天使と死神と福音と

第拾漆章 〔神羅万象に等しき友よ〕
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presented by 睦月様


「ち、ちょっと加持なにしてんの!?」

ゲンドウに銃を突きつけている加持に気づいたミサトが叫んだ。
それによって全員が加持の存在に気がつくがシンジたちの話を聞いていたときとは別の意味で動けなくなった。
下手に刺激したらゲンドウが危ない。

「わるいな葛城〜」
「どういうことかね?」

二人のもっとも近くにいる冬月が加持に話しかけた。
ゲンドウが人質にとられているので加持を刺激しないように口調は穏やかだがさすがに顔色が青い。

「すいませんね副司令、実は最近別の雇い主に雇われましてね・・・」
「別の雇い主?正気かね?こんな馬鹿な事・・・一体いくら貰ったんだ?」
「報酬は葛城とのただれた生活・・・」
「何言ってんのよあんたわ!!」

思わず真っ赤になったミサトの突っ込みが入る。
加持がニヤリと笑った。
何処までもお気楽極楽な態度を崩す気は無いようだ。

しかし加持の態度がどうあれその手の中にある銃は人を殺す事を目的として作られ、愚直なまでにそれしか出来ない代物だ。
その人差し指に力をこめるだけでゲンドウは死ぬ。

「・・・統和機構か?」

ゲンドウはいつものポーズを崩さないままに背後の加持に問い掛けた。
この状況で微塵もスタンスを崩さない姿勢は立派だ。
死の恐怖がないのかと疑ってしまうほどに。

「いえ、今の雇い主の名前は碇シンジ・・・ご子息ですよ。」
「「「「「「なっつ!!!」」」」」

発令所のあっちこっちで驚愕の声が上がった。
さすがのゲンドウもポーカーフェイスが揺らぐ。
わずかにその体が身じろぎした。

しかしそれも一瞬の事で再び元のゲンドウに戻る。

「ゼーレの老人達に入れ知恵でもされたんですか?・・・彼と統和機構の関係を探っていたようですが成果は上がらなかったでしょう?」
「・・・・・・何を知っている?」
「がんばった連中には悪いですが、彼の過去を探っても無駄ですよ。協力者はいません、この町に来るまでは・・・彼はずっと一人で動いていたらしいですからね、統和機構にしてもお互いの不可侵を取り付けただけの関係で協力者とは程遠いらしいですよ。」

あまりにもあっさりとシンジの秘密をばらす加持にゲンドウの横にいる冬月があっけに取られた。
しかしゲンドウは関係ないといわんばかりに表情も変えない。

「クーデターなど・・・やり切れると思うか?」
「そうでしょうか?実際問題としてネルフを支えているのはエヴァとMAGIだ。この二つを手にいれる事が出来ればネルフと言う組織は骨抜きになる。」

加持の言うことは正しい。
ネルフにとってエヴァは実質的な力、MAGIは知能を司る。
この二つを抑えてしまえばネルフの全てを掌握したのと同義だ。

「エヴァはとっくにシンジ君達のものだ。だったらこの発令所を抑えればネルフを落としたも同然・・・」
「保安部と諜報部が黙っていると思うか?」
「確かに問題ですね・・・でもそんな事は些細なことです。大事の前の小事って奴ですか・・・」
「・・・なに?」
「自分達が心配しているのは別のものですよ・・・」

ゲンドウが聞き返そうとした瞬間・・・
彼の目の前に影が躍った。

ガン!! 

いきなり加持はゲンドウの頭を乱暴に机に押し付けると銃の引き金を引く。

ドン!!

ゲンドウの頭上で銃声がなった。
さすがのゲンドウもその大きな音に思わず顔をしかめる。
加持の放った銃弾はまっすぐに影の中心を貫いた。

「がふ!!」

獣のような声が影から発せられる。
そのまま影は後方に落ちて行った。

ドスン!!

いきなり目の前に振ってきたものにミサトやリツコ、オペレーター達が目を剥いた。
彼らの目の前に落下して来た物・・・それはネルフの制服を来た男・・・見覚えがあると思ったらこの発令所のスタッフだ。
その額の銃痕から血が流れている。

「い、いま・・・」

実際見ていたはずなのに信じられない。
この男はさっき助走も何も無く十メートルはあろうかと言う司令のところまで飛んだのだ。

「やっぱり発令所にも忍び込んでいたのか・・・」

静かな声が発令所に響いた。
全員の視線が一箇所に集まる。

そこにいたのは炎の魔女・・・凪だ。
いつものように漆黒のライダースーツを着ている。

「き、霧間さんなの?」
「他の誰に見えるんですか?」

ミサトが震える。
今まで彼女はたしかに影も形も無かった。
何もないところからCG映像のように浮かび上がってきたのだ。

「凪先生」

気がつけば凪の背後に見知った人物達がいた。
アスカ、レイ、マナ、ムサシの四人だ。
これまたいつの間にかそこにいた。

「あ、あなた達今まで何処に」
「葛城さん、話は後にしてくれ・・・ちょっと派手な事になる。」

凪はそ言うと周囲を見回した。
彼女の視線を追うと10人位のオペレーター達が椅子から立ち上がってこちらを見ている。
その瞳に宿っている物騒な光を見ればどんな人種か、あるいは人間かどうかわざわざ確認するまでもないだろう。

「・・・シンジ君達は大丈夫でしょうか?」

レイの心配そうな声に凪は頷く。
周囲を合成人間に囲まれながら他人の心配が出来るレイに苦笑する。

「あっちには亨さんと浅利が行ったからな、合流出来れば問題はあるまい、それにこっちもこっちで結構厳しいからな・・・」

凪は周囲を見回しながら牽制する。
ゆっくりとした動作でナイフを一本取り出した。

「加持さん」

凪は合成人間達から視線をそらさずに加持を呼ぶ。
加持が司令の席から下の方にいる凪たちを見下ろした。

「あんたもさっさとその二人を連れてこっちに来い。孤立していると死ぬぞ。」
「りょうか〜い」

加持は凪の言葉に答えるとゲンドウと冬月をつれて下に降りてくる。
はっきり言ってただの人間である加持がまともに合成人間とやりあえるわけがない。
さっき合成人間を倒したのだって偶然と日ごろ鍛えている反射神経の賜物だ。

ドン!!

加持に声をかけたことを隙と見た近くの合成人間たち三人が凪に飛び掛る。
どうやら凪をこの集団のリーダーと判断したらしい。
先に頭をつぶすというセオリーを実行するつもりだ。

凪に迫る三人の動きは完全に人の限界を超えていた。
特撮アニメの滞空時間の長いジャンプを仕掛けもなしに自力で実行している。

「スゥーーーー」

対する凪は深呼吸とともに腰を沈めた。
その体にうっすらと蒸気が立ち上り・・・一瞬で炎になり燃え上がる。
炎は凪の手に握られたナイフの刀身に変化した。

凪は合成人間達を睨んで一直線に駆け出した。

「だあ!!」

黄金に燃え上がる焔剣で一人目の合成人間の胴をすれ違いざまに両断する。
切られた傷から吹き出た炎が一瞬で男を灰にした。
しかし凪はそれを確認もせずに次に向かう

殴りかかってくる二人目の拳を逆袈裟に構えた焔剣を跳ね上げ、切飛ばすとがら空きの胴に炎を纏った回し蹴りを叩き込む。
くの字に蹴り飛ばされながら男は灰になってはじける。
炎の残り火と灰が周囲に舞って視界を塞いだ。

しかし、視界が塞がれようが凪は止まらない。
まさに炎のような激しさで灰の中を突っ切る。

灰のカーテンを抜けた凪の瞳に三人目の合成人間が映る
最後の一人はいまだ空中にいた。
先行した二人が一瞬にも満たない時間で灰にされたのが信じられないらしい。
呆然としているようだが自分がそれに付き合ってやる理由は皆無だ。

凪は焔剣の切っ先を最後の合成人間に向けた。
その刀身が凪の思いに答えてやりのように延びる。
切っ先が目指すのは男の鳩尾・・・突き刺さった炎の槍は一瞬で背中まで貫通する。

そして・・・男はおそらく自分の死を理解できないまま灰になった。

「・・・・・・」

凪が無言で焔剣を一閃させると焔の刃が蛍のように飛び散った。
紅に照らされながら周囲を見回す。
場が硬直していた。

合成人間もほかのオペレーターたちも動けないでいる。
あまりにも圧倒的で容赦なく・・・そして美しすぎてはかない炎・・・

残った合成人間達は頭の冷静な部分で考える。
火種もなく燃え上がり、一瞬で灰になるほど対象物を焼き尽くすなど尋常な炎ではありえない・・・明らかに発火能力者の炎だ。

「おみごと・・・」

場違いとも思える声が静まり返った発令所に響いた。
同時に乾いた拍手の音が鳴る。
凪は視線だけで声の主を見た・・・最も離れた場所にいる長身の男・・・やはりネルフの制服を着ているがホストのスーツのほうが似合いそうな美形だ。
その脇に何か細長い包みを挟んでいる。

「・・・だれだ?」
「失礼、私・・・ゼーレ所属の合成人間、トールといいます。」
「トール?」

凪はトールの警戒を一ランク上げた。
この状況でこうまで平然としていられるは自信の裏づけかただの馬鹿か・・・おそらく前者・・・しかも・・・

「どうやらお前がこの場の頭らしいな・・・」
「その通り」
「まさか十数人も合成人間を忍ばせているとは思わなかった。なにが目的だったんだ?」
「そちらと同じですよ。ネルフはもともと我々の目的のための組織・・・しかしここ最近あまりにも目に付くことが多かったので・・・」

トールの目の色が変わる。

「そろそろ本来の形に戻せとおおせつかったんですよ。」

言葉と同時に濃密な殺気が来た。
それに当てられた背後のミサト達がうめく。
どうやらゼーレも同じタイミングでネルフを占拠するつもりだったようだ。
使徒を殲滅した直後の気の抜けた瞬間を狙うつもりだったのだろう。
それが凪達のクーデターとブッキングしたらしい。

(・・・まずいな・・・)

凪は内心で動揺していた。

(こいつ・・・本物だ。)

数々の戦いの中で磨かれた感覚がトールの危険さを感じとる。
凪はチラッと背後を見ると殺気に当てられてレイやアスカも顔色が悪い・・・完全に呑まれていた。
もっとも、こんな厄介そうなやつを子供達に相手をさせる気はないが・・・

「加持さん・・・」

凪はゲンドウと冬月をつれてきた加持に声をかけた。
加持も本職のスパイだけあって状況を正しく理解している。
言いたい事は分かっているという感じにうなずいた。

それを確認した凪がアスカとレイを見る。

「あいつの相手は俺がする、後を任せていいか?」

おそらくそれが最善だろう。
この中で最大戦力の凪を割いてでも相手にしなければならない相手だ。

加持が了承すると凪は懐から加持に受け取った銃を取り出す。

「綾波」
「はい」
「これを使え・・・」

銃をレイに向けて差し出す。
レイは頷くと凪から銃を受け取った。

「すまないな、こんなこと子供に言う事じゃないが・・・躊躇するなよ」
「はい・・・」

レイが頷くのを見た凪が舌打ちして顔をそらす。
自称大人と違い、凪は言い訳で自分を誤魔化したりはしない。
ただ思うのは子供に人殺しの道具を渡す自分の不甲斐無さだけだ。

「行ってくる・・・」

凪はトールに向けて駆け出した。
同時に合成人間達も凪を迂回する形で動く。
どうやらネルフの幹部を先にどうにかするつもりのようだが凪も余計な相手をしていられるほどの余裕は無い。
トールと連中をいっぺんに相手をするのはさすがに無理がある。
ならば出来るだけ早く目の前のトールを黙らせるしかない。

「だああ!!!」

凪がその手の焔剣を振りかぶる。
答えるようにトールも持っていた包みから獲物を引き抜いた。
それは日本刀・・・お互いの刃が交差した瞬間二人を中心に爆発が起こった。

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「邪魔すんな!!」

怒声と共にシンジの放ったソバットが巨漢の男の延髄に叩きこまれる。
体重の十分に乗った一撃は男の意識を雑草のように刈り取った。
意識を失った男の体は重力に引かれて床に沈む。

「まったく・・・ネルフはざるだざるだと思っていたけどこれほどとは・・・」

シンジは正面を睨む。
そこには合成人間の集団がこちらを伺っている。
シンジが初号機で帰還した後、整備の職員のいぶかしげな困惑の視線を完全に無視したシンジは更衣室で制服に着替えて発令所に向かおうとした。

だが発令所までの通路で囲まれてこのざまだ。
どうやら待ち伏せしていたらしい。

「・・・合成人間・・・リリンが自分の体を代償に力を手にいれた者達・・・そこまでして力がほしいのか・・・僕には理解出来ないな・・・」

背後からの声にシンジは横目で見る。
そこにはカヲルがポケットに手をいれた自然体で立っていた。

「個人的にはぼくも理解したくないな・・・」

シンジはカヲルの後ろに視線を向ける
そこには虫の標本のように壁に押し付けられている数人の合成人間がいた。
彼らを壁に押し付けているのはオレンジ色の光の壁・・・ATフィールドだ。
合成人間達はフィールドと壁に挟まれて身動きがとれないでいるらしい。

外見はシンジと同じ中学生であってもカヲルはれっきとした使徒だ。
しかも人類とは違いアダム直系のオリジナル
それこそ同じATフィールドを持つエヴァかシンジの左手のような能力でも無い限りカヲルのフィールドは破れない。
たかが合成人間ではカヲルをどうこうできる道理はないのだ。

「それにしてもこの数・・・これじゃ発令所に行くのも一苦労だな・・・」

シンジがぼやいていると正面の合成人間の一人がシンジに飛び掛った。
空気を吸い込む様に口をすぼめているところをみると何かを吐き出すつもりのようだ。

「吐くなよ」

シンジは迷うことなく右手を発動して男との空間的距離を削り取って0にする。
男の目の前に現れたシンジは体をそらしている男の腹に前蹴りを叩きこんだ。

「ぐか!!」

男はシンジのけりで体をくの字に折り曲げる。

「これほどの合成人間をネルフに送り込んでくるとは・・・連中も勝負に出たか?」

シンジがブギーポップと入れ替わり、口調が自動的な物に変化する。
ついで放たれた衝撃波が男を合成人間の中に叩き返した。

ズン!!

男が突っ込んだ場所を中心に爆発が起こる。
どうやら爆発形の能力を持った合成人間だったようだ。
口から吐き出そうとした爆発物が誤爆して周囲にいた合成人間達を巻き込む。

「いい加減きりがないな・・・」

ブギーポップは周囲を見回す。
まだ戦闘可能は合成人間は20人以上いるようだ。

単純な話・・・数は力だ。
気を抜けば足元をすくわれる。
油断は出来ない。

おそらくは発令所に向かった凪たちも交戦中に違いない。

「まったく・・・」

ブギーポップはとりあえず突っ込んできた合成人間の一人をワイヤーでばらばらに切断した。

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凪が場を離れた事で残りの合成人間が残った者達に襲いかかる。

「皆!下がりなさい!?」

ミサトが叫んだ
いまだに理由も意味も理解できず混乱しているが発令所が戦場に切り替わったのはわかる。
使徒ではない生身の人間同士の戦いだ。
しかもどうやらこっちを殺すつもりらしい。
だとしたら子供達の後ろにいるわけには行かない。

守るべきは彼らなのだ。

「危険なのよ!!どう見ても普通じゃない!!!いいから下がって!!!!」
「大丈夫よミサト・・・」

ミサトの言葉に逆らってアスカが一歩前に出る。
その肩が小刻みに震えているのを見逃した者はいない。
考えてみれば今まで生身で戦った経験があるのは歪曲王であってアスカはこれが初めてだ。

向かってくる合成人間達の目の前に立つとアスカは軽く目を閉る。

「アスカ!!」
「だって私にはあいつが一緒なんだから・・・負けるわけには行かないのよ私は!!」


かっと見開いた瞳・・・その右目は光沢の無いつや消しの青・・・
それは自分に最も近い存在であった彼女が残した力・・・


百・鬼・夜・行


瞬間・・・合成人間達の先頭が吹き飛んだ。
彼らを吹き飛ばしたのは紫の鬼神・・・

「し、初号機・・・」

誰かが呆然とつぶやいた。

それは写し身・・・
この場にいる誰もが認める最強の姿・・・
黄金の守護者の名を関する12の鬼・・・

そして・・・12体の初号機に守られるアスカの姿は正に王・・・

「まさかアスカまで・・・能力に目覚めていたとはね・・・」

加持がおどろいた声を出す。
アスカとのつき会いは彼が一番長い。
少なくとも加持の知るアスカは能力者じゃなかった。

「これがアスカの能力・・・」
「加持君、知っていたの?」
「りっちゃん・・・いや、アスカまでMPLSだったとは知らなかった。」

二人は黙って頷く。
それ以上の言葉は今は必要ない。



「さあ!!


いくらでもかかってきなさい!!!」



アスカの宣言と共に戦闘が再開される。
この日・・・ネルフ本部はおそらく人類初の人を超えた者達同士の大規模な戦場になった。

紫の鬼と合成人間の集団が激突する。
それは映画の合戦シーンのような迫力だった。

合成人間達からは銃はもちろん振動波、炎、果ては腕や爪を伸ばしたりと多種多様な攻撃が来る。
大して自分達を守っているはその手に持つ槍やナイフ、刀で応戦していた。
当然だがリーチの差で初号機の何体かが倒されるが・・・

「な、なんなんだよこいつら!!」

合成人間の一人が悲鳴をあげた。
確かに破壊は出来る・・・しかしいくら破壊されようがそんなことは問題ではない。
壊れた【Tutelary of gold】(黄金の守護者)達は瞬時に再生してすぐに戦線復帰を果たしていくのだ。

「ぐわ!!!!」

合成人間の一人がソニックグレイブに貫かれて投げ飛ばされた。
アスカの能力は一対一でも十分に強力ではあるがその真価は多数が相手のときにもっとも顕著に発揮される。
そもそも”集団戦闘”とは個々の動きを合わせるのが最重要だ。
強い連中を集めればイコール最強の軍隊ではない。
お互いの動き、流れ、それらをしっかり掴んで互いが弱い部分を守り、あるいは協力することで目的を遂げる。

当然ではあるがそのために長い訓練が必要になる・・・本来なら・・・

そんな常識はこの【Tutelary of gold】(黄金の守護者)の能力の前では意味がない。
すべての【Tutelary of gold】(黄金の守護者)はアスカの意思の元に制御される。
そのために打ち合わせどころかアイコンタクトすら必要とせずに完璧にコンビネーションが取れるのだ。
しかもアスカがやられなければ不死身というおまけまで付いている。

「ふふっ・・・」

アスカは戦闘の中心で昔を思い出していた。
ドイツ時代の過酷な戦術訓練・・・
エヴァパイロット達のエースとなるべく教育された時代・・・
思い返せばろくなものではない上にほとんど役に立たなかった。

ドイツのネルフスタッフ達は意気揚々と自分を送り出したかもしれないが日本に来てみれば自分よりはるかに頭が切れてなおかつ強いシンジがいたのだ。
戦術発案、真実を見通す慧眼、先を見通して動く行動力・・・勝てないと思った。

「ま、いまさらよね〜」

アスカはにやりと笑う。
確かにシンジには勝てないが今はあの苦しい戦術訓練に感謝している。
あの時代があったからこそ自分は歪曲王から譲り受けたこの力をこれほどに無駄なく使えているのだ。
戦術訓練の経験が【Tutelary of gold】(黄金の守護者)達を有効で効果的に動かして合成人間達を殲滅していく。
それはドイツのスタッフ達が正しくアスカに望んだ指揮官としての姿だった。

「すごいな、これは・・・赤木リツコ博士の見解ではあれは何だと思う?」

加持が目の前で行われている一大スペクタクルをみながら横に並んでいるリツコに聞いた。
ここにいるメンバーの中でアスカの本当のすごさに気がつけるのは戦闘訓練を受けた加持とミサトだけだろう。

しかしミサトはあまりに常識外れた光景に呆然としているので実質加持だけだ。
もはやこれ以上驚けないとなると人は逆に冷静になるらしい。
リツコは加持に頷いた。

「おそらく実体じゃないんでしょうね・・・原理は分からないけれど操り人形のようなものよ」
「人形師はアスカか・・・レイちゃんは・・・」

加持の視線の先にはレイがいた・・・数十キロはありそうな机を持ち上げて・・・

「・・・・・・」

レイはそれを無言で投げつける。
本来事務仕事を意図して作られたそれは製作者が考えもしない方法で同じ重さの凶器に変貌した。

「うわ!!?」

その先にいた合成人間の一人があわててよけようとする。
それ自体人間離れした反応だが、机の影から出た瞬間・・・

「げふ!!」

そこに走りこんできていたレイのとび蹴りを胸に食らった。
レイの能力は元となったものの力もおよそ10倍・・・
およそ30キロのレイの体重は単純計算で300キロ、しかもそこに走りこんできた勢いも含めた衝撃がわずか20数センチの靴底に集中する。

「がふ!!」

蹴られた勢いで壁まで飛ばされた合成人間は壁とレイの足でサンドイッチにされた。
折れた肋骨が内臓にでも突き刺さったのだろう。
男は口から血を吐いて倒れる。

アスカの能力が集団の強さならばレイのそれは単体の強さだ。
その細い肢体はそれだけで十分な凶器となりうる。

「ざ、ざけんな!!」

合成人間の一人がレイに飛び掛った。
レイはそれを見てもあわてない。
いつもの無表情で手に持っていた銃を男に向ける。



鎧・袖・一・触


ドン!!



一瞬で合成人間の男は上半身を失った。

「・・・最近の銃ってロケットランチャーの真似事が出来るの?」
「いや・・・これと同じ銃のはずなんだけど・・・」

加持はレイの持つ銃と自分の銃を見比べる。
まったく同じ形式の小銃・・・

自分が凪に渡して凪がレイに渡したものだ・・・間違えようがない。

「強化かしら?・・・そういえば時々レイの零号機が使った武器の威力が予定数値を上回っていることがあったわね・・・」
「ち、ちょっと二人とも!?」

あわてたような声に二人が振り向くと説明してほしそうな顔のミサトとスタッフ一同
さらに見回すとゲンドウと冬月も付いている。

「説明って言ってもね・・・見たまんまよ」
「だからどういうことよ!!」
「彼らはMPLS、能力に目覚めた者達・・・」
「能力?」

リツコはうなずいた。
しかしそれ以上詳しいことは知らない。
代わって加持が口を開く。

「詳しいところは分からんが時々出てくるんだよ。ちょっと代わった特技を持ったやつがな・・・」
「特技って・・・加持、あんたアスカがそうだって知っていたの?」
「いや、俺が知る限りそれはない・・・この町に来てから目覚めたんだろうな・・・」

全員の視線が戦いの中心をつかさどっているアスカとそれを守るようにそばに立つレイを見た。
前衛をアスカの【Tutelary of gold】(黄金の守護者)、そして後方でそれを操るアスカを守るレイ・・・理想的なコンビネーションだ。
どうやら自分達の知らない修羅場の一つ二つ抜けてきているらしい。

「え?・・・じゃあシンちゃんも?さっきドグマで初号機の左手が光ったのがそうなの?」
「シンジ君は元からですよ」
「な!!」

話に別の声が割り込んできた。
声の主はマナとムサシだ。
何もないところからいきなり浮き出るように現れた。
マナの能力で光を屈折させていたらしい。

「ほかのスタッフを集めていたの?」

リツコが二人の背後をみながら聞いてきた。
二人の周りには発令所のスタッフがいる。
どうやらほかの連中が戦闘に集中しているところをこっそり動き回って集めてきたらしい。

「自分達はあまり荒事向きではないんで・・・シンジのほうにも迎えを出したんですが・・・おそらく足止めを食っています。・・・そこ!!」
バン!!

いきなりムサシは加持の銃をもぎ取ると壁に向かって発砲した。
鉄のはずの壁に銃痕があいてその穴から血が流れる。
ぼとっと言う音ともに壁が人の形にはがれて落下した。
そこに現れたのは壁と同じ色をした男・・・

「ぐお・・・」

壁に擬態していた合成人間だ。
男は立ち上がるとムサシに怒りの視線を向けて飛び掛ってきた。

(右足・・・一歩後ろ・・・)

自分の感覚にしたがってムサシは右足を一歩後ろに下げた。
合成人間のこぶしがムサシの目の前で空を切る。

(次・・・屈んで左足払い)

思いっきりしゃがむと左足を振り回すような感じで足払いをかけた。
なまじ人以上の能力を持つ合成人間のために一度ついた慣性は容易に方向転換を許さない。
まともに食らった合成人間は仰向けに中を舞う。

(ここで・・・とどめ!!)

目の前に浮いている体にムサシは凪から譲られた電磁警棒を構える。
そのスイッチをオンにするとみぞおちに押し付けてそのまま突き込みながら地面にたたきつけた。

「ぎお!!」
バシ!!

スパークとともに合成人間は沈黙した。
ムサシの能力は五感からの情報を基にした分析とそれによる未来予測・・・相手の動きを予想して動く・・・それは演舞と同じであらかじめ段取りを決めた動きをするようなものだ。
実はムサシは格闘においてかなり上位の成績を持っていた。
それこそシンジにも3回に2回は勝てるほどに・・・といっても一方的に能力を使えばだが・・・むしろその状態で三回に一回勝てるシンジが規格外過ぎるだろうとムサシは思っている。

「これで荒事向きじゃないのかい?」

加持の言葉にムサシは笑ってある方向を指差す。
そこにいるのはアスカとレイ・・・その圧倒的な力は合成人間達を相手取って一歩も退かない。
別に合成人間達が弱いわけではない・・・彼女たちのほうが強い・・・ただそれだけだ。

「・・・さすがにあれは・・・」
「たしかにな・・・」

加持だけでなくそれを見た全員が冷や汗をかいた。
どうやらいつの間にか自分達の周りには逆らってはいけないタイプの人間がわんさかといたらしい。
特にゲンドウ、冬月、リツコは微妙な顔をしている。

「それにしても・・・」

加持は視線を発令所の中心に向けた。
コの字型の発令所の中心で断続的に爆発が起こっている。
こちらまで影響はないが同時に爆煙でよく見えない。

しかし爆発が収まらないということは同時に一つの事実を示している。
凪が苦戦しているのだ。

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同時刻・・・
発令所に程近い通路にシンジの姿があった。
T字路の角の部分で壁に背を預けている。

「お待たせシンジ君」

シンジが顔を上げるとカヲルが缶ジュ−スを持ってあるいてくる。

「お使いに行かせてごめんね。」
「いや、適当に選んで来たけどいいかい?」
「別に何でもかまわないよ。」

そう言うとシンジはカヲルの持っている缶の中からスポーツドリンクをとってプルタブを開ける。
カヲルも自分の分の缶を開けた。

「それで、どうするんだい?」
「こうする・・・」

シンジはカヲルの持っている三本目の缶をとって通路に差し出した。

カン!!

いきなり腕が脱臼しそうな衝撃が来るがシンジもこれは予想していたので耐えた。
何とか掴んだままの缶を目の前にもってくると見事に人差し指大の穴が開いている。

「・・・炭酸なしにしとけばよかった。」

缶に開いた穴から炭酸のジュースがどんどんこぼれて泡が足元に広がっていく。

カッン

通路の床に広がった水溜りの中に何か白いものが落ちた。

「骨?」
「いや、これは・・・歯だね。」

確かにそれは人間の歯だった。
白い歯が炭酸ジュースの水溜りに転がっている。

「どういうことだろう?」

カヲルはわけが分からずシンジに聞いた
シンジはじっと転がっている歯を見ていたが何かを思いついたのか頷く。

「鮫・・・かな?」
「鮫?あの魚のかい?」
「うん、鮫ってさ簡単に歯が抜けるけどすぐに次の歯が生えてくるらしい。この先にいる合成人間はそんな感じで歯を作って鉄砲魚のような感じで飛ばしてるんじゃないかな?」
「できるのかい?・・・そんなこと」
「凪さんが前に狼男とやりあったことがあるらしいからね、魚類くらいいてもおかしくないんじゃないかな?」

あっさり言うがシンジの顔は真剣だ。
実際それで足止めをくっているわけだから馬鹿にもできない。
いくらシンジの能力でも見えないくらい早いものをどうこうするのは難しいのだ。
通路に出た瞬間、問答無用で頭を吹き飛ばされる可能性が高い・・・というよりさっきのを見れば確実にそうなるだろう。

「こんなところで手間取っているわけにはいかないんだけどな・・・発令所まであと少しだし・・・迂回している時間もないしな・・・」
「シンジくん、何か近づいてくるよ。」
「ん?」

足元の歯から視線を上げるとバイクが一台近づいてくる。
運転しているのはケイタ、その後ろにもう一人誰かのっているようだ。

「悪い、遅れた。ケージに行ったんだが入れ違いになったらしい。」
「ケイタ・・・もしかしてこっちの人が享さんか?」
「はじめまして・・・だな・・・」

サングラスの男がバイクから降りてシンジ達に挨拶をしてきた。
シンジも答えて頭を下げる。

右手に一本の刀を持っている亨の姿は隙がなく、カジュアルな服なのに侍を連想させた。

「早速で悪いんですが状況は?」
「発令所にも案の定合成人間が忍び込んでいた。霧間さん達が対応している。」
「ちっ」

シンジは舌打ちした。
やはり思った通りに事が進んでいる。
となるとここで迂回するという案は消えた。
うかうかしていると一人二人やられる。

「ここは俺が受け持とう・・・」

亨はそう言うと手に持っていた刀を抜いた。
日本刀としての美などかけらも無い鈍い鉄色の刀身が現れた。
見かけなど度外視した実用一辺倒の人切り包丁だ。

しかしシンジは首を振る。

「ケイタ!?」

シンジはケイタを呼んだ。
周りを警戒していたケイタが振り向く。

「ぼくのバックを」
「わかった!!」

ケイタは自分の背中に背負っていたスポルディングのバックをシンジに渡した。

「どうする?」
「どの道ここを通らないわけには行きません。この先にいる合成人間は狙撃のような方法でこっちを狙ってきています。時間もかけられない・・・殲滅して突破します。手を貸してください。そっちのほうが早く済む。」
「承知」

亨は頷くとサングラスを外した。
その下から現れた瞳は一つ・・・隻眼だ。

「ケイタ?」
「なんだ?」
「カヲル君のそばにいろ、隙を見てカヲル君を連れて発令所に先行するんだ。連中のシナリオではここでカヲル君が殲滅されることが前提だからな・・・問答無用で殺しに来るぞ。」
「わかった。」

最後にシンジはカヲルに向き直った。
こんなに緊迫した状況だと言うのにカヲルの顔にはアルカイックスマイルが浮かんでいる。

「そう言う訳だらカヲル君・・・」
「僕も発令所かい?」
「うん、それと・・・」

シンジは真剣な顔でカヲルをみた。

「ここからは手を出さないで、身を守る事に専念してほしい」
「どうして?」
「これは人間の・・・人間による人間のための戦いだ。」
「使徒である僕は手を出すなと?」
「人間が起こした事は人間で片を付ける。神の定めた運命や奇跡ではなく人間の力で・・・」

カヲルは黙ってシンジの目を見る。
シンジも答えてカヲルの目を見た。

「ふっ・・・」

不意に・・・カヲルが笑って二人の間の緊張が溶けた

「やはり君はいいな・・・僕は君に会うために生まれてきた・・・今ははっきりとそう思うよ・・・しかし、僕は発令所には行かない。」
「え?」

予想外のカヲルの言葉にシンジは呆けた。
それを見たカヲルがしてやったりな顔をする。

「君は僕が死にたいと言ったのにこの世界に引き止めた。そのせいで僕は君に興味が湧いたんだ。どうしてくれるんだい?」
「どうって言ってもな・・・」
「だから僕は君を観察させてもらうよ。なに、浅利君は見物料として僕が責任を持とう。」
「お、俺?」

シンジはすばやくカヲルの言葉を検討した。
いくらケイタのドライビングテクニックが優れていようとも、いや・・・むしろバイクに乗っている分反撃にあって転倒などすれば危険かもしれない。
だったらここでカヲルのフィールドに保護してもらうのもそれはそれで悪くない。

「・・・・・・」

チラッとケイタを見ると顔色が悪い。

(なんだ?)
(きっとあれじゃないか?彼の同性愛者疑惑、まだ晴れていないんだろう?)
(ああ・・・なるほど・・・)

シンジは生暖かい笑みでケイタを見た。
それに何を感じたのかケイタが硬直する。

「では不束者ですがよろしく」
「ちょっと待てよシンジ!!」
「こちらこそ任されたよ。」
「話はもういいか?」
「あ、亨さんすいません」

状況の変化にケイタの抗議は黙殺された。

「先手、お願いできますか?あなたの”イナズマ”なら・・・」
「わかった。」

シンジにうなずくと亨は通路に足を向けた。
凪やブギーポップに聞いたとおりの能力なら亨はこの状況を打破できるはずだ。

「行くぞ、俺にしっかり付いてきてくれ。」
「はい」

シンジと亨は通路に飛び出した。

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「・・・やりずらいな・・・」

凪は数合目のつばぜり合いによって起こった爆風に乗って後方に飛ぶ。
特殊な手を入れたスーツのおかげで怪我ひとつないが凪の顔は暗い。
爆風によって起こった煙の先に青白い光が見える。

「同じタイプの能力か・・・」

煙がはれるとその先にいたのはトールだった。
ネルフの制服は所々汚れているようだが本人は無傷らしい。
まだまだ余裕の笑みを浮かべている。
問題なのはその手に持つ日本刀だ。
青白い輝きを帯びて怪しく光っている。

「電撃か・・・」
「その通り、あなたの炎と同じような原理ですね。」

電光で下から青白く照らされたト−ルの顔は狂人の笑みに見えた。






To be continued...

(2007.09.15 初版)
(2007.09.22 改訂一版)
(2007.12.01 改訂二版)


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