その腕は羽のように・・・風のように・・・
君をやさしく抱きしめる。

その瞳は鋼のように・・・氷のように・・・
君を捕らえて離さない。

その思いは鎖のように・・・蜘蛛の巣のように・・・
君に絡み縺れて縛り付ける。


これは少年と死神の物語






天使と死神と福音と

第拾陸章 〔神食する恐怖〕
T

presented by 睦月様







いつもと変わらない暗闇とそこに立つモノリスの群れ・・・
定例では無く緊急の会議だ。

「「「「「・・・・・・」」」」」

最近では会議のはずなのに誰かが発言する時間より沈黙している時間の方が長くなっている。

『・・・我々のかけた封印をあっさり無視して初号機が動いた・・・』

いいかげん埒が明かないのでキールが今回の議題をもう一度確認した。
最も全員ここに呼ばれる前から予想していたことなので本当に今さらだ。

『・・・もはや六分儀が初号機・・・いや、あえて碇シンジの手綱を握れていないのは明らかだ。』
『更迭すべきではないのかね?我々の命令をここまで真正面から無視したのだぞ?』
『しかしどういう理由で更迭するのだ?記録を見る限り奴は碇シンジの行動を止めようとしていた。』
『さよう、問題なのはむしろ碇シンジ個人だ。』
『ならば碇シンジを更迭すればよい』
『・・・ネルフに所属していない上に命令を聞かないでいいと言う契約までとっているものをか?』

話しが堂堂巡りをしている。
シンジは当初確かにそう言った契約をネルフと交わしている。
しかもネルフはシンジに干渉できないと言う条件もある。
それこそシンジが犯罪でも起こしたのなら話は別だが今回は初号機凍結”命令”の無視だ。
分は向こうにある。

『こうなれば手段を選んでいられない・・・碇シンジを排除すべきではないのか?』
『そうしたいのは山々だが裏死海文書の使徒はあと二体・・・それをどうする?』
『零号機と弐号機がある。・・・いざとなれば我々の量産機の投入も・・・』
『量産機は”儀式”に必要不可欠なものだ。万が一にも欠けさせるわけには行かない。』
『確かに・・・使徒の相手はあくまでネルフで行なわなければいけない。・・・それによって碇シンジの力が削がれれば言うことはないのだが・・・』

会議の内容は大きく二つに分かれている。
すなわちシンジを早い時期に排除しておくべきか、それとも残る使徒を全て倒し終えた後で排除するか・・・
シンジを排除すると言う点において両者の意見は一致しているがタイミングの面で折り合いがついていない。

今すぐに排除した場合、将来的な脅威を排除できるかもしれないが残った使徒の殲滅に不安が残る。
使徒を殲滅した後に排除した場合、ゼーレはその力を維持したままで最終局面に望めるがそのときにシンジの動きが儀式にどう影響するかは未知だ。

両者ともメリット・デメリットがほぼイコールなためにどちらがいいとは言い切れない。

『・・・たかが一人の子供にここまで計画を引っ掻き回されるとは・・・』

メンバーの一人が憎々しげにつぶやく
それは全員の思っていることだ。

わずか14歳の少年一人のために何十年もかけて用意した計画が崩れかけている。
それに費やした時間、金、人、執念の大きさを考えればシンジを親の仇のように恨んでも仕方はないと言うのが彼らの思いだ。

・・・・・・どっちにしても八つ当たりの域を超えていないあたりが彼らの限界だろう。

『・・・碇シンジへの手出しは当分見送る』
『『『『『議長!!』』』』』

メンバー全員がキールの言葉に驚いた。
議長であるキールの言葉は絶対で反論する事さえ恐れおおいがシンジの脅威と現状の計画の狂いを考えれば疑問の声は当然だろう。

『よ、よろしいのですか?』
『現状で有効な結論は出ないと判断した。この件は次回に持ち越しとする。』
『はっ、承知しました』

シンジに手出し無用と言われなかった事で全員が納得した。
キールの言う通りこの場で議論しても結論は出ない。
それならば一度閉会して次回に持ち越し、考えを整理してから再び議論に望む方が建設的ではある。

『では今回はこれにて閉会する・・・全てはゼーレのために・・・』
『『『『『全てはゼーレのために!!』』』』』

モノリスが次々に消えて行った。
最後にキールのモノリスだけが残る。

『・・・見極めねばならんな・・・』

キールのつぶやきと共にモノリスが消えて全てが闇に沈んだ。

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碇邸の朝・・・
そこには奇妙な緊張に満ちていた。

「本当に便利よね〜」

全員の視線が集中するそこには上機嫌で食事をとる赤毛の少女がいた。
もちろんアスカだ

今のアスカの瞳は右の目に光沢がない
彼女の横で甲斐甲斐しく給仕をしているのはここにいる誰もが知る存在・・・身長3メートルくらいの初号機がいた。
もちろんアスカの能力である。

・・・しかもエプロンを標準装備している姿はトッテモコワイデス

ちなみにミサトは昨日ネルフに泊り込んだためにここにはいない。

「・・・惣流、嬉しいのはわかるが初号機に給仕をさせるのはどうだろうか?・・・結構シュールだぞ?」
「凪先生」
「なんだ?」
「今度、縫い物に挑戦させようと思うんです。」

アスカはいきなりとんでもない事を言い出した。

初号ぅ〜機が夜なべ〜をして縫いも〜のしてくれた〜

「「「「「ぶ!!!」」」」」

思わず全員が吹き出した。
部屋のすみでその猫背な巨体をさらに丸めながらちくちくと縫い物をする初号機・・・もはやホラーを通り越して笑ってしまう。

「お前・・・とんでもない事言うな・・・」
「これも訓練なんですよ〜おもしろそうでしょ?」
「・・・確かに笑いはとれそうだが・・・」

事実として、周囲の皆は笑いをこらえるのに必死だ。
それはそれでかなり見物かもしれない。

ムサシが隣で笑いをこらえているシンジを見て呆れた感じに声をかける。
 
「いいのかシンジ?」
「ん〜、いいんじゃない?なんていっても初号機には母さんの魂が宿っているのだし、案外主婦とか似合うかもしれない。」
「おまえ、マジで言ってる?」
「アスカだからな〜どういったって確実に実行するだろ?」
「それもそうか・・・」

シンジとムサシの会話にみんなが再び笑う。
しばらく笑った後、今度はケイタがシンジに聞いた。

「でも歪曲王と人格が統合されたって事は惣流さんに何か変化があるんじゃないの?」

再び視線がアスカに集まる。

「な、なに?」

おもわずうろたえるアスカだが以前と変わったところは見られない。
性格的にも身体的にも変化なしだ。
唯一、歪曲王から受け継いだその右目だけが歪曲王がアスカの中にいる事を示していた。

シンジが深いため息をつく。

「な、なによ?」
「まあ可能性だけどね・・・1、アスカの主人格はあくまでアスカだから副次的な人格である歪曲王が融合してもそれほど影響が出なかった。2、アスカと融合した歪曲王のダメージが深刻だったためにアスカに影響が出なかった。・・・ぼくは前者だと思うな、彼女はアスカを守る存在だったし、アスカという存在を変質させるのを嫌がったのかもしれない。」
「あいつ・・・」

アスカの目に涙がにじむ。
どうやら自分の分身ともいえる歪曲王に感激しているらしい。
こういうのも自画自賛だろうか?

「・・・それにしても・・・おしい・・・」
「え?」
「歪曲王のあの性格が残らなかったなんて・・・」
「まったくだ。」

凪がシンジに同調して頷く
心底残念そうだ。

「ちょっと!!シンジ!!凪先生まで何言ってるんですか!?」
「それはもちろん、あの性格が混じれば惣流の性格も穏やかになると思っていたんだが・・・」
「まったくです。歪曲王もアスカの一部なわけだから期待していたんですが・・・」

歪曲王との付き合いはこの二人が一番長い。
それだけにあの礼儀正しく大人な女性の性格が失われたのはおしい。
いまのアスカにあの落ち着きを求めるのは酷だと思うが姿はそのままなのでやるせないのは仕方がない。

「あ、あんた達が何言っているのか分からないわよ!!」
「まあ些細なことだよアスカ」
「無視しないでよ!!あ、あたしだってその気になれば・・・そう!!後数年たてば!!こう、大人のレディーに!!」
「外見だけじゃないぞ惣流?意識しないでも内面からにじみ出てくる事が重要なのだ。」
「もちろんですよ凪先生!!なって見せましょう大人の女!!」

アスカはテーブルに片足をかけてふんぞり返るが凪はさめた目で見ている。

「とりあえず、足を下ろせ・・・それとな、制服のスカートでそんな事をすれば・・・見えるぞ」
「は!!!!」

凪の言葉の意味するものに気が付いたアスカは慌てて足をおろす。
おそるおそる周りを見回すと全員が目を丸くしている。
シンジ、ムサシ、ケイタの三人は慌ててアスカから視線をあらぬ方向に向けた。

「っつ!!!!」
パン、パン、パン

ビンタの音が三発響いた。
シンジ達三人のほほに真っ赤なモミジが咲く。

「・・・理不尽だ」
「ああ理不尽だ・・・」
「理不尽だ・・・」
「うっさいわね!!三人そろって5・7・5調で文句言うんじゃない、見物料よ!!」

アスカは耳まで赤くなって席に座りなおす。
かなり恥ずかしかったらしい・・・当然だ。

「・・・ところで惣流、綾波?」
「「はい」」
「お前達いつまでここにいるんだ?」
「「え?」」

アスカとレイはきょとんとした顔で凪を見た。
二人とも訳が分かっていないらしい。
それを見た凪が深いため息をつく。

「ここはシンジの家なんだぞ?年長者としても教師としても年頃のお前達が同じ家にいつまでもいるのはな・・・・保護者もいないわけだし」
「そうですよ!!」「そうね!!」

マユミとマナが拳を固めて立ちあがった。
なにやら瞳が燃えている。

「そんな恋人でもないのに・・・・恋人じゃない!!ここ重要ですよ!!アンダーライン引いときましょう。そんな二人がシンジ君の家で寝泊りしているのは問題だと思います議長!!」
「誰が議長だ霧島・・・人を指差すな、喧嘩売っているのかお前?」
「議長!!マナさんの言う通りだと思います!!」
「だから・・・・誰が議長だ山岸・・・」

何か話しが不穏な方向に進んでいる。
凪としては一応言っておかなければならないことだったから問題はない。
マナとマユミの言うことも正論だが何かその裏にどろどろしたものが感じられる。
いわゆる女の戦いである。

「で、でもそうなるとネルフに申請しなくちゃいけませんし・・・」
「そうです・・・」

アスカの言葉にレイも同調する。
二人とも焦っているようだ。

「それに申請しても、数日かかってしまいますし・・・」

めずらしくレイが強固に主張した。
いつもクールな彼女がしどろもどろに言い訳している姿というのも新鮮だ。

「葛城さんの家に戻ったらどうだ?」
「そんなことしたらミサトが加持さん連れこめないじゃないですか!!」
「・・・お前・・・自分が何しゃべっているのかわかっているのか?きわどい事を中学生が言うもんじゃない、その年で女を捨てるな」
「あ・・・」

アスカは真っ赤になって沈黙した。
確かに女子中学生の言葉としては過激だった。
凪はため息をついて話を続ける。

「まあそんなこんなでいろいろ世間的な問題もある。
「で、でも私達は別に問題ありませんが?」
「・・・そうは言ってもな〜、お前達は今シンジの部屋を占領しているんだろうが?」
「「あう・・・」」
「家主がソファーに寝ていると言うのもな・・・」

シンジの家には個人の部屋はシンジのいた一つしかない。
アスカとレイはその部屋で寝泊りしているわけだがそうなると当然シンジはそこには入れない。
夜になるとシンジは居間のソファーで寝ていた。

「シ、シンジはそれでいいって言ってます!!」
「・・・は?いや、問答無用で部屋を強奪されたんだが?」
「シャラ〜ップ!!」
「いつのまにヤンキーになったんだアスカ?ドイツ民族の誇りはどうした?」
「やかましいわね!!あ、あんたの物はわた・・・じゃなくて皆の物なのよ!!」
「うわ、いつのまにか共有物扱いか?さっきの「わた・・・」ってなに!?」
「細かい事にこだわるんじゃないわよ!!」

果てしなく続きそうな会話だったが凪が手を上げて止めた。
この場での最年長である彼女はいろいろな意味で子供達の管理も担っている。

「それにだ、綾波の癖も治ってないだろう?」
「癖?」

レイが不思議そうに聞き返した。
思い当たる事がないらしい。

「おまえ、まだ時々シンジの布団に潜り込んでいるだろう?」
「「「「「なに!!」」」」」

爆発したかと思うほどの叫びが皆の口から出た。
シンジは赤くなってそっぽを向く。
アスカは不満そうに口を尖らせた。
レイは・・・わかっていない。

「何か問題があるんですか?」
「・・・あるな、お前じゃなくてシンジの方に・・・」
「シンジ君に?」

レイは首をかしげる。
その無垢なかわいらしさに皆がうめいた。
こんな顔をされれば強くはいえない。

「・・・シンジ君はどこか悪いんですか?」
「・・・・・・何処がってわけじゃないが・・・綾波、お前シンジと一緒に寝たとき何か感じなかったか?身の危険とか・・・」
「凪さん!!何言ってるんですかあなたは・・・」

思わずシンジは突込みをいれた。
男としてはそこは正しておきたい。

「?・・・シンジ君は暖かかったです。」
「レイもまじめに答えなくていいから・・・」
「凪先生はシンジ君と一緒に寝ないのですか?」
「俺は・・・遠慮しよう。シンジの事を信頼してはいるが「身の危険を感じないか?」といわれれば答えはYESだし、自分を安売りする気はない。」
「凪さん・・・あんまりだ・・・」

シンジはすねて背を丸めた。
その背中が盛大にすすけている。

「ア〜スカ?、抜け駆けしようとしても無駄よ!!」

何かが瞬間凍結されたような気がする。
居間が空気すら固まったかのような重い空間に変貌した。

「マ、マナ!?なに言っているの!!?」
「一つ屋根の下・・・このシチュエーションなら綾波さんのようにシンジ君に接近出来るもんね〜」
「な、ななな何言ってんのよアンタ!!」

真っ赤になったアスカがマナに怒鳴った。
そんな慌てるアスカを見てマナは余裕の表情だ。

「そう・・・そう言う事だったんですね・・・」

マユミもイスから立ち上がる。
そのメガネの反射が怖い。
一体その下の目は何をうつしているのだろうか・・・

「あ、あたしは別にシンジなんか・・・」
「ふふふ・・・嘘ついてもダメよ・・・」
「嘘なんか・・・」
「惣流さんがシンジ君を気にしているのはばればれです。」
「ぬあんですって!!」

いいかげんアスカの細い堪忍袋の尾が切れた。
アスカの顔が引きつる。

「ふっ・・・そうね〜あたしはシンジに興味ないけれど誘えば犬みたいにかけ寄ってくると思うわ〜」
「何いっているのかしら?シンジ君の好みはきっとショートカットのボーイッシュな女の子よ、まずはお友達から・・・気が付けば恋に発展していた・・・王道よね〜」
「・・・お二人とも前時代的ですね時代は今や物静かな文学少女を求めているんです。私の場合はメガネッ子要素も標準装備、このマニアックさが受けるんですよ」
「「「う〜ふ〜ふ〜ふ〜」」」

三人の口から同じような暗い笑い声が漏れる。

アスカの周囲に初号機が何体か現れた・・・全員武装している

マナの周囲の風景がゆがみ始めた・・・光を屈折させているらしい。

マユミがメガネに手をかけた・・・チラッと覗いた瞳が怖い。

中学生の女の子同士の喧嘩だ。
いざとなれば全員で押さえつけて引き離す・・・それはあくまで普通の女子中学生相手の話だ。

この三人はいろいろな意味で普通ではない。
三人が三人とも能力者・・・しかもアスカの能力はかなり実戦向きだし、マユミの力も使い方次第では危険でもある。
マナに関してはその実力はいまいち不明だが自信がなければこんな勝負を吹っかけたりはしないだろう・・・何かあるはずだ。

カオスになった我が家の居間をシンジは冷や汗を掻きながら見ていた。
正直言いたい事や突っ込みたい事はかなりあるがこの場で割って入るほど命知らずでもない。
結論としてシンジは放っておくことにした。

そんなシンジにそっとムサシとケイタが近づく。

「・・・なにかやばい感じがしてきた・・・シンジ、逃げよう・・・もうすぐここは魔界にのまれるぞ?」
「そうだよシンジ君、君がその中心でもがいている姿が見えるようだ。」
「了解・・・なんで朝食の席がこんな一触即発の状態になっているんだ・・・」

シンジ達は食べ終えた食器をそのままに匍匐前進でその場から離れる。
いつ爆発してもおかしくないこのカオスから逃げ出さなければ確実にその矛先はこっちにくる。

「そういえば、凪先生?」
「なんだ?」
「朝、シンジ君の一部が膨張していたのですが腫瘍でしょうか?」

ピシ!!っと固まる音がした。
誰も何も言えない。
レイはその状況に不思議な顔をしているがその純真な表情が痛い痛い
シンジなどはムンクの叫び調になっている。

「患部はこか「レイ!!それ以上言わなくていいから!!」・・・シンジ君?そうなの?「そうなんです!!って言うより最後まで言われたら立ち直れませんからぼく!!」・・・わかったわ・・・でもなぜ敬語を使うの?」

レイは納得はしていないようだったがシンジの言葉なので頷いた。
シンジの目に浮いていた涙に気おされたのかもしれない。

再び床でいじけるシンジの両肩に手が置かれる。

「ムサシ・・・ケイタ・・・」
「わかっているさシンジ、それは生理現象であってお前の人格には関係ない」
「そうだよシンジ君、男だったらしょうがない反応さ」

二人の顔が輝いている。
ああ・・・すばらしきかな中学生の友情・・・

「ムサシ!!ケイタ!!」

三人は硬くお互いを抱きしめ合う。
友情のトライアングル

「泣け、泣くんだシンジ!!」
「そうだよ、男はそうやって大きくなっていくものなんだ!!」
「ありがとう二人とも!!」

美しい友情の抱擁・・・
しかし、レイにとってシンジ達の行動は理解できない。

「シンジ君・・・大きくなるって朝に膨張していたナニか?」

これ以上なく直球で問答無用な爆弾を投下した。
その威力はN2を凌ぐ

レイの一言は容赦なかった。
抱き合ったまま三人が固まる。
まるで伝説のメデューサに睨まれたようだ。

「・・・容赦ないわね・・・」
「レイさん・・・自覚ないから余計に」
「ぶわ〜っか」
「綾波、お前のせいじゃないからそんなにおろおろしなくてもいいぞ」
「そうなんですか?凪先生?」

哀れな被害者三人を眺めながら凪は思い出した。

「そういえば綾波は中学に上がるまで学校にも行った事がなかったって言ってたよな?」
「はい」

レイが頷いた事で凪は確信する。
彼女が外の世界を知ったのはここ二年足らずなのだ。
知識として知っているかもしれないがその深い意味を理解していない。
レイがシンジにあまりにも無防備なのはもちろん好意をもっていると言うこともあるが同時にその辺りの知識がないと言うこともあるようだ。

「・・・ん?」

周囲を見回せばアスカ、マナ、マユミの期待のこもった顔が自分に向けられている。
シンジ達もいまだに抱きあって固まっているがその耳が自分に向けられていることがはっきりわかる。

「・・・この流れだとやっぱり教えるのは俺の役目なのか?」

凪は保健医である。
しかも年長者で大人の女、レイにその知識を教えるにはうってつけと言えるかもしれないが・・・

「・・・マジか?」

全員が頷く
凪の全身に世界の敵と戦っていた時をはるかに凌ぐ戦慄が走った。
しかしここで逃げるのも責任放棄のような気がする・・・

(逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!・・・よし!!)

凪は自己暗示をかけて覚悟を決める。
しかしその瞳はレイに向いてはいない。

「わかった。俺も腹をくくろう・・・その前に・・・お前達は邪魔だから出てけ」

凪はシンジ達三人を家から蹴り出した。

「・・・なんで自分の家から叩き出されなけりゃならないんだムサシ・・・」
「さあ・・・」
「・・・なんで世界はこんなに不条理なんだケイタ・・・」
「さあ・・・」
「・・・なんで全部ぼくにお鉢が回ってくるんですかブギーさん・・・」
(自動的な僕にはわからないね・・・)
「それは問題の丸投げでしょうが、答えになってませんって」

今、家の中では凪の個人レッスンがあっていて中に入れない。
ちなみに今日は平日なので学校がある。
ちらっと腕時計を見るといつのまにか学校の始まる時間を過ぎていた。

それが意味するものは・・・全員遅刻決定・・・
シンジ達は朝なのに黄昏ていた。

薄情な現実に涙がにじむ・・・だって男の子だもん

「・・・サードインパクト起こしたらこの状況もチャラになりますかね?」
(さあね・・・)

結構ネガな考えが浮かんでくる。
しかし死神は何処までも冷たかった。

結果だけを言えば・・・
凪の話が終わったのはそのさらに二時間後だった。
その間に何があったのかシンジは知らない・・・ただ、アスカとレイがこのままシンジの家に住み着くことで決着した。
マナとマユミが反対したようだがシンジの家はいつでもお泊りOKということで妥協したらしい。
そこにシンジの意見はまったく反映されていない・・・最後には凪もあきらめたようだ。

シンジの部屋が物置に使っている小部屋に移ったのは言うまでもない。

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第三新東京市のはずれ・・・
町が一望出来る峠道・・・

「エヴァ15号機までの建造開始っ!?・・・世界七ヶ所で?」
「上海経由の情報です。ソースに信頼はおけます。」

青いルノーを路駐してガードレールのそばにいるのはミサトだ。
その横には日向の姿がある。

「何故、この時期に量産を急ぐの?」
「現在稼動中の三機の内二機にはS2機関が入っているんで、気が気じゃないんじゃないですか?何かの弾みでサードインパクトがおきかねない・・・ほかにも第二次整備に向けて、予備兵力を急いでいるというのも考えられますが?」
「・・・どうかしら、ここにしても中国で建造中の七、八号機のパーツを回して貰っているのよ?最近、随分と金が動いているわね」

ミサトが言うように今この状況で急いで戦力を増やす理由はない。
というより今でも過剰なまでの戦力がネルフには存在する。
S2機関を取り込んでいる初号機と弐号機はそれほどの存在なのだ。
もちろんそこにはさらにシンジと言う存在も含まれる。

「ここにきて予算倍増ですからね。それだけ上も切羽詰まっているという事じゃないでしょうか?」
「委員会の焦りらしきものが見えるわね・・・何を焦っているのかしら?」
「・・・今までの様に単独ではなく、使徒の複数同時展開を設定したものでしょうか?」
「でも、非公式に行う必要がないわ・・・何か別の目的があるのよ」

ミサトは日向に読んでいた書類を返すと考えをまとめるため 、第三新東京市に視線をむけた。

同時刻・・・第一中学・・・
白衣を着た女性とネルフの制服を着た男が向かい合っている。

「エヴァの量産機の開発を急いでいる・・・か・・・」
「はい・・・」

場所は中学校の屋上
そこにいる二人の男女は凪と青葉だ。

凪は胡散臭そうに青葉の持ってきた書類に目を通している。

「・・・なんで一般人の保健医にそんな情報を持ってくる?相田あたりなら狂喜して喜ぶかもしれんが俺はネルフにもエヴァにもさほど興味は無い・・・そんな機密を知ってしまうと面倒ごとに巻き込まれる可能性もある。むしろ迷惑とは思わなかったか?」
「ええ、自分もそう思うんですが・・・」

青葉が言いよどむ。
どうもこれは彼だけの意思では無いらしい。

「加持さんに聞いたらこの情報をもっていけば喜ばれると・・・」
「なに?どういうことだ?」
「いえ、加持さんに女性の喜ぶ物は何かって聞いたら凪さんにはこの情報を持って行けと言われまして・・・」
「・・・なんでそんな事を聞いた?」
「あの人、そっちの方面の知識はたくさんありそうですし、凪さんとも顔見知りでしたから・・・」
「・・・まあその方面に詳しいのは否定しないが・・・完全に人選を間違ったな・・・」

軽く流す凪だが青葉から受け取った書類を見る目は真剣だ。
青葉もそれに気がついているために余計なちゃちゃを入れない。

(シンジの話しだとサードインパクトはエヴァを使う必要があるらしい・・・そのための量産機か・・・しかも使徒の数は人間をのぞけばあと二体、焦って完成を急いでいる?・・・事情を知らなければこの結論にはたどり着けないだろうな・・・)

実際、ミサト達は凪の結論まで到達出来ていない。
しかしそれは幸運な事かも知れない。
真実を知ると言う事はそのための覚悟と責任が伴う。

(加持さんも回りくどい事を、おそらくどこかで見つけた情報を俺達に渡すためにシゲルさんを利用したな・・・)

内心呆れるがこの情報自体はありがたくはあるので一方的に加持を責めるわけにも行かない。
凪は書類から視線を上げると青葉に移した。

「シゲルさん、これはネルフの内情を示す情報だぞ?持ち出したらまずい事になるんじゃないか?」
「そうですけど、凪さんにはこの情報が必要だって加持さんに言われて・・・あ、あの・・・」
「ん?」

青葉は何か言いずらそうだ。
思っていることを聞くかどうか迷っている。

「・・・霧間さんはネルフを調べているんじゃないですか?」
「なぜ?」
「俺達を助けてくれたとき・・・あまりにもタイミングがよすぎました。」
「・・・そのスパイかもしれない俺になぜこんな情報を渡す?」
「それは・・・」

逆に聞き返された青葉がたじろぐ。
凪の言う通りスパイなら自分は背信行為をしている事になる。
しかし同時に青葉は凪がスパイの類で無いと言う事を確信していた。

「俺は・・・凪さんはスパイじゃないと思います・・・」
「何でそう思う?」
「スパイなら俺と加持さんを救う理由がありませんし・・・むしろ自分の正体がばれて危険です・・・凪さんはスパイと言うよりもむしろ・・・」
「なんだ?」

青葉は戸惑っている。
顔が真っ赤になっていた。
どう言えばいいかわからないと言うよりもそれを口にすることに恥ずかしがっているようだ。

「正義の味方に近い気がするんです。」
「へ?」

さすがに凪も呆気にとられた。
完全に予想を超えた言葉だ。

「あ、すいません女性に言うことじゃ無かったですね・・・」
「いや、別に気にしてはいないが・・・正義の味方ね・・・」

凪は苦笑した。
救世主症候群(メサイアコンプレックス)の自分にはお似合いかもしれない。
実際それを目指しているわけだし、ある意味自分の理想だ。

青葉に向かって手にもっていた書類を掲げる。

「これ、もういらないだろ?」
「え?あ、はい・・・処分しないと・・・」
「わかった」

凪は懐からライターを取り出して火をつけた。
青葉から見えない位置で凪の手から炎が噴出して書類を一瞬で白い灰にまで燃やし尽くす。
一瞬の事だったので青葉はライターの火が一気に書類を燃やしたようにしか見えないはずだ。
別にライターでもかまわなかったがこっちの方が早いし完全に燃やし尽くしてしまえる。
さすがに白い灰になったものから何が書いてあったのか読み取る事は出来ない。

「結構勢いよく燃えるんだな・・・」
「そ、そうですね・・・手とか大丈夫でしたか?」
「問題ないよ」

火力の強さで青葉は少しびびった様だ。
凪は青葉を無視して手に残った灰を屋上から風に任せて飛ばす。

(・・・急がないとならないな・・・)

飛んでいく灰を見ながら凪はそんな事を思った。
最終局面は近い・・・

いろいろと前準備を急いだ方がいいだろう。

「ありがとう、助かった。」
「え?本当ですか?」
「ああ、お礼に今度、暇な時に飯くらい付き合うよ」
「マ、マジッスカ!!」

効果覿面だった。
青葉はちょっと危なく見えるくらいはしゃいでいる。

「いくら放課後でもまだ生徒も残っているし、あんまり騒がないでくれるか?」
「あ、すいません・・・」

学校の屋上でこんな不審者が小躍りしていたら通報されても文句は言えないだろう。
さすがにそれはいろいろな意味でやばい。

「ところで加持さんはあの情報・・・どこから仕入れたんだ?」
「あ、それはマコトの端末から加持さんが・・・」
「日向さん?なんでまた?」
「葛城さんに調べてほしいって言われたらしいです。ファイヤーウォールを厚くしたりして結構気を使っていたみたいですけど自分の端末から直接情報を抜かれるとは思ってなかったようですね、パスワードすらなかったらしいです。」
「なるほどね・・・ソフト面にばかり気が行ってハードのほうには目がいかなかったわけか、典型的な意識の落とし穴だな・・・」

凪は町の中心に目をやった。
その地下にはネルフ本部がある。

(吉と出るか凶と出るか・・・・)

ネルフ内部でも動き出している人間がいる。
ミサトと・・・おそらくは加持・・・

動き出した歯車はもう止まらない。
踏み出してしまったのだから・・・

凪は色々な事の手始めとして、とりあえず屋上の出口に向かって一歩目を踏み出す。

「そう言えば綾波は上手くやっているかな・・・」
「え?レイちゃん何かするんですか?」
「秘密だ」

ニヤリと笑うと凪は校舎の中に入って行った。

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第三新東京市のショッピングセンター
そこに見慣れた二人の姿があった。

「重くないレイ?」
「いいえ・・・」

シンジとレイだった。
シンジは白いシャツと青いジーパンのラフな格好、レイはパーカー付の水色のシャツと薄いピンクのスカートを着ていた。
デートのようにも見えるが違うらしい、二人は共に食材をつめた袋を持っている。

碇邸の食事はローテーションだ。
朝食、弁当(休日は昼食)、夕食の3チーム編成である。
今では皆ある程度の食事を作れるようになっているのでチーム編成はランダム、今日はシンジとレイが夕食の担当で二人そろって材料を買いに来ていた。

「あ、あの・・・シンジ君?」
「何?」

シンジに話し掛けたレイだがなかなかその後の言葉を口にしない。
真っ赤になって俯いている。

「ど、どうかした?」
「昨日・・・ごめんなさい・・・」
「あ・・・う〜〜ん」

レイの言葉にシンジも赤くなる。
昨日の朝の一件はちょっと刺激が強すぎた。

どうやらレイは凪の説明をちゃんと理解しているらしい。
昨夜はシンジの布団に入ってこなかったし・・・

「気にしてないさ、でもレイも女の子なんだからさ・・・気をつけないとな」
「わかったわ」

顔を赤くして頷くレイの頭をシンジはなでてやった。
レイはくすぐったそうにしている。

その時、レイの脳裏に昨日他の皆から言われたことが思い出された。

「ねえシンジ君?」
「なにかな?」
「シンジ君は狼なの?」
「はい?」
「それともケダモノなの?」

ガク!!

シンジは思わず膝をついた。
そんなシンジを見たレイはあわててシンジを支える。

「シンジ君、大丈夫!?」
「レイ、それ誰が言ったの?」
「え?マナが「男は皆、狼だから隙を見せたら食べられる」って・・・・・・アスカは「男は皆すけべなケダモノって」言っていたわ・・・どういう意味なの?」

なんと言うか心臓を貫かれたような気分・・・まさに言葉の矢だ。
ウィリアム・テールでもここまで見事に貫く事は出来まい。

(・・・何をレイに吹き込んでるんだよ、あの二人は!!)
(女の心得だろ?)
(程って物があるでしょうが!!覚えていろマナ、アスカ!!)

とりあえず胸に浮かんだ殺意を封印するとシンジはレイに向き直る。
かなり引きつってはいるが笑うのにも成功した。

「レイ?」
「なに、シンジ君?」
「ぼくは狼でもなければケダモノでもないよ」
「・・・そうなの?でもアスカとマナはシンジ君は狼・・・シンジ君はケダモノ・・・って言ってたわ」
「そのトラウマになりそうな単語を連呼しないでくれる。」

シンジは頭を抱えた・・・異様に疲れる。
とりあえずあの二人には何かで復讐してやろうと誓った。

ふと気が付くと目の前にレイの顔があった
上目遣いにシンジを見上げている。

「ど、どうしたのレイ?」
「・・・ごめんなさいシンジ君」
「え?」
「私・・・何も知らないから、シンジ君に迷惑ばかりかけてる・・・」

シンジは思わず唾を飲み込んだ。
レイの顔がほとんどキスをしそうなほどに目の前にある。
思わず緊張してしまうほどに近い。

「許してシンジ君・・・」
「ゆ、許すも何もないよ・・・ぼくは怒ってないから・・・」
「本当?」
「もちろん」

大きく頷くとシンジはレイにやさしく微笑んだ。
内心はかなり動揺していたりするが顔に出さないのはさすがだ。

シンジの笑顔を見たレイの顔が赤くなる。

「・・・シンジ君」
「え?」

レイは黙って目をつぶって唇を突き出す。
それを見てあわてたのはシンジだ。

(う、わわわわわ)

口には出さなかったがシンジは内心で結構パニクった。
まさにこれはキスの体勢である。

(い、いつの間にこんな高等テクニックを覚えたんだレイ!!)
(女性陣が教え込んだに決まっているだろうシンジ君、それで・・・どうするんだい、この状況?)
(どうって・・・ここでどうしろって言うんですか!!)

シンジは周囲を見回す。
ここはショッピングセンターだ。
人目には事欠かない。

もちろんシンジがそんな軽い男じゃないという事もあるがこの状況でレイの唇を奪うのは人として何か大事なものをなくしてないだろうか?
さすがに健全な男子中学2年生・・・花の14歳の少年がそこまで羞恥心を捨てられるかと言えば限りなく無理・・・

硬直してしまったシンジが動けずにいると数秒してレイが目を開けた。

「これでいいの?」
「へ?」
「シンジ君を困らせたらこうすればいいって聞いたの・・・目をつぶって顔を少し前に出せばシンジ君は喜ぶって言われたわ・・・」
「誰に?」
「山岸さん・・・」
「同類かよ・・・」

信じていたものが崩れ去っていく・・・
マユミもやはり女なのだ。
侮れない・・・

(裏切ったんだな・・・ぼくを裏切ったんだ・・・)
(きっちり女の武器を教えているあたり仲がいいものだね)
(所詮、女の味方は女って所ですか?)

シンジは悟った。
女には男には理解できない領域がある事を・・・非常に嫌な悟り方だと思う。

シンジはもう一人の女性の存在を思い出した。
彼女も昨日はその場にいたはずなのだ。

「凪さんは何も言わなかったの?」
「霧間先生?・・・たしか「女なら裏技のひとつも知っておいたほうがいいだろう」って言っていたわ」
「・・・神も仏もありゃしない」
「?・・・どういう意味?」
「レイが可愛すぎるってことだよ」

思わずレイはうつむいてしまった。
かなり恥ずかしいらしく耳まで真っ赤だ。

「あ・・・う・・・」

思わず言ってしまったシンジも顔が赤い。
冗談のつもりだったがこうまでまじめな反応を返されるとてれる。
勢いと言うものは怖い。

「か、買い物を続けようか?」
「わ、わかったわ・・・」

二人はぎこちなく笑いあうとうなずいて歩き出す。
周囲の買い物客はそんな二人をほほえましく見守っているが・・・中には憎しみのこもった彼女いない暦ン年の男の視線が混じっていたのにはさすがのシンジも寒気が来た。
そんなこんなで二人の買い物は続く。

「そう言えばシンジ君・・・」

買っておかなければならないものを見ながら歩いているとレイがあることを思い出した。

「なに?」
「・・・・・・ロンギヌスの槍の事は聞いた?」

レイの言葉にシンジは振り向いた。
その表情は一変して真剣なものだ。
気になることがあるらしい。

「聞いてない、あれってどうなったの?」
「月の軌道に移行したらしいわ・・・そのまま落下して月の表面に刺さっているらしい・・・今の人類の技術力では回収不可能だって・・・」
「そうなのか・・・」

すこし楽しげにシンジは返事をした。
シンジの顔を見たレイは不思議そうな顔をする。

「シンジ君?」
「ん、なに?」
「何か嬉しそう・・・」
「うん、思ったように状況が進んでくれるから嬉しくってさ、本当ならもっと先まで行ってほしかったけれどまあ許容範囲内だね、月まで距離があれば十分だと思う。」

やはりシンジは愉快そうだ。
レイはシンジが何を言っているのか十分に理解は出来なかったが思い当たる事はある。

「・・・シンジ君、あの時・・・槍に何をしたの?」
「あの時?」
「ケージで・・・シンジ君はマナから何かを受け取っていたわ、それを使って何をしたの?」
「なんだと思う?」

シンジは逆に聞いてくる。
レイは少し困った顔になって考え込んだ。
あの時シンジが受け取った物をレイは見ていない。

しかし、それがかなり小さい物で手の中に納まってしまうものであるのは間違いなかった。
持ってきたマナに聞くのが一番早いが、ここはあえてシンジに聞きたい。
もしシンジがレイの考えている通りの事をしていたならその確認はシンジにしか取れないだろう。

「・・・報告では槍は使徒から外れていた・・・でもなぜか使徒の方から槍に向かっていくように移動したとあったわ・・・槍にはそんな機能はない・・・だとしたらシンジ君が槍に何かをした結果と言う事になる・・・」
「うん、論理的だ。飴を一つ進呈〜」

シンジはポケットから飴を一つ取り出して袋を破くとレイの口に放り込んだ。
さっきの買い物の時におまけでもらったものだ。

「ん・・・おいしい・・・」

レイの顔がほころぶ
実はレイはこういう風に子ども扱いされるのは嫌いじゃない。
そう言った経験がなかったために新鮮でもあるし、シンジに誉められるのは嬉しいからだ。

「それで、レイはぼくが槍に何をしたと思っているの?」
「ん・・・ひんひくんは・・・」
「・・・しゃべるときは飴をほほの部分にやってからしゃべろうね・・・」
「ん・・・わかったわ・・・」

レイは素直だ。
その片方が飴の形に膨らんだ顔がなんともキュート
ハムスターのほほ袋を髣髴とさせる。

「シンジ君はおまじないって言ったわ・・・使徒を殲滅して補完計画を完全に潰すためのおまじないって・・・」
「うん、確かにそう言ったね、記憶力のいいレイに飴をもう一個進呈〜」

シンジはポケットから再び飴を取り出す。
レイはまだ飴を舐めているので袋のまま手渡した。

「ありがとう・・・シンジ君・・・」
「どういたしまして」
「それで、考えたの・・・槍が使徒に当たるんじゃなくて・・・使徒が槍に惹き付けられるようにしたんじゃないかって・・・」
「なるほどね、それでレイ先生の結論は?正解者には最後の飴を進呈〜するよ。」
「・・・使徒をひきつけるなんてそんな事誰にでも出来ることじゃない・・・それにシンジ君が言った補完計画の崩壊・・・」

レイはこれから言う事のために深呼吸をする。
少し緊張しているようだ。

予想が当たっていればシンジは大胆にとんでもない事をした事になる。
確かにこれならゼーレやゲンドウの考えていた補完計画はすでに崩壊しているだろう。
そう・・・それは弐号機が槍を投げたあの瞬間に終わっていた事になる。

「・・・シンジ君・・・”アレ”を槍に使ったの?」
「ん?」

シンジは答える代わりに足を止めた。

レイに答えるためじゃない。
妙な視線を感じる。
レイがいぶかしげにシンジを振り返るがシンジは周囲を見回すばかりで答えない。

「・・・あの人か・・・」

ふとベンチに座っている人物と視線が合った。
しかし実際自分を見ていたのかどうかはあやしい。
なぜならばその人物はゲンドウと同じような黒いサングラスをつけているからだ。

しかし、シンジは直感で悟った。
その人物は自分を見ている。

「・・・何かご用ですか?」
「むう、これは失礼した。」

男は立ち上がる。
割と小柄な人物だ。
年齢的には老人の範囲に入るだろう。
ほぼ白髪の髪と皺の目立つ顔、黒いスーツ姿の老人はシンジに向かって歩き出した。

「いや、あんまり君らの姿がほほえましくてついじろじろと見てしまった・・・」
「いえ、こちらこそ・・・不躾でした。」

老人はゆっくり近づいてくる。
その歩みはぎこちない。
あるいは体のどこかが悪いのかもしれない。

「君たちは恋人かね?」

その一言でレイの顔が真っ赤になる。

(恋人・・・愛しい人・・・伴侶・・・そう・・・シンジ君と私はこの人にそんな風に見えのね・・・)

レイは想像して見る。
家族のために夕食の準備をする自分・・・
そして自分を手伝ってくれる優しい夫・・・この場合はもちろん・・・
二人の間を走り回る小さな子供は・・・
かなり妄想が飛躍しているようだ。

そこまで考えが至ったときレイの顔は耳まで真っ赤になる。

「・・・何を言うのよ」

思わずレイは俯いてしまったがその顔は笑っていた。
両手で顔を覆って恥ずかしがっている。

さっきまでのシンジへの疑問はレイの中から弾き飛ばされていた。
頭の中では恋人の単語がリフレインしてループに移行している。

そんなレイと対照的に横に立つシンジは老人から目を離さない。

(・・・何だこの人・・・)

シンジは表情には出さないが目の前でニコニコ笑う老人に疑問を持った。
老人の口元は確かに笑みの形になっている。
しかしだ・・・

そのサングラスに隠れた瞳は自分とレイを観察しているように感じる。

(ほう、これは面白い・・・じきじきのお出ましとはね・・・)
(知り合いですか?)

シンジの言葉にブギーポップが苦笑する。

(知り合いといえば知り合いだろうね、たとえその関係がどうあれお互いを知っているということは知り合いということだ。そういう意味では君も同じだろう?)
(え?ぼくも会ったことあるんですか?・・・覚えがないな・・・何時?どこで?・・・大体この人誰なんです?)
(名前までは知らないよ、直接聞いてみるといい)
(りょ〜かい)

とりあえず真っ赤になってトリップしているレイを置いておいてシンジは老人と向き合う。
作り笑いを浮かべるのも忘れない。
この老人は何か油断できないものを感じるのだ。
そんな相手に隙は見せられないし、警戒しているのを気づかれるのもまずい。

「あの・・・」
「ん?なにかね?」

老人はシンジと向き合う。
その顔はやはり笑っていたがそのサングラス越しに感じる視線は自分を観察していると感じた。
しかし、おそらくシンジも似たような目をしているだろうからお互い様だ。

「ぼくの名前は碇シンジ、彼女は綾波レイです。失礼ですがお名前を教えていただけますか?」
「はは、こちらこそ失礼した。」

シンジの言葉に老人が笑う。
傍目には好々爺だが・・・

「わしの名前は・・・キール・ローレンツ・・・」

それはゼーレにおいて議長を務める男の名前・・・
シンジとレイがこの時点でそのことを知らなかったのは幸か不幸か・・・






To be continued...

(2007.09.08 初版)
(2007.11.24 改訂一版)


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