第拾陸章 〔神食する恐怖〕
V
presented by 睦月様
「む・・・う・・・」
体が沈み込むような柔らかいシートに体を預けながらキールはうめいた。
さっきまでシンジと話していたときの余裕然とした姿はかけらもない
病人のごとく顔が真っ青だ。
「無茶をされましたな・・・」
一緒に乗り込んでいる黒いスーツ姿の男がつぶやく様に言った。
キールの脈を取った男が顔をしかめる。
それだけでキールの状態がわかるというものだ。
「・・・・・・」
男は無言でキールの胸に手を置く。
すると徐々にキールの発作が納まって行った。
顔色もだんだんと赤みがさして来る。
「あまり無茶をされると約束の日まで体が持ちませんぞ?」
「わかっておる・・・しかし、それを押してまでこの町に来たかいはあった。」
「あの少年ですか?・・・正直に言わせていいただきますとあんな少年一人に我々ゼーレが振り回されていると言うのは信じられませんな・・・」
「・・・確かにな・・・」
「なぜ消してしまわないのです?」
キールは苦笑する。
対する男は無表情で反応しない。
黙ってキールの次の言葉を待つ。
「さっき確信した・・・あの者には手を出すな・・・」
「・・・・・・何かあったのですか?」
「あやつ一人を静かにさせる為には・・・我々の全てをもって当たらねばならないだろう。そうなれば残りの使徒の殲滅を我々は疲弊した状態でこなさねばならない。」
「・・・それではかなり無理をしなければなりません。」
フッとキールは笑った。
かなり強引だと言うことは自分でもわかっているようだ。
しかし退けない。
「お前の言うことはわかるがな、ここまで来ればすでに修正どころではない。ほかに道はないのだ。」
「・・・議長の意見とあれば従いますが・・・」
「もしこの状況を計算していたとしたらわれわれは翻弄されたどころではない。わずか14歳の少年の手のひらの上で踊らされていたことになる。」
「それほどの危険人物なのですか?」
キールは頷くと上着の袖をまくった。
そこには鳥肌のたったキールの腕がある。
「可能性は高い、話の途中から冷や汗が止まらんかった・・・」
「それはそれは・・・」
「しかもあの少女・・・」
「ファーストチルドレンの綾波レイですか?」
男の言葉にキールは黙って頷く。
事前にシンジの周囲にいる人物の調査は完璧にすんでいる。
いまさら問題になることがあるとは思えないが・・・
「アレはおそらく普通じゃない・・・」
「確かに、彼女はネルフ地下にあるリリスのコピーである初号機から派生した存在ですが・・・」
「果たしてそれだけか?」
「・・・・・・どういう意味ですか?」
男が錠剤を数個用意して水と一緒にキールに渡した。
黙って受け取るとキールは口の中に薬を入れた水で流し込む。
やっとキールの動悸が治まって普通に話ができるようになる。
「確証はないが・・・能力者かもしれん・・・」
「やはり統和機構ですか?」
「いや・・・おそらく違う・・・」
「それは、何故ですか?根拠がおありで?」
シンジの言葉が脳裏によみがえる。
あの少年は確かにこう言ったのだ。
「この町にいるのはあの少年の個人的な都合だと言っていた。」
「信じたのですか?」
男が少し驚いた顔になる。
この世界の闇の世界において絶大な力を振るうゼーレ・・・そのトップがたかが一人の少年の話を真に受けたのだ。
しかも自分たちに敵対する急先鋒の少年の話を・・・思わず驚いたとしても仕方がないだろう。
「・・・おまえがそんなに意外な顔をするとはな・・・」
「申し訳ありません、しかしそうなると機構と我ら、そして碇シンジの三つ巴と言う事になりますが?」
「いや、もう一つ・・・六分儀ゲンドウの存在がある。」
「ネルフが離反すると言うのですか?」
「可能性は皆無ではない・・・この先の動き・・・読みきれるか・・・」
それは他の誰かに向けた言葉ではない。
自分に向けた言葉だ。
自嘲気味に笑うキールは背後を振り返った。
「碇シンジの事が気になりますか?」
「ああ、あわよくば我々の側に引き入れるつもりだったが・・・アレはダメだな・・・他人の意見で自分を曲げる男ではない。」
「評価が高いですね・・・」
キールは無言で答えとした。
何か考え込んでいるらしい。
男も口を挟まず主の思索を邪魔しない。
「・・・・・・”ト−ル”」
「はっ」
男が姿勢を正した。
キールがこの名前で自分を呼ぶときは重要な指令を与えるときだけだ。
それだけに自然と緊張した雰囲気になる。
「・・・ネルフに潜入しろ・・・手はずは整える。」
「承知しました・・・しかし今からですと次の使徒の襲来には間に合わないと思いますが?」
「かまわん、今すぐに何かをしろと言うわけではない。」
「・・・と言う事はその後・・・タブリスの使徒の襲来の時にでしょうか?」
キールはトールと呼んだ男の察しのよさにニヤリと笑った。
「そうだ。それまでは手出しはするな・・・使徒はあくまでネルフと碇シンジに殲滅させる。」
「確か初号機は再度封印されたのでは?」
「そんなもの・・・あの少年にとってどれほどの拘束力があると言うのだ?すぐにでも引きちぎって飛び出すだろう。今回の封印はあえて我々ゼーレの命令を待てと厳命しなかった。使徒殲滅と言う大義名分もあるしな、わざわざ舞台を整えたのだ。六分儀もそのところはわかっているだろう。」
「承知しました。潜入後は私は何をすればよろしいのですか?」
「追って知らせよう。」
「はっ」
二人を乗せた車は夕日に赤く染まったビルの間を抜けて町から離れていく。
これがキールとシンジの最初で最後の直接の対面だった。
---------------------------------------------------------------
キールが夕暮れの町を車の窓から眺めていたとき・・・シンジ達も同じように茜色に染まった町を歩いていた。
シンジとレイの手には買い物袋が握られている。
「・・・ねえ・・・シンジ君?」
レイが隣を歩くシンジに話し掛けてくる。
喫茶店を出てからシンジは一言もしゃべっていなかった。
「なに?」
「・・・あの人は何故サードインパクトを起こそうとしているの?」
「・・・・・・難しいね・・・すくなくともあのキールって人は悪意から起こそうとしているわけじゃない」
「どうして?だって・・・きっと誰も望まない・・・」
「それが一番の問題だ・・・」
シンジはレイの言葉に考え込む。
どう説明したら言いか悩んでいるようだ。
レイは純粋だから下手な説明で偏った価値観を与えたくない。
「・・・多分ね、信じているんじゃないかな・・・」
「信じている?何を信じているの?」
「それをする事で皆が幸せになれるって・・・かなり強い信念を感じたよ。」
「信念?」
「・・・まあ、つまるところ自分の中にある正義だ。」
シンジの説明にレイは首をひねっている。
話が高等すぎて理解しきれていない様だ。
これは学校のテストと違って明確な答えが無い分難しい。
「たとえば、世界三大宗教のうちの二つ、キリスト教とイスラム教って知っている?」
「?・・・・・・ええ、シンジ君は神様を信じているの?」
「いや、まったく・・・むしろ宗教なんて物が無ければこの世界のほとんどの争いが無くなると思っているほどだよ。」
シンジは苦笑した。
死神はひょっとしたら自分の中にいるかも知れない。
「話を戻すと・・・実はこの二つは出発点が同じなんだよ。だから似通った部分がある。」
二つの宗教の基本となったのはユダヤ教である。
キリストも生前はユダヤ教徒であったと記されている。
彼の死後に残った人達がキリストの名と教えを元に立ち上げたのがキリスト教だ。
その後にマホメットが広めたイスラム教もそのルーツはユダヤ教である。
「二つは兄弟宗教と呼ばれることがあるし、その派生時期からキリストを神の長男、マホメットを次男と呼んだりもする。だから突き詰めるとキリスト教もイスラム教もユダヤ教の派閥の一つとも言えるんだ。同じ唯一神信仰や偶像崇拝の禁止とか教義にあるし、イスラム教の聖書であるコーランにはキリストの名前が聖人としてあるほどだよ。」
「・・・でも、それがどうしたの?」
「それなんだけどね・・・この二つは仲がかなり悪い。」
「元は同じなのに?」
「十字教社会に対するテロって大抵イスラムの名前が出るくらいだからね、根が深いと言うかなんと言うか・・・別の宗教同士が仲良くする事なんてありえないけど悪いなりに理由もあるんだよ。その因縁はかなり長い。」
二つの宗教は聖地エルサレムを取り合って長い間、闘争を繰り返してきた歴史がある。
流された血の量は多いということしか分からないほどだ。
いまでもその時の恨みは受け継がれて残っている。
「歴史で習ったわ・・・でも信じている神様は同じじゃないの?」
「どうやら彼らにとってお互いの神様はすでに別物のようだね、自分の崇めている神が相手の神と同一だなんて認めていないんじゃないかな」
「それだけで相手の信じているものを否定するの?」
「唯一神信仰って言うのは自分以外の神を認めていない。そのためにいろいろとあったんだよ。人としての倫理を踏みにじるようなことがね。」
しかも、たちの悪いことにこういう思想は政治や国家などと繋がると飛躍的に被害が広がるという特徴がある。
たとえば十字軍の遠征だろう。
歴史の教科書を開けば必ずといって良いほど載っている宗教がらみのエピソードだが、簡単に言えば「我の張り合いと相手の意思や都合など無視した自分の正義の押し付け」・・・この一言に尽きるといってもいいありがた迷惑な建前付きの侵略戦争だ。
十字軍の遠征・・・そこで何が起こったか・・・彼らは自分の神の名の元、他の宗教や文化を破壊して略奪した。
その時に略奪されたもので現在、大英博物館に寄贈されているものもある。
それを返せとエジプトなどから国レベルで文句が出たりもしているのはわりと有名な話だ。
聖地を奪還するとか、正しい教えを広めるとか建前はいろいろあったらしいが、自分の国の領土を拡大して植民地を増やしたいという国の指導者の思惑があったのは間違いがない・・・そこまで計算された意図的なものだったかはともかく、戦場に赴く兵士や民衆の意思統一のために神の名が使われ、戦争を促進した部分があるのは間違いがない事実だ。
実は十字軍に志願した信仰心旺盛な少年達を奴隷商人に売り飛ばしたということもあったらしいが、それがまかり通ったということが神がいない何よりの証拠ではないだろうか?
やはり神は人の心の中にあってこそ万能たり得るのだろう。
「さらに・・・当時の宗教家達の中には本気で自分の行いが正しいと思う人たちもいたんだ。これがまたタチが悪くってね、ほかの宗教にとっては迷惑極まりない話だけど彼らにとっては「自分の神の元にすべてが統合されればすべてが幸せになれる。」と本気で信じていたんだよ。狂信者って怖いよね、自分の行いは神様の為だなんていって責任逃れをする偽善者だったりするんだから。」
[自分達に理解出来ない事=悪魔の仕業]
[自分達とは違う=人間にあらず。]
などという偏りまくった思考を持つ少数の狂人達のせいでキリスト教は歴史的大虐殺や蛮行の中心をになった負の歴史を持つ。
魔女裁判や異教徒狩りの残虐さは今でも資料として残っているのだ。
「汝隣人を愛せ」と新約聖書には載っているが他教や理解出来ない人々は彼らにとっては隣人ではないと言うことらしい。
キリストが生きていたら何と言うか・・・もっとも、そういった側面はキリスト教に限った事ではなく大抵の宗教で規模の違いはあれ存在する。
やっかいなのは、たとえ他人からどんなに狂っていると見られようと本人にとっては真剣と言うことがままあることだ。
それが自分の中だけで消化されていて他人に迷惑をかけないのならそれは個人の自由だがそれを他の人にまで強制しようとした時には問題だ。
もともとそれが正しいと信じているわけだから歯止めと言うものがはなからない。
「知っているかな?仏教もキリスト教もイスラム教もその分派をならべれば相当に大きな樹形図が出来上がる。それは、それぞれが開祖の言葉や教えを自己解釈したり、自分独自の教義を作ったりした結果分かれて行ったんだ。」
「価値観の違いが争いの原因なのね・・・それが正しいって信じたから?」
「そう、だから多分あの人達も自分のやっている事は正義だと思っているんだよ。」
「そんな・・・」
「レイ、勘違いしちゃいけないよ、この世界にある全ての物は二面性だ。絶対悪も絶対正義も存在しない。」
あまり知られてはいないがキリストでさえ神殿を破壊したと言う記述がしっかり聖書に載っている。
もっともそれは信心を忘れた商人達が神殿を食い物にしていたと言う実態のためだとも言われているが・・・・彼らにも生きていくために仕方なかったのかもしれない。
イスラムのマホメットも神様の像を片っ端から破壊したと言う記録がしっかり残っている。
それをよりどころにしていた人たちの思いを無視してただアラーの神のために像を砕いたのだ。
仏教の釈迦は悟りを得るために家を捨てて出家している。
父や妻を捨てて悟りを開くと言う自分の欲を優先したのだ。
聖人であってもそうなのだから、結局のところ完璧な人間など存在しないということなのだろう。
言い換えるならそれは信念だ。
彼らが自分の行いに疑問をもっていたのならそんな事はしなかったかもしれない。
そしてキリスト教もイスラム教も仏教も興らなかったかもしれない・・・それがよかったのかどうかは誰にもわかりはしないのだが・・・
「まあぼくは聖人に興味なんてないし、なりたいとも思わないね、凡人が一番だよ。」
レイはシンジが凡人だとするならこの世界は何時の間にか凡人の定義が破綻していると思った。
シンジはそんなレイにかまわず話しつづける。
「ぼくだって間違いながら生きているし・・・」
「シンジ君は間違っていない・・・」
「そうだね、皆・・・正しくて間違ってはいないよ。でも同時に皆・・・悪くて間違っている。それが同じ人であっても・・・」
人間は矛盾を抱えながら生きている。
他人の事を思いながら自分の信念を曲げられない。
たとえ他人の理想を砕く事になっても・・・
そしてシンジも・・・キールがあくまで補完計画を進めようとするならそれを砕くだろう・・・躊躇なく
ゼーレの補完計画にかける願いを無視して・・・彼らにとっての悪を行なう・・・
それが自分の正義だから・・・矛盾している。
「自分の正義を信じる事は悪いことじゃない、でもそれが絶対だと思うのは自信過剰かただの思い込みだよ。世界はそんなに単純には出来ていない。自分の正義を主張したかったら同じくらいに他の人の正義も認めてあげるべきだ。」
「・・・・・・シンジ君・・・」
「それでも譲れないものがあるから・・・」
誰に恨まれても蔑まれても・・・そんな覚悟はとうの昔に決めている。
その先に光があると信じているから・・・だから怨嗟の声からも逃げるつもりはない。
それはシンジの中にある譲れないもの・・
「・・・・・・」
シンジの言う事はレイにとっては難しかった。
言っていることはわからなくもないがその意味を理解するためにはレイは経験が足りない。
それが悲しかった。
「シンジ君・・・」
「なに?」
「私はシンジ君を信じている・・・それだけは私の中の真実・・・」
「・・・ありがとう」
信頼される。
それ自体は光栄なことだが同時に・・・
(責任重大だねシンジ君?)
(そうですね)
誰かを思うこと・・・それは個人の自由だ。
信じることも憎むことも・・・しかし、思われている側の人間が必ずそれに応えなければならないと言うこともない。
だが、自分がそれに応えたいと思ったなら裏切る事は許されない。
それは自分を裏切る事と同義だから・・・
「・・・レイ?」
「何?」
「もし君が誰かの正義を砕かなければならないとき・・・ちょっとした疑問でもいい・・・その人の正義を砕くことが正しいか悩んであげてほしい。」
その言葉の意味は深い。
「・・・わかったわ・・・シンジ君」
シンジは頷くと歩き出した。
レイはシンジの背中を見ながらシンジの言葉を考える。
さっきの言葉は”理想論”ではない”経験談”だ。
シンジは自分の経験からさっき自分に言った結論に達したのだろう。
それは世界の敵との戦い・・・
一体どれだけの思いを砕いてシンジは今立っているのか・・・レイには想像も出来ない。
その全てを自分の内に抱えてなお笑っている。
決してそれを軽んじているわけではない事は今までのシンジを見ていればわかることだ。
だからこそレイはシンジを支えたいと思う。
「シンジ君・・・」
レイはシンジの背中に飛び込んで行った。
せめてシンジの抱えるもの少しでも支えたいという思いを込めて抱きつくが・・・
「え?ちょっとレイ!?」
不意をつかれたシンジの体が前に倒れて行く。
両手に買い物袋を持っていて受身も出来ない。
シンジはおもわず目をつぶった。
ポス・・・
コンクリートの地面にしてはやたらとやわらかい感触にシンジの顔がぶつかった。
慌てて目を開けるが目の前が何か黒い物にふさがれている。
「・・・何しているんだシンジ?」
襟首を捕まれて顔をうずめているなにかから引き離された。
「え、凪さん?」
目の前には凪がいる。
学校の帰りなのか黒いスーツを着ていた。
「お前・・・いきなり人の胸に倒れこんでくるなんて何考えている?」
どうやらレイに抱きつかれて倒れこんだのは凪の胸だったらしい。
目の前にあった黒い物は凪の着ているスーツだったようだ。
「い、いえわざとじゃ・・・いつの間に目の前にいたんですか?」
「最初からだ。お前達が俺に向かって歩いてきたんだぞ?考え事をするのはいいが歩いているときくらいは前を見ろ」
「あう・・・いえっさ・・・」
どうやらシンジも考え込んでいて前方不注意になっていたようだ。
凪はシンジの腰にしがみついているレイに視線を向ける。
「綾波?お前もそろそろ離れろ」
「・・・はい」
レイはしぶしぶと言った感じで離れる。
ちょっと寂しそうだ。
シンジはほっとした。
「ところで凪さん、何でこんなところに?」
「お前達が帰ってこないからだろうが、夕食の準備もまだだし」
「あ、すいません・・・」
「それとな・・・」
凪はシンジの耳元に唇を寄せた。
つぶやくように小さな声で言葉をつむぐ。
「・・・どうやらゼーレが本格的に動いている。」
「・・・・・・それは?」
答えるシンジの口調が自動的な響きに変わった。
「量産機の製造を急がせているらしい。補完計画に必要なんだろ?連中に焦りが見える。」
シンジから凪が離れた。
その視線は鋭い。
「最終局面が近い。」
「そのようだね、僕の方にも・・・」
「何かあったのか?」
「ゼーレのトップが直接面会にきたよ。」
「おまえそれは・・・」
凪がおもわず叫びそうになった自分の口を抑える。
深呼吸して落ち着いてから、凪はブギーポップを見下ろす。
「その事についていろいろ話したい事がある。」
「わかった。」
「場合によっては急がないとならんかもしれん・・・ところで・・・後ろの連中は何だ?」
「はい?」
凪の言葉にブギーポップからシンジに戻る。
シンジはいぶかしげに背後を振り向いた。
そこにいたのは高校生の十数人の集団、真ん中の三人ほどが自分達を睨んでいる。
そのうちの一人は足にギブスをつけていた。
「だれですか凪さん?」
「明らかにお前の知り合いだろう?」
「覚えがないんですが・・・」
「シンジ君?」
首をひねっているとシンジの服の袖が引かれた。
見るとレイがシンジに何か言いたそうにしている。
「公園の人達・・・」
「え?・・・ああ、そうかそうか・・・」
レイの説明でシンジは納得した。
確かにあの三人には見覚えがある。
どうやらキールの印象が強すぎて忘れていたようだ。
しかし他の十人くらいにはまったく見覚えがない。
「あのよ、こいつ足折れてたぞ」
一人がそう言うとギブスの男がいたそうな顔をした。
演技は学芸会レベル、23点といったところだ。
「って言うわけで治療費をくれよ。」
「本当なのかシンジ?」
凪も嘘だと思っているが一応確認をいれてみる。
「捻挫くらいで骨なんか折れてないらしいです。レイの太鼓判ですよ。」
「綾波がやったのか?」
「はい・・・」
レイも頷いた。
凪もそれを見て高校生達に向き直る。
「捻挫らしいぞ、むしろそこまで固定していると逆によくないと思うが?」
「な、うっせぇぞ!!お前は何だ!?」
「一応この子達の保護者兼学校の保健医だ。」
「先公がでしゃばんなよ!!保護者なら慰謝料払いやがれ!!」
「なんでもかんでも金に結びつけるのはどうかと思うぞ、これでも一応保健医だからな、捻挫と骨折くらい区別つく、その足・・・見せてみろ」
その一言で高校生達はぎくっとなった。
それだけで周囲の通行人にはどちらの言う事が正しいのか丸わかりだ。
「うっせえよ!!」
金をせびった男が凪に詰め寄った。
襟を掴もうとする腕を凪は冷めた目で見て・・・
「ぐえ!!」
瞬間的に腕を取って投げ飛ばした。
男は受身も取れずに背中から地面に落ちて大の字になる。
「いいんですか?」
「アフターファイブだ。しかもうちの生徒じゃないしな、ついでに今のは正当防衛だ。」
「正当防衛で投げ飛ばすんですか?この人完全に伸びてますよ?」
いまだ起き上がってこないのはどうやら気絶していたからのようだ。
それを見ていた他の高校生達がいきり立つ。
「なにすんだ!!」
「だから正当防衛だと言っているだろう?」
平然と言い返す凪をシンジは呆れた目で見た。
「凪さん、明らかに挑発してますね?」
「こっちは飯の用意もまだなんだぞ、手っ取り早く状況を収拾するのはこれが一番早いだろう?」
「いや、否定はしませんが・・・」
「こんな連中よりうちで夕食を待っている連中が空腹であばれる方がよっぽど危険だ。要するに必要悪だよ。」
「・・・言葉の使い方間違っている気がしますがあえて突っ込みません」
凪の言うように彼らが暴れたらその犠牲になるのは自分の部屋なのは間違いない。
残念ながらこの連中より自分の部屋の方が大事だ。
「使徒の前哨戦だと思え」
「この程度でですか?面倒なだけでしょう?」
「どの道、火の粉は振り払うのみだ。」
「殺しちゃダメですからね」
シンジはため息をついて買い物袋を地面に置いた。
「それならさっさと終わらせましょう・・・あ、レイ?向こうが殴ってきたりしたら殴られなくても正当防衛が成立するから、一応手順は踏もうね」
「わかったわシンジ君」
レイもシンジに倣って買い物袋を下ろした。
それを見て血をのぼらせたのは高校生の集団・・・三人が自分達に勝つことを前提に話をしている事に気が付いたらしい。
「ふざけんな!!」
「一応、当て身とか気絶狙いで行きますんで、先に殴ってきてくださいよ。」
「ばかにしやがって!!」
「ノルマは3〜4人ってとこか・・・」
「俺の話を聞け!!」
高校生達は一度に殴りかかってきた。
その目じりにはちょっと涙が浮いていたりしたがその程度の悔しさでどうにかなるほど世の中は甘くない。
高校生達は手加減をされていながら全員病院送りになった。
本来なら喧嘩は両成敗なのだろうが・・・何せ10数人でかかっていったのに加え、周囲の通行人が両者の話を聞いていたために非は高校生達にあるとしてシンジ達にはお咎めなし、高校生達は病室で枕をぬらしたらしい。
16番目の使徒・・・アルミサエルの現れる数日前の話だ。
---------------------------------------------------------------
「ミサトさん、今日もこなかったな・・・」
シンジはため息をつきながらミサトの分の朝食にラップをかける。
「昨日加持さん来ていたみたいだかんね・・・」
「ああ、やっぱり?」
アスカの不機嫌な言葉にシンジは笑った。
加持は狙われている身分のくせに時々ネルフ本部を脱走してミサトの家に泊まりに来る。
そのたびにアスカあたりが不機嫌になるのだが、いまだに加持には憧れを持っているようだ。
ただ、最近は憧れと恋愛感情の違いに気づき始めている節がある。
「加持さんもミサトも不潔よ!!そう思わないシンジ!!」
「え?ああ・・・」
シンジはちょっと言いよどむ。
以前ミサトを孕ませて家族を作ってやれといったのは自分だ。
ひょっとしたら加持はそれを真に受けているのかもしれない。
だとしたらたきつけたのは自分と言う事になる。
そんな事アスカに知られたらなんと言われるかわかったものじゃない。
「ん?どうかしたのシンジ?」
「いや、なんでもないよ」
「そう?」
シンジのごまかしは成功した。
唯一マユミだけは記憶を呼んで事情を知っているだけに笑いをかみ殺している。
---------------------------------------------------------------
外が朝だろうが夜だろうが地下にあるネルフ本部には関係ない。
薄暗く照明を絞った部屋にリツコの姿があった。
今は仕事の手を休めて電話をしている。
「そう・・・居なくなったの、あの子・・・」
リツコは手にもっていたタバコを消そうとして少し困った顔になる。
テーブルの上の灰皿は既に吸い殻が山盛りになっていてこれ以上は無理だ
仕方がないのでコーヒーの紙コップを灰皿にして灰を捨てる
その気だるげな様子からどうやら徹夜したらしい。
「ええ、多分ね・・・。ネコにも寿命はあるわよ・・・もう泣かないでおばあちゃん・・・・うん、時間が出来たら1度戻るわ。・・・母さんの墓前に、もう3年も立っていないし・・・」
久しぶりの祖母との電話を切るとリツコは深いため息をつく。
「・・・そう、あの子が死んだの」
「どうかしたのですか?」
不意に声をかけられた声にリツコが振り向く。
そこにいたのは一緒に徹夜をしていた時田と山岸だ。
「・・・ネコが死んだらしいんです・・・」
「ネコ?」
「ええ、祖母に預けていたんですが・・・いなくなったそうです・・・多分寿命だと・・・」
「そうですか・・・」
時田も山岸も神妙な顔で頷く。
たとえ猫であっても死という現実は重い。
「結局預けっぱなしで碌にかまってやれなかった・・・せめてお墓くらいは作ってやりたいんですけど・・・」
「ネコは死んだ所を誰にも見られたくないと言いますからな・・・見つからないかもしれませんね」
「・・・あの子にかまってやらなかったから私には見つけてほしくないのかも・・・」
「そう言う意味で言ったんじゃありませんよ」
時田と山岸は本気で心配している。
それに気がついたリツコは素直に頭を下げた。
どうにも気分が暗い。
「すいません・・・」
「今日はもう上がったらどうですか?残りは私達がやっておきますから」
「いえ、もう後はこれだけですので・・・」
「そうですか・・・」
無理強いをするとかえって失礼だと感じた時田と山岸は無理をするなと言って部屋を出て行った。
リツコはモニターに向かうが仕事をはじめるわけでもなくぼうっとしている。
「・・・・・・」
不意にキーボードを叩くとモニターに映像ファイルが展開した。
そこに写っているのは昔の自分と母親であるナオコ・・・旧ゲヒルン時代の写真だ。
リツコはそれに何の感慨も沸かないのか一瞥すると無言で次々に映像ファイルを展開していく。
全てゲヒルン時代の写真か大学生時代のものだ。
一見すると意味のないことだがそれこそがリツコの望むファイルを開くための手順でありパスワード、一定の順番と手順でファイルを開かなければ目的のファイルは開けない。
その指が止まった。
モニターに映っているのは黒いマントをつけて筒のような帽子をかぶった怪人物だ。
帽子が鼻の部分まで下がっていて顔を半分隠している。
この写真ではこの人物が誰かはわからない。
ご丁寧に監視カメラに向かってピースサインをしているところが馬鹿にしていると言うかなんと言うか・・・実際この写真を見た冬月が青筋立てて監視体制を強化したほどだ。
「・・・あなたの正体は・・・何処にあるのかしらね・・・」
リツコの指先が再びキーボードを叩いた。
次に開かれたのはシンジの写真だった。
---------------------------------------------------------------
無人の道路を青いルノーが猛スピードで走っていた。
すでに避難勧告の出た町では人身事故などの心配はない。
「あと15分でそっちに着くわ!!発進準備が出来たら32番周辺に地上へ射出!!!」
運転席でハンドルを握りながら携帯電話に叫ぶように指示を出しているのはミサトだ。
かなり焦っているのがわかる。
「そう・・・初号機は碇司令の指示に、私の権限じゃ凍結解除は出来ないわよ。」
指示を出し終えると携帯をきったミサトが窓の外を睨む。
「使徒を肉眼で確認・・・・・・か」
そこにいたのはDNAの二重螺旋をリング状にしたような光る輪だった。
空中を漂うようにゆっくりと近づいてくるそいつは第十六使徒・・・アルミサエルだ。。
「こりゃまた今回もわけわからない姿をしているな〜」
なぜか助手席に座っている加持ののんびりした口調でミサトの頭に血が上る。
「何のんびりしてんのよアンタは!!」
「何って言われてもな・・・葛城、いくら人がいないからって前は見ろよ。事故でお陀仏なんてしゃれにならんぞ?それと最近は携帯電話使用中の事故は保険降りないから気をつけろ」
実際にこのスピードでガードレールに衝突でもしたら軽くあの世に逝ける。
加持の言葉に歯軋りしながらミサトは前を見た。
「今はアンタにかまっている暇はないのよ!黙ってなさい!!ただでさえ遅れているんだから・・・」
「それは俺のせいじゃないだろう?元はと言えば葛城が昨日何度も・・・」
「それ以上言うんじゃない!!」
真っ赤になったミサトの左ストレートが加持の顎をぶち抜いた。
その拍子にルノーが大きく蛇行する。
「げ!!」
ガードレールに衝突しそうになる寸前で何とかミサトが車体を立て直して事なきを得た。
かなりぎりぎりのタイミングに二人から冷や汗が流れる。
「・・・安全運転で頼むよ」
「わかったわ」
他に言う事もない。
無言になった車内に二人を乗せたルノーはさらにスピードを上げて、しかし安全運転でネルフに向かう。
---------------------------------------------------------------
ネルフ本部はいきなりの使徒出現にあわてていた。
『零号機、発進準備完了』
『弐号機の発進準備を急げ』
ミサト不在の発令所ではミサトの代わりに日向が指示を出している。
今回はゼルエルの時と同じようにいきなり出現したために迎撃する準備さえまともに出来ていない。
『零号機、弐号機、迎撃位置へ』
『ぼくはどうするんですか?』
日向たちオペレータが顔を上げるとシンジの顔がモニターにあった。
「すまないがシンジ君の初号機は再凍結されている。僕の権限では・・・」
そう言うと日向は背後を仰いだ。
そこにはいつも通りに無言で自分たちを見下ろすゲンドウと冬月の視線があった。
二人とも何も言わない。
どうやら封印をといて初号機を出す気はないらしい。
『・・・作戦は?』
「ああ、急な事で相手の能力もわかっていない。まずはエヴァを待機させた状態で通常攻撃で様子を見ようと思う。・・・その間に葛城さんも到着するはずだ。」
『・・・・・・つまりぼくはここでじっとしていろと?』
シンジの声は明らかに不満そうだ。
今までの経緯を考えればシンジがじっとしているわけがない。
日向がシンジに答えようとするより早く零号機から通信が入った。
『シンジ君?』
『レイ?』
『任せておいて・・・』
その言葉に発令所が静まる。
なぜか口をつぐませる力がその言葉には秘められていた。
『・・・・・・わかった。』
シンジが頷くと共にシンジの顔がモニターから消えた。
今は言い争って時間を潰している場合じゃないと思ったようだ。
同じように頷いてレイの通信も切れた。
一悶着する事を予想していた発令所のオペレーター達の肩から力が抜ける。
そんなスタッフの姿を最高責任者の席でゲンドウ達は見ていた
「完全に翻弄されているな・・・」
「・・・・・・ああ」
「すでにネルフの中心は我々ではなく子供達・・・いや、あえてシンジ君と言おうか?彼が今のネルフの中心だ。」
冬月の言葉にゲンドウは答えなかった。
いつものポーズで微動だにしない。
「彼がこの町に来るまでこんな事になるとは予想もしなかったな・・・」
「予想出来ていたとしたら神だけだろう」
「お前の口から神の名が出るとは思わなかった。」
冬月もゲンドウも自分たちが天国にいけるとは思っていない。
死んだら間違いなく地獄行きだろう。
と言っても二人ともそんなものを信じてもいないが・・・
「ところで・・・シンジ君のことだ。彼女らが危険になればまた封印を破って飛び出すぞ?」
「だろうな・・・」
「どうするんだ?」
「どうもしない・・・」
「なに?」
冬月の言葉にもゲンドウは微動だにしない。
その程度は予想していたと言わんばかりだ。
「シンジが出るとき・・・それはあの二人が危険になったときだ。どの道出さないわけにはいくまい?」
「それはそうだが・・・」
「問題ない」
ゲンドウは不満そうな冬月にこれ以上言うことはないと無言で答える。
その下ではオペレーター達が発進準備を進めていた。
「零号機、および弐号機射出!!」
『目標接近。強羅絶対防衛線を突破』
弐号機と零号機が射出されたのと防衛線を突破された報告は同時だった。
「目標のATフィールドは依然健在」
プシュー
日向達が使途の観測を続けていると発令所の扉が開いてミサトが駆け込んできた。
息を切らしているのを見ると駐車場からここまで走ってきたようだ。
「なにやってたの?」
リツコの口調が鋭くなる。
この状況では仕方がない。
「言い訳はしないわ!!状況は!?」
「膠着状態が続いています」
モニターには依然として回転をつづけるアルミサエルが映っていた。
しかしこれまでのように移動はしていない。
一点に留まったままだ。
「パターン青からオレンジへ!!周期的に変化しています!!!」
青葉の報告にミサトが顔をしかめた。
意味がわからない。
初めてのパターンだ。
マヤがMAGIの情報を自分のモニターに表示してリツコに見せた。
「MAGIは回答不能を提示しています。答えを導き出すにはデータ不足ですね」
ミサトは答えを得るためにリツコを見た。
いつものことだがそれが一番手っ取り早い。
「・・・どういう事?」
「ただ、あの形が固定形態ではないのは確かだわ」
「先に手は出せないか・・・」
ミサトはリツコの説明から下手な手出しはやぶへびになると感じた。
先手を取るのが理想だがわけのわからない状態で子供たちを危険にさらしたくはない。
---------------------------------------------------------------
零号機は山陰に隠れるようにして待機している。
その手にはパレットライフルを装備していた。
少しはなれたところに弐号機の赤いボディーが見える。
向こうは近接用にスマッシュホークとソニックグレイブを装備しているようだ。
『目標は大涌谷上空にて滞空。定点回転を続けています』
報告を聞いたレイがモニターの一部を拡大した。
動きは止まっているが回転を続けているリング状のアルミサエルが映った。
(・・・メイ?)
[何、おねえちゃん?]
(力を貸してほしいの・・・)
[あの使徒を倒すため?]
レイはメイの言葉に頷いた。
その瞳には決意の色がある。
レイは先日のキールとシンジの会話を思い出していた。
ただでさえシンジは使徒とゼーレの両方を相手しなければならない。
ならばせめて使徒だけは自分ががんばって負担を減らしてやりたいのだ。
『二人とも、しばらく様子を見るわよ』
『了解!』
ミサトの指示とそれに答えるアスカの声が通信機から聞こえる。
レイも答えようと口を開いた瞬間、アルミサエルの変化をレイは感じた。
「・・・いえ、来るわ」
レイのつぶやきに答えるかのようにアルミサエルの二重螺旋の体が纏まり、光る一本の輪になった。
さらにある一点で輪が切れて 蛇のように動き出す。
---------------------------------------------------------------
アルミサエルの変化は初号機のエントリープラグ内にも表示されていた。
「なんだあれ?」
その姿はまるで蛇のように空中で身をくねらせている。
(まるでウロボロスだね・・・)
(北欧神話にでてくるミットガルドの蛇の別名ですか?)
(そのとおり、巨大な大蛇はその尾を自ら咥える事によって安定しているが、その尾を離し鎌首をもたげた瞬間に最終戦争(ラグナロク)が始まると言われている。)
言われてみればアルミサエルの動きはまさに伝説のミットガルドそのものだ。
「・・・だとすると・・・戦うつもりか?」
伝承の通りならミットガルドはラグナロクを起こすためにその鎌首をもたげる。
この場でのラグナロクとは自分達人類との戦いに他なるまい。
そして敵とは・・・
「アスカとレイが危ない」
シンジは零号機と弐号機に通信を繋いだ。
---------------------------------------------------------------
『レイ!!』
「くっ!!」
シンジから通信が入ったがレイには答えるだけの余裕がなかった。
アルミサエルが自分に向かって近づいてきている。
ドガガガガ!!!
レイはとっさにパレットライフルを強化してアルミサエルを撃つ。
しかしアルミサイエルはその体をくねらすと弾丸をものともせずに跳ね返して零号機に迫った。
「効いてない・・・」
強化したパレットライフルの弾丸は通常よりはるかにその威力を上げているはずだ。
しかし何度も当たっている弾丸はアルミサエルを一瞬たわませることはできるがそれ以上のダメージは与えられない。
ズン!!
「ぐう!!!」
高速で接近したアルミサエルの先端が零号機の腹部に刺さる。
思わずレイが苦しそうにうめいた。
アルミサエルが刺さっている部分から葉脈のような盛り上がりが零号機に広がっていく。
そして零号機にシンクロしているレイもその影響は出ていた。
「くああ・・・」
白いプラグスーツに葉脈のような盛り上がりが広がっていく。
自分の中に無理やり異物が進入してくる感覚にレイは気が遠くなりそうな感覚に襲われた。
[きゃあああ!!!]
「う・・・メイ・・・」
妹のように思っている少女も自分と同じように苦しんでいる。
その事実を認識したレイは必死で嫌悪感を耐えてレバーに手をかけた。
零号機を操作して目の前でうねっているアルミサエルを掴むとパレットライフルの銃口を押し付ける。
ズドドドド!!
しかしアルミサエルは弾き飛ばされはしてもまったくダメージを受けた感じはない。
それどころかアルミサエルを掴んでいる手にも葉脈が現れた。
「あうっ!!」
レイが思わず零号機の手を離すとさらにアルミサイエルは零号機の中に潜り込んできた。
---------------------------------------------------------------
発令所は騒然となった。
「目標!!零号機と物理的接触!!!」
「零号機のATフィールドはっ!?」
ミサトが焦りながらマヤに聞いた。
マヤはモニターに映る数字を確認する。
「展開中!!しかし、使徒に侵食されています!!」
零号機の状態を示しているモニターが次々に異常を訴えて来ていた。
正常を示す青がどんどん赤に起き変わって行く。
使徒の侵食によって零号機に異常が出てきているのだ。
「使徒が積極的に一次的接触を試みているの・・・零号機と?」
リツコが呆然とつぶやいた。
前回のアラエルといい今回のアルミサエルといい攻撃目標がエヴァとそのパイロットに移行している。
それは使徒が人間と言うものに興味を持ってそれを理解したいと思ったと言うことだ。
「危険ですっ!!零号機の生体部品が侵されていますっ!!!」
青葉の叫ぶような報告にミサトは顔をしかめた。
「弐号機は!!」
「使徒に邪魔されて零号機に近づけません!!」
モニターには弐号機がソニックグレイブでアルミサイエルを牽制している姿が映っていた。
『くっそ!!レイを離しなさいよ!!』
「アスカ!!むやみに突っ込まないで!!」
『何言ってんのよ!!レイを助けないと!!』
「弐号機まで侵食されたら誰がレイを助けるの!!」
『で、でも!!』
侵食されるという事がわかった以上、下手に突っ込んで弐号機まで侵食されるわけには行かない。
しかし、アスカはミサトの指示に渋っている。
言っている事は正論だがこのままレイを見捨てることも出来ない。
その事はミサトも十分にわかっている。
しかしこのままでは弐号機まで使徒の手に落ちてしまうだろう。
ミサトの噛んだ唇から血がにじんだ。
「目標っ!!更に侵食っ!!」
「危険ね・・・既に5%以上が生体融合されている。」
マヤの報告とリツコの冷静な声に怒りがわくがそんな理不尽な怒りをぶつけている暇はない。
この状況を打開する方法を見出さなくては・・・
『・・・ミサトさん?』
「え?シンちゃん・・・」
『出ます。』
短い言葉に発令所がざわめいた。
しかしこの場にいる全員がこうなる事は予想していた。
今までの経緯を考えればこれは十分に予想できることだ。
むしろそうでなかったら逆に訝しく思うだろう。
「・・・シンちゃんの言う事はわかるわ・・・でもね、相手は明らかにエヴァとの融合を狙っているの・・・そんな所に初号機まで向わせてもし侵食されたりしたら・・・」
それこそ最悪の事態だろう。
零号機にくわえて初号機まで使徒の侵食にさらすわけには行かない。
「・・・・・・シンジ?」
ミサトがシンジを説得するために口を開くより速く別の声が上がった。
思わず全員の視線が一点に集まる。
そこにいたのはいつものように司令の席に座るゲンドウだった。
『・・・なにさ?時間が惜しいんだ。つまらない事を言ったらこのケージを破壊して外に出るから・・・』
シンジの言葉には刺がある。
前回のアラエル戦での事を忘れてはいない。
「・・・自信はあるのか?」
『・・・・・・一応ね』
「そうか・・・」
ゲンドウは数秒黙って考えたが身を乗り出して下のオペレーター達を見た。
「初号機の凍結を解除する。」
「「「「え!?」」」」
発令所のあっちこっちで驚きの声が上がる。
まさかゲンドウがそんな事を言うとはだれも思わなかった。
思わずミサトが一歩前に出る。
「よ、よろしいのですか?」
「かまわん、緊急事態だ。我々は使徒の殲滅が目的・・・そのためのネルフだ。」
「り、了解です。初号機発信準備!!」
ミサトの号令で初号機の発信準備が始まった。
指示を出し終わったゲンドウは再びイスに座っていつものポーズで下にいる職員達の忙しさを見ている。
『・・・どういうつもり?』
机に設置されている小型のモニターにシンジの顔が現れた。
モニターの中からゲンドウをじっと見ている。
「どうもこうもないな、現状の戦力では手詰まりだった。しかしおまえには策があると言う・・・利用しない手はあるまい?」
『・・・わかった』
シンジはあっさり引きさがって通信を切った。
これ以上時間を取ってレイを危険にさらすわけには行かない。
「・・・いいのか?」
冬月が短くゲンドウに聞いた。
初号機にはゼーレが再び施した封印がある。
前回はシンジの独断と言うことでけりがついたが今回は率先して自分たちが封印をといたと言うことになる。
「止めても無駄だろう。ケージを破壊されてはかなわない」
「老人達にはどう説明するのだ?さすがに二度も封印を無視してはただではすむまい?」
「問題ない、彼らとてわかっているはずだ。シンジが出撃するのも計算の内に違いない。」
「しかし・・・」
「・・・それに、我々も老人たちもレイを失うわけには行かない・・・ロンギヌスの槍がない今、我々は何一つ失うわけにはいかんのだ。」
ゲンドウはモニターの中に映る初号機をじっと見つめていた。
その心をうかがい知ることは10年来の付き合いである冬月にも出来なかった。
---------------------------------------------------------------
強烈なGと共に初号機は射出される。
外に出て最初に見たのはその身をくねらせるアルミサエルとソニックグレイブで牽制をする弐号機だった。
『あ!!こいつ!!』
モニターの中で弐号機の突き出してソニックグレイブにアルミサエルが絡みついた瞬間、その表面に葉脈が浮かぶ。
どうやらある程度無機物との融合も可能のようだ。
零号機の装甲にも葉脈が浮かんでいる。
弐号機がソニックグレイブを投げ捨てるとアルミサエルは興味がないのかあっさり融合をといて投げ捨てた。
(・・・にしてもどうしたらいい)
ゲンドウにはああ言ったが実のところ策などまったく無い。
飛び道具が効かないのはさっきの零号機での攻撃で証明済み、無機物とでも融合が可能と言うのであれば手持ちの武器での攻撃も難しい。そもそも触ったら融合すると言うのでは近づけない。
攻撃の方法が無いのだ。
(シンジ君?)
(ブギーさん?)
(まずは僕が行こう、ATフィールドのワイヤーの攻撃なら切断できるかもしれない。)
(わかりました。お願いします)
シンジとブギーポップが入れ替わる。
初号機の紫の指先からATフィールドのワイヤーが飛んだ。
ズバン!!
ワイヤーはあっさりアルミサエルを断ち切った。
『やった!!』
『キャアア!!!』
『な、なに?レイの声じゃなかった!?』
アスカの嬉しそうな声に重なって悲痛な叫びが通信機から届いた。
声の主はアスカの言う通りレイだ。
『シンジ君!?攻撃を止めて!!』
「赤木さんか?何が起こった?」
『おそらく、あの使徒は零号機と融合しているわ、そのためにシンクロしているレイにまで痛みが伝わっているようね・・・』
「なるほど・・・」
これで迂闊に傷つける事も出来なくなった。
八方塞だ。
さっき切断した部分も空中を漂って本体にくっつくと元のとおり再生している。
「再生機能まであるのか・・・」
初号機の動きが止まると今度はアルミサエルの方が攻勢に回る。
蛇が獲物に襲い掛かるように初号機めがけて飛び込んできた。
「・・・・・・」
ブギーポップは余裕を持ってかわす。
接触しただけで融合が始まるのでは間違っても触るわけには行かない。
初号機に避けられたアルミサエルはさらに初号機を追いかけていく
執拗なまでのアルミサエルの攻撃を初号機は避けつづける。
鎌首の部分は初号機に狙いを絞っているがそればかりに気をつけているわけには行かない。
油断すると伸びている胴体の部分に触ってしまうかもしれないからだ。
「そんなに僕を危険だと思っている?・・・」
アルミサエルは初号機にだけ的を絞っているようだ。
弐号機の方はあまり相手にしていない。
「違うな、何かもっと別の意思のような物を感じる。」
ブギーポップは横目でうずくまっている零号機を見た。
その腹部から伸びる葉脈が広がっている。
「・・・なるほど」
(どうしたんですか?)
「これは使徒の意思ではない。」
(それじゃ誰の?)
「綾波さんの意思だ。」
思わずシンクロが乱れて初号機の動きが鈍った。
その隙を突くようにアルミサエルの追撃が迫る。
「む・・・」
(まずい)
すんでのところでシンクロを取り戻したブギーポップはぎりぎりでアルミサエルを避けてジャンプした。
ズン!!
何とか避けきって地面に降り立った初号機は地面を削りながら止まる。
「今のはまずかったね」
(すいません・・)
「まあいいさ・・・」
(それよりどう言うことなんですか?)
「それは・・・」
一応独り言に聞こえるように会話に気をつけていたが、ここからは他の人間に聞かせたくない事なので頭の中での会話に切り替える。
(彼女、君の事が好きなんだよ)
(なんですか、いきなり?)
(それを利用されているんだ。彼女が君を求めるほどにあの使徒は君を追いかける。)
(それって・・・まさか・・・)
思わずシンジは絶句した。
この使徒はレイの意思に反応していると言うことになる。
(と言っても彼女が君を害そうとしているわけじゃない。あくまで彼女は君を求めているだけだ。)
その瞬間シンジの中でナニかが切れた。
体の主導権がシンジに戻る。
「・・・やってくれる・・・」
(どうするんだいシンジ君?)
(ここまでされて黙ってられる程人間出来てはいませんので・・・)
(さて、しかし怒るだけじゃ何も変わらないよ?こっちの攻撃は効かないし効いたら効いたで綾波さんが苦しむ・・・さてどうする?)
「むう・・・」
ブギーポップの言う通りだ。
怒るだけでこの状況をどうにか出来るなら苦労はしない。
今必要なのは冷えた頭と論理的で有効な作戦なのだ。
「・・・って言っても・・・せめて零号機と切り離すことが出来れば・・・」
そこが一番のネックで悩みどころだ。
今の状況は零号機とアルミサエルが融合しているところから全てが始まっている。
それをどうにか出来なければ勝つ事は出来ない。
「・・・ん?融合している?」
(どうかしたかい?)
(融合しているって言うことはあの使徒は零号機といろんな意味で繋がっているって事ですよね?)
(他にどう言う意味がある?)
シンジの顔に笑みが浮かぶ。
それは勝機を見出した表情だ。
(母さん!?)
[どうしたのシンちゃん?]
(話は聞いていたね?)
[ええ、女の子の思いを利用するなんて・・・]
ユイの声にも怒気がにじんでいる。
同じ女として見逃せるわけが無い。
ましてユイにとってレイは他人ではないのだ。
ここまで好き勝手にされて許せるような心の広さはユイにも無い。
(思いついた事がある。でもそれをするためには母さんも苦しい思いをするかもしれないんだ。)
[シンちゃん・・・]
(お願いだよ母さん・・・)
クスリと笑うような声が聞こえた。
[シンちゃん・・・気にせず思いっきりやりなさい・・・]
(母さん・・・)
[覚えておきなさい、女にとって子供を産む事ほど苦しい思いも喜びもないのよ]
シンジは初めて”母”と言う存在の偉大さとその包容力を知った。
「ありがとう」
母への感謝の言葉と共にシンジは初号機を構えさせた。
かなり危険だがほかの方法は思いつかない。
---------------------------------------------------------------
モニターにはアルミサエルとそれをよけ続ける初号機の姿があった。
何とか避けているようだが避けるだけでは勝てない。
勝つためには攻撃して相手を倒さなければならないのだ。
しかし、攻撃は出来ない。
そんな事をすればレイがショック死してしまうかも知れないのだ。
「どうにかなんないのリツコ!!」
ミサトは何とか打開策を探してリツコに聞いた。
「・・・零号機のエントリープラグの排出は?」
「だめです。こちらからのコントロール・・・受け付けません。」
マヤの報告はまさに絶望だった。
発令所が沈黙に支配される。
「そんな!このままじゃ・・・ん?」
モニターに視線を戻したミサトの言葉が途中で止まる。
それに気が付いたリツコが訝しげにミサトをみた。
「どうしたのミサト?」
「シンちゃんの動きが止まっているの」
「なんですって?」
モニターを見るとさっきまで軽快に避けていた初号機がその動きを止めて仁王立ちしていた。
向かってくるアルミサエルに対して微動だにしない。
「な!!避けてシンジ君!!」
しかし初号機は動かない。
それどころか向かってくるアルミサエルに対して右手を突き出した。
ズン!!
アルミサエルは初号機の右手に激突した。
途端に融合が始まり初号機の右手に葉脈が浮かぶ。
「何しているの!!」
「初号機の右手を切断して!!早く!!!」
『余計なことをするな!!!』
ミサトとリツコの指示をシンジの怒声が吹き飛ばした。
思わず全員が唖然となってモニターを見る。
そこにあったのは右腕に葉脈状の盛り上がりを浮かべながら掴んでいるアルミサエルを睨みつけているシンジだった。
「シ、シンジ君?」
『・・・俺の邪魔をするな・・・』
シンジの一人称が”ぼく”から”俺”になっている。
いいかげんシンジとの付き合いも長い発令所のメンバーは気がついた。
((((((な、なんだか知らないが激怒してらっしゃる・・・))))))))
今の状態のシンジには触ってはいけない。
この少年はとんでもない事をやらかす寸前なのだ。
初号機は掴んだアルミサエルの先端をみぞおちの部分に持っていく
「え?・・・ちょっとまって!!」
ミサトが止めるが初号機は迷いの一変も無くアルミサエルを自分のコアに突き刺した。
「「「「「「「「「「!!!!」」」」」」」」」
モニターを見ていた全員が声にならない絶叫を上げた。
まったく意味がわからない
理解の及ばない状況に全員の思考が停止した。
次の瞬間融合した影響かモニターに映っていたシンジの姿が消える。
アルミサエルに侵食されて初号機との通信が切れたらしい。
---------------------------------------------------------------
「ぐおあああ」
侵食の嫌悪感にシンジは必死に耐えていた。
自分の中身をかきまわされる感覚と共に意思が流れ込んでくる。
それは見知った人物の意思の本流・・・
「これは・・・やっぱりレイと繋がっている・・・これなら出来るはずだ・・・」
苦しみを紛らわせるためにわざわざ声に出して確認した。
こんなところで気絶なんかしていられない。
「か、母さん?」
[だ、大丈夫早くあなたのやるべき事を成しなさい・・・]
ユイの声も苦しみが混じっている。
やはりこの感覚をユイも感じているようだ。
「わ、わかったよ・・・母さん・・・」
(シンジ君・・・行けるかい?)
「はい」
シンジは意識を集中して寄せてくる濁流のような意識を押し返した。
---------------------------------------------------------------
「はっ!!」
レイは気がつくと赤い世界にいた。
血のような湖が正面に見える。
「ここは・・・メイ!?」
湖のほとりに倒れている小柄な人影に気がついてレイが駆け出す。
抱き上げた女の子はやはりメイだった。
ぐったりしているが気絶しているだけのようだ。
「これはいったい・・・」
「その子を渡して・・・」
「っつ!!」
いきなりかけられた声にその方向を見たレイはそこにいた人物を見て心臓が止まるような思いをした。
そこにいたのは自分と同じ姿をした少女だった。
鏡を見ているように瓜二つだ。
彼女は赤い湖に半身を沈めた状態でこちらを見ている。
しかしその瞳は前髪で隠されていて見えない。
「何をおびえているの?・・・わからないことが不安?」
「・・・あなた・・・だれ?」
「私とひとつになりましょう・・・そうすればそんな不安を感じなくてすむ・・・でも・・・」
前髪に隠された瞳がレイの抱えているメイに向いた。
「その子は邪魔・・・早く取り込んだほうがいい・・・」
「取り込む?」
「私に渡しなさい・・・そうすれば食べてあげる・・・」
「くっつ!!」
レイの中の危険信号が振り切れた。
目の前にいるこいつは自分と同じ姿をしているが中身はまったくの別物だ。
「・・・なんでそんなことを言うの?」
「その子がいると私は・・・この世界を完全に支配することが出来ない・・・だから・・・」
レイは気絶しているメイを抱え上げて両手で抱きしめる。
今がどういう状況なのか理解はできないが目の前のこの人物は何か危険だ。
「何故その子を守ろうとするの?」
「メイを私は守りたい・・・それだけ・・・」
「サビシイのね・・・」
「サビシイ?わからないわ」
「ひとりがいやなんでしょ?私たちはたくさんいるのに、一人でいるのが、いやなんでしょ」
「それを寂しい、と云うの?」
レイの姿をした何者かの唇が釣りあがった。
三日月の形に開かれた唇がまがまがしいものを感じさせる。
「私の心をあなたにも分けてあげる。この気持ち、あなたにも分けてあげる。」
「くうわあ!!」
いきなり腹部から襲ってきた衝撃にレイは片膝をついた。
メイを抱えている腕から力が抜けそうになるが必死にその体を抱えなおす。
見ると鳩尾の部分から体中に葉脈のようなものが伸びてきている。
「それは悲しみに満ち満ちている。あなた自身の心よ」
「悲しみ?心?」
「あなたは、偽りの心と体をなぜもっているの?」
「偽りではないわ・・・私は私だもの」
「いいえ、あなたは偽りの魂をゲンドウという人間によって作られた人なのよ」
「それは・・・」
「人のまねをしている偽りの物体にすぎないのよ」
レイには答えることが出来なかった。
それはすべて真実だったから・・・
レイの姿をした何者かはさらに言葉を重ねていく。
「ヒトの真似をしている偽りの物体にすぎないのよ・・・本当のあなたはほかにいるの・・・ほら、あなたの中に暗くて何も見えない、なにもわからない心があるでしょ?・・・本当のあなたがそこにいるの。」
「私は私。これまでの時間とほかの人たちとのつながりによって、私になったの」
レイはその言葉を否定するために言葉を発する。
メイを抱きしめる腕に力がこもった。
「ほかの人たちとのふれあいによって、今の私が形作られている。人とのふれあいと、時の流れが私の心の形を変えていくの・・・そう、それが綾波レイと呼ばれる今までの私を作ったもの・・・そしてこれからの私を作るもの・・・」
レイの言葉を聞いたそいつの口元がさらにつりあがった。
まるで口が裂けているんじゃないかと思えるほどだ。
「あなたが知らないだけ」
「なにを?」
「自分自身を・・・」
「っつ!!」
その一言は鋭い刃のようにレイの心に突き刺さった。
まるで氷のように自分の中から熱が奪われていくような気がする。
「みたくないから、知らないうちに避けているだけ・・・ヒトの形をしていないかもしれないから・・・今までの私がいなくなるかも、知れないから」
「それは・・・」
「みんなの心の中から、消えるのが怖いのよ・・・本当のことはみんなを傷つけるから・・・それは、とてもとてもつらいから」
「違う・・・」
「違う?何が?」
「シンジ君達は私の秘密を知って受け入れてくれたわ・・・」
レイの反論はフッと言う冷笑に返された。
「彼らはあなたじゃない・・・それなのに何がわかると言うの?」
「それならお前には何がわかる?」
レイそっくりの顔をしたそいつが今までずっと崩さなかった笑いの顔が崩れた。
限界まで見開かれた瞳で背後を振り返る。
「シンジ君・・・」
レイも信じられない思いでその名前をつぶやいた。
二対の視線が集まるそこにいた人影は二つ・・・
双子かと錯覚するようにその容姿が似た少年が二人・・・
二人は合わせ鏡のように立っているがその服装が違う。
片方は夜色のマントと筒のような帽子・・・
片方は普段着慣れている学生服・・・
ブギーポップとシンジがそこにいた。
To be continued...
(2007.09.08 初版)
(2007.11.24 改訂一版)
作者(睦月様)へのご意見、ご感想は、または
まで