汝、侮るなかれ
其は悠久の時を越えて存在するものなり。

汝、忘れるなかれ
其は人とともにあるものなり。

汝、油断するなかれ
其はあらゆる災厄のもとなり。

汝を蝕むその名は・・・







天使と死神と福音と

終之章 外伝 〔わりと身近にある危機・・・いろいろな意味で〕

presented by 睦月様







「風邪ね」

ユイが体温計を見ながら断言した。
ベットにはいつもより赤い顔をしたシンジが寝ている。
完全に風邪の症状だ。

「38度2分」
「ふ、不覚・・・」
「不覚もないもんでしょう。誰だって風邪くらいひくわよ。学校にはお休みするように電話をしておくから今日一日ゆっくりしていなさい。」
「ごめんね母さん」
「何言っているのかしらこの子は、子供が親に頼るのは当然でしょう?」

ユイは苦笑してシンジの額に手を当てる。
・・・やはり熱い。

いくらシンジでも人間だ。
体調が悪いときくらいはあるだろう。
ないほうがおかしい。

「でも、確か母さん、今日・・・重要な会議があるはずじゃ・・・急いで家を出ないと遅刻しちゃうよ?」

いまやネルフの重鎮になったユイは科学者としてもネルフ代表としても忙しい。
ゲンドウのあのいかつい顔より万人受けするし、美人が相手だと話がさくさく進むので会議などに大抵呼ばれる。

自分の事より母のことを心配してくれる息子にユイは込みあがってくるものを感じた。

「まだ時間はあるわよ。病人は自分のことだけ考えていればいいの。」

そういってユイは電話をかけにいく。
シンジを振り返らなかったのは涙を見られたくなかったからかもしれない。

その後姿を見送りながら、シンジは同時に温かいものをユイの背中に感じた。

「ふう・・・」

シンジが風邪をひいたのは何もこれが初めてではない。

以前、シンジが風邪をひいたときはまだ叔父である先生の家だった。
庭に建てられたプレハブの中で一人で風邪を治したのを覚えている。

あのときの孤独感に比べれば今の状況はどうだろうか?

自分を心配してくれる人がいる。
それだけで・・・一人じゃないという事実だけでシンジは安堵を覚えた。

母親であるユイに仕事に行かずにそばにいてほしいと思ったのは風邪で情緒が不安定なせいだろうか?
シンジはそんなことを考えながら眠りに落ちた。

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第三新東京市内のとある高校の一教室・・・
本来ならば学問に励む為の学び舎の一室はとてもじゃないが学問の為の空気じゃなかった。

その教室内の雰囲気を一言で言うと・・・戦場・・・それも決戦前の一触即発の緊張感だ。

ぴりぴりを通り越したその先・・・ぎりぎりと空気がねじれるような錯覚に生徒達が身動きすら出来ないでいる。

「そのころ私は利根川に〜」

この空気の中で平然としているのは教師である老教師(なぜかシンジたちの進学と一緒に高校に転勤になった。)とこの空気を作り出している”少女達”・・・そう、この状況を作り出しているのは片手の指の数で足りるほどの”少女達”なのだ。
そして彼女達が思うことは一つ、この授業が終わった瞬間に戦闘が開始されるということ。
すでに全員が臨戦体制に入っている。

「「「「・・・・・・」」」」

少女達が睨むのは教室備え付けの時計
親の仇を見るような瞳の先で、教室に備え付けの時計が時を刻んでいく
それはまるでF1のスタートシグナルのようだ。

キ〜ン・コ〜ン


「おや、では今日は・・・」

教師が授業終了を宣言するより早く”疾風”が通り過ぎる。
同時に教室に充満していた緊張感が解除された。

「・・・はて?今風が吹きましたか?」

マジで何も気づいていなかった老教師に教室中から呆れのこもった視線が集中した。
同時に緊張から解き放たれた教室の空気が一気に弛緩する。

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廊下は走ってはいけないというのはどこの学校だろうと共通した校則だろう。
しかし今その校則を無視した上に速度制限すらぶち抜く猛者達がいた。

先頭に立つ少女の名は綾波レイ
【Power of good harvest】(豊穣なる力)によって人類の限界を大きく超えた強化を自分の体に向けて使っている。
やはり基本的な体力勝負の部分ではレイに付いて行ける者はいない。

「シンジ君・・・あなたは私が守る。」


脳内妄想レイバージョン



「シンジ君、おかゆ出来たわ・・・」
「ごめんね、レイ」

ベットから起き上がる風邪をひいたシンジ

「はい、あ〜ん」
「レ、レイ・・・」

レイはふうふうして冷ましたおかゆをシンジに差し出す。
恥ずかしがったシンジだが自分は病人と言うことでレイに言われたとおり口を開く。

「ん・・・おいしい・・・」
「本当、シンジ君?」
「うん、レイの料理、美味くなったよね」
「シンジ君のおかげ・・・」

レイがはにかみながらうつむいてしまった。
そんなに恥ずかしいならしなければいいのに・・・いつの間にかシンジとレイの間で甘い空気が発生している。

しかも、ここには二人以外誰もいない。
何の遠慮の必要があるだろうか?

「あ、シンジ君」
「なに?」
「お弁当・・・」

レイはシンジのほっぺたについていたご飯粒を口でとる。
どさくさにまぎれてシンジのほほにキスをした。

「レイ、ありがとう」
「シンジ君・・・」

シンジが感謝の言葉と共に再びレイの頭をなでる。
なでられているほうのレイも不快ではないらしく、子犬のようにされるがままで気持ちよさそうだ。



脳内妄想終了


「・・・問題ないわ」

問題ないというならポーっとして夢を見ている視線をまずどうにかするべきだろう。

前を見ているはずなのに視線が曖昧だ。
その瞳はどうも別の何かを見ているらしい・・・おそらく、いや、確実にシンジを看病するイメージにはまっているのだろう。

今のレイの速度なら人を跳ね飛ばして人身事故を起こすことも可能・・・そんな状態で前ではなく妄想の世界を見ている状況はかなり危険ではないだろうか?

しかし、妄想の海にどっぷり沈んだ状態でもレイのスピードは微塵も衰えない。
顔に笑みを貼り付けたまま第一コーナー(階下に降りる為の階段に通じる曲がり角)に差し掛かる。
レイがトップで曲がった瞬間・・・

「え?きゃ!!」


おもわずレイの足が止まった。

そこにあったのは初号機の顔、しかも原寸大・・・通せんぼをするように通路を完全に占拠していた。
いつも思うが初号機の顔は凶悪だ。
いきなりこんな代物が目の前に現れれば心臓の弱いものなら心停止におちいるだろう。

「し、初号機が何で・・」
「へへ〜ん、おっ先〜」

唖然とするレイの横をアスカが通り過ぎた。
そのまま初号機に突っ込んでいくが、ぶつかると思ったアスカの体はそのまま初号機の中に沈んでいく

「アスカ?それじゃあこれは!!」

アスカが見えなくなると同時に初号機の顔が消える。
【Tutelary of gold】(黄金の守護者)だ。

レイは忘れていた・・・普段使うことはないが【Tutelary of gold】(黄金の守護者)は一分の一サイズで初号機を映し出すことが出来る。
この大きさでは密度が足りずに物理的に影響は与えられないがレイの足止めには十分

まだ教室から生徒が出てきていないといっても大胆なことをするものだ。

「やるわね・・・アスカ・・・」

レイは悔しそうに唇を噛むと即座に追撃に移った。

「よっし!!」

レイを出し抜いたアスカは小さくガッツポーズをとる。
今現在のトップはアスカだ。

「このまま行けば・・・」

脳内妄想アスカバージョン

「シンジ〜おかゆ作ってきたわよ〜」
「あ、ごめんねアスカ・・・」

シンジがベットから起き上がる。
やはり風邪の影響だろう、いつものシンジと比べて弱弱しい。

「まったく、早く治しなさいよね、あんたがそんなんじゃ調子狂うったらありゃしない。」
「はは、アスカは厳しいな〜」
「べ、別にあんただけの為じゃないんだからね・・・早くよくなってくれなきゃ困るんだから・・・」
「え?アスカ?」

アスカ、ツンデレ属性修正発動
ツン属性、デレ属性に移行
パターン赤面

「な、なんでもないわよ・・・あ、きゃあ!!」
「アスカ!?」

微妙にシンジから目をそらしていた為にアスカが足元にあった本に躓く。
そのままダイブ・イン・トゥ・シンジ
受け止めたシンジの腕の中にお姫様抱っこ状態でシンジに抱きとめられる。
シンジの黒い瞳とアスカの青い瞳が真正面から向かい合った。

「あ、ありがとうシンジ・・・」
「う、うん・・・ごめんねアスカ、部屋散らかしっぱなしで・・・」
「いいの・・・」

おかげでこんな美味しい状況なのだから散らかった部屋万歳だ。

「アスカ?」
「シ、シンジ?」

シンジを見ようと顔を上げたアスカ、アスカを見下ろしていたシンジ・・・

二人の顔は近づいて行く・・・お互いの唇が・・・

脳内妄想終了

「いい、いいわ・・・」

何がいいのだろう?
まるで少女コミック並みの甘ったるい妄想・・・現実問題、彼女の妄想内のシチュエーションなど狙ってやらなければ成立しないだろう。
もしやそれを狙っているのか?
狙ってやるつもりなのか?

・・・侮れない

夢の見すぎだと思うが、とりあえずアスカの顔は恋する乙女のものだ。

「アスカ!!」

背後から来た鋭い声にアスカの意識が現実に戻ってきた

「くっ!!さすがレイ・・・基本性能ではあっちが上か・・・でも私は負けらんないのよ!!」

しかし現実とは無常なものだ。
二人の差は急速に縮まる。

靴箱にほぼ同時に到着した二人は上履きから靴に履き替えて外に向けてダッシュをかけた。

ドン!!
「「むきゅ!!」」

二人同時に不可視の何かに正面衝突して転んだ。
かわいい悲鳴と共に倒れた二人は混乱して目を回している。

「ふふ・・・御免あそばせ〜」

目を回している二人の横を悠然と通り過ぎるのはオレンジ色の髪を揺らすショートカットの女の子・・・校門にむけて走るマナの顔には満面の笑みがある。

「だ〜いせいこ〜う」

狙いが大当たりしてご満悦だ。
レイとアスカが正面衝突したもの・・・それは校庭に出るための扉だった。
本当は閉まっていたのだがそれを【Spectacle of fantasy】(幻想の光景)で開いているように見せていた。

それに気づかずアスカとレイは思いっきり突っ込んでしまったのだ。

本来なら危ない行為だがあの二人の頑丈さは良く知っている。
問題はあるまい。

「これでシンジ君とゆっくりスィートタイムを満喫できる〜」

脳内妄想マナバージョン

「シンジく〜ん、おかゆ出来たよ〜」
「ありがとうマナ・・・」

ベットから身を起こすシンジ・・・対するマナは・・・

「あ!!」

ちょっとわざとらしい感じに足を躓かせた。
同時に手に持っていたおかゆの鍋が放物線を描いて飛ぶ。

「あっちい!!」

見事シンジの胸の部分に命中・・・狙い道理で緩むほほをマナが引き締める。

「ご、ごめんなさいシンジ君!!」

マナはあわててシンジに駆け寄るとパジャマを脱がしにかかる。

「あ、ちょっとマナ!!」
「火傷しちゃうわ!!」
「で、でも・・・え?ちょっと待った!!ズボンまで!?」
「早く脱がなきゃ!!」

脳内妄想終了

「シンジ君の胸板、シンジ君の二の腕そしてシンジ君の・・・くふふふ」

14歳の少女が浮かべる笑顔としてそれはどうだろう?な感じの笑顔を浮かべたままマナは走る。
さすが戦自にいただけの事はあった。
並みの中学生なら男女問わず今のマナには追いつけないだろう。

「このまま・・・な!!」

勝者の笑みを浮かべていたマナの表情が凍りつく。
視界の先に見知った後姿があった。

背後を振り返ったその顔はやはりカヲル

「何でそんな先に、早すぎる!!」
「悪いけどシンジ君が呼んでいる。」
「呼んでない!!大体どうやって!?」
「教室の窓から飛び降りたに決まっているじゃないか」

つまり他の三人が律儀に校舎内を走っていた時、カヲルはさっさと窓を開けて飛び降りたということらしい。
なんと言う無茶を・・・今のカヲルは女生徒の制服を着ているのだからいろいろ見えてしまうではないか・・・主にスカートの中身とか・・・

「僕にとっては等価値なんだ。」

意味不明だ。
突っ込む気も起きない。

この文字通りの人外はそのくらい平気でやるだろう。
非常識を固めたような使徒少女はわりと単純で目的に向かって暴走する部分がある。

しかしこのまま好きにさせるのも癪なので・・・

「でもそれじゃ土足でしょうが!!上履きから靴に履き替えないなんて校則違反よ!!」
「土足じゃないさ」
「あう!!」

よく見ればカヲルの足は地面からほんのわずかに浮いていた。
確かにこれなら土足ではないし、この程度では近づいて見ない限り浮いていることには気がつかないだろう。

しかもカヲルはその状態でスケートのように滑っていく。

「ズルイ!!」
「勝てば官軍さ!!」

マナの声を背後に聞きながらカヲルは速度を上げた。

「シンジ君、僕は君の看病をするためにいたのかもしれない。」

カヲルの中でいろいろとぶっ飛んだ思考が暴走中のようだ。

脳内妄想渚カヲルバージョン

「シンジ君、おかゆが出来たよ」
「ありがとうカヲル君」

布団から上半身を起こすシンジ
カヲルからおかゆを受け取ると息を吹きかけて冷ましながら口に運ぶ。

「ごめんねカヲル君、迷惑をかけちゃって」
「気にしなくて良いよシンジ君」
「普通は風邪なんてひかないんだけど・・・」

風邪をひいているためにシンジの顔が赤い。
少しけだるげなその表情は贔屓目なしに紅顔の美少年だ。

「君はガラスのように繊細だね」
「そんな・・・」
「シンジ君?」

カヲルの顔がシンジの目の前に近づく。

「昨日本で読んだんだ・・・風邪の治し方・・・」
「風邪の治し方?」

シンジは意味が分からず不思議そうな顔だ。
それを見たカヲルの顔にはいつものアルカイックスマイルが浮かんでいる。

「風邪は人に移すと治るらしいね?」
「そうは言われているけど・・・」
「しかもキスをするとうつりやすいらしい。」
「え?」

シンジの脳内がカヲルの言葉の意味の租借する。
いつも思考の早い彼らしくないが余りに間を省略して結論に直結した話と熱に思考がまともに働いていないのだろう。

「そ、それってカヲル君!?」
「他の皆にはキスをしたそうじゃないか?僕だけ除け者かい?」
「あ、あれは全部不可抗力で!!」

どんどんA・A・フィールド(絶対アダルトフィールド)が形成されていく。
その能力はただひとつ・・・お子ちゃまお断り、18歳未満禁止である。

「今の僕は女だし・・・問題ない、だろ?シンジ君?」
「で、でも・・・風邪がうつっちゃうよ?」
「僕は気にしないさ、むしろ望むところ・・カモンって事さ」

シンジの視界一杯にカヲルの顔が迫って・・・

脳内妄想終了

「キスは良いね〜リリンの生み出した最高のコミュニケーションだよ。」

カヲルは笑っていた・・・いつものアルカイックスマイルではなく何と言うか・・・時代劇の悪代官のような笑み?
ゲンドウのニヤリ笑い並だ。

どうやら天の使いも人の世にまみれてしまったらしい。
堕天使ということになるのだろうが今のカヲルには望むところだろう。

・・・っていうか欲望一直線な姿はちょっとどころかものすごく怖い、マジで・・・

「「待ちなさい!!」」
「ちっ!」

背後からの怒声にカヲルが横目で振り向く。
そこには怒りの表情を浮かべたレイとアスカ・・・どうやら復活してきたらしい。
そして二人にちょっと後れてマナがついてきている。

レイとアスカの額が赤いのは扉に衝突した為だろう。
かなりの勢いだったはずだがこの程度で済んでいるところを見るとやはり二人が尋常じゃない防御力なのか乙女パワーのなせるわざか・・・

その後ろからついてくるマナに視線を向けるとその瞳には今にもこぼれそうな涙がたまっている。
原因は間違いなく頭についている二つのタンコブだろう・・・あれは痛そうだ。
犯人はレイとアスカに間違いない。

「アンタ何かとんでもないことするつもりでしょう!?」
「失礼な・・・何を想像しているんだい、惣流さん?僕はシンジ君の看病を・・・無茶はしないさ」
「信じられるか!看病だけですまないでしょうが!!アンタの場合!!!」

・・・鋭い。
秘められた第六感でも働いたのだろうか?
それとも似たようなことを考えていたもの同士のシンパシーだろうか?

さすがのシンジも体調不良の状態ではこの暴走少女達にはかなわないかもしれない。

「・・・シンジ君とは一時的接触を済ませているからね、二次的接触を試みるつもりさ。」
「二次的接触?」
「ふ・・・」

カヲルは遠い視線で前を見る。

「既成事実って事さ」
「「「させるか!!!」」」

レイ、アスカ、マナの声が唱和する。
同時に三人のスピードが上がった。

さすがに街中に出てまでおおっぴらに能力を使うわけには行かない・・・それくらいの理性は残っている。
しかし・・・そういう人目を気にしないで発動できるタイプの能力のレイやぎりぎり地面から浮き上がる感じで飛んでいるカヲルの二人に比べて・・・アスカとマナも遅れていない。
二人の能力は身体能力には影響が出ないはずだが・・・意地が肉体の限界を超えたというのだろうか?

乙女達の意地をかけたデットヒートが続く。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・結論として、ゴールであるマンションには4人の少女達がほぼ同時に到着した。

それぞれの持てる力を駆使してマンションを駆け抜け、鍵を開けて向かうはシンジの部屋

「「「「シンジ君、シンジ!!!!」」」」


四人は”同時に扉を開け放つ”・・・その先には・・・

「「「「あれ?」」」」

四人が見たのは見慣れた光景だった。
さもありなん、扉を抜けたそこは自分の部屋だもの

「「「「な、なぜ?」」」」

全員の思考は一致していた。
シンジの部屋のつもりで開け放ったそこはなぜか自分の部屋・・・
ここは違いなくシンジの部屋のはず・・・そこまで思考した四人ははっと気がつく。

「「「「マユミ(さん)!!!!」」」」

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四人の少女達がそれぞれ自分の部屋で絶叫していたのと同じ時間
シンジの家の玄関に立つ少女一人・・・山岸さん家のマユミちゃんだ。

その顔は勝利者よろしく満面の笑みがある。

「ごめんなさい皆さん・・・だって正攻法じゃまず勝てないですから・・・偉い人にはそれがわからないんです。」

多少罪悪感はある。
マユミはシンジ争奪レースが始まる以前にすでに行動していた。
体力勝負になれば文学少女であるところのマユミには勝ち目がない。

だからちょっとだけずるをした。
シンジの部屋の場所を自分の部屋と間違うように記憶を書き換えたのだ。

「能力の差が戦力の決定的な差じゃないって事です。」

赤い流れ星の人みたいなことを言うマユミは間違いなくこのレースの勝利者だ。
他の皆はどんなに急いでも間に合わない。

「これで・・・」

マユミの顔が恍惚となる。


脳内妄想マユミバージョン


「シンジ君、おかゆも良いですけど風邪をひいたときには運動して汗をかくのが一番です。」
「あ、汗?どうやって?」
「分かりませんか?」

マユミはベットのシンジにしなだれかかる。
なぜか妖艶な笑顔を浮かべていたりして色っぽい。

「マ、マユミさん?」
「女の子に恥を欠かせないでくださいね・・・」


自主規制発動(エッチなのはいけません!!)

脳内妄想強制終了



・・・さすが文学少女のマユミ・・・その知識量は他の追随を許さない。
どうやらその妄想も人一倍のようだ。

問答無用で世界の修正力(18の制限)が働いた。
恐るべし・・・山岸マユミ・・・

「シンジ君って・・・かわいいんですね〜」

シンジの一体何がかわいいのだろう?
桃色の空気を周囲に発散しながら身をくねらせる姿は異様だ。

「さあ、いざ!昨日までの奥手な私よさようなら!!大人の階段を上がった私達よこんにちわ!!!」

ここにアスカ達がいればどこが奥手だと突込みが入るだろうが残念ながら誰もいない。
しかも後半は”私達”と複数形だ。

そのままマユミは扉を開けるために自分のIDをスリットに通そうとして・・・

プシュー
「・・・何しているの?山岸さん?」
「え?」

それより早く扉が開いた。
家の中から自分を見返してくるのはシンジの母親・・・碇ユイ

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結局・・・[第一回、風邪をひいたシンジを看病していい雰囲気になろう。負けた人は口出し手出し姿を見せるのも禁止レース]というあまりにもそのままなネーミングの乙女達の競争という名の暴走はシンジの看病で家にいたユイのために勝者なしで決着した。
あえて勝者を出すとすれば最初から家でシンジの看病をしていたユイだろう。

激戦を終えた少女達は今、碇邸の居間でひとつのテーブルを囲んでいる。

「「「「「な、何でこんなことに・・・」」」」」

あれだけ必死になって走ってもまったく無駄だった。
熱気が急速に冷えて後に残るのは疲労だけ・・・無償にやるせない・・・5人の視線が台所にいるユイの背中に注がれる。
ついで漏れるのは盛大なため息。

さすがにシンジの母親であり、将来姑(おい・・・)になるかもしれない人の前で無茶を現実に実行する根性はない。

「おまたせ、レモネードよ。」

ユイがトレイに乗せて持ってきたのは冷えたレモネードだった。
ちゃんと5人分ある。

「どうぞ召し上がれ」
「「「「「いただきます。」」」」」

冷えたレモネードが火照った体に沁み込んでいく。
とても心地よい。
この味を味わうためにあれだけ走ったのだと考えれば少しは救われた気にもなれそうだ。

「・・・お母さん?」
「何?レイちゃん?」

レイの保護者はユイだ。
完全に赤の他人というわけでもないのとレイには母親となる存在がいないということで自分の事を母と呼んでくれとユイの方からお願いした。
最初は戸惑ったレイだが、今は自然にユイの事を母と呼んでいる。

「・・・確か今日は大事な会議があったはず・・・」
「シンジと同じことを言うのね・・・」

ユイは苦笑してシンジの部屋を見た。
さっき風邪薬を飲ませたから今頃は眠っているかもしれない。

「確かに今日は大事な会議があったわ・・・」
「それならどうして?」
「それはね・・・」

いたずらがばれちゃったという感じにユイは笑って舌を出す。

「サボっちゃった。」
「「「「「え!?」」」」」

あまりにも軽い感じのユイに疑問の声が出る。
ユイの立場では簡単なことではないはず。
少なくともこんな軽い調子で言っていいことではないはずだ。

「い、いいんですか?」
「大丈夫よ、必要なことはキョウコにお願いしたし、実務的な部分は冬月先生達にお願いしたから・・・それに今日は・・・今日だけは・・・」

ユイの表情に憂いが混じる。

「あの子のそばにいてあげたかったの」
「それってシンジのことですか?」
「ええ・・・」

アスカの疑問にユイははかなげな笑みを浮かべた。
それを見た5人の少女達の心がチクンと痛む。

「シンジが本当につらいとき、大変なときに母親である私はそばにいてあげられなかった。本当なら母親なんて名乗れないくらいに・・・親失格な私をシンジは母と呼んでくれる。・・・それがどれだけ嬉しいことか・・・」

少女達は何も言わない。
だがこれだけは分かる。
ユイは後悔しているのだ。

シンジを一人にしてしまったことに・・・そばにいてやれなかったことに・・・

「貴女達も親になれば分かる。この愛おしい気持ちが・・・」

少女達は何も言えなくなった。
それほどに目の前のユイは母だった。

女の最終形が母だとするなら、自分達は絶対かなわないだろう・・・この女性に・・・この世で誰よりもシンジを愛しているのは間違いなくユイだ。

「ところで・・・貴女達、帰ってくるのが早かったわね?」
「「「「「え?」」」」」
「ひょっとしてシンちゃんの寝込みを襲いに来たんだったりして・・・」

5人の体が同時に跳ねた。
それを見たユイがさっきまでの慈母のような笑みから一変、面白いものを見つけたという感じの笑みに変わる。

「もしかして図星?」
「「「「「ま、まさか〜」」」」」
「ふ〜ん」

分かりやすくうろたえる子供たちを見るユイの笑みがさらに深くなる。
小悪魔モードが発動したらしい。
それに気がついた少女達が緊張した。

「まあ良いでしょう。別に追求したかったわけじゃないし」

ユイの言葉に全員が安堵のため息と共に胸をなでおろした。

「ところで、せっかく皆が集まったのだから都合が良いわ」
「「「「「はい?」」」」」
「やっぱりシンちゃんを好きな子達には見せておいたほうがいいし、通過儀礼よね〜」

ユイは自分の部屋に向かった。
戻ってきたときにはその腕の中に数冊のアルバム

「なんですかそれ?」
「アルバムよ。このまえやっと見つけたの〜」
「誰の?」
「シンちゃんの」

ガタ!!

5人がおもわず腰を浮かす。

「見たい?」
「「「「「え?」」」」」
「私が知っているのはシンちゃんの3歳バージョンまでだけど」

昔のシンジ・・・5歳児のシンジ・・・ちいさな子供のシンジ・・・きっとかわいかっただろう。
少女達の思考がシンクロする。

(((((ぜひとも!是が非でも見たい!!)))))

5人の内心を正確に見抜いているユイの笑みがさらに濃くなる。

「し、シンジ君はどんな子供だったんですか?」
「え?そうね〜かわいかったわよ。親の贔屓目なしに」
「そうなんですか?」
「ええ、昼寝をしているときとかそのぷにぷにしたほっぺを突っついたらぐずるの・・・それがかわいくって」

そのときのことを思い出したのだろう。
うっとりしたユイを見ながら少女達は・・・

(((((シンジ(君)のほっぺをぷにぷに?・・・や、やりたい・・・っていうか絶対やる!!)))))

・・・かなりユイに毒されている。
しかもユイの邪悪な笑みが雄弁に語っていた・・・狙い通り・・・とんでもない母親だ。

いち早くユイの呪縛から復活したのはマナだ。

「で、でも本人の許可もないのにアルバムを見るなんて・・・」
「霧島さん?」

ユイが邪悪な笑みのままでマナに詰め寄る。
マナはユイの発散するプレッシャーに硬直して動くことも出来ない。

「見たくないの?」
「え?」
「シンちゃんのおねしょ姿、シンちゃんのかわいく笑っているところ・・・そしてシンちゃんのお風呂・・・」

それは衝撃だった。
セカンドインパクトを超えるカタストロフ・・・常識や理性のなんともろいことよ。

「・・・人間、素直になるといろいろ楽よ。」
「み、見たいです・・・」
「ん?何か言ったかしら?」
「みたいです!!」

マナが陥落した。
周りを見回せば他の皆も同じような顔をしている。

将来誰がシンジと結婚するか分からないが誰が結婚したとしてもユイには絶対に勝てないだろう・・・いろいろな意味で・・・。

少女達には敵対してはいけない人物としてユイの名前が最上位にインプットされたはずだ。
恐るべしは碇ユイということか・・・

「ふふ・・・もう言葉はいらないわね、ってことで四の五の言わずご開帳〜」
「ちょっとまてや母さん!!」

ドカン!!と間違いなく扉の限界に挑戦する耐久テストの勢いでシンジの部屋の扉が開いた。
その先にいるのは風邪以外の理由で顔を赤くしたシンジ

「なにやってるんだアンタは!!」
「息子自慢に決まっているでしょう?人生の先輩として親になるということの醍醐味をレクチャーしているだけ。もちろんシンちゃんのかわいさを肴に盛り上がるから一石三鳥ね」
「本音と建前すらないのか!!」
「欺瞞は見苦しいだけよ」

シンジはくらっと来た。
この母は息子の人権をなんと考えているんだろうか?

「皆も見たいわよね?」
「「「「「はい!!」」」」」

一糸乱れぬ返事だった。
どうやら味方はいないらしい。

「とにかくここはぼくの家だから家主権限でそのアルバムは没収。」
「え〜」
「え〜じゃない。」
「ぶ〜」
「ぶ〜でもない。」
「シンちゃん横暴〜」

シンジの額に青筋が浮いた。
しかしユイは気がつかない・・・いや、気がついているが気づいていないふりをしているようだ。
ユイの笑みに面白がるような色がにじんでいる。

「シンちゃん?」
「何、母さん?」
「あんまり興奮すると熱が上がっちゃうわよ?」
「誰のせいだよ!!」

シンジが放つ魂の叫びだった。

「聞き入れないなら実力を行使する!!」
「これはシンちゃん子供バージョンを愛でる会の活動に必要なの」
「何だよその会は!!」
「今発足した会で会員はここにいる皆。」

シンジが他の皆に視線を移すと皆そろって視線をそらした。
しかしちらちらとユイの持っているアルバムを見ているところを見ると本心を確かめる必要もないだろう。

「母さん、いい度胸だね?」
「そうかしら?」

そういうとユイはどこからかハリセンを取り出した。
シンジお手製の巨大ハリセン、”ものほしざお”・・・戦うつもりのようだ。
そこまでしてアルバムを死守するつもりか?

「マジで?勝てると思っている?」
「私たちは暴力には屈しないわ」
「「「「「え?」」」」」

少女達がそろって驚きの声を上げる。
ユイは今私たちといった・・・複数形・・・すなわち・・・

「そう・・・みんなも同じ意見なんだ・・・」

シンジがゆらりと幽霊のような感じに脱力する。
しかしアルバムをあきらめたわけではない。
なぜならその握り締めた拳が雄弁に語っていた。

「手加減はいらないよね?返事は聞いていない。」

少女達は天を仰いだ。

シンジが怒っている。
気の短いほうではないシンジが怒っている。
おそらく風邪のせいで理性のたがが緩んでいるのだろう。

しかも全自動的に自分たちはシンジの敵になって対決しなければならないらしい。

「シンジ、大丈夫か?」
「風邪の具合は・・・どうって」

遅れて帰ってきたムサシとケイタが今の状態を見て絶句する。

なぜ風邪で寝込んでいるはずのシンジが歩き回っているのか・・・
なぜシンジがユイを先頭とした女性陣と対峙しているのか・・・
なぜシンジが切れかけているのか・・・

いろいろ思うところはあるが・・・

「シ、シンジ落ち着け!」
「そうだよ!!」


ムサシとケイタの二人がかりでシンジを羽交い絞めにする。

「邪魔しないでよ二人とも!!これは親子のスキンシップなんだから!!」
「だったらそんな殺す笑みなんか浮かべるな!!そばで見ているだけでも怖いぞ!!!」
「シンジ君、何があったか知らないけれど冷静になろう。」
「ははは、ぼくはどこまでも冷静さ!!」
「嘘付け!!お前風邪のせいで思考が働いてないだろう!!」


ムサシ・・・大正解
シンジの暴走は同じくお見舞いに来たトウジとケンスケも含めた四人がかりで止める羽目になった。

そんでもってその夜〜

「シンジの具合はどうだ?」

インターフォンの音にユイが玄関を開けるとそこにいたのはゲンドウだった。

「今は落ち着いていますよ。昼間運動して汗をかいたので明日には全快しているでしょう。」

ユイは落ち着いた雰囲気でなんでもないように応える。
どうやら昼間のあれはすべて計算ずくでのことだったらしい。
さすが東方三賢者の一角・・・風邪で思考が鈍っているとはいえ、あのシンジを手玉に取るとは・・・

「・・・また無茶をしたのか?」

さすが元夫婦、ユイの破天荒な行動を予想たらしい。
なかなか侮れない男だ。

というよりは実体験による経験からの予想だろうか?
よく見ればうっすらと汗をかいているし・・・ゲンドウもユイに振り回された口か・・・どうやら碇姓の男はユイに振り回される運命にあるようだ。

「・・・まあいい・・・」

今回の被害者はシンジだ。
哀れとは思うがこのユイと暮らしていく以上避け得ないことだろう。
これも一つの経験・・・のはずだ。
実際経験者のゲンドウはそう思う・・・決して巻き込まれたくないからではない・・・ということにしておこう。

ゲンドウはため息をつくと手に持っている書類を渡した。
今日の会議の資料だ。
受け取ったユイが中身に目を通す。

「これといって問題はないと思うが、どうだ?」
「そうみたいですね・・・」
「そうか・・・」

短くそういうとゲンドウは背を向けて歩き出す。
それを見たユイがどうしようもないという感じにため息を吐いた。

「シンジには会っていかないんですか?」
「・・・私はお前たちと家族になることを自ら放棄した者だ。それにこれはけじめでもある。そうだろう?碇ユイさん?」
「そうですね、六分儀ゲンドウさん・・・」

ゲンドウとユイはもはや夫婦ではない。
初号機からユイが戻ってきたあとに二人で決めたことだ。

未遂とはいえ息子に犠牲を強いようとした夫、そしてその原因を作ってしまった妻・・・

二人は死ぬまで夫婦という関係にもどることはない。
それがシンジに対して、そのほか大勢の人間に対しての贖罪の一つ・・・最も、この程度で許されることではないだろう。

裁かれることも罵倒されることもない。
だからこそ許されることもない。
許されないと心に刻む・・・だからこそのけじめだ。

「六分儀さん?」

ゲンドウがユイを振り返る。

「私は自分達の事情をシンジに押し付けたくはありません。もうすでに手遅れなくらいに私たちの都合を押し付けてしまいましたから・・・」
「・・・何が言いたい?」
「・・・・・・貴方がもし・・・シンジの関係を修復してシンジが貴方を父と認めれば私はそれに対して文句を言う気はないということです。」
「しかし・・・」

言いよどむゲンドウからユイは視線をそらした。

「勘違いしないでくださいね。たとえシンジがどうあれ・・・それでも、私達が夫婦に戻ることはないし・・・もし妥協すれば私は自分で自分が許せないでしょう。」
「・・・その通りだ。私たちの関係はすでに終わっている。・・・いや終わっていなければならない。元に戻ることなどありえないし、あってはならない。」

ゲンドウもユイと同じ思いのようだ。
夫婦は似るということなのだろうか?
ゲンドウもユイも不器用らしい・・・生きることに対して・・・

「でも、それは私たちの事情でしょう?シンジには関係ない。・・・シンジを見舞ってあげてくれませんか?父親としてでなくても、あの子を心配する人間の一人として・・・」
「む・・・」
「今日のあなたは父親以前にあの子をお見舞いに来たお客さんです。それで良いじゃないですか?」

確かにゲンドウとユイは死ぬまで赤の他人だ。
しかし、だからといってシンジにまで巻き込みたくはないし、何よりゲンドウが哀れだ。
シンジと同居していないゲンドウはこのままでは父としての喜びを知らずに死んでいくことになる。

「わたしは・・・そんなつもりは・・・」
「その手に持ったケーキの箱でばればれです。」
「う・・・」

あわてて隠そうとするが無駄だ。
そういう無駄なことをするゲンドウにユイがクスリと笑う。

目の前のユイを見たゲンドウはやはり母親と子供だと思った。
そのまなざしも、鋭く切り込んでくるところもシンジに似て・・・いや、シンジがユイに似ているのか・・・

「せっかくお見舞いに来てくれた人を簡単に返すなんて出来ません。私も京都の女ですからね、礼儀にはうるさいですよ?」
「ぐ・・・むう・・・」
「とにかく上がってくださいな、お茶くらいは用意しますから」
「ち、ちょっとまて・・・」
「あなたの意見なんて聞いてませんし聞く気もありません。早く来なさい。」

もはや命令だ。
そしてゲンドウは経験からこの状態のユイに逆らえないことも知っている。

逃げられないことを悟ったゲンドウが分かりやすく狼狽しはじめた。

「シ、シンジはまだ起きているのか?」
「もちろん起きていますよ。ケーキはなんです?」
「む・・・ショートケーキとチーズケーキ、チョコレートにリンゴタルトだ。」

その取り合わせにユイがあることに気づいた。

「あら?・・・私の好きなものばかり・・・覚えててくださったんですか?」
「うむ・・・」

ゲンドウの顔が赤くなる。
どうやら嬉しいらしい。

「そういえば・・・」
「どうかしたのか?」
「アルバム・・・ありがとうございました。」

シンジのアルバム・・・そこにはユイの知らないシンジの姿があった。
ゲンドウの指示で撮られたシンジの成長の記録だ。
最も全部隠し撮りだったが・・・それでもシンジの成長はよく分かった。

「私がもどってくると思っていたのですか?」

ユイが初号機の中から戻ってこなければアルバムを見ることもない。
補完計画が起こればそれこそ写真を残すことに意味は無いだろう。
ゲンドウの指示は無駄に終わる。

ゲンドウは万が一、ユイが初号機から戻ってきたときに、シンジとの間に開いた時間を埋める為に写真を残していたのだ。

「・・・問題ない。」
「そういうことにしておきましょうか」
「と、ところでだな・・・」
「はい?」
「シンジと何を話せば良いだろうか?」
「・・・・・・・はあ?」

ゲンドウの言葉にユイが目を丸くする。

「いや・・・あのくらいの年齢の子供は何を話したら喜ぶだろうか?私はそういう経験がないのでな・・・」

顔を真っ赤にして真剣に悩んでいるゲンドウなどユイも初めて見る。
しかもその内容がシンジと何を話せば喜ばれるか・・・そんなゲンドウを見てユイは冷静にこう思った。

(・・・相変わらずかわいい人)

ユイはにっこり笑ってさっさと家の中に入っていく。

「あ、ちょっと待ってくれ」
「知りません。」

振り返ったユイを見てゲンドウがはっと息を呑む。
それは昔のままで・・・シンジと同じあのやわらかくやさしい笑み。
ゲンドウがどうしようもなく魅かれて求めた物・・・例え今宵限りの幻だとしても・・・

「さあどうぞ」
「・・・ああ・・・」

ユイに促され、ゲンドウは家の中に入っていった。

夜はふけていく。

なくしたものは取り戻せない。

失った時間は戻らない

それでも・・・

これから作り出していける。

手に入れることが出来る。

だからこそ・・・人は前に進む・・・






To be continued...

(2007.09.22 初版)
(2008.01.19 改訂一版)
(2008.01.26 改訂二版)


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