天使と死神と福音と

禁書目録
偽神之章 〔封じられし神話〕
W

presented by 睦月様


『なんでまた山岸博士のお嬢さんが戦場にいるのよ!!』

ミサトの声を聞きながらシンジは歯を食いしばった。
モニターに映る事実はマユミと凪たちが何か話しているということ

おそらくは最悪の状況になったのだろう。
マユミがいずれその力で真実を知るのは避けられないことだった。

だからこそ何とかしてマユミに知られる前に片をつけたかったのだが……遅かったようだ。

(シンジ君?あまり欲張ってもしょうがない)
(でも…)「っつ!!」

シンジが言いよどんだ次の瞬間、シンジは駆け出していた。
マユミが屋上から飛び降りようとしているのだ。
しかも助けに入ったマナも一緒に・・・

「ま・に・あ・え!!!!」

初号機はシンジの意思の命じるままに加速する。

「届け!!!」

初号機はヘットスライディングの要領で地面のコンクリートを削りながら少女達の落
下地点に手を伸ばす。
一瞬でも早く彼女達の下に・・・二人をつぶさないように細心の注意を払って。

ドサ!!

シンクロを通して手に重みを感じる。
シンジはあわてて初号機の手を引き寄せ、二人を確認した。

腕の中に倒れこんでいる二人の少女達
外傷のようなものは見当たらないが・・・

シンジの視線の先でオレンジ色の髪が揺れる。
マナが頭を挙げて周りを確認した。

「マナ、無事だったのか!!山岸さんは!?」

外部スピーカーからの声を聞いたマナがあわててマユミの脈を取る。
嫌な沈黙が数秒過ぎた後、マナが安堵した表情を浮かべたのを見たシンジも体の力を
抜く。

「・・・無事だったか・・・」
(シンジ君、出てくるぞ)
「え?」

ブギーポップの声にあわててマユミを見ると何か光る玉のようなものがマユミから飛
び出して高速で飛んでいく。

「あ、あれは・・・」
(使徒の本体だね、宿主が危険になったのであわてて出てきたな)

使徒の本体は空中を旋回していた体に飛んでいくとその中に吸い込まれた。

(体と同化したか・・・)
(・・・という事はあいつ・・・)
(ああ、山岸さんを犠牲にしなくても倒せるよ)
(・・・・・・)

シンジの喉から暗い笑い声が漏れた。

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『クククッ』

発令所に不気味な笑い声が響いている。
笑いの主はモニターの中で顔を伏せて肩を震わせていた。

「シ、シンジ君?」

ミサトが勇気を振り絞って話しかけた。
今のシンジには触ってはいけないものを感じるが今は戦闘中なのだ。
このままにしておく事は出来ない。

『・・・殺す』
「え?」

予想もしなかった言葉がシンジの口から漏れた。

『・・・中学生の女の子に死ぬ覚悟まで決めさせやがって・・・絶対殺してやる。』

その言葉を聞いた者は戦慄を覚えた。
今のシンジを刺激してはいけない

それは全員の共通した認識だった。

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マナがかけつけてきた凪と一緒にマユミを連れて行くのが見える。

・・・・・・・・・・・・・・・シンジは怒っていた。

マユミの中に隠れていた使徒に・・・
安易に自殺を選んだマユミに・・・

しかし、一番腹を立てているのはこうなる事を予想しておきながら結局何も出来な
かった自分にだ。

何でも出来るとは思わない。

自分は手の届く範囲の人たちを守りたかっただけ・・・なのにマナとマユミの命を危
険にさらした。

「守れてねぇじゃないか・・・」

今回は偶然が重なって何とかなりそうだがそんなこと早々起こりはしない。
奇跡に頼るしかなかった自分の力のなさが恨めしかった。

『シンジ?・・・』
『シンジ君・・・』

弐号機と零号機から心配そうな声が届く
シンジは無言で初号機を立ち上がらせる。

「アスカ・・・」
『何?』
「レイ・・・」
『・・・何?シンジ君』
「・・・プログナイフを・・・」

シンジの言葉に二人は無言でそれぞれのナイフを引き抜き、初号機の左右の手に握ら
せた。

ビュ!! ガッ!!
 ビュ!!  ガッ!!


『『『え?』』』

アスカとレイ、そしてミサトの声が重なった。
何が起こったのかわからなかったのだ。

見れば標本のように使徒が兵装ビルに縫い付けられている。
縫い付けている”物”はさっきアスカとレイが渡したプログナイフだ。
左右の羽を兵装ビルに縫い付けていた。

「アスカ、レイ・・・手を出すな・・・こいつは俺がかたをつける」

反論はなかった。
その代わり弐号機と零号機は左右に道を開け、初号機を通す。

青と赤の巨人を左右に見ながら紫の鬼は一歩一歩使徒に近づいていく。

ヒュバ!!

『『『シンジ(君)!!!』』』

いきなり使徒が蝶でいう蝕角の部分を伸ばして鞭のように初号機に放った。
その速度は音速に近く、とても反応できるものではない・・・だが・・・

ザン!

初号機の右手が横一直線に振られると触角が切断され、あらぬ方向に飛んでいった。

『『『え?』』』

いつの間にか初号機の右腕には自分のプログナイフが握られていた。
一瞬で抜き打ちのように引き抜いて打ち払ったようだ。

やがて、何事もなかったかのように歩を進める初号機が使徒の前に立った。
初号機が恐ろしいのか身をよじって逃れようとしているがプログナイフは兵装ビルに
深く刺さっていて動けない。

「本当はお前のような奴のほうがやりやすいんだ・・・遠慮なく殺せるし、心の痛み
も感じなくてすむから・・・」

右手に握っていたプログナイフを上段に構える。

「死ね・・・」

使徒は見苦しいほどに身をよじるが初号機のプログナイフは視認すら出来ない速度で
振り下ろされた。

ズン!!!!!

シンジの怒りはすさまじく、使徒だけでなく縫いとめられていた兵装ビルごと両断し
た。
ビルはその中間部を削り取られたかのような状態でかろうじて立っている。
しかもそれだけじゃなく、地面には初号機の前後に長い亀裂が走り、その威力のすさ
まじさを雄弁に語っていた。

もちろん初号機もただではすまない。
プログナイフはその刀身が消滅しているし右手はあっちこっちに裂傷がある。
あまりの威力に初号機とプログナイフが耐えられなかったのだ。

光の粒になって消滅していく使徒をシンジは冷ややかな視線で見ていた。

この光景を見ていた全員がシンジと初号機のペアを敵に回すおろかさを再確認した。
特に今のように切れたシンジの前に立つことはあきれをとおりこして崇拝されると思
う。

それほどに今の初号機はすさまじかった。

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「・・・そうだったんですか」
「・・・ごめんね」

駅のホームでシンジはマユミにこれまでのことを”話して”いた。
マユミの力を使えば事情など聞くまでもないがそれはしない。

使徒が殲滅された後・・・マユミはネルフによって徹底的な検査をされていた。
検査結果はもちろん白、マユミの中には使徒の存在を示すものはかけらも残っていなかった。

「・・・その顔、マナが?」
「え?・・・ええ・・・」

マユミは赤くなったほほに手を置く
片方だけが手のひらの形に赤くなっている。

「悪気はないんだ・・・君を心配してた・・・」
「わかってます。私はそんなことにも気づかずにあんな事言っちゃって・・・」

シンジはマユミが何を言ったのかは知らないし知る気もない。
ただ屋上で二人に何かあったということはわかる。
それだけで十分だ。

「私・・・守ってもらっていたのに・・・人を傷つけてばかりで・・・」

そう言ってうつむくマユミを見ながらシンジはつぶやいた。
今ならなんとなく分かる気がする。

「・・・ぼく達は似ているのかもしれない・・・」
「え?そんなこと・・・」
「いや、ぼくもあの夜にあの人に出会わなかったら君のようになっていたかもしれな
い・・・」
「・・・あの人?」

シンジは微笑を受かベてマユミに近づいた。
自分の顔を覗き込んで来るシンジにマユミの顔が赤くなる。

「・・・山岸さん・・・ぼくの記憶を読んでくれない?」
「・・・え?」

予想外のシンジの言葉にマユミがあわてる。

「で、でも・・・私の能力は・・・」

おもわず逃げようとしたマユミの腕をシンジが掴んで止めた
自分の力を嫌っているマユミはシンジの記憶を読むことに戸惑ったがシンジの真剣な
顔にうながされて読む。

それは少年と死神の物語、
二人が出会った夜から続く戦いの歴史
交わされた誓い
支えられた記憶
自分の半身との壮絶ともいえる信頼関係

・・・そして今なお続く絆の物語・・・

マユミの呆けた顔を見たシンジはやわらかく笑う

「ぼくはあの夜まで自分が嫌いだった・・・でもブギーさんがぼくを守ってくれることで思ったんだ。・・・ぼくにもこの人に守ってもらえるくらいの価値はるのかもしれないってね・・・きっと君にも支えてくれる誰かが現れる」

シンジの言葉にマユミはうつむいたままだ。
その肩が微妙に震えている。

「・・・その人はきっと君の中に価値を見出してくれるはずだ。」

そう言ってつないだ手を離そうとして・・・

ガシ!!

「・・・はい?」

なぜか握り返されている自分の手を見たシンジが疑問の声を出した。
百歩譲って握られているのはいいとしよう。
しかし掴まれた手が女の子とは思えない握力で指がぎりぎりと食い込んでくるのはいただけない。
って言うか結構痛い。

「な、なに?うお!!」

シンジがマユミを見るとマユミもシンジを見ていた。

しかしトレードマークのメガネの奥にある瞳が尋常じゃない。
真っ直ぐにシンジを見ながらきらきら輝いている。

「や、山岸さん?」
「・・・感動しました」
「・・・え?」

そう言って胸に飛び込んでくるマユミ・・・

「こんなに凄い話、読んだ事ありません!!あなたこそ理想の人です!!!」
「な・・・」
「「「「なに!!!!!」」」」

シンジが驚くより早く物陰から人影が飛び出してきた。
どうやら隠れていたらしい。

「ア、アスカ?レイ?マナ?・・・なんでケンスケまでいるんだよ!!」
「いちゃわるいか!!」

珍しくケンスケが大声で反論する。
なぜかその瞳が潤んでいた。
血の涙が出てきそうだ。

「そんなことよりあんた!!」

アスカがケンスケの反論をばっさり切ってマユミに詰め寄る。

「なんですか?」
「いい加減シンジから離れなさい!!」
「ご遠慮します。もっと碇君の話を読ませてほしいです。」

事情がわかってないのはケンスケだけだった。
事情がわかっているものたちは一つの言葉を思い浮かべる・・・リーディング・ジャンキー(読書中毒者)・・・しかしそれだけでもないようだ。

マユミのシンジを見る目は輝いていて顔も高揚している。
恋する乙女特有の状態・・・・・・

「で、でもそろそろ電車の時間が・・・」

マナがわざとらしく時間を気にする。
マユミの応えは満面の笑みだ。

「マナさん?」
「はい?」
「その節はお世話になりました」
「いえ、その・・・ご丁寧に」

なぜかお互いにお辞儀する二人

「でも私はこれから碇君のように強くなろうとします。」
「え?」
「碇君と私は同じ能力者だそうですから!!」

その言葉にシンジに厳しい視線が刺さる。
どうやらシンジが能力者ということも読んだようだ。
成り行きとはいえ迂闊なのは間違いない。

「マユミ〜」

背後から自分を呼ぶ声にマユミがふりむくと山岸ユウだった。

「お別れは済んだかね?」
「お父さん、ゴメンナサイ」
「え?」

娘の言葉に父は呆けた。
それが理解出来るより早くマユミの言葉は続く。

「私ここにのこります」
「何を言ってるんだ!?」

思わず山岸が大きな声で叫んだ。
それも仕方がない、彼にとっては青天の霹靂だろう。
しかもマユミの瞳には決意の光がある。

「もう決定事項です!!」
「し、しかし・・・」
「もはや言う事はありません、お父さん、私幸せになります!!」
「そうか・・・」

なぜか目元をぬぐう山岸ユウ
この短時間で何が起こったかはわからないが愛娘が自分の元を羽ばたこうとしている。
親としてなぜ否と言えるだろうか?

そんな親子のドラマを傍で見ていたシンジがこれ以上はヤバイと判断して口を挟む

「何で納得してるんですか!!止めるでしょ普通!!」
「しかし家とかどうするんだ?」
「聞けよ!!」

完全にシンジを無視して話が進む。
A・O(絶対親子)フィールドは不可侵らしい。

「大丈夫!碇君って一人暮らしなのよ。」
「なに!!!?」

そのあたりも読んだらしい。
いくらなんでも便利すぎる。

シンジは完全に翻弄されていた。
他のメンバーもあまりにサクサク話が進むので突っ込めない。

「そうか・・・よろしく頼むよシンジ君」
「って何で名前で呼ぶんですか!」
「将来は碇マユミか・・・」
「暴走すんなおっさん!!」

シンジの言葉など聞いてはいない。
山岸親子は将来の明るい家族計画に花を咲かせている。

「シンジ君?」
「レイ?」

いつの何か隣に経っていたレイがシンジを見ている。

「私も碇レイになりたい」
「ブッ」
「あ、それなら私も〜」
「ふ、ふん!」

上からレイ、シンジ、マナ、アスカの順番だ。
論点はそこかと突っ込みたい。

「・・・シンジ」
「ケンスケ?」
「俺はお前を殴らなきゃならん!!殴らないときがすまないんだ!!!」
「勝手なことほざくな!!」
「何でお前だけハーレムみたいになってんだよ!!独占禁止法って知ってるか!!
!」


ケンスケの言葉に反応したのはシンジではなくアスカだった。

「人を物の様に言うな!」

絶妙な上段蹴りがケンスケの後頭部に決まってケンスケは撃沈した。

「これで少しは静かになった」
「アスカ・・・容赦ないね」

シンジは冷や汗をかきながらあえてケンスケのほうは見なかった。
おそらく気絶しているだけだろう・・・問題ない、そう言う事にしておいたほうが
色々便利だ。

「しかしやはりマユミだけでは心配だな・・・」
「ノ〜プロブレム!!」

山岸ユウのつぶやきに聞きなれた第三者の声が答えた。

シンジ達が見ると白衣をマントのようにはためかせた時田だ。

「・・・なんでそんなところにいるんですか?」
「お約束だよシンジ君!!高いところからの登場は視覚的に威圧する作用がある!!
!」
「威圧かよ・・・」

時田は駅の屋根の上に立っていた。
シンジ達が見上げ、時田が見下ろす構図だ。
何故威嚇しなければならないのかはきっと突っ込んじゃいけないのだろう。

「とう!!」
「なに!?」

てっきり飛び降りるとおもったシンジは身構える。
結構高さがあるので中年の時田は危険だからだが・・・

「・・・ひょっとしてバカにされたのか?」

飛ぶような姿勢をとった時田はそのまま後ろのほうに下がっていく。
どうやら梯子があるらしい。
やがて回り込んできた時田が山岸の前に立つ。

「さて山岸博士?」
「な、なんでしょう?」

いきなりの事にさすがに山岸も引いている。
対照的に時田は上機嫌だ。

「ネルフに来ませんか?一緒にロマンを追い求めましょう!!」
「え?」
「ヘットハンティングですよ。かく言う私もそうやってネルフに来たのですから」
「しかし・・・」

いきなり言われても山岸も戦自の人間だ。
おいそれと移籍出来る物では無い。

「今ならお嬢さんと住める住居を進呈しましょう」
「お願いします」

即答で決まった。
どこまでも娘に甘いらしい父、山岸ユウ・・・

「碇君、これからもヨロシク」
「え?ああ、こちらこそ・・・」

マユミが明るくシンジに話しかけた。
シンジも苦笑と共に応える。
もはや何もかもが無駄らしい。
余計な抵抗をするだけ無駄だろう。

「なんか性格変わってない?」
「碇君のおかげです」
「ぼくの?」
「はい、碇君の記憶を読んだらこんな事で悩んでる自分が小さく思えて・・・」
「山岸さん」
「わたし、碇君のように強くありたいと思ったんです。これじゃあ死んでなんていら
れませんよね?」

その顔は何かを吹っ切ったように晴れ晴れとしていた。
これ以上重ねる言葉は無いだろう。

「そう・・・これからもヨロシクね、山岸さん」
「マユミでいいですよ」
「え?じゃあマユミさんよろしくね」
「はい!」

マユミにとってシンジの過去は衝撃以外の何者でもなかった。
自分と似たような力をもち、戦う少年・・・
それはどのような本や記憶よりも輝いていた。

目の前の少年がつむいでいく物語を傍らで見たいと思わせるほどに・・・
そのためには今までの自分ではダメだ。
彼のそばにいることは出来ない。

変わらなければならない。
この少年の物語に出演できるほどに強く・・・

「これからもヨロシクねマユミ」
「ま、まあヨロシクね」
「・・・ヨロシク」

マナ、アスカ、レイがそれぞれ微笑みと共に言葉をおくる。

「皆さんよろしくお願いしますね」

マユミもにこやかに答えた。

「でもシンジ君は譲りませんよ?」

・・・・・・もはや誰にも収拾は不可能だった。
甲高い声で叫ぶ女の子達から目をそらすとなぜか二人でマイムマイムを踊っている山
岸と時田・・・なぜマイムマイムなんだろう?

シンジはこの異常空間で一人ぼっちだ。
なぜかいまだに気絶しているケンスケがうらやましかったりする。

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少女は自分からステージに上がる事を選んだ。
今までの自分を脱ぎ捨てて舞台の物語に出演する事を選んだのだ。

危険かもしれない
恐ろしいかもしれない

しかしもう遅い

彼女の心はすでに捕らわれてしまったのだから
舞台で舞う少年と死神の物語に

もはや後戻りは出来ない。
彼女はその手に本を一冊持って立ち上がる。

真実の物語をそこに書き込むために・・・
真実を皆に伝えるために・・・
真実が自分の力なのだから・・・

彼女の心はとらわれたまま・・・
その物語の名は一つ・・・


これは少年と死神の物語






To be continued...

(2007.07.07 初版)
(2007.07.21 改訂一版)
(2007.10.06 改訂二版)


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