天使と死神と福音と Outside memory

後ノ章 〔サキモリ〕
後編

presented by 睦月様


獣と人間の違い、それは純粋さではないだろうか?

その牙や爪は何かを壊したり殺したりするための物ではない。
獣達が牙や爪を持つ理由はたった二つ
一つは生きるための糧を得るため、もう一つはもちろん自分を守るため、彼らは生き抜くと言うただそれだけのためにその力をふるう。

だから彼らは必要以上の殺生はしない。
無駄に他の命を散らせるのは人間が人間である証だ。

食うために殺す。
自分の身を守るために殺す
それが彼らの本能であり彼らの力の意味だ。

しかし今・・・ブギーポップに対して向けられた牙や爪は彼らにとって初めての理由・・・ただ殺すためだけの力だった。

「・・・ふむ」

前後左右に頭上を加えた全包囲から牙、爪、嘴が迫る。
それは単純だが避ける場所がないと言う意味で回避不可能な攻撃・・・しかしそんな絶望的な状況ですら中心のブギーポップは涼しい顔だ。
周囲から迫ってくる死の気配の中で台風の目の中のようにブギーポップの周囲だけ異質・・・いや、あるいはブギーポップの周囲は回りとは比べ物にならないほどに・・・

バササ!!バササササ!!!
ガル!!ガシュルルル!!!

鳥と野犬のドームが崩れた。
その内部に向かって急速にしぼんだドームの中にブギーポップがのまれる。
鳥がハゲタカのように次々に覆い重なり、野犬達がハイエナのようにドームの中に食らいついていく。
それは圧倒的な光景だった。
あまりに密集したために獣達はお互いを傷つけ合い、誰の物かもわからない血飛沫が飛んでいた。
しかしそれでも獣達の動きは止まらない。
自分の身がどんなに傷つこうとも関係なくドームの中にいるはずのブギーポップを殺すために牙をむき出し、爪を翻して踊りかかって行く。

「お、おい!!」

思わずシュンイチの口から声が漏れた。
いくらなんでもあれでは中にいたブギーポップは生きていないだろう。
周囲から次々に押し寄せる獣達のプレッシャーと鋭い爪と牙・・・体が原形をとどめていれば奇跡だ。

「あ・・・あああ・・・・・」

とうとう自分の能力は人を殺してしまった。
それが自分の意思ではないなどとどれほどの救いになるだろうか?
こうならないために人から距離をおいたと言うのに結局は・・・

「・・・やっぱり俺は疫病神・・・いや、死神なんだ。」
「それは気が合うな」
「え!!」

思わずシュンイチは顔を上げた。
声がしたのは自分の斜め上、獣達のドームの直上だ。

「な、なんで?」

そこにいたのはブギーポップだった。
空中で落下しながら風に踊るマントがはためいて白く輝く右手が見える。

「さて・・・別に恨みも憎しみも無いが・・・」

ブギーポップは左手を銃の形にして地面の獣達のドームに向けた。

ドン!!

指先から放たれた衝撃波がドームの真ん中に命中する。
たった一発で獣達は大半が吹き飛ばされた。
ブギーポップは獣達が吹き飛ばされた場所に音も無く着地する。
それは最初の立ち位置と同じだった。

「ど、どうして?」
「ん?ああ、実は僕も死神と呼ばれているんだよ。」
「そ、そうじゃなくて!!」

わけが分からなかった。
完全に押し潰されたと思ったブギーポップが逃げられないはずの包囲網の外にいきなり現れて衝撃波の一発で大半の獣を倒してしまったのだ。

シュンイチは知らない事ではあるが、あの瞬間ぎりぎりまで獣達をひきつけたブギーポップは自分の真上へ衝撃波を叩き込み、シンジの能力で開いた空間を削り取って瞬間移動したのだ。

空中に移動したブギーポップの真下には獣達が一箇所に固まっている。
あとは衝撃波を一発打ち込むだけで良かった。
一ヶ所に固まっていた獣達は逃げる事も出来ずに衝撃波に巻き込まれ、大半が動けなくなったのだ。

「どうやって・・・あ!!おい!!!」

残っていた鳥達が一斉にブギーポップに襲いかかった。
数は少なくなったがまったく怯まない。

「やれやれ・・・野鳥のくせに敵わない相手もわからないのか?それともそんな事を感じる事も出来なくなっているのか・・・」

ブギーポップが右手を振るとワイヤーが三羽ほどまとめて輪切りにした。
ボトボトと血を撒き散らしながら地面に落下したときにはすでに肉片になっている。

さらに左手からもワイヤーを飛ばすと縦横無尽に振るって次々に鳥を切り裂いていく。

ガルルルル!!!

気がつけば野犬がブギーポップを中心に距離を取っていた。
どうやら生き残りがいたらしい。
いまだブギーポップを殺る気まんまんだ。

ガウウウウウ!!

一匹が先陣を切ってブギーポップに飛びかかる。
大きく開けた口の中で白い牙が光った。

「・・・・・・」
「ギャワン!!」

ブギーポップは飛び掛ってきた犬の喉をその手で鷲掴みした。

ゴキン!!

骨の奏でるいやな音とともに犬の体が弛緩する。
ブギーポップは力の抜けた犬の体を振り回した。

ブン!!
「ギャン!!」

その勢いのままに飛びかかろうとしていたほかの犬に投げつける。
他にも何頭か巻き込んで倒れこんだ犬達に容赦のない衝撃波が叩き込まれた。

「す・・・すげえ・・・」

シュンイチはブギーポップから目を離せなかった。
夜色のマントをなびかせながらブギーポップは確実に周囲に群がる獣達の数を減らして行く。
それはまるで小説か映画のワンシーンのように現実離れしている。
しかし同時にそれは紛れもない現実でもあった。

ブギーポップを襲っていた獣達はワイヤーで切り裂かれ、衝撃波で吹き飛ばされて確実にその数を減らしていく。
獣達はブギーポップの動きに加え、シンジの協力で瞬間移動までこなすブギーポップを捉えることすらできない。

ドサ!!

最後に残った犬が地面に沈んだ。
周囲を見回せば生き物の気配はまったくない。
あれだけの数で攻めたにもかかわらずそのすべてがブギーポップ一人にかなわなかったのだ。

「さて・・・」

ブギーポップの瞳がシュンイチを捉える。
シュンイチは戦いの始まったときとまったく変わらない姿で立ち尽くすブギーポップの姿に冷たい戦慄を感じた。

「君の願いをかなえようか?」
「あ・・・ああ・・・」

ブギーポップの言葉にシュンイチは無意識に一歩下がる。
それに気づいたシュンイチははっとなった。
ブギーポップに自分を殺すように言ったのは他でもない自分だ。
それが自分の望みだったはずなのにブギーポップの気配に押されて退いた。

(なさけない・・・どこまでも・・・)

ブギーポップをにらむように見返すとシュンイチは逆に一歩前に出た。

「・・・やってくれ」
「・・・・・・最初から気になっていたんだが・・・それは本当に君の願いか?」
「え?」
「さっき言ったはず・・・僕は君の願いをかなえると、ここで死ぬことは本当に君の願いか?」
「そ・・・それは」

本心でないのは当然だ。
誰だって死にたくはないだろう。
だがしかし・・・

「・・・俺の願いだ。」
「・・・・・・そうか・・・」

ブギーポップはそれだけ言うと歩いてシュンイチに近づいていく。
その一歩一歩がシュンイチには死刑執行のカウントダウンに思えた。
感覚的には長く、実際には短い距離はブギーポップがシュンイチの目の前にたどり着くことで終わる。

「まあ君がどうあれやることには変わりないんだが・・・」

シュンイチの見ている目の前でブギーポップの右手が掲げられた。
あれが振り下ろされればすべてが終わる。
覚悟を決めたシュンイチは目をつぶった。
もはやこの瞳が開く事はないだろうと思いながら・・・

ガシイ!!!

肉を殴打する音が響いた。
同時に何かが吹っ飛ぶ気配が間近で起こる。

「え?」

疑問の声と共にシュンイチは目を開けた。
今の一連の事は自分に起こった事ではない。
開けた視線に最初に飛び込んできたのは見覚えのある人物・・・

「ヤヨイ?」

そこにいたのは見間違えようもなくヤヨイだった。
ヤヨイの顔はシュンイチではない方をむいている。
だからシュンイチの見る数日ぶりのヤヨイの顔は横顔だった。

「・・・なるほど・・・こんな場所に理由も無く人が来るわけが無いと思っていたが・・・逆に”理由があれば”来る可能性はあるわけだ。」

シュンイチははっとなってヤヨイの睨んでいる方向を見た。
そこには地面に片膝をついているブギーポップ・・・その瞳はヤヨイを見ている。
どうやら弾き飛ばされたのはブギーポップだったようだ。

「リ、理由?」
「君を探しに来たんだろうさ、大方君がここに向かっていくのを見た誰かを見つけたんだろう?そしてここに来て君の能力に囚われた。」
「そ、そんな・・・ヤヨイは関係ないんだ!!」
「知らないよ。そう言うことは彼女に言ってくれ。」

ヤヨイに視線を戻したシュンイチは絶句して固まった。
シュンイチの目の前にいるヤヨイはさっきの野犬同様に歯をむき出してブギーポップを威嚇している。
横にいるシュンイチの声も聞こえていないようだ。

「ちょっと待てヤヨイ!!」
「無駄だよ。今の彼女に言葉は通じないさ。」
「ど、どういうことだ!!」

ブギーポップの顔に皮肉げな笑いが浮かんだ。

「今このあたりにいる動物はあらかた僕が始末したからな、ここには彼女以外能力の対象になる生き物がいない。」
「そ、それじゃ・・・」
「さっきまで動物達に向けられていた能力が彼女一人に集中している事になるな・・・」

言葉の終わりを待たずにヤヨイがブギーポップに飛びかかる。
ブギーポップを引き裂こうと開いた手がブギーポップの顔面に向けて突き出された。

「ほう・・・」
(早い!!)

それは明らかに人間の出せる速度を超えている。

ブギーポップは寸前で最小限に避けるとヤヨイの背後に回りこんだ。
背中同士をあわせる状態から振り向きざまヤヨイの首筋に手刀を落とす。
訓練された大人でも昏倒させる事が出来るだろう。

ドン!!
「げ!!」

あまりの驚きにブギーポップとのシンクロが切れてシンジが出てきた。
それも仕方ない、昏倒必至の一撃なのにヤヨイは倒れるどころかそのままの状態で片手を背後に振り回したのだ。

「ぐふ!!!」

胸に当たった手によって肺の空気が搾り出される。
そのままシンジの体は腕に弾き飛ばされて宙を舞う。

「ぐ!!」
ズザザザ!!

何とか体勢を整えて地面に着地する。
見ればヤヨイと体がくっつきそうなほど近くにいたのに5メートルほどの距離が空いていた。

(完全にリミッターがはずれているな・・・)
「いくら本能に訴えかけるって言っても度が過ぎる。・・・あの人の体が持ちませんよ・・・」

ヤヨイは優位にたっているはずなのにシンジよりぼろぼろだった。
おそらく毛細血管が破裂したのだろう。
関節を中心に血がにじんでいる。

特にさっきシンジを吹き飛ばした腕などは紫色になり始めていた・・・ひびが入ったか、もしくは折れているらしい。
それでも関係なく向かってこようとするあたりアドレナリンの過剰分泌で痛覚が麻痺しているようだ。

しかし肉体はそんな無茶についていけない。

ブギーポップを圧倒するスピードやシンジを片手で投げ飛ばす筋力は明らかに肉体の限界を超えている。
このまま戦いつづけてヤヨイの体にダメージが溜まれば正気に戻ったときの激痛でショック死するか内臓系のダメージで障害を起こす可能性もある。

「躊躇してらんないな・・・」

シンジは駆け出す。
まずヤヨイをどうにかしなければ何も始まらない。
放って置けば死んでしまう。

向かってくるシンジに対してヤヨイもカウンター気味に飛びかかった。

「くっつ!!」

シンジはヤヨイの腕をかいくぐるとヤヨイの体に密着する。

ドス!!

至近距離からシンジの肘がヤヨイの鳩尾に入った。
きしむような打撃音とともにヤヨイの体が硬直する。

しかし、ヤヨイは止まらない。
本来なら悶絶レベルの一撃でその程度なのだ。

シンジの動きも止まらず、さらにヤヨイの頭上を飛び越える

ガシ!!

ヤヨイの背後に移動したシンジは延髄めがけて上段蹴りを放つ。
食らえばプロレスラーでも昏倒させられる自信があったのだが、しかしヤヨイはよろめくだけで倒れない。

「チッ!!」

舌打ちするとシンジはヤヨイの首に手を回して気道を絞める。
当身が聞かないとなると後は落とすしかない。

「な!!!」

シンジの口から悲鳴に近い驚きの叫びが漏れた。
ヤヨイはシンジを首に引っ掛けたまま走り出したのだ。
もちろん気道を絞めている腕はぎりぎりとヤヨイの首を締め付けているがひるむことさえしない。
守るべきシュンイチから距離をとるつもりのようだ。

「くそ!!」

これ以上はヤヨイの命に関わると判断したシンジは腕を放してヤヨイの背中から飛び降りた。
自分を殺そうとしている相手を殺さないように戦うのは骨が折れる。

シンジが離れて少し走った後、ヤヨイが振り向いた。

手加減をしていたとはいえ三つともいい感じに入った一撃だった。
本来なら地面に沈んでいるべきなのだが目の前のヤヨイはまだやるつもりだ。

「どうしろって言うんですか?」

問題は能力の大本であるシュンイチではない。
差し迫った問題はヤヨイのほうだ。
現在進行形で文字通り命を削っている上に気絶すらしないヤヨイには時間が残されていない。

シュンイチだけをどうにかしたいなら手がないわけでもない。
このまま逃げ続ければいいのだ。
放っておいてもヤヨイは死ぬ・・・そのあとでシュンイチをどうにかすればいいのだが、しかしそんなわけにも行かない。

「・・・こまったな」
「ヤヨイ!!」
「え?」

いきなりだった。
シンジもヤヨイもお互いに集中していたためにこの場にもう一人いたことを忘れていた。
気がつけばシュンイチがヤヨイを羽交い絞めにしている。

「い、今だ!!」
「な、なにをしているんだあんたは!?」
「俺が押さえている間は何も出来ないはずだ!!」

シュンイチはヤヨイをしっかり抱きしめている。
能力の影響下にあるヤヨイはシュンイチを跳ね除けることが出来ない。
渾身の力でしがみついているシュンイチを引き剥がせば怪我をさせてしまう。
シュンイチを守ることが大前提である以上無理な抵抗は出来ない。

「今のうちに俺を!!そうすれば能力が消えてヤヨイは助かるはずだ!!」

どうやらシュンイチもヤヨイが危険な状態にあると感じたらしい。
シンジに変わってブギーポップがでてきた。

「君はそれでいいのかい?」
「良いから早くしてくれ!!」

シュンイチは必死だ。
自分の腕の中にいるヤヨイを開放するために命すら捨てようとしている。
さっきまでの自暴自棄な願いではなく意志のこもった願い。

「それが君の願いか?」
「そうだ!!」

ブギーポップの顔に笑みが浮かぶ。
いつもの左右非対称な皮肉げなものではなくふっと笑うような穏やかな笑み・・・その優しい微笑にシュンイチがヤヨイを羽交い絞めにしたまま呆ける。

「わかった。君の願いをかなえよう。」

ブギーポップの右手が銃のように握られてシュンイチを指す。

ドン!!

躊躇無く放たれた衝撃波はシュンイチの胸を貫いた。
同時にシュンイチの手から力が抜けて崩れ落ちる。
開放されたヤヨイも同じように崩れ落ちた。

「さて・・・上手くいったかな?」

ブギーポップは折り重なるように倒れているシュンイチとヤヨイに近づくとシュンイチの状態を確認した。
完全に心臓が止まっている。
それを確認したブギーポップに左右非対称の笑みが浮かんだ。

「果たしてうまくいくかどうか・・・神のみぞ知る・・・かな?」
(神はサイコロを振らないらしいですよ。)
「違いない。」

ブギーポップは笑いながらシュンイチに右手を向ける。

「なにせ初めてのことだからな、失敗しても恨まないでくれると助かる。」
(それは無理でしょう?)

シンジの言葉に苦笑しながら頷いた。
今まで何人もの世界の敵を葬ってきたが逆にこれからすることは今まで一度もやったことがない。
第一段階は成功しているが問題はこれからする第二段階のほうだ。

「さて、はじめるか・・・」

言葉とともにブギーポップは力を解き放つ。
それを受けたシュンイチの体がびくりと震えた。

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数日後・・・
第三新東京市第一高校・・・

キ〜ン・コ〜ン

終業のチャイムと共に生徒達が自分の荷物を持って立ち上がる。
部活のあるものは部室へ
そうでないものは学校の外へ
それぞれの目的地に移動を始めている。

そんなざわついた教室の隅のほうの席に・・・

「シュンイチ〜」
「んん?」

自分の名前を呼ばれたシュンイチが振り返ると案の定ヤヨイだ。

「どうかしたのか、ヤヨイ?」
「今日は買い物に行かなくちゃなんないから荷物持ち頼める?」
「荷物持ち?見返りは?」

シュンイチがニヤリと笑う。
それを見たヤヨイが舌打ちをした。

「・・・クレープおごりでどう?」
「乗った。」

二人は笑い合いながら一緒に教室を後にする。

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シュンイチは悔やんでいた・・・安易にクレープ一つでヤヨイの誘いに乗った事に・・・・

「これ洒落にならない重さなんですけど?」
「文句言わない、これが私達の血となり肉となる!!」
「何だよその理屈は・・・」

両手に下げた買い物袋の紐が手に食い込んで痛い。
中身は全部食材だがこれだけの量になるとそれなりの重さだ。
具体的にはビニールの袋がなぜ破けないのか疑問なほど・・・

「少しは持ってくれても・・・」
「男が弱音を吐かない!!」
「男女差別だ・・・法律相談所に訴えてやる〜」
「あははは〜」

ヤヨイは笑ってごまかすがシュンイチはジト目だ。
それでも持とうと言わないあたりヤヨイの強心臓には苦笑するしかない。
将来旦那を尻にしくタイプだ。

「報酬のクレープはきっちり貰うからな?」
「そんな状態じゃ食べれないでしょう?」
「後払いだ。」
「ちっ!!」

わざとらしい舌打ちをするがヤヨイの顔は笑っていた。
このやり取りを楽しんでいる。
つられてシュンイチも笑う。

「・・・なんか最近明るくなったよね?」
「そうかな?」
「なんか前は笑った顔をしているだけって感じだったけど・・・」
「え?」
「それで叔父さん達の事・・・引きずっているのかな・・・って」

ヤヨイの顔に不安そうな色が浮かんでくる。
シュンイチは自分でも知らないうちにヤヨイを心配させていたことに気づいた。

「あ・・・いや、そうでも無いんだけど・・・」
「そうなの?」
「うん」

ヤヨイが不思議そうな顔でシュンイチを見る。
対するシュンイチも何故か不思議そうな顔だ。

「良くわからないんだけどさ・・・何か今は肩の荷が降りたって言うかそんな感じ」
「なにそれ?」
「だから良くわからないんだって、ただ・・・何かから開放されたようなそんな感じがするんだ。」
「開放されたね・・・」

二人は揃って首をひねる。
話の内容が抽象的で感じとしてはあるのだが具体的に何がと言うとわからないので話が進まないのだ。
シュンイチ自身も疑問なのだが違和感の正体がわからない。
一番の違和感はそれがわからないことが”不快ではない”と言うことだろう。
なぜかそれはわからない方がいいような気さえする。
このまま記憶の中に埋もれさせるべきと言う感じだ。
”何故そう思うのか”すらわからないが・・・

「あ、シュンイチ!?」
「え?」

シュンイチは考え事をしながら歩いていた。
そのために気づくのが遅れてしまったのだ。
目の前に迫っていた電柱に・・・

ガン!!

当然そのままの勢いで電柱にぶつかる。
両手に持っていた買い物のために受身も取れない。
そのままシュンイチはその場でひっくり返る。

あまりにいきなりだったのでヤヨイを含めて通行人の”誰もシュンイチを助けられなかった”のだ。

「いつつ!!」
「大丈夫?」

ヤヨイが駆けよってシュンイチを助け起こす。
よほど勢いよくぶつかったのかシュンイチの額に血がにじんでいた。

「擦り剥いているじゃない。」
「痛いな〜」
「ぼうっとしているのが悪いのよ?」

ヤヨイの言う事ももっともだ。
前に向かって歩いているくせに前を見ていなかったんだからしょうがない。
自業自得だろう。

「今日はついてない・・・」

シュンイチは呟くと立ち上がって制服の埃を叩いて落とす。
ちょっと涙目になっているのは仕方ないだろう。

自分の近くに落ちていた買い物袋の中身が大丈夫かどうか確認すると再び両手に持った。

「大丈夫?」
「ぜんぜん大丈夫じゃない、どうも今日は天中殺らしいからさっさと帰ろうぜ」
「え?そう?」
「クレープは貸しな?」
「そう言う記憶とか無くなったりしない?」

ヤヨイの言葉に首を振ってからかうような笑いを向けるとシュンイチは歩き出した。
シュンイチと一緒にヤヨイも歩き出す。

「そう言うのは都合よく忘れたりしないの〜?」
「しないの〜」

二人は並んで歩いていく。

しばらく歩いていると前から来る中学生の集団が目に入った。
道の右側によると中学生達も左側によってすれ違う。

(変な取り合わせだな・・・)

すれ違うとき、中学生達を見ながらシュンイチはそんな事を思った。

青い髪の物静かなショ−トカットの女の子。
ハーフっぽい赤い長髪の女の子
オレンジ色の活発そうなショートカットの女の子。
メガネをかけた長い黒髪の女の子。
銀髪のどこか不思議な雰囲気を持つ女の子。
しかも皆結構レベルの高い容姿をしている。

(中学生の限界レベルの可愛さだな・・・一緒にいるのはどんな奴だ?)

彼女達と一緒に歩いているのは背の高い少年と人のよさそうな少年・・・そして・・・

(あれ?)

シュンイチは最後の少年を見た瞬間、妙な違和感を覚えた。
見覚えが無いはずなのにどこかであった事があるような奇妙な感じ。
その視線に気がついたのか少年もシュンイチを見る。

「え?」
「シュンイチ?あの子と知り合いなの?」
「いや・・・まったくの初対面・・・だと思う。」

いまいち自信が無い。
だってさっきあの中学生は・・・

「あの子・・・あんたに向かって笑っていたわよね?」

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シュンイチとすれ違ったシンジ達は二人が不思議そうな顔で歩き出すのを横目で確認してから足を止めて振り返った。
アスカが去っていく二人を指で指す。

「あいつがそうなの?」
「うん、上手くいったようだ。能力は消えている」

シュンイチの後姿を見ながらシンジは微笑んだ。
Defense of sacrifice(犠牲の守り)は完全自動の守りだ。
目の前に迫った電柱というシュンイチの危機に反応しないということはありえない。

「それにしても、何で皆で来たわけ?ぼくはレイとマユミさんだけを呼んだはずなんだけど?」
「いいじゃないそんな事、それよりなんで何も言わなかったのよ?私達、加持さんに話を聞くまで何にも知らなかったのよ!?」
「仕方ないじゃないか、ぼくとブギーさん以外は能力に取り込まれて敵になっていたんだから、実際あの女の人は能力に取り込まれて死にかけたんだよ?」
「あう・・・」

それを言われると何も言えない。
ヤヨイがどんな危険な状態だったかはシンジに聞いて知っている。
レイの力で自己治癒能力を高めて治療しなければ病院のベットの上か、悪くすれば半身不随クラスの怪我だったらしい。

さすがにシンジを相手に死ぬまで戦うのは嫌だ。
シンジの隣いにるカヲルが話し掛ける。

「それで?一体どう言う事情で彼の能力は消滅したんだい?」
「理由はあの人が一度死んだから。」
「「「「「え?」」」」」

全員が揃って去っていくシュンイチの後姿を見た。
少なくともゾンビの類では無いように見える。

「もちろん死んでいたと言っても数秒間と言ったところ。」
「シンジ君・・・話が見えないよ?」
「つまりね、如月シュンイチの能力はあくまで守りの力なんだよ。だから能力を消すためには”守るべき対象である如月シュンイチの死”が必要だったらしい。守るべき物の無い守りの力なんて存在しないでしょ?」
「必要って・・・一回殺して蘇らせたのかい?」
「そう言うこと・・・」

人間の死は大別して3通り存在する。
循環系の死、神経系の死、内臓欠損の死の三つだ。

循環系の死は主に血液の流出による失血死
神経系の死は主に五感、あるいは脳や心臓に対して限度を越えた痛覚、ショックなどを与える事によるショック死
内臓系の死は主に脳や心臓など重要器官に直接ダメージを負う事、あるいはその一部欠損などによる死、内臓破裂などによる死もこれに当てはまる。

明らかに死んでいるが死んでいない状態、仮死状態には神経系の死が関わってくる。

「つまりブギーさんはあの時、一回目の衝撃波で如月シュンイチの心臓をピンポイントで狙って心停止させたんだよ。」

急なショックで心臓が止まると言う事自体はそれほど珍しくはない。
自動車事故や海難事故で呼吸が止まる事、心臓が止まる事はありうる話なのだ。
車や船舶の免許を取る人間にとって人工呼吸と心臓マッサージが必修科目になっているのは伊達ではない。

心停止後5分以内に心臓を動かせば脳障害の心配も無い。
重要なのは如月シュンイチが死んだと言う事実だけだったのだ。

Defense of sacrifice(犠牲の守り)からシュンイチを解放するためには他に方法がなかった。

「でもそんなところに都合よくAED(自動体外式除細動器)なんて・・・」

マナの疑問にシンジは大きく頷く。
少し顔が引きつっているのは見間違えでは無いだろう。

「あの人・・・心臓を止めた時と同じように衝撃波でそれをやっちゃったんだよね・・・」

一番近くで見ていたシンジも呆れた。
心臓にショックを与えると言う事に関しては一回やっているのだから出来なくも無いだろうがあっさりとそれを応用してAED(自動体外式除細動器)のマネまでやってのけるあたりなんとも規格外な存在だと皆揃って呆れた声を出す。

「大丈夫だったの?」
「・・・最初に心臓をとめたときか、動かしたときか・・・とにかく肋骨が何本か折れていた。」

心臓マッサージを行って肋骨が折れるということはありうることだ。
そのくらいしないと一度止まった心臓を動かすことは出来ない。
他に方法がなかったとしても無茶な力技だ。

もちろんシュンイチの肋骨もレイの能力で治しておいた。

「ブギーさんなんか蘇生したの確認したら「これで大丈夫」とか言ってさっさと沈んじゃったんだよ。薄情だよね」

結構無責任なブギーポップのせいで深いため息を吐きながらシンジはシュンイチ達を見送る。
二人は自分達には気づいていないらしく振り返りもしない・・・それでいいと思う。
シンジはシュンイチ達が見えなくなるとレイとマユミに振り返った。

「レイもご苦労様、ごめんね、巻き込んじゃって」
「いいの・・・シンジ君のためだから」
「マユミさんも面倒かけちゃったね」
「いえ・・・」

マユミはシンジの言葉に首を振るとシュンイチとヤヨイの去って行った方を見る。
その視線はどこか晴れやかだ。

「能力で苦しむ気持ち・・・分かりますから・・・」
「・・・・・・」

マユミが自分の能力に悩んで傷ついていたのは皆が知っている。
シンジのように傍にブギーポップがいたわけじゃない、他の皆のように同じ能力者が近くにいたわけでもない。
一人で悩み苦しんでいた時期がある。

そういう意味では彼女もシュンイチと似ているかも知れなかった。
彼女にとってこの町でシンジに会えた事はどれほど大きな事かしれない。

シンジが今回彼女に如月シュンイチの事情を話し、能力とそれに関する事柄の記憶を消してほしいと言った時、マユミは一も二もなく引き受けた。
そんなつらい記憶など能力が無くなった以上、覚えている価値等ない。
悲しい記憶など忘れてしまえばいい。
マユミは初めて自分の能力を喜びと共に使った。

「まさかこんな気持ちで能力を使う日が来るとは思いませんでした。」
「そう?」
「はい・・・私、この町に来て本当に良かったです。」

微笑むマユミは一人の人間の人生を救ったと言う誇りに輝いていた。
思わず全員の顔が緩む。

「さて、今日はこれからどうしようか?」

ムサシが気を効かせてこのまま遊びに行こうと提案して・・・

「そうだね、ゲーセン?カラオケ?」

ケイタがそれに頷くと場所は何処にするか考えて・・・

「あんたたち・・・安易って言うかパターンって言うか・・・」

アスカが呆れた声をだすけど嫌がらなくて・・・

「あ、私買いたい服あったんだけどデパートに寄っちゃだめ?」

マナが手を上げながら元気よく希望を言って・・・

「あ、じゃあ私は途中で本屋に寄りたいんですけど・・・」

マナミが控えめに自己主張をして・・・

「私は・・・シンジ君と一緒ならどこでもいい・・・」

レイがちょっとずれた本音を言って・・・

「それなら僕もシンジ君とご一緒したいな」

カヲルがレイに同意して・・・

「それじゃとりあえず行こうか?」

シンジの一言に皆が頷く。

全員言っていることは違うがその顔には同じような笑顔が浮かんでいた。
そしてみんな連れ立って歩き出す。

目的すら決まっていないがそれすらもどうでもいいことだ。
歩き続ければどこかにたどり着くし、歩いているうちに行きたいところが決まるかもしれない。
ただ歩くだけというのもこれはこれで楽しいのだから・・・シンジ達はわいわいしゃべりあいながら歩いていく。

これは・・・ただそれだけの物語






Fin...

(2007.09.29 初版)
(2008.02.24 改訂一版)


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