天使と死神と福音と

第拾漆章 〔神羅万象に等しき友よ〕
Y

presented by 睦月様


通路に飛び出したシンジと亨がみたのは作業着を着た中年の男を先頭とした職員達、正しくはゼーレから送り込まれた合成人間の群れだ。
先頭の男が口をすぼめているところをみるとどうやら歯を飛ばして来ていたのはこいつらしい。

「ふっつ!!」

銃のように発砲音はしない。
息を吐き出す音だけだ。

おそらくこいつは暗殺専門の合成人間なのだろう。
射程そのものは短いのだろうがほとんど予備動作無く発射できることとさすがに口の中に凶器があるなどとは誰も思わない。
そんな意識の盲点を突いて暗殺を遂行する。
後に残るのは歯の一本だけ、おそらくその歯にしてもDNA鑑定などには引っかかるまい。

そしてその凶器は今シンジ達の命をめがけて音より速く飛んでくる。

「これは・・・これがイナズマ・・・?聞いていたよりすごいな・・・」

しかしシンジはそんな死の弾丸などより目の前を先行する亨の方が驚きだった。
男が歯を吐き出すより早く回避行動に入っている。
合成人間の放った歯は亨にかすりもしない。

(これが彼の能力”イナズマ”その本質は”死線”を見切る事)
「死線?」
(ここにいれば怪我をしたり死ぬと言う事が”線”として見えるらしいんだ。)

確かに亨の行動は勘がいいとかそんなレベルではない。
純然たる確信の下に回避しているように見える。

「な!!なんであたんねえんだ!!」

自分の攻撃をことごとくかわされた合成人間がパニックになって叫んだ。
それも仕方ない。
彼の攻撃は銃弾のそれと比べても何ら見劣りはしないのだ。
それなのにことごとく余裕を持ってかわされれば信じられなくても仕方ない。

(そして彼の能力は相手にも作用する。)

刀の間合いに入り込んだ亨は持っていた刀を振りかぶる
とっさに男は避け様としたがそれより早く亨が一刀の元に叩き切った。

(相手にとっての死線、それをなぞるように刀をふるえば必ず当たるということさ)
「はあ・・・すごいですね・・・」

さすがのシンジも言葉が無い。
相手の攻撃を見抜いての回避、こちらの攻撃が必ず当たるラインの見切り。
さっきの一刀を見れば亨自身の力量もかなりのものだというのがわかる。
このレベルの人間がそんな能力を持てば接近戦で、それもおそらく刀が無くても敵はいまい。

(まったく、力の方向を間違って伸ばしていたら世界の敵になっていたところだ。)
「あのフォルテッシモに勝ったのも頷けますね」
(と言ってもね、彼はその前に一回負けているんだ。あの片目はその時に、リターンマッチで勝ったわけだからお互い一勝一敗、だからあの最強君は彼の事も追いかけていると言うわけなんだよ。)
「亨さんも難儀な・・・・」

人に歴史あり
特に人に無い能力を持つ者達は同時にその人生の密度も高い。
シンジ然り亨然り、世界は本当によく出来ている。

「ではぼくも・・・」

シンジは左手を発動する。
距離の概念を否定して移動したのは亨によってパニックになっている合成人間達の後方・・・
合成人間達の退路を絶つ。

シンジがもっとも懸念していたのはこの合成人間達がシンジ達に押されて発令所になだれ込むことだ。
ただでさえ発令所では戦闘をやっているというのにそこにこの連中まで突入したら収拾がつかなくなる。
数で劣っているシンジ達は各個撃破で敵の数を減らしていく必要があるのだ。

「人を殺そうとしたんだ。自分が殺される覚悟くらい決めてきたんだろうね?」

シンジの顔に左右非対称の笑みが浮かぶ。
合成人間達は前門のイナズマ、後門の死神の間で挟まれた。

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発令所・・・
そこはいま爆発や戦闘の怒号でかって無く騒がしかった。
しかしそんな中で唯一・・・喧騒の中心である発令所のど真ん中は針の落ちた音ですら大きく聞こえそうなほど静まり返っている。

そこにいるのは向き合っている一組の男女・・・
凪とトールだ。

二人とも同じように剣を構えている。
凪のほうは炎で作った刀身で目標を「焼切る」のに対してトールのそれは日本刀に電撃を走らせて「切ると同時に電撃で内部を破壊する。」二段構えの戦法だ。
しかも・・・

「行きますよ」
「くっつ!!」

トールが空いた手を一回握り締めてすぐに開く。
そこには青白い光球が浮かんでいた。
プラズマだ。
手を凪に突き出すとプラズマが凪に向かって飛ぶ

「なめるな!!」

対する凪も同じような動作で手のひらに火球を生み出して自分に迫るプラズマ球にぶつけた。



ズン!!!


数万度の高温に達するプラズマとあらゆる存在を燃やし尽くす殲滅の炎がお互いを食い合って破裂する。
その余波だけで発令所全体が揺れた。

「ちっ・・・」

凪は舌打ちした。
攻撃方法まで似通っている。
激しく千日手っぽい状況だ。

(まずい・・・)

凪は舌打ちした。
状況は凪に不利だ。
トールはMAGIへの自分の能力の影響を考えて戦場を発令所のど真ん中から動かそうとしない。
しかし凪はトールにだけ構ってもいられないのだ。

「きゃあああ!!!なによこいつ!!」

トールから警戒をはずさずに背後のアスカを見た。

アスカの目の前に一人の男が立っている。
おそらく合成人間だろう・・・少なくとも普通の人間は服を引き裂くほどに体が膨張したりしない。
男はネルフの制服を破り捨てた。
その時点ですでに体調は3メートル近い・・・しかもその体が黒い毛に覆われて行き、頭部が人外の物へと変化していく。

「・・・伝説の半人半獣を復活させたのか?ポセイドンの真似事とはな・・・」
「神に出来て人間に出来ないことなどそれこそ天地創造くらいのものですよ。」

男の変化した姿・・・それは太古のミノスに存在したとされる獣・・・
その体躯は黒き毛に覆われた人外の者・・・牡牛の頭を持つその者の名はミノタウロス・・・

「ネルフ本部をクノッスの迷宮にするつもりか?」
「博学ですね、ならばお分かりでしょう?アドリアネの糸は存在しない。」
「生かして返す気は無いと言うことか・・・」

凪はレイを探した。

「くっ・・・」

凪の視界に飛び込んできたのは苦戦しているレイだ。

案の定、3人ほどの合成人間を同時に相手をしていてアスカの方まで手が回らないでいる。
相手をしているのはあのマリオネットと同タイプの合成人間らしい。
壁や天井をすいすい移動しながら人間の関節を無視したトリッキーな動きにレイも翻弄されているようだ。

ムサシとマナ、加持達も他の合成人間を自分達に近づけさせないので手一杯らしい。
皆、誰かを手助けできる余裕は皆無だ。

「余所見をしていていいのですか?貴方のダンスのお相手は私です。今は私を見ていただきたいですね」
「ふん、この伊達男が・・・悪いがさっさとけりにさせてもらう。」

凪は焔剣を振りかぶり叩き付けるようにふるった。
その刀身の炎が伸びてトールを両断しようと三日月形の斬撃が一直線に走る。

しかし当のトールは余裕の笑みさえ浮かべてしゃがんでよけた。

(ちっ、あっさりよけやがる・・・)

普通はここまで間合いを狂わされれば後ろに避けて距離をとろうとするだろう。
なのにこのトールは完全にこちらの攻撃を見きった上で完璧に避ける。

(ムサシのような先読みじゃない・・・あいつは確かにこちらの攻撃にあわせて避けている。)

トールはこちらの攻撃にあわせて回避している。
それは間違いない。
その反応速度が尋常ではないだけの話だ。

「名残惜しいですが・・・私もそろそろ・・・」

そう言うとトールは刀を鞘に収めた。

「鉄製の鞘?」

凪はトールの鞘を見て呟いた。
戦国時代では刀を失ったときのために鞘を鉄製にしてそれで戦えるようにしたと言う。
トールは頷くと刀を腰だめに構えた。

「居合い?抜刀術?・・・どっちにせよこの間合いでは・・・」

凪とトールの距離は目算で5メートルほど、そもそも後の先をとるのが基本の納刀術でこの距離はありえない。
大体において本物の刀を使っているトールはともかく凪の焔剣はその気になればいくらでも刀身を延ばせる。
後の先どころの話ではない。
動かなければ一方的にやられるのがおちだ。

「行きます。」

トールが宣言した次の瞬間、凪の目に映っていたトールが消えた。
次に凪の視界に現れたトールは凪の目の前、すでに抜刀の動作に入っている。

「っつ!!!」

とっさに焔剣を盾にしながら背後に向けて倒れこむ。
これをよけきらなければ確実に・・・死ぬ・・・


 
斬!!


白刃と電光の煌きに赤い血が舞う。

「・・・驚いた・・・あれを不完全ながらよけたのか・・・」

トールが心底驚いた感じで背後を振り返る。
そこには右の二の腕を押さえながら膝をついている凪がいた。

ポタ・・・ポタタ・・・

押さえている指の間から血が地面に流れ落ちて赤い色を広げる。

キン!!

甲高い金属音とともに凪の目の前に金属が落ちる。
それは凪が持っていたナイフの成れの果て・・・その刀身の半ばから鋭利な切断面をさらして真っ二つになっている。

「折れたんじゃない・・・切られたのか・・・」
「ご名答」

凪は手早くライダースーツから別のナイフを引き抜くと警戒しながらハンカチを取り出して止血をする。
傷そのものはナイフを盾にしたために思ったより軽傷だ。
しかしトールの刀は電気を帯びていた。
切られると同時に流れ込んできた電撃に右手がまともに動かせない。

「私の電撃でしばらくはその腕は使えないでしょう?というよりよく気絶しませんでしたね・・・」
「頑丈なのがとりえでね・・・しかし今の動きは・・・」

トールはあの一瞬凪の視界から消えた。
しかしそれはシンジやフォルテッシモの空間移動とは違う。
単純に移動しただけだ。
静止した状態からいきなりトップギアの速度での動き、そして凪の目の前で急制動で静止した。
数値を上げるなら完全な0−100−0、相手に注意していればいるほどにいきなりそんな動きをされれば一瞬見失う・・・そんな動きだ。
しかもそこから放たれた居合・・・

(あれはわかっていても避けられん・・・)

本来の居合は刀を納めた状態から相手の虚をつくための技術、剣速はともかく威力的には両手での斬撃に劣る。
はっきり言って実戦で使えるかと言われれば答は否だ。
そんな事をするくらいなら最初から刀を抜いておく方が早い。

問題であるトールの放った一撃・・・あれは正確には居合ではない。
静止した状態からの全速力での移動、そして急制動における運動エネルギーを全て納刀状態の刀に伝える。
さらに問題はあの鉄製の鞘、持った左手で電気を流し、電磁石の反発作用を発生させているのだろう。

レールガンの原理だ。
おそらくはそのままでも銃弾くらいのスピードで刀は飛んで行っただろうがその威力を殺さず形だけは居合の動きで刀を抜き放ち、自分の体を軸にして無理やり斬撃に転化する・・・その威力は床に転がっているナイフをみればわかりやすいだろう。
少なくとも鉄を両断するくらいは簡単なようだ。

「しかし・・・そんな急加速が可能なのか?」

静止した状態からマックスの速度を叩き出すなど・・・電気しか使えないと思って油断していた。

「・・・ん?・・・電気?」
「おや?気がつきましたか?」
「体内電流か・・・」

人のルーツが使徒だろうが古今東西の宗教いわく神の作ったものだろうが間違いの無い事実がいくつかある。

基本的に人体を動かしているのは脳から発せられた電気信号による。
脳でさえその本質はニューロン同士の電気信号の交換によって成り立っているほどだ。

「お前はそれすらも操れるんだろう?」
「正解です。」

たとえば脳内を流れる電気信号を調整してやることで脳の処理速度を上げる。
命の危機に見る走馬灯は生きる手段を脳内の記憶から検索しているためだし、集中しているときに一瞬がひどくゆっくり感じるのは脳内の処理速度が外の世界の刺激より早くなっているためだ。

「さっきの居合もどき・・・あれは脚の筋細胞に一気に電流を流すことで爆発的な瞬発力を得たわけか・・・」
「その通り、日に何度もつかえませんが後数回の使用なら問題ありませんよ。その数回・・・避けられますか?その怪我した利き腕で?」

凪は唇をかむ。
その原理がわかっても打開策は思いつかない。
おそらくそんな無茶な技の性質上直線にしかつかえまいがこちらが弧を描くように移動するのに対してトールは一点で方向転換するだけですむ・・・避けるのは無理だ。

「ま、だからって言ってこのままにしては置けないんだが・・・」
「まだやる気なんですか?」
「生憎と往生際は人一倍悪いんだ。」

少なくともこのトールだけはここで黙らせる必要がある。
ほかの合成人間と違ってこいつは自分の力に過信していない。
過小評価もしていないところがさらに面倒だ。
自分というものを知っているやつが一番強い。

(ぎりぎりで・・・相打ちが狙えるか・・・)

トールの実力は文句のつけようがない。
アスカやレイでは相手にならないだろう。
それこそ相打ちすら狙えない。
だが凪なら・・・

(・・・理屈では・・・あれを食らって生きていられる生物なんているはずないしな・・・)

トールの居合いのように凪にも奥の手が存在する。
しかしそれには問題があって・・・必殺ではあるがその射程はトールの刀より短い。
せいぜい自分の手が届く範囲だ。
ゆえにこの技をトールに使うということは切られる覚悟が必要になる。
文字通りの決死だ。
凪の様子から覚悟を悟ったトールの顔から表情が消えた。

(少しは油断しろよ・・・獅子はウサギを狩るのにも全力なんてとことん容赦ないな・・・)

トールが腰を落とすのを見た凪が苦笑した。
さっきの居合もどきだ。
何をするつもりかわからない相手には最大攻撃で答える。
こっちが怪我人だろうと関係は無い。
融通が利かないのか凪に敬意を払っているのか・・・おそらく両方だろう。

もはやどちらかの死しかないと覚悟した両者がその運命を分かつ一歩を踏み出す・・・



ドン!!


「「な!!」」

二人が前に駆け出そうとした瞬間、いきなり目の前を長方形の何かが通り過ぎた。

「・・・扉?」

通り過ぎていった物を確認したトールがつぶやいた。
彼の視線の先にあるのは確かに扉だ。
この発令所の出入り口の一つをふさいでいた自動扉の一枚・・・
しかしその鋼鉄製の扉は中央に何かで殴られたようなへこみがついている。

「まったく、出入り口の扉がロックされているなんて・・・誰の仕業だよ?」
「だからって吹き飛ばすことは無いんじゃないかい?」
「カヲル君・・・日本には便利な言葉があってね、無茶も通せば道理が引っ込む」
「それでいいのかい?」

のんきともとれる会話に発令所中の視線が集まる。
あまりにもいきなりな状況に戦闘が停止していた。

吹き飛んだ扉に銃のような形にした右手を向けているのはこの場でもっとも有名な人物だ。
その後ろにはカヲル、亨、ケイタの姿がある。

「碇シンジ・・・」

トールが呆然とつぶやいた。
当のシンジはトールを無視して動きの止まった発令所の中を見回す。

「・・・どうやら少し遅れてしまったようだけど・・・何とか間に合ったみたいだね、ラストオーダーはまだ受け付けているの?」

シンジの顔には笑みが浮かんでいる。
それは誰一人欠けていないことから来る純粋な安堵だった。

「・・・亨さん、レイの・・・あの青い髪の女の子の手助けをお願い出来ませんか?」
「わかった。君はどうする?」
「あの真ん中にいる人・・・別格です。」
「無茶はしないでくれよ。子供の死ぬところは見たくない。」
「無茶をしない方が無理だと思いますけど・・・善処はします。」

話し終えると同時にシンジは凪達の所へ、亨はレイのところに向かった。
カヲルとケイタはシンジに言われた通り戦闘には参加せずに傍観に徹する。

「シンジ・・・」

近づいてくるシンジを横目で見ながらも凪はトールから注意を外さない。
それに比べてシンジの学生服にスポルディングのバックを肩にかけた姿は嫌になるほどいつも通りだ。

「遅れてすいません凪さん。」
「いや、おまえの方にも合成人間が行ったんだろう?むしろ早いくらいだ。」
「怪我・・・どうです?」
「問題は無い。むしろ・・・」

凪は周囲を見回した。
シンジの登場で止まっていた戦闘が各所で再開している。
他の合成人間もシンジの相手はトールがすると思っているらしい。
手を出してくる気は無いようだ。

「綾波はともかく・・・問題は惣流だな・・・」

レイのところには亨が向かっている。
合流出来れば問題はあるまい。
しかしアスカの方は相変わらずミノタウロスに苦戦しているようだ。

「凪さんはアスカのところに」
「いいのか?俺ならまだやれるぞ?」
「相打ち狙っている時点でやれてないでしょう?」
「気づいていたか?」
「顔に書いてあります。」

凪はシンジとト−ルを交互に見た。
トールは警戒しているのかじっとこっちの様子をうかがっている。
いきなり不意をついてきることはなさそうだ。

「気を付けろ奴は電気を使う、俺と同じような能力だが厄介なのは体内電流を操って五感を含めた肉体機能にブーストかけているところだ。居合に注意しろ。」
「了解です。」

凪はシンジから離れるとアスカのところに向かって走り出した。
トールは凪をみようとすらしない。
視線はシンジに固定したままだ。

「君は行かなくていいのかい?」
「凪さんは見逃してくれそうでしたけどぼくは見逃してくれそうに無かったですから、発令所に入ったときからずっとみていたでしょう?」
「気がついていたのかい?」
「生憎と男の人に熱い視線を向けられても応えられませんね、しかも殺気付の視線なんておっかないもの向けてくる人には別の意味で胸がときめきますよ。」
「ははっ」

笑いと共にトールの姿が消えた。
凪に繰り出したのと同じ居合もどきだ。

「殺った!」

トールは確信した。
シンジの死を・・・その繰り出された刀がシンジの服を切り裂き、その下の肌に食い込んで筋肉を断ち切る。
そして骨すらも紙のように切り裂いた白刃がシンジの体に逆袈裟の一直線を引いて天を指すビジョンがはっきりと脳裏に浮かぶ。

そしていま正にそれが実現しようとした瞬間・・・

「な!!」

トールはシンジの姿を見失った。
いきなり掻き消えたのだ。

「ど、どこに・・・」

トールが視線を上げるとそこにシンジはいた。
さっきと変わらない姿で・・・唯一の違いはその左手が白い輝きを放っているところだろう。
二人はまるでスライドさせたかのように立ち位置が変わっただけでそれ以外は最初とまったく変わらない。

「どうしてもやるんですか?」
「残念だがね、君は最優先に抹殺指令がでている。」
「へ〜買いかぶられたものですね」
「買いかぶりか・・・これでも甘いくらいだと思うね、状況さえ許せば私はここにN2の一つでも打ち込むよ。」

さすがと言うべきか・・・一瞬でシンジの危険性を理解したらしい。
キールから信頼を置かれるだけの事はある。

「まったく・・・キールさんも人の命を駒にしてもらっちゃこまる。」
「あの方を知っているのかい?」
「あの方?ああっそうか、知っていてもおかしくはないですね、以前お茶をした事があります。」
「あのとき・・・気づいていたというわけか?」
「ゼーレのトップって事ですか?確かにあの人なら世界を牛耳ってこんな計画を実行する組織のリーダーとして十分な実力を持っていると思いますよ。」

トールの目の色が変わった。
シンジの危険度を一ランク上げたらしい。

「そこまで気がついているとはね・・・訂正だ。私は君を殺すためなら一個大隊を差し出す。」
「だから買いかぶりだといっているでしょう?男子中学二年生一人殺すために国家レベルの軍隊を動かしてどうするんです?」
「君相手なら惜しくない。」
「・・・本音を言わせて貰えば「いい年した大人が中坊相手にマジになってないで少しは油断しやがれ!!」って感じなのですけどここは一つ大人の余裕で隙の一つも見せてくれません?」
「余裕を見せた瞬間あの世にこんにちわって言うのは遠慮したいんだ。」
「「ははっ」」

ガキン!!

まったく予備動作無く二人の戦闘は開始された。

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「こ、こいつ!!!」

アスカは追い詰められていた。
自分を守る【Tutelary of gold】(黄金の守護者)達はミノタウロスに向けて波状攻撃をかけているがミノタウロスには目だったダメージを与えられないでいる。
いや、正確にはダメージは与えているのだが・・・ほとんど間をおかずに再生が始まって傷が塞がっているのだ。

シンジ達と違ってアスカの能力は基本的に物理攻撃だ。
そのために物理的な攻撃を跳ね返すような能力やこのミノタウロスのように強力な再生能力で攻撃を無効にしてしまうような敵とは相性がよくない。

「あ・・・やば・・・」

ミノタウロスをみていたアスカの視線とミノタウロスの視線が交差した。
どうやらアスカがこの初号機達を動かしているのに気づかれたらしい。
【Tutelary of gold】(黄金の守護者)達を打ち払いながらアスカに向かってくる。

確かに初号機達はアスカがいる限り何度でも再生するし疲れると言うことも無い完璧な兵士だ。
しかし逆にアスカさえどうにかすれば全て消え去る。
将棋やチェスと同じように王(アスカ)を殺(と)れれば勝ちなのだ。
逆に殺れない限り勝つことは出来ない。

ミノタウロスの圧力にアスカはじりじりと後退する。

「ア、アスカ?」
「な!!」

名前を呼ばれたアスカは慌てて振り向いた。
そこにいたのはミサト、他にも加持達がいる・・・どうやら皆のいるところまで下がってきてしまったようだ・・・これ以上後ろには下がれない。

「どうすれば・・・」
「惣流!!!」
「凪先生!?」

見れば向こうから凪が走ってくる。
右腕に怪我をしていてだらりと下げているが一直線にこちらに向かって来ていた。

「そいつの動きを止めろ!!」
「はい!!」

アスカは12体の【Tutelary of gold】(黄金の守護者)を集めるとミノタウロスを羽交い絞めにした。
さすがに全部の【Tutelary of gold】(黄金の守護者)に取り付かれては身動きが取れない。

「中途半パンパは効かんか・・・」

駆ける凪の体から焔が噴出す。
動く左手の五指を開くとその指先につめのような細長い炎が生まれた。
ガスバーナーのような形の炎の色はあらゆるものを焼き尽くす意思を込めた蒼白・・・



「はじけて燃えろ!!!!」


凪は五指に宿った炎をミノタウロスのわき腹めがけて突き刺した。

「ゴ、グゴロロロ!!」

人間にはありえない叫びとともにミノタウロスがほえる。
吹き出す血すらも一瞬で灰に変えながら凪はさらに深く抉り込んだ。



ドン!!


 ドン!!


  ドン!!


   ドン!!


    ドン!!



同じ破裂音が同時に五つ響いた。
ミノタウロスの動きが止まる。
全員が見守る中・・・ミノタウロスの背中に・・・大きな穴が5つ・・・まるで中から破裂したような傷口を見せていた。

トールに使うはずだった凪の奥の手・・・焔剣の要領で指先に灯した爪状の焔を相手に突き刺し、そこから火球の要領で破裂させる。
対象は内部から爆発するために一度刺さってしまうと逃げ道がない。
これを食らうと刺された場所の反対側が爆散して醜い傷口を晒してはじけるのだ・・・生き残るすべなどない。

ミノタウロスの体は傷口から噴出した炎に包まれて灰になる。
しかし、その灰さえも凪の纏う炎の衣に焼かれて消え去っていった。

「ぜ、はっっ・・・」

凪の体の炎がミノタウロスを燃やし尽くして消え去るとともに凪がひざを付く。
さすがにトールとの戦いで体力的にも限界のようだ。

「凪先生!!」

アスカだけではなくマナとムサシも駆けつけてきた。

「心配はない、ちょっと力を使いすぎただけだ・・・」

凪の顔色が悪い。
気がつけば右腕の傷口を止血している布が真っ赤だ。
派手に動いたことで出血量が多くなったのだろう。
血が足りない状態であんな大技など使ったものだから貧血になっているらしい。

「・・・俺はいい・・・綾波のほうは・・・」

凪が視線を向けるとレイと亨が一緒に戦っていた。
だが苦戦している。
死線を見切る亨でも三人同時のトリッキーな動きに加えてレイを守りながらでは分が悪いようだ。

「・・・霧島、ムサシ・・・」
「「はい」」
「お前達はあの二人の応援に行け。」
「「え?」」
「俺はこの傷だ・・・まともには戦えん、ここは惣流に任せる。」
「わ、私ですか?」

アスカが驚きの声を上げた。
凪は黙ってうなずく。

「お前ならここにいる全員を守れる。それができるのはお前の能力だけだ。あんなデカブツ、早々出てはこんだろ?俺はお前の護衛くらいしかできん」
「わ、分かりました。」
「霧島とムサシはあの二人のサポートだ。自分で戦う必要はない。お前達の能力は本来前線での戦闘よりもその補助として力を発揮する。やり方はムサシ、お前が考えろ。」
「お、おれですか?」
「お前が一番適任だ。向こうまでは霧島、お前の能力で姿を消して行け。くれぐれも無茶はするな、お前達はあの二人が戦いやすくすればそれでいい。」
「はい!!」

マナとムサシは頷いた。
同時に二人の姿が消え始める。
即決即断のマナらしい。
二人が消えた後、二人分の気配が離れていったのを感じた。

「ごくろうさん」
「あ、加持さん!」

アスカが叫んだ。
凪が顔を上げると加持が立っている。
手に応急セットを持っているところを見ると凪の怪我の手当てに来たらしい。

「大変そうだね、手を貸そうか?」
「いやみかよ」

凪は苦笑した。
以前凪が加持を助けたときと立場が逆の構図だ。
加持は笑って凪の怪我の手当てを始める。

「保護者はつらいね〜」
「子供に危険な真似をさせる保護者がいるか・・・」
「耳が痛い・・・」

加持はレイと亨を見た。
まだ戦闘中だ。
見えないがマナとムサシも近くにいるのだろう。

「・・・大丈夫かな?」
「何とかなるだろう。能力者が四人だ。」
「シンジ君は?」
「それこそどうにもならん、あいつが・・・いや、”あいつら”がどうにかできんならこの場でどうにかできるやつはいない・・・それよりな加持さん、惣流も・・・」
「なんだい?」
「何ですか?」

凪はすばやくライダースーツからナイフを一本引き抜くと逆手に持って頭上を薙ぐ
瞬間的に発生した焔剣が伸びて天井から降ってきていた合成人間の一人を切り裂いて灰にする。

「ここはまだ戦場だ。気を抜くな」
「「は、はい」」

軽く睨んで来る凪に二人は直立不動で答えた。

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ガキン!!
「大丈夫か?」

亨は飛んできた合成人間の攻撃を跳ね返して背後のレイに話しかけた。
レイは黙って頷く。
着ている服の所々が切られているがレイ本人に怪我はない。
自分の自然治癒力を高めてダメージを回復しながら戦っているからだ。

「それにしても・・・」

さすがの亨も少し困っていた。
問題は三人という数だ・・・亨とレイが一人ずつ相手にすれば余った一人が隙を付いてくる。
亨に向かってくればいいのだが二人を比べれば疲弊しているのはどう見てもレイだ。
戦場において弱っている人間を狙うのは正道だし、それを卑怯というのは根本から間違えている。
しかも厄介なのはこの三人・・・決して弱くはない。
というより妙に連携が取れている。

「何か細工されているのか?」

亨の予想は正しい。
実はこの三人、マリオネットと同じ能力のほかにもうひとつ・・・テレパスの能力を持っていた。
それによってお互いの連携をスムーズに行っているのだ。

「連携を崩せれば・・・そこに隠れているのは誰だ?」
「あ、すいません・・・」

誰もいないところから亨に返事が返ってきた。
次の瞬間、空間から抜け出すように人影が現れる。
ムサシとマナだ。

「凪先生に言われて援護に・・・」
「・・・そうか、向こうは決着が付いたようだな・・・」

亨は凪のほうを見ようともしない。
今はそれどころじゃないからだ。

「悪いが俺のほうも余裕がない・・・」

合成人間達は天井に張り付いてこっちを伺っている。
いきなり現れたムサシとマナに警戒しているようだ。

「連中の連携を崩せればいいんですか?」
「ついでに地面に落としてくれると助かるんだが・・・さすがの俺も刀の届かないところには手が出ない。・・・できるか?」
「・・・・・・」

ムサシは現状を確認した。
今こっちには自分を含めて亨、レイ、マナの四人がいる。
数ではこっちが有利だが・・・しかし敵は天井に張り付いてこっちを見ている上に接近戦になったら勝てる気がしない。
状況はおそらくイーブンかこっちが少し悪い。

「マナ?綾波?」
「「なに?」」
「二人の力が必要だ。」

不思議そうなレイとマナにムサシは耳打ちする。
それを聞いたマナは驚き、レイはうなずいた。

「ムサシ、そんなのやったことないし・・・」
「光を操ることができるなら理論上はできるはずだろう?」
「それはそうだけど・・・」
「マナはきっかけさえ作ればいい、後は綾波の能力で増幅すれば行けるはず・・・」

ムサシの言葉にレイはうなずいた。
それを見たマナも覚悟を決める。
マナは両手を組んで祈るような姿で集中する。
レイはそんなマナに肩に手を置いて自分の能力でマナをサポートした。

「亨さん、サングラス持ってましたよね?」
「ああ・・・」
「かけてください。」
「・・・わかった。」

ムサシの言葉は理解できなかったが亨は頷いてサングラスを取り出すとかける。
同時に合成人間達が痺れを切らして襲い掛かって来た。

「いまだ!!」

ムサシの叫びとともにマナが能力を解き放つ。
光が暗い発令所を貫いた。
強い閃光弾の様な光に合成人間達の動きが止まる。

「隙あり!!」

この中で唯一、光をものともせずに動けたのはムサシの指示でサングラスをかけていた亨だけだ。
刀を構えて合成人間達の中に突っ込んで行く。
すれ違いざまに亨の白刃が煌きながら振るわれた。
一瞬で三人の合成人間達が床に沈む。

マナの能力、【Spectacle of fantasy】(幻想の光景)で周囲の光を集め、レイの【Power of good harvest】(豊穣なる力)でそれを強化する。
それを一気に開放することで閃光弾のように強い光を作り出して相手の目をくらませる作戦だった。
飛び掛ってきていた合成人間達はカウンターで食らって避ける事すら出来なかったのだ。

「やったわねムサシ!!」

マナがうれしそうにムサシに駆け寄っていった。

「どうやって思いついたの?」
「どうやって?勘だよ勘!!」

マナはそれを聞いて少し絶句した。
【Logical intuition】(論理的な勘)・・・それは予感という形で未来を予想する能力・・・実は結構論理的なのだが勘の域を出ないためにいまいちイメージがよろしくない。

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「・・・どうやら決着は付いたみたいですよ?」

シンジは閃光が収まるのを待ってトールに話しかけた。

「どうやらそうらしい」
「ここで終わりにしませんか?」
「残念だが・・・」

トールの答えにシンジは肩をすくめる。

「何故そこまで神になりたがるのか理解できませんね・・・ぼくとカヲル君の会話・・・聞いていたんでしょう?」
「確かに聞いていたよ。でも同時にそれはかなうと言っていたね、彼は?」

そういえばカヲルは確かに途中経過でゼーレの望みはかなうようなことを言っていた。
よく覚えているものだ。

「それに作戦中止の命令は出ていない。悲しい宮仕えなものでね」
「命令で命を捨てるなんて戦時中の日本人ですかあんたは?」
「ははっ、まっ命令だけで命をかけているわけじゃないんでね、自業自得ってやつかもしれないな・・・」

言葉と同時にプラズマ球が来た。
しかしシンジに避ける様子はない。

ズン!!

数回目の爆発が発令所に響いた。

「・・・なんだ?」

普通ならトールの勝ちだ。
しかしトールは警戒を解かない・・・それどころか逆に警戒を強めた。
今まで余裕すら持って交わしていたシンジがなぜか避けなかったのだ・・・何かある。



ドン!!


案の定・・・爆発に舞い上がった煙を目隠しに衝撃波が来た。
警戒していたトールは不意打ちにもかかわらず軽く避ける。

撃ち抜かれた煙の先に・・・それはいた・・・

帯電し、青白い電流の支配する地獄には悠然と立ち続ける人影・・・夜色のマントを羽織り、筒のように直立している。
同じ筒のような帽子の下・・・白い顔に黒いルージュを引いた顔を見た瞬間・・・トールの体に戦慄が走った。

「それが君の本質か?・・・碇シンジ君?」
「今はブギーポップだ。」

左右非対称の笑みを浮かべたブギーポップは自動的な口調で名乗りを上げた。







To be continued...

(2007.09.15 初版)
(2007.12.01 改訂一版)


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