The first day  Sunday

少女の視界の中心には満月があった。
視界の隅には影を落としてくる真っ黒い校舎・・・背中に感じるのは剥き出しの地面の冷たい感触

(わたしは・・・なぜ・・・)

答えは分からない。
気がつけばここでこうして仰向けになって空を見上げていたのだ。

(・・・動けない・・・)

少女の体はどんなに動かそうとしても少女の意思をくむことはなかった。
それどころか徐々に冷たくなっていく・・・決して今寝ている地面の冷たさだけじゃない。

(寒い・・・私・・・死ぬ?・・・・)

徐々に鈍くなっていく少女の意識は自分の死を感じ取っていた。
しかしそれに抗う力すら彼女には残っていない。
それは圧倒的に・・・容赦なく少女の死が避けられない証・・・やがて眠りに似た感覚が少女を永久の眠りへと導くためにその手を伸ばしてきた。

「・・・こんばんわ・・・」

閉じそうになった少女の意識に誰かが語りかけてきた。
その声に少女の意識がわずかばかり現実に戻ってくる。
少女の瞳に映ったのは月を背景にたたずむ筒のようなシルエット・・・そして白い顔と黒いルージュを引いた唇・・・

(だ・・・れ?)

思った言葉は少女の空気を震わせることはなかった。
少女の体はそんなことすら出来ないほどすでに死んでいたからだ。

「僕かい?・・・名前はブギーポップだ。」

しかしその人物には言葉にならない声が確かに届いた。

「君はこの校舎から飛び降りたらしい・・・覚えているかな?」

少女にはまったく覚えがなかった。
なぜ・・・と少女は思う。
ブギーポップの言葉を信じるなら自分は校舎から飛び降りて自殺したことになる。
自殺など・・・する理由すら少女の中には存在していなかった。

「・・・どうやら君の意思ではないか・・・」

その男か女かすらわからない怪人物は頷く
まるで何かを確認するように・・・

「率直に言おう、君は死ぬ。」

言葉が少女に突き刺さる。
まるで神託の様にそれは絶対のものとして少女の運命を決定する言葉・・・

「・・・君にはわからないだろうな・・・すでに痛みもないだろうし・・・頭蓋骨骨折、内臓も数箇所破裂しているし、肋骨はすべて折れて内臓に刺さっている・・・他にも致命傷が数箇所・・・あっちこっちから流れ出た血はすでに体の中にある血液の半分以上・・・傷を治す術に心当たりがなくもないがもう間に合わない。応急処置は出来なくも無いが、多少の延命にはなるだろうけど苦しみを延ばす必要はないと思うんだがどうだろう?」

少女はブギーポップの言葉を静かな思いで聞いた。
ブギーポップの言葉には配慮とか憐憫とか人間らしい感情が感じられない。
それを聞く少女に死に対する恐れはない・・・ブギーポップの自動的で静かな言葉が自分の死を逃れられないものと悟らせたのだ。

「・・・何か願いはあるか?」
(願・・・い・・・?)
「そう、それをかなえれば心にある未練を吹っ切れて一番美しい自分になれる。すべての人間に誇れる自分として死んでいける・・・そんな願いはあるかい?」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あるわ)
「聞こう」

やはり少女の思いは言葉にはならない。
しかしその声にならない言葉にブギーポップは頷いた。
それはこの世に思いを残さないようにするための儀式・・・

「・・・わかった。君の願いは必ず果たされるだろう。」

ブギーポップの言葉を聞き終わる前に少女は息を引き取った。
その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。

(逝きましたか?)
「ああ・・・」

頭の中にシンジの声が響く。
同時にシンジとブギーポップが入れ替わった。

「・・・ごめんね・・・間に合わなくて」

ブギーポップと入れ替わったシンジが血で汚れた少女の顔をぬぐって綺麗にする。

「・・・・・・ぼくにはこのくらいしか出来ない。」

最後にシンジは血を使って少女の唇を赤く染める。
それは少女にとっての初めての化粧だった。

翌日、誰よりも早く登校して来た用務員の男が校舎の近くの地面に倒れている少女を見つける。
最初は気絶でもしているかと思って少女を起こそうとしたがまったく目覚めることはなく、心配になって脈を取ったところ死んでいることに気がついた。
死因は屋上からの転落死、遺書は見つからなかったが屋上に並べて置かれた靴が発見され投身自殺とされた。

少女・・・水木チドリはこうして死んだ。
しかし、死体を発見した用務員や警察関係者はチドリの死体を見てもすぐには自殺者の死体とは思わなかった。
なぜなら彼女の死に顔は心残りの無い・・・まるでいい人生だったと言うような・・・そんな死に顔だったから・・・






天使と死神と福音と Outside memory

間乃章 〔月下泡幻〕
前編

presented by 睦月様







The second day  Monday

いつもと変わらない朝・・・神の使いの攻撃にさらされるこの町にも朝の光は差別無く届く。
そしてこの町のとあるマンションの一室にも例外は無い。
厨房に立つのはこの世界を守るチルドレンの一人にして死神のパートナー・・・碇シンジ

「・・・・・・」

シンジは黙って朝食の準備をすすめていく
いつもなら学校に行くために制服を着ているが今朝は私服のままだ。
理由は簡単・・・今日はおそらく学校は休みになるだろうから・・・

「え?そうなんですか?」

居間の方から同居人である少女の一人・・・アスカの声が聞こえてきた。
電話をつかっているようで相手の声は聞こえないが内容は予測できる。

「わかりました。次の人に連絡網を回しておきます。」

どうやら学校からの連絡網らしい。

「シンジ〜なんか今日は学校休みだって〜なんなんだろう?」

アスカの声が聞こえてきた。
案の定学校が休みになった知らせだ。
シンジは別に驚かないが料理の手が止まった。

「・・・そう・・・」

シンジはただそれだけ言うと黙祷する様に目を閉じる。
数秒間そうした後、目を開けたシンジは再び料理に取り掛かった。

ふとした休みに他のみんなは怪訝な顔だったが思い思いに予定外の休みを過ごしていた。
学校が休みになった理由を知ったのは夜のニュースで・・・

[第三新東京市、第一中学の三年生の女子が飛び降り自殺]

そんなニュースのテロップがシンジには白々しかった。

The third day Tuesday

自殺の事がニュースになった次の日・・・全校生徒が登校して来たが一時間目の予定が変更になった。
内容は全校集会・・・体育館に集められた生徒は校長の話を聞く。
話の内容はありきたり・・・自殺した三年生の水木チドリの生活態度におかしなところはなかったか?最近変わった事は無かったか?・・・そしてこれは言いにくそうに・・・いじめは無かったか?
知っている事があれば教師の誰かに相談してほしい・・・校長はそう締めくくって話を終えた。

水木チドリも人間だ。
多少の悩みは出て来るかも知れないがおそらく真実に到達する事は無いだろう・・・なぜならば彼らはチドリが自殺したと思っている。
その前提条件から間違っているのだから・・・彼女は自殺したのではない・・・殺されたのだ・・・世界の敵に・・・真実を知るのは彼女を見とったシンジとブギーポップだけ・・・殺したのが世界の敵だというのを知っているのもシンジ達だけ・・・

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「・・・・・・」

風が髪を揺らして通り過ぎていく。
人気の皆無な屋上・・・それも当然、ここは前日にチドリが飛び降りた屋上
現場検証などは終わっているが今だ立ち入りは禁止されている。
しかしシンジはそんな事にお構いなく屋上に入って佇んでいた・・・じっと見ているのはチドリの靴が発見された場所・・・すなわち彼女が飛び降りた場所だ。

「・・・世界の敵は・・・ここにいたんですよね?」
(多分ね、おそらくはここから何らかの方法で彼女を操って飛び降りさせたに違いない。)

シンジ達が水木チドリの死に立ち会ったのは偶然ではない。
数ヶ月前にブギーポップは使徒とは違う世界の敵の気配を感じた。
それもこの学校の中に・・・普通ならすぐさまその世界の敵を排除すれば問題なかったのだが・・・それは出来なかった。

「・・・犠牲者が・・・出てしまいました。」
(・・・放っておくと次の被害者が出るな・・・)

シンジはフェンスまで近寄った。
その下の地面で彼女は息を引き取った・・・自分とブギーポップの目の前で・・・

「ん?凪さん?」

下を見下ろしたシンジの目に見慣れた人影が飛び込んでくる。
地面に書かれた人の形の白線・・・チドリの死んだ場所・・・くっきりと描かれているそれを見下ろしているのは白衣姿の凪だ。
不意に視線を上に移した凪とシンジの視線がぶつかる。

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「なに?世界の敵が複数いるだと?」

保健室、凪の前に用意された椅子に座ったシンジは黙ってうなずいた。
今回の世界の敵・・・ブギーポップがその存在を感じていながら手を出せなかった理由はそこにある。
世界の敵の気配を持つものが多すぎたのだ。

「・・・それは一度にそんな数の世界の敵がこの学校に現れたということか?」
「いえ、ブギーさんの話では世界の敵は一人だそうです。しかし何らかの能力でほかの人間に自分と同じ波長を植えつけることができるんじゃないかと・・・」
「・・・感染しているということか?」
「わかりません。」

複数の人間に何らかの影響を与える事が出来るということは・・・

「そういうことか・・・」

凪は今までシンジが自分にすら何も言わなかったわけを理解した。
そんな得体の知れない敵に対して下手に情報を他人に漏らせばそこから向こうに伝わる可能性がある。
シンジにはブギーポップがいるので用心も出来るが凪にはそれは出来ない、周りにいる全員を疑っていく事になるだろう。

「俺に話したって事はオレは今のところ大丈夫って事だよな?」
「今の所は・・・でも敵の手の内がわからないので・・・」
「何時ばれるかと言うリスクがでてくるわけか・・・なんで俺に話した?」

シンジはの表情は暗い。

「彼女・・・水木先輩はもっと早く世界の敵を特定していれば死なずにすんだはずです。」
「それは思い上がりだろう?まさか容疑者の全員にちょっかい出すわけにも行くまい・・・水木と言う生徒はやはり?」
「ああ・・・」

シンジの口調が自動的なものに変化する。
ブギーポップが表に出てきたようだ。

「世界の敵の気配を持つメンバーの一人だった。自殺と言う形で殺したんだ。」
「・・・俺は何が出来る?」
「死んだ水木さんの事を調べてくれ、人間関係を含めて出来る限り、彼女の遺体の情報も含めて」
「・・・わかった。」

軽く答える凪だがその内面の怒りを表すように体から薄い蒸気が立ち上っていた。

The fourth day Wednesday

学校というものは変化を嫌う。
連日同じ時間に授業が始まり、定められたカリキュラムをこなして生徒達に知識を与える場、そのサイクルが順調にまわることが学校における最重要項目であり基本だ。

しかし今は数日前に起こった水木チドリの死において多少そのサイクルが揺らいでいた。
生徒達は登校してきているが授業はほとんど行われることはなく、H・Rか自習・・・さらに効くかどうか分からないカウンセリングまでついている。
それならばいっそ休みにして事件現場から距離を置けばいいと思うが少しでも早く元来のサイクルに戻したいという希望と学校はこのくらいで動揺しないという意思表示も含めて生徒達を登校させ、学校の形を取らせているのだろう。

それが学校という社会を仕切る大人たちのプライドなのかもしれない・・・たとえそれが張りぼてのプライドだとしても・・・

「めしやめしや〜」

トウジのお決まりの台詞と共に昼食の時間になる。
シンジたちの一行はいつも使っていた屋上がいまだ出入り禁止なので中庭で昼食をとることになり、そろって外に出る。

「ちょっとまってください!!?」
「ん?」

突然聞こえてきた大声にシンジだけでなく皆の足がとまった。
見れば校門のところに数人の人影がある。

「ありゃ?大貫センセはともかく冴島に藤井までおるわ・・・生徒指導三人衆が何やっとんのや?」

隣を歩いていたトウジがいやそうな声を出す。

(誰だい?)
(生徒指導を担任する三人の教師ですよ。一番老けている50代の人が冴島先生、大柄な30代が藤井先生、そして一番若い20代半ばの人が大貫先生です。何処でもそうだと思いますが昔ながらの体育会系の三人で威圧的なのが特徴、生徒の評判はよく無いですね、ただあの大貫先生は性格が良くて逆に生徒の受けがいいんですけど・・・)

視線の先ではその三人が一人の男と向かい合っていた。
見たところ20代はじめくらいで大貫より若いようだ。
その瞳には強い意志の力が宿っている・・・ちょっと危ないくらい強烈だ。

「妹は・・・チドリは何故死んだんですか・・・」

その一言で大体の事情は飲み込めた。
この男は死んだ水木チドリのお兄さんなのだろう。
そして彼が何故ここにいるのかもわかるというもの・・・妹の死んだ理由を知りに来た・・・そんなところだ。

「ですから水木さん・・・妹さんは自殺したんです・・・警察からも説明があったでしょう?」

ひときわ大柄な男・・・藤井が一歩前に出てやれやれと言った感じで答えた。
その言葉には敬意や憐憫の感情は混じっていない。
心底面倒くさそうだ。
少なくとも遺族に対してする態度じゃないだろう。

「そんなはずはありません・・・あの子に限って・・・」
「どの親御さんもそういいますな〜しかし結果を見れば彼女は自殺したわけでして、そこになにがあったか今は調査中です。」
「自殺なんてするわけがないんです!!」

水木は全身で叫んだ。
思わずその迫力に藤井が呑まれて一歩後ずさる。
どうやら大きな体に似合わず小心者のようだ。

「だってあの子は・・・チドリは・・・」
「ちょっとお兄さん?」

藤井に代わって冴島が前に出て水木に話しかける。
やれやれという感じで聞き分けの無い子供に説教しようかという感じに見える。
その顔はいやらしく笑っていた。

「あんた・・・妹さんのことどれくらい知っていたんですか?」
「え?」
「生徒って言うのは一日の大半を学校で過ごすんだ。その後なにをしているかあんた把握していたのか?」
「それは・・・」

冴島の言葉に水木は意表を付かれた顔になる。
確かに妹とはいえ監視していたわけではない。
自分の見ていないところで彼女になにがあったかなど知りようがないのはたしかだ。

「死んだのはご愁傷様だがわれわれ学校関係者も警察相手で大変なんですよ。お宅の妹さんが自殺場所を学校にしてくれたおかげでね」
「そんな言い方!!」
「どうせ自殺の原因は妊娠でしょ?」
「・・・え?」

今度こそ水木は完全に意表を突かれた。
冴島の言うことが理解できても信じられない。

「ありゃ?知りませんでしたか?」
「冴島さん・・・ちょっと言いすぎですよ・・・」

さすがに周りに生徒がいるところでする話じゃないと思ったのか一番年若い大貫が止めに入った。
しかし冴島はうるさそうに大貫を振り払う。

「まあそう言うことです。自殺の原因はまだはっきりしていませんがその方面の可能性が高いのは確かでしょうな〜身内の不始末で学校に迷惑をかけられても困るんですよ。保護者のあなたがもうちょっとしっかりしてもらわんと・・・」

水木は冴島の言葉を聞いていなかった。
呆然と地面を見てピクリとも動かない。

「ではこれで、次の授業の準備がありますので、昼食もとらなければなりませんし」

そう言うと冴島は水木に背を向けた。
藤井もその後を追いかける。
大貫だけは水木に頭を下げてから校舎に入っていった。
水木はそれに反応するどころか彼らが立ち去ったことにすら気づかず地面を見つめて呆然としている。

「な、なんやねん!!」
「一対何なのよあいつら!!」

アスカとトウジが叫ぶが答えるものはない。
水木の沈黙が伝染したようにみなしゃべることも出来ない。

「・・・・・・今・・・確かに・・・」

ぼそりと誰にも聞こえないようにシンジがつぶやく。
その視線はじっと水木を見ていた。

The fifth day  Friday

「じゃあ彼女が妊娠していたと言う話は本当だったのかい。」

シンジの口から出た言葉はブギーポップのものだ。
目の前で椅子に座っている凪が頷く。
例によって二人は保健室で世界の敵の事を話し合っていた。

「一応彼女もこの学校の生徒だからな、検死みたいなことが行なわれたらしくて、それでわかったようだ。妊娠・・・と言っても初期の物で本人以外には自覚出来ないレベルのものだったらしい。」

公にはされていないが、この学校に集められているのは全てチルドレン候補だ。
生徒達の管理はネルフの指導のもと行なわれている。
特に今回の場合はシンジがチドリの死体に手を加えたことがまずかった。
何者かの手が加わった痕跡があるということで念入りに検視が行われ、その結果妊娠がわかったらしい。
チドリをせめて綺麗な姿でと願ったシンジとしては複雑な思いだ。

「その情報は何処で?」
「警察のデーターバンクに入っていた。」
「入り込めたのかい?」
「苦労したぞ」

簡単に言うがここの警察機構はネルフの影響を受けている。
シンジ達がチルドレンとばれたときはわざわざえさをまかれていたが今回はそんなことをする必要はない。
それにハッキング出来たという時点で凪の能力はケンスケより上だろう。

チドリの件は自殺として処理されている。
そのためにただでさえプライベートなことであるチドリの妊娠は秘匿されていた。
さらにまだ死んでから4日しかたっていない。
おそらく昨日あたり検死を終えたチドリの亡骸が水木の元に返されたはずだ。
その場で彼は彼女の妊娠が冴島の言ったとおりだと知っただろう。

「絵に描いたような不幸の形だな・・・」

凪がやりきれないと言う感じにため息をついた。
今ごろ水木は妹の葬式を終えて火葬している頃だ。
彼がどんな気持ちでいるかは想像するしかない。

「幸せの形は一つしかないが不幸の形は人の数だけ・・・誰かがそんな事を言っていたな・・・」
「確かにありふれた不幸の一つだろうさ、結局のところなんで世界の敵は水木チドリを殺したんだ?やはり妊娠に関係しているのか?」
「どうだろうね・・・無関係とも思えないが・・・なんでそんな事を聞く?」
「・・・結構問題になっている・・・」

昨日、水木と冴島の会話を聞いていた生徒達が噂の元らしい。
まだ精神的に未熟な中学生がその手の話に興味を持つのは簡単に想像できる。
教師達はその対応で必死になっているらしい。

「しかも水木チドリの相手が誰かわからんので妙な憶測が飛び交っている。」
「どんな?」
「ありきたりな話だ。”売春していた。””相手は不良の男””強姦された”などなど・・・証拠も無いのに噂が噂を呼んでいるな、たった一日で水木チドリの評判は最悪になっている・・・ちょっと異常だぞ?」
「当然だ。流しているのは同じ・・・世界の敵の気配をもっている連中だ。」
「お前、知っていたのか?」

ブギーポップに向ける凪の視線と言葉がけわしくなる。
なぜ知っているのに放って置くのかと暗に非難していた。

「知っていたからどうなるという物でもあるまい?全員の口を封じるなど論外だろう?そんな事をすればぼくが注目されて警戒される。あくまで僕の事をただの一生徒だと思っているうちに向こうの尻尾を掴む。」

凪はブギーポップの説明を聞いても心は晴れなかった。
理解は出来るが感情は納得しない。
彼女の本質は炎なのだ。

「・・・死人に鞭打つような真似は気に入らないな・・・そこまで言うからには何か収穫はあるのか?」
「数人にまで絞り込んではいる。今回の敵は自分から表に出てくるようなタイプじゃないが水木チドリを殺した事で調子に乗っているようだ。ボロが出始めた。」
「ボロ?」

ブギーポップは肩をすくめた。
どうしようもないという感じで皮肉げに笑う。

「心理的な物さ、なまじ自分が安全圏にいるもんだから言わなくていい事やしなくていい事までやってしまうものだ。それが容疑者の範囲を狭める事になるとも知らずにね」
「誰だよ?」
「・・・まだ断定は出来ない。」
「まったく・・・」

凪は呆れた声を出す。
しかし次の瞬間真剣なするどい目でブギーポップを見た。

「今回の件・・・あいつらには言わないのか?」

誰かと問いかけるまでも無いだろう。
アスカやレイ達だ。
自分のように注意を促すだけでもかなり違うはとおもうが

「当然です。話せるわけが無い。」

答えたのはシンジだ。

「これは使徒は関係ありません。」
「それはそうだが・・・お前はいいのか?」
「それに・・・」

シンジの口調が躊躇いをふくんで重くなる。

「どんな終わり方をしても後味が悪いと思います・・・それを知るのはまだ先でいいでしょう?」

今回の事件ではすでに一人死人が出ている。
その時点で後手に回った自分達はすでに負け戦だ。
たとえ世界の敵を倒したとしてもチドリが蘇るわけではないのだから・・・

それに今回はチドリのお腹の中にいた子供の事もある。
人の暗い闇を知るには精神的にも未熟な彼らはまだ早い。

「過保護だな・・・あいつらが知ったら怒るぞ?」
「知られる前に片をつけます。・・・そして・・・・・・」

シンジは自分の両手を見つめた。
何かを秘めた決意のまなざしで・・・

The sixth day  Thursday

その日は雨だった。
どんよりと曇った空から雨がしきりに降ってくる。
学校帰りのシンジは傘の中で今日一日の収穫を思い出していた。
結果はゼロ、目星をつけている人物達に怪しいところは無い。
しかし彼らの中に世界の敵がいるのは間違いがないのも事実・・・

(もう一手・・・何か確証があればいいんですが・・・)
(そうだね・・・)

昨日、凪にはああ言ったが正直なところ手詰まり気味だった。
世界の敵の正体は数人に絞られている。
しかしその先・・・誰かと言う断定には行き着いていない。
なんと言っても当のチドリと容疑者との接点が浮かんでこないのだ。

チドリの妊娠していた子供・・・
学校のようなある意味閉鎖された空間において誰が誰と付き合っていたかなど、そういった噂はすぐにばれる。
箱庭のような学校という社会において秘密というものを保ち続けるのは非常に困難だ。
なのに水木チドリの周囲に男の気配は皆無・・・友人にも男友達はいなかった。

世界の敵と子供の父親は無関係ではないと思うが両者をつなぐ接点が出てこない。

「あれ?」

シンジは不意に足を止めていた。
目の前を通り過ぎた男の顔に見覚えがあったのだ。

「ちょっと待ってください!!」

シンジは前をあるいていく人物に声をかける。
傘もささずに雨に打たれながら歩いていく男は返事をしない。
最初は気がつかなかったようだが何度かシンジが声をかけると呼ばれているのが自分だと気がついたらしく足を止めて振り返った。

「・・・誰だい?」

男の名前は知らないが苗字は間違いなく水木・・・チドリのお兄さんだ。

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シンジは近くの公園に水木を引っ張っていくと屋根付のベンチまで連れて行って雨宿りさせた。
ベンチに座った水木は全身ずぶぬれだ。
かなり長い間この雨の中を彷徨っていたのだろう。
かなり憔悴している・・・それを見かねたシンジはコンビニまで走った。

「はい、どうぞ・・・」

コンビニから帰ってきたシンジは買ってきたホット缶コーヒーとタオルを水木に渡す。

「ありがとう・・・」

水木は礼を言うとシンジからそれらを受け取った。
しかし受け取っただけで拭こうとはしない。
ベンチに座ったままじっとしている。

「ぬれたままじゃ風邪をひきます。」

いくら年中夏の国とは言っても雨にぬれたままでは風邪を引く。
彼が着ているのは黒めのスーツに黒いネクタイ、しかも右手には数珠を握っている。
明らかに葬式用の服だ。
誰の葬式か考えるまでもない。

(昨日の葬式からずっとこんな感じなのか・・・)

彼の憔悴具合を見れば間違いないだろう。
しゃべるのも億劫そうに水木は口を開いた。

「君は・・・誰だ?」
「碇シンジと言います。」
「碇・・・シンジ・・・?初号機パイロットの?」
「ぼくを知っているんですか?」
「俺はネルフの技術者なんだ。」

シンジは納得した。
そもそもこの町にいるほとんどの人間はネルフに関係している。
シンジの名前を知っていてもおかしくは無い。

「何故君が?」
「水木先輩のお兄さんですよね?」
「チドリを知っているのか?」
「ええ・・・ちょっとした・・・知り合いです。」

さすがに死に際を見とったとは言えない。
しかし水木は詳しい話を聞く気は無いようだ・・・と言うより疲れきっていて聞くだけの気力が無いのかもしれない。

「そうか・・・俺は水木タカシ・・・チドリの兄だ・・・」

それっきりタカシは黙り込んだ。
シンジも何も言わない。
二人とも黙ったまま時間だけが過ぎる。
しばらく経って口を開いたのはタカシだ。

「君は・・・チドリのことをどれくらい知っているんだい?」
「どれくらいと言っても・・・たいしたことは話していない。」

シンジの口調が途中から自動的なブギーポップのものに変わった。
彼女の最後の言葉を聞いたのはブギーポップなのだからタカシと話すのも当然だ彼のほうがふさわしい。

「それでもいいんだ・・・聞かせてくれないか?」
「何故そんなことを知りたいんだい?」
「俺は・・・あいつのことをどれだけ知っていたんだろうって・・・」

タカシは返事を待たずに話し続ける。
かなり疲れているようだ。
声に張りがない。

「この町に来たのは俺がネルフに就職したからなんだ・・・俺とあいつは唯一の肉親でね、・・・両親はあいつが生まれてすぐにセカンドインパクトで死んでたから・・・この町に来る時もあいつ一人にしておけなかったから連れて来たんだ・・・保護者としてあいつの面倒は俺が見てきた・・・そりゃ、あいつも年頃だし・・・兄としていろいろ衝突もした・・・でも分かり合っていると思っていたんだ・・・それなのに・・・」
「わかりあえていなかったのかい?」
「そうじゃなければ妊娠のことで悩んだりは・・・でも自殺なんてするわけがないんだ。自分に子供が宿っているならなおのこと・・・」
「何故?」
「あいつは将来保母になりたいって・・・先生にもいろいろ聞いて受験の相談とかもしていたみたいだ。それなのに自分の子供ごと・・・絶対違う・・・」

タカシは自分の手を握り締めた。
指の隙間から血が流れるほどに・・・もはやそれ以上は話すことが出来ないらしい。
沈黙が世界を凍結させる。

「・・・知りたいのかい?」
「え?」
「彼女の死んだ本当の理由・・・」

ブギーポップの言葉にタカシははっとなって顔を上げる。

「知って・・・いるのか?」
「その原因は知っている。詳しいところは分からないがね・・・」

タカシはブギーポップの肩を掴んで自分に振り向かせた。
肩に食い込む指の力がタカシの思いを伝えてくる。

「教えてくれ!!」
「それを語るのは僕じゃない」
「それなら誰なんだ!?っつ!!」

詰め寄ったタカシは一瞬で動けなくなった。
自分を見返すブギーポップの瞳・・・それを見た瞬間、本能的に感じてしまった。
目の前にいる少年の姿をした何者かは自分とは違う存在なのだと・・・

思わず手を離して飛びのこうとしたタカシの手を今度はブギーポップが掴んで動きを止める。

「・・・語るべき者が舞台にあがる時は連絡を入れよう。」

ブギーポップはそういうとやさしくタカシの手を離した。
そのまま傘を置いて雨の中に歩き出す。

「その傘は君に貸そう。ちょっと用事を思いついたので学校に帰る。」

そういい残すと雨の中を走って行く。
その姿が見えなくなってもタカシは動くことが出来なかった。

The seventh day Saturday

「お前が言った事・・・すぐに調べがついたぞ・・・」

凪が一枚のプリントを見ながらそう言った。

「あの人がそうだと考えていいのか?」
「可能性は高い」
「確実に確かめる方法はあるんだろうな?」
「無い事も無いな、今回の敵はひどく臆病なところがある・・・おそらく表に出ずに全てを操って神様気取りになっている奴だ。」
「しかし、臆病な奴ほど長生きできるのも真理だろう?簡単に出てくるか?」
「出て来るさ、プライドは高そうだからな・・・」

凪は差し出された手にもっていたプリントを乗せた。
ブギーポップは凪からプリントを受け取るとざっと目を通した。
プリントの最初にチドリの名前、最後にある人物の名前が書き込まれている。

「水木チドリの身辺を調査しても男の影など出なかったわけだ。・・・妊娠自体は彼女の望んだ事なのか?」
「・・・おそらく違うだろうさ、自分で望んでと言うことなら・・・少なくとも兄にはそれを話していただろう・・・相手の事を恋人として・・・それに妊娠した事実も知らなかったと思うよ。彼女の最後の心残りは子供の事じゃなかったしね」

チドリが最後にブギーポップにたくした願い・・・そこに子供のことは入っていなかった。
タカシの話を考えるならチドリが知っていて子供の事を無視したとは考えにくい。

「・・・・・・どうするつもりだ?」
「明日、片をつける。」

ブギーポップは携帯を取り出した。
かける相手の電話番号は事前に調べてある。

「・・・明日の夜、ちょっと手を貸してくれないか?」

凪は頷いた
元からそのつもりだったのだろう。
しかしその顔には苦笑が浮かんできた。

「・・・この町に来てからお前に頼られることが多くなったな・・・前はなんでも一人でやっていたのに」
「一人でやるより簡単で面倒も少ないからさ」
「シンジの影響か?」

ブギーポップは笑って携帯の発信ボタンを押した。

The eighth day Sunday

深夜の学校・・・それは静寂に満ちた世界・・・一週間前にチドリが死んだ日のように全てを覆い隠す闇に沈んでいる。

カツン!!

しかしそんな静寂を乱す足音が校舎に響く。

「どこにいる!?」

声の主は冴島だ。
その後ろに藤井も控えている。

「こんな手紙で呼び出すなんて何を考えている!!?」

冴島の掲げた右手にはノートの切れ端、問題はそこに掛かれている内容だ。

{水木チドリの死について重要な情報を入手しました。願わくば明日の深夜に学校までこられたし、こられない場合はこの真実をマスコミに公表するつもりですので悪しからず。}

「こんなふざけた事をせんで直接言いにくればいいだろう!?」
「それでぼくも取り込むつもりですか?」

廊下の端から声が聞こえてきた。
冴島と藤井が見ると制服姿のシンジがいる。

「・・・何のことだ?」
「下手な芝居はやめてください。いらつくんですよ。非常に不愉快だ。」
「なんだその口のききかたは!!?」

冴島は頭に血が上って気がつかなかったがその隣にいた藤井はシンジの正体に気がついた。

「・・・おまえ、二年の碇だな・・・いくらネルフの関係者だと言ってもやっていい事と悪い事があるだろう?」
「今日は生徒やネルフ関係者としてここにいるんじゃない・・・」
「なに?」

シンジの雰囲気が一変した。
発散される雰囲気は冷たく、その視線は鋭く二人を見返す。
その気配だけで二人は気づいた・・・気づかされてしまった。
目の前にいる人間の姿をした人外の異常さに

「僕は世界の敵を狩るものだ。」
「なにを言っているんだ?冗談はやめろ・・・」
「理解する必要など無いが・・・」

ブギーポップは肩に下げたスポーツバックに手を突っ込んだ。

「今日この時この場所で・・・」

バックから抜き出した手を追いかけるように暗い校舎のよりさらに漆黒の夜で織り上げたようなマントが広がる。

「君を狩ると言ったんだよ。」

星の明かりのみがすべての姿を照らし出す廊下・・・そのかすかな光すらも吸い込むような闇色のシルエットが立ち上がる。
その筒のような帽子の下にのぞく白い顔に黒いルージュ・・・静寂の支配する校舎に死神の名を持つ不気味な泡(ブギーポップ)が浮かんできた。






To be continued...

(2007.08.25 初版)
(2008.02.24 改訂一版)


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