天使と死神と福音と

第拾陸章 〔神食する恐怖〕
W

presented by 睦月様


「使徒の精神体か・・・名前はあるのかい?」
「・・・・・・アルミサエル・・・・」
「初めまして、かな?・・・悪いがそのまま動かないでくれ、首が跳ね飛ぶぞ」

ブギーポップがほんの少し手首を動かすとアルミサエルの首にワイヤーが食い込んだ。
どうやらすでに巻きつけてあったらしい。

アルミサエルが下手な動きをすれば即座に切断されるだろう。

「・・・・・・碇シンジと・・・ブギーポップか・・・」
「ん?なんで僕の名前を?シンジ君はともかく僕の事を知っているのは・・・」

ブギーポップは横目でレイを見た。

「なるほど、綾波さんの記憶を見たか・・・」

外の世界でアルミサエルの本体はシンジを執拗に追い掛け回していた。
それはレイの本心の影響だった・・・とすればその時にシンジの記憶を引っ張り出したのかもしれない。

「女の子の記憶を見るのはあまり趣味がいいとは言えないな・・・」
「それだけではない・・・」
「ああ、なるほど・・・そう言えば君は前の使徒達の魂も同化している筈だよな、とするとネルフに進入した使徒と鈴原君の時の二回、君はシンジ君に対する情報を得る機会があったわけだ。」

アルミサエルは黙って頷く。
二人とも相手から注意をそらさずに見詰め合っている。

ブギーポップとアルミサエルは膠着状態だがこの場にいたもう一人はすでに動いていた。

「レイ?こっちに来て」

レイははっと我に帰る。

いつの間にか背後にシンジが立っていた。
【Left hand of denial】(否定の左手)が光っているところを見るとブギーポップが注意を引いている隙を突いて空間を削って瞬間移動したらしい。

「シンジ君・・・」

まだ体に葉脈の影響があるがレイは必死で立ち上がった。
シンジはレイを抱きしめると再び【Left hand of denial】(否定の左手)を発動してブギーポップの元に戻る。

「やあ、大丈夫かい?」

レイは目の前の光景に唖然として混乱していた。
しかし、確かにシンジが二人立っている。

「ん?ああ、そうかこうやって会うのは初めてだったね、僕がブギーポップだ。」

シンジは外の世界では同じ体を共有している。
そのため二人が並んで立つ事はない。

唯一内面世界においてのみ可能だがこの二人が同時に存在しているのを見たのは今までにメイとユイだけだ。

「・・・何故ここに・・・」

アルミサエルの口調はまるで機械の音声のように感情と言うものが感じられなかった。
しかし、内心の困惑した感情は痛いほどに伝わってくる。

ブギーポップは左右非対称の笑みをアルミサエルに向けた。
まるで出来の悪い生徒に説明を始める教師のようだ。

「君は自分の能力の特性をもっと把握すべきだな、まあそのおかげで僕達はここにいられるんだけど・・・」
「どういうこと?」
「君は零号機と融合した事で綾波さんに干渉した。しかしそれは同時に君も綾波さんに影響されると言うことだ。その証拠に君の本体はシンジ君とも融合しようとした。・・・女の子だからね、好きな人といっしょになりたいと思うのは仕方ない」
「ブ、ブギーさん?」

ブギーポップの言葉にシンジは真っ赤になった。
横に並んでいるレイも耳まで真っ赤だ。

「簡単に言うと君を導管にしてこの内面世界に干渉したと言うことだよ。気が付いたのはシンジ君だがね」
「シンジ君・・・」

思わずレイのシンジを見る目が潤んだ。
そんな無茶までして自分を助けに来てくれたということに感動している。
まさに白馬に乗った王子、レイのピンチに現れたヒーローだ
当のシンジは照れているみたいだが。

「・・・さて・・・」

言葉を切ったブギーポップがレイに抱かれたままいまだ気絶しているメイを見た。
その意味に気づいたシンジも表情を引き締めて前に出る。

「・・・好き勝手やってくれた償いはしてもらう。」
「シンジ君もかなり怒っているし・・・どうする?」

ブギーポップの問いかけにアルミサエルの表情が変わる。
無表情だった顔が再び口裂け女のような笑いを浮かべた。
限界まで開かれた瞳がシンジとブギーポップを捕らえる。

「・・・・・・」

何かを感じたブギーポップがとっさにワイヤーを引いた。
アルミサエルの首が胴からはなれる。

次の瞬間、信じられないことが起こった。

パシャン!!

いきなり首と胴が赤いLCLになった。
そのまま湖の水に混ざる。

「な、なんですか?」
「来るよ・・・」

ブギーポップの言葉に答えるように赤い湖から黒い影が立ち上がった。
その姿には見覚えがある。

「サキエル?」

それはシンジ達が最初に倒した使徒の姿をしていた。
しかし、その体長はせいぜい3メートルくらいのものだ。

赤い水面から立ち上がったサキエルは歩いて陸に上がってくる。

「・・・そうか、魂が統合されて行っているわけだからそういう事も出来るのか・・・」
「のんきに言ってますけどあれってやっぱり戦うつもりなんですよね?」
「君だってそのつもりだったんだろう?さっきまでの綾波さんの姿よりはやりやすいんじゃないか?」
「上等ですよ」

湖から上がってきたサキエルに対してシンジが一歩前に出る。

「先、行きます」
「どうぞ」

返事とともにシンジは走り出した。
サキエルに対してまっすぐに突っ込んでいく。

それを見たサキエルは当然迎撃に入った。

キュウア!!

胴体の真ん中についた仮面のような顔の瞳が光を放つ。
その光は一直線にシンジに迫った。

「・・・・・・」

シンジは目の前に迫る死の光をその左手で殴り倒す。
すでに左手には白い光が宿っていた。
【Left hand of denial】(否定の左手)で否定された閃光が霧散する中をシンジが駆け抜ける。

バシュ!!
  バシュ!!


光線が効かなかったサキエルは向かってくるシンジに対して両腕の槍を放った。
速度、間合いともに必殺だ。

「・・・あまいよ」

しかし、槍に貫かれる直前にシンジの姿が掻き消えた。
【Left hand of denial】(否定の左手)の一振りでシンジの姿が完全にかききえたのだ。

そしてサキエルがシンジを発見するのは次の瞬間・・・
まさに目の前、息がかかろうかとい言うほど目の前にシンジの姿が現れた。

ゴッ!!

サキエルの懐に入り込んだシンジは走りこんできた勢いを乗せて中国拳法の裡門頂肘をサキエルのコアめがけて叩き込んだ。
とっさのことによけることも出来ずにサキエルは後ろに飛ばされそうになって・・・

ドン!!

飛ぶことすら出来なかった。

サキエルが一撃を食らった瞬間にシンジは再び【Left hand of denial】(否定の左手)を発動してサキエルの背後に移動した。
しかも空中にいる状態から両足を突き出したドロップキックをサキエルの背中に叩き込んだのだ。
衝撃を逃がすこと出来ずにサキエルは棒立ちになる。

しかしシンジの動きは止まらない。
さらに空間を削って移動したのはサキエルの頭上・・・

シンジはサキエルを見下ろす位置から右足を突き出してそのまま落ちながら踵落としをサキエルに叩き込む。

ズン!!

サキエルは抵抗も出来ずに地面に倒れこんだ。

シンジの能力である〔無の概念能力〕、その本質である【Impact of nothing】(無の衝撃)は対象の存在を現在、過去、未来において完全に消し去ると言うとんでもないものだ。
シンジはその力があまりに強力すぎるために【Left hand of denial】(否定の左手)と【Right hand of disappearance】(消滅の右手)に分離して両手に宿ったのではないかと思っている。
これにはブギーポップも同意見だ。

一見すると【Right hand of disappearance】(消滅の右手)のあらゆる物を消滅させる攻撃力にばかり目がいくが実は戦闘においてウエイトを占めるのはむしろ【Left hand of denial】(否定の左手)によって距離を否定する瞬間移動のほうだ。
サキエルに対して使ったのはそれを利用した〔多重方向連続攻撃〕・・・具体的な例をあげるなら集団リンチに近い。
それをすべて個人でこなせるのはシンジだけだろう。

「トドメ・・・何!?」

サキエルの息の根を止めようと近づいたシンジの目の前でサキエルはLCLに変化した。
そのまま赤い水溜りになる。

「なにが・・・うお!!」

いぶかしげに水溜りを覗き込もうとしていたシンジの体が後ろに飛ぶ。
腰のあたりを締め付けられる感触に見るとワイヤーが巻きついていた。
背後のブギーポップに一本釣りされたような状態だ。

「って何するんですか!!あ!!」

シンジが引き離された次の瞬間、さっきまでいた場所が何かの衝撃で弾けた。
よくみれば赤い水溜りから何かが生えて高速で動いている。

地面にシンジが降り立つと同時に水溜りからその姿が浮かんできた。

「次はシャムシェルか・・・」

高速で両のムチを動かすその姿はシャムシェルだ。
サキエルでは勝てないと判断したアルミサイエルが次の姿に変わったらしい。

シャムシェルのムチがシンジに向かって放たれた。

バシ!!

しかし光のムチはシンジの目の前ではじかれる。
それは真横から放たれたブギーポップのワイヤーだった。
そのままムチを絡めとるとブギーポップとシャムシェルの間で綱引きになる。

「・・・あんまりシンジ君ばかり相手をしていないで僕の相手もしてくれよ、寂しいじゃないか」

ブギーポップはシャムシェルに向かって駆け出した。
そのままの勢いでシャムシェルの頭上を飛び越えるとその反動を利用してシャムシェルを引っ張る。
ハンマー投げのような状態でシャムシェルは円を描いて振り回された。

「シンジ君?」
「了解です!!」

シンジはシャムシェルの描いている円の外周に移動した。
すでに【Right hand of disappearance】(消滅の右手)が発動している。
自分に向かってくるシャムシェルの細長い胴体めがけて白く光る右手を叩きこんだ。

キュウア!!

シャムシェルは胴体の真ん中をぶち抜かれて二つに分かれるがすぐに赤いLCLに変化する。
シンジの両脇ではじけとんだLCLは地面を流れて瞬く間に一つの水溜りになった。

バシュウ!!

「ふむ・・」
「ちっラミエルの加粒子砲か」

シンジとブギーポップは水溜りの中から放たれた加粒子砲をすんでで避けた。
そのままレイの前まで移動する。

やはり水溜りから浮かんできたのはラミエルだった。
ラミエルが外に出て行くのに比例して水溜りは小さくなって行き、出でしまうと同時に消えた。

「どうやら一度赤い水に還元してから体を再構成しているらしいね」
「来ます!!」

シンジの言葉と同時に真正面から加粒子砲が来た。
とっさにシンジが【Left hand of denial】(否定の左手)を突き出して受け止める。

「げ!!」

シンジの足が後ろに下がりだした。
受け止めている加粒子砲の勢いに押され始めているのだ。
【Left hand of denial】(否定の左手)が無ければ一気にもっていかれていただろう。

「こいつ!いつまで続けるつもりだ!?」

すでに20数秒位経つがまったく衰える気配が無い。
このままでは加粒子砲の勢いに左手が弾き飛ばされる。

「シンジ君・・・」

必死で押さえ込むシンジの後ろからレイの声が聞こえた。
次いで背中に何かがしがみついてくる感触を感じる。
その瞬間、加粒子砲に押されていたシンジの足が止まった上に左手の光が強くなり加粒子砲を押し返していた。

「レイ?」

シンジが横目で背後を見るとレイがメイを抱えたままシンジの背中に抱きついている。
レイは自分の能力、【Power of good harvest】(豊穣なる力)を発動してシンジの【Left hand of denial】(否定の左手)を強化したのだ。

「こっちも頼めるかい?」

横からの声にレイが見ると右手を銃のような形にして構えているブギーポップがいる。

「わかったわ・・・」

ラミエルの加粒子砲が止まると同時にレイはすばやくブギーポップの右手に自分の手を添えた。
【Power of good harvest】(豊穣なる力)が発動する。

ドン!!

ブギーポップはラミエルの隙を逃さず衝撃波を放つ。
一直線にラミエルに向かう衝撃波はラミエルをやすやすと貫いてそのクリスタルの体に大穴をあける。
やはりラミエルも赤いLCLになって地に落ちた。

バシャン!!

地面の水溜りから跳ね上がるように魚影が空を舞った。

「ガギエル?海中の代わりに空を泳ぐのか?」

水の中を泳ぐように身をくねらせたガギエルはシンジ達めがけて突っ込んでくる。
その口は限界まで開いていた・・・食うつもりだ。

「・・・お願いしますね」
「しょうがないな」

シンジはレイを抱き寄せると【Left hand of denial】(否定の左手)を発動してその場を離れる。
後にはブギーポップだけが残った。

「ガアアアア!!」

獣の咆哮と共にガギエルがブギーポップのいた場所を通り過ぎる。
後には何も残らない。

「シンジ君!?」

思わずレイは叫んだ。
いつも冷静な彼女がうろたえている。
それとは対照的にシンジは澄ましたものだ。

「あの人にこのくらいで死ぬような可愛げがあったらぼくはこの場にいないよ。」
「え?」
「あれ」

シンジは上空で回遊しているガギエルを指差した。
その口がガバっと開く。
口の中にはガギエルの上あごを左手で押し開けているブギーポップの姿があった。
その右手はガギエルの口の中を指している。

ドン!!

ブギーポップの放った衝撃波でガギエルは内部から破裂した。
肉片は例によって赤い水になって雨のように降り注ぐ。

地に落ちたLCLは地面を滑って一つの水溜りに戻った。
シンジ達の傍にふわりと音もなくブギーポップが降り立つ。

「そう言えば昔見た映画のターミネーター2の敵役のアンドロイドがあんな感じでしたね」
「僕は知らないな・・・」
「似ているってだけでそれ以上の意味はありませんのでどうでもいいんですけどね・・・」
「そうかい?次はあの分裂するイスラフェルだったかな?」
「そのはずですけど・・・ああ、出てきましたよ」
「やれやれ・・・」

見れば水溜りのふちに手をかけている鉤爪のついた腕が見える。
程なく這い上がるようにしてイスラフェルが出てきた。

「行きますか・・・」
「そうだね・・・」

シンジとブギーポップは駆け出した。
イスラフェルはその巨体を揺らすように前に出る。

両者の激突する瞬間、イスラフェルが閃光を放った。
まっすぐに向かってくる閃光をシンジとブギーポップは左右に避ける事で回避する。

ザン!!

ブギーポップの放ったワイヤーがイスラフェルを両断したが、案の定イスラフェルは二体に分かれた。

「でい!!!」

シンジは片方のイスラフェルにタックルをかけてしがみ付いた。

ドン!!

ブギーポップの衝撃波がもう一体の体に風穴を開ける。
しかしその程度ではどうにもならないのは先刻承知だ。
すぐに驚異的な回復力で穴はふさがっていく。

「シンジ君?」
「はい!!」

ブギーポップの言葉に答えてシンジは【Left hand of denial】(否定の左手)を発動して空間を飛ぶ。
しがみついた方のイスラフェルと共にシンジが瞬間で移動した場所はもう一体のイスラフェルの真上

「落ちろ!!」

シンジはイスラフェルを真下に投げ飛ばす。

ドン!!

やっと回復の終わったイスラフェルは真上から降ってきた半身に潰される。
海岸戦での再現だ。
その隙を逃さずブギーポップのワイヤーが二体同時に拘束した。

さらにシンジが動く。

【Right hand of disappearance】(消滅の右手)が発動してシンジの右腕が光を放つ。
重力に任せて落下しながらシンジは右腕を手刀にして真下に折り重なっているイスラフェルを貫く。
狙いたがわずコアを貫かれたイスラフェルはLCLになった。

「・・・すごい・・・」

レイにはそれしか言えなかった。
イスラフェルはレイとアスカが苦労してユニゾンを完成させてやっと倒した相手だ。
それをこの二人はユニゾンを使うことなくあっさりと倒してしまった。
レベルが一つ二つ違う。

レイは改めてシンジ達の凄さを確認した。

「次はサンダルフォンかな?」
「いや、ちょっと違うようだね・・・」

水溜りから現れたのはレイの姿をしたアルミサエルだった。
同じように白いプラグスーツを着ているがその赤い瞳はシンジとブギーポップを睨んでいる。

「・・・リリンがこれほどの力を持つというのか・・・」
「それは人類全てを一まとめにした言い方だろう?唯一の存在である君らと違って人には個体差があるんだよ。」

ブギーポップは簡単に言うがこれを固体差と言うなら大いなる勘違いを招きそうだ。

「どうする?まだ続けるのかい?」
「・・・・・・」

答えは言葉ではなく行動で示された。
レイの姿が一瞬で崩れてLCLの水溜りに戻る。。

「やれやれ・・・」
「仕方ないですね・・・」

ふたたびLCLの水溜りが盛り上がって次の使徒に変わる。
現れたのはやはりサンダルフォンだった。

戦闘が再開される。

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「んう・・」

腕の中にいるメイが身じろぎしたのを感じてレイは腕の中の少女を覗きこむ。
レイの目の前でメイの瞳が開いた。

「メイ?」
「お姉ちゃん?」

どうやら寝惚けているようだ。
しばらく焦点を結んでいなかった視線がはっきりするとメイはレイにしがみ付いた。

「メイ?」
「お姉ちゃん、怖かった・・・」
「ごめんね・・・」

レイはメイの頭をなでてやる。
ほどなくメイは落ち着いたようでレイの胸から顔を上げた。

「・・・なんでお姉ちゃんがここにいるの?あの怖い人は?」
「メイ、心配しなくても大丈夫よ。シンジ君達が助けに来てくれたの・・・」
「お兄ちゃんが?」
「ええ、ブギーポップも一緒・・・」

その一言でメイの顔が輝いた。

「何処にいるの?」
「あそこよ」

ズン!!

レイが指差した場所が爆発した。

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さっきまでいた場所が轟音とともに削られた。
シンジの背中に冷たい物が走る。

「ちっ!!」

シンジは空を見上げる。
そこに漂っているのはサンダルフォンだ。
ガギエルと同じように空中を泳いでいる。

「あれは熱そうだね」

いつの間にか横に並んでいたブギーポップが見た感じそのままの感想を言った。

シンジは黙って頷く。
今シンジ達の見上げるサンダルフォンは赤く発光していた。
もちろんただ光っているだけじゃない。
その体が高温の熱に包まれているのだ。

「あれで突進してくるんですからある意味反則ですよね」

問題はサンダルフォンを包むあの熱だ。

【Left hand of denial】(否定の左手)で熱を遮断することは出来るが本体の突進は防げない。
【Right hand of disappearance】(消滅の右手)で本体を消滅させることは出来るが熱にまかれれば焼死体になる。

「しかも僕の衝撃波が効かないほど面の皮が厚いときている。」

どうやらマグマの中で変態までこなしたのは伊達ではなかったらしい。
その外皮の硬さは尋常じゃなかった。
ブギーポップの衝撃波が足止めにすらならなかったのだ。

「・・・とりあえず、あれの何処が頭で胴体なんですか?」

空気を変えるために軽く冗談を振っておく。

アロマノカリスに似たその姿は頭と胴体の区別などわからない。
少なくとも腕はあるようだ。
そんなことを考えているとサンダルフォンが再びシンジたちのほうに向かって来た。

「・・・お願いしますね」
「わかった。」

高速で突っ込んで来るサンダルフォンに対してシンジは避けずに逆に突っ込んだ。
背後でブギーポップが腕を突き出して構える。
その手は銃の形になっていた。
左手も添えて腰を落とす。

ドン!!

いつもより強力な衝撃波が放たれた。
前を走るシンジを追い越してサンダルフォンに真正面からぶつかる。
しかしそれでもサンダルフォンは止まらない。

ドン!!ドン!!ドン!!

ブギーポップはお構いなしに特大の衝撃波を連続で叩きこむ。
さすがのサンダルフォンも多少その速度が緩んだ。

そこにシンジが駆け込む。

「一!!」

シンジの【Left hand of denial】(否定の左手)がサンダルフォンの炎をかき消す。

「二!!」

炎の防御のなくなったサンダルフォンの体を【Right hand of disappearance】(消滅の右手)がつらぬいた。
体の中心に大穴を開けられたサンダルフォンが例によってLCLになって地に落ちる。

「ちょっときりが無いですね」
「諦めが悪いんだろうさ・・・お?」

赤い水溜りから黒い槍のような物が突き出されてきた。
数は4
かなり長いそれが上空で折れ曲がってその先端が地面に向かって落ちてくる。
そのうち一本はシンジ達を狙って振り下ろされた。

シンジとブギーポップは左右に避ける。
次の瞬間、今までいた場所に黒い棒のようなものが叩きこまれて地面が弾けた。

「なんだこれ?」
「足だね」
「足?」

水溜りから胴体が出た。
半円形の体をさかさまにしたような本体とそこから伸びる4本の足・・・そして本体表面のあちこちに付けられた瞳がシンジ達を見る。

「ああ、マトリエルか・・・」
「忘れていたのかい?」
「あんまり印象に残らなかったんで・・・」

あの時はみんなに正体がばれかけていたのとフォルテッシモとマリオネットとの戦闘の印象が強くて正直なところまったく覚えていない。
殲滅にしたってモニターされていないのをいい事にあっさり終わらせてしまったのでなおの事印象が薄いのだ。

「あ」

シンジの内心を感じたのかどうか知らないがマトリエルがシンジめがけて一歩踏み出した。

「・・・隙だらけ過ぎるな・・・」

ブギーポップはそう言うと踏み出した足をワイヤーで半ばから切断する。
それによってバランスを崩したマトリエルはあっさり転んだ。
胴体の落ちた部分から白煙が出ているところを見ると溶解液を出しているようだが泣いているように見えて逆に哀れだ。

「・・・・・・」

なんとなくシンジは後ろめたいものを感じたがブギーポップはお構いなしだ。
それはそれと割り切って身動きできないマトリエルの胴体に乗ると真下の本体に零距離で衝撃波を叩き込む。
あっさりLCLになるマトリエルからブギーポップは溶解液に触れないように跳んで距離をとった。

「・・・・・・なんだったんでしょう?」
「さあね・・・」

あまりのあっけなさに何か無性にやりきれないものを感じてしまう。
しかし緊張は解かない。

「あれ?」

シンジは驚きの声を上げた。
じっと見ていた赤い水溜りがいきなり消えたのだ。

「どこ行った?」
「シンジ君、次の使徒は?」
「サハクィエル・・・ってことは上か?」

シンジが頭上を見上げるとやはりいた。
見覚えのあるアメーバーのようなものが記憶の通りに自分に向かってきている。
大きさはやはり本物に比べて小さいようだが向かってくる速度が速い。

「相当加速しているな、あれが落ちればその衝撃だけで十分逝けるね」
「肩、借ります。」

ブギーポップが答える前にシンジはブギーポップの肩を踏み台にして飛んだ。
かなり高く飛び上がるがしかし、もちろんそんなもので届くような場所ではない。

シンジの後姿を見ながらブギーポップが動いた。
自分に何を期待しているかもわかる。
ブギーポップは黙ってシンジの背中に向けて銃の形にした指先を向ける。

ズドン!!

ブギーポップは躊躇なくシンジに向けて強烈な衝撃波を打ち込んだ。

「うわ、ほんとに撃ったんですか〜」

予想していたことだがやはりブギーポップは容赦がない。
シンジはブギーポップの放った衝撃波を足の裏で正確に受けた。
衝撃波でシンジの上昇が加速する。
シンジは衝撃波を踏み台にしてさらに高く飛んだ。

その目の前に突っ込んでくるサハクィエルがいる。

シンジは問答無用で白く輝く【Right hand of disappearance】(消滅の右手)を突き上げた。
体そのものを砲弾とした打ち上げはサハクィエルの中心の目をぶち抜いて風穴を開けた。
その途端サハクィエルはLCLになって赤い雨になる。

「よっと」

シンジは空中で一回転して地面に降り立つ。
足のばねを使って衝撃を吸収するとシンジはなんでもないように立ち上がった。

「お見事だね」
「ブギーさんにくらべたらまだまだ」

これだけ複雑な連携をアイコンタクトすらなしにこなせるのはこの二人くらいのものだろう。
文字通り一心同体で修羅場をくぐってきた二人だから出来る芸当だ。

「ん?なんだ?」

次に現れたものにはまったく見覚えがなかった。
赤い水溜りから出てきたのは黒い球体・・・ソフトボールくらいだろうか、それが宙に浮いている。

「次は確かイロウルだな」
「えっと・・・確かナノマシンサイズの細菌使徒でしたっけ?リツコさん達が殲滅した後で聞いただけですけど・・・こんな姿だったんですか?」
「ナノマシンを集結させた姿なんだろうさ、ん?」

黒い球体が変化を始めた。
その形がゆがんで徐々に形を作っていく

そして現れたのは・・・

「・・・犬?」
「狼に近いような気がするね」

シンジ達の前に現れたのは一見すると黒い狼の姿をしていた。
その体長は2メートルはある。

もちろんイロウルであるわけだからまともではあるまい。

「何なんでしょうか?」
「とりあえず斬って見るか」
「え?」

シンジの疑問より早くブギーポップのワイヤーが飛んだ。
神速で狼に向かって放たれたワイヤーはイロウルの首に巻きつく。
ブギーポップはそれを躊躇なく引いた。

ブッ!!

イロウルの首が地面に落ちた。
切断面は黒曜石のような光沢がある。

「やっぱり血は流れないのか・・・」
「それを確かめるために首切るんですか?」
「やっぱり再生するようだね」

ブギーポップに切られた切断面が変化している。
滑らかな切断面が波うちながら徐々に盛り上がって行き、形をとった。

「・・・見間違いじゃ無ければ頭増えてません?」
「三つになっているね、三頭犬って奴だ。ケルベロスのつもりかな?」

イロウルは元の頭と同じ物が三つに増えていた。
その顔が威嚇するようにゆがむ。
完全に敵意丸出しだが発声器官は無いのか必要ないと思ったのか唸り声は聞こえない。

「頭を落とされた事を学習して能力を強化したか、赤木さんもそんな特性があったと言っていたしね」
「それを確かめたかったんですか?」
「相手の手の内を知る事は基本だよ。」
「それはそうなんですけど・・・あ、来ますね」

シンジ達の目の前でイロウルが飛んだ。
空中で三対の瞳がシンジ達を捕らえる。
三つの口にずらりと並ぶ牙がシンジとブギーポップの喉笛を切り裂くために光った。

「これ以上進化させたら手におえなくなりますよ?」
「面倒だしね」

ドン!!

ブギーポップは無言で衝撃波をイロウルに叩きこんだ。
本来ならば胴体に叩き込まれた衝撃波で内臓が破裂しているだろうが・・・

ズザザザ!!!

「・・・このくらいでどうにかなるわけ無いですよね?」
「だったらよかったのにね」

その衝撃でイロウルは地面を削りながら背後に下がる。
しかしそれだけだ。
吹き飛ばす事は出来ない。

「なんかあいつ鎧着込んでません?」
「奇遇だね、僕にもそう見えるよ」

イロウルの体表が変化していた。
その毛皮の部分が変化して昆虫の外骨格のような物に変化する。
どうやら打撃を学習したらしい。

「参りましたね、ぼく達の攻撃を学習して自分の力にしていくなんて・・・」

環境に対応することが進化と言えるならばある意味これも進化と言えるだろう。
シンジ達の攻撃と言う環境に対応してイロウルはそれに見合うように自分を変化させている。
こちらの攻撃の全てがイロウルの力となっていくということだ。

「一部を破壊しても残った部分が再生するでしょうしね・・・」

さっきまでのことを考えれば何度倒れようが一部でも無事なナノマシンが残ればそのたびにこいつは再生するだろう。
アメーバのようなものだ。
もっと根本的な部分をどうにかしなければならない。

「赤木さんはどうやってあいつを倒したんだっけ?」
「たしか自滅プログラムを流し込んだって・・・」
「なるほどね、じゃあそれに習うか・・・」
「はい?」

シンジは思わずブギーポップを見た。
しかしブギーポップはシンジを見ていない
ブギーポップが見ているのはシンジの左腕・・・その意味にシンジが気づいて渋い顔になる。

「・・・まさかそれをやれと?」
「すまないね、他に方法があるなら教えてくれ」
「・・・・・・無いですね・・・」

シンジは諦めのため息をはいた。
ブギーポップの無茶に付き合うのには慣れている。

「でもぼくの手は一本ですよ?後の二つはどうするんです?」
「それはぼくの方でどうにかしよう。」
「わかりました。」

シンジ達の話が終わると同時にイロウルが飛び掛ってくる
ブギーポップがまず先に出た。

イロウルの真正面に立つと右えでワイヤーを放つ。
ワイヤーは輪のような形になってイロウルの三つの首のうち一つの口を縛って開かないように固定した。
さらにブギーポップはイロウルをぎりぎりでかわしながらもう一つの首の部分に指を押し付けて衝撃波を放つ。

ボン!!

強靭な装甲に覆われているイロウルの首がもげて飛んだ。
たとえどれほど体を装甲で覆おうとも関節まで覆う事は出来ない。
そんな事をすれば動くことが出来なくなる。
それゆえに首の装甲は薄い。
ブギーポップはそれを見越して首の関節に衝撃波を叩きこんだのだ。

シンジは残ったイロウルの顔の前に走りこむ。
自分を噛み殺そうと開いた口の牙が白刃のように見えた。

「痛そうだな・・・」

シンジは覚悟を決めて左手を握りこむ。
自分に牙を剥くイロウルのその口に向けて左のストレートを放った。
狙い通りにシンジの拳がイロウルの口の中に突き込まれた。

「ぐっああああ!!」

イロウルの牙がシンジの腕を切り裂く
しかしシンジはひるまない。
さらに深く左腕をイロウルの口の中に差し込む。

「終われ!!」

イロウルの体の中でシンジの否定の力が発動する。
あらゆる物を学習して己の力にする事の出来るイロウルの特性がシンジの否定の力を学び始めた。

ピシッ!!

イロウルの漆黒の体にヒビが入った。
日分は瞬く間にイロウルの全身に広がっていく。

シンジの左手の能力は現象の否定だ。
そしてイロウルはナノサイズの細菌型使徒である。
いわゆる群体であるイロウルの自我とも言うべき物は脳細胞のように個々のナノマシンの情報交換によって成立している存在だ。
その有り様は極めてエネルギー体の現象に近い。

ピシッ!!ピシッ!!ピシッ!!

解析して取り込んたシンジの否定の力がエネルギー体であるイロウルの自我を否定し始めたのだ。
イロウルの持つ能力が解析による情報の取得とそれによる自己進化の推進である以上これは防げない。
シンジの能力を自動的に解析してしまうその特性があだとなった。

パシャ!!

完全に砕け散る前にイロウルはLCLになって完全崩壊から逃れた。
シンジとブギーポップはLCLの水溜りからはなれる。

「腕はどうだい?」
「何とか動きますね・・・」
「すまない」
「このくらい大した事は無いですよ。」

そうは言うがシンジの左手はイロウルの牙に付けられた傷から血が流れ出している。
かなり深い傷だ。
動くと言う事は神経の方に異常は無いみたいだが戦闘が出来るかどうかと言うと難しい。

「シンジ君!?」
「シンジお兄ちゃん!!」

レイとメイがシンジ達の所に走って駆け寄って来た。
二人ともシンジの腕を見て青くなる。

「少し休んでいるといい、綾波さん?」
「何?」
「シンジ君の腕の傷の治療頼むよ。自然治癒力を強化すれば出来るだろ?」
「わかったわ・・・」

レイはシンジの左手を持って能力を開放した。
徐々に傷がふさがっていく。

「いいんですか?次の使徒は・・・」
「文字通り、噂をすれば影だ。」

何時の間にか赤い水溜まりが消えて黒い影がシンジ達に迫って来ていた。






To be continued...

(2007.09.08 初版)
(2007.11.17 改訂一版)
(2007.11.24 改訂二版)


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