天使と死神と福音と

第拾漆章 〔神羅万象に等しき友よ〕
W

presented by 睦月様


「なん・・・ですって・・・」

それは誰の言葉だっただろうか・・・
いまや発令所は緊張と疑念に支配されて静まり返っている。
その中心はモニターの先にいるシンジとシンジの言葉を肯定しているカヲルの二人だ。

『シンジ君、良かったらどうしてその結論に達したのか説明してくれるかな?』

モニターの中のカヲルが初号機に向けて問いかける。
別のウインドーに映ったエントリープラグ内のシンジがうなずく。

『カヲル君、君は昨日言ったね?使徒はアダムに融合したいのではなく戻りたいのだと・・・』
『そうだね』
『戻りたいということは何らかの意味でアダムから派生したと言う事だろう?でも単体で唯一の使徒は子孫を残せない・・・』
『それは・・・なるほど、情報源はリリスかい?』
『そう、リリスの記憶が教えてくれた。』

リリスの名前にゲンドウ達数名が反応した。
シンジ達が話していることはゲンドウを初め冬月もリツコも知らないことだ。
しかもシンジはそれをリリスの記憶に教えられたという。
すでに初っ端から理解不能な領域に突入している。

『そしてこれも・・・使徒はその魂と記憶を分離することが出来る。』
『その通りだシンジ君』
『しかも、分離した魂はさらに分離することが出来る上に時間と経験を経ることで人格を形成することも出来るんだろう?』

リツコは目を見張る。
今までエヴァやリリスに関しては自分がもっとも深く理解していたと思っていた。
しかしそんな自信はシンジの話す言葉で簡単に突き崩されていく程度の紙のようなものだったのだ。

やはりシンジは自分達のはるか先にいたのだ。
しかしシンジの秘密がこの程度の訳がない。
リツコは高鳴る胸の鼓動と共に、教師の授業を聞く生徒のような真摯さで二人の話を聞くと決めた。

『ここからは推測でしかないけれど、アダムは何らかの意図があってその魂を18個に分割した・・・』
『そう、君たちリリンを含めたすべての使徒はアダムのかけらでありコピーでありアダムそのもの・・・それゆえにその真の名は例外なくアダムだ』
『肉体を失った使徒の魂は次の使徒の体に宿り、その魂はその使徒本来の魂と融合する・・・逆だったんだね・・・別れていたものがひとつに戻る・・・道理であっさり魂同士が融合できるはずだよ。』
『正解だシンジ君・・・まさか一晩でそこまで核心を突くとは思っていなかったな・・・やはりすごいね』

カヲルは本気で感心している。
シンジも当然のごとくカヲルの言葉を受けた。

お互いが嘘をついていないのは二人の表情を見れば明らかだ。
二人とも荒唐無稽とも思える話をマジでしている上に間違っているとはかけらも思ってはいない。
次に口を開いたのはカヲルだった。

『正直に言うと僕もアダムがなにを意図して僕たちを作ったのかはわからない。記憶と人格は君らが言う第一使徒の体に眠っているからね、自分の可能性を認識したかったのかもしれないし、あるいは一人でいることに耐えられなかったのか・・・僕らのアダムに帰るという本能を考えると前者の可能性が高いが・・・しかし、どんな意図があったにせよその試みはおそらく失敗している。』
『君らが眠ってしまったから?』
『簡単に言うとそういうことだね、おそらくは魂の量の問題だろう。魂を分裂させすぎて魂が肉体を支えられなかったということさ・・・』
『しかし、一種類だけ・・・眠らなかった使徒がいた・・・それが・・・』
『そう、君らの先祖・・・リリンだ。』

モニターの中のシンジがため息と共に頭をかく。
自分の予想が当たったというのに表情が浮かない。
それも話の内容を考えれば仕方のないことだ。

『人類が眠らなかったのはやはり群体としての性質のため?』
『おそらくそうだろう。群体として進化するためには単一でいることは出来ない。その第一段階として雄生体と雌生体に分かれたはずだ。』
『男と女か・・・』
『そしてその体も脆弱ではあるが繁殖に適したものへ・・・同時に脆弱な肉体になったからこそ弱体化した魂でもその身を維持できた。それがリリンが眠らなかった理由だと思う。そして同時に繁殖によって親から子へ、その魂は受け継がれて行き・・・アダムの魂はさらに細分化されたはずだ。おそらくその過程においてリリンは使徒としての自覚も本能も薄れていったのだろう。だからこそリリンはアダムに帰りたいという欲求がないし、その自我が芽生えるまでに多少の時間を必要とする。』
『なるほどね・・・』

発令所は二人の話に静まり返っている。
疑問の声さえ上がらない。
皆二人の会話に引き込まれている。

聞こえるのは機械の作動音だけだ。

「まさかここまでとはな・・・」

冬月はゲンドウの後ろでため息をついた。
シンジの話している内容は自分達が必死で隠してきたことだ。
それをあっさりとシンジに暴露されたばかりか自分達すら知らない領域の話までしている。
シンジたちの情報は自分たちの一歩どころか後姿すら見えないはるか先まで進んでいるようだ。

「どうする?」
「・・・もはや私たちに出来ることはありませんよ・・・」

ゲンドウはそういうと黙り込んだ。
どうやら観念したらしい。

この状況をひっくり返せるような奥の手などゲンドウは持っていない。
文字道理流れていく先を見ることしか出来ないだろう。

ゲンドウの視線はモニターに映るシンジたちに釘付けになっている。

「確かにな・・・」

冬月もそれ以上余計なことは言わない。
今はシンジ達の話を聞く時間だ。

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エントリープラグの中でシンジは大きく息を吐く。
まさかこれほどまでに壮大な真実に今まで気がつかなかったとは・・・迂闊と言われても仕方ない。

(シンジ君、大丈夫かい?)
(ぼちぼちですね、ちょっと情報が多すぎて知恵熱が出そうですけど・・・)
(少し変わろう。彼には聞きたいことがある。)

シンジとブギーポップが入れ替わった。
程なく足の下のほうに最下層の光が見えた。

ドスン!!

通称コキュートスと呼ばれるセントラルドグマの最深部・・・塩の柱の乱立する空間に初号機が降り立った。

「さて、話の続きをしようか?」
『君か?シンジ君はどうしたんだい?』
「僕のほうで聞きたいことがあったんで代わってもらったのさ」

初号機がカヲルを掴んでいた左手を離すとカヲルの体は重力に逆らって空中に浮いた。
再びカヲルと初号機が真正面から見詰め合う。

『聞きたいことなにかな?』
「セカンドインパクトの真実・・・正直情報が少なくてね、出来れば君の知っていることが聞きたい。」
『へ〜それでどこまで知っているんだい?』
「・・・」

ブギーポップはいったん言葉を切って考える。
この会話は発令所にも聞こえている。
そして当然だがそこにはミサトもいるはずだ。

一瞬だけ迷ったがブギーポップはミサトも真実を知るべきだと判断する。

「当時、死海文書の記述のとおりに日本と南極で同じような巨大な空洞が発見された。南極の物を白の月、日本のものを黒き月と死海文書には記されていて同時に白き月の内部で休眠中の第一使徒アダム、黒き月・・・つまりこのネルフ本部において同じく休眠中の第二使徒リリスが発見された。リリスは碇ユイ博士を初めとしたスタッフによりエヴァへと作りかえられたが、南極に行った葛城調査隊はまったく別の方法でアダムにコンタクトした。」

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『・・・葛城調査隊はロンギヌスの槍とヨリシロを使いアダムそのものにコンタクトを取ろうとした。・・・ヨリシロは当時14歳の葛城ミサト・・・』
「「「「「「なっ!!!」」」」」

全員の視線がミサトに集まる。
ミサトが葛城調査隊に参加していたことは知っていたがまさかそんな役目を持っていたなどとは誰も予想していなかったのだ。
当のミサトも驚愕に目を見開いてモニターを見ている。

『彼女の鳩尾にはセカンドインパクトのときについた傷がある・・・おそらくだがアダムを制御するためにロンギヌスの槍をコアに突き立てたとき、シンクロしていた彼女にフィードバックしてついた傷だろう・・・結果だけ見ればそのこころみがどうなったかは明白だ。・・・しかし当時の彼女が自発的にしたとも思えない・・・やらせたのは葛城博士・・・しかし真実は本人が死んでいる以上推して知るべし・・・だな』
「ミサト!!」

ミサトはひざの力が抜けて倒れそうになった。
それを後ろから支えたのはリツコだ。
さすがのリツコも顔が青い。

『・・・30点』
「「「「「「え?」」」」」

全員の視線が再びモニターを向いた。
さっきの声はカヲルのものだ。

『その答えでは30点といったところだね・・・』
『やはりね、正解を教えてくれるのかな?』
『14年前のアダムへの接触・・・しかしこれは失敗することが前提だったのだよ。なぜならば彼女は僕たちと同じ使徒ではない。しかも適合者として最低限の条件すら満たしてはいなかったのだから・・・』
『条件?』
『適合者として必要な条件・・・それはセカンドインパクトを起こすこと・・・』

もはや声も出なかった。
二人の会話の内容はそういった段階を軽く越えて先に進んでいる。
むしろカヲルの言葉を平然と受け止めているシンジの方が異常にすら思えて来た。
話についていけてるのはお互いだけだろう。

『セカンドインパクト?あれはアダムを胎児状態に戻すためのプロセスじゃなかったのかい?』
『それは表側の理由だよ。』
『表側?なら裏側の理由って言うのは?』
『チルドレンを作ること・・・そして使徒を目覚めさせることだ。』
『穏やかじゃないな・・・適合者を作るため、使徒を目覚めさせるためにあの大惨事を起こしたということかい?』

カヲルはあっさりうなずいた。
かなり重い話なのに二人の間には悲壮感も重い空気も存在しない。
セカンドインパクトで失われた命すらも要素のひとつと割り切って、ただ研究者のように真実を検討しているだけだ。

『ヒントをあげようか?使徒が目覚めないのはその魂が肉体に対して不足しているためだ。・・・ならばそれを目覚めさせるための方法は?』
『使徒を目覚めさせる方法?』
『君は何故使徒が一体ずつしか来ないか知っているのだろう?』
『それは、肉体を失った使徒はその魂が次の体に入って・・・まさか・・・そういうことなのかい?だとしたら君の魂の中には・・・』

ブギーポップの顔にかすかな驚きが浮かんでいる。

『気づいたようだね?そう、足りないなら注げばいい、不足しているなら継ぎ足してやればいい』
『セカンドインパクトは・・・使徒に魂を食わせるための儀式だったのか?』
『これは老人達も知らないことだ。彼らはあれを額面どおりにアダムの還元のためのプロセスだと思っている・・・あの時・・・大勢のリリンが死んだ。本来リリンの魂は同じリリンの中で循環する。なぜならばリリンの魂は脆弱で上位存在である使徒の魂と融合することは出来ないから・・・』

今まで漠然としていたほころびが次々に埋まっていく。
おぼろげではあるが全体像が見えてきた。

『しかし、それを数でカバーしたのか?』
『・・・リリンの魂の量に対して受け入れになるリリンの・・・まだ生まれる前の胎児は明らかに少なかった。・・・そのため大勢のリリンたちの魂は行き場を無くし、ひとつにまとまったのさ・・・結果、その魂は使徒と融合できるまでの密度になった。その魂はサキエルと融合することで彼の足りなかった魂を補うことになる・・・なぜならばアダムは胎児にまで還元されていたし、リリスはすでにその体から模造品であるこのエヴァ初号機に移されていたから・・・それでサキエルにお鉢が回ってきたんだ。しかし群体として進化したリリンの魂と単一の使徒の魂のありようには大きな差があった。その魂達が補完され一つになるまでの時間・・・それがサキエルが現れるまでの14年間というわけさ』

ブギーポップは左右非対称の顔でカヲルを見る。
笑っているような泣いているようなどっちつかずの顔だ。

『・・・つまり君の中にはセカンドインパクトで死んだ人達の魂が融合していると言うわけか・・・』

発令所の全員が息を飲んだ。
セカンドインパクト・・・それによって失われた命は数しれない。
むしろ身内を失っていない人間の方が珍しいほどだ。
そしてもちろんネルフの職員にもセカンドインパクトで肉親を無くした者は多い。
その愛する者達の魂が使徒になっていたなどと聞かされたのだ・・・その心中は計り知れない。
特にその中心にいたミサトなどは言葉を忘れたかのようにモニターを見つめている。
あのときに死んだ人間の魂がカヲルの魂と融合していると言うことは彼女の父親の魂も・・・

『そうなるかな・・・』
『・・・使徒の目覚めはそれでいいとして・・・適合者の条件がセカンドインパクトって言うのは?』
『セカンドインパクトのとき・・・重なった魂から抜け出て好運にも生まれる前の肉体に宿ることが出来た魂・・・それが適合者だ。本来ならば肉親といえども他人と意識をシンクロさせるのは容易じゃない。しかし彼等は生まれる以前・・・リリンの魂がひとつになったときに心と魂が重なるということを知った。簡単に言えばシンジ君達は自分以外のものとシンクロする感覚を魂に刷り込まれて生まれてきたんだ。それが適合者に必要な条件・・・14年前に魂を受け入れることの出来る器だったこと・・・13歳から15歳までっていうのは誤差をごまかすための方便だ。理由はW彼等だからシンクロ出来る”それだけだ。』

カヲルの言葉にブギーポップがうなずく。
あるいはシンジとブギーポップのこの奇妙な関係にもそのことが関連しているかもしれない。
魂に刷り込みをされたからこそシンジはブギーポップの存在を受け入れることが出来たのではないだろうか?

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「・・・カヲル君?」

エントリープラグの中でブギーポップと入れ替わったシンジが正面に浮かんでいるカヲルを見た。

『シンジ君かい?』
「教えてほしいんだ・・・」

次の質問はブギーポップにさせるわけには行かない。
これはシンジが聞くべき事だ。

碇の姓を持ち、二人の血を受け継いだシンジは真実から逃げる事は許されない。
母が解読し、父達がそれを受け継いだ全ての元凶・・・碇の姓を持つ者達が紡いだ悲劇・・・その真実・・・
それを受け止める事が出来るのはシンジだけなのだから・・・

「・・・死海文書を書いたのは一体誰?」
『シンジ君・・・それは確認だね?』

カヲルは初号機の目を見て笑いかける。
それに答えるように初号機が頷いた。

そう・・・使徒の秘密・・・使徒の名前・・・その時期・・・
これらすべてを知る存在などひとつだけしかいない。
シンジはそれに気がついている・・・だからこれは確認だ。

『シンジ君?君は聡明だ。・・・死海文書が預言書の類じゃないことはわかっているだろう?』
「うん、おそらく・・・テキストだ。」
『そう、そして文字と書は”人間が後世の人間に向けて”残すものだ。それゆえにリリン以外のものには意味がない・・・』

シンジの喉がごくりと鳴る。
カヲルの言うことは理解できる。
死海文書を書いたのは間違いなく人間だ。
そしてそれほどに使徒のことを理解している”人間”など一人・・・いや、おそらく二人しかいない。

『死海文書の執筆者はリリン・・・しかも君らの始祖に当たるオリジナルリリンだ。』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死海文書は・・・人間がアダムへ帰るためのテキストだったのか・・・」
『彼らには他に何もなかったんだ。アダムに帰ることが・・・それだけが彼らの望みだったんだろうね・・・』

シンジはシートに背中を預けてため息をついた。
事実は小説より奇なり
比喩としてよく使われる言葉だが実感として感じても嬉しくない。
とりあえず思うのは・・・

「執念深い話だ。・・・冗談で済ませられないところが特に・・・」

心底呆れていた。
人類の始祖が死海文書を残したと言うならこの状況は数万年前に考えられたという事になる。
これ以上ないスケールの話だ。

「ゼーレはこの事を?」
『もちろん知らない、しかし彼らにとってはあまり大した事はないんじゃないかな、彼らの目的は補完計画によって全ての命を一つにして神になることだ。神話にあるように人間を作ったのを神とするならアダムには十分その資格がある。そのアダムと一つになると言う事は神になるといえないかな?』
「無茶な方便に聞こえるけどね、補完計画はアダムに戻るための前段階だったって事?」
『そう、アダムに戻る事が最終目的だけどその途中で彼らの望みはかなう。』

シンジは肩をすくめた。
死を恐れる老人達の考えは理解できるが、だからと言って神になってまで生き延びようとするのは完全に境界線を越えている。
しかも自分達だけなら勝手にやってくれてかまわないがこの世界を道づれにするのは勘弁してほしい。

「オリジナル達は何故こんな回りくどい事を?」
『リリンはその魂の密度が足らないために上位存在であるアダムの魂に戻れない・・・オリジナルリリンも変わらなかったというわけさ。最初に二つに分かれた時点でまともな方法ではアダムに戻れなくなったんだ。だから彼らは考えたのさ、魂の状態でアダムに戻れないなら体ごと・・・というわけだよ』
「そのためのサードインパクトによる補完か・・・セカンドインパクトで群体としての自分達の一部を失っても?執念というか・・・いや、ここまで来ると怨念みたいだ」
『どちらも同じさ、執と怨をとれば二つとも念しか残らない。』

最後は思いだけが残るということだろうか・・・
それも数万年の年月・・・
それほどまでに思うことが出来るということは人類の先祖は相当に純粋で一途だったらしい。

「オリジナル達は何で自分達で計画を実行しなかったの?」
『群体として進化した彼らは子孫を残そういう本能が無意識のレベルで刷り込まれていたから自分の子供たちを殺して魂の密度を戻すことも出来なかった。それに計画に必要不可欠な物がなかったしね。』
「必要な物?つまりそれがなかったから彼らは死海文書を実行できなかったって事?」

カヲルは頷いた
その顔には苦笑が浮かんでいる。

『ところでシンジ君、死海文書を残したオリジナルリリン達はどうしたと思う?』
「・・・なんだって?」
『彼等は死海文書を残した後、自分のATフィールドを使い・・・あるものに姿を変えた。』
「あるもの?」
『それは彼らの計画の要であり、そしてアダムを制御するための切り札・・・君はそれを直に見たはずだ。」

カヲルの言葉にシンジの中でひらめくものがあった。

「・・・ロンギヌスの・・・槍・・・」

シンジの頭の中にいろいろと該当する事実が浮かび上がる

「つまりご先祖様達は自分に残っていた使徒の力で自分の体に干渉してアンチATフィールドの塊になったって事?」
『そう言うことだね、ロンギヌスの槍のらせん状に絡み合う二股の穂先は片方がオリジナルリリンの雄生体、もう片方が雌生体のなれの果てだ。』
「なるほどね、いくら固体化したATフィールドでも何万年も残りつづけるなんておかしいとは思ったんだ・・・あの槍はオリジナルの・・・人間の体を原材料に作られていたのか・・・どおりで槍の持つ概念が”還元”だったわけだね。」

彼らの頭の中にはアダムに戻ることしかなかったのだろう。
その帰りたいという思いこそがオリジナル達の肉体をアンチATフィールドの塊であるロンギヌスの槍に変化させたと考えればすべての辻褄が合う。

『そして肉体を離れた彼らの魂は君ら残されたリリン達の中に溶けて行った。彼らの魂は君たちの中に細分化されて存在する。』
「ロンギヌスの槍・・・蹴りの一つでも入れとくんだったな・・・」
『おやおや、親不幸なことだね・・・』
「ろくでなしの親にはなれているよ」

いわずと知れたゲンドウの事だ。
ろくな親に恵まれないのは遺伝が関係しているかもしれない。
しかも人類発祥の昔から・・・頭の痛い話だ。

「それで、槍を手にいれた、死海文書のテキストもある。それでも今ぼく達がアダムに戻っていないって事は・・・」
『それも簡単な事でね、当時のリリン達は今だ進化の途上にあった。槍を手に入れたとしても正しく使う事も出来なかったんだろうね』
「ついでに言えばぼく等は自分の体を維持することが出来るだけのフィールドしかもっていない。覚醒した使徒を生身でどうにかできるわけがない・・・」
『仕方がないさ、死海文書をなぞるにしてもまず最初にリリンの何割かは死んで他の使徒を復活させるために命を捧げなければいけない。群体として進化したといってもまだその数が少なかったから残った者達の数では群体としての自分たちを維持することすら出来なかっただろう。』
「オリジナルたちの願いをかなえるためには時間が必要だった。力を得るために、知識を蓄えるために、だから二つを・・・死海文書と槍を封印した・・・・・・未来の自分達に託すために・・・ありがた迷惑な事この上ないな・・・」

数万年前の人類が考えて未来の人類に託した希望・・・
そして現在・・・
シンジは使徒を葬り去れるエヴァと言う鎧の中で最後の使徒・・・カヲルと向き合っている。
これは今は細分化されて人類の中に散らばっているオリジナルたちのシナリオのうちなのだろうか?
あるいは人類の繰り返してきた戦争という過ちさえも使徒を倒すための力を得るためにオリジナルの魂が訴えてきているのかも・・・疑い出せばきりがない。

『もういいのかい?』

不意にカヲルがそんな事を言った。
カヲルの顔にいつものアルカイックスマイルが浮かんでいる。

「そうだね、聞きたい事は大体これくらいかな・・・」
『そうかい・・・なら・・・ぼくを殺してくれないかい?』

ギシリ・・・と・・・
二人の間の空間が先ほどまでとは別の理由で緊張する。

「・・・なんでさ?」
『滅びのときを免れ、未来を与えられる生命体はひとつしか選ばれないんだ。そして君たちは、死すべき存在ではない・・・』
「滅び・・・ね・・・カヲル君もサードインパクトは滅びだと思うのかい?」

シンジはカヲルの言葉に笑った。
ここからが本番だ。

『さあ、僕を消してくれ・・・』
「悪いけどご期待には添えないね、アダムがほしいなら好きにしたらいい。」

オリジナル達のシナリオでも無く・・・老人達のシナリオでもない・・・シンジ達の描いたシナリオが始まる。

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「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだって?」

カヲルは目の前の初号機に聞き返した。

その顔はいぶかしげだ。
自分の耳を疑うほどシンジの答えは意外だった。

『だからアダムがほしいならかってに持っていって構わないって言ってるんだけど?』

同じ事を言われたがカヲルはやはり理解出来なかった。
シンジは今・・・アダムがほしければ好きにしろと言ったのだ。
それがどんな意味を持つかシンジが知らないわけがない。
カヲルの赤い瞳が初号機を訝しげに見る。

「・・・どう言うことだい」
『聞いた通りだよ。この先に行きたいならどうぞご自由に、なんならエスコートしようか?ここには何回も来ているから迷うことは無いよ』
「そんなことが聞きたいんじゃないよ・・・シンジ君」

カヲルの顔から笑みが消えた。
真剣な表情で初号機に相対する。
今までカヲルが見せたことのない顔だ。

「・・・君達は滅んでもいいと言うのか?」
『滅ぶ?・・・誰が?』
「君達がだ・・・君は世界の危機を防ぐためにここにいると言っていたじゃないか・・・」
『それはあくまで手段の一つだよ。君が世界の危機を招かなければわざわざ君を殺す必要もない。』

カヲルは頭を振って拒絶の答えとした。
シンジの言うことは理想だがカヲルにも退けない訳がある。
アダムの元に行くと言う思いはカヲルだけのものじゃない。

「残念だが・・・僕の中にあるサキエルたちの魂がそれを許しはしない・・・」
『なら賭けをしよう。』
「賭け?」

初号機の右手がドグマの先のほうを指差す。

『君がこの先でサードインパクトを起こせたら君の勝ち、アダムに帰る事が出来る。でもサードインパクトを起こせなったらぼくの言うことを一つ聞いてもらうよ。』
「・・・何かあるのかい?」
『あるよ、教えないけどね』
「・・・・・・」

カヲルは初号機とドグマの先のほうを交互に見比べる。
しばらく考え込んだ後にドグマの奥のほうに向けて空中を滑るように移動を始めた。
初号機もカヲルの後を追って歩き出す。

程なく目の前にエヴァでも楽に通れるほど巨大な扉が目の前に現れた。

『ヘブンズゲートって言うらしい。洒落が効いているよね』
「シンジ君・・・何故君はそんなに平然としているんだい?」
『カヲル君、それは君がその先に行ってもサードインパクトが起こらないことを知っているからさ』

カヲルは初号機を振り返った。
その顔はやはり疑問の顔だ。

「・・・なにを隠しているんだい?この扉の先からは確かにアダムの気配がするというのに・・・」
『自分で確かめてみればいい。こじ開けようか?』
「・・・・・・いや、それには及ばない」

カヲルは初号機から目をそらすと扉についているカードリーダを見た。
手すら触れていないというのにロックが外れて思い扉が開いていく。

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「ヘブンズゲートが・・・開いていきます。」

日向の報告を誰もが呆然と聞いた。
今までカヲルとシンジの話が衝撃的過ぎるのに加えて今度はシンジがカヲルに協力しているというありえない状況に皆が思考停止している。
まるで金縛りにあったように動くものすらいない。

「葛城さん!!」
「・・・は・・・え?」

いきなり日向に声をかけられたミサトが正気に戻った。
自分の仕事と現状を思い出してあわてて日向の端末に駆け寄る。
作戦部の長がいつまでもほうけているわけには行かない。

「シンジ君!!なにしているの!?」

もちろんシンジのほうにこちらの声は届かないが思わず叫んでしまった。
それは正しく発令所にいるオペレーター全員の総意だ。

「・・・葛城さん・・・」

日向は端末を操作してあるものを表示させる。
それを見たミサトは息を呑んだ。
端末のモニターに映ったのは自爆コード・・・
ミサトの中で作戦部長の長としての自分とシンジの家族としての自分が葛藤を始めた。

現状を見れば日向の判断は決して間違ってはいない。
使徒がアダムと接触すれば人類は滅ぶ。
シンジもカヲルとの会話でそういっていたのだからこれは間違いがないだろう。
そしてこの自爆コードは使徒がアダムに接触しようとした時にその被害をこのドグマの消滅という形で収めるためにあるものだ。
だからこの状況で使うことは決して間違ってはいない。

しかしだ。
シンジはさっき確かにサードインパクトは起こらないというようなことを言わなかっただろうか?
そしてあのシンジが考えもなしにこんなことをするとは思えない・・・だが躊躇していたら人類は滅ぶかもしれない。

「葛城さん・・・いいですよ・・・貴女のためなら・・・」

日向は覚悟を決めているようだ。
爆発させればこの本部にいる人間すべてが死ぬ・・・このまま爆破させなければ人類は滅ぶかもしれない。
ミサトは究極の選択に即答できなかった。

ゴン!!!

しかしミサトが答えを出すより早く信じられないことが起こった。
いきなり日向の頭が誰かに殴られたのだ。

「いてて・・・だれだよ!?」

日向は周囲を見回すが自分を殴った人影の姿はない。

「・・・・?」

不思議そうに周りを見回す日向をほかの皆がいぶかしげに見る中、でそんな彼の様子に何かに気づいた人間がいた・・・リツコだ。
リツコはほんの少し口をあけて小声で言葉を呟く。

「・・・・・・いるの?」
「ええ、いますよ・・・」

やはりほかの誰にも聞こえないくらいの声で答えが返ってきた。
聞き覚えのある声だ。
耳元でしゃべっているようだが誰もいないように”見える”。

「・・・大丈夫なの?」
「もちろん・・・」
「何か出来ることは?」
「とりあえずあの自爆コード・・・止めてくれます?このまま吹き飛ぶのはごめんでしょう?」
「そうね・・・」

確かにこのままそろって自爆などリツコの辞書にはない。
なんと言ってもシンジが大丈夫と太鼓判を押したのだ。
シンジが何を思ってカヲルを案内しているのかも気になる。
リツコはうなずくと一歩前に出た。

「日向君、ミサト、技術部から自爆コードの破棄を要請します。」

リツコの一言で自爆コードに気がついていなかったオペレーターたちの顔が青くなる。

「リツコ・・・でも・・・」
「シンジ君は大丈夫って言ったでしょ?それとも彼を信じられない?」
「う・・・それは・・・」
「日向君も、今更シンジ君を信じられないって言わないでしょうね?私たちはずっと彼らに命運を任せてきたのよ・・・余計なことをしないで男なら覚悟を決めなさい。」

リツコの言葉に日向はうつむいた。
確かに今更だ。
日向が自爆コードを消すのを見るとリツコはモニターに映るシンジに視線を戻した。

(さあシンジ君・・・後はあなたしだいよ)

全員の視線がモニターに戻る。

そこに映るのは世界の命運をかけて殺し合いをするつもりだったはずの二人の少年
しかし誰もが予想した殺し合いにはならず、そこにあるのは初号機と生身の差はあれ、二人が並んで歩いていく姿だ。

「・・・・・・これでわれわれに出来ることはなくなったな・・・正しい意味でこの世界の未来はシンジ君にゆだねられた・・・」
「・・・・・・ああ・・・」

ゲンドウと冬月もじっとモニターに映るシンジの顔を見つめた。

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ドグマの最深部・・・中に入ったカヲルが見たのは十字架に磔られている白い巨人・・・

「アダム・・・僕達すべての元でありかえるべき場所・・・」

カヲルは空中を移動しながら巨人に近づく。
しかしその七つの瞳の描かれた仮面をつけた顔を見た瞬間、カヲルの動きが止まった。
その顔は驚きの色に染まっている。

「これは・・・アダム?いや、違う・・・これは、リリス!?そうか・・・そういうことだったのかリリン・・・」

カヲルは背後の初号機を振り返った。

「そうか・・・シンジ君、君はこれを知っていたんだね?」
『本物のアダムの体がここに来るまではこのリリスの抜け殻がほかの使徒を呼び寄せていたようだからね、勘違いしても仕方ないさ』
「ああ、リリスはアダムから生まれた最初の使徒・・・そのあり様はアダムに最も近い・・・」
『なるほどね、さて、カヲル君?約束どおり一緒に来てもらうよ。』

そう言うと初号機は右手を差し出した。
乗れということだろう。

『まさか神様の使いが約束を反故にしないだろうね?』

シンジの言葉に苦笑するとカヲルは初号機の手の中に舞い降りた。

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発令所は静寂に包まれていた。
ドグマにあると思っていたアダムが本当は第二使徒でシンジはそれを知っていた。
だからこそ簡単にカヲルを通したというのは分かるが発令所は驚きが大きすぎて全員が半ば思考停止しているようだ。

『・・・もしもし?』

全員の金縛りを説いたのは通信機から聞こえてきた声だった。
電話じゃあるまいに通信機でもしもしもないだろうが誰もそれに突っ込まない。
すぐに正面モニターにシンジの顔が映る。

「「はっ、シンジ君!!?」」

一番最初に現実に戻ったのはミサトとリツコだった。
やはり付き合いの長さだろう。
シンジの突拍子のない行動にも耐性が出来ているようだ。

「シンちゃん何してんの!?」
『なにってカヲル君にドグマの案内を・・・』
「だからなんでよ!!」
「ミサト、ちょっとどきなさい・・・」

パニックになっているミサトでは話にならないと判断したリツコがミサトを押しのけて前に出る。
ミサトはちょっと渋ったが状況が状況だけにリツコが適任と判断して口をつぐんだ。

「・・・シンジ君、説明してもらえるかしら?」
『説明も何も見ての通りですよ。』
「・・・・・・悪いけど、もう少し分かりやすくお願いしたいの」
『ネルフに協力するのはここまでって事です。』

再び発令所の思考は停止した。
使徒の本部、ドグマへの侵入・・・それだけでも十分大事だがシンジの言ったことには敵わない。

まさにいきなり、もっとも信頼していたエヴァパイロットが自分達を裏切る・・・最悪な状況というしかないだろう。

しかしそんな中でミサトとリツコは違った。
なんといってもシンジとの付き合いが違う。
理由もなくシンジがこんなふざけたことをするわけがない。

「・・・何故だ?」

ミサトとリツコをはじめとした発令所にいた全員ががあわてて背後を振り向く。
声の主はゲンドウだった。
その斜め後ろに立っている冬月も厳しい顔をしている。

「・・・何を考えている?」
『自分の胸に手を当てて考えろよ。』

モニターのシンジが半眼になる。
かなりご機嫌斜めのようだ。

『そもそも本気でぼくが最後まで付き合うと思っていたのか?間抜けな話だ。そんなことしたらサードインパクトが起こるだろうが?』
「なにが言いたい?」
『まさか気づいていないと思っちゃいないだろ?何のためのネルフか位知っているよ。』
「・・・・・・」

全員の視線がシンジとゲンドウに集まる。
また意味のわからない話だがサードインパクトが起こるなどと聞き捨てならない。

『ついでに言うとその右手のこと・・・ばれてないと思うなよ。」
「・・・・・・」

ゲンドウは内心の動揺を押し込めて不動を貫く
ここで右手を隠そうものならシンジの言葉を認めたことになる。

そんな二人のやり取りをほかのスタッフ達は不思議そうに見ていた。
事情をまったく知らないのでは理解しようがない。

『そういうわけでここからはぼくは自分の思う通りに動かせてもらう。』
「思うとおり?・・・お前は使徒の殲滅が目的でここに来たのではないのか?」
『あれ?どこで気がついた?』
「・・・答えろ・・・なぜだ?」

ゲンドウはじっとモニターのシンジを見ている。
モニター越しではあるがシンジもゲンドウを真正面から見た。

その顔が皮肉げにゆがむ。
左右非対称の笑みが浮かんだ。
ブギーポップだ。

『僕の目的は最初からひとつだけ・・・世界の危機を回避すること・・・』
「・・・サードインパクトのことか?」
『そう、サードインパクトはこの世界のありようを変えてしまう。それは世界の危機だし、それを起こす使徒は世界の敵だ。』
「世界の敵だと?」

案の定ゲンドウ達はブギーポップの言葉を理解し切れていない。
むしろ子供のたわごとと切って捨てられたらどれだけ楽か知れないが今まで彼がしてきたこと、そしてさっきまでこの少年と使徒であるカヲルが交わした話を考えればこの言葉にも意味がある。

「理解できないって顔をしている・・・まあ仕方ないね、そっちについたら詳しく話すよ。』
「なに?・・・ちょっとまて・・・」
『あとをお願いします。』

ブギーポップと入れ替わったシンジがそう言うと通信が切れた。
全員の顔に疑問が浮かぶ。
シンジのさっきのお願いしますは誰に向けられたものだろうか?
少なくとも自分たちじゃないように思う。

疑問を抱くと同時にゲンドウの後頭部に何かが押し付けられる。

「どうも、ご無沙汰しています司令」

声の主は加持だった。
いつの間にかゲンドウの背後に立っている。
その手の中には黒い鋼鉄の光を放つ拳銃・・・ゲンドウの後頭部に押し当てられているのはその銃口だった。

「・・・何のつもりだ?」
「ん〜説明を求められると困るんですが・・・何せ自分もさっきなにをするか聞かされて唖然としたほどですし・・・」

加持は銃を持つ手と反対の手で自分の頭を掻いた。
その顔は苦笑している。

「まあ簡単に言うと・・・クーデターって事です。」

あっさりと・・・ひどく気楽に加持はとんでもないことを口走った。







To be continued...

(2007.09.15 初版)
(2007.12.01 改訂一版)


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