「き、君は誰だ・・・」

少年の言葉は問いかけ・・・向けられたのは少年の前に立つ人物・・・それは筒のような奇妙なシルエットをした人物だった。
無表情な瞳から放たれる視線と少年の視線が交差する。

「・・・僕はブギーポップ」

その顔の無表情と同じくその口調は自動的で個性というものが感じられなかった。
無個性な言葉からは男か女かすらわからない。

ただその人物の雰囲気は尋常な物ではなかった。
もともと中性的な顔立ちに白い染料をおしろいのように塗っている。
唯一の色彩はその唇の黒いルージュだけだ。

しかしそんな表層的な物は問題じゃない・・・目の前に立っただけで分かる。
この人物は本来自分達のいる世界にいてはいけない存在だ。
何かの間違いで人間社会に紛れ込んでしまった異端・・・しかもライオンや熊などではない。
蠍や毒蛇のような一瞬で相手の命を奪う術を持つ・・・近づくことすら危険・・・そう言うレベルの異端だ。

「お、俺に何の用?」
「・・・簡単に言うと・・・君を排除しに来た。」

少年の体が震える。
目の前の人物の本気を感じ取ったからだ。

「は、排除?」
「そう・・・君の持つ能力は大きすぎる。それは世界の敵として十分なほどに・・・」
「だ、だから排除するっているのか!?世界の敵なんて・・・俺はそんなつもりじゃ!!」
「君の意思はどうでもいいんだ。はっきり言ってしまうと君が命乞いしようが関係ない・・・それが僕の役目だから・・・」

それはまるで死刑宣告のような言葉・・・目の前のこの怪人物はその言葉の中に一片たりとも冗談や嘘を混ぜていない。
完全に本気の言葉だ。
そしてそれをやり切れる能力も持っている。
彼が宣言した以上それはすでに決定された事なのだ。

理屈など関係なくそう感じてしまった。

「・・・さっきから気になっていたんだが・・・」

ブギーポップの顔に左右非対称の笑みが浮かぶ。

「君は何故笑っているんだ?」

その言葉を聞いて・・・少年、如月シュンイチは自分が笑っていたということに気がついた。






天使と死神と福音と Outside memory

後ノ章 〔サキモリ〕
前編

presented by 睦月様







数日前・・・
第三新東京市の中心からはやや外れた場所にシンジの姿があった。
片側二車線の道路にかかる歩道橋の手摺に寄りかかって下を歩いている通行人を見ている。
肩にはスポルディングのバックを下げていた。

「・・・見つけた。」

シンジの口から自動的な言葉が出た。
どうやらブギーポップが出てきているらしい。
何の感情も読み取れないブギーポップの視線は歩道を歩いている一人の人物を捕らえている。

それは一見何の変哲もない少年だった。
高校の制服を着ている所を見ると男子高校生なのだろう。
別に目立つところがあるわけでなく、人ごみの中にいれば誰も注意を払わないようなそんな希薄さを感じる。

しかしそれでもブギーポップの視線はその少年から外れる事はない。

「やあ、シンジ君?」

不意に名前を呼ばれたブギーポップが振り向いた。
その時にはすでにシンジと交代している。

「加持さん?」

シンジが眉をひそめて自分の名前を呼んだ人間を呼ぶ。
歩道橋の端に立っているのは見間違え様もなく加持だ・・・何故ここにいるのかは疑問だが・・・
少し大きめの封筒を持ってシンジに近づいてくる。

「なんでこんなところにいるかって言う顔だな?」
「読心術でも出来るんですか?」
「いや〜、君のその顔を見れば誰でも・・・ね」

加持の指摘した通り、シンジの顔は非常に迷惑だと語っている。
目の前の加持が邪魔だと思っている事を隠そうともしない。
さすがの加持もその率直さにちょっとたじたじだ。

「使徒が来なくなった以上、ネルフに監視される言われは無いんですけど?そもそも仕事は?」
「今日は非番なんだ。」
「だったらミサトさんのところにでも行けばいいじゃないですか・・・」
「あいつは今日は仕事だ。」
「ぼくは忙しいんですよ・・・構ってられません」
「ご機嫌斜めだな・・・」

シンジのにべも無い言葉に加持は苦笑すると下を見下ろした。
そこにいるのはシンジとブギーポップが見ていた男子高校生だ。
一見どこにでもいる感じの男子高校生

「機嫌が悪い理由は彼かい?」
「関係ないでしょう?」
「たしかにそうだが・・・」
「大体なんでここにいるんです?」
「君の様子がおかしいとレイちゃんとカヲル君に言われてね、気をつけていたら君が彼を監視しているのに気づいた。」

加持の言葉にシンジは深いため息をついた。
それを見た加持も苦笑する。

「ばれないように気をつけてはいたんですけどね・・・やっぱり最大の障害はあの二人か・・・」
「他の皆は気づいていないようだ。あの二人は他のみんなより感受性が強いからな、さすがの君も勝てない者がいたと言うことか」
「言いたい事はそれだけですか?」

加持は苦笑すると持っていた封筒から数枚のプリントを取り出してシンジに渡す。
その内容を見たシンジの顔が曇った。

「如月シュンイチ・・・第三新東京市第一高校に通う二年生・・・なかなか面白い経歴を持っているな・・・」

プリントの内容は如月シュンイチの身上書だった。
名前から始まり、血液型、成績、現住所、彼に関する事が事細かに載っている

「・・・両親はすでに他界、現在は親戚の家に居候中・・・か・・・」
「面白い経歴っていうのはその両親の死についてなんだが・・・別にそれが理由でいじめられているとかそう言うわけじゃない。」
「でしょうね・・・」
「知っているのかい?」
「内容は知りませんよ。でも彼はいじめられたりは”しないはず”ですから。」
「昔の君と違って?」
「喧嘩売っているんですか?」
「まさか・・・君相手にそんな命がけなことしないよ。話を戻すと彼の両親は殺されている。」

身上書にはそのことも書いてあった。。
如月シュンイチは両親と自分を含めた三人家族だった。

その一家に不意に起こった悲劇・・・彼の住んでいた家に殺人犯が立てこもった。

「その殺人犯っていうのは・・・まあなんというか・・・酒飲みの男で、飲んだはずみで喧嘩になり相手を殺してしまったらしい。それで自棄になっていたんだそうだ。」

自暴自棄になった男は警察から逃亡中に適当な家を選んで立て篭もった。
その運の悪い家の表札は如月・・・如月シュンイチの家だった。

その後は結果を見れば明らかだろう。
警察の説得を錯乱した男は聞く耳持たず、道連れに如月親子を選んだ。

「当時彼は14歳だったらしい・・・君がこの町に来たときと同じくらいの年だな、犯人は如月夫妻を巻き込んで自殺した。彼はただ一人の生還者・・・」
「彼の能力が発現したのはその犯人が自殺したときか・・・」

加持はシンジの口調が変化したのに気づいて隣のシンジを横目で見た。
どうやらブギーポップらしい。

「その後、親類に引き取られることになった彼はその親戚がこの町で働いているためにこの町に来たらしい。」
「なるほどね」
「・・・たとえそんな過去があったとしても彼が君の言う世界の敵とは思えないんだけどな・・・いくら調べても怪しいところなんてないし」
「誰だってそうさ、世界の危機をまねこうなんて大それた事・・・ゼーレの老人達じゃあるまいに・・・」
「ならなんで?」
「彼らが外れてしまったからだよ。」
「外れてしまった?」
「だれだって望んで世界の敵になるわけじゃない。自分すらも気づかないままにわき道にそれていた・・・ただそれだけのこと・・・」
「・・・それなら俺もいつかは世界の敵になったりするのかい?」

ブギーポップの顔に左右非対称の笑みが浮かぶ。

「その時は君を刈るために・・・僕が現れるだろうさ」

加持はその一言で噴出す冷や汗を止めることが出来なかった。
ブギーポップは本気だ。

「まあ、この件にはこれ以上かかわらないことだ。巻き添えにならないようにね」
「巻き添え?他の皆を・・・霧間さんにさえ秘密なのはそのためかい?」
「彼の能力は否応なしに周りを巻き込む・・・それに差別など無いよ。」

ブギーポップは再び下の道路を見下ろした。
すでに如月シュンイチはかなり遠くまで歩いて行っている。

「・・・おそらくここもまだ彼のテリトリーの中だ。」

小さくなった如月シュンイチの背中を見ながらブギーポップは呟いた。

「彼の能力って一体なんなんだい?」
「守りの力ですよ・・・」

ブギーポップからシンジに戻った。
加持の質問にシンジが不機嫌な声でこたえる。
視線も険しい。

「ある意味最強の・・・」
「それが君の不機嫌の理由かい?」

加持の言葉にシンジはかぶりを振った。
さらに機嫌が悪くなったように見えるのは気のせいではあるまい。

「・・・犯人が死んだ理由、それはたぶん自殺じゃないですね。」
「どういうことだい?彼が殺したって言うのか?そんなことしそうな人間には見えないが・・・」
「あの人がどうとかそういう問題じゃないんですよ・・・」

シンジの視線の先で話の中心である如月シュンイチに近づく人物がいる。
おそらく同世代の女子高生はシュンイチに声をかけた。

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如月シュンイチには力がある。
他の誰も持っていない特殊な力だ。
それに気づいたのは14歳の運命の夜・・・彼が両親を失った夜だった。

それは突然に容赦なく訪れた転機
いきなり家の中に乗り込んできた男が全ての始まりだった。

まったく見覚えのない男は14歳だったシュンイチの目から見ても錯乱していた。
わけのわからないことをわめき散らして興奮し、目が血走っていたのを覚えている。

男が何故錯乱して自分の家に乗り込んできたのか・・・そのあまりにも理不尽な理由を聞かされたのは事件の後、その意味を理解できたのはその数ヶ月後・・・そして今ではその全てを忘れたいと思っている。

あの時・・・錯乱した男は父を殴り殺し、母を台所の包丁で刺し殺した。
シュンイチを殺さなかったのは人質にするためか面倒な大人から先に始末したかったのか・・・今となってはわからない。
覚えているのは男の近寄ってくる足音と酒くさい匂い・・・そして男が自分の目の前まで来たとき・・・初めてシュンイチの能力は発動した。
思えばあの恐怖が能力発動の鍵だったのかもしれない。

その結果・・・男は死んだ。
父を殺し、母を殺した男はシュンイチの目の前で死んだ。

それがシュンイチの能力・・・Defense of sacrificeのせいだと気がついたのはかなり後になってからだった。
しかもこの能力・・・重大な欠点があった。

「シュンイチ〜」

聞き覚えのある声で名前を呼ばれたシュンイチが声の方向を見ると予想通りの人物がいた。

「ヤヨイ・・・」

彼女の名前は葉月ヤヨイ、自分が今世話になっている家の実の娘でシュンイチの従姉妹に当たる。
同じ高校に通う同級生だ。

「なに憂鬱そうな顔してんの?」
「そ、そんなことないさ・・・」

内心の動揺を隠してシュンイチは笑う。
かなり引きつった笑いだったが・・・

「なに?新しい学校でいじめられたの?」
「・・・そんなんじゃないよ・・・」

いじめられた・・・そんなわけがない。
自分の周りにいる人間は絶対に自分を傷つけることはない。
Defense of sacrificeの特性上そんなことは”出来ない”のだ。

「そう?あんたいじめてくださいオーラ発散しているから気をつけなさいよ」
「なんだよ、そのいじめてオーラって・・・」

シュンイチは自然に笑いがこみ上げてきた。
つられてヤヨイも笑う。
表面上は中のいい高校生カップルだろう。

しかし内情は少し違った。
ヤヨイはともかくシュンイチは・・・

(出来れば離れていてほしい)

笑顔の下でそんなことを考えていた。
別に目の前で笑っているヤヨイのせいではない。
彼女も彼女の両親も良くしてくれる・・・だからつらかった。
自分の近くにいればまず間違いなくDefense of sacrificeの影響を受ける。
それが理由、ヤヨイやその両親達が自分を心配してくれるのは本当にありがたいと思うが何かあれば彼らが傷つく・・・

完全自動の能力でシュンイチ自身にもその制御は出来ない・・・これがDefense of sacrificeのかかえる欠点のひとつ・・・
影響されないようにするためには能力者であるシュンイチから距離を取るしかない。
しかし、元来面倒見のいい従姉妹はシュンイチのそんな内心を知らず何かと世話を焼きたがる。

「俺は大丈夫・・・」
「またそんな事言って・・・シュンイチって人付き合いでいつも距離を取ろうとするよね?」
「・・・・・・」

誰も傷つけたくないから・・・そんなことは言えなかった。
自分の持つ能力は近くにいるだけの人間でも巻き込む。
もし、友人など作って四六時中そばにいることになればその相手が傷つくのは間違いない。
親密になればなるほどその相手の危険度をあげてしまうことになるのだ。

だから距離を取りたかった。
しかしこの世界にはあらゆるところに人間がいる。
山奥にでも行かない限りそれはかなわない話だろう・・・ましてや人の中で生きる以上シュンイチの能力は誰かを傷つけずにはおかない。
すべてはシュンイチのために・・・

「危ない!!」

思考のループに入っていたシュンイチはヤヨイの悲鳴で我に返る。
何事かと顔を上げたシュンイチは目の前にあるものを見て青くなった。

おそらく横の小道から飛び出してきたのだろう。
一台の自転車に乗った男が目の前にいた。
お互い出会い頭のためにいまさら避けることも出来ない。

「くそ!!」

シュンイチはとっさに隣のヤヨイを庇うために彼女に覆いかぶさった。
避けられないならばせめてこの従姉妹だけでも・・・しかし、Defense of sacrificeはシュンイチが傷つくことを許しはしない。

「どいて!!」

ヤヨイが女の子とは思えない腕力を発揮してシュンイチを自分から引き離した。
思わず後ろに放り投げられるシュンイチだが道路に叩きつけられることはない。
Defense of sacrificeの影響下にあったほかの通行人がシュンイチの体を受け止める。

ドン!!
「ヤヨイ!!」

シュンイチの目の前でヤヨイの小柄な体が自転車と衝突して弾き飛ばされる。
しかしシュンイチと違ってヤヨイは誰にも受け止めてもらえず、硬い道路のコンクリートに激しく体を打ちつけた。

「ヤ、ヤヨイ!!」

あわててシュンイチはヤヨイに駆け寄るがどうやら気絶してしまったらしくヤヨイに意識はない。
その状況に気づいた周囲が騒がしくなり始める。

「お、俺のせいだ・・・俺が・・・」

シュンイチは救急車が来るまで地面に倒れたヤヨイを見ながら同じ言葉をぶつぶつと繰り返していた。

Defense of sacrifice・・・それは守りの能力・・・
たとえば草食の羊などは狼に襲われた場合、群れの中の1頭がわざと犠牲になることで群れを守ろうとする本能がある。
それは自分個人より群れという存在のほうが重要だと本能で悟っているからだ。

人間にしてもとっさのときに頭を腕で守ることがある。
それは腕よりも頭にダメージを食らうことが危険と知っているから・・・Defense of sacrificeはそれに近い。

能力の本体であるシュンイチに危険が迫ったとき。
周りにいる人間の本能に訴えかけ、シュンイチが自分にとって守らなければならない存在だという認識を抱かせる。
それによってシュンイチを強制的に守らせ、危機から遠ざけるのだ。

二年前・・・シュンイチの両親を殺した犯人はDefense of sacrificeによりシュンイチを守らなければならないという本能に突き動かされ、シュンイチにとって危険な人物・・・すなわち自分を殺した。
そして今、ヤヨイもシュンイチのかわりに傷ついている。
それは本来シュンイチが受けるべき痛み・・・これが二つ目の欠点

Defense of sacrificeの本質とはシュンイチに向かっていく危険を身近にいるほかの誰かが盾になって引き受けるというものだ。
それは一方的に周りに犠牲を強いるということ・・・それゆえのDefense of sacrifice(犠牲の守り)・・・

「・・・・・・」

シンジとブギーポップは少し離れたところからじっと一部始終を見ていた。
倒すべき・・・世界の敵である如月シュンイチの震える背中を・・・

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第三新東京市の病院に一台の救急車が到着した。
運び込まれたのは葉月ヤヨイ、高校二年生・・・彼女が運び込まれて丸一日が経っている。

「ほんっとびっくりしたわよヤヨイ?」

中年の女性がベットに寝ているヤヨイに話し掛けた。
ベットに寝ているヤヨイにはこれといって目立つ傷はないが所々にシップがはってある。

「ごめんなさいお母さん」

どうやら女性はヤヨイの母親らしい。
娘の元気な様子に心底安堵した表情を浮かべている。

「しかし不幸中の幸いだな・・・打撲だけですんだなんて・・・意識がなかったって聞いたときには気が気じゃなかったが・・・」
「ごめんなさい、お父さん・・・」

父の声にも安堵がにじんでいる。
娘の無事を本心から喜んでいるようだ。

病院に運び込まれたヤヨイだったが別に深刻な状態ではなく打撲程度ですんでいた。
気絶したのは道路に叩きつけられたショックのせいだったようだ。

「・・・すいませんおじさん、おばさん・・・俺のせいです。」

不意に沈んだ声を出したのはシュンイチだった。
ヤヨイの両親に向かって頭を下げている。
怪我をしたヤヨイより顔色が悪い。

「何言ってんのよシュンイチ」
「そうよ、貴方はヤヨイを助けようとしてくれたそうじゃない。それを跳ね除けたのはこの子だって聞いているわ、貴方が謝る事なんてないじゃないの」
「そうだな、シュンイチ君のせいではないよ。むしろ君まで怪我をしていなくて良かった。」

あの時、周囲にはたくさんの通行人がいた。
彼らは事故の一部始終を見ていたわけで、当然シュンイチがヤヨイを守ろうと覆いかぶさったのも見ていた。
同い年の女の子に跳ね除けられたと言うのは男として少々情けなくも感じるが守ろうとしたのは事実だし、叱責される言われなどまったく無い。

「あんたは私を守ろうとしてくれたんじゃない。感謝こそすれ、文句を言うなんてばちが当たるわよ。」

ヤヨイがそう言うと葉月親子は揃って笑った。
しかしシュンイチは知っている。
ヤヨイが怪我したと聞いて駆けつけてきた葉月夫妻のあわてぶりを・・・愛娘を心配する両親の姿を・・・
それが自分のもつ能力のせいだと知ればこの人達はどんな顔をするだろうか・・・

シュンイチは葉月親子に曖昧な笑顔を向ける事しか出来なかった。

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葉月親子とシュンイチのいる病室の外に二つの人影があった。
一人は中年の無精ひげを生やした男・・・加持リョウジ
一人は学生服にスポルディングのバックを下げた少年・・・碇シンジ

「なるほどね〜近くにいる人間に自分の災難を押し付けちまうって事か・・・しかも本人はそれに気づかず自分の意思だと思っている。内情を知らなければ美談だな・・・」
「帰れって言ったでしょう?あなたも彼の盾になりたいんですか?」

シンジの口調は相変わらず不機嫌だ。
じっと病室の扉を見ているシンジを横目に加持は肩をすくめる。

「彼の能力がそうだとして・・・君は大丈夫なのか?予想では彼の両親を殺した男は彼の能力に巻き込まれて自殺したんだろう?」
「・・・おそらく能力のトリガーは彼自身に危険が迫るか、彼が危険と感じることでしょう・・・近くにいるだけなら問題ないと思います。もちろん彼に危険が無い事が前提ですが・・・それにブギーさんには基本的にそう言う能力は効きません。」
「ほう・・・彼にとっては天敵ってわけだ。」

加持はいつもの軽口ではなく真剣な顔になっていた。
シンジの様子から軽薄な態度は場違いだと感じたらしい。

しばらく二人ともじっと病室の扉を見ていたが不意にシンジが病室の前から離れて歩き出した。
加持も慌ててそれを追いかける。

「シンジ君?」
「加持さん・・・どう思います?」
「・・・なにがだい?」

シンジは歩みを止めない。
加持も同じように横に並んで歩きながら話を聞く。
シンジの横顔には憐憫がある・・・シュンイチに向けられたものだ。

「あの人は自分のもつ能力で他の皆から守ってもらえる。でもそれは自身は誰も守れないって事です。」
「・・・たしかにな・・・誰かを守ろうとしても昨日のように守れない・・・守れたとしてもそれは別の誰かが代わりになるだけって事か・・・」
「それは身近な人間の危険が上がると言う事・・・恋人、友達、親類・・・守りたいと思っても守れず、逆に危険に晒しながら自分は無傷・・・」

シンジはため息をつく。
かなり深いため息はシンジの心を表しているように加持は思った。

「・・・どんな気分なんでしょうね?」
「君の不機嫌はそれが原因か?」
「時々いるんですよ・・・力に振り回されるわけでもなく、力に酔うでもなく、ただ自分の中の可能性に耐えられない人間が・・・」

何時の間にかシンジ達は病院の出口まで来ていた。
他の見舞い客や通院患者とすれ違いながら玄関の自動ドアを抜けて外に出る。

「・・・気が進まないのかい?」
「単純に言えばそう言うことです。・・・ああいうタイプが一番やりづらい・・・せめて自分が無傷なのを喜ぶくらい性格がねじれていればまだ・・・」

本気で気が進まないらしい。
シュンイチが倒れたヤヨイを心配していた姿は本物だった。
力に目覚めた事、それ自体は彼の本意ではないのだろう。

「やめるわけには行かないのかい?」
「・・・それはできないな」

シンジの口調が自動的な物に変化する。

「僕ら以外の誰がやるって言うんだ?」

加持はシンジの顔に左右非対称な笑みが浮かぶのを見た。
無言でポケットを探ってタバコを取り出すと一本口に咥えて火をつける。
深く吸い込んだタバコの匂いが口一杯に広がり肺を満たした。

「なあシンジ君?」
「なんですか?」
「君は彼に昔の自分を重ねているのか?」
「・・・・・・」

昔のシンジとシュンイチはその生い立ちが似ている。
両親がいないこと(シンジの場合はより複雑ではあったが)や親戚に預けられたこと。
内向的な性格も昔の引きこもったシンジに似ている。

「ぼくは・・・ブギーさんがいましたしね・・・多分あの人よりは恵まれていたと思います。」

シンジは預けられた場所で冷遇され、妻殺しの男の息子といわれたがブギーポップがいてくれた。
シュンイチは冷遇こそされていないが自分の中の可能性をもてあまし、それを誰にも打ち明けられずに罪悪感だけを溜め込んでいっている。
何かの歯車が狂っていればシンジはシュンイチのようになっていたかもしれない。

シンジの顔はブギーポップと同じように無表情で何の感情も浮かんでいないが加持はそこにわずかな憂いが混じっていると感じた。

「俺になにか出来る事は?」
「言ったでしょう?この件にはこれ以上関わらないでください。もしあの人の能力に巻き込まれても容赦しませんよ。」
「わかった。・・・幸運を祈るよ。」

そう言うと加持はシンジと別れた。
これ以上シンジと一緒にいても足手まといにしかなれないから・・・

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時刻は深夜、町が闇に包まれる時刻・・・場所は第三新東京市のとあるマンション
そのうちの一つに葉月達の住む家があった。
間取りはかなり広く、リビング以外の部屋が三つある。
一番大きな部屋が葉月夫妻の物、残る二つがそれぞれシュンイチとヤヨイのものだ。

「俺はどうしたらいいんだ・・・」

シュンイチは呟きながら身の回りの物をバックに詰め込んでいた。
もはやここにはいられない。
自分の能力は無差別だ。
たしかにヤヨイはわりと軽症で明日には退院できるらしいが・・・次もそうだとは限らない。

人間は簡単には死なないが条件さえそろえばあっけなく死ぬ。
シュンイチは誰よりもそれを理解していた。
なんといってもシュンイチは実際目の前で人が死ぬのを見たことがある。
今回の事故だって一歩間違えば死んでいたし、そうでなくても一生残る傷がついていた可能性もあった。

荷物を詰め終わるとシュンイチはバックを持って立ち上がる。
葉月夫妻は今日は病院でヤヨイに付き添って泊まっているために好都合だ。
玄関を出てスペアーの鍵でロックをかけると鍵を家の中に通じているポストに入れた。

「・・・お世話になりました。」

そういってシュンイチは扉に頭を下げると一目散に駆け出す。

「・・・・・・逃げたか・・・」

シュンイチが去った後、主のいない部屋に人影が現れた。
夜色で筒のようなその姿はブギーポップのものだ。

「まあ、それもひとつの決断だと思うがね・・・」

つぶやくと同時にブギーポップの姿がかき消える。
あとには静寂だけが残った。

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シュンイチは家を出た後、当てもなく第三新東京市をさまよっていた。
映画館で時間を潰し、公園のベンチで夜をあかした。
誰かの世話になると言う発想は彼には無い。
両親を無くしている彼にとって頼れる人間はそう多くは無いし・・・第一ほかの人間に頼れるわけが無い。
シュンイチはそこにいるだけでも自動的に周りの人間を不幸にする。

「・・・・・」

行く当ての無いシュンイチはバスを乗り継いで第三新東京市が一望できる原っぱに辿り着いた。
使徒との戦い、ゼーレとの戦いで一度は壊滅状態にまでなった第三新東京市だが着々と復興が始まっている。
そろそろ夕方も終わろうかと言う時刻なので街のあっちこっちには灯りがつき始めているのが見えた。

「あの灯りの下には人がいるんだよな・・・」

シュンイチはそれがとてもまぶしかった。
自分はあの灯りの下には行けない・・・行ってはならない。
人がいる場所・・・それはシュンイチの能力が最大限に効果を発揮する場所・・・だから近づくわけには行かない・・・たとえ自分が一人っきりだとしても・・・地面に倒れて動かなかったヤヨイの姿がフラッシュバックする。
このままではいつか自分の能力は誰かを殺してしまう・・・だから・・・

「傷つけないように他人から距離を取る。それが君の選んだ答えかい?」
「っつ!!」

思わずシュンイチは飛び上がるように背後を振り向く。
誰もいない場所に行きたくてここに来た。
なのに自分以外の誰かが声をかけてきたのだ。
背後にいた声の主を視界に入れたシュンイチの動きが止まる。

「こんにちわ如月シュンイチ君」

そこにいたのは奇妙な人物だった。
筒のようなシルエットに筒のような帽子、白い顔に黒いルージュ・・・男か女かもわからないが感じてしまった。
目の前にいる人物の異質さを・・・

「き、君は誰だ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・
目の前の人物・・・ブギーポップの話を聞いたシュンイチは笑っていた。
理由はわからない。
本来なら怯えるべき状況だと冷静な部分は思うがそれでも笑いが止まらない。

「君のような反応は初めてだな・・・何がそんなに愉快なんだい?」
「決まっているじゃないか、俺を殺しに来たんだろう!?」
「場合によってはね、しかしそれを分かっているなら君の反応が異常だって事も分かっているのか?」
「もちろんだ。」

笑っているシュンイチをブギーポップはじっと見ていた。
ほどなくシュンイチの笑いがおさまる。

「・・・俺のDefense of sacrifice(犠牲の守り)の事は知っているのか?」
「Defense of sacrifice(犠牲の守り)?・・・それが君の能力かい?たしかに周りの人間に災難を肩代わりさせる特性を考えればふさわしいとも言えるか・・・」
「知っているんだな・・・」
「言っておくが僕にはその手の能力は効かない。君の両親を殺した男のようには行かないよ。」

ブギーポップの言葉にシュンイチの顔に安堵が浮かぶ。
それはとても命を狙われている人間の見せる表情ではない。

「俺はいるだけで周りの人間に不幸を呼んじまう・・・」
「君の意思ではあるまい?」
「関係あるもんか・・・そのせいでヤヨイは・・・」
「ああ、それなら僕もその場を見ていたな」

シュンイチはその言葉にはっとなってブギーポップを見る
ブギーポップの顔には左右非対称の笑みが浮かんでいた。
その馬鹿にしたような表情にシュンイチの怒りが込み上げる。

「ならわかるだろ!!」
「あれは単純な事故だろう?怪我をするのが君か彼女、その程度の違いしかない。」
「その程度だと・・・このままじゃあ俺は誰かを殺しちまう!!人を殺してまで生き続けられるほど強くは無いんだ!!!」
「大声で叫ぶ事かね?それはつまり人を傷つけながら生きていく覚悟がないって事だろう?ついでに言うなら自分で自分の幕を下ろす決心もつかない証拠だ。」

シュンイチの激昂にもブギーポップの自動的な口調は変わらない。
ただ静かにシュンイチを見ている。
むしろ自分でも気づいていなかった本心を指摘されたシュンイチの方が戸惑っていた。

「うっせえよ!!お前は俺を殺しに来たんだろう!?さっさとやれよ!!覚悟は出来ている!!!」
「君がそう望むなら・・・」

ブギーポップはシュンイチの方に一歩を踏み出した。

バサ!!バササ!!

不意に響いた音にブギーポップの足が止まる。
ブギーポップとシュンイチは揃って音のした方向・・・頭上を見上げた。

「ほう、人間相手だけかと思って町中では仕掛けなかったんだが・・・」

二人の視線に映ったのは鳥だった。
一羽や二羽ではない・・・バードウォッチングの趣味は無いがおそらく200〜300と言ったところだろう。
餌場でもないこんな原っぱに集まってくるにしては異常過ぎる数だ。

「・・・シンジ君?」
(はい?)
「ヒッチコックの{鳥}って言う映画を知っているかい?」
(知りませんけどなんとなく内容が予想出来ますね)

ヒッチコックの{鳥}・・・とある村で野鳥が凶暴化して村人を襲い始めると言うストーリーだ。
かなり昔の映画なのでシンジのようにセカンドインパクト以降の世代は知らないだろうが今の状況を見れば予想どころか確信のレベルで理解できる。

ガウ!ガルルル!!

視線だけで周囲を見回せば草の隙間に白い牙を剥き出して威嚇してくる獣達の群・・・どうやら野犬を呼び寄せたらしい。
草に隠れて正確な数はわからないが気配だけ見ると30頭は下るまい。
完全に包囲されている。

「思ったより能力の影響範囲が広いな・・・」
「お、おい」

思わずシュンイチがブギーポップの方に近づこうとしたが目の前に野犬が三頭ほど飛び出してきて道をふさいだ。
ブギーポップを威嚇しているところを見るとやはりDefense of sacrifice(犠牲の守り)に影響されてシュンイチを危険に晒しているブギーポップを殺すつもりらしい。
出来るかどうかはまた別問題だが・・・

「さて・・・」

周囲は全て囲まれている。
平面だけでなく上方まで含めた三次元的な包囲網、地面にでももぐらない限り逃げ道が無い。
しかも包囲しているのは人間では無く獣達だ。
人間の常識は通用せずシュンイチを守るために彼にとって危険なブギーポップを・・・この場合は殺すことしか頭に無い。
ケダモノだけに降参しても無駄だ。
その瞬間の隙を狙って確実に殺しに来るだろう。

(ここで死んだら全自動で鳥葬ですね)
「犬もいるから犬葬かもしれないよ?」
(どっちにしても願い下げです。)
「気が合うね・・・」

数は鳥と犬をあわせて300とちょっとと言うところだ。
もっとも、Defense of sacrifice(犠牲の守り)の効果範囲が予想外に広いみたいなので時間が経てば手当たり次第に周囲の生き物を呼んでくるだろう。
最終的にはどれだけの数になるか予想も出来ない。
救いがあるとすればこんな辺鄙な場所には何か目的でも無い限り人は来ないだろうということくらいだ。

「お、おい!」

シュンイチが慌てた声を出した。
彼もこれが自分の能力のせいだと言うことに気がついている。
さすがにこれほど大規模な影響があるとは思って無かったらしく慌てていた。

「どうするんだよ!!」
「どうする?ああ、この状況かい?」

周囲を見回せば鳥と犬がいない場所は無い。
皆ブギーポップに対して野生の殺気を向けている。

「君が心配する事はない。」
「なんだって!?」
「たとえどれほど数を集めようと関係ない」

ブギーポップの瞳がシュンイチを射抜いた。
それだけでシュンイチは動けなくなる。
圧倒的に格が違うのだ。

「僕は必ず君の傍に辿り着く・・・そして君の願いをかなえよう。」

宣言と共にブギーポップは左右非対称の笑みを浮かべた。
同時に周囲を包囲していた獣達がその中心であるブギーポップに襲いかかる。

それは狩りや戦いに似て非なる・・・戦争・・・如月シュンイチの能力、Defense of sacrifice(犠牲の守り)は獣達がかって経験した事の無い、人間だけが行なってきた戦争と言う概念を獣達で引き起こしたのだ。
たとえそれが300対1であっても・・・それは紛れもない戦争だった。






To be continued...

(2007.09.29 初版)
(2008.02.24 改訂一版)


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