いつものようにシンジが夕食の支度をしていた。
今日の献立は秋刀魚の塩焼きとほうれん草のお浸し、さらに味噌汁と言う組あわせだ。

この時期の秋刀魚は脂が乗っていて一年で一番美味い。
秋刀魚の調理法は焼くか煮るか刺身でもいい・・・だが、シンジは断然焼く方が好きだ。
しかも焼きたてがいい。
ジュウジュウ秋刀魚の油がにじみ出ている身をしょうゆをちょっとかけて食べるのが一番美味いと思う。

シンジはそれを想像しながら人数分の秋刀魚のワタ(内臓)を包丁できれいにとっていく。
好みの問題だが秋刀魚の内臓を残したまま焼くのが好きな人間とそうでない人間がいる。
秋刀魚の内臓はちょっと苦味があるので大抵はとったほうがいいのだが中にはその苦味が好きな人もいるのだ。
家ではミサトがそれに当たる。
何でもその苦味がビールと合うらしい。

ミサトがビール片手に涎を垂らすのが見えるような気がする。

全員分の下ごしらえが済むとシンジはまだ何も手をつけていない秋刀魚を一匹指でつまんだ。

そのままスナップスローで背後に放る。

ペタペタペタ・・・

少し間抜けな感じの足音が近づいてきた。
そのままの勢いでジャンプするとシンジが投げた秋刀魚が空中にある時点でキャッチする・・・嘴で・・・

ひらりと床に降り立ったのはペンペンだった。

「ペンペン、もう少しで夕飯の準備終わるから待っていてね」
「クワ〜」

おそらく返事であろう鳴き声とともにペンペンは片手を挙げて答えると秋刀魚を嘴で咥えたままシンジに背を向けた。

「・・・しかし、ぼく達能力者も理解不能だと思うけどあのペンペンも相当なものだよな・・・」

シンジは歩いて遠ざかっていくペンペンの後姿を見送ると調理に戻った。






天使と死神と福音と

第拾陸章 外伝 〔エンドレス・コミュニケーション〕

presented by 睦月様







名前、ペンペン
性別、オス
年齢、10歳くらい
備考、温泉ペンギン

シンジに秋刀魚を分けてもらったペンペンはご機嫌だった。
調理中のシンジの邪魔にならないように部屋を移動する。

本来、ミサトのペットである彼が何故ここにいるのか・・・実は毎食の度にここでシンジ達と食事を取っていたからだ。
今ではミサトの家にいるよりシンジの家にいる時間のほうが長いほどである。
ペンペンがミサトの家に帰るのはシンジ達がいない時間と夜寝るときだけと言う通い妻ならぬ通いペット状態だ。
そんなペンペンが向かったのはシンジの部屋・・・

「クルックワ(兄弟、来たぞ)」

半開きになっている扉に体を押し込むような感じで中に入る。

『よう兄弟、元気か?』

部屋に入ったとたん柄の悪そうな声がペンペンに話しかけてきた。
しかし人影はない。
ペンペンは迷いなくシンジの机に向かう。
机の上にはひとつのアンクがぽつんとおかれていた。

「くわ〜〜(俺は元気だ。そっちはどうなんだ?)」
『俺か?見たまんまだ暇でしょうがねえ〜』

いわずと知れたエンブリオだ。
なぜかペンペンと会話が成立している。

『しっかしおどれーたよな〜、まさか俺の声が聞こえる動物がいるなんてよ〜』

二人(二匹?あるいは一匹と一個?)がお互いと会話が出来るということに気が付いたのはエンブリオがここに来てすぐだった。
しかしエンブリオが誰にも話していないためにシンジを初め誰も知らない。
それ以来の関係だがペンペンがMPLSとして目覚める兆しはまったく見えずエンブリオの方でも人間相手とは勝手が大きく違うためにいまいちはっきりした事がわからないというありさまだ。
しかもなぜか両者は気が合うのかお互いを兄弟と呼んでいる。

『お前は何で俺の声が聞こえるんだろうな〜いままで鳥や獣に話しかけたことはなかったからわからんが、動物には声が聞こえやすいのか?それともお前は何かの可能性に目覚めているのか?』
「クルウワ〜(別に俺に変わったことはないがな、口から火が出たり巨大化するわけでもないし・・・)」
『そうだな・・・俺も初めてのことなんで目覚めているかどうかわかりやしねえ〜し』

ペンペンは机の前に置かれた椅子によじ登る。
その必死な姿がなんともラブリーだ

「クワ?(ん?)」
『どうかしたか?』
「クワクックッワ(いや、何かこんなことを前にしたような気がする。)」
『そうか?』
「クワワワワックウッワ(これがデジャブーってやつかな?)」

ペンペンはしばらく頭をひねっていたが結論が出ないとわかると再びいすに乗るためによじ登った。
自分の座る位置を確認すると咥えていた秋刀魚を租借し始める。

『・・・美味いか?』
「クウウワ〜〜(ああ、シンジさんはやはり名人だ。あの人の出すものでまずかったためしはない。)」
『・・・・・・それ、何もしていない100%生の秋刀魚だよな?』
「クワワ(そうだが、何か文句あるのか?)」
『いや、別にねえけどな・・・』

秋刀魚を咀嚼し終えたペンペンが目をつぶった。
何か過去に思いをはせているようだ。

「クワワワ〜(兄弟にはわかるまい・・・食べれば気絶する。食わなければ餓死する・・・あの極限の生活を体験したものでなければわからんのだ。)」
『・・・そんなにひどかったのか?』
「クウ〜(ああ・・・)」

ペンペンの脳裏にシンジが来るまでの生活が思い出された。
ミサトはある意味料理の天才だ。
何故食べられる食材を使ってあんな筆舌に尽くしがたいものを作れるのか・・・
しかもそれを平然と平らげるその感覚と内臓の強さはすでに人類のものではあるまい。

あるいはその方面の能力が発現したMPLSなのか?

「クルウウ〜(あの美味そうに食う顔に何度だまされたか・・・本当に美味そうに食うんだぞ?それを見たら誰だってこれは食べられるものだと思うだろう?)」
『そ、そうだな・・・』
「クワワワ!!(しかもだ、なぜか毎食に出されるビール・・・あれは慣れるまでが大変だった。それまでに何度意識をなくしたか知れない・・・文字通りデット・オア・アライブの経験もある。まあ慣れれば逆に美味いと思えるようになったし大抵の食材をものともしない鋼鉄の内蔵が出来上がったがな・・・)」

エンブリオは自分が地雷を踏んだことにやっと気がついた。
もし生身の肉体があったらでっかい冷や汗をかいていただろう。
ペンペンもかなりヘビーな人生(鳥生?)の持ち主のようだ。

「クワックワ(ミサトには確かに感謝している。なにせ処分されそうだった俺を引き取ってくれたんだからな・・・しかしだ。あの奇抜な味覚と感覚には正直限界を感じていたんだ。)」
『お前さんも苦労していやがるな・・・』

ペンペンの瞳にきらりと輝くのは涙だろうか?

「クワックワワワワ!!!(ところで最近よく家に来る男がいるんだがそいつはどうやらミサトとつがいになるつもりのようだ。)」
『つがい?・・・ああ、なるほどな・・・』

男は間違いなく加持だろう。

ペンペンが何を見てそう思ったかはあえて追求しない。
したら確実に18の制限に引っかかりそうな気がする・・・というかそれは確実にだろう。
レイとアスカが家を出たので誰に遠慮する必要もないわけだから仕方ないといえば仕方ないのだが・・・

「クワックワワワ(俺はシンジさんの次にあの男を尊敬している・・・)」
『何?』
「クワ〜(あのミサトのカレーを・・・食ったんだ)」

そう語ったペンペンは遠くを見るような顔になっていた。
といっても鳥の表情なんぞ読めんがその体全体からかもし出す雰囲気が無言で雄弁に語っている。
それは彼が抱く憧れだろうか?

「クワワワワ!!(ミサトのカレーを前にして汗を全身から噴出し、顔に死相を貼り付けながらも不退転を貫いたあの男・・・確かに結果は途中で気を失うという残念なものだったが・・・俺は彼に男を見た。)」

羽で握りこぶしを作って力説するペンペンは異様に燃えていた。
感覚的には炎をバックにしている感じだ。
しかしペンギンも一応鳥なだけにローストチキンに直結するイメージが強い。

「クワワワワワ!!(しかし、やはりシンジさんには一歩及ばないが・・・)」
『そ、そうか・・・』

それ以上かける言葉もない。
所詮ペンギンも動物・・・食物を統括するシンジは神のような存在なのだろう。
下手に話を振れば延々とシンジ賛歌を聞かされそうで怖い。

「クワクワ(ほかにもここにいるみんなはいい人ばかりだ。)」
『そうか?』
「クワックワックァ(ああ、マユミさんのくれるものはシンジさんと同じくらい美味いし、綾波さんはよく俺にかまってくれる。)」
『・・・(それはシンジと同じように餌付けされているんだろ?綾波は動物に接したことがないから珍しいんだろうし・・・)』

エンブリオはペンペンの言葉に反論したかったが寸前で踏みとどまった。
ペンペンの目はきらきらと宝石のように輝いている。
さすがにここまであっちの世界に行っているペンペンに現実を叩きつけるのはさすがのエンブリオも気が引けた。

「クワ(しかしだ・・・)」

ペンペンの口調が一変した。
何か思いつめるている感じだ。

「クワックワワ・・・(マットで寝ているときにクッションと間違われて座ってきたり、歩いているのを気づかれずに蹴飛ばされたりするのはちょっと勘弁してほしいな・・・)」

ペンペンの丸まった姿から哀愁がにじんでいる。
ほかのみんなにも悪気があったわけではないだろうが小さなペンペンは割りと見落としやすい。
気ままに見える彼のライフスタイルにもそれなりに悩みがあるのかもしれない。
悩みのまったくないというのもそれはそれで退屈かもしれないが・・・

いい加減ペンペンの周りの空気がやばいと感じたエンブリオは話題を変えることにした。

『そういえば、もうそろそろシンジが夕食作り終わるんじゃないか?』
「クワックワ(・・・今日は秋刀魚の焼き魚らしい・・・楽しみだ。)」
『鳥の癖に焼いた魚が食えると言うのは贅沢なやつだな兄弟?』
「クワッ(ああ、俺は果報者だ)」

どうやらネガからポジに復活したらしい。
なかなかに芯は強いみたいだ。
いや、案外鳥だけに物忘れが激しいのかもしれない。
その嘴からたれる涎を見ていると後者の可能性が高い気がする。

とりあえずペンペンが危機を脱したと感じたエンブリオにいつもの調子が戻る。

『まあ俺にとってはどうでもいいんだけどな〜』
「クワワ(しかし兄弟、お前はそのありさまでは美味い物を食う感覚は無いな)」
『おう、人間の三大欲求は食う、寝る、遊ぶらしいがこの格好じゃ食うと遊ぶってのは無理だな、寝るってのもどうだかな・・・少なくともシンジからいびきがうるさいって文句が来た事はね〜よ』

そもそも生きていると言えるかどうかすら難しいエンブリオだけに、寝ると言うことがあるのかすら怪しい。
ペンペンはその丸い瞳でエンブリオを気の毒そうに見た。
彼の場合、食う寝る遊ぶは生のすべてなのでそれがないエンブリオが哀れに見えてしょうがないのだ。

『・・・兄弟、そんな哀れな顔で見る必要はねえよ』
「クワックワ(・・・ああ、こんなことは俺がどうこう言うことは思い上がりだってわかってはいるんだがな・・・)」
『気にするな、俺にとってはそれが普通だ。」

何気に人生と言うものについて思いをはせるがペンギンとアンクではどうにもシリアスな絵にならない。
本人達がどう思おうと傍目にはペンギンがちょこんといすに座っていてほのぼのぼしているとしか見えないのだ。

しかし本人達はこれでもせいいっぱい真剣に悩んでいたりする。

一応重苦しい空気の漂う部屋に足音が近づいてきた。
足音は部屋の前まで近づいてきてとまる。

何の躊躇もなく部屋の扉が開いて人影が入ってきた。
扉を開けた人物はシンジだ。

「ここにいたのかペンペン?ご飯の用意できたよ。」
「クワワワ(よっしゃ!!!)」

ペンペンはいすから飛び降りるとダッシュでシンジの脇を駆け抜けた。
そこにはさっきまでのシリアスはかけらもない。

所詮は鳥・・・元から鳥頭で物覚えが悪いくせに今は食欲に支配されてエンブリオのことなどは頭からはじけ飛んでいるようだ。

そんな本能に忠実なペンペンを微笑みながら見送るとシンジも食卓に向かうために部屋を後にした。

『・・・ふっ・・・俺は要らない卵なんだな・・・』

エンブリオのアンクの光沢が翳ったような気がする。

『・・・・・・まあいつものことか』

エンブリオはの声にはあきらめの色があった。

そんでもって翌日〜〜

「クワックワックワ(よう兄弟)」

再びペンペンはエンブリオの元を訪れる。
しかもやはりと言うか当然と言うか鳥頭のペンペンは昨日の会話の記憶がない。
そもそもエンブリオのコトだって何度も繰り返して刷り込んだのだ。
昨日一回だけの会話など覚えているわけがない。

結果として同じ話題で何度も会話すると言う無限ループが出来上がる。
しかしエンブリオはあえてペンペンにそれを言わない。
これはこれでいい退屈しのぎになるからだ。

そしていつものようにペンペンはいすによじ登ろうとする。

「クワ?(ん?)」
『どうかしたか?』
「クワクックッワ(いや、何かこんなことを前にしたような気がする。)」
『そうか?』
「クワワワワックウッワ(これがデジャブーってやつかな?)」

昨日とまったく同じやり取りだ。
ひょっとしたらさっき食べたものも端から忘れているかもという気さえする。

じつはペンペンが何時この繰り返しに気がつくのか楽しみにしているのはエンブリオのひそかな秘密だ。






To be continued...

(2007.09.08 初版)
(2007.11.24 改訂一版)


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