天使と死神と福音と

第拾漆章 〔神羅万象に等しき友よ〕
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presented by 睦月様


「ここが食堂」

カヲルを案内してシンジは食堂にたどり着いた。
適当な席に向かい合わせで腰を下ろすとシンジはカヲルにテーブルに備え付けのメニューを渡す。

「なにを頼む?」
「日本に来たのも初めてだからなにがおいしいのかわからないんだ。教えてくれるかい?」
「そうだな、何か食べられないものは?」
「特にない」
「それならぼくが選んでいいかな?」
「お願いするよ。」

シンジはメニューを見た。
カヲルは日本の食事には慣れていないだろう。
だがこの先ネルフで過ごすなら日本食にもある程度慣れておいたほうがいい。
外国人でも問題なく食べれる日本食といえば・・・シンジはしばらく悩んだあと、カツ丼を二つ注文した。

「ご馳走様」

カヲルが箸をおいたことで食事は終わった。
二人の前には同じような空のどんぶりがひとつずつある。

「カヲル君、満足した?」
「うん、こんなにおいしいものがるなんて日本はいいところだね〜」
「へ〜」

感激しているカヲルにシンジは生返事で返す。

「ところでカヲル君?」
「なんだいシンジ君?」
「・・・胸焼けとかしない?」
「胸焼け?別にしないけど?」
「そう・・・」

シンジは引きつった目でカヲルの横にあるものに目を向けた。
確かにシンジとカヲルの前には丼がひとつずつある。
しかし二人の決定的な違いはシンジの周りにはほかに丼はないがカヲルの横には丼は三つほど積まれているという点だろう。

(・・・この細い体のどこにこれだけの量が入るのやら・・・)

最初の一杯で味を占めたカヲルが次々に頼んだのだ。
その食いっぷりは大食いの大会で賞金が稼げそうなほどだった。

しかしシンジの目の前のカヲルの体は細い。
よほど燃費が悪いか胃が人間離れしているかどっちかだろう。
そもそも使徒であるなら便利なS2機関を持っているはずで永久に食事の必要があるとは思えない。
つまりこれはカヲルが食べたかったから食べたということだ。

カヲルもチルドレンの一員なのだからそれなりの給料をもらっているので金銭面では問題はあるまいが・・・エンゲル係数高すぎだろう。

「丼は日本人の作り出した食の極みだよ。好意に値するね」
「カヲル君、君が何を言っているかわかんないよ。好意って?」
「好きって事だよ。」
「素直に好きって言えばいいじゃない。好意って言うのは対人関係の形容詞だよ。」

シンジの言葉を聞いたカヲルは少し考えた。

「シンジ君も好意に値するね。好きって事さ」
「それってカツ丼と同レベル?大体そう言う事は女の子に言うべきじゃないかな?」
「いけないのかい?僕にとっては等価値なんだ。」

フリーズ・・・時が止まった。
シンジの動きが止まって冷たい汗が流れる。
それを見るカヲルはアルカイックスマイルで笑っていた。

何か意味ありげな笑いに見えるのは気のせいだろうか?

(・・・それって僕はカツ丼とレベルが変わらないって事?それともどっちも(男も女も)ありって事?)
(案外限定(男オンリー)かもしれないね)
(何あっさり言っているんですか!!本当になったらどうするんですか!!?)

シンジの内心の動揺を知ってか知らずかカヲルが席を立つ。
思わずシンジがびくっと後方にあとずさった。

「さて、シンジ君も食べ終わったようだし、出来れば司令のところまで案内してくれると嬉しいんだけど」

実際はシンジはとうの昔に食べ終わってカヲルが食べ終わるのを待っていたのだがシンジもそこはスルーした。
突っ込む気も起きない。

「あ、わかった。でも・・・・」
「なに?」
「ぼくの後ろじゃなくて横を歩いてくれる?」
「なんでだい?」
「なんとなく危ないから」
「何が?」
「主にぼくの貞操とか」
「?・・・よくわからないけれどシンジ君がそう言うならわかったよ。」

シンジとカヲルは並んで食堂を出て行った。
実はシンジはカヲルに背中を見せたくなかったのだ。
理由は押して知るべし。

二人は並んで司令執務室までの道を歩く。

「ねえカヲル君?」
「なに?シンジ君?」
「カヲル君のエヴァはどうしたの?」
「それは・・・」

カヲルの専用エヴァはない。
しかしチルドレンとはエヴァのパイロットだ。

エヴァを操れない人間はチルドレンではない。

「僕は・・・とりあえず予備パイロットだよ。」
「予備?どのエヴァの?」
「どれでもかまわないよ」
「それは優秀だね。」

シンジは別に驚かなかった。
なんと言ってもレイとは違って100%オリジナルの使徒だ。
その程度の反則は軽くこなしたところで不思議は無い

やがて二人は司令執務室の前に来た。
シンジが扉の前のインターフォンを鳴らす。

『だれかね?』

インターホンから聞こえたのは冬月の声だ。
どうやらいつものようにゲンドウと一緒らしい。

「碇運送会社です。お届けものを持ってきました。」
『シンジ君かね?届け物?何の冗談かな?』
「品名はフィフスチルドレン、渚カヲル君ですね。」
『・・・ちょっと待ってくれ、すぐに開ける。』

どうやら一瞬で理解してもらえたらしい。
シンジがインターフォンから離れると自動で扉が開き始めた。

「僕は届け物かい?あながち間違いじゃないけど、ところで執務室にしては厳重だね、この扉も結構厚いようだ。」
「テロ対策って名目だけど実はこの部屋の持ち主が臆病なだけさ。」

扉が完全に開くのを待って二人は部屋に足を踏み入れた。
まず目に入ったのはお約束の光景、司令のいすにはいつものポーズのゲンドウがいてその斜め後ろにはこれまたいつものように冬月がいる。
しかもなぜかミサトとリツコまでいた。

ゲンドウは相変わらずサングラスで表情が見えないがほかの三人はシンジとカヲルの取り合わせに少し驚いている。

「へ〜、これは・・・セフィロトの樹だね」

しかしカヲルは4人より天井と床に描かれているものに目が行っているようだ。

「使徒を散々殺してきた組織のトップの部屋に飾るには洒落が効いていると思わない?」
「知っているのかいシンジ君?」
「まあね、霊長類の階位・・・つまり身分を図式化したもの、自分の属する階位より上の位には行けないっていうこと・・・人間は神に近づくことすら出来ないって言う意味でしょ?」
「それなのに人間の集まりであるネルフは神の使いである使徒を殺してきた。このセフィロトを真っ向から否定してきたわけだ。確かに洒落は効いているね。」
「人は生き続けねばならん、たとえ神を敵にまわしても・・・」

シンジとカヲルの会話を止めたのはゲンドウだった。
サングラスの下の目がカヲルからシンジに移る。

「・・・なぜここにいる?」
「途中でカヲル君に会ってね、話を聞くと護衛の人とはぐれて本部への道がわからなくなったらしい。」
「ならもう用はないだろう・・・帰れ・・・」
「歯に衣着せぬとはよく言った言葉だけど・・・カヲル君、あそこに一人だけ座っているやくざみたいな人がいろいろと有名なネルフの司令だ。」

ミサトとリツコが噴出しそうになったがゲンドウたちの手前我慢する。
ゲンドウは何も言わないが冬月も後ろで苦笑していた。

ゲンドウが…と言うよりネルフが方々から快く思われていないのはみな知っている。
その司令ともなるといい意味でも悪い意味でもネルフの象徴だ。
ゲンドウもなかなかだがシンジの言いようも負けてはいない。

「その隣に立っているのが冬月さん、何の因果か悪い男に捕まっていつの間にか副司令にされて面倒を押し付けられてたりする苦労性の人」
「シンジ君、君も鋭いことを言う。」

冬月はにやりと笑った。
シンジの言う悪い男とは自分に背中を向けているこの男以外ないと思っているようだ。

「そっちがネルフ作戦部長の葛城ミサトさん」
「ども〜」
「カレーをまずく作る天才」
「シ、シンちゃん?」
「そうなのかい?」
「そうなの」

ミサトは精神的ダメージを食らって真っ白になった。
その横ではリツコが「無様ね」とボソッと言っている。
だれもミサトをフォローしない。

「そして最後の人が・・・」
「E計画の責任者の赤木リツコです。よろしくね」

シンジの紹介をさえぎってリツコが自分で自己紹介をした。
このままシンジに紹介させたら何を言われるかわかったものではない。

「さて、全員の紹介が終わったからぼくは失礼するよ。ここにぼくがいると話が進まないようだしね」

話を止める一番の原因はシンジだがまったく悪びれない。
シンジはゲンドウ達に背を向けて出て行く。
室内にはゲンドウ、冬月、カヲル、ミサト、リツコの5人が残った。
軽く咳払いをして口を開いたのは冬月だ。

「まずはよく来てくれた。渚君、歓迎するよ」

カヲルは両手をポケットに入れた自然体だ。
礼儀にはかけるだろうがだれも文句を言わなかった。

「フィフスチルドレン渚カヲル、ただいま着任しました。」

カヲルの言葉にゲンドウが頷く

「・・・期待している。」
「最善を尽くしますよ。」

ゲンドウの言葉はいつもながら短い。
カヲルの今後の事など伝えなければならないことは多いくせにこの髭メガネはこれ以上話すつもりは無いらしい。
いつものパターンにため息をついて冬月が引き継いだ。

「君は今後この本部内で生活してもらうことになる。生活に必要な物はすでに居住区の部屋に運び込んでいるが後で自分でそろえるなんなり好きにするといい。本部内の事は葛城君と赤木君に聞けば案内してくれるだろう。」

ミサトとリツコがそろって返事をした事で冬月は満足げに頷いた。

「・・・では長旅の疲れもあろう。今日はゆっくり休みたまえ。」
「そうさせてもらいますよ」

カヲルはそう答えるとゲンドウたちに背を向けて歩き出す。
ミサトがその後を追った。

「・・・まさかだれより先にシンジ君に接触するとはな・・・」
「ゼーレが直接送り込んできたのだ。・・・この時期に、何か意味があるはずだ。」
「すぐに調べさせよう・・・シンジ君のほうはどうする?」
「フィフスの目的がわからん・・・シンジが目的ということもありえなくはない。監視はしたほうがいいだろう。」

冬月とゲンドウがそろってリツコを見た。

「渚カヲルのデーターを集めてくれ」
「承知しました。」

リツコもカヲルのことは気になっているので答えは即答だった。

暗く静かに事態は動く。
その流れに謀を乗せて・・・

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ガコン!!

シンジは腰をかがめて自販機の取り出し口からコーラの缶を取り出した。
プルタブをあけて一口含む。

(にしてもカヲル君・・・なんか意外って言うかなんと言うか・・・)
(今までとは違うアプローチだね・・・)
(アルミサエルのときのことがあるからてっきり問答無用で襲ってくると思っていたんですけど・・・)

使徒はその魂を融合して行っている。
だから当然カヲルにもシンジと戦った記憶があるはずなのだ。
アルミサエルのあの捨て台詞を考えればいきなり襲い掛かってくるか隙を突いてきてもおかしくない。
シンジはカヲルと一緒にいる間ずっとそれを警戒していたのだが、むしろ何もなかったことで肩透かしを食らっていた。

(何か変だったな・・・今までの使徒と何か根本的にずれているような気がする・・・)
(ああ、そういえばシンジ君?)
(はい?何ですか?)
(さっき面白いことに気がついたんだけど聞くかい?)

シンジはいやな予感がした。
ブギーポップがこんなことを言うときは決まってとんでもないことを言うときだ。
しかもあの自動的な口調で言うもんだから大抵意表をつかれる。

しかし聞かないという選択肢は最初からないのでシンジは深呼吸して腹をくくると聞く体勢になった。

(・・・どうぞ)
(六分儀ゲンドウ氏・・・彼にアダムの体が寄生している。)
(・・・・・・は?)

覚悟していたはずなのにシンジはやはり意表をつかれた。

(・・・寄生?)
(そう、寄生・・・正確には右の手の辺りかな)
(どどどど・・・)
(どら焼き?おいしいね)



「じゃなくて!!」


思わずシンジは声に出してしまっていた。
ついでに握っていたコーラの缶を握りつぶしてしまって中身がぶちまけられている。

はっと我に返ったシンジがあわてて周囲を見回すが・・・大丈夫、人影はない。
こんなところを見られたら何を言われるか分かったものではない。

(・・・どういうことなんです?)
(まあ要するに彼の体の中にアダムの体があると・・・)
(そんな脊髄反射みたいな答えを聞きたいわけじゃありませんよ。大体どうやって?移植でもしたんですか?)
(食ったんじゃないかな?)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?)

言われたことが理解できなかった。
その意味を理解するまで数秒・・・

(・・・つまりその・・・)
(初号機がS2機関を取り込んだときと同じだよ。多分こうぱくっと・・・)

シンジの知る限りアダムの体はあの胎児のような姿だったはずだ。
それを取り込んだ=食った。


「なに食ってんだ!あのくそ親父!!」


思わずさっき以上の大声で叫んでしまった。
しかし違いはほかにもある。
今度は観客者いたのだ。

シンジが何気なく横を見ると驚いた顔のカヲルと目が合った。
どうやらシンジに声をかけようとして大声に固まったらしい。
その隣にはミサトの姿がある。
こっちも驚きで目を見張っている。

「シ、シンジ君?どうかしたのかい?」
「カヲル君・・・いや、いいんだ。とっくに他人になっていたんだから・・・そう、あのろくでなしが何しようと知ったこっちゃない・・・」
「そ、そうなのかい?」

なにやら暗黒面に落ちかけているっぽいシンジにカヲルを初め、ミサトも何も言えなかった。

「そういえばなんでこんなところに?」
「え?ああ、挨拶が終わったからね、これからあてがわれた部屋で休もうかと思っているんだ。」
「部屋?ネルフに?」
「そうらしいよ。君はどうするんだい?」
「ん?家に帰るつもりだけど」
「家か・・・」

いきなりカヲルが遠い目をする。

「帰る家、ホームがあるという事実は幸せへとつながる。良いことだよ」
「言いたいことはよくわからないけれど家は大事だね、今度招待するよ。」
「それはうれしいね〜それじゃあ僕は部屋に行かないと・・・」
「あ、引き止めてごめんね」
「気にしなくて良いよ、シンジ君」

そう言ってカヲルは歩き出した。
ミサトも後をついていくがその途中でシンジを振り返った。

「シンちゃん、渚君を送ったら私もあがりだから一緒に帰りましょうね〜ん」
「ミサトさん、それはいいですけど道に迷わないでくださいよ。」
「シ、シンちゃん・・・」
「ん?ああ・・・なるほど、葛城さんがシンジ君を案内して道に迷ったって言う人だったのか・・・」
「渚君まで・・・」

二人のタッグ技にミサトは少しいじけた。
しかしそんなミサトに関係なくさっさと進むカヲルに気づいてあわてて後を追う。

「それじゃ・・・またね、シンジ君」
「え・あ、うん・・・またね?」

シンジはふいにカヲルの最後の言葉のニュアンスが気になった。
別に何の変哲もない別れの挨拶に思えるが何か引っかかる。

次の日・・・

「ああ、なるほど、こういうことか・・・まあ考えれば当然だよね・・・」

場所は学校・・・シンジ達の教室・・・
シンジの視線の先には黒板に書かれた名前・・・渚カヲル・・・
そしてその横で相変わらず笑いながら「学校はいいね〜」などとわけの分からないことを呟いているカヲルがいた。

「転校生の渚カヲル君です。ではこの後のホームルームは自由時間とします。」

ひどく生徒達に理解のある担任はそう言って教室を出て行った。
次の瞬間、爆発したかのような勢いで教室が一気に騒がしくなる。
今回は担任のお墨付きがあるのでヒカリも野暮な注意を入れない。

「何処から来たの?」「何処にすんでいるの?」「趣味は何?」「売れる・・・売れるぞこれは!!」

一部不穏当な会話があるが質問しているのはほぼ女子・・・まあカヲルのあのルックスでは仕方ないだろう。
とうのカヲルは皆の質問には答えずアルカイックスマイルで笑っているだけだ。
しかしその笑顔と赤い視線を向けられた女子は顔を赤くして黙り込む。
そんな感じで徐々に教室は静かになって行った。

「売れる!売れる!!売れるぞ!!!」

馬鹿が一人うるさいままだ。
しかもオプションでシャッターの音が付いていてさらにうるさい。

「なんなんやあいつ?」

何時の間にかシンジのそばに来ていたトウジが女子に囲まれているカヲルを呆れた目で見ながら言った。
周囲を見回すと他にもレイ、アスカ、マナミ、マナ、ムサシ、ケイタとさらにヒカリまでいる。

この騒動に巻き込まれていないのはシンジ達のグループだけだ。
若干一名は進んで騒ぎに参加しているが彼は彼でいろいろあるのだろう。
そっとしておいてやるのも友情だ。

(そう言えばカヲル君はアダムの体に気がつかなかったんでしょうか?)
(人間の体の中にあって分かりづらくなっているからね、違和感くらい感じたかもしれないが、初対面じゃ難しいんじゃないかな?僕達はゲンドウ氏に面識があったからその違和感に簡単に気が付けたけど、マユミさんの時とおんなじさ、人間の体を使って隠す。そう言う意味もあるんだろ、気づいたのはおそらくあの時だろうしね)
(なるほど・・・)
(ついでに言えばアダムには魂が入っていないから地下のリリスの体の方が気配が強いんだと思うよ。)

さすがネルフ総司令というべきか・・・転んでもただでは起きないあたり只者ではない。
ただ、もう少し手段は選んだほうがいいと思う。
そのおかげでシンジ達が苦労しているのだから

(・・・ブギーさん?)
(なんだい?)
(アダムって美味いんでしょうか?)
(甘くはないと思うよ。食べたいとは思わないけどね。)
(ゲテモノ食いにもほどがあるでしょうに・・・本当に手段を選んでいないなあの馬鹿親父・・・)

シンジはため息をつく。
その肩に手が置かれた。
シンジが見上げるとマナがカヲルを指差している

「シンジ君、あのカヲルって人こっち見ていない?知り合いなの?」

マナが言い終わるより早くカヲルは人垣を脱出してこちらに歩いてくる。
その視線はずっと固定されたまま・・・シンジに釘づけだ。

「やあシンジ君、またあえて嬉しいよ。」
「こちらこそ、昨日のまたねってのはこのことだったの?言ってくれればよかったのに」
「はは、びっくりさせたくってね」

教室の全員が二人をいぶかしげな目で見た。
転校生であるカヲルと友人のように話すシンジ、二人の関係に全員が注目する。

シンジに挨拶したカヲルは視線をシンジの周りにいるみんなにも向けた。

「初めまして、これからよろしく」

カヲルの言葉にみんながお互いの顔を見合う。
この転校生は自分達を知っているようだが自分達は誰も知らない

説明が抜けているのがカヲルらしいとシンジは苦笑する。
思い出せばレイも最初はこんな感じでどこか肝心な部分が抜けていた。
対人関係の経験が少ないせいだろう。
このままでは話が進まないと判断したシンジは助け舟を出すことにした。

「改めて、フィフスチルドレンの渚カヲル君・・・よろしく」
「ああ、シンジ君、こちらこそ」

シンジとカヲルが握手するのを見たクラスの全員がさっきのシンジの言葉を反芻する。

「「「「「なに!!!!!」」」」」

一瞬遅れて全員の顔に驚きの感情が発動した。
あまりにさらりと言われたために反応が遅れたのだ。

うるさいくらいに騒ぐ周囲を無視するようにレイだけは黙ってカヲルを見ていた。
それに気がついたカヲルもレイを見る
二人の視線がお互いを射抜いた。
同じ赤い視線が交差する。

二人の間に奇妙な緊張感が降りた。
その圧迫感に押されて他の皆は口を挟めない。

いつまでも続くかと思われた沈黙を破ったのはシンジだった。

「そのくらいにしない?カヲル君?」
「シンジ君?」
「もうすぐ授業も始まるし、ネルフにいってからでも話くらい出来るでしょ?」

カヲルは笑ったままの顔でシンジを見る。
シンジも笑ってカヲルの視線を受け止めた。

「確かに、シンジ君の言うことは正しい・・・君は本当によく気がつく人だ。ガラスのように繊細だね?・・・特に君の心は」
「・・・・・・・ガラス?」

さっきまでとはまた違う、妙な空気が教室に漂ってきた。
シンジもいやな予感に冷や汗が出る。

「僕は君に会うために生まれてきたのかもしれない」

瞬間・・・教室の時間が止まった。


「不・不潔よ!!!」


ヒカリの叫びは校舎のほかの会にまで響き渡り、何事かと教師や生徒が集まるという事態に発展する。
シンジとカヲルの噂は次の休み時間が終わるまでに全校に広がった。
内容は言うまでもない。

主に広めたのはケンスケであり、それによってシンジとカヲルのツーショットが(女子に)売れに売れ、彼の財布を潤したらしい。
しかし後日シンジにつるし上げになったのは言うまでもない。

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昼休み、シンジ達は凪の保健室に集まっていた。

「なんなのよあいつは!!」

アスカの怒声が保健室に響いて凪は顔をしかめる。

「何が気にいらんのか知らんが惣流、うるさいぞ」
「う、すいません・・・」
「それで、シンジのあれは何だ?」

凪が指差したのは保健室の隅で体育座りをしているシンジだった。
部屋の角の部分を見ながら何かぶつぶつつぶやいている。

「し〜らないま〜ちをあるい〜てみた〜い〜どこかと〜おくえ〜い〜き〜た〜い〜」
「古い歌を知っているな・・・一体なにがあったんだ?」
「それが・・・」

ムサシが言いにくそうに口を開く。
事情を聞いた凪がシンジの背中に呆れたような哀れむような視線を向けた。

「・・・それは何と言うか・・・」
「しかも、ケンスケの話だとシンジ争奪レースに新たにその渚のオッズも入ったらしいです。かなりの人気で買っているのは主に女子の・・・」

ムサシは最後までしゃべることが出来なかった。
その肩に置かれた手にブリキ人形のような動きで振り向く。

「なに余計なこと喋り捲っているかなこの口は・・・」

肩に置かれたのは左手・・・右手はすでに白い光を帯びている。

「ぼくのこの手が光って唸る!!余計な口を塞げと轟き叫ぶ!!!」

「ま、待てシンジ!!それはマジにやばいだろ!!!」


ムサシは冗談ではなく生命の危機を感じた。
あの右手はいろんな意味で問答無用だ。
シンジの壊れた笑顔がやばい。

「シンジ、ちょっと待て、ここは俺の仕事場だぞ?」
「な、凪先生〜」
「汚れるのは困る。」
「それだけですか!?」

凪のいまいち薄情な言葉にムサシの顔が青ざめる。
対するシンジはにやりと笑った。
即座に空間を削る。

移動したのは保健室備え付けのベットの直上の空間・・・
空中で体勢を入れ替えたシンジはムサシをパワーボムの体勢でベットにしかれていた布団の上に叩き落す。

ドスン!!

もちろんシンジも計算している。
布団の上では衝撃は吸収されるものだ。
現にムサシは白目をむいて気絶する程度で済んでいた。

シンジはふらりと立ち上がると再び部屋の隅で体育座りをする。
しかしコテンと横に倒れた。
なんとも哀れだ。

「こわれそお〜なものばか〜りあ〜つめて〜し・ま・う・よ〜かがやきは〜か〜ざりじゃな〜い・が〜らすのじゅ〜うだい〜」
「また古いなこれも・・・何処からそんなレパートリーを仕入れてきたんだ?」

落ち込みようがただ事じゃない。
ケイタが見かねて声をかけた。

「シ、シンジ君、ほら噂って75日って言うじゃないか。」
「・・・後74日か・・・長いな・・・明日どんな顔で学校に来ればいいと思う?」
「ふ、普通でいいんじゃない?」
「トウジとかドン引きしてたしな・・・委員長の目を見たか?ケンスケはやたらぎらぎらした目をしていたな・・・」

これはダメだと皆が諦めの感じになる。

「話が進まんな・・・おい、いいかげん出て来い」

凪の言葉に反応するようにシンジが立ち上がった。
振り向いたシンジの顔に左右非対称の笑みが浮かぶ。

「シンジじゃ話にならん。お前が知っている事を説明しろ。」
「横暴だな・・・まあいいさ、彼・・・渚カヲルはフィフスチルドレン、五人目の適格者って奴らしい。」
「「「「なに!!」」」」

アスカ、マナ、ケイタの三人がそろって叫ぶ。
教室で聞いていたはずだが半信半疑だったのだろう。

「どういうことだ!?聞いていないぞそんな事!!」

ムサシが代表で全員の心の声を代弁した。
いつの間にかベットから復活していたようだ。
案外タフらしい。

「伝え忘れたんじゃないか?」
「伝え忘れって・・・」
「さらに彼は使徒だ。17番目の」


「「「「○▽●×■♪×▽∵▲!!!!」」」」

全員の驚愕の声が重なって何を言っているのかわからない雄叫びになった。
阿鼻叫喚と言う言葉にぴったりだ。

「落ち着いたかい?」
「「「「「おかげさまで」」」」」

異口同音・・・
騒ぎが納まるまで五分ほどかかった。

ブギーポップの自動的な口調が小憎らしい。

「でもあいつが使徒だとして・・・なんであんたは放っているのよ。」
「ここでいきなり彼を排除するのは不可能ではないが、MAGIも感知していないのに使徒だと言ったところで説得力は無い。そうなると真実はどうあれ人殺しだろう?今行動をするメリットは薄いよ。」
「でもあいつをこのままにしておくと危険じゃない?獅子身中の虫ってやつでしょ?」
「難しい言葉を知っているね、もちろんそれもあるが・・・」
「何よ?」
「彼とは話が出来そうだ。」

その言葉に全員が顔を見合わせた。
確かにカヲルは今までの使徒と違って話が出来る。
アルミサエルのように好戦的でもない。

「多少は計画をいじる必要がありそうだがね・・・」

ブギーポップはそう言って苦笑した。
ようするに対症療法しかないと言うことだろう。

行き当たりばったりとも言うがその分選択肢と自由の幅があるとも言える。

「ああ、それともうひとつ、アダムの体だけど今は六分儀司令と一緒だ。」
「どういうことだ?」
「どうも食って取り込んだらしいんだなこれが・・・」

保健室に再び絶叫の嵐が吹き荒れた。

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数時間後・・・ネルフ実験場・・・
正面のモニターに映るのは4人、当然シンジ、アスカ、レイ、カヲルだ。

学校からネルフに来たシンジ達はミサトたちから改めてカヲルを紹介された。
その後、本日の予定であったシンクロ実験に望んでいる最中だ。

「・・・この数字は間違いないの?マヤ?」
「はい・・・間違いはありません」

実験結果を見ていたリツコとマヤの顔色が変わる。

「・・・理論上ありえないことです。コアの書き換えなしでシンクロするなんて・・・しかもこれは・・・」

マヤの目の前のディスプレーの数字をリツコはにらむ
それはマヤの言う通り理論上ありえないはずの数値だからだ。

「・・・どういうこと?」

シンクロ実験後、呼び出されたミサトの第一声はそれだった。
リツコは正面のミサトを見もせずにパソコンのキーボードを叩いている。
その横にはマヤが控えていて資料をまとめていた。

「つまり彼・・・コアの書き換えもなしにシンクロしたの・・・それも零号機、初号機、弐号機・・・三機共・・・もっとも実際に乗ったわけじゃないし、シンジ君たち正規のパイロットほどシンクロ率は高くない・・・でもそんなことは問題じゃないでしょ?」
「完全な専用機であるエヴァに本来のパイロットではないはずの渚カヲルはシンクロした・・・しかも一機だけじゃなく全部のエヴァに・・・」
「理論上ありえないことです。・・・MAGIも回答不能を提示しました。」

マヤの言葉にミサトがうめいた。
MAGIにわからないことがわかるほど上等な頭はしていない。
だからミサトはそれをわかっているであろう親友に聞くことにした。

「リツコ・・・彼は何者?」
「彼はおそらく最後の・・・」

リツコは最後までいうことが出来なかった。
言いかけた口は後ろから回された手で塞がれる。

「出来ればそこまでにしてください。」
「シンジ君!!」

思わずミサトは叫んでしまった。
さっきまでいなかったはずのシンジがいつの間にかリツコの背後に現れていたのだ。
シンジが手を離すとリツコがいすを回して背後のシンジに振り返る。

「・・・説明してもらえるかしら?なぜ渚君のことを調べてほしくないのか?」
「驚かないんですね?リツコさん・・・すっかりなれちゃって反応薄いです・・・ちょっとさびしいですよ?」
「いまさら何があっても驚くに値しないわ、それよりも・・・」
「まあいいですけど、彼の正体を知ればネルフが動くでしょう?それはまだ早いし危ない。」
「早い?危ない?いえ、それよりもシンジ君・・・貴方ひょっとして」
「ええ、そういうことになりますか、ぼくは彼の正体を知っています。」

その言葉にミサトとマヤが息を呑んだ。
リツコは内心はともかくポーカーフェイスを貫いている。

「どうして知ったのかは聞いても教えてくれないんでしょうね・・・私がそれを黙っていると何かいいことがあるの?」
「いろいろと貸しがありましたよね?」
「あれはすでに払い済みじゃなかったかしら?」
「世の中等価交換でしょう?科学者なんですからどっちが不足しているか比べるまでもないことはお分かりのはず・・・ご返答はいかに?」

リツコはしばし黙考した後口を開いた。

「一つだけ・・・近いの?」
「そうですね、前に言ったとおり渚君のことが終わったら・・・」
「そう・・・どのくらいを見込んでいるのかしら?」
「おそらくこの数日が山ですね・・・ぼく達ではなく向こうが・・・彼のことはぼくに一任してくれませんか?」

シンジの言葉にうなずくとリツコはパソコンのデーターに向き直り、データをまとめてゴミ箱アイコンに送った。

「あ!!先輩いいんですか!?」
「多分ね・・・」
「そんな多分なんて・・・これって提出しなければいけないはずですよね?」
「かまわないんじゃないかしら、催促が来るころには終わっているはずだし、そうでしょうシンジ君?」

リツコの言葉にシンジは頭を掻きながら頷く。
リツコも分かってきたようだ。
自分が踏み込める領域というものを

「ほかに私たちに出来ることはない?」
「手を出さないでくれれば十分です。」
「楽でいいわね・・・余計なことをするなってコトかしら?」
「今回は面倒な方向に転がりそうなんですよ。その危険は出来れば回避したいんで・・・」
「ちょっとシンちゃん?」

たまらずミサトが乱入してきた。
作戦部長としては聞き捨てならない単語がさっきから飛びまくっている。

「私は説明してほしいんだけど?」
「そうしたいのは山々ですが拒否します。さっきも言ったとおり静観していてください。」
「そんな・・・」
「詳しくはいえませんがそれがベストです。それにミサトさんたちにはあとでたっぷりやってもらうことがありますから・・・」
「え?」
「ではそういうことで〜」

シンジはミサトの横をすり抜けるとさっさと部屋を出て行った。
ミサトはその後姿をあっけにとられて見送った後、親友を振り返った。

「リツコ〜」
「あきらめなさいミサト、シンジ君がああ言った以上なにを言っても無駄よ」
「何であんたそんなにクールなの?」
「シンジ君はおそらくサードインパクトは防いでくれる。途中経過に彼がなにをしようと人類滅亡に比べたら些細なものよ?」
「・・・そんなこと言って・・・シンちゃんの秘密と引き換えなんでしょう?」
「悪い?」

あっさりと言い切るリツコにミサトはいろいろなものをあきらめた。

同時刻・・・第三新東京駅・・・
1人の青年が電車からホームに降りた。
二十代半ばくらいのスーツ姿の青年はホームを見回して誰かを探しているようだ。

「まったく凪のやつ・・・急に急がせるなんて何かあったのか?」

その後ろから同じように一人の男性がホームに降りる。
青年の隣に並んだ男はおそらく30位だろう。
サングラスをつけていて普通のジーンズと白地のシャツを着ている。
どこから見ても旅行者といった感じだ。

しかし、多少眼力のある人間なら男の立ち振る舞いの無駄のなさに只者でないことがわかるだろう。

「ここが第三新東京市か・・・」

周囲を何気なく、しかし油断せず見回す様はまるで侍を連想させた。







To be continued...

(2007.09.15 初版)
(2007.09.22 改訂一版)
(2007.12.01 改訂二版)


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