全てが終わったシンジはマントをスポーツバックに戻して他の皆と食堂に移動していた。
ミサト達はこれからの事についていろいろいそがしいのでここにはいない。
完膚なきまでに破壊された発令所から第二発令所に移動してこれからの事を話し合っているところだろう。
シンジ達と一緒にいる大人は凪と亨だけだ。
「お疲れ様でした」
食堂でシンジ達を待っていたのはマユミだった。
戦闘力のない(本当は戦えなくも無いが一回だけで後が続かないので実質戦闘能力が無い)彼女は戦闘にはノータッチで本部の外に父親である山岸と時田を連れて避難していた。
全てが終わった後、シンジからの電話で本部内に戻ってきたのだ。
「そんなことが・・・大変でしたね・・・」
視線をあわせた瞬間にこちらの記憶を読んだらしい。
そんな必要は無いと思うが戦闘に参加しなかった分少しでもその大変さを共有したいという思いからだろう。
律儀と言うべきかけなげと言うべきか・・・
「時田さんと山岸さんは?」
「二人は発令所へ・・・事情は私から・・・」
「しゃべったの?能力の事・・・」
「ええ・・・お父さん達に隠し事はしたくなかったので・・・それにシンジ君達だけ危ない橋をわたらせるわけにも・・・」
「そう・・・」
それ以上言う事は無かった。
山岸も時田もマユミの嫌がるような事はしないだろう。
特に山岸は文字通り命がけでマユミの秘密を守るはずだ。
シンジ達は食堂の椅子に腰掛けた。
どっと疲れが来る。
特にシンジは一番激しい戦闘にくわえて血を流し、そしてそれ以上に心が疲れていた。
体の傷はすでにレイの能力で癒されて塞がっているが心の傷を治す能力者はいない。
そんな皆の様子にマユミは黙って厨房に行くと冷たいカフェオレを人数分用意して運んでくる。
「あ・・・ありがとう」
シンジ達はマユミに礼を言うとカフェオレを受け取って飲み始める。
気がつけば口の中が乾いていたようだ。
冷えたカフェオレが美味い。
「ふう・・・」
シンジは口の中を湿らすとため息をついた。
もはや自分達に出来る事は無い。
後は文字通り大人の仕事だ。
一通りの指示みたいな物はしてきたが後はゲンドウ達次第だろう。
大丈夫とは思うが・・・そこまで考えたシンジは再びカフェオレを口に含む
「シンジ君?」
気がつけば何時の間にかとなりの席に座っていたカヲルが話し掛けてきた。
「なに?」
「ホモってなんだい?」
シンジは口に含んでいたカフェオレを思いっきり吹いた・・・他の皆も・・・
第拾漆章 外伝 〔天使の裏技〕
presented by 睦月様
「え?・・・」
シンジは答に詰まった。
なんと答えればいいのやら・・・あの凪でさえ二の句が告げられずにいる
「衆道のことだな・・・」
そんな中でサングラスをかけたお侍さんはその能力の名前通りイナズマのように一刀両断した。
会話の隙でも見つけたのかもしれない。
さらに・・・
「衆道?日本語は難しいね〜」
「ホモ・・・ホモセクシャル(Homosexual)の略語で、同性愛者を意味する語・・・歴史的に侮蔑的なニュアンスが含まれるので、同性愛者の中には略語表現を嫌う人も多いわ・・・」
赤い目の少女が辞典を丸暗記したような補足説明を付け足してくれた。
「同性愛?それは僕とシンジ君のような関係の事かい?」
もはやカオス・・・言われの無い痛い視線がシンジに突き刺さってくる。
感覚で言えば右手を貫かれたときより痛い。
「それが何か問題なのかい?」
横から聞いて来るカヲルにシンジは石になれたらどんなにいいだろうとまじめに思った。
とにかく逃げたいというのが本心だ。
レイ、亨、カヲルの三人が異様な空気を作り出している。
一番まずいのはその皺寄せが一気に自分に来そうな所だろう。
(ベ、ベクトルを!!話の方向を変えないとまずい!!!)
もはや第六感に近いひらめきがシンジの脳裏をフラッシュのように駆け巡る。
重要なのはこの状況をいかにして流すかだ。
「カ、カヲル君?」
「ん?なんだい?」
「その・・・ホモって誰が言ったの?」
「ああ、それは・・・」
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回想一 弐号機ケージにて
「さあ、行くよ。おいで、アダムの分身・・・そしてリリンのしもべ」
カヲルは目の前にある弐号機の4つの光学センサーをみながら言った。
しかし弐号機は動かない。
『貴方がアスカちゃんの言っていたカヲル君?』
不意に弐号機から思念波で返事が来る。
「?・・・そうだけど?貴女は惣流・キョウコ・ツェッペリン?」
『私をご存知?』
「ええ・・・弐号機パイロットのお母さんですよね?」
『そうよ。』
「協力していただけませんか?」
カヲルの問いかけの答は沈黙だった。
「あの・・・?」
『御免なさい、やっぱり男の子同士はまずいと思うの・・・』
「・・・は?」
カヲルはキョウコの言葉の意味がわからず呆けた。
『興味はあるんだけど・・・』
「え?」
『でもやっぱりだめ・・・男の子に負けちゃったらアスカちゃん立ちなおれないわ・・・』
「キョウコさん・・・貴女が何を言っているのかわからないよ・・・」
マジで意味不明だった。
さすがのカヲルも困惑している。
『やっぱり男の子同士って言うのはいけないと思うの、だからごめんなさいね・・・ホモはちょっと・・・』
まるで電話を切るように思念波が切れる。
それ以降どんなに問い掛けても弐号機の中のキョウコは答えてはくれなかった。
「・・・ホモ?」
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回想二 零号機ケージにて
「さあ、行くよ。おいで、リリスの分身・・・そしてリリンのしもべ」
カヲルは目の前の零号機の単眼に向かって話しかけた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しかし一向に零号機が動く気配が無い。
「・・・・・・零号機?」
『貴方ホモね・・・』
「・・・え?」
弐号機と同じように零号機から思念波で言葉が帰ってきた。
しかしその意味を知らないカヲルは何の事かわけがわかっていない。
「ホモ?」
『だってお姉ちゃんが言っているわ・・・渚カヲルはホモだって・・・』
「お姉ちゃん?・・・綾波レイの事かい?」
『そうよ・・・』
「君は誰だい?」
『・・・・・・綾波メイ・・・お姉ちゃんの妹・・・』
「妹?」
カヲルは首をひねった。
事前に手に入れたチルドレン達の資料にはそんな人物の存在は書かれていなかった。
(この気配・・・綾波レイと同じリリスの気配・・・魂のかけらか・・・だとすると妹と言うのもあながち間違いじゃ・・・)
『ねえホモのお兄ちゃん』
思考に沈んでいたカヲルはメイの声にひき戻された。
「・・・さっきから言っているホモって何のことだい?」
『知らない、でもお姉ちゃんが言っていた。ホモはだめ、ホモはよく無いって・・・』
「・・・なんなんだろうね・・・」
そもそも問題となっているホモの意味を知らない二人では話が進まない。
『・・・じゃ・・・そう言うことだから・・・』
そう言うとメイからの思念波が切れた。
残されたのはホモと言う単語に頭を悩ませるカヲルだけだ。
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回想三 初号機ケージにて
「さあ、行くよ。おいで、リリスの分身・・・」
『御免なさい!!』
三度目の正直は台詞を言い切る前にばっさり拒否された。
さすがのカヲルも面食らう。
「い、いきなりだね・・・」
『親としては孫の顔がみたいの・・・だからホモの方とのお付き合いは・・・』
「さ、さっきから皆の言っているホモって何の事なんだい?」
『多分!間違いなく!!絶対的に!!!シンちゃんはノーマルです!!!!』
「え?・・・話が繋がっていないと思うんだけど・・・ノーマル?」
『だからごめんなさい!!』
「ち、ちょっと待ってくれないか」
カヲルの言葉も空しく初号機からの返答は無かった。
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回想四 第14格納庫前
「一体・・・なんなんだ・・・ホモって・・・」
カヲルは頭をひねっていた。
自分の誘いがことごとく断られたのはこの際仕方ないとしてもその理由である単語・・・ホモの意味がまったくわからなかった。
あるいはその言葉の意味がわかれば交渉も上手く行って彼女達は自分に協力してくれたかもしれない。
しかし今となっては後の祭りだ。
「・・・困ったな・・・ドグマを降りれば間違いなくシンジ君達がエヴァで追いかけてくるだろうし・・・そうなると僕の方にもエヴァがほしいところだね〜」
カヲルはかすかな気配を頼りに格納庫の中に入っていく。
ロックは視線を向けただけで外れた。
「これか・・・気配の元は・・・」
カヲルがみたのは厳重に拘束されている漆黒の巨人・・・参号機だ。
「さあ、行くよ。おいで、アダムの分身・・・そしてリリンのしもべ」
そんなこんなで三度目の正直は失敗したが四度目は成功した。
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「どうしたんだいシンジ君?」
カヲルの話を聞いたシンジはテーブルに頭を押し付けてぴくりともしない。
シンジだけでなくアスカも同じような有様だ。
「か、母さん・・・」
「ママ・・・」
二人とも自分の母親に対して思うところがあるようだ。
なかなか復活してこないところを見るとかなり精神的ダメージを受けているらしい。
「大丈夫?シンジ君、アスカ?」
「レ、レイ〜」
アスカが顔だけ上げてレイを見る。
目つきがちょっと怖い。
「あんたメイにどんな躾してんのよ!?」
「?・・・危ない人には付いて行っちゃいけませんって・・・えらいわ、メイ・・・今度ほめてあげなくっちゃ」
「いや、それはそうなんだけど・・・」
「つまりホモというのは同性愛者の略称ということでいいのかな?」
カヲルがいまさらながらに話を戻す。
シンジが戦闘のときより疲れた顔でうなずいた。
もはやなにがどうなろうとかまわね〜的なオーラを発散している。
「しかしなにがそんなに問題なんだい?」
「はい?」
「君たちリリンは動物にだって愛情を注ぐことが出来るのに・・・同性には注げないのかい?」
「それは・・・友人としてなら・・・愛情は・・・難しいな、動物に対する愛情もいろいろと・・・時々それを越えた愛情があるのは認めるけれどさ・・・大多数は・・・その・・・なんだ・・・」
シンジはしどろもどろになって答える。
世界の敵相手の殺し合いなら何度も経験してきたがこれはそれ以上の難敵だ。
シンジとカヲルを中心に周囲の視線は大きく分けて二つ、ひとつはシンジに同情の視線を向けてくる心優しい友人達・・・もう一つは自分には関係ないと笑ってこの状況を楽しんでいる薄情な人でなし。
しかしどちらもシンジを助けて自分に話を振られるのを恐れて何も言わない。
(ひ、卑怯な!!!)
碇シンジ、14歳にしてまじめに人との付き合い方に疑問を持つお年頃。
「・・・子供が出来ないからよ」
沈黙した空間に剛速球が来た・・・投げ込んできたのはレイ、コースはストライクど真ん中・・・ちょっと変化球気味にずれている気がしないでもないが間違ってはいない。
会話はキャッチボールであると誰かが言った。
しかし時によってはどうにもこうにも投げ返せないボールもあるわけでぶっちゃけるとレイの一言を返せるのはどこかずれた感性の持ち主だけだ。
「・・・やはりそうか・・・」
そしてこの場にはそのずれた感性を持つやつがいる。
「つまり僕のこの体が雄生体だというのが問題なんだね?」
「そう、生き物はすべからく雌雄一対・・・雄雄は歪・・・」
会話が変化球過ぎて他の誰も会話のキャッチボールに入っていけない。
確かに二人とも間違ってはいない・・・間違ってはいないが何か根本的なところが激しくおかしい・・・
「わかった・・・」
なにがわかったのかまったく分からないがカヲルが席を立つ。
そのまま食堂の外に出て行った。
「カヲル君・・・」
傷つけてしまったかと妙な居心地の悪さが全員の間に漂う。
どういう理由でも好意を抱いてくれたのは事実だし、もう少し選ぶべき言葉があったのではないか・・・それが甘かったと後に彼らはそろって言う。
しばらくしてカヲルは戻ってきた。
「カヲル・・・君?」
シンジの言葉が途中で疑問形になる。
それも仕方ないことで他の全員も目が点になっていた。
「おまたせ、なかなか合うサイズがなくってね・・・」
カヲルはさっきまでシンジと同じ学生服のシャツとズボン姿だった。
しかし今はどこから持ってきたのかネルフの制服を着ている・・・女性職員用の・・・
このメンバーの中で一番沸点の低いアスカが切れた。
「あ、あんたなんで女装してんのよ!?」
「女装じゃないよ」
「女装でしょうが!!胸パットまでどこで仕入れてきたのよ!?」
見ればカヲルの胸には確かに女性特有のふくらみがある。
「これは自前」
「そんなわけあるか!!」
まったく言うことを信用しないアスカにため息をつくとカヲルはシンジに近づいた。
不思議がっているシンジの手を掴むと自分の胸に押し当てる。
「・・・・・・え?」
シンジも含めた全員が虚を突かれた。
「どうだいシンジ君?」
「どうって・・・これ・・・本物?」
手のひらから感じる感触はパットなどの人工物のそれではない。
血の通った肉体の温かさがある。
「なんですって!!」
アスカの絶叫が食堂を支配する。
「肉体を構成しているフィールドを少しいじればいいだけのことだ。リリンである君たちには出来ないだろうけど・・・ところでシンジ君、そろそろ離してくれないか?」
「え?」
呆気にとられていたシンジが我に返る。
あまりにもぶっ飛びすぎた事実に頭の中がフリーズしていたらしい。
「ん・・・ちょっと痛いね・・・」
どうやら無意識でカヲルの胸を揉んでいたらしい。
しかしそれは仕方ないことだ・・・だってシンジも男なのだから・・・胸があればもむのは男の本能・・・ちなみにアスカ以上、凪以下といったところ・・・この場にいる女性陣の平均を上げる側だ。
しかし、性別女である女性陣にはそんな理屈は通じない。
コマ送りのように般若の顔になった。
唯一、凪はだけはあきれている。
さすがに同じ女でも大人なだけにこれくらいで目くじらを立てたりはしないらしい。
あんな何でも燃やし尽くす焔なんて物騒なもの持ち出されなくて良かったとちょっとだけ安堵したシンジがいた・・・あまり変わらないが・・・
「これで文句はないね?僕がシンジ君に好意を抱いても問題はないはずだ。」
カヲルの一言で全員の導火線に火が点いた。
ドンドン
アスカがどこからか持ち出して来た金槌でテーブルを叩く。
「これより開廷します!!被告人はシンジ!!!」
「久々の裁判か!?いや、今回は確かにぼくが悪いがせめて弁護士を!!」
「犯罪者には必要ないわよ!!」
「無茶だろそれは!!!」
シンジは叫ぶが・・・さすがに今回は味方はいない。
「日本の裁判を見るのは初めてだね〜」
唯一味方になってくれそうなカヲルはこの状況を楽しんでいる。
「判決!死刑!!以上!!!」
「早っ!三段活用じゃあるまいに!!罪状も何も言ってないじゃないか!!!」
「そんなもん必要ない!!」
四面楚歌・・・その意味は自分の周りは敵だらけ・・・シンジはその意味を我が身で実感することになる。
薄れていく意識の中で天使と悪魔は表裏一体・・・どちらも雌雄同体と言う豆知識が浮かんできたが何の役にも立たなかった。
ちなみに・・・ブギーポップはシンジを守ると誓ったくせに最後まで助けに来なかったのでシンジは少しすねたらしい。
To be continued...
(2007.09.15 初版)
(2007.12.01 改訂一版)
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