天使と死神と福音と

第拾陸章 〔神食する恐怖〕
Y

presented by 睦月様


「まず最初に、何であんなことをしたの?」
「直球ですね」

リツコもシンジも笑っている。
しかし端で見ているマヤはこの二人がお互いを牽制しているとしか思えなかった。
実際のところその通りなのだから仕方が無い。

「報告書は上げたでしょ?」
「信じられると思う?「零号機が危険だったので思わず自分にひきつけたかった。」・・・正気?」
「多分寝ぼけてはいないですよ」

シンジは笑って答えた。
あれだけ大事になっている上に見物人は発令所のスタッフ全員、言い訳が出来る状態じゃない。
何故あんなふざけた報告書が通ったのか・・・実は通っていない。
説明を求められたときにシンジが伝家の宝刀を抜いて一刀両断したのだ。
〔ネルフはシンジに干渉しない〕
シンジが当初に交わしたその契約を持って説明を拒否した。

「・・・シンジ君、率直に聞くわ・・・あなた、使徒に何をしたの?」
「何って?」
「私はあなたが使徒に何かしたために零号機がS2機関を取り込んだと思っている。」
「へ〜」

シンジは余裕だ。
そもそもこのくらいの事はリツコでなくても思いつくだろう。
別に驚くことでもあわてることでもない。
いずれ来るだろうと思っていた質問だ。

「まともに答える気は無いようね」
「そう見えます?」
「ほかにどう見えると言うの?」

リツコには落胆した感じは見られない。
むしろここまではお互いの予想通りだ。
予定調和の手順を消化しているに過ぎない。

「結局、リツコさんは何が知りたいんです?」
「真実」
「ぼくの?」
「すべての」
「欲張りですね」

シンジは肩をすくめた。
あきらかにこのやり取りを楽しんでいる。
それはリツコのほうでも同じようだ。

しかし、これ以上曖昧にするつもりはないらしい。
リツコは勝負に来ている。

「初号機のパイロットで人類を守るために戦っている・・・自分で言うのもなんですが優秀なパイロット・・・使徒を殲滅して人類を救うって言う金看板を掲げているネルフにとってはそれで十分でしょ?本音はどうだか知りませんけどね」
「挑発のつもり?・・・そうねネルフにとっては表向きはそうでしょうけど・・・私は別口」

リツコの返事にシンジはおやっと言う顔になった。
正直ちょっと意外な答えだ。

「つまりぼくの秘密に興味があるのはネルフではなくリツコさん個人としてだと?」
「もちろんネルフ技術部顧問、赤木リツコとしても興味はあるけどね」
「それって・・・」

シンジは親指で自分の後ろのほうで立っているマヤを指差した。
彼女もそのつもりでここにいるのかと言う問いかけだ。
リツコはあいまいに笑ってうなずく。

「マヤさんも結構ミーハーだったんですね〜」
「わ、わたしは・・・」

マヤがしどろもどろになってあわてる。
いきなり話を振られてどう答えたらいいかわからないらしい。

「・・・場所を変えましょうか」

リツコはにっこり笑って席を立った。

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セントラルドグマ・・・
薄暗い非常灯だけの通路に三人分の人影があった。
リツコを先頭にシンジ、マヤの順で並んで歩いている。

「エヴァの墓場ですか・・・」
「ただのゴミよ」
「たしかに燃えないゴミに出すってわけにはいかないでしょうけどこれって安くは無いんでしょ?」

シンジ達の歩いている道の左右には巨大な穴があってその中にはエヴァの試作品が打ち捨てられていた。
リツコはゴミだというがそれが人の姿をしている以上、墓場という感じのイメージが強い。

「ここにくるのは初めてだったかしら?」
「わざわざ観光で来るところじゃないようですしね」
「本当に?」
「ぼくのカードのセキュリティーレベルでこれるところじゃないでしょう?」
「・・・まあいいわ、昔話になるけれど・・・人は神様を見つけて・・・喜んで手に入れようとした。だから、バチが当たった。それが15年前・・・せっかく拾った神様も消えてしまったわ」
「それがセカンドインパクト?拾おうとしたのはミサトさんのお父さんですね?」
「ええ、そうよ・・・そして、今度は神様を自分達の手で復活させようとした。それがアダム、そして、アダムから神様に似せて人間を作った。それがエヴァ・・・そのあたりに転がっているのは神様の器になれなかった抜け殻・・ついたわよ」

三人の目の前にはひとつの扉があった。
見覚えのある扉にシンジの瞳がほんの少し細まる。
背後のマヤも緊張しているようだ。
目の前のリツコだけは背中を見せているのでその表情は見えない。

プシュー
「・・・入って」

リツコは扉を開けるとシンジを促した。
シンジは黙って部屋の中に入っていく。
リツコとマヤがそれに続いた。

「清々しいくらいに壊れていますね〜」

シンジの言う通り部屋の中は散々たる状態だった。
床にはもとは何かの機械だったであろう物が足の踏み場も無いほどに散乱している。
まともに原形をとどめている物など一つも無い。
四方にはかって水槽であったものがすべてのガラスを割られて無残な姿をさらし、床にはその時流れ出した液体のものであろうしみが広がっている。

(あの時のままですね)
(まったく変わっていないな、修復する気は無いらしい。修復されても困るが。)

この部屋はかってレイのクローン体が保管されていた場所であり、ダミープラグの研究が行なわれていた場所・・・そしてシンジ達が破壊した場所でもある。
リツコ達がこの部屋に連れてきた時点でばればれだとは思うが一応とぼけて見た。

「なんなんですかこの部屋?」
「もう数ヶ月前になるかしらね?」
「何がです?」
「でも女性の鳩尾を殴って気絶させるのは感心しないわよ。」
「うわ、それってよくないですね〜誰がそんな事を?」

リツコは歩いてもと水槽であった場所の中に入り込んで振り返る。
その視線はマヤに向けられていた。

マヤが頷いて一枚の写真を取り出してシンジに渡す。
そこに写っているのは黒装束の人物・・・ご丁寧にカメラに向かってピースサインをしていた。

「この部屋に入り込んでこれだけの破壊をしていった怪人物・・・」
「へ〜、大胆な事をするんですね、それともここまで入り込まれるネルフの警備に問題あるのかな?」
「よく撮れているでしょ?よかったら持って帰る?」
「いいんですか?」
「本人の写真を渡すのに何か問題があって?」
「リツコさん、ぼくがこの写真の人物と同一だという証拠は?」
「以前あなたが初号機に取り込まれたとき、無意識に作り出したのはその黒いマントだったでしょう?」

シンジはため息をついた。
かなり決定的な証拠だ。
さすがに言い訳も限界だと思ってはいたのだが

(これはもう無理なんじゃないか?)
(ブギーさん・・・でもまだ少し早いし・・・)

シンジは少し考えて口を開く。

「・・・リツコさん?」
「何かしら?」
「ぼくがこの写真の人物と同じで、さらにこの部屋を破壊したとしましょう。」
「それで?」
「そんな危険人物と会うのにこんな人気のないところにつれてくるなんて・・・無用心じゃないですか?ひょっとしたらここで口を封じるかもしれませんよ?」

シンジの纏う気配が一変した。
穏から緊へ
それを感じたリツコの視線が厳しくなる。

シンジが横目で背後を振り返るとマヤが身を固くする。
部屋の唯一の扉の前に立っている所を見るとシンジを逃がさないようにしている様だが、胸元にあてたボードの下から音がした。
何か金属製のものがマヤが震えるたびにボードに当たっているらしい。

「言っておきますけどマヤさん、そんなものじゃどうにも出来ませんから仕舞ってください。そんなに震えていたら引き金に指がかかって暴発しますよ」
「う・・・」
「話がしたいんでしょ?」

マヤはうめいて硬直した。

「そうね、マヤ・・・それを渡しなさい」

リツコに言われてクリップボードからおずおずと拳銃がでてくる。
マヤは細心の注意で安全装置をかけるとリツコにかけよって手渡した。

「・・・ごめんなさいね、シンジ君」

リツコは自分の手の中に納まった拳銃を見ながらシンジに謝った。
隣のマヤも慌ててシンジに謝る。

「気にはしていませんよ。むしろ自分達の安全を考えるなら当然でしょ?」
「そう言ってもらえるとありがたいわ・・・」
「でもやはり無用心なのには変わらないですけど・・・」
「そうかしら?ひょっとしたら近くに誰か潜んでいるかもしれないわよ?」

リツコの言葉にシンジは首を振った。
そんなへまはしない。

「少なくともこの近くには誰もいません。気配がしないんですよ。」
「見破られているわね・・・」

リツコは苦笑した。
自分が切ることの出来るカードの数は残り少ない。
しかし本番はここからだ。

「シンジ君、あなたは何をやろうとしているの?」
「藪から棒ですね、何を根拠に?」
「今回の使徒戦・・・かなり無茶をしたわよね」
「それに関しては申し訳ないと思っていますよ。修理とか検査とか大変でしょ?」
「言いたいのはそういうことじゃないの・・・」

リツコは一枚の書類をマヤから受け取ると見せ付けるようにシンジの目の前に放った。
シンジがごり押しして通した報告書だ。

「今まであなたは使徒戦においていろいろと不可思議なことをしてきたわよね。」
「いまさらそれを蒸し返すんですか?」
「いいえ、そんなつもりは無いわ、私が言いたいのは何故今回はこんな大雑把な対応をしたのかという点よ。今まであなたは可能な限り波風を立てずに来た。でも今回はこれよ。」
「これと言われても・・・」
「じゃあこう言いましょうか、あなたは今回の使徒に関して自分の不可思議さを前面に出した対応をしている。これでは自分を怪しんでくれと言っている様なものだわ。」

シンジは頭を掻いた。
思ったより理解が早い。
これは骨が折れそうだ。

「余裕が無かったと言うのもあるでしょうけど、使徒戦はともかくその後のフォローもお粗末そのもの、幼稚園児並みの言い訳じゃ誰も納得しないでしょ?」
「・・・結論として、リツコさんは何故ぼくがそんなことをする必要があると思いますか?」

リツコがニヤリと笑った。

「あなた・・・私達にその実力をある程度認識させたかった・・・違う?」
「ぼくの実力の認識?何でそんないまさらな・・・」
「そうね、それこそいまさら」
「ならなんで?」

シンジの言葉にリツコは一泊おいて呼吸を整える。
ここからが正念場だ。

「・・・あなたは私達を・・・いえ、ネルフを何かに利用しようとしている。そのためにあなたは自分の力を再認識させる必要があった。」
「・・・・・・」
「自分がどれほどの実力の持ち主かを示すことで抵抗を封じるつもり?」

シンジは無言でその表情も変わりないが内心リツコに感心していた。

(かなりの所まで見抜いていますね)
(まあそれでも本質にはまだ遠い、下手にぼろを出すのも考え物だよ?)
(それはそうなんですが・・・このままおとなしく引き下がりそうにも無いし・・・どうしたものですかね)

シンジとリツコはしばらく見詰め合った。
お互い次の一手を待っている。
二人の間で状況についていけないマヤがおろおろしていた。

「・・・ぼくがネルフを利用しようとしているとして、それはお互い様でしょう?」
「え?」
「人類補完計画」
「・・・・・・」

両者無言だが二人の間の緊張はさらに息苦しいものになる。

「何も言わないんですか?」
「あなたならそれくらい知っていてもおかしくは無いと思っていたわ・・・」
「光栄ですね・・・」

シンジは無表情になった。
感情が読み取れない。

しかしその体からは押さえきれない怒気が滲み出していた。

「えらく非人道的な事に利用しようとしてくれましたね?」
「言い訳はしないわ・・・」
「せ、先輩?」

マヤが困惑した顔でリツコに聞いた。
演技ではなく本当にわかっていないようだ。
どうやらそこまで深い秘密は知らされていなかったらしい。

「・・・マヤさんは知らなかったって事ですか?」
「そうよ、この子は私の言う通りに動いていただけ概要は知っていても本質までは知らない」
「なるほど、そこまで予想していたくせにここにぼくを連れてきた・・・殺されるとは思いませんでしたか?結構十分な理由に思えるんですけど?」
「・・・あなたは私を殺せないでしょ?・・・少なくとも今は・・・」
「何が言いたいんです?」
「私は自分で言うのもなんだけどそれなりに優秀よ、あなたがしようとしている事に私は計算に入ってないのかしら?」

リツコの一世一代のハッタリだ。
シンジがネルフを利用しようとしているのはうすうす感じてはいたが何を目的にしているかは見当がつかない。
確証が無いのだ。

だからシンジの計画にリツコが含まれているかどうかは賭けだ。
しかしシンジは以前ここでリツコとマヤを見逃している。
それが殺す価値の無いと思ったのか必要だから見逃したのかはわからない。

それにリツコは仮にもネルフの幹部でマヤはメインオペレーターの一人、これだけ重要人物がいなくなれば騒ぎになる。
今まで水面下でシンジが何をしてきたのかはわからないがそれは知られると面倒な事になると言う裏返しだ。
シンジが妥協する可能性がまったく無いわけでもない。

「・・・前にも言ったと思いますがぼくは味方でもない人にぺらぺらしゃべる気はないですよ?それともリツコさんはぼくの仲間になるって事ですか?」

リツコは思わず笑い出しそうになった。
シンジがこんな事を言うという事はいきなり殺す気は無いと言うことだろう。
後は交渉しだいだ。

「どうとも言えないわね・・・わたしは・・・」
「あ、ちょっと待ってください」

シンジが手を上げてリツコの言葉を止めた。
そのまま扉に振り返る。

ブシュ〜

扉が開いて見覚えにある人物が入ってきた。

「・・・何故お前がここにいる?」

入ってきたのはゲンドウだった。
サングラスに隠れて表情は読めないがシンジがいる事に驚いているようだ。
ゲンドウの背後から黒服の人物が二人が入ってきた。

「なぜここにいるかと聞いている。」

ゲンドウはシンジを見下ろしながら聞いてくる。
結構なプレッシャーだがシンジは平然と見返した。

「・・・・・・赤木博士、伊吹二尉・・・なぜここにシンジがいる?」

埒が明かないと判断したゲンドウは矛先をリツコとマヤに向けた。
マヤはゲンドウの雰囲気に身をすくませるがリツコは無言でゲンドウを見る。

「ぼくがここにいるのは偶然だよ。」
「なに?」

シンジがリツコ達に助け舟を出した。
ゲンドウが再びシンジを見下ろす。
リツコ達も驚きの目でシンジを見た。

「実は帰ろうとしたら道に迷っちゃってね、何せこの本部も広いからさ、近道して帰ろうとしたらここに迷い込んだんだよ。知っている人を探していたらここで二人をやっと見つけたところ」
「・・・ここは特別なIDを持ったものしか入れない・・・」
「そうかな、でもそれにしては不審人物とか工作員とかあっさり潜入されていたようだけど?ネルフって思ったよりざるかもよ?」

シンジは面白そうだ。
完全にからかっている。
ゲンドウはそんなシンジを無言で見下ろしていたがやがて背を向けた。

「・・・ここはお前のいていい場所ではない」
「わかった。深夜過ぎているしね、ぼくは帰るよ・・・リツコさん、マヤさん」
「「え?」」

いきなり自分達の名前を呼ばれたリツコとマヤが驚いた。

「出来れば道案内をしてほしいんですけど・・・また迷って”変なところ”に入り込んだら困るでしょう?」

その一言でゲンドウを含めた全員が硬直した。
ここにはりリスをはじめとしていろいろまずいものがある。
そんなところに迷い込まれればそれは確かに問題だ。

「・・・伊吹二尉・・・」
「は、はい!?」

ゲンドウに名指しされて驚いたマヤの声が大きくなる。
すぐに自分の声の大きさに気づいたマヤが羞恥で真っ赤になった。

「・・・シンジを連れて行け」
「は、はい!!」

マヤは思わず敬礼で答えた。
そそくさとシンジの横に駆け寄る。

「リツコさんも仕事終わりでしょ?出来れば車で送ってもらえませんか?」
「え?」
「もう深夜ですしね、中学生の一人歩きには物騒でしょう?」

どちらかと言えばシンジを襲おうとした方が物騒な気がするがあえて誰も何も言わない。

「・・・そう」「待てシンジ・・・」

リツコが答えるより早くゲンドウが会話に割り込んできた。

「・・・赤木博士にはやることがある。」
「え?・・・何でしょうか、司令?」
「委員会が呼んでいる。」

ゲンドウの言葉にリツコの顔色が変わった。
かなり困惑しているようだ。

「・・・私をですか?」
「・・・・・・そうだ、そこの二人についていけ・・・」
「・・・はい」

リツコはうなずくと黒服について歩き出す。
三対の視線がその後姿を見送った。

「・・・いつまでここにいるつもりだ?」
「わかっているさ」

シンジはマヤの手を引くと部屋を後にした。
ゲンドウはシンジの後姿をじっと見送ったが、シンジがゲンドウを振り返ることは無かった。

しばらく無言で歩くシンジとマヤの足音が通路に響く。

「ね、ねえシンジ君?」
「なんですか?」
「そ、その・・・助けてくれてありがとう・・・」
「助けたって言うよりも問題の先送りですね、明日にでも事情をきかれると思いますから言い訳はちゃんと考えておいてください、それとアカデミー賞並みの演技力・・・」
「ど、努力します・・・」

マヤはうなだれた。
シンジのいうとおりこれは問題の先送りでしかない。
明日ゲンドウたちが説明を求めてきたらなんと言って切り抜ければいいか頭が痛い。

「・・・・・・」

シンジはいきなり立ち止まった。
先行してしまったマヤがあわてて振り返りシンジを見る。

「どうしたの?」
「・・・マヤさん、どういうつもりだったんですか?」
「え?」
「リツコさんは前々からぼくに興味を持っていたからわかりますが、そこにマヤさんがかかわってくるのが意外でした。どういうつもりですか?」
「そ、それは・・・」

なぜかマヤの顔が赤くなった。
何か恥ずかしがっているようだ。

「わ、笑わないでくれるとうれしいんだけど・・・」
「・・・どういう意味ですか?」
「あ、ありがとう!!」

いきなりマヤは頭を下げてシンジに感謝の言葉を向けた。
さすがのシンジもあっけにとられる。

「あ、あの・・・私ね、感謝しているの・・・銃のことはごめんなさい・・・ちょっと怖くて・・・」
「それはわかりますけど一体なんですか藪から棒に?」
「さっきの部屋を破壊してくれたこと・・・」
「ああ、そういうことですか・・・」

シンジは納得した。
マヤがダミープラグの実験で悩んでいたことも苦しんでいたことも知っている。
それにすべてはいまさらだ。

「・・・やっぱりシンジ君があのときの黒い服の人だったのね・・・でもなぜ?」
「マヤさん、ぼくは何も断定していませんよ?」
「それでもいいの、私が感謝しているのは事実だし・・・追及したいわけじゃなくてお礼が言いたかっただけだから・・・」
「そうですか」

要するにマヤがシンジの真実を知りたかった理由は自分とリツコを解放してくれた礼を言うためだったと言うことらしい。
マヤの性格から、わざわざ恩人の秘密をばらすようなことはしないだろう。

シンジがそんなことを考えていると不意にマヤが背後を振り返った。
その顔は不安の色がある。

「先輩・・・大丈夫かしら?」
「委員会って言ってましたけど・・・」

間違いなくゼーレだろう。
シンジやレイならともかくリツコを呼び出した意図は見えないがリツコが得がたい人材なのは間違いが無い。
命がどうこうと言う状況にはなるまいが・・・。

(何のつもりなんだか・・・)
(少し興味はあるね)
(う〜ん・・・)

ちょっと考えた後、シンジはポケットから携帯を取り出して記録してある番号にかけた。

「どうかしたのシンジ君?」
「ええ、ちょっと気になる事があるんで応援を・・・」
「応援?」
「そうです。・・・もしもし?ごめんね」

シンジはとりあえず謝る。
いまは真夜中・・・相手の眠そうな声にシンジは罪悪感を感じながらもマヤに聞こえないように用件を切り出した。

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黒服につれられていったリツコは駐車場の車の前にいた。

「・・・どこに連れて行くのかしら?」
「申し訳ありません・・・お教えするわけには行きませんので・・・」
「そう・・・」

リツコが気にせず車に乗ろうとすると黒服の一人に止められた。
何事かと見ると目隠し用の布を握っている。

「ご迷惑をおかけします。」
「・・・車酔いしそうね・・・目隠しをしないわけには行かないの?」
「これも用心のためですので・・・」

リツコはため息をついた。
何事にもほどと言うものがあるだろう。
おそらく立体映像での詰問になるはずだがそれさえ秘匿したがるとは用心深いのか臆病なのか微妙だ。

「ではこれを・・・」

そういわれて隣にいる黒服がリツコの手に何かを置いた。

「・・・カプセル?」

その感触にはなじみがある。
見ると錠剤タイプのカプセルが一粒手の中にあった。

「即効性の睡眠薬です。後遺症はありません。」
「本当に用心深いのね・・・」

リツコはそういうと車に乗り込んでカプセルを飲み込む。
すぐに眠気が来てリツコは意識を手放した。

リツコが完全に眠っている事を確認した黒服達は車を発進させた。
駐車場を出た車は一時間ほど第三新東京市を走り回る。
どうやら尾行を確認するために走り回っているようだ。

尾行者がいないと確認した車は程なく停車する。
場所は第三新東京市のとある廃ビルの前に止まった。

黒服の男の一人は車を降りると人の目が無いことを確認する。
問題なしとわかると車の扉を開けて脱力したリツコを外に出した。

二人はリツコを抱えて廃ビルの中に入っていく。
誰かに見つかれば完全に犯罪者だが左右を見回してみても人影がない。
見るものがいなければ問題ないと彼らは思っていたのだ。

しかし、二人は気がつかなかった・・・自分たちに向けられた複数の視線を・・・
それは彼らの斜め上・・・別のビルの屋上から注がれている視線はじっと一部始終を見ていた。

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ネルフ司令執務室・・・

「ゼーレが赤木君を召還しただと?」
「ああ・・・」

冬月がいつものポーズでイスに座っているゲンドウに詰問した。
リツコが連れて行かれたのを聞いたのはついさっき、寝耳に水の話だ。

「連中は何が目的で赤木君を?」
「今回の使徒戦での件を問い詰めるつもりだ。」
「何?それこそ何故だ?それを聞くならシンジ君かレイに聞くべきだろう?」
「ああ、最初は連中・・・レイを指名して来た。しかし、レイを差し出すわけには行くまい?戦闘直後での出頭はパイロットの精神状態によく無いと断った。」
「それで赤木君か?何故シンジ君では無いのだ?」
「シンジは・・・連中が拒否した。」

ゲンドウの言葉に冬月は唖然とする。
レイを連中に渡す事は出来ないのはわかる。
ゲンドウが拒否しても仕方が無い。

しかし、ゼーレがシンジの出頭を断ると言うのはさすがに予想外だ。
ゼーレがシンジとの接触を拒否した。
この事実が示すことはゼーレがシンジを恐れたと言う事ではあるまいか?

「・・・まあいい・・・」

いろいろ思う事はあるが冬月は全てを押し込めた。
今現在自分達に何かが出来るかと言われれば限りなく否だ。

「赤木君も災難だな・・・」
「・・・・・・」

冬月の皮肉にゲンドウは答えなかった。
その反応は冬月も予想済みだったので何も言うことは無い。

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リツコが目覚めて最初に見た物は白い色だった。

(・・・えっと・・・私は・・・)

記憶をたどっていくたびに意識が覚醒していく。
自分が黒服の人間に連れられていった事まで思い出したリツコは今の現状を確認した。

どうやら自分が見た白い物は壁や床の色だったらしい。
四方の壁の全て、天井も床も真っ白だ。
部屋には二つの扉があって左右に一つずつ。
首を回すと自分を連れて来た二人の黒服がいた。

「・・・ここはどこかしら?」
「申し訳ありませんがお答えするわけには行きません。」
「そうでしょうね・・・」
「あちらでお待ちです。」

誰が?とは聞かなかった。
この場で自分を待つのはゼーレの老人しかいるまい。

リツコは意を決して椅子から立ち上がった。

「少々お待ちください。」
「え?」

扉に行こうとしたリツコだが黒服に呼び止められた。

「お召し物を預からせていただきます。」
「・・・どういうつもりかしら?」
「ここでの会話を記録されたり危険物対策です。」
「・・・・・・」

リツコは黒服を睨んだ。
つまり服を脱いで中に入れと言っているのだ。
明らかに嫌がらせだろう。

「・・・どうしても?」
「申し訳ありません」

本当に悪いと思っているのか疑問だ。
おそらく仕事ということで罪悪感などあるまい。
リツコは少しの間逡巡した後、自分の服に手をかけた。

「・・・それってセクハラじゃないですか?」

部屋に第三者の声が響いた。
もちろん残ったもう一人の黒服の声ではない。
中学生の女の子の物だ。

「あ、マナ!」
「仕方ないでしょムサシ!!それともあんたリツコさんの裸見たいわけ?」

リツコ達三人は慌てて周囲を見回すが他に人影などいない。
そもそも白一色の部屋では隠れる場所など無いのだから他に誰かいるのならば間違いなく気が付くはずだ。

「まあ仕方ないか・・・」
「シンジ君!?」

聞きなれた声に思わずリツコが叫んだ。
次の瞬間リツコはありえないものを見る。

黒服の一人が飛んでいた。
正確には地面から少し浮き上がっているのだ。
その理由は簡単、彼の顎の真下に一つの拳がある。
黒服の男はこの拳にアッパーを食らって宙に浮いているのだ。
物理的におかしいところは無い。

おかしいのは腕の方だ。
そのひじから先が無い・・・と言うより見えない。

ズン!!

続いて宙に浮いている黒服の男の体がくの字に折れ曲がった。
鳩尾の部分に反対側の手のひじが突き刺さっている。
そのひじの部分からCG映像のように持ち主の全体像が現れた。

ズン!!

男が吹き飛んで壁に激突するのをリツコは見ていない。
それよりも現れた人物の方に目が行っている。
それはリツコが叫んだ通りの人物・・・シンジだった。

「な!!なんだ!?」

残ったもう一人が慌てて銃に手をかける。
しかし引き抜く事も出来ないままにその場で崩れ落ちた。
どうやら気絶したらしい。

何故気絶したのか・・・おそらく空中に忽然と現れた右腕とそれに握られた警棒のせいだろう。
どうやらスタン警棒らしく放電光が起こっているのが見えた。
やがてシンジと同じようにその右手の持ち主の姿が浮き出るように現れる。

「霧間先生に借りてきて正解だったな・・・」
「ムサシ君?」

リツコは呆然とつぶやいた。
自分の目で見た事なのに信じられない。
いままで確かにこの二人はいなかった。

しかし、今二人は確かにここにいる。
そこまで考えてリツコはある事に気が付いた。
さっき聞いた声はもう一人分あった事を・・・

「大丈夫でしたか?赤木博士?」

リツコは恐る恐る背後を振り返った。
そこにいたのはやはりマナ・・・ともう一人・・・

「あなた・・・確か山岸マユミさん・・・」
「ごぶさたしています。」

そう言って頭を下げるマユミをリツコは呆然と見る。
今までこの四人はずっと自分達と一緒にこの部屋にいたのにまるで気が付かなかった。
と言うより見えなかったのだ。

「あなた達どうやって・・・」
「隠れ身の術って感じ?」

陽気にマナが答えた。

種を明かせばマナの光を操る能力で全員の姿を見えなくしていたのだ。

物を見るというメカニズムは光が物質に当たり、光を反射する。
その光を瞳が受ける事によって初めて見えるのだ。
物が見える=光の作用である以上、マナの能力で操ることが出来る。

しかも、シンジ達がここまですんなり入ってこれた理由はマナの能力ともう一つ、ムサシの力があった。
途中にあるビルの赤外線などの警報をムサシの勘で見つけて赤外線の光を操って警報がならないように潜入して来たのだ。

「・・・どういうことかしら?」
「まあリツコさんの知らない世界もこの世の中にはあるということです。」
「そしてシンジ君・・・あなたたちはその世界の人間だと?」
「そう受け取ってもらっても間違いじゃありませんね・・・それより・・・どうします?」

シンジは親指で背後のゼーレの待つ扉を指す。
にやりと笑った顔はいたずらをする子供そのものだった。

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薄暗い闇にモノリス達。
その中心にいるのはリツコだ。
全裸の一糸まとわぬ肢体が闇に浮かぶ。

『我々も穏便に事は進めたい。君にこれ以上の陵辱・・・辛い思いをさせたくないのだよ』

モノリスのひとつがぬけぬけとそんなことを言った。
それを命じたのは自分達だと言うのにまるで他人事だ。

「私は何の屈辱も感じていませんが」

リツコは毅然と言い返す。
その表情は確かに後ろめたいことなど何もないという感じで堂々としたものだ。

・・・と言うよりリツコは本当に何の屈辱も感じていない。

(・・・たいしたものねこれは・・・一体どういう原理なのかしら)

リツコはそっと下げている手で自分の体を触ってみる。
手のひらに感じたのは布地の感触・・・リツコは服を着ているのだ。

(多分すぐそばにいるはずの霧島さんも見えないし・・・)

シンジの話を聞く限り近くにはマナがいて自分が全裸になっているように見えるようにしているはずだ。
といってもグラビアのモデルのスタイルを基にしているのでリツコの裸とはいえない。

さすがにシンジ達は見るわけに行かないのでさっきの部屋に残っている。

(これがシンジ君の秘密・・・その一端・・・)

リツコの心はすでに査問など頭になかった。
早く終わらないかとそればかり考えている。
さっさと終わらせてシンジにこのことを聞きたいという欲求を無理やり押し込めてにやけそうになる顔を引き締める。

『気の強い女性だ。碇が側に置きたがるのも解る。』
『だが、君を差し出したのは他でもない・・・。碇君だよ?』

リツコの眉が上がったがそれだけだ。
別にゲンドウが何を言ったかなどどうでもいい。
むしろシンジの秘密に触れる機会をくれて感謝しているほどだ。
どんな思惑があったのかはしらないがすべてチャラにしてもいいと思うほどリツコは上機嫌になっている。

『零号機パイロットの尋問を拒否。代理人として君をよこしたのだよ。・・・赤木博士』
「先の戦闘により、零号機パイロットの精神は大変不安定です。それ故の私ではないかと」

すでに自分がレイの代わりだというのもどうでもよかった。
はやる気持ちを抑えてリツコは査問を続ける。

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「・・・あらためて・・・あなた達何者?」

査問から元の真っ白い部屋に戻って来たリツコは開口一番そう聞いた。
目の前にはリツコを待っていたシンジ達がいる。

「何者って言われても・・・そうですね・・・ぼく達はMPLSです。」
「MPLS?なにそれ?」
「まあ人間の新たな可能性と言いましょうか・・・」

シンジは苦笑してリツコに背を向けた。

「とりあえずここ出ましょう。」

シンジの言葉にマナ達も頷く。
あまり長居したい場所ではない。

リツコもそれに続こうとしてふと床に転がっている黒服達が目に入った。

「・・・シンジ君、彼らを放っておいていいのかしら?」
「大丈夫ですよ赤木さん」

マユミがニッコリと笑って断言したのに毒気を抜かれたリツコがシンジ達について歩き出す。
リツコは知らないがすでにマユミの能力で記憶は改竄されているのだ。

部屋を出たシンジ達は拍子抜けするほどあっさりビルを出た。

「お〜い」

呼び止められてみるとケイタがリツコのシビックを運転して近づいてきた。
さすがのリツコも中学生が自分の車を運転していると知って唖然とする。

「浅利君まで・・・」
「乗りましょうか、マナ、ムサシありがとう。ぼく達リツコさん送って行くから・・・」
「わかった。早く帰ってこいよ」
「がんばってね〜」

マナもムサシも眠そうにあくびをする。
そろそろ夜が明ける時間だ。
健全な中学生の起きている時間じゃないだろう。

いきなり電話でたたき起こしたシンジとしては申し訳ない気持ちで一杯だ。

シンジは二人に礼を言うと助手席に乗り込んだ。
リツコとマユミが後部座席に乗り込む。

「じゃあ頼むよケイタ」
「まかせろ」

ハンドルを握ったケイタの雰囲気が一変する。

「唸れ!魂のビート!!はじけ飛ぶほどにヒート!!!必殺!!!!4次元走行!!!!!」
「普通に運転しろよ・・・・」
「ちっ」

心底悔しそうにケイタが舌打ちした。
最近性格の豹変に拍車がかかっていないかとシンジとマユミがジト目になる。
そんなこんなでシビックは無事に発進した。

「・・・それで、聞かせてもらえるかしら?」

リツコの落ち着いた口調が車の中に響く。
隣に座っているマユミが身じろぎした。
記憶をいじろうとしたのだが・・・シンジが止めた。

「・・・まず何から話します?」
「MPLSって何?」
「そうですね、MPLSって言うのは何らかの能力に目覚めた人間の事です。人によっては人類進化の新しい方向だとかいわれたりもしますが本当の所はぼくにもわかりません。」
「・・・進化」
「一つだけ言える事は目覚めた人間が人から外れた能力を使えると言う一点だけなんですよ。だから本当に進化の可能性かどうかも怪しいですね」
「でもあなた達はそのMPLSなんでしょう?自分でわからない?」
「リツコさん、この車はあなたの車ですがどうやって動いているかちゃんと説明できます?」
「・・・・・・」
「まあそんなものです。便利で使い方を知ってはいるけどその構造は理解出来ないって所でしょうか?」

シンジの説明でリツコは一応納得した。
それは何故自分が人より早く走れるかと聞かれるようなものだ。
明確な答を出すことは難しい。

「・・・質問を変えるわね、何故ネルフにそんなレアな人間がいるのかしら?」
「・・・一言で言うと偶然です。」
「嘘でしょ?」
「少なくとも狙ってここにいるのはぼくだけです。後は星のめぐり合わせと言うか・・・」

リツコの目が鋭くなる。
シンジの話を信じれば他の皆はともかく、やはりシンジは何らかの目的があってネルフに協力していたと認めた事になるからだ。

「・・・ならシンジ君は何故ネルフに来たの?」
「お願いされたからです。」
「お願い?」
「この町に行ってくれって言われて来ました。」
「それはだれ?」
「そこまでは言えません・・・まだ・・・」

シンジの答にリツコは矛を収めた。
まだと言う事はいずれは話してくれる気があると言うことだろう。
焦る事は無い。

「なら・・・その人物の目的は教えてくれるのかしら?」
「・・・まあいいよ。」

シンジの口調が自動的な物に置き換わった。
ブギーポップが出てきたらしい。

「僕の目的は世界の危機を回避する事」
「世界の危機?サードインパクトの事?」
「そう、そしてそれを起こそうとしている世界の敵を倒すこと・・・」
「世界の敵ね・・・それが使徒だから戦っている?」
「そんなところかな」

リツコはシンジの言葉を反芻する。
簡単にまとめればシンジの目的はサードインパクトを防ぐために使徒を殲滅する事と言うことになる。
しかし、シンジの言葉が全部真実だとして、シンジにお願いをした何者かは使徒の存在とサードインパクトの事を知ってシンジをここによこしたと言うことだ。
そこまで先見の明のある人物とは一体何者なのか・・・

そんな事を考えていると車が緩やかに止まった。
リツコが外を見るとどうやら第三新東京市のはずれのようだ。
バス停の標識と一台の古い自販機以外は何も無い。

ブギーポップと交代したシンジがリツコを振り返る。

「すいませんがここで降りてもらえますか?”辻褄”が合わなくなるんでリツコさんにはここから自力で帰ってもらいたいんです。」
「辻褄ね・・・」

マユミの記憶操作で黒服の記憶をここまでつれてきて開放したと捏造したためだ。
リツコにとってはいまいち要領を得なかったが素直にシンジに従って車外に出る。

そのままリツコは助手席に座るシンジに近付いた。

「ここまでしてもらっておいてなんだけど何か見返りとかほしいのかしら?」
「そうですね・・・しばらく今日知ったことは口外しないでください。」
「しばらく?何時まで?」
「少なくとも次の使徒が来るまで・・・」

シンジの言葉にリツコの視線が鋭くなる。
補完計画のことを知っているということは使徒に関することも知っているということだろう。
当然次の使徒が最後の使徒だということも知っているはずだ。

シンジはそれに乗じて何かただ事ではないことをしようとしているらしい。

「何かするつもりね?しかも私だけじゃない、ネルフそものを巻き込むような大げさなことを・・・」
「今のところノーコメントです。でも外れてはいませんよ、これは大人の仕事です。忙しくなるから覚悟しておいてくださいね」
「私はともかくネルフが素直に協力するかしら?」
「協力しないわけには行きませんよ。」
「・・・なるほど、逃げ道を残すようなへまはしないってことかしら?」
「それはネルフの十八番でしょ?」
「耳が痛いわね・・・」

シンジはケイタを促して車を発進させた。

「そういえば私の車の鍵・・・どうしたの?」
「悪いと思ったんですけど執務室の机をあさらせてもらいました。」

リツコはスペアキーを入れていたのを思い出した。
どうやらそれを持ち出してきたらしい。

「気をつけてね」
「はい、車はリツコさんの家にもって行っておきますね・・・そういえばリツコさん?」
「なに?」
「タバコが3カートンも常備してあるのはどうかと思いますよ」
「あ・・・」
「じゃあリツコさんおやすみなさい」

リツコが赤くなって呆けている間に車は走り去った。
去っていく車の窓からシンジが手を振っている。

「・・・何がおやすみなさいよ・・・まったくもうすぐ日が昇る時間よ」

そう言いながらリツコは笑っていた。
バス停まで歩いて戻る。

「終わりが近いのね・・・」

誰に言うでもなくリツコはボソッとつぶやいた。
そこには何か寂しさがにじんでいる。

リツコはいままでシンジの秘密にただならぬ興味を抱いてきた。
シンジが行ってきた数々の常識はずれもリツコの好奇心を刺激し続けていた。

「能力者・・・それが彼の秘密だったとは・・・」

とにかくこの世は自分の知らぬ事だらけということだろう。
自分でその秘密に気づけなかったと言うのは少々残念ではある。
リツコの感じている物は面白い小説のラストが近づいてきているときに感じる寂しさに近いかもしれない。

白衣のポケットからタバコを取り出して口にくわえて火をつける。
一気に深く吸い込むと再び白衣を探って硬貨を取り出して自販機に投入した。
しかし自販機は反応しない。

「・・・・・・」ガン!!

リツコは無言で自販機に蹴りを入れた。
しかし自販機はうんともすんとも言わない。
完全に壊れているようだ。

「まったく、こんないい気分なのにコーヒーのひとつも飲めないなんて・・・」

リツコは笑っていた。
確かに自分でシンジの秘密を暴けなかったのは残念だが彼はこれから何かをするようだ。
ついでにシンジはそこで残りの秘密を教えてくれるだろう。
どっちもリツコの好奇心を刺激していまから待ちどうしくてしょうがない。

夜が明け始めた朝焼けの世界にリツコの楽しげな笑いが響いた。

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初号機を見上げる男がいた。
その名は碇ゲンドウ・・・ネルフ総司令の肩書きを持つ男・・・
その手には金属製の小さな小箱が握られていた。

「約束のときは近い・・・」

ゲンドウのほかにケージに人影はない。
いるのはゲンドウと拘束台の初号機だけだ。

「正直・・・これがほんとに正しいのか・・・最近はそんな考えが浮かぶ・・・」

ゲンドウは両手で持った小箱を開けた、
中身はグロテスクな胎児の姿をした物・・・アダムの体だ。

「しかし・・・私にはほかに道を見つけられなかった・・・」

無人のケージに金属の澄んだ音が響く。
ゲンドウの足元に落ちたのは中身のない小箱だった。

選択の日は近い・・・
それは振り下ろされる白刃の煌きに似て容赦なく


これは少年と死神の物語






To be continued...

(2007.09.08 初版)
(2007.11.24 改訂一版)


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