予想だにしないこととは必ず意表をついて起こるものだ。

そしてその結果すらも予想だにしないものであることが多い。






天使と死神と福音と Outside memory

余計で章 〔邪道でしょう?〕

presented by 睦月様







「くっ・・・はっあ・・・」

吐く息が荒い。
肺が焼け付きそうに痛む。
体のあっちこっちが悲鳴を上げている。

「っぐう!!」

しかし男は走り続ける。
月が天空の中心にある深夜の暗い街の中を・・・

どれだけ走ったのか・・・感覚がおぼろげになってはっきりしない。
かなり走ったということしか分からないが・・・どんなに走っても、走るだけじゃ意味がない。
背後にははっきりと追撃者の気配を感じる。

「な、なんなんだあいつは・・・」

咳を伴った言葉は呼吸困難になりかけている証拠だろう。

そう、男は逃げていた。
いきなり現れた何者かに追いかけられて・・・一目見た瞬間に逃げ出したのは間違いじゃなかった。
背後から感じる気配は付かず離れず男を追いかけてくる。
それは決して男の足が速いからではない。

わざと追いつかないのだ。
猟犬のように相手が疲れ果てるのを待ってから一気に仕留める・・・ハンターの手法だ。
いくら深夜とはいえ、場所は町の中・・・そのあたりの家に駆け込んで助けてもらえそうなものだが・・・

ビシ!!
「ヒ!!」

駆け込もうとするそぶりをするだけで空間を何かが走る。
見えはしないがおそらく鋼線のような物だ。
実際今も足元にあった小石が綺麗に切断された。

それを見た男のスピードが上がる。
自分の命がかかっているだけあって必死だ。

しかし、過呼吸になりかけていてぶっ倒れるのも時間の問題だろう。

呼吸が乱れすぎていて大声で助けを呼ぶことも無理だ。
そんなことをしても蚊の鳴くような声しか出ないだろうし、何より大声を出す為の隙を追撃者が見逃すとも思えない。

やがて・・・男の逃走劇は終わる。
全力疾走で動けなくなる前に目の前に現れたのは・・・壁・・・どうやら逃げているうちに袋小路に入ってしまったらしい。

「そ、そんな・・・」

へたり込んだ男の耳に口笛が聞こえてきた。
曲名はニュルンベルクのマイスタ-ジンガー・・・それを耳にした男があわてて背後を振り返る。

そこにいたのは・・・漆黒の筒のようなシルエットを持つ死神・・・ブギーポップ

「・・・どうやらこのあたりが限界らしいね?」
「お、お前はなんなんだ!!何で俺を殺そうとするんだ!?」
「それが僕の役目だからだよ。」

ブギーポップは男に一歩踏み出す。
男がおびえて後ず去った。

「お、俺はこんなところで死ねない!!」
「まあそうだろうね、でも君の持つ能力は危険らしい。この世界の危機を招きかねないほどに・・・それゆえに世界の敵になってしまった。」
「世界の危機?世界の敵?お、俺は!!」
「悪いが・・・」

静かに・・・鋭利過ぎる何かが男を貫いた。
物理的なものではない。
もっと別のものが男の口をつぐませる。

「君を見逃すという選択肢は無い。」
「う、うう・・・」
「そういえば結局、君がどういう能力を持った世界の敵だったのかは分からなかったな・・・」

ブギーポップは右手を振り上げた。
同時にきらめく鋼線が放たれる。

それを見た男の顔に絶望とは違う、覚悟と言う名の表情が現れた。

「くっそが!!!」

いきなり男の姿が消えた。
しかも周りの風景にも妙な違和感がある。

「なに!?」
「おおおおああああ!!!!」

声は背後からした。
意表を突かれた驚きでシンクロが切れ、シンジが表に出てくる。

「くっつ!!」

シンジはとっさに前に飛んだ。
しかし完全な不意打ちだった為にしがみつかれてしまう。

「な!!」
「うああ!!」

男のほうも必死でシンジにしがみつく。
同時に何か得体の知れない感覚が男から流れ込んできた。

「うっぐ!!放せ!!」

不快感に顔をしかめながらもシンジは動いた。
のしかかってくる男の腹に蹴りを叩き込む。

ドス!!
「うぐう!!」


引き離された男はシンジに背を向けると一目散に逃げに入った。
正しい判断だ。

「ま、まて」

シンジも追いかけようと・・・

「え?」

立ち上がろうとしていきなり転んだ。

「な、なんだ?」

シンジはわけが分からず自分の体を見た。

違和感がある。
何がとはっきり言葉には出来ないが何かが違う。
痛い箇所を探してみるがこれといってない。
押し倒された痛みはあるがただの打ち身で動けなくなるようなものではない。
体の動きに関してもこれといって問題はなかった。
両手足の指の先まで感覚がある。

しかし・・・何かがおかしい。
例えるのならそれは履きなれた靴から新しい靴に履き替えたときのような・・・。

同じ靴ではあるのだがそこに付きまとう違和感のような微妙な感覚・・・

「え?って・・・」

声もなんだか高い気がする。
違和感を感じながらも立ち上がってみれば・・・少しだけ視界が低くなっていた。

「な、なにこれ?」

シンジは自分の体に手を触れて・・・ないはずのものがある感触と・・・あるはずのものがない感触を感じて・・・

「!#!%’(’%”)」

声にならない絶叫を上げた。

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「・・・これでよしっと」

ユイはノートパソコンのデーターを保存して一息ついた。
明日の会議用の資料だ。

「あ、もうこんな時間・・・」

時計を見ればすでに日付が変わっている。
どうやら集中しすぎてしまったようだ。

レイやメイはもう部屋で眠ってしまっているだろう。

「あの二人には本当に助かるわね、リリスちゃんの面倒もちゃんと見てくれるし~でもちょっと寂しいかな?」

この家の最年少、赤ん坊のリリスはレイやメイと一緒の部屋で寝ている。
二人とも誰に言われるでもなくリリスの面倒を率先してみていくれていた。

妹という存在に保護欲を刺激されたようだ。
リリスのほうもまだ赤ん坊で自我が確立していないが二人になついている。
ユイとしても仕事などの関係があるためにレイとメイがリリスの世話をしてくれて本当に助かってはいるのだが母親としてはちょっと物足りなくはあるかもしれない。
このまま行くとあの二人・・・リリスの教育方針にまで口を出してきそうだ。

「それはそれであの子達にとってもいいことだとは思うけれど~」

主に将来母親になったときとかに役立ちそうだ。
ユイは苦笑すると立ち上がって電気を消して寝室に向かおうと・・・

ドン!!

「っつ!?な、なに!?」

いきなり玄関の扉から響いて来た打撃音(間違ってもノックの音じゃない)にユイが身をすくませる。

ドガガガガッガガッガガガガガ!!

しかも打撃音は一回じゃない。
まるで北の七つ星を胸に刻んだ一子相伝の暗殺拳の伝承者や、守護霊でオラオラ言いながら相手をたこ殴りする奇妙な人達、もしくは星座の鎧を着て光速を超えるパンチを放つ人たちでもいるんじゃないかと思うほどの容赦の無さ・・・微妙に扉が変形し始めている。

「だ、誰!!こんな夜中に近所迷惑でしょう!?」

ユイは玄関の自動扉を開けてその先にいるであろう人物に文句を言った。
一体どんな人物がいるのか、危険かどうかも分からないがそうも言っていられない。

このままでは自動式の扉がゆがんで壊れてしまうだろう。
扉を破壊されたら家から出られなくなる。

「え?」

扉が開いた瞬間、黒い何かが飛び込んできた。
しかも自分の腰に手を回してしがみついてくる。

「ち、ちょっと何?離して!」
「母さん!ぼくだよ、ぼく!!」

新手のオレオレ詐欺だろうか?
そんな考えが頭に浮かぶが一瞬で却下、あれは電話口でこそ意味があることであって目の前にいる状態では意味が無い。
ユイはパニックになった頭を冷やすと自分にしがみついている何者かをよく見る。

黒い服を着た小柄な人影・・・自分の胸に顔を押し付けてしがみついてくる。
顔は筒のような帽子が邪魔で見えない。
落ち着くのを待って引き剥がす。

おそらく高校生くらいだろう。
黒い瞳がユイを見上げた。
それを見返すユイは・・・

(あ、あら・・・か、かわいい~~♥)

おもわずそんなことを思った。
瞳を潤ませて見上げてくるおびえた表情に盛大に嗜虐心をそそられているらしい。

(ってちがう!!)

関係ない方向に脱線しそうになった思考を自力でサルベージする。
今はそんなことを考えている場合じゃない・・・そんなことを考えるのは”後で”だ。

(・・・見覚えは・・・無いわね)

記憶とてらし合わせても該当する人物はいない。
ユイだって伊達に東方三賢者と呼ばれてはいないのだ。
その記憶に無いとすればユイと目の前の人物は初対面ということだ。

(でも何か変ね・・・)

初対面だとは思うが・・・他人という気もしない。
というよりなんとなく見覚えがある。

ただそれは目の前の人物に対してのものではなく別の人間・・・目元とか唇の形とか・・・そういう部分で見覚えがあるのだ。

「か、母さん?」
「はっつ!!」

じっと考え込んでいたら黒い瞳から涙がこぼれだしていた。
気づいてもらえなかったことが悲しかったのだろう。
それを見たユイは・・・

(き、強烈だわ!!無条件で慰めてあげたくなっちゃう!!かぁいい~よぉ!!)

なかなか外道な方向に思考が進んでいる。
しかも幼児退行まで引き起こしていてこのままでは人間失格エリアに突入してしまうだろう。

「あれ?でも待って・・・」

しかし、そこはやはり人類最高峰の頭脳の持ち主、今の会話のおかしな点に気づいて急速に現実に戻ってきた。

「今、あなた私のことを母さんって呼んだ?」
「母さん!だからぼくなんだよ!!」

やはり聞き間違えではなかったらしい。
自分を母という人物は限られている。

息子であるシンジ、同じく今では娘同然のレイとメイ、そして自分のおなかを痛めたりリス。
このうち三人、レイ、メイ、リリスは自分の後ろ、家の中で寝ているはずだ。
となると残るはシンジだけなのだが・・・

「ん?」

よく見れば目の前の人物が着ている黒い服は服ではない・・・マントだ。
夜色のマントと筒のような帽子には見覚えがある。

ブギーポップのトレードマークの衣装だ。
これを着ていてなおかつ自分を母と言う人物・・・この二つを同時に満たすのは一人しかいない。
そう考えればユイが感じた違和感の正体もわかる。

目の前の人物は似ているのだ。
ユイに、レイに、メイに、リリスに・・・そしてシンジに・・・

だがしかし・・・目の前の人物はシンジではありえない。
だってユイの腕の中にいるこの子は・・・しかし他に考えられることも無い。
ユイは覚悟を決めて問いかける。

「シ、シンちゃんなの?」
「そうだよ!!」
「え・・・で、でもあなたは・・・」

認められない現実に直面すると人の思考は完全に停止するものなのだと、ユイはこのとき初めて知った。

「え・・・え!?えええええええ!!!!!!?」

夜の闇をユイの絶叫が切り裂いた。

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翌日・・・

「六分儀?ユイ君からのいきなりの呼び出しだが・・・何か聞いているのか?」
「いえ、私は何も・・・」

早朝といえる時間にもかかわらず、司令執務室に急ぐゲンドウと冬月の姿があった。
どうやら二人ともユイに呼び出しを食らったようだがなぜ呼ばれたかの理由は聞いていないらしい。

二人が進む通路の横の道からアスカやレイ達が連れ立って現れた。

「レイ?」

ゲンドウの言葉に子供たちが振り向く。

「司令・・・いえ、六分儀さんも・・・お母さんに呼び出されたんですか?」
「・・・ああ」

ゲンドウはもう司令ではないし、名前で呼ぶにはレイとゲンドウの間にはいろいろありすぎた。
大きな罪悪感と共にわずかながらの寂しさはある。
しかし、それを押さえ込んでゲンドウはレイと向き合う。

「私達も・・・司令に呼び出されたのだが・・・何かあったのか?」
「分かりません・・・でも昨日の夜に何か大きな声を出していました。」
「大きな声?」
「その後、お母さんは私の部屋に来てメイとリリスのことを頼むと言って家を出て行きました。メイとリリスは今保育所に預けています。」
「む・・・問題ないな・・・問題があるのは・・・」

ゲンドウは黙って執務室の方向を見た。

「そういえば私のママも昨日の夜にユイおば様に呼び出されたみたいでした。」
「なんと、キョウコ君もかね?」
「それと私の妻もです。」

アスカと冬月の話に口を挟んできたのは時田だった。
一緒に山岸、シゲル、マコト、マヤもいる。

「リツコ君も?新生東方三賢者総出で事に当たっているというのかね?」
「はあ、なぜか私はついてくるなと言われました。」

微妙に時田が寂しそうだ。
リツコに言われたことがそんなにショックなのだろうか?
案外夫婦仲は順調のようだ。

「・・・六分儀?」
「ああ、ただ事ではないことが起こったらしいな。」

冬月の言葉をゲンドウが首肯する。
さすがに長い付き合いだけあってお互いの考えていることも分かるのだろう。

ユイがキョウコとリツコの力を必要とした。
それがどんなことかは分からないがユイが自分の力だけでは解決できないことが起こったと言うことは間違いが無い。
しかもレイの話からして昨日の真夜中だろう。
突発的なことのようだ。

そして・・・同時に、その問題はあの三人をもってしても解決に至らなかったに違いない。
この面子がそろってここにいることが何よりの証拠だ。

今のネルフの体制はその中心に司令であるユイ、副司令のキョウコ、技術部長のリツコの新生東方三賢者がいる。
その下に政治関係のアドバイザー兼、長年の経験から交渉事の代役や諜報部を利用した情報集めもこなすゲンドウと冬月、技術面からのサポートをこなす時田と山岸博士
ネルフや第三新東京市の安全を守る保安部の部長である加持、最後に彼らのサポート役であるオペレーター三人衆のマコト、マヤ、シゲル

このメンバーが実質的なネルフの意思決定機関といえる。
その下にそれぞれ諜報部、技術部、保安部がつくという感じだ。

ここまでが表の話・・・

人類最高峰の知識や技術を持つ彼等に対処できない事態が起こったとき・・・主にMPLSや合成人間の出現とそれに伴う被害、事件が発生した場合・・・

中心にいるユイ、キョウコ、リツコのさらに中心にシンジと凪を筆頭とした子供たちが据え置かれることになっている。
これはMPLSや合成人間達に普通の人間が対処するにはあまりにも危険すぎる為だ。
能力の種類にもよるが何の力も持たない一般の人間には対処できない事態のほうが多い。

もっとも、これは強制というわけではない。
あくまで彼らは協力者であって部下という立場ではないからだ。
だから無理やり戦う必要も無い。

しかし、特殊な能力を持つ人間はその能力が負担となっている場合がある。
そんな彼らのケアが出来るのも同じように能力を持つ者達だけだ。

ちなみに、いままでにMPLSや能力者の事件に子供達が出張ったことはほとんどない。
なぜならば事件を引き起こす最たる存在、”世界の敵”に関してはシンジとブギーポップに任されていて、優先権は彼らにある。
簡単に言えばシンジが他の皆を巻き込むのを良しとしなかったために子供達は世界の敵との戦いに参加したことはない。

この一点において、絶対にシンジは譲ることは無かった。
せいぜい凪に手伝いを頼む程度で世界の敵との戦いを見ることさえ許さなかったのだ。
それがシンジの覚悟だというのは全員が理解していたが・・・。

「ん?そういえばシンジはどうした?」

ゲンドウの言葉に全員が見回すがシンジの姿が無い。

状況から考えて、アスカやレイが全員呼び出された時点で、ユイ達の抱えている問題はMPLSか合成人間がらみだろう。
それなのにシンジだけ呼び出されなかったとは考えにくい。

「シンジは家にもいなかったですよ。」

そういったのは遅れてやってきた凪だ。
やはり凪も呼び出されていたらしい。

急な呼び出しでろくな説明もされず、何が起きたのか分からない為だろう。
黒のライダースーツを着ていて戦闘準備万端といった感じだ。
その隣には加持と、なぜかミサトまで一緒にいる。
おそらく同じように呼び出しを食らったのだろう・・・ミサトまで呼ぶ必要のある事態というのは気になるが、今はそれより・・・

「シンジがいない?」
「ええ、出てくるときに声をかけに行ったんですが誰もいませんでした。ひょっとしたら一足先に執務室に入っているかもしれない。」
「どうやら行って確かめるしかないようだな・・・」

シンジはいろいろと暗躍することが多いのであるいは何が起こっているのか知っているかもしれないと思ったのだが、いないのでは聞きようが無い。
このままここにいても埒があかないので全員連れ立って執務室に向かう。

程なくたどり着いた執務室の扉を抜けて中に入るといつものように自分の席に座ったユイがいた。
だが今日はいつもと違ってその表情が優れない。
ゲンドウのように両手を組んで口を隠すポーズで固まっている。

そんなユイの左右に立つキョウコとリツコも同じような顔をしていた。
何が起こったかはわからないがあまり面白いことではなさそうだ。

「皆そろったわね、よく来てくれたわ・・・」
「皆って・・・まだシンジが来ていないみたいですけど?」

アスカの言葉通り、シンジの姿だけが足りない。
それに気がつかないユイでもないだろう。

アスカの言葉にユイ達が溜息をつく。

「シンちゃんのことは・・・問題ないわ・・・とりあえずね・・・」

どよめきが起こった。
ユイの言葉は遠まわしにシンジに何か起こったことを示しているからだ。

「そ、そんな!!」
「シンジに・・・なにかあったのか?」

叫びそうになったアスカを制して口を開いたのはゲンドウだ。
やはり貫禄だろう。
その雰囲気に圧倒されたアスカが引き下がる。

しかしゲンドウも見た目ほど心穏やかというわけではないらしい。
本来ならば司令であるユイに払うべき敬意が抜けていて、名前で呼んでいる。

ユイのほうもそれは気がついているがあえてたしなめたりすることは無い。

「あったといえばあったわね・・・とんでもないことが・・・」

ユイの言葉にキョウコとリツコが溜息をつく。
東方三賢者がそろってうなだれる姿に全員が最悪の事態を想像した。

「・・・シンジは・・・どうなったんだ?」
「はい?・・・ああ、命に別状とかは無いわよ。」
「・・・・・・なら・・・怪我をしたのか?」
「いえ・・・かすり傷一つ無いわ・・・」

意味が分からなかった。
シンジは大丈夫というわりにユイ達の顔色は優れない。
全員の顔が困惑したものになる。

「・・・見てもらったほうが早いでしょうね、ちょっと皆に顔を見せてあげてくれない?」

ユイは自分の背後にいる人物に声をかけた。
どうやらユイの体に隠れて誰かいたようだ。
オズオズという感じにユイの背後から現れたのは一人の少女だった。

背格好からしてレイやアスカ達と同じくらいの年齢だろう。
ロングの髪は腰まである黒髪、その髪の色と同じ、黒真珠のような瞳が緊張の為か潤んでいる。
その手が着ている入院服を握っているところを見ると警戒しているのだろうか?
そんな少女を見た一同は・・・

((((((((か、かわいい・・・!!)))))))

男女問わず、まるで思考がシンクロしたのかと思うほど全員の抱いた思いは一つだった。

一言で言うとかわいい系の美少女。
おどおどした態度がなんとも子犬チックで嗜虐心をそそって苛めてしまいたく・・・いかん、このままでは人間として終わってしまいそうだ。

「だ、誰かな?」

マナが目の前の少女に問いかける。
それを聞いた少女の表情がゆがんだ。

(((((((((((((ヤ、ヤバイ!!)))))))))))))

その表情を見た全員がたじろいだ。
あれはマズイ!問答無用でマズイ!!
MN5・・・マジで泣き出す5秒前だ!!

「チ、チョットマッタ!!ナンデソコデナキソウニナルンデェ~スカ!?」

一番あわてたのは声をかけたマナだ。
おもわず言葉が外人の日本語のような片言になる。
何故?名前を聞いただけでなんでこんないじめっ子みたいな状況にフォーリングダウン?

「お、落ち着いてほしいね、クールに行こうって事さ」

あわててカヲルが少女をなだめにかかる・・・ナイスフォロー。

「碇ユイ司令、この子は一体?」
「私の子供よ。」
「・・・なんだって?」

全員の視線が再び少女に集まる。
その中心の少女は自分に集中した視線に戸惑っておどおどしている・・・その筋の人間が見ればこういうだろう・・・

萌え~

「で、でも・・・確か子供はシンジ君だけじゃ・・・」
「あ~もう!我慢出来ない!!」

いきなりユイが飛び出してきておびえている少女を抱きしめてほお擦りしだした。
他人から見れば犯罪っぽいが全員が心のどこかで思う・・・仕方がないと・・・
それほどに目の前の少女は完璧な萌えっ娘だから・・・

「ユ、ユイ!!独り占めはずるいわ!!!」
「わ、私も抱きしめちゃって良いですか?」

さらにキョウコとリツコまで参加して少女を愛で始めた。
三人同時にほお擦りされる様子はたちの悪い罰ゲームにも見える。
あまりに高速のほお擦りに煙が出始めたように見えるのは目の錯覚か?

中心でもみくちゃにされる少女はまるで狼さんに襲われる赤頭巾ちゃんのようだ。

「いい加減にしないか・・・」

見かねたゲンドウが三人の中から少女を救い出す。
話を進めなければシンジの安否も分からない。
どうやらこの少女が何か知っているようだが・・・

「ありがとうお父さん!!」
「な、なに?」

少女の言葉を聞き返したゲンドウに少女がしがみつく。
しがみつかれたゲンドウのほうは目を白黒させた。

「六分儀、お前・・・シンジ君のほかに子供がいたのか?」
「冬月先生、馬鹿なことを言わないでください!」

さすがのゲンドウもあせっている。
「実は子供が出来たの~」という告白は割とよく聞くが「実はあなたの子供を生んでたの~」という感じで完全に王手をかけられた状態で告白されたような気分だ。
男の身としては狼狽しても仕方あるまい。

「私の子供はシンジ達しか・・・う!!」

ゲンドウは自己弁護をしている途中でユイの冷たい視線に気がついた。
隣にいるキョウコはニコニコ笑っているが細く開けられたまぶたから覗く瞳はマジだ・・・リツコはあらぬ方向を見ている。
前科が腐るほどあるゲンドウにしてみれば冷や汗だらだら物だろう。

主にナオコの事とか、リツコの事とか、ナオコの事とか、リツコの事とか・・・そしてユイもキョウコもそのことを知っているのは間違いない・・・情報源はやはりリツコか?

「・・・お父さん?」
「ん?」

ゲンドウはやっと自分にしがみついている少女のことを思い出した。
見下ろすゲンドウの視線と少女の視線が交差する。
少女の視線に感じるのはデジャブー

ずっと昔・・・まだユイが初号機に取り込まれる前・・・親子三人で暮らしていた時代・・・3歳だったシンジが自分に向けてきた視線と目の前の少女の視線が一致する。

「・・・ま、まさか・・・」
「どうした六分儀?何か分かったのか?」
「シンジなのか?」
「「「「「「「え?」」」」」」」

全員の呆けた声が重なる。
何を言っているのだこの髭魔神はという感じだ。
誰も声には出さないが・・・

「そうだよ、父さん~♪」
「「「「「「「「「「ぬあんですと!!!!」」」」」」」」」」

全員の絶叫が一つになった。
案外このメンバー、組み体操などに妙な才能を持っていないだろうか?

そしてその驚きの視線の中心にいる少女は自分の事を分かってもらえたのがそんなに嬉しいのかニコニコと笑っている。

「ほ、本当にシンジなのか?」
「うん、ぼくだよ。」

にっこりという感じに笑うシンジは・・・文句なしに美少女でした。
しかもその影響力は男女問わず。
思わずこの場にいる全員が赤面した。

そしてシンジの笑顔を誰よりも至近距離で見ながら、さらに抱きつかれているゲンドウに全員から嫉妬ビームが集中する。
しかし残念なるかな、当のゲンドウはそれどころじゃない

「誰も気づいてくれなかったけれど・・・お父さんは気づいてくれたんだね。嬉しいよ。」
「も、問題ない・・・」

いきなり息子が娘になった。
しかもどうも自分は彼女になつかれたらしい。
今までユイにしか好意を向けられたことの無かったこの男はどうしていいのか分からずに動けなくなっていた。

しかも目の前の見た目は娘、中身は息子(?)・・・その正体はシンジ(?)らしい彼女の笑顔は果てしなく魅力的だ。
さすがのゲンドウもほほが赤くなる。

「・・・ゲンドウさん?」

肩に置かれた手に気がついて振り返るとユイだ。

彼女もゲンドウに向かって笑いかけている。
・・・ぶっ殺されたいか?という感じのこれまたすさまじい威圧感を伴った鬼気迫る笑みだ。
人は言葉に頼らなくても意思の疎通が図れることを全員が理解した。

しかもユイはゲンドウを夫婦時代のように名前で呼んでいる。
そんなことも気にならないほど・・・怒っていらっしゃりますですよ、この世界最高峰の頭脳の持ち主は・・・

「な、なんだ?」
「あなた今・・・何考えていました?」
「な、何も・・・」
「この子は今はこんな姿ですがれっきとしたあなたの子供なんですよ?しかも本当は男の子・・・そんな子に赤面するなんてあなたは鬼畜ですか!?」
「き、鬼畜!?」
「それとも名前の通り外道ですかあなたは!?」
「わ、私の名前はゲンドウだ!!お、お前だってさっき・・・」
「私はいいんです。」

そういうとユイはゲンドウからシンジを取り上げる。
二人が抱き合う姿は誰が見ても仲のいい親子だ。
いや、外見年齢だけ見れば少し歳の離れた姉妹にも見えるかもしれない。

「でもあなたの場合だと・・・通報されますよ?」

なぜか皆納得顔でうなずいた。
今のシンジ?とゲンドウが抱き合っているところを想像して・・・そんなものを見たら間違いなく通報するだろう・・・自分が・・・主に援助交際とか恐喝とかそっち方面で・・・取調室でカツ丼を食べているゲンドウの姿が容易に想像できた。

ちなみに、よくテレビとかで犯人に刑事が薦めていたりするものの定番だが、勘違いしてはいけないのはあのカツ丼・・・ただではない。
きっちり後から料金を請求されるのだ。

話を戻そう・・・ゲンドウにだって自覚はあった。

「・・・拒絶されるのには慣れている。」
「そういう台詞は少しでも人からビジュアル的に愛される努力をしてから言いなさい。」
「・・・・・・」

ユイの言葉でゲンドウが沈黙した。
拒絶されることに慣れているからといって、傷付かないと思うのは大間違いだ。
さすがのゲンドウもうなだれてしまっている。

クイクイ
「ん?」

袖を引かれてたユイが見下ろせば泣き出しそうになっているシンジ・・・至近距離でそれを見たユイがおもわずくらっとなる・・・この母親・・・どこまで堕ちているんだ?。

「お父さんをいじめないで・・・仲良くしてほしい。」
「「「「「っつ!!!!」」」」」

全員がうめいた。

なんと強烈なお願い攻撃だろうか!!
しかも純真な瞳で言われたらその破壊力は天文学的なレベルまで到達する。

実際、至近距離で食らったユイなどは完全に骨抜きになっていた。
恍惚としていて顔の造詣が崩れるほどポワンとしているところがなんとも怖い。

ちょっと鼻血も出ていないか?

「だ、大丈夫・・・私たちは仲が悪いわけじゃないわよ。」
「そうなの?」
「そうなのよぉ~」

そう言っては母は娘(?)を抱きしめる。
その顔には満足げな笑みが浮いていた。

「っというわけでゲンドウさん?」
「な、なんだ?」
「とりあえず明日の為の第一歩です。その髭を剃って来なさい。」「な、なんだとう?」
おもわず髭に手を当てて分かりやすくゲンドウがたじろいだ。

「何かおかしいですか?前々から思っていましたがそのお髭、ちょっと暑苦し過ぎますよ。」

ユイの言葉に全員がうなずく。
今まで誰も突っ込みを入れなかったがあの髭はさすがにやりすぎだと思う。
無駄に威圧感もふりまいて近づけない雰囲気を醸し出している。
完全オートのフィールド発生器だ。

「し、しかし・・・これが無いと威厳というかなんというか・・・」
「そんなリンカーンのような理由など必要ありません。はっきり言ってあなたの顔は凶悪すぎます。少しでも真人間に見られるように剃りなさい。」
「い、いきなりそこまで言うのかユイ?」

ゲンドウの言葉を無視してユイはシンジを見る。

「シンちゃんはどう思う?」
「え?」
「ゲンドウさんのあのお髭」

じっとシンジはゲンドウを見た。

ビクッとするゲンドウ・・・

じじっとゲンドウを見るシンジ・・・

ビクビクッっとするゲンドウ・・・

じじじっとゲンドウを見るシンジ・・・

ビクビクビクッとするゲンドウ・・・

ギャラリーはそんな二人の様子を興味深そうに見ている

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・剃ったほうがいいと思う。」

ゲンドウががっくりとうなだれて力尽きた。
それを見たシンジがあわてるがユイがやさしく抱きしめて問題ないと落ち着かせた。

しばらくうなだれていたゲンドウだったが不意に立ち上がり、全員を見回すと・・・

「・・・誰か・・・剃刀を貸してくれ・・・」

ああ、この世界はどこに行くのだろう?

そして、ゲンドウの明日はどこにあるのだろう?






To be continued...

(2007.10.06 初版)
(2007.10.20 改訂一版)
(2008.03.01 改訂二版)


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