天使と死神と福音と

第拾漆章 〔神羅万象に等しき友よ〕
Z

presented by 睦月様


周囲には帯電した電気がいまだに青白く走っていた。

「予想はしていたが・・・MPLSか・・・」
「似たようなものさ」
ドン!!

言葉と同時にブギーポップが銃の形に構えた指先から衝撃波が飛ぶ。
しかしトールも読んでいたのか難なくかわす。

「面白いことができるんだな・・・」
ドン!!!

さらに追撃の衝撃波が放たれる。
しかし今度はトールも黙ってはいない。
プラズマ球を出して応えた。

ズン!!

ブギーポップの放った衝撃波とトールのプラズマ球がぶつかって爆発を起こす。
両者ともそれに逆らわずに背後に飛んで衝撃を逃がした。

((・・・強い))

お互い、相手の胸のうちなど知りようもないが二人が抱いた感想は同じだった。
すでに数合にわたる接触で互いに相手の力量が油断ならないことを見抜いている。
天秤はいまだ水平を保ってはいるがどちらに傾いてもおかしくはない。

「ここまでとはな・・・」
「それはお互い様だ。」

再びブギーポップの衝撃波とトールのプラズマ球が放たれた。

ドン!!

二人のほぼ中央で接触した両者は互いに反応して爆発する。
次の瞬間、爆煙を突き破ってトール本人が走りこんできた。
すでに居合いの体勢に入っている。

(シンジ君)
「はい!!」

瞬時にシンジとブギーポップが入れ替わった。
すぐさま【Left hand of denial】(否定の左手)を発動すると後方の空間に瞬間移動する。

「なに!?」

しかし移動したシンジは驚愕に顔をゆがめた。
距離を開けて避けたはずなのに目の前の同じ位置にトールがいる。

「ちっつ!!」

シンジは再度【Left hand of denial】(否定の左手)を発動するが、さらに移動した場所でも目の前にトールがいた。

(連続で高速移動している!?空間移動に走って追いついているのか!!?)

瞬間的な加速を繰り返しながら後方に逃げるシンジに追いつき続ける。
そのありえないことをやってのけているトールにシンジの意識にコンマ数秒の空白ができた。

「殺!!」

それを見逃すトールではない。
音よりも早い一刀が鞘から抜き放たれる。

「くお!!」

シンジも生存本能に従って【Left hand of denial】(否定の左手)を発動して距離を否定する。
移動するのは後ろではなく前、目の前のトールの殺傷圏の死角・・・居合いだろうがなんだろうが自分の真後ろには攻撃が来ないはずだ。

「ぜあ!!」

移動すると同時に目の前のトールの背中に蹴りを放つ。
ブギーポップの能力のひとつ、宿主の肉体の能力を限界まで使える。

本来人間はコンクリートの塊を素手で砕くことが可能だ。
何故それができないかというとそんなことをすれば肉体が持たない。
だからこそ人間は無意識にセーブしている・・・いわゆる本来の30%しか使えていないというあれだ。
ブギーポップによってその枷を外されたシンジの蹴りは十分に人を蹴り殺すことができる。

「が!!!」

しかしトールの強化された五感はそれすらも感じ取って回避行動をとらせる。
体の表面を削られながら転がってよけた。

「真後ろからの攻撃に対応するなんて・・・非常識な・・・」
「君が言うかね?」

強引によけたが無傷ではすまなかったようだ。
トールの背中が火傷をしたようになっていた。
そしてシンジも・・・右腕に切り傷がある。
切られながら強引に避けたので骨までは行っていないが出血が多い。

(長引くとまずいな・・・)

出血はある意味もっとも戦闘に関係してくる。
骨折などとちがって即効性はないがじわじわと体力を奪っていくからだ。

しかし、だからといって治療も出来ない。
それをすれば数秒間は無防備になる。
トールのあの居合いが自分の首を切り飛ばすのにはコンマ一秒もかかるまい。

(・・・手ごわいな・・・)
(シンジ君、僕が出よう。)
(分かりました。)

シンジとブギーポップが入れ替わり、ふたたび死神が表に出てきた。

「また・・・雰囲気が変わったな・・・」
「なかなか違いの分かる人がいなくてね・・・」

ブギーポップは筒状の帽子を脱ぎ捨てた。
さらにマントに手をかける。

左右非対称の笑みを浮かべたブギーポップはマントを脱いだ。
さらに振り回すとマントが絡み合い、捻じれて形をとる。
それはアラエルのときに使った長鎌・・・

「大盤振る舞いと行こうか、受けるかい?」
「喜んで!!」

ガキン!!

漆黒の鎌と白刃が真正面から激突した。

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「あいつ・・・あんな事までできたのか・・・」

凪がブギーポップの作り出した鎌を見てあきれた声を出す。

発令所の戦闘はほぼ終わっていた。
もちろん凪達の勝利で、合成人間達はほとんど倒している。
後は亨に任しておいて問題はあるまい。

「あれもシンジ君の能力なのかい?」

凪の横には加持がいた。
どうやら解説してもらいたいらしいが凪は渋面になる。

「あれはシンジの能力じゃない、聞かなかったのか?」
「俺は協力を半分強制されたようなもんでね、ロボットのように言われたことをしただけさ、君らがMPLSだとは思っていたがアスカや、さらにマナちゃんやムサシ君までがそうだったとはね・・・」
「それじゃ何も知らなかったわけだ・・・真実を知るために殺されかけた加持さんらしくないな・・・」
「ははっ出来れば教えてくださいプリーズ」
「まあここまでくれば・・・ん?あれは・・・」

加持に説明しようとした凪はあることに気がついた。

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発令所の中央で繰り広げられているシンジとトールの戦闘は常識というものを地平の彼方に吹き飛ばした。
誰もがあっけに取られる中で違う視線で二人を見る人物達がいる。

「先輩・・・」
「ええ・・・どうやらこれからが本番のようね・・・」

不安そうなマヤとは対照的にリツコの顔は喜びに染まっていた。
その瞳は宝石のように輝き、口元には笑みが浮かんでいる。
今日これから起こることを知るためにどれほど待ったか・・・眠れぬ夜をすごしたか知れない。

「いよいよ本気を出すのねシンジ君・・・」
「・・・赤木博士」

名前を呼ばれたリツコは無視しようか本気で迷った。
しかしこの声の主を無視するのはいろいろとまずい。
一瞬たりとも目を離したくないという本心に後ろ髪引かれながらリツコは振り向いた。
そこにいたのは案の定、ゲンドウと冬月、さらにミサトや日向に青葉、他のスタッフ達も説明してほしそうな顔で見ている。

「シンジ君のあの姿・・・以前ドグマに進入した怪人物と似ているように思うが?」
「似ているというより本人です。シンジ君自身が言っていたので間違いはありませんわ」
「どういうことよリツコ!!」

思わず会話に割って入ってきたのはミサトだ。
少々というかかなり礼儀に外れているがゲンドウや冬月をはじめ誰もたしなめない。
ミサトの言葉は正しくこの場にいる全員の総意だ。

「シンジ君、以前からあの姿でドグマに忍び込んでいたみたいね、なにをしていたかは機密に触れるからいえないけれど」
「な!!シンジ君が!?どうやって!!?」
「その答えは”よく分からない”よ。本人に聞きなさい、彼・・・これが終わったら何でも答えてくれるらしいから」
「・・・赤木博士・・・」

リツコがいやな顔をする。
できれば今一番話したくない人物の声だ。
シンジの戦いを見たいので無視したいところだがそうも行かない。

「・・・なんですか司令?」

リツコがポーカーフェイスで振り返った。
案の定ゲンドウがサングラス越しにこっちを見ている。
にらんでるかどうかサングラスに隠れて分からないがいつも以上のプレッシャーだ。
マヤなどはその威圧感に縮み上がっていた。

「・・・シンジのこと・・・知っていたのか?」
「はい」

即答だった。
質問を予想していたのだから答えも早い。

「何故報告しなかった?」
「聞かれませんでしたから」
「それだけか?」
「他にシンジ君の秘密を教えてくれるという約束とサードインパクトは起こさないという確約をとっています。もっとも、口約束ではありますが彼なら問題はないと判断しました。」

リツコの言葉によどみはない。
そのさばさばした答えにみんなあっけに囚われていた。
冬月が震える声で話しかけてくる。

「・・・赤木君・・・言っていることが分かっているのかね?君の発言を鵜呑みにすれば反逆罪で君を裁かねばならん。」
「どうぞご随意に、ただしもう少し待ってもらえますか?シンジ君の本気が見れそうですから」

そういうとリツコはあっさりゲンドウたちに背を向けた。
もはや語ることはない。
最低限マヤに迷惑をかけるわけには行かないのですべて単独犯にするつもりだ。
マヤに口止めしておく必要があるだろう。

それよりも今はシンジだ。
言いたい事はすべて言い尽くしたのだからこれで心置きなく集中できる。

「ちょ、ちょっと待ちたまえ赤木君・・・」
「・・・いい、冬月・・・」
「六分儀!!」
「いいんだ・・・」

興奮する冬月をゲンドウはたしなめた。

「・・・シンジは我々よりも先にいっている・・・その情報も能力も・・・」

ドグマでのシンジとカヲルの会話、そして今眼下で繰り広げられている死闘・・・
シンジだけじゃない・・・レイもアスカも信じられないほど高次元の戦闘を平然とこなしているのだ。
どれを見てもシンジ達が未知の領域にいることを示している。

「・・・赤木博士の言うとおり・・・今はシンジを見る時間だ。」
「気が合うね」

別の人間の言葉がゲンドウに答えた。
全員が声の主を振り返って息を呑む。

「・・・フィフス」

ゲンドウがどこかあきらめに似た声でつぶやく。
視線の先にいるのはカヲル・・・第17番目の使徒だ。
別に驚くほどのことでもない。
さっきシンジが発令所に乗り込んできたときに一緒に入ってきたのを見たのだ。
その後ろにケイタが付き従っている。

「ここ、よろしいですか?」

カヲルは周囲の人間の驚きなどお構いなく進むとリツコの横を指定席に決めたようだ。

「せ、先輩!?」
「マヤ、失礼よ。ごめんなさいねカヲル君。」
「気にはしませんよ、むしろ彼女の反応は当然だ。あなたは何でそんなに落ち着いているのかな?」
「シンジ君との会話を聞いていたからよ。」

肝が太いというか根性が座っているというか・・・
カヲルもさすがに苦笑している。

「お前が渚カヲルか?」

名前を呼ばれたカヲルだけでなく全員が振り向いた。
そこにいたのは加持を引き連れた凪だ。

「誰ですか?」
「自分の学校の保健医くらい知っておけ、霧間 凪だ。」
「失礼、まだ保健室のご厄介になったことがなくてね、その保健医であるあなたが何故ここに?」
「シンジからいろいろと任されていてる。」

周囲の目を完全に無視して凪はカヲルに近づいていった。
凪もかなりの強心臓らしい

「ということはあなたがここの責任者ですか?」
「まあそういう感じかな・・・」

凪は苦笑しながら頷いた。
本来ならばこの場の責任者はゲンドウかあるいは冬月だ。
しかしゲンドウたちを含めて誰もそれに突っ込まないあたり内心を改めて確かめるまでもないだろう。

「ここ、邪魔するぞ」

凪はカヲルをはさんでリツコの反対側に陣取る。
どうやら凪も観戦モードに入ったらしい。

「お前がここにいて何もしないということはシンジとの約束を反故にするつもりはないということか?」
「少なくとも、目の前にアダムがいたとしてもいきなりひとつになる気はないよ。一言くらい断るつもりだ。」
「ほ〜う」

カヲルの言葉を聞いた凪はゲンドウに流し目を送った。
正確にはその右手・・・視線に気がついたゲンドウは右手をポケットに隠してカヲルから距離を取る。

「それを差し置いてもこのカードには興味があるね」
「どこがだ?」
「かたやリリンが己の持つ知恵と貧弱な能力の代わりに手に入れた技術という力で限界を超えた合成人間・・・そしてリリンの中に自然発生した能力者たるMPLS・・・この二人の戦いはリリンの未来にとって意味がある。」

全員の視線が対峙するトールとシンジに向けられる。
気がつけばほかの合成人間達を殲滅し終わった亨たちも二人を見下ろしていた。
レイやアスカが手を出そうと構えているが亨が止めているようだ。
他の者はともかく亨はこの二人の戦いの意味を知っている。



ギャリン!!


黒刃と白刃が何度目かの激突をする高い音が発令所中に響く。
その音の元で命のやり取りをしているとは思えないほどその音色は澄んでいた。

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発令所の中心で行われている戦いは常軌を逸していた。
鎌の重量と円運動の遠心力を加えて縦横無尽に攻撃を仕掛けるブギーポップにトールは完璧に反応する。
しかし同時にその苛烈さに反撃に出る事が出来ない。

傍目には激しい攻防を繰り返しているように見えるが完全に戦闘は膠着している。
はっきり言って決め手に欠ける状況だ。
衝撃波やプラズマ球はこの間合いだと近すぎて隙を作るだけなのでお互い使えないし牽制目的ならともかく二人とも素直に当たるほど間抜けでもない。

ちなみにブギーポップはワイヤーをはなから使っていない。
電気使いに鋼線を使うなど本気でやれば正気を疑われる。

「いいかげん終わりにしないか?」
「僕の鎌の下で無防備になってくれればすぐにでも終われるけどね」
「それはさすがに遠慮したいな」

死闘の中でも二人の口調は暢気だ。
しかし外見はそうでもない。
お互いに相手の技や衝撃によって細かな手傷を負っている。
その傷口から動くたびに血が周囲に舞っていた。

「まいったな・・・シンジ君に何回詫びればいいのやら・・・」
(別に致命傷以外なら文句言いませんけど?)
「致命傷など食らったら謝る事も出来ないんだが・・・」

ブギーポップはシンジを守ると誓った。
そのために極力シンジに怪我をさせるのは避けていたのだがこのトールが相手だとそうも言ってられない・・・っていうか細かな傷ですんでいるのはブギーポップだからであって他の者なら十分に致命傷クラスの傷になっているだろう。

キン!!!!

埒が明かないと悟った二人は相手と距離をあけた。
何度目かの対峙をする二人はお互い乱れた呼吸を治して次に備える。

「ここまで俺についてくるとはな・・・」

トールは感心した様子で懐に手を入れる。
取り出したのはクナイ・・・数は4・・・

「忍者みたいだな・・・それでどうする?」
「こうする。」

言葉とともにトールはクナイの正しい使い方・・・すなわち敵であるシンジに投げつけた。
風を切ってクナイはシンジに向かって飛ぶ。

しかしシンジもそんなミエミエの攻撃などわずかに首をそらすことで避けた。

「・・・で?」
「さらにこうする。」

トールはクナイを投げて突き出したままの右腕を握りこむ。
同時にいやな感じがブギーポップの背中を流れた。

「ちっ!!」

とっさに身をかがめて伏せるが、背中を浅く切られた。
その頭上を何かが通り過ぎてゆく。

「あれは・・・」

先ほどトールが投げつけてきてブギーポップが避けたクナイだ。
電磁石の要領で投げたクナイを引き戻したらしい。
そのままクナイはトールの手の中に納まる。

「器用だな・・・」
「こういう小技も絡めて行かないとね」
「それだけか?」

ブギーポップが左右非対象の笑みを浮かべてトールを見た。

「本当はさっきの三連続の高速移動のつけが回ってきているんじゃないか?」
「お見通しかい?」

よく見るとトールの両足が細かく痙攣している。
合成人間とはいえその体は生身だ。
あんな無茶を連続でやればそれは反動もくる。

実際、自分で日に何度も使えないと言っていたし・・・。

「おそらく後・・・やれて二回・・・無茶をすると後一回で足が使い物にならなくなるな・・・」
「そうだね・・・でも一回でも十分君を殺せる。」
「当たればな・・・」
「当てるさ・・・」

トールが腰を落として構える。
おそらく背水の陣だろう。
ブギーポップもそれに答えて長鎌を構えた。
氷のような冷たさとガラスのような鋭さが空気を支配する。

二人は同時に軽く目を伏せた。
静まり返った湖面のような静寂・・・

だん!!

その静寂は一瞬で洪水のような殺気に飲まれる。
二人は同時に動いた。

「・・・・・・」

ブギーポップの目の前、トールの攻撃は例の居合もどき。
愚直なまでに一直線の技だがその威力は申し分ない。
それに加えてトールの脚にかけたブーストを考えれば避ける事など出来はしない・・・普通なら、しかしトールの目の前にいるブギーポップもシンジも普通ではない。

ブギーポップはいままで同様正面から来るトールに対して後方に飛ぶ。
相手がわざわざ真っ向勝負を挑んで来ているからと言ってそれに応えてやる義理は無い。
トールの切り札である居合も打てて後二回なのだ。
それを打ち尽くせばおそらく動くことも出来なくなるに違いない。

男の勝負だとか真っ向勝負だとか言う奴は夏の甲子園の解説でもしていればいい。
なにより・・・

(目が死んでいないな・・・)

トールの目は自棄になった人間の目でも真剣勝負を望む熱血男のそれでもない。
例えるならば獲物が罠に掛かるのをじっと待つハンターのものだ。
何かある。

ブギーポップがそんな思考を働かせている間にトールの居合の射程から体が外れた。
自分の刀の届かない場所にフワリと舞い降りたブギーポップと同時にトールも地面に停止する。

「がああ!!!!!」

そんな状況にお構いなくトールは獣の叫びと共に抜刀した。
同時に音より速く白刃が文字通り飛ぶ。

「な!!」

思わず回避行動をとろうとするが遅い。
刃が右手の平から肉を突き破り甲に抜ける。
さらにそこで止まらず強烈な威力でブギーポップの右手を貫いたまま後方に吹っ飛ばした。

カン!
「ぐあ!!」

同時に持っていた鎌が手から離れて床に落ちる。
激痛でシンクロが乱れてシンジが表に出てきた。

ガン!!
「っく!!」

壁まで飛ばされたシンジはそのまま壁に叩きつけられた。
横目で見るとトールの刀が右手を貫いて壁に縫いとめている。

「・・・こんな技を隠し持っていたとは・・・」
「居合いだけと思っていたのか?まあこいつは奥の手だけどな・・・使うと武器がなくなるし・・・」

あの瞬間・・・トールは居合いをしなかった。
途中までは確かに居合いだったのだが、最後の瞬間・・・トールは刀を振り切らずに投げたのだ。
もともとレールガンの要領で加速していた刀だ。
そういう使い方が本来の使い方に近いのかもしれない。
その威力はライフル弾どころではない・・・刀、丸々一本分の質量が銃弾のそれとほぼ同速で飛んでくるのだ。
それは人一人分を吹き飛ばして壁に縫い付けるほど・・・見れば刀身の3分の2が鉄製の壁に刺さっている。
ある意味究極の飛刀・・・右手の骨が折れているようだがはじけていてもおかしくはなかった

「が!!ぐ!!!」

正直のた打ち回って叫びたいところだがそんな状況じゃない。
悲鳴を無理やり飲み込むと【Right hand of disappearance】(消滅の右手)を発動させる。
あらゆるものを消滅させる右手が自分を縫いとめている刀を瞬時に消滅させた。
自由になった右手を眼前に迫っている物に向ける。

それはトールがシンジに向けて放ったクナイ・・・数は四・・・

(全部は無理!!)

とっさに判断したシンジは血の吹き出す右手を振り回して額と心臓に向かっていた二本のクナイを消滅させた。
残りのクナイは体をひねって避ける。
クナイはすれ違いざまに左肩と右脚の太ももを浅く切り裂いて背後に抜ける。

「くっつ!!」

トールはまだ止まる気は無いようだ。
クナイを避けたばかりのシンジに向かって駆け出してくる。
同時に背後に抜けたクナイがトールの磁力にひかれ、方向転換して再びシンジを背後から襲う。
シンジの命を狙って前後からトールとクナイがせまった。

「しつこい!!」

シンジは骨の折れた右手を発動したまま無理やり握りこんでこぶしを作ると背後に裏拳を放った。
一直線に走った無の輝きにクナイが二本続けて消滅する。
しかしそれは同時にトールに対して背中を見せると言うことだ。

「とった!!」

トールは右手を振りかぶった・・・その手の中には輝く光球が握られている。

(プラズマ!?まずい!!?)

とっさにシンジは【Left hand of denial】(否定の左手)を発動して振り向きざまトールの右手を殴り飛ばす。
プラズマと言う現象を否定されてプラズマ球が霧散した。

「まだだ!!」

トールは止まらない。
脚に電流を流して超加速するとシンジに体当たりして弾き飛ばす。
体重が圧倒的に劣るシンジは再び壁まで飛ばされた。

「がっ!!!!」

シンジの口から血がこぼれる。
正面から壁にたたきつけられてアバラが何本か逝ったかもしれない。
さらにトールは追い討ちをかけてきた。
左手の中にプラズマ球の光が宿っている
寸前でシンジは身を翻してよける事が出来たがトールの左手は壁にプラズマ球を叩きつけた。

ズン!!

シンジの至近で爆発が起こる。
さすがのシンジもこれほど近くで爆発したのは初めてだ。
その反動でシンジの体が木の葉のように吹き飛ばされた。

「な!?っく!!」

とっさに受身を取り、衝撃を殺しながら着地する。
すぐさま振り返るとトールが爆発した場所に立っていた。

「・・・正気じゃない・・・」

シンジは思わずつぶやいた。
トールはその左手の肘から先が消滅している。
本来、飛び道具のプラズマ球を確実に当てるために掴んで叩きつけにくるなど・・・反動で腕が吹っ飛ぶのは当然だ。

しかもそれだけではない。
トールの体はすでに限界を超えている。
ズボンは限界を超えて使用した超加速で毛細血管が破裂して血で真っ赤だし、爆風で体の何処にも傷の無い場所、血の流れていない場所が無い。
追い詰められているシンジよりもトールの方がよっぽど重傷だ。

「神風特攻じゃあるまいに・・・そこまでして・・・」
「君相手では命をかけるくらいしないと・・・」

そう言ってトールは笑った。
その笑みが胸をつく

(ああ・・・そうか・・・)

シンジは悟った。
トールにも自分と同じように譲れない物があるのだ・・・
たとえ自分を代償にしても・・・
その思いの強さはあるいは自分より・・・

(シンジ君・・・代わろう・・・)
(いえ、彼にはぼくが応えたい・・・)
(そうか・・・)

シンジの腕からブギーポップのワイヤーが飛んだ。
床に落ちていた長鎌を捕らえて一本釣りのようにシンジの下に引き寄せる。
右手が刀に貫かれた怪我で使えないので左手一本で受け止めた。

「でも、半分は僕が・・・」
(・・・わかりました。)

シンジと入れ替わったブギーポップは長鎌を振りかぶって投げつける。
漆黒の円刃がトールにせまった。
しかしこれだけの距離と見え見えの攻撃ではいくらトールが満身創痍でもあたるわけがない。
あっさりよけたトールはシンジに向かって駆け出す。
しかしとうに限界を過ぎている足はトールの意思に十分に答えることはできない。
歩くより幾分早い程度の駆け足が精一杯だ。
さっきの攻撃がトールの最後の力を込めたものだったのだろう。
限界を超えて・・・それでもトールはとまらず・・・残った右手にプラズマ球を発生させている。

「・・・・・・」

それに対してシンジは動かない。
ブギーポップは後のことをシンジに任せて引っ込んだようだ。
無表情でトールを見ている。

「・・・・・・」

もはや言葉をつむぐことなど不要・・・シンジは骨の折れた右手を無理やりに握りこむ。
傷口から流れ出した血が多くなるがシンジは気にしない。
黙って右腕を発動する・・・トールを殺すために・・・

トールが目の前に迫ってもシンジに動きはなかった。
プラズマ球を握った右手が振り上げられても・・・そしてその腕がシンジの体に接触しようとする。



斬!!


二人だけでなくそれを見ていた全員が見た。
輝くプラズマを握った腕が宙を舞うのを・・・切り裂いたのは黒い長鎌・・・最初にブギーポップが投げたものだ。
トールによけられた長鎌はブーメランの様に弧を描き、シンジの元に戻ってきた。


お、ああああああああああ!!!


シンジは獣の咆哮を上げて右手を振りかぶる。
血を撒き散らしながら放たれたこぶしはその途中にあった右手をプラズマごと消滅させるとトールの体のど真ん中に叩き込まれた。

「・・・・・・・・・・・・・負けた・・・か・・・」

トールは黙って天井を見ていた。
もはや体の動かない彼には他に出来る事は無い。
両腕はすでになく、胴体は真ん中に拳大の穴が背中まで抜けている。

「・・・・・・」

その傍らに影と血が落ちる・・・シンジだ。
傷の手当てもせずにトールを見下ろしている。

「・・・つよいな・・・」
「・・・・・・」

シンジは手加減も遠慮もしなかった。
たとえトールの体が戦えなかったとしても・・・

「・・・本当は貴方のような人の相手は苦手なんです。」
「なぜ?」
「その信念を砕くことが正しいのか迷うから・・・」

シンジにだってトールに負けないくらい信じている物がある。
だが・・・それを自分の思いだけで押し付ければそれはただの偽善者だ
現にトールにとっては正しくなかったからこの状況がある。

「矛盾しているな・・・でもその迷い・・・大事だと思う」
「ええ・・・ぼくもです。」

シンジはその手に持つ鎌を掲げた。
いまのトールは合成人間の生命力でかろうじて命を繋いでいる状態だ。
しかしそれはトールの苦しみを長引かせるだけでしかない。
助からないトールの苦しみを断ち切る事がいまのシンジの出来る唯一の事だ。
しかしトールは全てをわかった上で首を横に振る。

「・・・いや、いい・・・自分の始末は自分でつけるさ・・・」
「自分で?」

トールは頷いた。

「本来は自爆技なんだが・・・俺の死体を好き勝手されるのは遠慮したいんだ。」
「・・・何故そんな事を言うんです?黙っていればぼくくらい道連れに出来たでしょう?」
「さあね・・・」

トールの言葉に荒い息が混ざる。
どうやら終わりが近いらしい。

「なぜそこまでして・・・」
「言わない、個人的なことさ・・・墓・・・は無理そうだからあの世まで持っていくよ・・・ささやかな仕返しだ。」
「・・・わかりました。」

それしか言えなかった。
これから死んでいく人間の望みくらい聞くのは生きているものの義務だ。

「・・・じゃあ・・・な・・・」

トールの体が発光する。
どうやら自爆するつもりのようだ。
シンジは多少距離を取ると逃げるでも無くトールをじっと見ている。



ズンンン!!!


いままでの爆発より規模のおおきな爆発が起こる。
爆風が発令所を駆け巡った。

やっとそれが納まり全員が見たのは変わらず立ちつづけるシンジの姿だった。

どうしようもない後味の悪さが残る。
ほかの方法はなかったのかという思いがシンジを支配していた。

(シンジ君?)
「大丈夫です・・・」

シンジは頷く・・・こんなことは今までもあった。
だからと言って慣れるものじゃないし慣れちゃいけないと思う。

そんな事を考えているとシンジの右手を誰かが握った。

「・・・レイ?」

そこにいたのはレイだった。
黙ってシンジの右手を自分の能力で治療してくれている。
それだけじゃなくアスカやマナ、ムサシにケイタまでいた
皆真剣な顔だ。
どうやら心配してくれているらしい

「・・・ぼくは大丈夫だから・・・」

シンジは勤めて笑みを作って陽気に答えた。
願わくばその笑みがぎこちない物で無い事を祈りながら・・・







To be continued...

(2007.09.15 初版)
(2007.11.17 改訂一版)
(2007.12.01 改訂二版)


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