天使と死神と福音と

終之章 〔神児〕
V

presented by 睦月様


発令所に表示されているモニターの映像は大きく分けて二つのパターンに分かれていた。
一つは続々と本部内に進行してくる戦自の隊員、もう一つは彼らに打ち抜かれて使いものにならなくなった監視カメラのサンドストーム
時間を追うごとに増えていくサンドストームのモニターにミサトは唇をかむ。

「外の様子は?」
「今現在第三新東京市の上空を量産機が滑空している状態です。」
「ATフィールドで兵装ビルは役に立たないか・・・仕方ないわね・・・」

今、シンジ達のサポートは出来ない。
まず自分達の安全を確保しなければ逆にシンジ達の足を引っ張る事になってしまう。
自分の安全も確保出来ないような人間が他人の心配をする資格など無い。

「・・・リツコは?」
「今の所五分と言ったところです。」

ミサトが視線を向けるとリツコを中心として時田、山岸を含む三人がコンソールのキーボードに向かっている。
ついさっき始まった松代のMAGI2号機からのハッキングに三人が対抗していた。
ここで負けるとこのネルフ本部そのものが敵に回る。
リツコが負けるとは思わないがしばらくはリツコは動けないだろう。

「戦自の通信を傍受しました!!」

日向が叫ぶと同時に発令所のスピーカーに受信した通信を繋いだ。

『ザー・ザー・・・の内容を確認する。目標は発令所とセントラルドグマの占拠・・・なお、ネルフ職員はサードインパクトを画策しているテロリストであるために非戦闘員に対する発砲許可を・・・』

通信を聞いた全員の顔が青くなった。
今聞いた事が間違いなければ工作員の連中は戦闘員だろうが非戦闘員だろうが問答無用で殺しに来ると言うことだ。
投降など意味があるとは思えない。

「ちっ!各部署に通達!!絶対投降して武装解除などしないで!!!その瞬間に殺されるわ!!!!」

ミサトの叫ぶ様な指示が各所に伝えられる。
武装解除などすればその場で撃たれかねない。
まさかここまで思い切った命令を出すとは思っていなかった。

「交戦しながら退却、撤退のすんだブロックには硬化ベークライトを流し込んで時間稼ぎをしなさい!!」
「了解」

ミサトはモニターを睨んだ。
表示されているのは本部内の地図、各所に仕掛けられたセンサーが工作員達の動きを赤い点で教えてくる。

「こうなるとネルフの職員のほとんどが住民の誘導で出払っていたのがいい方向に働いたわね・・・」
「葛城三佐!!」

名前を呼ばれて振り向いたミサトが見たのはマナ、ムサシ、ケイタの三人だった。
さらにマユミまで一緒にいる。

「な!!何であんたたちがここにいるのよ!?他の人たちと一緒に避難しなかったの!?」
「わ、私たちはシンジ君に付き添っていて・・・」

もともとマナたちはシンジたちの護衛のためにここに派遣されてきている。
シンジたちのそばにいるのが当然であって避難誘導には参加していなかった。
マユミがここにいるのはいつも一緒にいたために誰もがそれが普通と思っていたからだ。

「・・・いえ、むしろ良かったかも・・・みんながシンちゃんの知り合いだって言うのは向こうにも伝わっているはずだし・・・避難にまぎれて拉致されていた可能性は否定できないわね」

ミサトは頭を切り替えた。
考え方を変えればむしろここのほうが安全かもしれない。
もっともここまで攻め込まれないという前提のもとでの話だが・・・

「そういえば凪さんは?」
「凪さんは享さんと一緒に・・・」

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ズン!!

ピラミット型のネルフ本部の外壁の部分で爆発が起こった。
爆炎の中から戦自の服を着た人影が吹き飛ばされて出てくる。
全身に火傷を負った人影はそのまま転がるように外壁を転げ落ちて行った。

ガッ

それを追うように別の人影が外壁の穴から出てくる。
黒いつなぎのようなライダースーツを着て同じ漆黒の髪をなびかせるのは凪だ。
外壁に躍り出た凪はそのまま壁面を駆け下りる。

それを追うようにして再び穴から人影が飛び出してきた。
数は4人

「ちっ!!しつこいぞ!!」

凪が悪態をついている間に4人は走って凪を追い越して前に回りこんだ。
明らかに人間を超えた動きをしている・・・合成人間だ。

「邪魔だ!!」

アーミーナイフの刀身から噴出した炎が一瞬で焔剣を作り出す。
問答無用で真一文字に振り切った。

「が!!」
「くお!!」

二人が避けきれずに切り裂かれ、傷口から噴出した炎で一瞬で灰になる。
避けた二人の合成人間は凪に飛び掛ってきた。

ガッ!!!

凪は振り切った焔剣を壁面に突き刺すとブレーキをかける。
さらにその柄を軸にして頭上から迫ってくる二人の合成人間に向けてけりを放った。
凪の足に炎が巻きつき、その軌跡には炎の帯が伸びる。
一直線に同を薙がれた二人の合成人間は悲鳴すらも炎に呑まれて塵になった。

「・・・まだ合成人間を残していたとはな・・・」

呟きながら凪は焔剣に力を込めた。
突き刺さっている壁面が燃え上がって大きな穴を開ける。
通路の先に人がいないことを確認して中に入った。

「ここはどこだ?・・・どのくらい下の階に来たのか分からんな・・・亨さんともはぐれてしまったし・・・」

凪はライダースーツのポケットを探ると携帯を取り出して記録していた番号にかける。
数回の呼び出し音で相手に繋がった。
どうやら携帯は使えるらしい。

『凪先生!?』
「ムサシか?発令所にはついたか?」
『はい』

凪はムサシの言葉にほっと胸をなでおろす。
館内放送などで大体の事情を察した凪はマナたちを発令所に送って亨と一緒に戦自の集団のいるであろう方向に向かった。
この襲撃がゼーレの起こしたものだとするならば間違いなく合成人間達が混ざっているはずだ。
だとすれば普通の人間、しかもネルフは本来研究機関であって軍隊ではない。
戦闘経験の無い研究員と護衛や諜報がメインの保安部や諜報部の人間には荷が重いだろう。

凪のそんな危惧は現実のものになった。
通路でいきなり襲い掛かってきた10数人の戦自の隊員は合成人間だったのだ。
どうやら他の人間より先行して発令所に向かっていたところを凪たちと鉢合わせしたらしい。
その戦闘で亨とはぐれてしまった。

『ちょっと待って凪さん!?』

ムサシの携帯を誰かがひったくったようだ。
割り込んできた声に聞き覚えがある。

「葛城さんか?」
『すぐに戻って!!そこは危険よ!!!』
「危険というのは分かっているが合成人間が混じっているんだ。・・・何かあったのか?」

ミサトは戦自の通信のことを凪に聞かせた。
話を聞いていくうちに凪の顔が険しくなる。

「・・・やってくれる。」
『だからすぐに戻って!』
「それは出来ない・・・亨さんは大丈夫とは思うが・・・合成人間が混じっている以上ここで退くわけにはいかん」
『で、でも・・・』
「この携帯のGPSを調べて俺の位置を割り出せるか?」
『え?・・・・あ、出来るわ』
「そうか、それなら亨さんのほうも調べて連絡を取ってくれ、ムサシを」

細かな音がして別の人間に携帯を渡したのが分かった。
ミサトからムサシに携帯が戻ったらしい。

「ムサシ、ここから俺と亨さんにお前が指示を出せ。」
『お、俺がですか?』

携帯の先でムサシが困惑しているのが分かる。
しかしこれは他の者には無理だ。
ムサシだからこそ出来る。

「お前の能力は与えられた情報からの未来予知だ。こういう状況にはうってつけだろう?」
『で、でも・・・』
「それに時間も無い・・・」

通路の先から複数の足音が響いてくる。

「頼むよ・・・」
『・・・わかりました。』

ムサシの言葉にうなずくと凪は携帯をしまって前に向かって歩き出す。

「・・・まったくふざけた話だ・・・非戦闘員まで殺せだと?」

凪の体から陽炎が立ち昇る。
握ったアーミーナイフからはすでに炎の雫がこぼれ始めていた。

「この世界情勢でこんな馬鹿な襲撃に加担するのはゼーレの関係者か上の命令を聞くだけの犬か・・・どちらにせよ人間狩りのつもりで来ているなら・・・後悔させてやる・・・」

戦自の隊員達は見ることになる。
炎を従える漆黒の女神を・・・そして死の瞬間理解するだろう。
彼女の二つ名・・・炎の魔女の持つ意味を・・・

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双方向回線から発令所の混乱が伝わってくる。
やはり合成人間も混じっているのだろうがエヴァの中にいるシンジたちではどうすることも出来ない。

シンジたちの中で戦闘に特化しているのはシンジ、凪、アスカ、レイ、亨の5人・・・
マナたちも戦えないことは無いだろうが本格的な戦闘はきついだろう。
凪と亨で戦自の隊員に混じっている合成人間の相手をしなければならない。

しかも今回は合成人間だけでなく戦自の人間もいる。
いくら能力を持たないといっても数は能力の有る無しを埋めて余りある戦力だ。
凪たちだってなにも銃弾で撃たれてけろっとしていられるわけではない。
あの二人が負けるとは思わないが発令所にいるみんなを守りきるのは難しいだろう。

(他の人の心配もいいがこっちもこれはこれで結構面倒だよ)
「・・・わかっています。」

シンジはモニターをにらんだ。
そこに映っているのは滑空しながら舞い降りてくるエヴァ量産機たち・・・背中合わせにそれぞれ四方を警戒しているシンジたちのエヴァを囲むように降下してきている。
口以外は目すらないのっぺりとしたウナギのような顔がなにを見ているのかは分からない。
全機サーフボードのような巨大な両刃の武器を持っている。

「統和機構もたいしたこと無いな・・・」

愚痴のひとつも吐きたくなるだろう。
シンジの予定ではすでに勝負はついていたはずだった。
もちろんゼーレが最後の悪あがきをすることも計算に入れた状態でだ。

せいぜい多少のテロ行為だと思っていたのだが・・・シンジの予想が甘かったらしい。
まさか日本政府がこの状況で敵に回るとは思わなかった。
世界中を敵に回して内部分裂を引き起こしかねない暴挙だ。
それを実行するあたり、ゼーレの影響がどれだけ色濃かったかの証明にはなるだろう。

ズン!!

シンジたちを包囲するように量産機が着地する。
数は9・・・シンジ達のエヴァを合わせれば現存するエヴァのすべてがここにそろったことになる。

気がつけば戦車隊からの砲撃がやんでいた。
エヴァに対抗するためにはエヴァしかない・・・やはりあの戦車隊は時間稼ぎだったようだ。

「疑問といえばこいつらも疑問か・・・」

この量産機のパイロットは誰か?
可能性として一番高いのはゼーレが独自にチルドレンを養成していたという可能性だろう。
そしてその身内をコアに取り込ませた。
ダミープラグが完成しなかった以上それ以外の可能性は無いと思う。
おそらく自分達と同じ年齢の子供たちが・・・

『シンジ!?さっさと片付けてミサト達助けに行くわよ!!』

隣に並んでいた弐号機が一歩前に出る。
それを見たシンジも頷いた。
今は考えるときではない。
今この場で手間取れば発令所のミサト達の危険度が上がっていく。
意図的にエントリープラグを狙わなければ中の人間を殺さずにすむだろう。
あれでエントリープラグはなかなか頑丈に出来ている。
シンジが初号機を一歩前に出そうとしたとき・・・

『・・・久しいな』

思わず初号機の動きが止まった。
通信に入ってきた声に聞き覚えがある。

『・・・この声は・・・キール議長?』

カヲルの言葉がシンジの感じたものを肯定した。

『タブリスか・・・』

通信機からじゃどの機体にキールが乗っているか分からない。
周りの量産機を一通り見回す。

『・・・なぜそこにいる?お前の使命はどうした?何故生きているのならアダムに向かわない?』
『僕の望みは果たされましたので・・・』
『何?』
『ですのでこれからは僕の思うとおりに生きていこうかと思っています。・・・僕がなにを司っているのかご存知でしょう?』
『・・・自由か・・・』

キールとカヲルの話を聞きながらシンジは今の状況を再確認する・・・異常だ。

通信からキールがこの量産機たちの中のどれかに乗っているのは間違いあるまい。
しかしそこで疑問が出てくる。
チルドレンでもないキールが何故エヴァに乗れるのか?

チルドレンの条件はセカンドインパクトの時点で魂を受け入れることの出来る器・・・胎児であったこと・・・キールがチルドレンであるはずが無い。
エヴァのシンクロはデリケートなもので他にパイロットとしてのチルドレンがいたとしてもそれ以外の人間を入れればシンクロに影響してくるはずだ。
そんな状態で補完計画の儀式を行うなど無茶が過ぎる。

(なにかあるね・・・)
(はい・・・どうやっているのかは分かりませんが・・・)
(どうするんだい?)
「・・・キールさん?お久しぶりです。」

シンジは疑問の答えを得るために話かけた。

『・・・ああ、久しぶりだ。あのときのココアは美味しかったな・・・』
「ええ・・・」

シンジの目の前の量産機が頷いた。
どうやらあれに乗っているらしい。

『今、戦自が発令所を占拠するために動いている。・・・抵抗は無駄だ。投降を薦めよう。』
「そしてヨリシロになれというのかい?」

シンジの口調が自動的なものに変化した。
ブギーポップが表に出てきたらしい。

「悪いがそれは遠慮させてもらおう。」
『何故だ?悪い話ではないと思うがな?すべての人間が同じ思想、同じ価値観、同じ存在になればこの世界にあるほとんどの問題はクリアーされる・・・そうは思わないか?』
「人類がどうなろうとどうでもいいことなんだよ・・・僕にとってはね」
『なに?ならば何故我々の道を塞ぐ?』
「簡単な話だ。」

ブギーポップの顔に左右非対称な笑みが浮かぶ。

「それが”世界の危機”だからだよ。」
『・・・世界の危機か・・・ならば我々は世界の敵ということになるのか?』
「そうなるね」

事情を知らない人間が聞けば妄想と一笑に付されるだろう。
しかしこれは明らかに現実でまじめな話だ。

「・・・そちらこそ投降してくれませんか?・・・キールさん?」

シンジがブギーポップに変わってキールに話しかける。

「もうあなた方の望む形でのサードインパクトは起こせません。」
『・・・本当かね?』
「はい・・・だからこの襲撃自体意味がありませんよ。」
『・・・・・・』

シンジに対するキールの答えは無言・・・そのまましばらくの時間が流れた。
その間、誰も動けない。
キールもシンジの話を信じていないわけでもないようだが・・・

『・・・無理だ。』
「何故です?」
『もはや我等に道は無い。』

言葉とともにウィンドウが開いて量産機との通信が繋がる。
そこに映ったものを見た瞬間シンジは戦慄を覚えた。

それはキール”だった”
エントリープラグに座っている彼の体は生身の部分からコードが延び、機械の中に埋もれている。
それはたちの悪いオプジェのような醜悪さ・・・人を捨て去った形のひとつだった。

(ほう・・・これが彼でもエヴァを操れる理由か・・・)

シンジはブギーポップの言葉に答えることが出来ない。

チルドレンでもないキールがなぜエヴァを操れるのか・・・その理由はある意味簡単なことだった。
彼はエヴァとシンクロしていない。
シンクロは心と心を重ねる行為・・・キールはそれをコードで代用し、五感を直接量産機とつなげ、器械の制御によってエヴァを操っているのだ。
もちろん代償も必要だ。
見て分かるだけでもキールの肉体は人間としての姿を保ってはいないだろう。

シンジ達と違い、文字通りの意味でエヴァとひとつになる。
目的のために人間としての己自身さえ捨て去れるその覚悟にシンジは寒気しか感じない。

『見苦しいものを見せたな・・・』
「まさか他の量産機も?」
『ああ・・・』

次々に開いていくウィンドーに映る人物達はどれも人間の姿をしていない。
キールと同じように人間を捨て去って機械と一体化していた。

『な、何なのよこれ!!』
『・・・・・・』
『無茶なことをするね・・・信じられないって事さ』

他のみんなもそれを見て動揺している。
心理的な初歩の揺さぶりだが効果はある。

「・・・姑息ですね・・・」
『もはや我々に後退する場所は無いからな・・・使えるものは使う。・・・さて、話す言葉も尽きた・・・行くぞ』

キール言葉とともに量産機が一斉に動いた。
同時にシンジたちも動く。

双方のエヴァが激突する。
神話で語られる巨人同士のラグナロクが始まった。

エヴァ同士の決戦、シンジの初号機は真正面の量産機に向けて駆け出す。
もはや戦闘が避けられない以上少しでも早くこの戦いを終わらせる。
キールを真っ先に無力化すれば戦闘が終わらないまでも動揺は誘えるだろう。

「だあ!!」

シンジの気合と共に疾走からスライディングに変化した初号機が量産機の脚を刈りに行く。
そのまま転ばせた量産機を羽交い絞めにするのが狙いだ。

ダン!!

しかし、キールの量産機はそれをなんなく避ける。
初号機の真上を飛び超えた後方に着地した。
さらに手にもっている両刃の刃を背後の初号機に向かって振りぬく。

「ちっ!!」

ガキン!!!

間一髪のところでウエポンラックから取り出したプログナイフで量産機の刃を受け止めた。
しかしさすがに武器の重量が違い過ぎて初号機が吹っ飛ばされる。

「くっ」

初号機は空中で一回転すると地面に降り立つ。
シンジの初号機とキールの量産機が正面から対峙した。

(何だ今の動き?)

シンジは半ばまで切断されて使い物にならなくなったプログナイフを捨てながらさっき量産機が見せた動きを考える。
正面から来ると見せかけてのスライディングで脚を刈りに行く一連の動きは間違いなく完璧だった。

なんといってもそれをやったのは初号機なのだ。
速度だけでも普通の人間が反応できるレベルじゃない。

「量産機と物理的に融合しているわけだから本人の身体能力は問題にならないとしてもさっきの反応は・・・」
(そっちも人工的にやっているらしいね)
「人工的に反応速度を上げた?」
(おそらく薬のドーピング、それで脳内の処理速度を上げているんだろう。しかしあんな体でそんな無茶をすればその先に何があるのか分からないわけでもあるまいに・・・)

ブギーポップが言っていることが本当ならあの老人達はただでさえ老いた体のスペックを無理やり上げているということだ。
それは古い車にニトロを押し込むような行為・・・その先には死しかない。

「サードインパクトを起こせなかったら文字通り燃え尽きる運命か・・・それは必死にもなるな・・・」

周りを見回せば他の皆も常識はずれな動きとスピードで動き回る量産機に翻弄されているようだ。

『ああーもう!!』

通信機からアスカの叫びが聞こえた。
この状況に堪忍袋の緒が切れたらしい。

『百鬼夜行!!!』

叫びとともに弐号機のATフィールドが変化する。
そこに現れたのはオレンジ色に輝く初号機が12体、【Tutelary of gold】(黄金の守護者)だ。

『行きなさい!!』

アスカの言葉を合図に初号機たちは量産機に踊りかかっていく。
初号機12体と初号機、零号機、弐号機、参号機の15体、当初9対4で数的に不利だったシンジ達だがここに来て数の優位は反転した。

斬!!

『え?』
「なに?」

アスカの驚きとシンジの疑問の声が重なった。
量産機の振るった両刃剣の刃にかけられたと同時に【Tutelary of gold】(黄金の守護者)が一瞬にして霧散した。
歪曲王の力を受け継いだアスカが解除するか能力を使えなくなるか、あるいはアスカが死なない限り疲れも死にもしない不死身の存在である【Tutelary of gold】(黄金の守護者)が刃の一振りで消滅した。
明らかにただの武器じゃない。

『あれは・・・そういうことか・・・だから惣流さんの・・・』
「カヲル君、あれが何か知っているの?」
『僕がゼーレにいたとき、ダミープラグや量産機の開発とともにもうひとつ造られていたものがあった。』
「それは?」
『ロンギヌスの槍のコピー』
「コピー?」

シンジが改めて量産機を見るとその手にある両刃剣の形状が変化している。
サーフボードのような形が崩れて別の形に変化して行く。
二つの螺旋が絡み合う形をしたそれはシンジたちにも見覚えのあるもの・・・今は月にあるはずのロンギヌスの槍そのものだった。

「あんなものまで・・・」

量産機の槍がロンギヌスの槍だとするならさっきのことも説明がつく。
弐号機に乗った状態のアスカは【Tutelary of gold】(黄金の守護者)を等身大の大きさで使うためにATフィールドでコーティングしなければならない。
そのためにアンチATフィールドの塊である槍に貫かれれば【Tutelary of gold】(黄金の守護者)が霧散して当然だ・・・そして・・・

「・・・カヲル君・・・あの槍の原材料は?」
『・・・・・・オリジナルのロンギヌスの槍のかけらをコアに培養した。』
「それだけであんな大きさになるはずがない。」

ロンギヌスコピーの大きさはほぼオリジナルの大きさと同じ・・・そこまで培養するなどまともにやれば何十年かかるか分かりはしない。
しかも9本・・・何か他の方法があるということになる。

『・・・足りない部分はリリンの男女の体を使った。欠片に触らせることでそのリリンのフィールドを侵食・・・自我境界線を破壊してLCLに変換・・・それを欠片に継ぎ足すことを繰り返したんだ。』

おそらくセカンドインパクトの混乱にまぎれてやったのだろう。
あの大災害の中ではいきなり行方不明者が出たとしても誰も気にかける余裕はなかったはずだ。

シンジはあらためて槍を見る。
あれだけの大きさになるまで何度その悪魔の所業が繰り返されただろう?
しかもまったく同じものが9本・・・犠牲者の数など・・・分かるはずもない。

「どこまでも・・・」

ズン!!

「何?」

いきなりの衝撃に初号機が背後を振り向く
そこにいたのはシンジたちを足止めしていた戦車隊・・・再びシンジたちに向けて砲撃が始まったようだ。

「このたてこんでいるときに!!」

ズズン!!

「え?」

モニターの中の戦車が一台跳ねた・・・上に・・・

ブギーポップの力で強化された視力が戦車のいた場所にいる人影を捉える。
しかも見覚えのある人影だ。
シンジがもう一度確認しようとした瞬間、空中に飛んでいた戦車が人影の真上に落下する。
轟音と共に戦車の弾薬や燃料に引火したのだろう。
周囲一帯を吹き飛ばすほどの大爆発が起こった。

その中心にいた人影は燃え尽きてしまったことだろう・・・彼でなければ・・・

「あれは・・・」
(ほう、彼も参戦していたのか・・・)
「って事は見間違えじゃなかったんですね?なんでこんなおおっぴらな場所にでてくるんです?」
(ゼーレはそもそも彼らの担当だからな、取り逃がしたお詫びのつもりだろうさ)
「あの人はお詫び扱いですか?」
(本人が望んだだろう?はっきり言って彼の性格なら喜んで来たはずだ。)

なんとなくその意見にはうなずけるものがあったのでとりあえず保留することにした。
戦車隊を彼が引き受けてくれるなら量産機に専念できる。
実力的には援軍として申し分ない・・・・・・・後で少し厄介なことになるかもしれないが・・・・・・

『シンジ君!?』
「え?」

いきなりの声に見ると初号機の近くにガンヘットがいた。
ウィンドウが開いてマナとケイタが映る。

「出てきたの?」
『もっちろん!!それより何が起こっているの?』
「何っていうか・・・」

シンジは苦笑して言葉を発する。

「”最強”のお出ましらしい。」

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シンジたちの戦闘を映しているモニターの各所で爆発が起こる。
爆発しているのは戦自の戦車だ。
何か不可視の力によって破壊されていっている。

「何なの?」

ミサトの疑問ももっともだ。
今の日本にネルフに味方して戦自に喧嘩を吹っかける連中がいるとは思えない。

「これってひょっとして・・・」

発令所に残ったマユミのつぶやきにミサトが反応した。
ミサトが音がしそうな勢いで背後を振り返る。

「知っているの!?」
「知っているといいますか・・・」

マユミは直接彼を見たわけではない。
シンジから読んだ記憶にあったのだ。

「何でもいいわ、言って頂戴」
「はい、多分・・・MPLSだと思います。」
「何ですって?」

ミサトはモニターを振り返った。
数トンもある戦車がプラモデルのようにひしゃげて放り投げられ炎上する。
エヴァならともかくそれをやっているのが人間と聞いては目を疑うしかない。
対戦車バズーカ並みの攻撃力なのにどうやってそれを成しているのかまるで分からないのだ。

「あれが人間の仕業?・・・どんなやつなの?」
「それが・・・統和機構の人間で能力は空間操作らしいです。」
「空間ね・・・」

それならばモニターに何も映らない理由も納得できる。
戦車を破壊しているのはその周囲の空間そのものなのだ。

「良くそんな人と知り合えたわね?」
「知り合えたって言うか・・・」
「どうかしたの?」
「あの人・・・フォルテッシモって言うらしいんですが・・・最初に会ったときこのネルフ本部でシンジ君と殺し合いになっちゃって・・・」

二人の言葉にミサトだけでなく聞いていた全員があっけに取られた。

「あ、でももちろんシンジ君が勝ちましたよ。」

マユミのフォローは再び全員を絶句させた。

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戦自の隊員たちは混乱していた。
もはや指令系統などズタズタだ。

「た、隊長!?一体なにが起こっているんですか!!?」
「わからん!!どうした!?報告しろ!!!」

叫ぶように通信機のマイクを持って叫ぶが応答はない。
聞こえるのは通信が途絶したことによる雑音だけだ。

「なにが・・・」

隊長の男は言い切ることが出来なかった。
不可視の何かが飛んできて文字通りの意味で口を塞いだのだ。
それは空間のひずみを利用した攻撃・・・統和機構において最強と呼ばれる男の能力・・・

周囲は戦車の爆発による焦熱地獄だった。
今でも各所で銃弾が暴発し、火薬に引火してかなり危険な状況だ。
しかしそんな真っ只中を悠然と歩く人影がある。

白いシャツと黒のスラックスというラフな格好のそいつは周囲のすべてを無視して歩き続ける。
周りにある炎も爆発も空間の壁に阻まれて男に近づくことさえ出来ない。

「あいつは俺の獲物なんだよ、お前らはここで死ね」

フォルテッシモはそういうと炎の先の巨大な影を見た。
その中のひとつ・・・紫色の初号機を見た瞬間に瞳が楽しげにほそまる。

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戦場の戦局は傾きつつあった。
優勢なのはシンジたちのほうだ。

最初こそ量産機の動きとドーピングによる反応の鋭さ、そしてロンギヌスコピーという隠し玉に戸惑ったが徐々に盛り返してきている。

シンジ達は合成人間を相手にしてきたのだ。
少々反応速度がいいくらいでどうにもならないことはない。
ロンギヌスコピーにしてもATフィールドを貫くことが出来るならそれを使わなければいい。
エヴァの持つ戦闘力に頼った戦いしかしてこなかったならATフィールドが役に立たない時点でかなりの不利だろうが彼らにはATフィールドがなくてもそれぞれが自分で掴んだ”能力”がある。

ガッツ!!

零号機のこぶしが量産機の顔面を捉えた。
【Power of good harvest】(豊穣なる力)で強化された一撃は尋常ならざる破壊力を秘めている。
頭部の厚みが半分ほどに圧縮された量産機が装甲を飛び散らせながら背後に吹き飛び、途中にあったほかの量産機を巻き込んで吹っ飛んでいく。

『これでも食らいなさい!!』

アスカの【Tutelary of gold】(黄金の守護者)が四方から量産機に迫る。
どんなに反応速度が上がろうが四方から同時にタイムラグなく攻められれば逃げ場を失う。

ズブ!!ドカ!!グサ!!

突き出したロンギヌスコピーに貫かれて 【Tutelary of gold】(黄金の守護者)が一体霧散するがそれ以外の三対の持つソニックグレイブ・スマッシュホーク・マゴロクソードが量産機に叩き込まれた。
頭部を貫かれ、右手を失い、わき腹に深い傷を負った量産機が崩れるように沈む。
物理的に一人でどうにかできるのは二人までが限界だろう。
一体道連れにできただけで上出来だ。

しかしその横のほうにいるカヲルの参号機は苦戦していた。
もともとタブリスとしての彼の能力はその強力なATフィールドの構築と精密な制御にある。
ATフィールドを無効化するロンギヌスコピーとの相性は最悪だ。
しかしそれはそれ、相性が悪いのはあくまで槍であって量産機そのものとはおそらく五分・・・参号機は両手を腰だめに構えた。

『これでどうかな?』

放たれたのは8角形のATフィールド、しかしその大きさは手のひらサイズだ。
手裏剣のように回転しながら量産機に向かったフィールドはカヲルの意思の下、ロンギヌスコピーの刃をかいくぐって量産機に向かう。

量産機は防御もできずに手足を一本ずつ飛ばされる。

「地の強さの差が出て来ましたね」
(まあ当然だろうね)

他のみんなの戦闘を見ながらシンジは自分に向かってくる攻撃を避けた。
シンジの乗る初号機には3機の量産機が同時に襲い掛かってきているがシンジとブギーポップにはまだまだ余裕がある。
いくら獣のようなスピードと反射を持っていても所詮素人、経験から次の行動を先読みするのは難しくはない。

さらにいうなら槍がまずい。
ロンギヌスコピーはオリジナルと同じようにATフィールドを還元して消滅させる特性がある。
それに差別などない。

つまり、槍を持った量産機達は自分でフィールドを展開しても即座に手に持ったロンギヌスによってフィールドが消滅してしまうのだ。
フィールドの展開ができれば多少なりとも防御になるだろうがそれができない。
兵装ビルやガンヘットからの援護攻撃でもダメージを受けてしまっている。

「戦略と実戦は別物ですからね」
(自分たちが一兵卒になる状況など想定していなかったんだろう)
「普通司令官はそんなことしませんから」

別にゼーレがやけになって量産機に乗ったとは思っていない。
おそらくはヨリシロの問題だ。
シンジはもちろんレイやアスカをヨリシロとしてもおそらくはその精神の安定感から彼らの望むインパクトにはならない。
ならば自分たちが一緒にヨリシロとなることで可能な限り望む方向に修正しようという意図があるのだろう。

「・・・そろそろこっちも・・・黙らせますか発令所のほうも心配ですし・・・」
(わかった。)

初号機が前に出る。
すれ違いざまに二体の量産機の四肢にオレンジ色のワイヤーが巻きついた。

ズバン!!

一瞬で二体分の手足八本が体から切り離されて空を舞う。
手足をなくして達磨のようになった量産機の体が地面に落下した。

「・・・これで・・・残るはあなただけです。・・・キールさん」

シンジは外部スピーカーをオンにして話しかける。
気がつけば無傷なのはキールの量産機だけだ。
ほかの量産機は四肢のどこかをなくして地面に沈んでいる。

『すさまじいな・・・あのトールが負けるのも納得がいく・・・』
「投降してください。」
『それはできんよ。私はこんな有様だし、悪人には悪人なりの意地がある。』

どうやら止めるつもりはないようだ。

『それに君は仇だからな・・・』
「仇?」
『息子の・・・トールのな』
「っつ!!!」

キールの言葉にシンジ達が動揺した。
発令所でシンジと戦ったあの強力な合成人間が・・・キールの息子?

「な、なんで・・・」
『組織の長として自分の息子といえど特別扱いは出来ない。』
「だからって!!人間をやめて合成人間にするなんて!!!」
『あれが望んだことだよ』

キールの口調によどみはない。
後悔も憐憫も感じていないのだろうか?

シンジもはっと気がつく・・・トールの最後の言葉・・・トールの戦う理由・・・

「それが自分の父親・・・キールさんのため?」
『・・・我々の関係は我々だけのものだ・・・他の誰にも口出しなどさせない。』
「だからって!!」
『・・・歪だと思うだろう?・・・しかしそれは君にも言えるんじゃないか?』
「う・・・」

確かにシンジも人のことは言えない。
むしろ屈折しているとはいえ、父の思想に共感し、そのために人間を捨てまでしてキールのために戦ったトールに何か言う資格が自分にあるだろうか?

自分とトールは違う・・・見ているものもなにもかも・・・だからトールが命を賭けてキールの為に闘う理由など理解できないだろう。
そしてそれを安易に否定することも出来ない。

『・・・ところで・・・君はなぜそんな勝利者のような物言いをするんだ?』
「え?」
『まだ終わらんよ』

キールの言葉とともに何かの風きり音が背後から迫ってきた。
シンジは反射的な動きで左手を背後に回すとATフィールドを展開する。

「ロンギヌスコピー!!」

シンジが見たのはぎりぎりとフィールドを侵食してきているロンギヌスコピーだった。

「くっつ!!」

ロンギヌスにフィールドは無力だ。
シンジはすばやく【Right hand of disappearance】(消滅の右手)を発動させる。
右手が白い光に覆われるのとフィールドが貫かれるのは同時だった。

「ぜあああ!!!!」

初号機の右手と槍の穂先が交差する。

カラン!!

打ち勝ったのは初号機の右手だった。
オリジナルの槍は刺したものを問答無用で還元することができたがコピーにはそこまでの能力はないらしい。
せいぜいATフィールドの還元くらいだ。

無の光に食われた槍は穂先の部分をすべて食われてただの棒になり地面に転がった。

「量産機か!?」

すばやく周囲を見回すとさっきまで死に体だった量産機が立ち上がっている。
しかも切断された手足すらもトカゲの尻尾のように再生を始めていた。

「S2機関・・・」
『そのとおり』

キールがシンジの言葉を肯定する。

『S2機関は君らだけのものじゃない・・・忘れていたのかね?』
「さっきの長話は量産機が回復するための時間稼ぎか!?」

やはりキールは油断できない。
自分とトールの身の上話で気をひいておいてその間に量産機の回復を図る。

どこまで抜け目がないのだろうか?

「それでも四肢を切断までしたんだ。激痛で動けるはずが・・・」
『無痛覚症というのを知っているかな?』
「?・・・神経の一部に異常があって痛みを自覚できないっていう?」
『そのとおり、そしてそれは医学的に再現が可能ということも知っているか?痛覚を破壊、あるいは神経を取り除くことで人工的に無痛覚症の人間を作り出せる。』
「・・・それは確か末期癌患者に対する最終手段のはずでしょう?」
『死に掛けているという点では変わらんよ。』

シンジは周囲の量産機を見回す。
キールが言ったとおり痛みを自覚しないということならフィードバックを気にせずにすむ。
文字通り”死ぬまで”戦えるが・・・

「キールさん?」
『何かね?』
「この程度でぼくたちに勝てると思っています?」

シンジは正面に立つキールの乗った量産機をにらんだ。

「ぼく達だって伊達にこのエヴァに乗っていない。エヴァンゲリオンの弱点くらい知っています。」
『当然だろうな』

エヴァにだって弱点はある。
コアとエントリープラグだ。
この二つのどちらかが破壊されればその時点でそのエヴァンゲリオンは死ぬ。

『しかし今の状態でそれをやればすなわち我々の死だ。』
「安い挑発ですね、あなた方はすでにその覚悟を決めている。そしてぼく達も今更躊躇はしない。発令所を落とすための時間稼ぎなら無駄です。」
『聡いな・・・ならば最後の悪あがきに出るとしよう。』

キールの言葉とともに量産機の気配が変わった。
獣のように歯をむき出して四つん這いになる。
その変化には覚えがあった。

「『『ダミープラグ!!」』』

シンジ、アスカ、レイが同時に叫んだ。
量産機たちの姿が以前バルディエルを追い詰めた零号機の姿に重なる。

しかし同時に疑問も浮かんだ。
ダミープラグは完成していない技術・・・力自体は上がるかもしれないが制御できないものをこの時点で使う理由が思いつかない。

「何をするつもりだ!?」
(やけになったという感じじゃないな・・・何かある。)
「来ます!!」

周囲にいた量産機が同時に動く。
次の瞬間に起こったことはシンジたちの想像の上を行っていた。






To be continued...

(2007.09.22 初版)
(2008.01.19 改訂一版)


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