終之章 〔神児〕
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presented by 睦月様
「・・・それで?いきなり何なのさ?」
シンジは少し不機嫌な声で話し掛ける。
それも仕方がない。
ついさっきまで命がけの戦闘をしていたのだ。
他の皆の助けもあって巨人に【Impact of nothing】(無の衝撃)を叩きこんだ所まで覚えている。
「シンちゃん?・・・」
「なに?」
「みかんおいしいわよ」
ユイが大満足と言う感じで手に持ったみかんをシンジに投げ渡す。
危なげなく受け取ったシンジは深いため息をついた。
光の中に巨人が消え去った次の瞬間・・・覚えのある引っ張られる感じに襲われて・・・気がついて見れば”4人”でコタツを囲んでいた。
両隣に座っているユイと幼いシンジ、さらに対面にブギーポップとくればここがどこか考えるまでも無い・・・ここは初号機の中だ。
見回せばそこはユイの実家を再現した一室だ。
一人ずつコタツの一辺に座っている。
コタツの真ん中にはみかんと全員の前にはお茶が用意されていた。
「みかんは嫌いかな?」
向かって左側の見た目は子供、中身は使徒のリリスが首をかしげながらそんな事を言った。
しかも姿は昔のシンジだ。
ブギーポップも入れれば同じ人物が三人向き合っている事になる。
ユイも顔立ちが似ているのでこの4人がひとつのコタツを囲んでいるのは他人から見ればかなりシュールな状況だろう。
「いや、そんなことは・・・」
「お茶に果物というのもバランスが悪いと言えばわるいな・・・」
リリスはひどく庶民的な事を口にして悩んでいる。
一体どこからそんな知識を得たのかかなり気になるところだ。
シンジはあらためてこの場にいる人間を見回した。
人類そのものの兄弟であるところのリリス、世界の敵を狩る死神たるブギーポップ、人類の亜種たる能力を持つMPLSたる自分、そして三賢者の一角にして自分の母たる碇ユイの4人
「パーフェクト、見事にまともな人間がいない。」
少なくともユイはただの人間だがいろんな意味で普通ではないとおもう。
まさにマッド・ティーパーティー・・・出席者の異常とも思えるほどのスペックの高さを考えれば何が起こるかわかりゃしない。
そんな事を考えていたらリリスが自分を見ていた。
「いきなりここに呼び出した事は悪いと思っているよ。碇シンジ」
シンジはリリスに顔を向ける。
少なくとも敵意はない様に見えるが、何を考えているのかわからないと言う点ではブギーポップの次くらいに謎な人物だ。
「今回は体ごと取り込んではいない。帰ろうと思えば帰れる。ただ少し付き合ってはくれないか?」
「ぼく達を呼び出した理由は?」
「うん、碇ユイから聞いていると思うけれど僕と彼女で賭けをして・・・その決着がついたんで出て来たと言うわけだよ。こうやって一度ちゃんと向きあって話もしたかったし」
「その話は聞いていたが、僕達は賭けに勝ったと考えていいのかい?」
今まで黙っていたブギーポップが湯飲みを持上げながらリリスに聞いた。
それに対してリリスのほほが緩む。
「もちろんだ。なかなか面白いものも見れたしね」
「面白いもの?」
「外で戦っていたあの巨人、まさかあれをリリンが作り出せるとはね・・・あれは君達の言葉を借りれば19番目の使徒って奴だ。」
リリスは愉快そうに笑い出した。
シンジ達は話についていけずにお互い顔を見合わせている。
ただ案の定ブギーポップだけはマイペースに自分用のお茶を飲んでいた。
「おかしくは無いだろう?使徒を作りだす条件は使徒から分裂した魂、そしてそれを受け入れる体・・・今回はあの量産機の体だな、君らが言うところの命の実、S2機関を9つも取り込んでいた。申しぶんあるまい?」
「で、でもそれならキールさん達は?」
「あの老人達は融合した時点で肉体ごと取り込まれて個としては消滅していただろうさ・・・ゼーレの老人達の魂を苗床にS2機関の肉体を持ったまったく新しい種だ。・・・・・・問題は特性の方だな」
「特性?」
「あれは食らった他の生物と融合する特性をもっていた。あれが初号機を執拗に狙っていたのは単純な話・・・食らうためだ。まあ彼らゼーレにとっては本望だろう。なにせ限定的にとは言え願いがかなったのだから」
「それって人類補完計画の?」
食べると言うことは生き物の本能のひとつであり、何かを取り込むと言うことでもっとも単純な方法だ。
実際に初号機は同じ方法でS2機関を取り込んでいる。
個としての形を失った老人達の本能、あるいは執念かもしれない。
ほうっておけばこの世界そのものを食らってひとつになっていたかもしれないとんでもない代物だ。
「・・・キールさんの願いはかなっていたのか・・・」
「正直理解出来ないな、そこまでして他人と繋がりたいものか?そのあたり同じリリンとしてどう思う?碇シンジ?」
「さあ、むしろそのあたりは母さんの方が詳しいんじゃない?」
「え?わたし?」
いきなり話を振られたユイが少し慌てた。
こんな話の途中でみかんの皮をむいていたのだから彼女もかなりのつわものだ。
「ゼーレに所属していたんだから付き合いも長いんじゃない?」
「そうね・・・」
ユイは手に持ったみかんを見ながら昔の事に思いをはせる。
たしかにシンジの言う通りゼーレに所属していた当時からあの老人達との付き合いはあった。
しかし10年前の話だ。
ユイにとって昨日の事であっても彼らにとって心変わりするのには十分すぎる時間だろう。
「あの人は・・・私の知っているキール議長は理想論者だったわ・・・」
「理想論者?」
「性善論の・・・人間の本質は善であると・・・潔癖症な人だったのよ。」
「なんかその後は分かりやすいな・・・」
おそらくキールは絶望したのだろう。
どういう経緯をたどったか知らないが人間は彼の理想と相容れなかった。
憎み、嫉妬、怒り、欺瞞・・・とにかく人間には問題が多い。
この世界は矛盾で出来ている。
法律には落とし穴が、契約には抜け道が、約束には嘘が・・・何もかもが絡まりねじれてまっすぐに完璧なものなどひとつもない。
そんな中において強烈過ぎる個性や理想は周囲との軋轢を生む。
「そう言えばキールさんは最後まで価値感や人間関係の差を取り除くと言っていた。」
「彼にとってそれが全ての基本だったんだろう・・・社会不適合者と言ってしまえばそれまでだが・・・要するに頑固すぎたのさ」
「ブギーさん、そんな根も葉もない・・・」
ブギーポップは何時も歯に衣着せない物言いだ。
しかし正論でもある。
理想に裏切られる事など誰にでもあることだ。
いちいち騒いでいてもきりがない。
しかし、キールはその理想を捨てられず、そして理想を理想で終わらせない力と知識があった。
ゼーレの経済力と死海文書だ。
それゆえにここに行きついた。
純粋すぎた男と純粋過ぎる理想・・・
「それがこの結果か・・・」
「彼らはある意味で英雄だな、世界は混沌としていて矛盾だらけだ理不尽な理由、理不尽な人間、理不尽な社会・・・それを正す可能性のある手段が手元にあって・・・それを実行する力が彼らにはあった。・・・何もしないよりははるかにいい事だとは思うよ。・・・しかし・・・」
ブギーポップの言葉にシンジは考え込む。
気になるのはあの巨人の最後・・・
「・・・ブギーさん?」
「なんだい?」
「何であの巨人は最後に笑っていたんでしょうか?」
シンジが最後に見た光景、その中の巨人は笑っていた。
健やかに安らぎに満ちた笑み・・・そう感じたのはシンジ達の勝手な主観だろうか?
あの巨人がキールとは違うとすればあの笑みの意味は?
悩むシンジを見るブギーポップの顔に左右非対称の笑みが浮かぶ。
「さあね、自動的な僕には分からないよ、でもあの巨人の心がどうあれ、やろうとしていた事は間違いなく世界の危機だ。彼が英雄だろうが大量殺人犯だろうが関係ないね」
それは傲慢だが純粋だった。
ひとつも無駄なくただそれだけのために存在するブギーポップ・・・彼はこの世界の抱える矛盾そのものかあるいは唯一絶対の真理の体現か・・・
「・・・所でシンジ君?」
「はい?」
気がつけばブギーポップがじっとシンジを見ていた。
「君はどうなんだ?」
「ぼくですか?」
「覚えているかい?前にもぼくは君に同じ質問をした。
以前、ブギーポップはシンジに英雄になりたいか王になりたいか、それとも神になりたいかと聞いた。
これはその再現・・・
「もう一度君のこたえを聞かせてほしい。」
「・・・ぼくは・・・神や王や英雄になりたいとは思いませんよ。」
「だったら何になりたいんだ?」
「そうですね・・・」
シンジの脳裏に以前ブギーポップから同じ質問をされたときのことが思い出された。
今ならあのときどんな答えを返したのかはっきり思い出せる。
思わず口元が緩んだ。
「願わくば死神のパートナーになりたいですね」
ユイとリリスはシンジの答えに呆気に取られているがブギーポップはシンジの答えに微笑を浮かべている。
それはシンジとブギーポップが最初に出会った運命の夜に浮かべていたあの微笑・・・それを見たユイとリリスはさらに意表をつかれた。
シンジも同じような微笑をブギーポップに向けている。
「・・・そうか、君の答えは変わらないか・・・物好きなんだな相変わらず。」
「不器用ですから・・・」
「それが君の望みだろう?不器用であることすらも?」
「はい。」
「だったら君以外がそれをどうこう言う権利は無いさ、その権利があるのは君だけだ。それより・・・」
ブギーポップはリリスに向き直る。
「そっちはこれからどうするつもりだい?」
「私か?」
「それに碇ユイも・・・」
二人はいきなり自分の事に話が向いたので面食らっている。
いちはやく現実に戻ってきたユイが口を開く。
「しばらくは無理でしょうね・・・良くも悪くもゼーレはこの世界に根を下ろしていた大樹・・・それがいきなり消えてしまっては世界そのものが混乱するのは間違いないわ、そんな中でエヴァの存在はシンジ達に必要になると思うの・・・」
「って事は世界がある程度静かになるまでは外に出てくる気は無いって事かい?」
「そうなるわね・・・・シンジが時々ここに来てくれれば私はそれで十分・・・」
「母さん・・・」
ユイはシンジにうなずいた。
残念だが今すぐに初号機から出るわけには行かない。
今までろくに子供たちを守れなかった自分だが初号機という力によってシンジたちを守りたい。
それがユイの願いだ
「なるほど、碇ユイの意思は分かった。君の方はどうするつもりだ?」
ブギーポップはリリスに話しかけた。
それに対してリリスは肩をすくめる。
「いまさらアダムもないと思うが?」
「たしかにね・・・」
アダムの体はカヲルに、魂は月にある。
初号機の巨体で向かうのは無理だ。
どんなに小さく折りたたんでもスペースシャトルには乗れない。
「外にいる渚カヲルと融合すると言う手もあると思うが?彼・・・いや、彼女は臨時のアダムだと言うことだったし」
「たしかにそれも一つのみちではあるがやはりオリジナルでは無いしな、君が連れていってくれるのならありがたいんだが?」
「無理だね」
「だとおもった。まあ、それはそれでいろいろとやりようはある。」
言葉とは裏腹にリリスは何か含みのある笑みを浮かべている。
気がつけばユイも同じような笑みを浮かべていた。
なにか二人の間で申し合わせたことがあるようだ。
「よくわからないが好きにするといい。」
ブギーポップがいきなり席を立った。
その顔にはいつもの皮肉げな笑いが浮かんでいる。
「行くんですか?」
「ああ、世界の危機は回避されたし、ここにいる理由は無いよ。」
「そうですね・・・」
「本来、僕のような存在が浮き上がってこない方がいいんだけどね・・・」
ブギーポップがシンジのなかに浮き上がってくるとき、それはこの世界の危機が迫っていると言うことと同義だ。
それはシンジとその周りに危険が迫っていると言うことでもある。
「・・・長かったですね」
「ああ・・・・」
この一年余りブギーポップはずっとシンジと共にあった。
世界の敵を相手にするためとは言えこれほど長い間ブギーポップと共にあった事は無かった。
全てが終わった今、ブギーポップが沈むのは当然の事で・・・寂しさはある。
「さようならというのもなんだかね、どうせすぐにまた浮かび上がってくる事になるだろうし・・・」
ブギーポップの言葉にシンジが苦笑する。
彼の言う通り、シンジの中にブギーポップが浮かび上がってくるのはそう遠い先の話じゃあるまい。
自分達のいるこの世界は見た目ほど頑丈ではなく、砂の城に近い。
気を抜けば世界の敵と言う波にさらわれてしまう。
世界の敵は何処にでもいるし、世界の危機はそれこそ寄せては返す波のように途切れる事がない。
だからブギーポップのような存在がある。
「それならぼくもそろそろ・・・」
シンジもコタツから足を抜いて立ち上がる。
「外に戻るのかい?」
「ええ、みんな心配しているでしょうから」
「そうだね」
「シンジ?」
呼び止められたシンジが振り向いた。
声の主はユイだ。
なにか真剣な顔をしているので重要な話をするつもりだろう。
シンジは姿勢を正した。
「・・・ゲンドウさんの事については私に任せてもらえないかしら?」
「司・・・いや、父さんの事を?」
「・・・むりはしないでいいのよ。私に遠慮してお父さんと呼ぶ必要はないわ」
シンジに話かけるユイの顔は沈んでいた。
いまさらこんな事を頼める義理ではないのも分かっている。
しかしだからこそ・・・
「シンジ・・・お願い。」
「母さん?」
正直なところシンジ自身はそんなにゲンドウを恨んでいるわけではない。
許せないのは自分がやっている事を分かっていたことだ。
知らなかった、わからなかったではすまない事ではあるがそれだけに知っててそれを実行したゲンドウの罪は重い。
だからこそシンジはこのままうやむやにする気はなかった。
やはりけじめは必要だ。
そしてユイはそんなゲンドウが道を踏みはずす決定的な引き金を引いた人物だ。
ゲンドウを裁くのにもっともふさわしいかもしれない。
「・・・・・・・・母さんに全て任せるよ。」
「ごめんねシンジ、今すぐに戻ることは出来ないけど・・・その間あの人の事・・・お願い出来る?」
「わかった。でも・・・」
「ええ・・・あの人にはきっちり償いをさせるつもりよ・・・」
ユイはっそう言うとニヤリと笑った・・・ニコリではなくニヤリだ。
ゲンドウのニヤリ笑いよりもさらに何か邪悪なものを感じる。
(・・・やっぱり、夫婦だな・・・)
ユイがゲンドウをどうするつもりか知らないがあるいはシンジが一思いにやってしまったほうがゲンドウにとっても良かったんじゃないかと言う考えが浮かぶ。
だがもはや後の祭り・・・もはやこの件にはシンジは関わらないと決めた。
「それじゃあ母さん・・・」
「ええ・・・またね」
「うん・・・」
シンジはブギーポップと並んで部屋を出る。
その背中にリリスから言葉が届いた。
「またね、お兄ちゃん」
「え?」
思わずシンジは振り返るが間に合わず。
シンジとブギーポップは光に飲まれて世界がホワイトアウトした。
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10年後〜
「・・・・・・なんなんだかな・・・」
寝起きのシンジは寝惚け眼でさっきまで見ていた夢を思い出す。
所々不鮮明だが大体の部分は覚えている。
「・・・えらく懐かしい夢だった。」
とりあえず感想はそんな感じだ。
「考えてみればあの時から知っていたのか・・・はめられた気がする。」
ぼやきながら布団を出ると寝巻きのままに部屋を出てリビングに向かった。
今日の朝食は自分の担当じゃないのでゆっくり出来る。
リビングに着くと台所のほうから包丁の音が聞こえてきた。
「おはようおとうさん」
「おっと」
シンジはいきなり自分の胸の中に飛び込んできたものを受け止める。
それは小さな女の子・・・
「おはよう、アイ」
腕の中にいるこの子はシンジと”彼女”の娘、今年で三歳になる。
今が一番かわいい盛りでおもわず娘を見るシンジの顔が緩む。
アイのやさしげな目元はシンジそっくりだ。
・・・ここだけの話、ゲンドウに似なくて本当によかったと思っている。
しかし、髪の色や瞳の色、全体的な印象はシンジではなく彼女譲りだ。
シンジの中で10年前の彼女の面影が娘に重なる。
命を賭ける戦いの中でも共にあった少女・・・
どたばたしたにぎやかな日々においてもともにあった少女・・・
そして今も彼女はシンジのそばにいる。
セピア色の温かい、それでもにぎやかな思い出にシンジの顔に笑みが浮かんだ。
「どうかしたのお父さん?」
「うん、ちょっと昔の夢を見たんだ。」
「昔の夢?」
アイは遠くを見るようなシンジの姿を不思議そうに見ている。
それに気がついたシンジがアイを抱き上げながら笑ってうなずいた。
「お母さんも出てきたよ。」
「ママも?どんな夢だったの?」
「一言じゃあ説明できないな・・・とっても長いお話なんだ。」
「どうかしたの?」
シンジとアイが話していると台所から彼女が顔を出した。
二人を見て笑っている。
娘を見る瞳はどこまでもやさしい。
「ママ〜」
アイがシンジの腕から飛び降りて彼女に駆け寄っていく。
この10年・・・夢の中の少女は女性に成長し、今では母親となっていた。
アイが彼女のスカートにじゃれ付く。
「お父さんが夢を見たんだって〜」
「夢?」
「ママも出てきたって〜」
娘の言うことの意味が分からず、彼女はシンジにどういうことかと聞いてくる。
自分を見る困ったような彼女の瞳にシンジは苦笑した。
「おはよう・・・」
シンジはクスリと笑って最愛の女性(ひと)の名前を呼んだ。
これは少年と死神の物語
To be continued...
(2007.09.22 初版)
(2008.01.19 改訂一版)
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