今この時この場所で・・・
すべてのピースがはまり・・・幻想がその姿をあらわす。
いまだ見えぬ想いの糸の先を探ろう・・・すべては望みのままに・・・
世界よ・・・時を紡ぎ・・・運命を流転させる歯車よ・・・
今この手に宿れ・・・
我が思いのままに・・・舞い踊れ・・・世界よ・・・
第拾漆章 〔神羅万象に等しき友よ〕
T
presented by 睦月様
これは少年と死神の物語・・・
第三新東京市・・・そのとある場所・・・
薄暗い部屋・・・
その中心のテーブルの周囲、姿すらおぼろげな空間に数人分の気配がある。
「第三使徒から第十六使徒まで・・・」
「何とかそのすべてを殲滅できた。」
「かなり問題は多かった・・・」
全員がうなずく。
実際は問題どころではない。
かなりきわどいことも多かった。
「これで残った使徒は後一つ・・・」
「タブリス・・・」
「問題はそれだけじゃない。」
「ああ、むしろそこからが問題だ・・・ネルフは一筋縄でいくか?」
「仮にも国連直属の組織だからな・・・」
確かに問題だ。
彼らにとって無視できることではない。
しかし同時にネルフをどうにか出来れば彼らの計画はその大半が成功したことになる。
「・・・下手に抵抗せずにおとなしくしてくれればいいが・・・」
「ここで失敗するとまずい・・・」
「多少ですめばいいが・・・本格的になると怪我じゃすまないか・・・」
その言葉に全員がうなる。
下手に抵抗されると面倒だ。
あくまで徹底抗戦になったらそこはさすがに国連直属の秘密組織のネルフ・・・銃器の類も本部内にはある。
それを持ち出されれば最悪だ。
生きるか死ぬかのやり取りになる。
いくらなんでも銃を持っている人間にラブ・アンド・ピースの精神を説いたり、ガンジーのように無抵抗主義を貫く根性はない・・・というよりするわけには行かない。
そうなると場合によっては双方に怪我人と・・・悪くすれば死者が出る。
さすがにそれは後味が悪い。
「しかし、それでも・・・」
「ああ、MAGIを抑えれば少なくとも交渉には持ち込める。」
「まともにやれば無理だろうし・・・そうなると奇襲かな・・・」
「もともとそれ以外の道はないし・・・」
結論は出ている。
やらないわけには行かない。
そのためにずっと下準備を整えて来た。
成功の可能性は高いといえる。
しかしだ・・・どんなに考えても不安は残る。
それも仕方がないだろう。
彼らがやろうとしていることは危険を前提としたことなのだから・・・
『さってと、面白くなってきたな〜』
全員の視線がテーブルの中心に集まる。
そこには一つのアンク・・・エンブリオだ。
「・・・なあ”シンジ”?」
”凪”が多少あきれた感じでシンジに話しかけた。
「何ですか、凪さん?」
「この薄暗い部屋にはどんな意味があるんだ?」
「いえね、ゼーレの人たちがいつも暗いところにいるもんだからひょっとしたら暗くしたほうが話の進みが速くなるかなって」
シンジは笑いながら部屋の明かりをつける。
明るくなった部屋にはテーブルを囲んでいつものメンバーがそろっていた。
ため息をつきながら口を開いたのは凪だ。
「実際、綱渡りもいいところだろ?」
「確かに、私たちのことを信じてくれるでしょうか・・・」
凪の言葉にマユミが不安そうにうなずく、これからしようとしていることはかなりの危険が伴う。
それをここにいるメンバーでこなそうと言うのだ。
本来10人にも満たない人数で出来ることじゃない。
「関係ないよ。別に信じてもらわなくても・・・」
シンジはあっさり言い切った。
あまりにもなんでもないという口調に全員があっけに取られる。
シンジはにやりと笑った。
いち早く正気に戻ったレイがシンジにわけを聞く。
「シンジ君どうするの?」
「巣穴に火をつける。自分の尻に火がつけば動かないわけには行かないでしょ?」
「巣穴?火?」
「それに関してはぼくに任せてほしい。」
シンジの言葉にレイは頷いた。
彼がそう言う以上勝算があるのだろう。
ブギーポップの英才教育によって培った戦闘経験を持つシンジは無謀なことも無理な事もしない。
「でも、赤木さんと加持さんはよかったんですか?」
マユミがシンジに質問した。
二人の記憶を消すのを止めたことが不安らしい。
事前に自分たちの情報が漏れれば危険だ。
「うん、二人にはちょっと協力してもらうつもりだからね、ある程度予備知識をあげて餌にする。」
「そうですか・・・」
シンジの言葉にマユミはうなずくがやはり不安そうだ。
代わってムサシが口を開く。
「普通に協力を仰げないのか?」
「残念だけどね、これからやることはこの世界そのものに関わることだ。失敗するわけには行かないよ・・・それは普通に協力してもらえればそれがベストだけれど・・・人の心は計算どおりには行かない。・・・むしろある程度は欲を刺激して誘導したほうが予想もしやすい。」
「そうか・・・」
「でも所詮は小細工だけどね・・・」
シンジの口調には苦笑が混じった。
わかってはいるがあまり人を駒のように考えるのはいい気がしないのだろう。
それでも今は個人の好みをどうこう言っていられる状況でないこともわかっている・・・矛盾だ。
「ねえシンジ、いっそのこと私達でエヴァを抑えて脅迫したほうがよくない?今はS2機関が入っているからエネルギーの心配はないし・・・」
「それじゃだめだよアスカ」
「なんでよ?」
「ぼく達がエヴァを乗っ取ってもせいぜい本部を掌握することしか出来ない。でもゼーレは世界中にいるんだ。」
「でもそれって・・・確か統和機構ってのが・・・そういえば何で今までそいつらは何もしてこないの?」
「ああ・・・」
いきなりシンジの雰囲気が一変した。
ブギーポップが表に出てきたらしい。
「・・・おそらく使徒の存在だ。」
「使徒の?」
「僕と彼らはお互いの不可侵を約束した。・・・そしてゼーレはネルフのスポンサー・・・つまるところ僕たちのスポンサーだ。彼らをどうにかすることは直接僕らの邪魔をする事になる。皮肉なことに使徒の存在が彼らを守っていたことになるね」
「それじゃ・・・」
「当然連中も馬鹿じゃない・・・おそらく次の使徒が最後だって言うこともわかっているさ・・・多分動くよ」
ブギーポップは左右非対称の笑いを浮かべた。
それを見た全員が現状を理解する。
今、自分たちはとんでもなく危うい場所にいるのだと言うことを・・・
第三新東京市はシンジとブギーポップが統和機構のトップとの取引によって不可侵だ。
しかし同時にここで起こることはすべて自分たちで片をつけなければならない。
「霧間凪?」
「なんだ?」
「”彼”は?」
「・・・ああ、健太郎が見つけたらしい・・・数日中にはここにくるだろ・・・」
「そうか・・・」
ブギーポップと凪はそれだけで納得したようだが他の皆はわけがわかっていない。
「霧間先生、誰なんですか?」
「ん?・・・どういえばいいか・・・・・・こっちの事情を説明して協力をお願いした。・・・俺達と同じMPLSだ。しかもかなり強力な・・・」
「それは僕も保証しよう。今回、僕達がする事にとってかなりの手助けになる。」
「その人は強いのか?」
「そうだな・・・一回あの最強くんに勝った事がある。」
その一言でブギーポップと凪以外の全員が呆気にとられた。
シンジから最強のフォルテッシモの事は聞いている。
地下でシンジとブギーポップが戦ったあの能力者だ。
その空間を操る能力は傍目で見ていても異常というしかない戦闘力だったのを覚えている。
それに勝った人物とは・・・
「もうすぐこのばかばかしくも壮大な喜劇のフィナーレが鳴る。その後に何が起こるのかはお楽しみだ。」
ブギーポップが結構しゃれにならないことをさらりと言った。
全員が表情を引き締めて頷く。
「・・・ところで健太郎って誰ですか?」
マユミの一言で場が別の意味で緊張する。
凪はそっぽを向いた。
ブギーポップはそれを見てくすくす笑っている。
ほかの皆はわけがわかっていない。
どうやらこの場で健太郎という人物のことをしゃべれるのはブギーポップだけらしいと全員が気がついた。
マユミがブギーポップを見る。
ほかの皆の動きもシンクロしていた。
「ああ、健太郎くんは本名、羽原健太郎・・・何というか、彼女のおっかけだ。」
それを聞いた全員の視線が凪に向く。
当の本人はいやそうな顔をしていた。
「・・・なんでそんなことを言う?」
「面白そうだったから」
「ふ・ざ・け・る・な・・・」
凪の不機嫌さが3割り増しに跳ね上がった。
ブギーポップはそれでも笑っている。
こういうときにあの左右非対称な笑みは神経を逆なでするのにうってつけだ。
「それって青葉さんと同じ?」
「うっ」
ケイタの何も考えない言葉に凪がうめいた。
思わず頭を抱える凪はかなりレアな光景だろう。
「・・・まさかあんなやつが健太郎以外にもいたとはな・・・」
「男二人を袖にするなんて女冥利に尽きるね」
「だまれよ・・・」
結構やばめな視線をブギーポップに向けて凪は疲れた声を出す。
「いいじゃないか、君も彼の本心に気がついていないわけじゃあるまい?青葉さんでも健太郎君でもちゃんと返事はするべきだろう?」
「それは・・・な・・・」
なにが”な”なのか全員が突っ込みたかったがさすがに相手が凪では相手が悪い。
しかし興味はある。
ここにいるのはみなその方面に興味津々なお年頃の中学生なのだ。
その爛々とした視線に気がついた凪が咳払いをひとつする。
「・・・とにかく、今はそんなことを言っている場合ではないだろう?ゼーレの連中がいる限りこの世界に未来はない・・・どうするつもりだ?」
「何とかするさ、そのためにここに僕とシンジ君がいる・・・それで十分だろう?」
「自信家だなお前は・・・」
「事実さ、ほかに理由も意味も要らない。」
「そうか・・・」
「しかも今回はそれに加えて君らもいるわけだ・・・これでどうにかならなかったらそれこそ何かが間違っている。」
ブギーポップの言葉に全員がうなずいた。
皆・・・決戦が近いことを知っている。
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翌日・・・
シンジは頭上を見上げていた。
そこに見えるのは天井から逆さまに立つビル・・・ここはジオフロントにあるネルフ本部の外だ。
頭上を見上げているのに首が疲れたシンジが足元を見る。
そこに転がっているのは・・・スイカ・・・
「・・・そろそろか」
シンジがつぶやいて幾分もしないうちに足音が近づいてきた。
「ん?よう、シンジ君!!」
気軽な感じで右手を上げながら声をかけてきたのは加持だった。
左手は如雨露や畑仕事用の荷物が入ったバケツを持っている。
「こんなところでなにをしているんだい?」
「そっちこそ、殺されかけた人間がふらふらしていていいんですか?」
「ははっ実はここも監視されている。」
「畑に水をやっていたんですけど、最近の畑って珍しいものが栽培されているんですね?」
「なに?」
よく見るとシンジの手には加持と同じような如雨露が握られている。
「・・・用意がいいんだな」
加持はとぼけるが内心緊張していた。
シンジが言っているものに心当たりがある。
もちろん盗聴器だ。
そして同時に加持は自分が警戒していることを表に出さないように気を配った。
シンジがそんなことを言うということは・・・聞かれたくない話をするために決まっている。
(やっとか・・・)
実は加持はシンジが自分を頼ってくることは予想していたし、待ち望んでもいた。
しかし、あからさまにがっつくのもよくない。
はやる心を押さえ込んで加持はいつものとぼけた笑いを浮かべた。
「・・・少し待ってくれるかい?スイカの手入れを先にしてしまおうと思うんだ。」
「どうぞ」
加持の言葉にシンジは畑を出てそばのベンチに腰掛ける。
「ありがとう」
シンジに礼を言うと加持は腰をかがめてスイカを見る。
だが見たいのはスイカの状態じゃない。
(やはりか・・・)
加持が見つけたのは壊れた盗聴器、実のところ加持は畑に仕掛けられた事は知っていたし、その数も場所もわかっていた。
今まではわざわざ取り除く必要がないのとせっかく自分の安全を保障してくれるものなので放置していたのだ。
スイカのことは建前で本当の目的はシンジが壊した盗聴器が完全に死んでいるかのチェックにあった。
(・・・よし、壊れているな。)
一応の防水処理くらいはしているだろうが盗聴器も精密機械だ。
壊すつもりで水をかければ当然壊れる。
全部の盗聴器が壊れているのを確認した加持は顔を挙げてシンジを見た。
「それで?今日はなに?」
「ええ、加持さん暇でしょ?」
「いきなりズバッと言ってくれるな〜まあ実際そのとおりだけどね」
加持は苦笑した。
確かに暇だろうといわれれば返す言葉もない。
今の加持は半ばニートだ。
「・・・アルバイトしません?」
「アルバイト?・・・内容は?」
「あるものを作ってほしいんです。」
「あるもの?」
「はい、それは・・・」
シンジが言葉にしたものを聞いた加持の顔がいぶかしげなものになる。
何で今更といった感じだ。
「・・・ひとつ聞いていいか?」
「何でしょうか?」
「いまさらなぜ君にそんなものが必要なんだ?君はすべて知っているはずだろう?」
加持の言葉に今度はシンジが苦笑した。
言っている事はわかるがこっちにも事情がある。
「まあそうですね、でもぼくが知っていることは・・・どこから仕入れたかはいえませんが全部頭の中の話でして・・・」
「それを証明するものがない?」
「そう言うことです。大筋はわかっているんですが細かい部分はわからない・・・そういった矛盾は説得力の足を引っ張る。・・・その点、加持さんなら証拠も情報も腐るほど持っていそうですから・・・」
「それで俺に?」
「ほかの人には無理そうですので・・・」
「光栄だね」
シンジの言葉に加持は考え込む。
彼の言うことはつまるところ自分の知ってることを見える形にしろということだ。
それ自体は問題が無いが・・・
「ちなみに俺の報酬は?」
「ミサトさんとのただれた生活がおくれなくなりますよ?」
「中学生がきわどい事言うんだな・・・」
「今時の中学生はませていますから・・・それとも補完計画が起こって全てが一つになった世界でミサトさんと一つになるのがお望みですか?」
加持は苦笑して両手を上げた。
「降参だよ、試すような事して悪かったね」
「いきなり無茶言ってるのはぼくですよ。むしろあっさり了承してもらったら逆に何考えているのかぼくの方が疑ってましたね。」
二人はそろってニヤリと笑う。
このくらいの腹の探り合いは挨拶と同じくらい通過儀礼だ。
「しかし、葛城達には言わなくていいのか?」
「ゼーレの目がありますからね・・・やるなら電撃戦をしなければいけません。」
「それは分からなくも無いが・・・なるほど、その後で必要になるわけか・・・」
「ご名答、加持さんの腕次第でネルフの人達の将来が決定しますね」
「責任重大だな」
加持は肩をすくめるがその顔は笑っていた。
もともとシンジ達に受けた借りはかなり大きい。
しかも今回はミサトやリツコも無関係ではいられないような大事だ。
「しかし・・・シンジ君のそういうところ・・・司令に似ているな・・・」
「小賢しいのは血の繋がりでしょうかね、でも血が繋がっているだけで親子関係が上手く行くわけじゃないっていい例でしょう?そのあたりちゃんとしといた方がいいですよ。」
「肝にめいじるよ」
加持が苦笑しながら頷くのを見たシンジは腰を上げる。
これでここにいる理由は無くなった。
「あ、そうだ。」
「どうかしたかい?」
「スイカの熟れているの幾つかもらって行っていいですか」
「どうぞ、それくらいおやすいものだ。」
決戦は近い。
シンジ達もその日に向けて水面下でいろいろ動き出している。
ちなみに・・・
シンジは容赦なく熟れているスイカを片っ端からもって行った。
去っていくシンジの後姿を見送る加持がちょっと落ち込んでいたらしい。
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シンジが加持と畑で話をしているその時間・・・
ネルフ本部喫煙所・・・
そこにミサトとリツコの姿があった。
ミサトは夜勤明けのコーヒーを、リツコはいつもの銘柄のタバコを咥えている。
「五人目?」
言われた言葉が理解できなかったミサトがいぶかしげに聞き返した。
聞き返されたリツコは黙って頷く。
「なんでこんな時期に?エヴァだって余裕は無いのよ。」
「私も詳しいことは知らないわ・・・」
リツコの言うことは真実だ。
今朝、初めて五人目の適格者の話を聞いたときはリツコもさすがに驚いた。
エヴァとチルドレンの関係はかなり難しい。
まず第一条件として適格者の肉親をエヴァのコアに取り込ませる必要がある。
さらにそこからもチルドレンになった適格者はシンクロやさまざまな訓練が必要になる・・・唯一の例外はシンジだ
大体においてそれは真実を知り、技術的な責任者であるリツコが中心になって行わなければならないことなのだが今回の五人目に関してはそれがまったくなかった。
まさに寝耳に水だ。
「・・・司令も知らなかったみたいね・・・」
「何それ?マルドゥックは何って言っているの?」
「マルドゥックを通してないの・・・」
「はあ?」
ミサトがわけがわからないという顔をした。
リツコはそれを見て苦笑する。
ミサトの反応は無理もないことだ。
「彼は直接チルドレンとしてここに来たのよ。」
「直接?・・・チルドレンはマルドゥックの・・・そんな無茶が通った?」
「通された・・・ってのが本当ね、いるでしょ?そんなことが出来る連中が・・・」
「委員会!?」
リツコは頷いた。
正確にはゼーレだがそんな補足はしない。
「・・・いろいろと裏がありそうね・・・」
「そうね・・・」
「あっさりしてるわね、どうせたきつけるためにこんな情報を教えたんでしょうに・・・」
「あら?私そんなに腹黒く見える?」
「見えるわよ・・・」
「心外ね」
二人はそろって苦笑する。
ミサトはフィフスチルドレンの話を聞けばどうせ調べるだろうし、リツコもどうせミサトが調べるつもりなら早いほうがいいだろうとこの情報を持ってきた。
お互い長い付き合いの中で相手がどう動くか知り尽くしている。
「それで、そのフィフスはいつ来るの?」
「今日よ」
「ブ!!」
ミサトは思わず飲みかけのコーヒーを噴出した。
唐突にも程がある。
フィフスチルドレンが現れただけでなくそれを聞いた当日に来るとは・・・ミサトの反応も致し方ない。
「汚いわよミサト・・・」
「ケホ、ゴホ・・・ご、ごみん・・・でも今日来んの?」
「ええ、そうよ」
「いきなりにもほどがあるでしょう・・・」
ミサトは肩を落とした。
下調べや事前調査の時間がまるでない。
わざわざ教えてもらったかいがまるでなかった。
「それで、その子の名前は?」
「はい」
リツコは答える代わりにクリップボードにはさんだ一枚の履歴書を渡す。
「・・・渚カヲル?」
「そう」
「この身上書だけど・・・」
「言わなくてもわかっているわよ・・・」
「そう?じゃあ年齢と名前と生年月日以外の項目が全部UNKOWN(不明)なのは私の見間違いじゃないのか・・・なんで?」
「彼の過去は抹消済み・・・」
簡潔に答えるとリツコはタバコを深く吸って一気に吐き出す。
ゴジラの熱線のような勢いで煙が吐き出された。
「そんな吸い方・・・体によくないわよ・・・」
「人に迷惑はかけてないはずだけど?」
「ここに私いるんだけど・・・フィルターが無い分、副流動煙のほうが毒素は強いのよ・・・禁煙したら?」
「そうね」
ミサトの言葉に短く答えたリツコだが咥えているタバコは放さない。
再びリツコが深く吸うとタバコの灰になる速度が上がる。
ミサトは肩をすくめるともう一度書類に目を落とした。
「ねえ、何でここまでわからないことだけのこの子をネルフに入れたのかしら?司令の差し金?」
「委員会から直接来た子よ、断れるわけ無いでしょう?」
「それがわからないのよ。何でわざわざ委員会がマルドゥックの真似事をしているの?しかもせっかくのチルドレンの存在を今まで隠していたくせにこのタイミングで送り込んでくるなんてなにか別の意図があるとしか思えないわね」
「そうね・・・」
「心当たりはない?」
「それを調べるのは私の仕事じゃないし畑が違うわ、あなたがまだ近いでしょ?」
リツコの言葉を聞いたミサトがゲッという感じの顔になる。
明らかに心外そうだ。
「身辺調査なんて私も畑が違うわよ。」
「あなたが専門だって言ってないでしょ、あなたの近くに専門家がいるじゃない。」
「加持?・・・う〜ん、あいつか・・・でも加持もあれでいろいろ面倒を抱えているし・・・」
「今夜あたり頼んでみたら?」
「今夜?」
ミサトが頭をひねった。
リツコの言葉は何か裏の意味がありそうだが思いつかない。
そんなミサトを見たリツコがにやりと笑う。
何かいやな予感がした。
「寝物語でって事よ」
「ブ!!!」
「いくら専門家じゃなくてもそれくらい調べればわかるわよ。いい年してなにシェイクスピアみたいな逢引してるの?」
「それってロミオとジュリエット?・・・悲劇じゃない、縁起でもない。」
リツコのからかいにミサトは口を尖らせてすねた。
それを見たリツコが親友の子供っぽい姿にくすくす笑う。
「まあそれはともかく、頼んでみたら?」
「あたしだけに体張らせる気?」
「そんなものは気分の問題でしょう?どうせいつものことじゃない。」
「あんたね・・・そういうあんたこそ一人寝が寂しいんじゃないの?」
「ご心配なく、男に飢えてはいませんから」
リツコは余裕だ。
どうも虚勢じゃなくマジらしい。
「ぬな!!あんたいつの間に!?相手は誰よ!!?」
「黙秘権を行使するわ」
そう言ってリツコは吸い終わったタバコを灰皿に捨てて歩き出した。
ミサトはあわててその後を追う。
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加持に仕事を依頼した帰り、シンジは少し寄り道をして近くの公園に来ていた。
今後の事をブギーポップと話し合うためだ。
(なんとか間に合いそうですね)
(ああ、これで問題は次の使徒か・・・)
(いくら”サードインパクトが起こせない”からって放っておくわけにも行きませんし・・・今回は世界の敵との戦いより人間相手にしている時間の方が長い気がしますよ。)
(使徒も一応人間と言う事を考えればこの戦いは人間による人間のための戦いだ。)
(つまり歴史の戦争と大差ないって言うことですか?)
(人間は牙も爪も持たない代わりにその頭を使い、自分よりはるかに強い猛獣を倒してきた・・・今現在、この星の上において人間を脅かす存在は無い・・・だから人間は自身の内に敵を見出すしかないのさ)
それは歴史的な真理だ。
人間を脅かすものは同じ人間でしかありえない。
そう考えれば使徒と人間の戦いはやはり人間同士の内輪もめと言えるだろう。
人間以外、たとえばほかの動植物はそのあおりを食らったことになる・・・ことによるとこの地球そのものが・・・
何処まで行っても人の業は深いのかもしれない。
(・・・ん?)
(どうかしたんですか?)
(ちょっと間に合わなかったみたいだ.。)
(何がです?)
(使徒だ・・・近いな)
シンジは思わずベンチから立ち上がった。
慌てて周囲を見回す。
「ん?」
シンジは左右を見回していた首を止めた。
風に乗って誰かの鼻歌が聞こえてきたからだ。
鼻歌の方向を見ると銀色の髪が風に揺れていた。
「・・・誰だ?」
それは自分と同じくらいの少年だった。
公園の中央にある天使のオブジェの上に座っている。
「〜♪〜〜♪♪」
しばらく続いた後、少年の鼻歌は止まった。
「歌はいいねぇ。心を潤してくれる。リリンが生み出した文化の極みだよ。」
シンジは少年の言葉に聞き捨てなら無い単語が含まれていたのに気が付いた。
この少年はさっき確かにリリンと言ったのだ。
それが人間をさす言葉である事を知っているのは死海文書を解読したユイとそれを見たゼーレ、後はゲンドウ達くらいしかいないはずである。
それなのに、それを知っているこの少年は・・・
「そうは思わないかい?・・・碇シンジ君?」
「ぼくの名前を?」
「もちろん知っているさ、失礼だが君はもう少し自分の立場を自覚した方がいい」
少年の言葉にシンジは肩をすくめた。
言われるまでもない。
「ぼくがいろんな意味で有名なのは自覚しているよ、ぼくが言いたいのはぼくの名前を一方的に知っている君は何処の誰?」
「おや、これは失礼した。」
シンジの言葉に少年の肩が震えた。
どうやら苦笑したらしい。
振り返った少年の視線は赤かった。
(赤い目?)
それを見た瞬間、シンジはデジャブーを感じた。
思い出したのはレイの赤い瞳・・・
「僕はカヲル・・・渚カヲル、君と同じ仕組まれた子供、フィフスチルドレンさ」
「フィフス?・・・」
シンジとカヲルの視線が交差した。
カヲルは何を考えているのか笑っている。
しかしシンジにはそれが笑っているようには見えなかった。
条件反射で笑いの顔を作っているようにしか見えない。
どうやら目の前のカヲルは高確率で普通じゃないようだ。
(え〜っと・・・これはやっぱり?)
(彼が次の使徒だ。)
(・・・安易って言うかお約束って言うか)
カヲルから感じるものは最初に会ったときのレイにそっくりの雰囲気だ。
根幹の部分が似ているのかもしれない。
「・・・なんでここにいるのかとか聞きたいけれど、とりあえず降りてきたら?初対面の人間に上からものを言うのは日本ではあまり好まれないよ。それと、そんなところに座っていたら不審人物に見られるかもしれない。」
「おや、そうなのかい?それは失礼した。」
シンジの言葉にうなずくとカヲルはひらりとオブジェから飛び降りた。
結構な高さがあったがカヲルは問題なく地面に着地する。
「まずはありがとうシンジ君」
「なにが?」
「わざわざ注意してくれたじゃないか。」
「目の前で警察のご厄介になりそうな人がいたら注意するでしょ?特に君は狙ってやっているようでもなかったし」
さすがのシンジも道交法にひっかるとわかっていて馬鹿をする暴走族や違法とわかっててそれをやる犯罪者にまで注意したりはしない。
しかしシンジの内心に関係なくカヲルは自分の右手を差し出す。
シンジは差し出された手を見て少し考えたがその手を握り返して握手した。
「ところで、フィフスチルドレンの君がこんなところで何しているのかな?ネルフ本部に行かないとまずくない?」
「・・・実は君を待っていた。」
「はい?」
予想外の返答にシンジがちょっと意表をつかれた。
カヲルはそれを見て笑う。
「冗談だよ」
「・・・」(本当に冗談でしょうか?)
(君は前回のアルミサエル戦で顔覚えられたからね、お礼参りにこられてもしょうがないんじゃないか?)
(あん時はブギーさんも一緒だったでしょうが・・・)
(僕の顔は君と同じじゃないか、それとも君は自分の顔に文句があるのかい?)
(ワ〜オ、ここに人でなしがいる。)
(僕が人かどうかは君が一番よく知っているだろう?)
気が付けば正面に立つカヲルの顔が訝しげになっている。
どうやら黙り込んだシンジを見て何故何も話さないのか考えているようだ
「あ、ごめん」
「いや、いいんだけどね、それでよければネルフ本部まで案内してくれないか?」
「そりゃまたなんで?仮にもチルドレンなんだから護衛の一人もいるでしょ?」
「それが、はぐれてしまってね・・・僕もこの町に来たのは初めてだから何処に行けばいいのかわからないんだ。」
「なるほど、君の護衛の人はあまり性質が良くなかったようだね、ちなみにIDは?さすがにないと本部には入れないよ?」
カヲルが頷いてポケットからIDカードを出してシンジに見せた。
シンジも自分のIDと同じだと確認して頷く。
「じゃあ案内するよ。」
「ありがたいね〜」
シンジはカヲルに背を向けて歩き出した。
歩きながらシンジは先ほど見たカオルのIDの情報を思い出す。
IDには名前と生年月日が書いてあった。
(・・・セカンドインパクトの当日に生まれたか・・・)
(えらくうそ臭い生年月日だね、怪しんでくれっていわんばかりだ。)
(何か意図がある?いや、そもそも彼を送り込んできたのは誰だ?これが偶然なんていわないでしょうね?)
(ゼ−レだろうね、まさか使徒の一体を確保していたなんて・・・さすがに予想外だったな・・・)
シンジはチラッと横目でカヲルを見た。
カヲルもシンジの視線に気が付く。
「どうかしたかい?」
「うん、カヲル君・・・でいいかな?それとも渚君?」
「カヲルでいいよシンジ君」
「了解、ところでカヲル君は何処から来たの?ちょっと日本人離れしているからさ・・・気に障ったらごめんね」
「別に、気にはならないよ。ドイツからきたんだ。」
「ドイツね・・・」
内心「ゼーレじゃないの?」と突っ込みを入れたかったがここは我慢する。
二人は程なくネルフの正面玄関に辿り着く。
シンジとカヲルはそれぞれ自分のIDを通してシャッターを開けると本部の中に入った。
二人は並んでネルフ名物の長いエスカレーターを降りていく。
「ここを降りれば本部だけど、とりあえず発令所、ケージ、司令室、何処に行きたい?」
「そうだね、本来なら司令に着任の挨拶をすべきところだけど、先に食事でも一緒にどうだい?ここまで案内してくれたお礼に僕が代金を支払うよ」
シンジは携帯を取り出した。
かける先は今夜の夕食当番のマユミだ。
今夜は夕食がいらないことを伝えると携帯を切る。
「付き合うよ。」
「それはありがたいね〜」
「天下のネルフの司令を放っておいて先に食事をとるなんてカヲル君は大物だね〜」
「君ほど有名人ではないさ」
二人は笑って食堂に足を向ける。
その後ろ姿は仲の良い中学生そのものだったが・・・
「すまないねシンジ君、僕のわがままにつき合わせて」
「気にしなくていいよ。ぼくがここに来たときには案内してくれた人が道を間違えて迷子になってね、おかげで時間がかかった。来たばかりの君には本部のどこになにがあるかはわからないよ。」
「ところでさっきから気になっていたが・・・君は司令をお父さんとは言わないのかい?」
シンジの目が少しだけ細くなった。
カヲルを振り返らずに口を開く。
「ぼくとあの人が親子ってコトは知っているんだ。」
「まあ、それも有名だからね」
「”生みの親より育ての親”ってことわざが日本にはあるよ。」
「?・・・どういう意味かな?」
「人生いろいろ、人それぞれってコトさ」
「そうかい?」
横目で見たカヲルは変わらず笑っていた。
しかしシンジにはやはり笑っているように見えない。
相変わらず顔が笑みの形になっているだけといった感じだ。
To be continued...
(2007.09.15 初版)
(2007.12.01 改訂一版)
作者(睦月様)へのご意見、ご感想は、または
まで