受け継がれる者に祝福を・・・

消えていく者に哀悼を・・・

手を繋ぐ者に喜びを・・・

隣に立つ人に愛を・・・


これは少年と死神の物語






天使と死神と福音と

終之章 〔神児〕
T

presented by 睦月様







「がっつ!!!」

何処ともしれない場所で男の断末魔が上がった。
次の瞬間には男は死体へと変化する。

「・・・・・・」

男を死体にした張本人はそんな男に一瞥もくれずにその場を離れて行った。
尋常じゃ無い速度で・・・その身体能力は明らかに人間のそれを超えている・・・合成人間だ。

カラン!

乾いた音がしてプラスチックのカードが床に落ちる。
殺された男の身分証だ。
そこには『ネルフ中国支部支部長』とあった。
ゼーレにおいて重要なポストにある人間の一人だ。

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薄暗い部屋にモノリスが浮かび上がる。

『・・・由々しき事態だ。』

会議の始まりを宣言することも無く開口一番キールはそう言った。
他のメンバーもその意味を知っているために気にしない・・・と言うよりそんな事に構ってはいられない。

『昨日また我々の同志が暗殺された。中国支部の支部長だ。』

場に静寂が訪れた。
お互い生身の姿が見えるわけではないがその無言が緊張の度合いを示している。

ここ数日でゼーレの重要なポジションの人間が何人か続けて暗殺された。
それは委員会の人間とて無関係ではない。
現にモノリスのナンバーがいくつか欠けている。
重要な会議に出てこない彼らがどうなったかと言うのは追求する必要も無いだろう。

『殺したのは明らかに人間ではない・・・合成人間の類だ。』
『で、では・・・』
『間違いない、統和機構が地下に潜った同志を狩っている。』

ゼーレがもっとも危惧を抱いていた存在・・・統和機構・・・それがいま自分達に牙を剥いた。
しかも最悪の状況でだ。
今現在ゼーレは混乱の中にある。
原因は数日前に日本のMAGIオリジナルから全世界に向けて発信されたセカンドインパクトの真実とゼーレの望むサードインパクトの全容・・・しかも詳細な説明と共に首謀者であるゼーレのメンバーの名簿から各ネルフ支部の協力者の名簿、果ては各国に潜入しているスパイから財界人の協力者の名簿が実名で発表された。

当然だが世界はこの真実を見て揺れている。
特に今までゼーレに押さえつけられていた反ゼーレの団体や組織がこの波に乗って暴動や弾劾に拍車をかけていた。
それも世界各地で、特にネルフの特殊予算の捻出で傾いてしまった国などは容赦が無い。
名簿に載っていたゼーレ関係者は速攻で逮捕され、スピード裁判にかけられて有罪が確定した者もいる。

ゼーレはこの混乱の収拾と自己の保身のために人類補完計画どころではない。
それに加えて統和機構のゼーレ狩り・・・地下にもぐってほとぼりを冷まそうとした者達から優先的に消されて行っている。

『なぜトール達は失敗したのだ!?』

鬱憤のこもった怒声が暗い室内に響き渡る。
それはここにいる全員の思いだ。
本来なら全ての情報が公開されたあの日に自分たちは日本のネルフ本部を制圧していたはず。
そして今ごろは補完計画が発動して念願がかなっていたはずなのに・・・しかし現実はこのありさまだ。

『何故何の情報も無いのだ!!』
『全滅した・・・と考えるべきだろう。』
『合成人間一個師団が一人残らずか!?それだけいればやりようでは一国の軍部を相手に出来るぞ!!?』
『結論だけ見ればそれ以外考えられまい・・・本部に送り込んだ合成人間は全滅・・・それが事実だ。』
『・・・合成人間に対抗出来るのは合成人間か・・・普通の人間が合成人間をどうにか出来ないわけでも無いだろうが数で勝負するしかない・・・そんな人員を動かしていれば事前にわからないはずが無いからな・・・』
『やはり少人数の合成人間・・・あるいはMPLSの・・・その中心は碇シンジ・・・』

場が沈黙した。
虎の子の合成人間の部隊が全滅させられた挙句、なし崩し的に最悪の状況・・・今まで全てを裏から操ってきたために表にたたされることになれてはいない彼らは完全に浮き足立っていた。

『・・・あの計画を発動する。』
『『『『『『っツ!!』』』』』

一瞬で空気が緊張した。
ここにいる全員がキールの言った計画の内容を知っている。

『ぎ、議長!?あの計画は・・・』
『何か不満か?もともと計画が失敗した場合に備えて考えられたものだ。・・・今がその時だろう?』
『そ、それはそうですが・・・』

メンバー達は尻込みしている。
計画が考えられていたのは確かだ。
しかし内容を知っているだけにまさか本当に実行する事態になるとは思っていなかったらしい。

それがまさか自分達の上位者であるキールから命じられるとは・・・拒否は出来ない。

『このままではどの道我々は破滅だ公開された情報の中には我々の名前も含まれている。・・・この世界そのものが我々を許しはしないだろう・・・そんな世界の中でこれから生きていくつもりか?いずれ統和機構の合成人間が暗殺に来るだろうからそれほど長くも無い人生だろうがな・・・』
『『『『『・・・・・・』』』』』
『自首しても無駄だ・・・わかっていると思うが暗殺の方法はいくらでもある。向こうもかなり大きな組織だ。・・・合成人間の情報を漏らすことを考えて速やかに暗殺に来るだろう。逃げ道は無い。』

結局のところはキールの言うとおりということになる。
補完計画の概要までが発表されて世界中の国がゼーレを非難している以上、逃げ場所などこの地球の何処にも無い。
自分達の実名まで発表されてしまったのだから全世界に指名手配されたも同然だ。
逃げ道が無いならばもはや失うものも無い。

『・・・よしんば暗殺を逃れたとしても裁判になればここにいる誰一人死刑は免れまい・・・ならば残された道など議論する意味も無いだろう?』
『・・・承知しました。確かに我々には他に道がありません。』
『『『『全てはゼーレのために』』』』

キールを除く全てのモノリスが消えた。
全員が最後の計画のために行動を開始し始めたのだ
ナンバー01のキールのモノリスだけが残る。

『・・・トール・・・死んだか・・・』

その言葉を最後にキールのモノリスも消える。
それが人類補完計画委員会、そしてゼーレが何度も行なってきた最後の会議だった。

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世界は確かに混乱していた。
ネルフ本部のMAGIによる発表が全世界を駆け抜けた日から始まっていまだその勢いは弱まるどころか右肩上がりに上昇中。
それも仕方のないことで世界中の人間の9割9分が寝耳に水の話だ。
数日で収まったらそっちのほうが異常だろう。

残りの一分はもちろんゼーレ関係者・・・彼らはそろって人生の苦境に立たされていた。
各国のメディアは公開されたゼーレ関係者のことを連日流しまくっているし、政府ではゼーレに加担した議員、もしくはその幹部の更迭、逮捕が行われていてニュースで誰かの逮捕が報道されれば次の瞬間どこかの国の首相が捕まったとか言う速報が入ってくる。
どれほどゼーレと言う組織がこの世界のトップに食い込んでいたかと言うのが良く分かると言うものだ。

そしてその混乱の中心となった第三新東京市では・・・

「くわ〜〜〜」

シンジは顎が外れそうなほどに大きなあくびをして原っぱに倒れこんだ。
いつものスポルディングのバックを枕にしている。
今日は文句のつけようのない晴天で昼寝にはもってこいだ。
シンジの周りにはいつものメンバーがいて、さらに亨も昼寝に参加している。

(くつろいでいるね、シンジ君?)
(この一年くらいいろいろ大変でしたから)

実際こんなに長くなるとは最初に来た時は思っていなかった。
しかも世界の敵の相手に加えて人間の相手までする羽目になったのは完全に予想外だ。
今思うとそっちのほうが余計きつかったし時間もかかった気がする。
世界を巻き込んだ自殺妄想の阻止など中学生の手に余るどころじゃない。
シンジがブギーポップと出会っていなかったならおそらく状況や思惑に流されてサードインパクトのヨリシロにされていただろう。

「果てしなく迷惑な話だ。」
「何がだ?」
「平和でいいな〜ってことです。」
「そうか?」
「シンジ君?」

名前を呼ばれたシンジが首を横にむける。

「っつ!!」

しかしすぐに反対側に戻した。
音がしそうなほどに早い。

そこにいたのはカヲルだった・・・ネルフの女性用制服を着て正座をしている。
女性の体になったカヲルは女物の服を持っていなかった。
下着は何とか都合したらしいが他に服がないのでネルフの制服を普段着にしている。
問題はネルフの制服はミニスカートであってそれで正座などすれば・・・後は言うまでもない。

「?・・・シンジ君、どうかしたのかい?」
「い、いや・・・それよりなに?」
「この文献なんだけど?」
「文献?」

シンジはなるだけ視線を下に向けないようにカヲルの持っている文献とやらを見て・・・固まった。

〔悩殺ラブ米?隣の殺ちゃん☆あなたのハートをいち殺DEATH♡〕

これを見て危機感を感じなければ生物にとって重要な生存本能に障害があるだろう。
タイトルに殺(英語含む)が四つも入っている時点でギャグ物だとは思うが、こういうものは大抵主人公がひどい目に会うと相場が決まっている。

「この膝枕というのを試してみたいんだけど?」
「ひ、膝枕?なんで?」

周りの女性陣の視線が鋭くなったのを感じる。
しかもそれはカヲルではなくシンジに向けられているらしい。
理不尽な話だが選択肢を間違ったら本当にギャグマンガ並みの制裁が来そうだ。
ああいうのを実際食らったらいくらシンジでも死ぬかもしれんし、彼女達はそれが出来る。
結構ピンチかもしれない。

「え?女の子にとって膝枕は基本だって書いてあるけど?」
「それは参考にするものを間違っているよカヲル君」
「そうなのかい?」

カヲルは意味が分かっていないらしい。

「それじゃ学校に遅刻しそうなときにパンをくわえて走っていたら恋人になる人に会えるっていうのは?」
「それは間違い以前にありえない妄想だから・・・」
「妄想?」

カヲルが体を女性化できるといっても知識まで女性化できるわけじゃないらしい。
だからカヲルは女の子としての知識を学んでいた。
その姿勢は好ましいと思うが恋愛マンガを実践しようとするのはちょっと困る。
ちなみに実践する相手役は大抵シンジだ。

(こういうところは最初あったときのレイと変わらないな)
(彼・・・いや彼女かな?みんなまだ子供なんだよ。)
(えらく大きな子供ですね・・・あれ?)

シンジはあることに気がついて体を起こす。

「亨さん、そういえば凪さんは?」
「ああ、仲裁をしていた。」
「仲裁?」
「健太郎とあの青葉とか言うオペレータが鉢合わせしてな・・・お互い運命を感じたらしい。」
「・・・運命ね〜」

健太郎と言う人物とは発令所が終わってから会ったが事前に凪とどういう関係かも聞いていた。
そしてシンジはもちろん青葉のほうの事情も知っている。
二人が鉢合わせればそれは運命も感じるだろう。
おそらく凪を仲介した運命だろうが・・・

「まあ問題ないでしょう。いざとなれば凪さんがどうにかすると思うし・・・」

はっきり言って二人が殺し合いになろうがそばに凪がいれば問題ない。
あの二人がタッグを組もうと凪のほうがはるかに強いのだ。
二人仲良くレアな焼き加減で日焼けしていたら慰めるくらいはしてもいいと思う。
それに、案外それで死にかければ二人に友情が芽生えるかもしれないし。

「青葉さんのあのロン毛がパーマになっていたら思わず笑ってしまうかもしれないけど。」
「どういう意味だ?」
「いえいえ、なんでもないですよ。」
「そうか?それにしてもよくネルフは協力してくれたな・・・」
「なあシンジ?」

横からかけられた声にシンジが首だけでそっちを見る。
ムサシとケイタだ。

「俺たちこんなことしてていいのか?」
「なんで?」
「だって・・・本部のほうは結構大変みたいだぞ?」
「たしかに大変だろうね」

大変でないわけがない。
世界がひっくり返るような情報公開だ。
企業、国、個人を問わず世界中から確認の問い合わせが殺到している。
電話回線などとうの昔にパンクして役立たずだ。
メールの問い合わせは秒単位で100を超える。
今ミサトたちはその問い合わせの対応で死ぬほど忙しいのだ。

「でもそれがあの人たちの仕事だもん」
「そうは言うが・・・」
「ムサシ・・・君の名前はムサシ・リー・ストラスバーグだろ?」
「それがどうかしたのか?」
「明らかに半分は日本人じゃないのにまじめすぎ」

シンジは気楽なものだがムサシは憮然としている。

「言ったでしょ?これは大人の仕事なの」

別にシンジだって意味もなくまったりしたいからサボっていると言うわけじゃない。
基本的にこれは中学生のシンジ達には出来ないのだ。
主に見た目と言う面から・・・

「人は見た目じゃなく中身だ。」っというのは美しい言葉だが実際それが100%有効なのは盲目の人間だけだろう。
そうでなければ「一目ぼれ」や「第一印象」と言う言葉は存在しないはずだ。
もしシンジが表に出て公開された情報は真実だと声を嗄らして叫んでもそれを信用する人間はほとんどいない。
逆にゲンドウや冬月が同じ事を言った場合には一度でいきなり信じると言うことはないとしても「まさか」と考える。

見た目中学生のシンジたちではそもそも同じテーブルにすら上がれないのだ。

「でも・・・」
「大丈夫、加持さんはいい仕事しているよ。」

MAGIから発信された情報は加持の手が加えられていた。
その内容はネルフ本部はゼーレの人類補完計画に対して反旗を翻したと言うもの・・・嘘もいいところだ。
実際は反旗を翻したのではなくシンジ達に翻されたと言うのが正しい。

真実として示された情報には非人道的な補完計画を知ったネルフ本部はこれを阻止しなければならないと考えた。。
しかし同時に使徒の襲来と言う脅威も無視できず、早い段階でゼーレに離反すれば人類の間で摩擦が起こってしまう。
まずは使徒をどうにかしなければならないと判断したゲンドウ達は表側ゼーレに従いながら離反する機会をうかがい、最後の使徒を殲滅すると同時に情報公開してゼーレに反旗を翻した。
要するに責任を全部ゼーレに押し付けた形だ。

かなりのこじ付けだがこういう情報は先手必勝、先に暴露したほうがアドバンテージをとることが出来る。
多くの証拠と事実を内包したこの情報に反論するためにはそれなりの裏付けが必要だ。
そんなものを知っていて必要な証拠を持っているのはゼーレ関係者くらいしかいない。
否定するためにはわざわざ自分はゼーレの関係者だと宣言しなければならないのだ。
今の世界情勢を考えればそれは致命的なものになる。

そして決定的な切り札・・・日本にはアダムがあり、今までの使徒はそれを目指して進行してきていたということもあかした。
サードインパクトにおいて必要なアダムとエヴァを保有していてサードインパクトを起こしていない。
それこそがネルフ本部がサードインパクトを阻止しようとしている最大の証拠としたのだ。

これに反論するのは難しい。
少なくともサードインパクトを起こす気がないのは明らかだし、ゼーレと敵対しているのも間違いはない。
疑わしきは罰せず、否定する要素が見当たらない以上、それは真実として認識される。
実際はアダムの魂は月に、肉体はカヲルと融合してしまったわけだから起こさないと言うより起こせないと言うのが正しいし、起こすにしてもそれはタブリスであるカヲルにしか起こせない。
リリン(第18使徒)である人類にはもうサードインパクトを起こすことは出来ないのだ。

「・・・ところで」

シンジの口調が一変した。
その端々に不機嫌なものがにじむ。
面倒くさそうに体を起こした。

「何であんたがここにいる?」

振り返ったシンジの視線の先には見慣れた男がいた。
男の名前は六分儀ゲンドウと言う。

「・・・今日はサングラスをかけていないんだね」

シンジの前に立つゲンドウはたしかにサングラスをかけていなかった。
サングラスで隠すことなくシンジを正面から見ている。

「本部は死ぬほど忙しいと思っていたけど?」
「5分だけ時間を作った。」
「その5分で昼寝を邪魔しに来たってわけじゃないだろう?場所を移そうか?」
「いや、移動する時間さえ惜しい・・・」

どうやら5分と言うのは冗談でもなんでもなくそれだけの時間しか開いていないと言うことらしい。
一応ネルフのトップであるゲンドウはミサト達の何倍も忙しいはずだがそれでも時間を作って来たということはなにか理由があるのだろう。
そう言う事情を察した亨が呆気に取られている他の皆を促してその場を離れた。

「・・・何故だ?」
「主語なしで何が言いたいのか分かれってのは無茶だと思う。」

シンジはあきれた感じでため息をつく。
再会した時から徹頭徹尾この唐突で独特な会話は治っていない。
ユイに言わせれば一途で不器用らしいがそういう問題でも無いと思う。

「・・・お前はだいぶ前からネルフの真の目的を知っていた。・・・しかも、アダムの魂が月にあると言うならおまえ達が戦う必要は無かったはずだ。」
「そのこと、もともとこの町に来たのは使徒の殲滅が目的だったって言ったでしょ?カヲル君は他の使徒と違って話が出来たけど、他の使徒は放っておいたらとんでもない事になるのは目に見えていたし、そうなると野放しとは行かないじゃないか?」
「あの合成人間やゼーレの事もか?」
「ゼーレの方がぼく達を放っておいてくれないよ。やるなら根こそぎやらないとね」
「そのために情報を公開してゼーレの存在とその危険性を世界にばらしたか・・・・・・ネルフがお前に協力すると思っていたのか?」
「協力しないわけには行かないでしょ?」

シンジ達が公開した情報を見たネルフの大人達は驚愕した。
もともとネルフのスタッフは上層部はともかく、世界を守るために集まった集団だ。
そうでなければ金のためだけでこんな危険な町に何時までもいようとは思わないだろう。

さらに、自分達が知らないところで本来自分達が守るべき子供達は本当の意味でこの世界を救うために動いていた・・・それを知った衝撃は大きい。

だからこそ彼らはシンジの要請に一も二も無く頷いた。
このままでは自分達は世界を終わらせる手伝いをしたまま終わる。

それだけは嫌だった・・・曲がりなりにも世界を守っていたと言う自負があった。
それに今まで子供達に自分達の無知のフォローまでさせていたと言う負い目もある。

いい年をした大人がこのままでは終われないと言う思いが彼らを動かしたのだ。

「・・・まああれだけの事実を見て拒否したらゼーレの一員とみなされていたかもしれないけどね」
「事前に協力者をネルフの中に求めなかったのは我々に動きを感づかれ無いように用心したのか?」
「妙な動きをしてマークされても困るし、下手に動かれると面倒な事になりそうな加持さんとリツコさんには事前に予備知識を持ってもらって少し協力してもらったけど・・・」
「・・・どちらにしても危ない橋だったな・・・」
「ぼくもそう思うけどさ、世界規模の組織相手じゃ危ない橋の一つや二つ渡らないと勝ちは拾えないよ。」

まともにやればシンジ達に勝ち目など無かった。
いくら能力の恩恵があると言っても漫画のように一騎当千とは行かないのだ。
だからこそゼーレを越える存在・・・この世界の全ての人間の力を借りるしかなかった。
さすがにゼーレも自分達以外の全ての人類を敵に回しては勝ち目など無い。

他力本願な話だがシンジ達にとっては他に方法は無かった。
簡単に見えて色々な意味でギリギリだったのだ。

「・・・統和機構と言う組織には協力を求めなかったのか?」
「お互いの担当には不可侵って言う約束だから、ぼくの担当はこの町と使徒、協力関係となるといろいろ面倒な事になるんだ。ぼく達と彼らの関係は味方より敵に近いから・・・」
「ゼーレの存在を明るみにだして良かったのか?」
「あれはむしろ感謝されても文句を言われる筋合いは無いな・・・」

統和機構はゼーレと同じ表の世界に出てこない組織だ。
いくらゼーレを殲滅する必要があると言っても堂々とそれをやるのはむずかしい。

しかし、シンジ達に公開された情報で名指しされたゼーレはもはや犯罪者の集団だ。
そんな彼らが何処に行くか・・・地下に潜るか裏の世界に逃げ込むか・・・どの道、時間をおかなければ日の下を歩けないだろう。
そうなれば同じ裏の組織である統和機構の領域だ。
人の目に付かないところに逃れたつもりの彼らは統和機構と言う猟犬に狩られる運命にある。

「多分、行方不明になったゼーレの幹部は殺されたから行方不明になっているんじゃない?」
「・・・・・・」

シンジの言葉にゲンドウは黙った。
腐ってもネルフのトップに上り詰めた男だ。
独自の情報網は確保している。
そこから来た報告の中に今シンジが言ったようにゼーレの幹部が殺されていっていると言うものがあった。

「・・・そこまで見通していたのか・・・」
「ゼーレの相手は統和機構の担当だからね、ついでに言うとちょっとした因縁があるらしいから適任だった。聞きたいのはそれだけ?」

シンジの問いかけにゲンドウは即答しなかった。
時間が限られていると言うのにゲンドウは次の質問に躊躇したのだ。

「・・・お前達の能力・・・」
「気になるの?リツコさんみたいな事を聞く気?」
「・・・良かったのか?あれほどあからさまに・・・」
「・・・誰が信じるんだよ?」
「なに?」
「MAGIの中の映像記録は消去したでしょ?」

シンジが発令所を占拠して真っ先に行ったのがそれだった。
記録されていた発令所や本部内での能力を使った戦闘記録をリツコに頼んで完全に消してもらったのだ。
MAGIの専門家であるリツコにも復活は無理と言わせるくらい徹底的に。

もともとこの計画を考えた時点でネルフの中にいる合成人間との戦闘は避けられないことが分かりきっていた。
それに対抗するためにはシンジたちも全力で戦う必要がある。
同時にシンジたちの実力をネルフ職員に示して無駄な抵抗の意思を刈り取るという意味からもこれは避けられない。
となると問題はやはりその後のシンジたちの生活だ。

「人間って言うのは面倒なものだよね、良くも悪くも自分の中の常識の中で物事を考えるからそこから外れた存在や物事は実際見ないと信じないし理解出来ない。」
「そのために証拠映像が残らないようにしたのか?」

たとえ映像が残っていたとしても「これなんのCG?」といわれるのが落ちだったろうが念を入れておくに越したことはない。
あの戦闘を見た誰かがマスコミに駆け込んだとしてもゼーレの情報と違って証拠となるものはないわけだ。
シンジ達が自分から能力をばらそうとしない限り大丈夫だろう。

「10人にも満たない人数で国際組織のネルフを手玉に取ったなんて三流SF小説のネタにもなりゃしない。妄想狂と思われるのが落ちだよ。」
「・・・たしかにな・・・そこまで考えての行動だったのか?自分達の戦闘を目の前で見せたのも抵抗するなど無意味だと言う脅しの意味があったんだな・・・」
「臆病者なんでね・・・僕からも聞きたい事があるんだが・・・」

不意にシンジの雰囲気が一変した。
左右非対称な笑みと共に自動的な言葉がシンジの口から漏れた。

「なんでここまで来てしまったんだ?引き返すチャンスなんていくらでもあっただろうに・・・」
「・・・確かブギーポップとか言ったな・・・」
「もう僕とシンジ君の違いが分かるのかい?」
「引き返す事の出来ない理由があった・・・ただそれだけだ。」
「碇ユイの事か?たったそれだけで?」
「・・・私にとって他に理由は必要ない。」

ゲンドウはそう言うとブギーポップに背中を見せた。

「時間だ。」

そう言うとゲンドウは歩き出す。
シンジに背を向けて歩き去っていくゲンドウ・・・
それは以前墓地で別れた時と同じ構図・・・そして10年前にゲンドウがシンジを捨てたのと同じ構図・・・

それを見ていたブギーポップに変わってシンジが表に出てきた。

「・・・聞かなくていいの?」
「なにをだ?」
「母さんの事・・・」

ゲンドウの脚が止まった。
振り返らないのは何かのけじめだろうか・・・

「・・・ユイは戻ってくるのか?」
「戻ってくると思うよ、全てが終わったらね・・・」
「そうか・・・」

シンジの言葉を聞いたゲンドウは再び歩き始めた。
やはり振り返る事はしない。

「それだけでいいの?」
「それだけでいい・・・私はユイに会う資格などとうの昔に無くしている。戻ってくると言うならそれ以上の事は必要ない。」
「二度と会えなくても?」
「会えなくてもだ。」
「馬鹿だろ?」
「分かっている。」

不意にゲンドウの脚が止まった。
振り返らないままに口を開く

「シンジ・・・発令所で何故私を助けた?」
「・・・・・・確か発令所であんたを殴り倒したのはぼくだったと思うんだけど?」

二人の間の空気が緊張する。

「・・・おまえは私を恨んでいたはずだ。」
「・・・・・・あの時言ったでしょ?やってもらう事があったからだよ。」
「そうか・・・」

ゲンドウは再び歩き出す。
シンジの視界から消えるまで振り返る事は無かった。

(・・・いびつだね・・・二人とも)
「それがどうかしましたか?」
(いや・・・・)

そんな事はシンジも分かっている。
自分達の関係がいびつで歪んでいる事くらい・・・シンジはため息をつくと再びスポーツバックを枕にして昼寝を再開した。

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本部第二発令所・・・

「はい、それに関しては・・・そう言う事になります。では・・・」

ミサトはため息と共に受話器を置いて盛大なため息をつく。

「お疲れ様、、淹れ立てのコーヒーよ。」
「あ、リツコ〜さんきゅ〜」

リツコの差し出したコーヒーのカップを受け取ってミサトは顔をほころばせた。
いいかげん一息入れたいところだったのだ。

「ま〜ったく、戦自の石頭が・・・30分もおんなじ事聞くなっつ〜の!!」
「フフッたいへんね」
「いっそのこと記者会見でも開いて一気に片付けた方が良くない?」
「その案も出たんだけど、放送で訴えるという手段は情報公開で十分なはずだし、記者を呼ぶとこの間のようにゼーレの人間が入り込んで来やすくなるのよ。」
「・・・あの合成人間って奴?」

ミサトの口調が重くなった。
実際見た事とは言え今でも信じられない。
しかも目の前でそれを撃退したのは自分の近所に住んでいる友人達だ。

「ま〜ったく、仲間はずれって嫌よね〜加持の奴をとっちめたら前に殺されそうになったところを凪さんに助けられたらしいわ」
「そうだったの?私とおんなじね」
「何時よ?」
「前に委員会に呼び出しを食らったときに」
「・・・親友に裏切られた〜」

女座りに床に倒れこんだミサトはヨヨヨと泣き崩れる。
泣きまねと言うのが丸分かりなのでリツコも相手にしない。
ミサトはちっと舌打ちするとなんでもないようにら立ち上がった。

「そう言えば青葉君は?」
「また凪さんのところ・・・懲りないわね・・・」
「なんって言うか・・・惚れ直したそうよ・・・発令所での彼女を見て・・・」

もともと記憶を消されたと言っても青葉が凪に惹かれた理由は彼女の戦う姿に魅せられたからだ。
再度それを目の前で見せられればどうなるか考えるまでもないだろう。

「しかもなんだかライバルも現れた見たいよ。羽原健太郎って人・・・」
「凪さんももてるわね〜どっちに転ぶか賭けない?」
「じゃあ私は同僚と言うことで青葉君に一口、ミサトは?」
「え〜あたしが羽原健太郎君に賭けないと賭けが成立しないじゃない。後で恨まれそうで怖いわ。」
「そうでもないわよ。凪さんの気持ち次第でしょ?」
「そりゃ〜そうだけどさ〜どっちに転んでも凪さんの尻に敷かれそうよね〜」
「案外、彼女も家庭に入ったら性格が激変するかもね」

ミサトとリツコは家庭的な凪と言うものを想像して同時に噴出した。
エプロン姿の凪と言うのもそれはそれでありかも知れない。
同時刻に凪が悪寒を感じたかどうかは不明だ。

「・・・ねえミサト?」
「なに?」
「・・・・・・いいの?」

何が?という問い返しはこなかった。
お互い具体的な事を言わなくても分かる。
ミサトがそっぽを向きながら口を開く。

「・・・セカンドインパクトの時の事・・・ちょっと思い出したわ・・・父さんが話し掛けてくるの」
「・・・・・・」
「これが終わったら人類の未来に光が灯るって、私がその火を灯すんだってね、そしたら今まで寂しい思いをさせた分の償いをするって・・・いつも厳しい顔しかしていなかった父さんが笑っていたの・・・」

ミサトの視線がひどく遠くに据えられる。
思い出した記憶はさらに続いていた。

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『だめです!!信号拒絶されました。』

ひどく周囲が騒がしいのをミサトは椅子に座って見ていた。
なぜか頭がうまく働かない、まるで寝起きのように何かを考えるのも億劫だ。

その原因は彼女が座っている椅子にあった。
各所からコードが延びていて、その先は異形の存在・・・アダムに繋がっている。
そしてそれに座るミサトにも何かの計測器のようなものがくっついていた。
当時のミサトには知りようもないが、これこそがシンクロシステムのプロトタイプともいうべきものだった。
シンクロによってアダムの意識と接触しているミサトには周囲の喧騒がひどく遠いものに思える。

『フィールド反転します。』
『アダム覚醒!!動き出しています!!このままでは!!』
『ミサト・・・すまない・・・槍を使え!!S2機関を押さえ込むんだ!!」

父の言葉と共にミサトの鳩尾に鋭い痛みが走った。
槍と言う言葉に関係しているのだろう。
実際刺されたわけでも無いのに自分の服が血に染まる。

『だめです!!止まりません!!自力歩行を開始しました!!』
『羽を展開しています・・・地上に出るつもりです。』
『ミサト!!』

父が自分の体を装置から無理やり引き剥がした。
そのショックと鳩尾の激痛でミサトの意識が刈り取られた。

『・・・すまなかったな・・・ミサト・・・』

次に目を覚ました時にミサトが見たのは父の顔だった。
すでに脱出カプセルの中に入れられているので父の顔を見上げる形になっている。
自分を見下ろすその顔が血に濡れていた。
どこかを怪我しているのだろう、呼吸が荒い。

『・・・お父さん?』
『幸せに・・・なりなさい・・・』

最後の言葉と共にカプセルのふたが閉まり・・・後は覚えている通りミサトは助かった。

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過去の記憶から戻ってきたミサトのほほを温かい雫が流れ落ちる。
リツコはそれに何も言わない。
親友といっても踏み込んではならない場所が誰にでもある。
二人はしばらく無言だった。

「・・・ところでリツコ」

不意にリツコを呼んだミサトの雰囲気が一変した。

「発令所で・・・何であの時・・・シンジ君は司令を助けたのかしら?」
「シンジ君が司令を助けた?」

ミサトの言葉にリツコは首をひねる。
リツコの覚えている限り発令所でシンジはゲンドウを救ってなどいない。
何故殴り倒すことがゲンドウ達を救うことに繋がるのかと言った顔だ。

疑問符を浮かべるリツコにミサトが頷いた。

「あの時、みんなセカンドインパクトの真実や目の前の戦闘に呆気に取られていた。でも少し冷静になれば司令や副司令のやってきた事は許されることじゃないことに気づいたはず・・・そうなったら・・・」
「司令達はただじゃすまなかったでしょうね・・・」
「そうね、でもシンジ君がそれを止めた。」
「シンジ君が?」
「いい?あの場の主導権は子供達にあったわ、そしてシンジ君はその中心、彼が誰より先に司令と副司令を殴った事で他の皆は出鼻をくじかれたの、そしてあの二人にはやってもらう事があると言うことを宣言した。」
「つまりあの二人に対する主導権を主張したと言うことね?」
「そう、だからシンジ君に断り無くあの二人に手を出せなくなったわ・・・暗黙の了解でね」

リツコはミサトの言った事を考えて見る。
たしかに筋は通っているし、ゲンドウと冬月に危害を加えにくい空気が生まれているのは確かだ。
だがわざわざシンジがそこまで考えての行動かと言われれば難しいところだと思う。

「さすがは作戦部長ってところかしら?」
「茶化さないでよ。」
「そんな気はないけど、だとするとシンジ君は司令をどう思っているのかしら?」

ミサトもリツコも両親はすでにない。
ただいないだけでなくお互いの関係が歪なままにそれを改善する暇も無く彼らは鬼籍に入った。
だからシンジのように最悪の関係の親を子であるシンジがどう思うかと言うのは想像するしかない。

「・・・子供でも出来ればちょっとは理解できるようになるのかしら?」
「どうかしらね、理解出来ない方が幸いな気がするわ。」

あそこまでこじれた親子関係など狙っても出来るものではないしするべきでもない。
お互いにどんな感情を抱いているかなど本人達しかわからないことだしそれ以外の人間が知るべきでも無いことだ。
あるいはミサトの父、リツコの母が生きていたならシンジの気持ちも多少は理解できたのかもしれないと思うが全てはかなわない夢でしかない。

「まあ〜ったく、面倒な物ばっかり残す親よね〜」
「そうね・・・貴女のお父さんも・・・私の母も・・・」

リツコはそう言ってMAGIを見た。
じっと見つめる瞳に憂いがある。

「・・・そして司令も・・・」
「シンジ君は私たちと違って現在進行形・・・生きているから余計に・・・かしら?」
「ない・・・とは言い切れないわね・・・」

ニャ〜〜〜ン
シリアスな雰囲気をぶち壊すようなネコののどかな声が響く

「あら、メールだわ」
「あんた・・・メール着信をネコの鳴き声にしているの?・・・ってなに?」

ミサトはリツコのただならない様子に気がついた。
厳しい顔で自分のパソコンを睨んでいる。

「・・・今のメール・・・緊急回線、非常用メールの着信音・・・」
「なんですって・・・」
「何か起こったようね・・・」

リツコが慌てて自分のパソコンに駆け寄る。
ミサトもその肩越しにモニターを覗き込んだ。
受信メールボックスを開き、受信したメールを開いて一瞥すると共に二人は血の気が引いていく感じと言うものを味わった。

数分後・・・もはや鳴る事は無いであろうと思っていた警報が本部内に鳴り響く。
同時刻・・・シンジ達の携帯にもはや受け取る事は無いだろうと思っていた非常召集の表示が現れた。






To be continued...

(2007.09.22 初版)
(2008.01.19 改訂一版)


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