天使と死神と福音と

第拾漆章 〔神羅万象に等しき友よ〕
V

presented by 睦月様


まだ夜の明けたばかりの早朝・・・第三新東京市のはずれの湖のほとりに人影があった。
湖に向かって岸から突き出した岩の上に立つ姿はカヲルだ。
その手に持っていたソフトボールくらいの大きさの黒い玉を無造作に湖に放り込む。

カヲルは目を閉じて数秒待つ
いきなりカヲルの周囲にモノリスが現れた。
数は12・・・

『ネルフ・・・。我らゼーレの実行機関として結成されし組織・・・我らのシナリオを実践する為に用意された物・・・』
『だが、今は一個人の占有機関になり果てている・・・我らの手に取り戻さなければいかん』
『全てのカードが揃う前に・・・』
『・・・約束の日の前に・・・ネルフとエヴァシリーズを本来の姿にしておかなければならない』
『六分儀にはゼーレに対する背任・・・その責任は取って貰わなくてはならない』

モノリスたちはその中心に立っているカヲルを無視して話を進めていく。
カヲルも会話に興味がないのか瞑想するように軽く目をつぶったままだったが、不意に苦笑しながら口を開く。

「人は無から何も作れない。人は何かにすがらなければ何も出来ない。人は神ではありませんからね・・・」
『だが、神に等しき力を手に入れようとしている男がいる。』
『我の前に再びパンドラの箱を開けようとしている男がいる。』
『そこにある希望が現れる前に箱を閉じようとしている男がいる。』

カヲルが目を開けた。
その顔は皮肉げに笑っている。
とてもじゃないが真剣さは感じられない。
彼にとってこの集まりはその程度のものなのだろう。

「・・・希望?あれがリリンの希望ですか?」
『希望の形は人の数だけ存在する。』
『希望は人の心の中にしか存在しないからね・・・だが、我らの希望は具し動かされている。』
『それは偽りの継承者である黒き月よりの我らが人類、その始祖たるリリス』
『そして正統な継承者たる失われた白き月よりの使徒、その始祖たるアダム』
『その魂はサルベージされた君の中にしかない・・・だが、再生された肉体は既に六分儀の中にある。』

カヲルの笑いが変化した。
今までの仮面のような笑顔から感情のこもったものになる。
しかしその変化に気がついたものはいない。

「シンジ君の父親・・・ヒトの運命か・・・ヒトの希望は悲しみで綴られているね・・・」
『だからこそ、お前に託す。我らが願いを・・・』

言葉とともにすべてのモノリスが消え去った。
後に残ったのは穏やかな朝の湖面を眺めるカヲルだけだ。

「解っていますよ、その為に僕はここにいるのだから・・・」
『全てはリリンの流れのままに・・・・・・』

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「こんな早朝からなにしているのかしら・・・」

カヲルのいる湖からそれほど遠くない国道に青いルノーが停車していた。
その隣でガードレールから身を乗り出して双眼鏡を構えているのはミサトだ。

その視線が見つめるのは湖畔にたたずむカヲルの姿・・・その双眼鏡の中のカヲルが振り向いた。

「ッツ!!!」

ミサトはあわてて双眼鏡を離す。
最後に見たカヲルは笑っていた。
まるで自分に向かって笑いかけたかのように

「私に気がついた?・・・まさかこの距離で?」

肉眼では湖しか見えない。
やはり双眼鏡でも使わなければ誰かいるなど・・・この距離でわかるはずがない。

「・・・これがシンちゃんがかかわるなといった理由?・・・そしてリツコが何も言わない彼の正体?・・・まさかね・・・」

そうは言ったがミサトは完全に自分の言葉を否定できなかった。

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シンクロテストが終わったレイは本部通路に備え付けられたベンチに座っていた。
その手には一冊の小説が開いているがそのページはまったく進んでいない。
別のことを考えていて心ここにあらずだ。

レイの気を引いているのはもちろんカヲルの存在。
昨日初めて会った時に感じた奇妙な感覚・・・
ブギーポップから彼の正体が17番目の使徒、タブリスと聞いて疑問は解消した。
しかし同時にべつの悩みがレイの中に生まれた。

使徒であるカヲル・・・彼はこの世界で唯一の存在だ。
その在り様は自分と近い・・・その彼とどう接すればいいのか・・・レイは自分の心がわからなかった。

「やあ、僕を待っててくれたのかい?」

思案の海に沈んでいたレイは不意に声をかけられて顔を上げた。
その目に映ったのは赤い瞳・・・
カヲルの顔が何時の間にか目の前にある。

「・・・・・・フィフス」
「綾波レイ・・・君は僕と同じだね・・・」

カヲルの言葉にレイの顔が驚きの顔になった。
それはさっきまで自分が考えていた事と近い。
そんなはずはないが心を読まれたのかと思ってしまう。

「お互いに、この星で生きていく形はリリンと同じ形へと行き着いたか・・・」
「・・・私は・・・」
「ん?」
「私はあなたじゃないわ・・・あなたとは違う」

レイにとってはそれだけは否定したかった。
それを認めてしまえばシンジ達の繋がりが切れてしまうような気がしたからだ。
所詮自分はシンジ達とは違う・・・その事実がレイには重い。

そんなレイに対して、カヲルは笑って頷いた。

「そうだね、でも僕達も・・・そしてシンジ君達も皆同じだ。・・・リリン達はそれを忘れてしまっているようだけどね・・・」
「シンジ君達も?」
「そうだろう?・・・ん?」

レイの答を聞いたカヲルの顔が訝しげな物になる。
会話に何か奇妙なずれがある。
自分は彼女が知っていて当然と思っていることを話しているが彼女はカヲルが思っていた反応を返してこない。
と言うよりまるでカヲルの話している事の趣旨をわかっていないようでもある。

対するレイも自分が言った事が何かおかしかったのかとカヲルを訝しげに見返していた。

「・・・気がついていないのかい?・・・いや、これは・・・」

何かに思い至ったカヲルの顔がはっとした。
カヲルの素の顔が覗く

「ファーストチルドレン・・・いや、綾波レイさん?君はまさか・・・」

その驚いたカヲルにレイは何か言いしれぬ不安を覚えた。
カヲルの次の言葉が理由も分からないのに恐ろしい。

「何しているんだい?」

次の言葉を放つより早く、別の声がカヲルの動きを止めた。
カヲルの肩越しに声の主を見たレイの顔が恐怖から満面の笑みへと一変する。

「シンジ君!?」

レイがカヲルの脇を通って駆け出す。
振り向いてカヲルが見たのは自分に視線を向けるシンジとその後ろに隠れているレイだった。

シンジは横目でレイを見るとカヲルに視線で何事かと聞く。

「・・・すまないシンジ君、彼女を怯えさせる気は無かったんだ。」
「よくわからないけれどそうなの?」
「ちょっと聞きたい事があったんだけど・・・怖がらせてしまったらしい。すまないね、綾波さん?」
「・・・・・・いい」

しかし、レイはシンジの後ろに隠れたまま出てこようとしない。
どうやらかなりおびえてしまったようだ。
カヲルはため息をつくと苦笑してレイからシンジに視線を移す。

「シンジ君は今から帰りかい?」
「いや、これからシャワーに行こうかと思っていたんだけど・・・」

そう言ってシンジは手荷物を見せた。
タオルや洗面器の入ったバックだ。。

「僕もご一緒していいかな?」
「え?」
「シャワーだよ。だめなのかい?」
「・・・いいよ、レイは先に帰る?」
「・・・・・・シンジ君が行くなら私も・・・・」

と言う事で三人でシャワーに行く事が決定した。
浴場でレイがシンジについて男湯に入ろうとしたのはお約束だ。

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「「ふ〜」」

湯船に肩までつかったシンジとカヲルが同時にため息を漏らす。

「ここは凄いね、これ銭湯って言うんじゃないかい?」

シンジはシャワーですますつもりだったがカヲルもいると言うことでネルフ名物の大浴場に案内した。
正に銭湯と言った感じの作りをみると設計者はおそらく冬月あたりだろう。
なぜネルフの中に銭湯があるのかと突っ込みたい点はあるが無いよりは遥かにいい。
やはり日本人は湯船につかって何ぼなのだとシンジは思う。

「シンジ君?」
「ん?なに?」

横に並んで湯船につかるカヲルがシンジの手を握ろうとしてきた。
シンジは思わず手を引っ込める。

「一時的接触を極端に嫌うね・・・君は」
「日本では握手とかもあんまり一般的じゃないからなれていないだけさ」

実際のところカヲルの同性愛者疑惑も関係するがシンジはそれは言わない。
まだそうと決まったわけではないからだ・・・かなり可能性は低い気がする・・・どうもカヲルは恋愛と友愛に差がないようだ。
つまりlikeとloveの差がないということ・・・以前のレイと同じ、好きではあってもそれがどれほどのものかわかっていないから周囲に誤解を招いているだけだろう。

「人間は寂しさを永久になくす事はできない。ヒトは一人だからね、ただ忘れる事が出来るから、ヒトは生きていけるのさ」
「たしかにね、もし悲劇や憎しみを忘れることが出来なかったなら・・・この世界は地獄だっただろうね・・・」

人は楽しかったことや幸せだったことより悲しかったことや悔しかったことのほうが長く記憶に残る。
もしそれに囚われたままでいなければいけないとしたなら・・・それは苦痛でしかないだろう。

「常に人間は心に痛みを感じている。・・・しかし他人を知らなければ、裏切られることも、お互いに傷つくこともない」
「でも、寂しさを忘れることもない・・・」
「ヒトは寂しさを永久になくすことはできなさ、ヒトは一人だからね・・・」
「だからこそ寄り合う・・・心の隙間風を埋めるために・・・たとえ一時しのぎにしかならないとしても・・・」
「心が痛がりだから、生きるのもつらいと感じる」
「痛みは命の危険信号だ・・・それを嫌うのは生き物として正しくは無いかい?」

シンジの答えにカヲルは頷いた。
アルカイックスマイルで笑っているところを見るとこの問答に満足したようだ。

「今日はマントの彼はいないのかい?」

二人の周囲の温度の感覚が下がった。
同時にシンジの雰囲気が変わる。

「・・・僕ならここにいる。」

シンジの口調が自動的なものに変化した。
ブギーポップが出てきたらしい。

「この世界で自分の体を持たない君は常にシンジ君とともにあるというわけかい?」
「シンジ君には悪いことをしていると思っている。・・・やはり君は以前の使徒の魂と融合していたのか?」

カヲルは黙ってうなずく
その口元に浮かんだ苦笑が肯定を示していた。

「正直、何故君が僕たちにちょっかいを出さないのか疑問だった。」
「ああ、それで僕のことを警戒していたのかい?」
「気がついていたのかな?」
「初めて会った時からシンジ君が僕を警戒していたのは知っていた。あのときにすでに僕の正体に気がついていたのか・・・」

どうやらカヲルは案外鋭いところがあるらしい。
シンジがそれとなくカヲルを警戒していたのに気がついていたようだ。

「正直、君がいきなり襲ってくるかと思っていたんだが・・・」
「僕と融合したアルミサエルたちの魂は君を危険だといって排除したがっているようだが・・・僕にとってはそれを聞く必要はない。」
「仇討ちは古い?」
「いや、僕の本当の名前はタブリス・・・つかさどるのは自由・・・何者をも僕を縛ることは出来ない。」
「でも今はゼーレに繋がれている?」

シンジの言葉にカヲルが薄く笑ってうなずいた。
どうやら自分でもそう思っているらしい。

「しかしそれは僕の願いでもある。」
「アダムとの融合、それに都合がいいからかい?・・・君たちは何故それほどまでにアダムの元に向かおうとするんだ?それこそ命がけで?」

カヲルは首を振った。

「君も老人達も勘違いをしている。」
「勘違い?」
「そう・・・18の使徒・・・死海文書・・・エヴァ・・・そしてサードインパクトの真の意味とセカンドインパクトの本当の狙い・・・」
「・・・・・・死海文書の翻訳が間違っていたということ?」

勘違いといわれて真っ先に思い当たるのはそれだ。
ユイが聞けば憤慨するかもしれないが、翻訳が間違っていたと考えればそれも納得がいく。
何が間違っているのかは分からないが

「ちょっと違うね、翻訳自体は問題がないがその解釈に問題がある。」
「解釈?」

ブギーポップの目が細くなった。
同時に氷のような殺気が二人の間に漂う。
対するカヲルはこの殺気に気がついているはずなのに飄々と笑っている。

「・・・そうだね〜ヒントは僕たち使徒はアダムと融合したいわけじゃない。・・・戻りたいのさ・・・」
「戻りたい?」
「帰巣本能というべきかな・・・リリンはそれを忘れてしまっている。・・・あまりにも細分化されてしまったから・・・」
「それはすべての使徒に備わっているのかい?」
「ああ、本来は綾波さんも・・・」

カヲルはチラッと女湯のほうを見た。
その先にはレイがいるはずだ

「しかし彼女は・・・どうやらそれがリリスの意思のようだ。」
「リリスの意思?確かにレイはリリスの魂を持っているけどね・・・」

ブツン

いきなり明かりが消されて浴場が真っ暗になる。

「時間だ。」
「もう、終わりなのかい?」

カヲルは湯船から立ち上がってブギーポップを見下ろす。
その表情は少し残念そうだ。

「もう少し話をしたかったが・・・一つだけ聞いていいかな?」
「答えられることなら」
「何故君はここにいるんだい?」
「それが僕の使命だからさ」
「使命?」

ブギーポップの顔に左右比対処の笑みが浮かぶ。

「僕の使命は・・・世界の敵を倒すこと・・・」
「それが僕達、使徒かい?・・・悲しいね・・・」
「そうかな?自動的な存在である僕には他に何も無いからね。」
「なぜ今まで僕を放っておいたんだい?」
「話が出来そうだったからだよ。」

その答にカヲルが苦笑する。
今までの作り物のような笑顔ではなく感情がこもっているように見えた。

「君に会えてよかった。」
「そっちこそ何故今まで何もしなかったんだい?」
「僕も似たようなものさ・・・君達と友達になれるかもしれないと思った。」

カヲルは脱衣場に向けて歩き出す。
背後のシンジに向けて言葉をつむぐ。

「リリンは死に方を選ぶ事が出来るらしいからね・・・」

そのまま振り返らずにカヲルは出て行った。
後にはブギーポップが残る。

「・・・死にたいのかな?」
(カヲル君がですか?)
「ああ・・・シンジ君、どうやら彼は君に介錯を頼みたいらしい・・・ご指名って奴だ。」
(嫌な指名ですね・・・)

シンジはブギーポップと入れ替わるとカヲルを追って歩き出した。

「それにしても解釈の違い?・・・カヲル君の口調だとゼーレも気づいていないっぽいですけど・・・」
(・・・僕達は根本的な部分を勘違いしていたかもしれない。)

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翌日・・・
カヲルはネルフ本部のある場所にいた。
その赤い瞳は巨大な顔を見ている。

「さあ、行くよ。おいで、アダムの分身・・・そしてリリンのしもべ」

鋼鉄に覆われた巨人の目に光がともる。
その巨体がカヲルの意思の元に立ち上がった。」


ビー・ビー


使徒襲来の警報が本部内に響き渡り・・・最後の使徒がその姿を表した。

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加持のスイカ農場はネルフ本部の近くにある。
その手入れは加持の日課だが、今日はその手を止めていた。

「君が受け取り人かい?ちょっと意外だな」

加持の目に前にいるのは凪だ。
その後ろには見知らぬ男達が二人控えている。

(・・・だれだ?)

一人は凪と同じくらいの年齢でスーツ姿の人のよさそうな青年で何か細長い包みを持っている・・・本人には悪いがこれは正直どうでもいい・・・問題はもう一人の方だ。
サングラスをかけた加持と同じくらいの年齢の男・・・まったく隙が無い。

「ああ、この二人は問題ない、こっちは羽原健太郎・・・そしてこの人は高遠透さん・・・二人とも俺の仲間だ。」
「よろしく」
「・・・よろしく」
「こちらこそ・・・」

加持は凪の言葉で納得した。
凪の仲間と言う事はシンジの仲間でもあると言うことだ。
だとするとMPLSの可能性が高い。
健太郎の方はともかく・・・亨の方は間違いないだろう。

対峙しているだけだがまったく勝てる気がしない。
感覚としては

「しかし凪?かなりむちゃなこと考えるな」
「考えたのは俺じゃない、シンジとあいつだ。」
「末恐ろしい中学生だな・・・文字通り世界が混乱するぞ」
「まったくだよ。」

凪達の会話に興味を引かれたのは加持だ。
シンジ達に用意を頼まれた事から何をやるつもりかおおよその予想は出来るが詳しいところを聞いてはいない。

「なあ、そろそろ詳しい事を教えてくれないかな?」
「あん?シンジの奴は詳しく説明しなかったのか?」
「ああ」
「仕方ないな・・・」

頭をかいた凪が説明をするより早く別の音にさえぎられた。
凪の持っている携帯電話の着信音だ。

「ちょっとすまない・・・霧島からか・・・」

相手の表示を見た凪の顔が曇る。
通話ボタンを押すと携帯を耳に当てた。

「はい?」
『あ、凪先生ですか?』
「説明はいい・・・動いたんだな?」
『はい』
「わかった、こっちも今ネルフ本部の近くにいる。手筈通り合流しよう。」
『了解です。』

携帯を切ってしまうと凪は他の皆を見た。
その顔は軽く緊張している。

「どうやら思ったより早く動きがあったようだ。健太郎はどうする?」
「一度国連組織の本部って入ってみたかったんだよな〜」
「お前な・・・」
「まあそれは冗談だ。俺の仕事は亨さんをここまで連れてくることだよ。足手まといにはなりたくないからここにいる。亨さん」

そういうと健太郎は持っていた包みを亨に放り投げた。
受け取った亨は包みを解いて中身を取り出す。

それは刀だった。
装飾品のない白木の柄と鞘の直刀・・・実用一辺倒の人切包丁だ。

「亨君だっけ?物騒だな・・・」
「このくらいないとこれからやることには力不足でね・・・」
「どうやら無茶するらしいな・・・」
「確かにな・・・」

横で聞いていた凪は苦笑して加持に右手を差し出す。
加持は懐から一枚のディスクを出す。
それを凪の手に置こうとして・・・引っ込めた。

「・・・何のつもりだ?」
「俺も連れて行ってくれないか?」
「正気か?おそらく危険だぞ?」
「わかっているけどね、あそこには知り合いも多い」

加持はそういうとネルフ本部を見た。
使徒襲来のサイレンがここまで聞こえてくる。

「悪いが、おそらくネルフの中に潜入している合成人間とやりあうことになるだろう・・・丸腰の人間は連れて行けない。」

凪の言葉に加持は苦笑すると足元にあったスイカを1玉抱えあげて躊躇なく地面にたたきつけた。
ぐしゃっと言う音とともにスイカがはじける。

加持はかがんで割れたスイカの中からビニールに包まれたものを取り出した。

「・・・用意のいいことだな・・・」

凪の言葉に加持がまた苦笑する。
加持がスイカの中から取り出したもの・・・それは拳銃だった。
どうやら事前にスイカの中に仕込んで隠していたらしい。
どうやって仕込んでいたのかは疑問だ

加持はほかにもいくつかのスイカを割るとその中に隠してあった銃器を取り出して点検する。

「念のため」

加持は拳銃を一丁凪に渡す。
凪は黙って受け取る。

「使い方は?」
「わかるよ。」
「使える?」

問いかけは正しく使えるかということ・・・拳銃の使い方などひとつしかない・・・人間を撃てるかということだ。
そんな裏の意味も含めて理解した凪はうなずいた。

それを見た加持はにやりと笑う。
加持が立ち上がると三人は健太郎に見送られてネルフ本部を目指す。

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「状況は!!?」

発令所に駆けつけてきたミサトの第一声はそれだった。
日向がうなずいて状況を説明する。

「第14格納庫で爆発、その後MAGIはパターン青を示しました。」
「第14って・・・」
「はい、回収した参号機が格納されていた場所です!!」

バルディエル戦後・・・
動きを止めた参号機はネルフ本部に運び込まれていた。
なんと言ってもエヴァ一機の費用は天文学的なため、そのまま放置するわけには行かない。

回収された参号機は損傷こそ軽微だったが使徒に侵食されたためにその影響を考え封印という形で保存されていたのだ。

「誰が動かしているのよ!!」
「エントリープラグは挿入されていません、無人です。」
「どういうこと?まさかまた使徒が活動を開始したの!?」
「いえ、MAGIの感知した反応は別のものです。」
「別?」
「映像来ます!!」

正面モニターに映った映像を見て発令所のすべての人間が息を呑んだ。
そこに映ったのは黒い参号機を従えて空中浮遊しながら先導している一人の少年・・・カヲルだった。

「警報を止めろ!!」

とまってしまった発令所がゲンドウの一喝で我にかえる。

「関係各所には誤報と通告!!」
「し、しかし、六分儀・・・それでは・・・」

冬月が言いにくそうにゲンドウに言うが当の本人は無視して下のミサトたちに指示を飛ばした。

「この件は第1級極秘事項とする!!葛城三佐、復唱はどうした!!」
「はい!!使徒襲来は誤報!!!」
「目標は第4層を通過!!なをも降下中!!!第5層も通過!!」

発令所がどれだけ混乱しようと状況はとまらない。
青葉の報告で今すべきことを思い出した発令所のスタッフはあわてて自分の仕事に戻った。

「セントラル・ドグマの隔壁を緊急閉鎖!!少しでも時間を稼げ!!!本部、ジオフロントへの入口の閉鎖も忘れるな!!!!」

『緊急閉鎖!!緊急閉鎖!!!』
『総員退去!!総員退去!!!』

ドグマに通じる巨大な竪穴の分厚い隔壁が閉まる。
それだけでなく一般通路も含めたパイプラインが次々に閉鎖されていった。

「まさか・・・ゼーレが直接潜ませていたとはな」
「老人は予定を1つ繰り上げるつもりだ。我々の手で・・・」
「もしや、参号機との融合を果たすつもりなのか?」
「・・・或いは破滅を導く為か、だ」

冬月とゲンドウは緊張した顔で正面モニターに映るカヲルを見る。
モニターに映ったカヲルはポケットに手を入れて相変わらず作り物のような笑みを浮かべている。

「装甲隔壁はエヴァ参号機によって突破されています!!」
「目標は第2コキュート層を通過!!」
「・・・エヴァ初号機に追撃させろ」

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薄い暗闇に12のモノリスが浮かぶ。

「人は愚かさを忘れ、同じ過ちを繰り返す」
「さよう。自ら贖罪を行わねば人は変わらない」
「アダムや使徒の力は借りぬ」
「我々の手で未来へと変わるしかない」

メンバーが次々に発言する。
それを締めくくるようにキールの威厳のこもった声が締めくくった。

「六分儀・・・初号機による遂行を願うぞ」

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「シンジ君・・・状況・・・わかっているわね?」

ミサトは正面モニターに映ったシンジに問いかける。
シンジは無表情だが自然体だ。
緊張や気負いは見られない。

『わかってますよミサトさん』
「行ける?」
『はい、もちろん』

シンジの迷いのない言葉にうなずくとミサトは初号機を発進させた。

「レイとアスカも後から追いかけさせるから」
『了解です。』

ミサトはそういうと通信を切って日向を見た。

「レイとアスカは何してんの!?」
「そ、それが・・・諜報部もロストしています・・・」
「な、何ですって!!こんな時に!?」

思わず叫んでしまった。
しかしふと視界に入ったリツコがまったくあわてていないのを見てシンジの言葉を思いだす。
ゆっくりとリツコに近づくとほかの皆に聞こえないように小声で話しかけた。

「・・・リツコ・・・あんたこれを予想していたの?」
「・・・・・・彼が使徒だってコトは予想していたわ・・・」
「ってことはシンちゃんも・・・あの子何しようとしているの?状況から見てレイとアスカも関係ありそうだし・・・」
「知らないわ、本当よ?でも彼・・・この使徒が終わればすべてを話してくれるって約束してくれたの」
「マジ・・・シンジ君が?・・・」

今までのらりくらりとかわして自分の秘密を明かさなかったシンジがそんなことを言うとは驚きだ。
それだけの意味があるのだろう・・・自分たち達には理解できないレベルで

「こりゃただ事じゃないわね・・・」

もはやミサトも腹をくくった。
事ここに至って自分達に出来ることは何もない。

それに、勘でしかないがシンジはとんでもないことをやらかすつもりだ。

「・・・少しわくわくしてきたわね」
「あら?あなたもやっと彼との付き合い方に目覚めたってわけ?」

親友の二人はお互いの目を見てわらった。

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初号機がその紫の巨体をセントラルドグマの巨大な穴に躍らせた。
数百トンの質量が自由落下する。


「I can fly!!


(俺は飛べるぜ!!)」



しかしエントリープラグの中のシンジは余裕だった。
ブギーポップとの付き合いでビルから飛び降りたことは一度や二度じゃない。

(にしてもこんなところで無重力を体験するとは・・・これで宇宙飛行士になる必要はありませんね〜)
(そんな事考えていたのかい?)

ものが落下する速度にはそれぞれ限界がある。
その速度に到達してしまえば宇宙空間でなくても擬似的にではあるが無重力が体験できるのだ。

(パラシュート無しのスカイダイビング?それともノーロープバンジー?)
(あえて言うなら飛び降り自殺のそれに一番近いと思うが?)
(それは硬い地面が悪いんです。空中に飛ぶことは断じて悪くありません。)
(無茶な理屈だね・・・さて、カヲル君はどこだ?隔壁を破壊している分追いつけると思うんだが・・・)

やがて下のほうに黒い巨人の影が見えた。

「・・・シンジ君・・・遅いな・・・」

カヲルは自分と参号機が通ってきた竪穴の上のほうを見た。
その視界に待ち望んでいたものが写るとカヲルの顔に笑みが浮かぶ。

やがてはっきりと視認できるようになったそれはカヲルの待っていた者・・・シンジの操る初号機だった。

『やあカヲル君』
「待ってたよ」

初号機の接近に態度で答えたのは参号機だった。
肩のウエポンラックからプログナイフを抜いて初号機に切りかかる。

『ありゃ?リツコさん仕事サボったのか?参号機にプログナイフがついたままなんて・・・』

これを聞いた発令所全員の視線がリツコに集まった。
その中心でリツコがさすがにまずったと冷や汗をかいていたりするのだが・・・あまり関係無いことだ。

『邪魔だよ』

シンジの言葉遣いが自動的なものに変化する。
同時に初号機の腕からATフィールドのワイヤーが飛んだ。



ザン!!


高周波振動の刃をあっさりと切断する。
さらにワイヤーは参号機の体を何十にも拘束した。
身動きの出来なくなった参号機に対して初号機はその胴体のど真ん中に回し蹴りを叩き込む。


ズン!!


穴の壁面に叩きつけられた参号機がバウンドする。
跳ね返ってきた場所にいるのは初号機・・・その右手の指が銃のように握られている。
指先が参号機の黒いボディに触れた瞬間・・・



ドン!!


放たれた衝撃波が参号機を零距離で撃ちすえる。
再び壁面に戻った参号機は今度は壁にめり込んで沈黙した。
落下している初号機とカヲルの視界から急速に参号機の姿が遠のいていく。

『さてと、カヲル君?』

初号機の鬼のような顔がカヲルを見た。
外部スピーカーから聞こえた声はシンジだ。

「・・・やはり君の前では意味は無いか」
『自由落下中にポケットに手をいれて直立するなんて余裕だね?』

カヲルが苦笑すると初号機の左手が伸びて来た。

ガチン!!

しかしその手はカヲルに届く前に赤い壁に阻まれる。

『ATフィールド・・・』
「リリンも解ってるんだろう?A.T.フィールドは誰もが持っている心の壁だという事を」
『それがどうしたの?』

シンジの言葉と共に初号機の左手に白い光が宿る。
あらゆる現象を否定する打消しの力を宿した左手はカヲルのフィールドをあっさり破壊するとその手の中にカヲルの体を収めた。
その不思議な光景に発令所のざわつく音が通信機から聞こえてくる。

『捕まえたよ・・・カヲル君・・・』
「これが・・・リリンの秘めた可能性か・・・」
『何が言いたいんだい?』
「・・・遺言さ」

カヲルは初号機を見ながら微笑を浮かべる。
それはとても儚くて今までの作り物の笑みとは明らかに違った。

『遺言ね、これから死ぬみたいな言い方だ。』
「僕にとって、生と死は等価値なんだよ。自らの死・・それが唯一僕の絶対的自由なんだ。」
『それなら何故自分で死を選ばない?まさか十字教の使徒じゃあるまいに自殺を禁じられているわけじゃないんだろう?君は自由を司っているって言ってたしね?』

シンジの口調が変わる。
どうやらシンジとブギーポップが交互に話ているらしい。
当のカヲルはそんな違和感を気にせず話を続けた。

「僕が生き続けることが、僕の運命だからだよ。結果、人が滅びてもね。だが、このまま死ぬことも出来る。」
『ぼくに君を殺せって事?ところで、キリスト教徒って自殺は出来ない代わりに死後の救いがアップする聖戦での殉教が大好きだって言うのは本当だと思う?』
「それはいくら何でも偏見だと思うね・・・」

二人の会話は世間話のように軽い
状況とかけ離れすぎた二人の会話はこの緊迫した状況が冗談に思えるほどだ。

『・・・カヲル君?』
「なんだいシンジ君?」
『昨日、言っていたよね?ぼく達もゼーレの老人達も勘違いしていることがあるって・・・』
「ああ、確かにそう言ったよ」
『おかげで昨日一晩寝ずに考えた・・・ぼく達の勘違いは何なのか・・・』
「そうかい・・・それで答は出たのかな?」
『うん・・・証拠も無い推論だけど・・・その答を先に聞かせてほしい・・・』

カヲルの顔に別の表情が浮かんだ。
シンジの言葉に興味が起きたらしい。

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『ちょっとシンちゃん何言っているの!?』
「いや、おっしゃりたいことは重々わかりますけどね・・・」

エントリープラグの中のシンジはミサトの声に頭を掻いた。
ミサトの言いたいことはわかるがシンジも譲れない。

『シンジ・・・』

次に聞こえたのはゲンドウの声だ。
シンジの目が半眼になる。

『何をしている?』
「なにってカヲル君とおしゃべり」
『ふざけるな・・・やつは使徒だ。殲滅せねばならん・・・』
「何もふざけちゃいないさ、少なくともネルフやゼーレの補完計画に比べたらね・・・」
『・・・今なんと言った?何故ゼーレや補完計画を知っている?』
「言ったとおりだよ。話の邪魔だから切るね」

シンジは発令所との通信を携帯を切るかのごとくあっさりきった。
しかし切ったといっても双方向回線のこちら側を切っただけなので会話は聞こえているはずだ。
これからのことは少なくとも発令所にいる人間には知っておいてもらわなければならない。

シンジは深呼吸をすると目の前に見えるカヲルに向き直った。

「カヲル君・・・君は・・・君の本当の名前は渚カヲルでもタブリスでもなく・・・アダムなんだね?」

シンジの言葉にカヲルが心底愉快そうな顔になる。
その顔だけで答えになるというものだろう。

『その通りだよシンジ君・・・そして君も・・・君の真名は碇シンジでもリリンでもない・・・アダムだ。』

暗く・・・閉ざされた扉・・・
その重き錠がはずされ・・・真実の光がその先に差し込み始めた。







To be continued...

(2007.09.15 初版)
(2007.12.01 改訂一版)


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