言葉が全員の総意だった。
槍でアラエルを倒すこと自体は最初から想定していたことだし、いまさら驚くようなことでもない。

しかしその直前にアラエルがとった行動はいくらなんでも異常だ。
自分から槍に向かって行くなど自殺行為以外の何物でもない。
使徒が自分から死を選んだとでも言うのか?

「・・・この世は本当にわからない事だらけね・・・」

リツコは不満そうに・・・それでもどこか面白そうにアラエルが消えて星空だけになったモニターを見て微笑んだ。

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「はあ・・・はあ・・・」

エントリープラグの中でアスカは荒い息をついていた。

「はっ!!あ・・・あいつは!!」

アスカは周囲を見回す。
誰を探しているのか自分でもわからないがとにかく自分は誰かを見つけ出さなければならないという思いがあった。
知らないけど知っている。
そいつは自分の代わりに傷ついて消えかかっているはずだ。

「どこ!!どこなのよ!!」
『アスカちゃん・・・』
「どこにいるのママ!!」
『・・・探す必要はないわ・・・』
「え?」

母の言葉にアスカは左右に振っていた頭を止める。

『あの子はあなたの中にいるわ・・・』
「わ、私の中!!」
『そう、ずっとあなたの中であなたを見守っていた・・・もう時間がないわ・・・あの子の最後の言葉を聞きなさい』
「ど、どうやればいいの!!」
『・・・聞きなさい・・・自分の中にいるあの子の声を・・・』

アスカはキョウコの言葉を半分も理解できなかった。
しかし本能的にキョウコが言っていることはすべて真実で時間がないということもわかる。

「・・・・・・わかった。」

アスカは両目を閉じた。
キョウコが言うように自分の中に誰かがいて、その声を聞かなければならないとしたら耳を傾ける場所は外の世界ではない。

(おねがい・・・)

祈るように腕を組んでアスカは訴えかけた。
消えかけている誰かに届くように・・・

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ・・・届いたのですね・・・私の思いが・・・)

声が響いた。
よく知っているようで知らない声・・・
同時にアスカの脳裏に自分そっくりな人物のイメージが現れる。

「あ・・・あんたは・・・」

その姿は儚げで半分透けていたが見間違えるわけがない。
それは自分そっくりの姿をした誰か

(私の存在を自覚できるということはそろそろですか・・・)
「な、何を言っているの?」
(終わりが・・・近いようです・・・」
「な・・・なんで!!!」

思わずアスカは叫んでしまった。
歪曲王は微笑む。

(それ・・・が私・・・の望ん・・・だことだか・・・らですよ。)

歪曲王の口調が途切れ途切れになった。
機械がその寿命を終える寸前のようなたよりない口調にアスカの中で恐怖が頭をもたげる。

「わ、私が無茶したから?」
(些細・・・なことで・・・す)
「そんなわけないでしょ!!あんた消えかけているじゃない!!」

アスカの叫びにも歪曲王は微笑を崩さない。
まるで何もかもを許容しているようだ。

(心配あり・・・ません。私は元・・・の場所・・・に戻るだけ・・・)
「元の場所?」
(あなたの・・・中に・・・)

アスカはその言葉が真実だと悟った。
歪曲王の姿がいよいよぼやけてくる。

「待って!私はあなたの名前も知らないのに!!」
(あ・・・なたは・・・知っている・・・私が消えかけている今・・・私に関する・・・記憶も・・・あなたの中に・・・戻る)
「そ、そんな・・・待ってよ!!」

必死に呼びかけるが歪曲王の姿が崩壊をはじめる。
無常に歪曲王の終わりが迫ってきた。

(最後に・・・どうか・・・私の・・・名前を呼んで・・・アスカ・・・)
「待ちなさいってば!!・・・」

アスカは必死だった。
頭の中に浮かんで来た単語を夢中で唇に乗せる。

「待って!!歪曲王!!!」

アスカのその言葉を聞いて、歪曲王の唇が笑みの形になる・・・しかしそこまでだった・・・歪曲王は霞のように消え去った。

「はっ!!」

おもわず目を開いたアスカの視界にはエントリープラグの中が映った。
左右を見回しても歪曲王の姿はない。

『アスカちゃん?』
「あいつが・・・歪曲王が消えちゃった・・」
『そう・・・』

キョウコは余計な事を聞かなかった。
おそらく歪曲王が消滅した事でアスカの中に記憶が戻ったのだろうということはわかったし、それ以上に聞くことも無かった。

ただこんな時に愛娘を抱きしめてやれないことだけがキョウコにとっては悔しかった。

ガクン!!
「え?」

思わずアスカは疑問の声を出した。

どうやら機体を酷使しすぎたようだ。
弐号機の巨体が後ろに倒れていく。

「・・・どうでもいいわよ」

受身を取る気にもならなかった。
何もかもがどうでもいい気分だ。
歪曲王を失った喪失感だけが心を占める。

ガシ!!
「え?」

しかし弐号機は背後から誰かに支えられた。

「レイ?」

首を巡らせて背後を見る。
そこにいたのは確かに青い零号機だったが、一緒に紫の巨人もいる。

「・・・シンジ・・・結局でてきたのね・・・」

アスカの瞳から涙が一滴流れた。
ほほを伝っていく暖かさは誰に向けたものだったのだろうか・・・

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作戦終了後、アスカは手近なビルの上に来ていた。

アスカは屋上の鉄柵に手をついてじっと弐号機の回収作業を見ている。
その顔には表情が無い。


「・・・・・・」

そんなアスカの後姿をシンジ達はじっと見ていた。

「アスカ?」
「・・・・・・」

背後からかかるシンジの声にもアスカは無言だ。
シンジは答えがこないのを確認するとアスカの左に並ぶ。

「・・・・・・ねえ?」
「なに?」
「何で言ってくれなかったの?」
「・・・・・・何の事?」
「歪曲王の事・・・」

その一言でシンジの呼吸が一瞬止まる。
後ろにいる皆も同じようだ。

「・・・なんで知っているの?」
「あの光・・・精神に直接干渉するものだったって・・・あいつ・・・私を守るために・・・」
「そう・・・」

他に何を言えばいいのだろう・・・
口を開けばちゃちな慰めの言葉しか出ない。
しかしシンジは語らなければならない。
それが彼の責任だ。

「・・・アスカに言っても・・・理解できなかったと思うから・・・他の皆にも口止めしていたのはぼく・・・」
「・・・そうね・・・私があいつの事を思い出せたのもあいつが消えてからだし・・・でも・・・言ってほしかった。」
「ごめん・・・」

シンジは横に立つアスカを見る。
しかしアスカは前を見たままだ。
ポツリポツリとアスカは語る。

「あいつ最後に自分の名前を呼んでくれって・・・それだけしかあたしに出来る事はなかった・・・ねえシンジ・・・え?何?」

アスカは顔をシンジに向ける。
それを見たシンジが呆けた。

「ア、アスカ?」
「なによ?」
「アスカなのか?」
「だから何なのよ!?」

なぜかシンジはアスカの顔を見たまま固まっている。
予想外の物を見たと言う顔だ。
アスカは意味がわからず困惑した。

「マ、マナ!?」

我にかえったシンジはマナを呼ぶ。
珍しくもかなり焦っているようだ。

「な、何シンジ君!?」
「鏡、持ってないか!?」
「か、鏡?」

シンジの様子も理解不能だが言った事も同じくらい理解不能だった。

マナはとりあえずシンジの言う通り女の子のたしなみである手鏡を取り出してシンジに渡した。

「ありがとう」

シンジは鏡を受け取るとアスカに見せた。

「一体何なのよ?」
「アスカ、自分の右目を見て見ろ」
「右目・・・こ、これ!!」

鏡の中のアスカ・・・その瞳が左右で違っていた。
左目は普通のアスカのものだ・・・しかし右目が違う。

右の瞳には・・・光沢が無いつや消しのような青い瞳・・・歪曲王の瞳があった。

「こ、これなに・・・」
「歪曲王の瞳だね・・・」

アスカの疑問に答えたのは自動的な口調だった。

「あ、あんた・・・ブギーポップ?」
「歪曲王は最後の時に何か言ってなかったかい?」
「え?・・・そう言えば元の場所に戻るとかどうとか・・・」
「そうかい、ちなみに君は溶岩の中にいた使徒を覚えているかな?」
「え?」

いきなり話が変な方向に飛んだ。
予想外の質問をされてアスカが意味を理解するまで数秒・・・

「なんでそんな事!?」
「重要なことだよ、それでどうやってあの使徒を殲滅した?」
「それは【Tutelary of gold】(黄金の守護者)で・・・」
「なぜそれを知っている?」
「え?」

ブギーポップの指摘でアスカがあっけに取られる。

「あれは100%歪曲王の仕業だ・・・それに君は今、歪曲王の能力を言い当てた。」
「どういうことなの?」

いつの間にか二人のそばまで来ていたレイがブギーポップに質問した。
ほかの皆も同じように聞く体勢になっている。

「大方、自分を維持できなくなった歪曲王は君の中に残った部分を逃がしたんだろう。」
「わ、私の中?」
「そう、もともと歪曲王は君の中の歪みから生まれた存在、元の場所とは君の中にほかなるまい?」
「そ、それじゃあいつは無事なの?」
「・・・残念だが君の中に戻ったということは今までのように独立した人格を保つことは出来ないだろう。」
「そんな!!」

アスカは思わずブギーポップに詰め寄った。
しかしブギーポップは無表情のままで話を続ける。

「仕方ないことだ・・・」
「そんな・・・」
「その代わり、歪曲王は君にあるものを残した」
「あるもの?」

ブギーポップはアスカの右目を指差した。
やはり右目に光沢はない。
歪曲王の瞳だ。

「君はおそらく歪曲王の能力を使える。」
「え?」

思わずアスカは自分の右目を抑えた。

「ま、まさかあいつ私のわがままを聞いて・・・私が力をほしいって言ったから?」
「・・・よくはわからないが、話を聞く限り歪曲王はほうっておいても消滅していただろう・・・君に力を残したのはいなくなる自分に代わって君に力を残したんじゃないかと思う。」
「で、でも私があせったから!!」
「歪曲王の存在を知らなかった君がこの状況を予想できたというのか?それこそIFの話だな・・・惣流・アスカ・ラングレー、その力は歪曲王がこの世界に残した唯一のものだ。さて・・・君はコレをどう使う?」

アスカは黙って鏡の中の自分を見た。
鏡に映る自分の右目・・・そこにはやはり光沢がない。
アスカはそっと自分の右目をまぶたの上から手で押さえた。

「あいつ・・・わたしの中にいるのね・・・」
「そうとも言えるな・・・」
「じゃあ・・・あんまり無様なことしていたらあいつ・・・許してくれないわよね」

手を離した時、アスカの右目はいつもの青い瞳に戻っていた。
その瞳から涙が一筋流れてほほを伝う。

プラグの中で流した涙と似て非なるそのきらめきが彼女の決意の証なのだろう。

「・・・大事なものは失って気づく・・・か・・・」

アスカは自分の胸に手を当てて目をつぶる。
自分の中にいる歪曲王に思いを届けるように・・・その姿は祈りに似ていた。


これは少年と死神の物語






To be continued...

(2007.09.01 初版)
(2007.11.17 改訂一版)


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