天使と死神と福音と Outside memory

余計で章 〔邪道でしょう?〕

presented by 睦月様


父と母・・・というよりもきっかけがあれば一気に暴走・爆発するネルフ上層部の行動力をいやな意味で知ることになったファッションショーから数日・・・

シンジはおそらく人生の転機になるっぽい・・・んじゃないかな~という感じの状況に立っていた。

逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。・・・

自分にマインドコントロールをかけながらシンジは前を見る。
それは知っている扉・・・見慣れているのは当然。
自分の学校の自分の教室の扉なのだから・・・

シンジを学校に行かせるとユイが言った後のリツコの行動は迅速の一言に尽きた。
リツコがMAGIによって”今のシンジ”の架空の戸籍を作り、シンジの通っている高校に通えるように手続きをする。

・・・ここまでの所要時間・・・実に二時間弱、服を買いそろえたシンジとユイが帰ってきたときには制服の手配まですんでいた。
もちろん女生徒用の制服だ。

そして今、シンジはその制服を着ている。
上から下まで女の子の姿の自分を鏡で見たとき・・・まったく違和感がなかった。

(・・・一寸涙が出てきそうだ。)

気を抜くとどんどんマイナス方向に傾いていく気がする。
人間としての軸がぶれていないだろうか?

(何はともあれ・・・)

今は現状の問題をどうするかである。

「碇さん、入ってきてください。」
「・・・はい」

名前を呼ばれたシンジは扉を開けて教室に入る。
その先にいたのはいつもどおりの担任教師、いつもどおりのクラスメイト達・・・しかし、シンジに向けられる視線は初対面の女生徒に向けられるもの・・・シンジが始めてこの町に来て、中学校に編入してきたときと同じだ・・・それがちょっとだけ悲しかった。

シンジは教壇に立つ教師の隣まで行くとクラスメイト達に向き合う。

「では自己紹介をお願いします。」
「はい、第二東京から交換学生としてきました【碇 ルイ】です。」

シンジ改め碇ルイは頭を下げる。

彼女の編入に伴って一番問題になったのはやはりシンジの存在だった。
使徒が来なくなった以上、シンジがわざわざ学校を休む理由はない。
いつかは男に戻るつもりではあるがその間、学校にも登校せずに音信不通だったらクラスメイト達、特にトウジ達が心配してネルフに事情を聞きに来るかもしれない。
そのたびに適当な言い訳をしてもいつまでも納得はさせられないだろう。

そこで思いついたのが学校同士の交換学生。
つまり、学校同士の交流の一環として第二東京にある高校にシンジが、その高校からルイが来たという設定にしたのだ。
これならルイがいる限りシンジがいない言い訳になる。

「どのくらいの間お世話になるか分かりませんがよろしくお願いします。」

そういってルイは最高の笑顔で笑いかける。

「「「「「・・・・・・」」」」」

しかしクラスメイトからの反応がない。
ざわめきもないまったくの無音だ。
以前は驚きの声などがあったのだがと考えて前を見れば皆がぽかんとしている。

(なんだろ?)

クラスメイトの視線に自分の背後や教師を見るが、別に変わったところは無いと思うのだが?

「え~、では一時間目は自習、新しいクラスメイトへの質問タイムとします。碇さんの席は碇シンジ君の席を借りるように」
「はい」
「では皆さん、あまり大きな声を出して騒がないようにお願いしますよ。」

そういって教師は教室を出て行った。
残されたのは教壇に立つルイだけだ。
何のリアクションもないために次の行動に戸惑っている。

(な、何かいやな予感がする。)

嵐の前の静けさというのだろうか?
まるで大津波が来る前に海岸から潮がひく時のような感じがする。

やがて視界の中で一本の手が上がる。
手を上げたのはケンスケだ。

「質問だけどさ、シンジと同じ苗字だけど親戚か何か?」
「え?う、うん、ぼくとシンジは従兄弟なんだ。」

この設定も事前にユイ達と話し合っていた。
名前を変えるのは仕方がないとしても苗字まで変えてしまったらとっさのときに自分の名前を呼ばれていることに気づけないかもしれない。
だから苗字はそのままで下の名前だけ変えた。
シンジの従兄弟という単語に教室中から「おお~」っというどよめきが起こる。

(な、なぜ?)

シンジはその反応に困惑した。
なぜかケンスケを代表として男子生徒たちが目配せをかわす。

「それじゃあ、今付き合っている人とかいる?」
「付き合っている人?」
「た、たとえばシンジとか?」
「え?ぼくが?シンジを好き?そんなわけないじゃない?」

シンジが好きと言うことは自分が好きということだ。
別に自分が嫌いとか自虐的な思考はしていないがナルシストでもない。
シンジにとってはただそれだけだったのだが・・・

「「「「「よっしゃあ!!」」」」」
「わ!!」

爆発したかと思うように歓声が教室のあっちこっちから巻き起こった。
それに驚いたシンジがおもわずのけぞる。
男のときはこの程度の不意打ちなどに動揺などしなかったのだが、やはり女になったことで情緒が不安定になっているせいだろう。
些細なことにも心が反応してしまう。

自分ではどうすることも出来ないほど感情に流される事を苦々しく思いながらもシンジは深く呼吸をして自分を落ち着かせる。
そんなシンジに男子生徒たちが群がった。
ちなみに群がっているのは彼女いない暦●■年の少年達だ。

「ご、ご趣味は?」
「り、料理を少々・・・」
「誕生日は?」
「6月6日、シンジと同じ日・・・」
「ス、スリーサイズは?」
「の、のーこめんとということで・・・」
「罵倒して罵ってください。」
「地獄に落ちろこの豚・・・って今の質問は何!?」

クラスメイト達に囲まれたシンジは彼らの発散している異様な熱気に当てられて思考が停止しかけている。
男のときとは違う視線にたじたじで完全なパニック状態になっていた。

この教室にいるほとんどの人間は中学からの顔見知りだ。
転校してくる女生徒は皆シンジのお手つき状態(勝手な解釈だが否定も出来ない。)、しかも皆美少女だったという過去をいまだに引きずっている。
ゲームのごとく転校生と新しいナニカが始まるかもしれない的なイベントをことごとくつぶされてきた彼らだ。
しかもルイはシンジに興味がないという・・・シンジの従兄弟とはいえ文句なしの美少女であるルイに今度こそはと猛烈アタックを仕掛けたのだ。

「アンタ達、いいかげんにしなさい!!」

シンジと男子生徒の間に突っ込んできたのはアスカだ。
自分の体を割り込ませることでシンジの前に壁になって立ちふさがる。

「アスカ~たすかったよ~」
「アンタも情けない声出しているんじゃないわよ!」
「で、でも・・・」

シンジの視線は男子達から離れない。
いつでも逃げ出せるように警戒しているようだ。
というよりこれだけ異様な雰囲気を発散させながらにじり寄られれば男女問わず逃げたくもなるだろう。

それに気がついたアスカがうんざりした顔になる。

「・・・ごめん、私が悪かった。これは逃げてもいい場面よね。」
「に、逃げていいの?」
「っていうかなんでアンタばっかり・・・」

人徳(?)というべきだろうか?
なぜか女のシンジ=ルイは男の視線を釘づけにする。
街中を歩いていてもアスカ達オリジナル女子よりもナンパのエンカウント率が高いのだ。
どうもそういったフェロモンでも発散しているらしい。

「惣流は転校生と知り合いかいな?」

トウジがルイとアスカを見ながら思ったことを口にした。
さすがに彼女持ちは違う。
他の皆と違って席に座ったままだった。

そしてルイの正体がシンジであることを知っているムサシとケイタもこの馬鹿騒ぎには参加しないで静観している。

「そうね、この子に手を出したかったら私を通しなさい!!」
「彼女は私が守る。」

アスカの宣言に同調するようにレイがアスカの隣に並んだ。
この学校名物の青・赤コンビににらまれて男子達はたじたじになる。
アスカは思っていることや不満を遠慮なく言うし、口が達者なので口喧嘩で勝てるものはいない。
レイはレイであの無口な子にボソッと毒を吐かれるとグサッと言う感じに心を削られる気がするのだ。

実力行使は・・・あえて言うまでもないだろう。
小さなころから格闘訓練を受けてきた彼女達だ。
素人がどうにかできるレベルではない。

この二人をどうにかしたければやはりシンジを連れてくるしかないだろう。

「ルイちゃんはかわいいんだから気をつけないと食べられちゃうわよ~」

ふいに背後からした声にアスカとレイが振り向けばルイに抱きついているマナ・・・

「ちょっとマナ、アンタなにしてんのよ!?」
「え~、だってルイちゃん抱き心地最高だし~」
「マナ、ぼくはぬいぐるみじゃないし・・・」
「それに胸も大きいし~」
「「「「「「「おお~~!!」」」」」」

マナの言葉に男子達がヒートアップする。
同時に集中する視線の行き先はルイの胸で自己主張しているふくらみ。

「そういう問題じゃないでしょうが!!離れなさい!!」
「アスカも抱きたいの?」
「そういう問題じゃない!!」
「あ、マナさん、次私ですよ」
「マユミまで!!」
「その次は僕だね、ルイちゃんはかわいいって事さ」
「カヲルまで!?あんた何言っているのかわかんないわよ!!」
「私も・・・」
「レイまで!!」

本来この連中をまとめるのはシンジの仕事なのだが今はいないことになっている為に自然と突っ込み役がアスカにシフトしているようだ。
肩で息を切らしているのは突っ込みどころが多すぎる為だろう。
やはりこの面子のまとめ役はアスカには荷が重いらしい。

「・・・惣流?」
「なによ相田?」
「女同士で・・・いや~んな感じ?」
「なにがだ!!」

怒声と共に放たれた右の上段蹴りはケンスケの意識を簡単に刈り取った。
意識を失う最後の瞬間にケンスケは・・・

(・・・水色か)

盛大に翻ったスカートの中に見えたものを絶対忘れないぞと心に刻み。
カメラを構えていなかったことを後悔しながら闇に沈んでいった。

「あ・・・」

恍惚として倒れていくケンスケを見たアスカがその意味するところを理解して唖然となる。
ゆっくりと周りを見回せば目が点になっている連中がいる。
あえて見えたかどうか聞く必要はないだろう。
唖然としている連中は間違いなく見たはずだ。

「・・・け」
「「「「「け?」」」」」
「見物料を払いなさい!!」
「「「「「なんじゃそりゃあ!!」」」」」

・・・ケンスケが見たものを偶然見て(見せられて)しまったほかの男子達も全員アスカの洗礼で意識を刈り取られた。
理不尽ここに極まれりという感じだが今のアスカに突っ込みを入れられる人間はそう多くはない。
彼らが最後に聞いた言葉は「記憶を失え!!」という怒声だった。
もはや支離滅裂である。

その日、凪の保健室は大繁盛になった。
原因であるアスカは凪に散々お説教された後、反省文を書かされることになる。
ちなみに、全員がアスカの一撃で上段蹴りの衝撃的瞬間の記憶をなくしてしまい、死ぬほど悔しがったのはどうでもいい話だ

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いつもと同じ夕食時。
食卓で料理を待ついつもの面子。
それはシンジが女の子になったとしても変わらないこの家の絶対ルール。

「あっははは!!」
「ミサトさん、そこは大爆笑するところじゃないでしょう?」

学校での話を聞いたミサトが腹を抱えて笑い転げている。
さすがミサトというかやはりミサトというか、結婚しようが子供を生もうがミサトはミサトのようだ。
根っこの部分は何も変わっていない。

さぞ加持も苦労していることだろう。

シンジはため息をつきながら台所に向かった。
先に台所に入っていたレイとマユミと一緒に料理の仕上げに取り掛かる。

「にしてもシンちゃん・・・エプロン姿がよく似合っているわね~」
「そうでしょう、そうでしょうとも・・・」

うんうんと頷くのはユイだ。
夕食の準備をしているルイの後姿を満足げに見ている。
その横にはこれまたなぜかハンディーカメラを構えたキョウコがシンジを撮影していた。

・・・夕食時の食卓としてはあまりにも異常な光景だろう。

「それにしても違和感無さすぎ・・・ひょっとしてシンちゃんそっちの才能があったのかしら?」

思い出されるのはシンジが男だったときの記憶・・・
食事の準備をするシンジ・・・
何かと面倒見のいいシンジ・・・
ブギーポップに保父さんが向いているといわれたシンジ・・・

・・・なぜ思い出されるのものがこんなのばっかりなのだろう?

「・・・女の子になっても違和感がないわけね、素で女の子のようなもんだったわけか・・・」

呆れたような口調とは裏腹にミサトの顔は面白そうな笑みが浮かんでいる。

「何言っているんですか、つまらないことを言っている暇があるのなら料理を運ぶの手伝ってください。」
「リョウカ~イ」

ミサト、ユイ、キョウコも手伝って食卓に料理が並べられていく。
いつもと変わらない食事が始まった。

にぎやかな食事の時間は過ぎ去り、お茶での一服タイムに突入する。
唯一、ミサトだけはビールだったりするのだがいまさら誰もそれに突っ込まない程度には日常的光景だ。
ユイ達もわざわざ無粋なことは言わない。

「そういえば”世界の敵”はどうなったんですか?」

シンジの質問に場の空気が緊張したものに変化した。
やはり皆それなりのレベルの人間、普段幾らオチャラケていようといざとなればプロの顔になる。
それが一流であるということだ。

「MAGIで調べているけれど芳しくはないわね・・・」
「ゲンドウさん達も諜報員達を使って探してくれているようだけど今の所・・・」
「・・・ごめんなさい。」

シンジが全員に向けて頭を下げる。
今回のことは全面的にシンジの責任だ。
追い込んでおいて意表を突かれたのは言い訳の出来ない失敗、それによって皆を巻き込んでしまった。

それを見たほかの皆がなんともいえない顔になってお互いの顔を見合わせる。

なんと言ってもシンジはその人生の大半をかけて世界の敵との戦いを繰り返してきた。
その危険性も何もかもを知り尽くしている。
だからこそ今まで出来る限り他の皆を関わらせないようにしてきたというのにこの有様だ。

「そ、そういえばブギーポップは何をしているの?何か言っている?」
「・・・少し落ち込んでいるようです。」
「「「「「「お、落ち込んでいる?」」」」」」

あの傍若無人、大胆不敵を地で行くような奴が落ち込んでいる。
不謹慎ではあるが一度くらい見てみたくはあるかもしれない。

「・・・シンジ?」
「凪さん?」

見れば凪が呆れたような視線を向けてくる。

「まだどうにもならない訳じゃないのだろう?今からそんな悲観してどうする?」
「でも・・・」
「お前が言うようにあいつがいればこれほど面倒なことにはならないのだろうが・・・」

ブギーポップは世界の敵を排除する為の存在だ。
そのため、本能的に世界の敵を感じる能力がある。
確かにブギーポップがいればこれほど捜索に手間取ることもなかっただろう。

しかしだ。

「あいつだって絶対の存在じゃないんだから・・・もちろんお前も・・・失敗することもあるだろうよ。今回がたまたまそうだっただけのことだ。」
「それは・・・そうですが・・・」

実際、ここではない場所、今ではないときにブギーポップの一人が世界の敵に負けたことがある。
シンジはブギーポップたちに共通する泡の記憶としてそれを知っていた。

「今回のことはいい機会かもしれない。いつまでもお前たちにばっかり頼っているといつ俺たちも足元をすくわれないとも限らないからな、そう考えれば悪いことだけでもないさ」
「凪さん・・・」

凪だけではなくほかの皆も凪の意見に頷いている。
慰めだと分かってはいるがシンジは素直に嬉しかった。
彼らがそばにいてくれてよかったといまさらながらに思う。

「でもさあ~シンちゃん?」
「なんですかミサトさん?」
「その世界の敵だけどすんなりシンちゃんを元に戻すかしら?」
「う・・・」

非常に痛いところをミサトの一言がソリットに抉る。
今まであえて考えないでいたが自分を倒そうとした相手に協力するかどうかは非常に難しい。
シンジが元の姿に戻れる可能性を握っているのはあの男だけだ。

「戻れなかったらこのまんま女の子になっちゃうって言うのもありかしら?」
「無しでしょう!!なにが何でも戻ってやりますよ!!」

そこのところは譲れない。
女の子が悪いなどとは口が裂けても言わないがそれでもシンジは男だ。
これだけは絶対に譲れない。

「シンジ君、大丈夫だよ。」
「カヲル君・・・ちなみにどう大丈夫なのさ?」
「君が男に戻れなかったらそのときは僕が男に戻るだけのこと、何にも問題などない。むしろライバルが減って好都合・・・」
「「「「「「問題ありまくりだ!!」」」」」」

シンジを含めた全員から突込みが来た。
特にシンジに好意を抱いている少女達はそのあたり必死かもしれない。
カヲルを見る目がかなり危険だが当のカヲルのほうは上機嫌で鼻歌を歌ってやがりますよ。

しかも曲は結婚式の定番のあの歌だ。

「結婚式はやはりチャペルがいいね~ウエディングドレスがいいってことさ~」
「相変わらずわけの分からないこといっているねカヲル君、でもご心配なく!ぼくは絶対男に戻るから!!」

ほほを膨らませて怒っているのであろうシンジの姿はとてもじゃないが迫力がない。
あるのは愛嬌のほうだ。
そんなシンジの姿をユイ達がビデオカメラに納めてうっとりしていたりするが・・・どこまで汚染されているのだろうか?

「まったく!!」
「あ、ちょっとシンちゃん?」

シンジはミサトが飲もうとしていたビールを取り上げる。

「ああ~もう、しかたないわねえ~」

ミサトがとめるまもなくシンジはさっさとビールを自分の喉に流し込んだ。
取り上げられたビールをみながらミサトがやれやれといった感じにため息をつく。
表には出さないがシンジもストレスがたまっていたのだろう。
さすがに性別が変わってまで平然としていられるほど図太くもなかったようだ。

シンジが時々アルコールを飲んでいることはここにいる全員が知っているのでたいしたことになるまいと全員が思っていた。

それが間違いだったと気がつくまで・・・後数分・・・

「・・・ふう」

350ml間を一気に飲み干したシンジは空き缶をテーブルに置いた。
軽い音で中身が残っていないことがわかる。

「ちょっとシンちゃん、なれているからって一気飲みは体に悪いわよ?」
「ミサトさん・・・」
「え?」

見上げてきたシンジの目は潤んでいる。
顔は高揚していて桜色で色っぽい・・・この症状は・・・

「まさかシンちゃん・・・酔っているの?」
「ぼく・・・酔っていますか?」
「た、多分・・・で、でもシンちゃんはお酒になれているはずでしょう?なのにこんなに簡単に酔っ払うなんて・・・」

ミサトがわけが分からないといった感じでユイを見るとあっちゃ~という感じにユイが額を押さえていた。

「ユイさん?」
「女の子になっちゃったせいでアルコールへの耐性が弱くなっちゃったのね・・・女のほうがアルコールに弱かったりするし・・・男のときのような感覚で飲んじゃったから酔っ払っちゃったみたい。・・・迂闊だったわ。」
「え?・・・あ、シンちゃん」

ミサトが目を放した隙にふらついたシンジが後ろ向きに倒れそうになっている。

「シンジ君、大丈夫かい?」

シンジの様子にいち早く気がついたカヲルがシンジの体を抱きとめる。

「カヲル君、ありがとう」
「大した事じゃないさ」
「でもいつも助けてもらっているし・・・御礼をしなきゃ・・・」
「御礼?何かくれるのかい?」
「うん・・・」

シンジは立ち上がるとカヲルと向き合う。
なにをくれるんだろうとカヲルが思っているとシンジが動いた。
まさに電光石火・・・一瞬の動きにはまったくためらいというものがなかった。

気がつけばカヲルの視界一杯に目を閉じたシンジの顔がある。
そして唇にやわらかい感触があると来れば意味するものはただ一つ

(こ、これがリリンのキスという文化かい?レモンの味とか本には書いてあったけれど実際はビールの味がするんだね・・・)

それはさっきシンジが飲んだビールの味だ。
しかし・・・カヲルに余裕があったのはそこまでだった。

「む?むうううう!!?」

いきなりあわてだしたカヲルの姿に周囲であっけに取られていた全員が現実に帰還する。
カヲルはシンジから離れようとしているようだがシンジがカヲルの体をがっちりと固定していて身動きが取れないでいる。

さらに・・・二人の唇が重なっている部分から妙に生々しい水音がしている。
ピチャピチャという感じでかなりなまめかしい。

そうしている間にじたばたするカヲルの両手の動きが徐々におとなしくなっていき、最後にはダランと弛緩した。
さらにそこから一分くらい二人の体は重なったまま・・・。

「ふう・・・」

キュポンと擬音がしそうな感じに、やっとシンジがカヲルを開放すると力の抜けたカヲルが床に倒れこむ。
その顔は赤く、ぼうっとしていて瞳の焦点があっていない。
離れた唇と唇にかかる銀の糸がアダルティーだ。

シンジは倒れたカヲルに両手を合わせて・・・

「ご馳走様でした。」
(((((((渚(カヲル)(君)が食われた!!!!)))))))

みんなの見解は一致している。
そして目の前のシンジの危険性も同時に理解した・・・というか理解させられた。

「シ、シンちゃんってキス魔だったのね・・・」
「ユイ、知っていたの?」
「キョウコ?・・・いえ、あの子がお酒を飲むことがあるってことは知っていたけれどどんな酔い方をするかまでは・・・」

それはユイ達だけでなく全員に共通することだった。
シンジが酒を飲めるのは知っていたが具体的にどんな酔い方をするのかは誰も知らない。
要するに誰もシンジの酔っ払ったところを見たことがないのだ。
それが女の子になったことで酒への耐性が弱くなり、酔っ払いシンちゃんが降臨した。

「シ、シンジ、何をしているんだよ?」
「そうだよシンジ君、正気に戻って」

勇敢にもムサシとケイタがシンジに声をかけて近づく。
確かに彼等の行動は勇気の賜物だ・・・蛮勇ではあるが・・・

自分に近づいてくるムサシとケイタをシンジの視界が捕らえ、ロックオンした。

「え?」
「ケイタ!」

自分に向かって差し出されたケイタの手をとるとシンジは関節をきめてケイタの背後に回りこんで拘束する。
あざやかといわざるをえないその動きはすでに芸術品、碇シンジは伊達じゃないのだ。

「・・・ケイタ?」
「は、はひ?」
「ケイタもぼくとキスしたいの?」
「は、はうううう!!」

耳元で甘くささやかれたケイタがもだえる。
しかも耳に熱い吐息がかかってきて半ば暴走状態に陥っていた。

「ひゃううう!!」

さらに背中に感じる二つのやわらかい感触がケイタの理性を掘削機のごとく粉々に打ち砕きながら削りとっていく。
もちろんシンジの胸にある女性限定の超兵器だ。
ぶっちゃけ理性の限界が近い。

「ふるえているの?かわいいねケイタは・・・」
「はうっつ!!」
「・・・あれ?」

急に力の抜けたケイタの体をシンジが開放するとへなへなという感じにケイタが崩れ落ちる。
まるで蛸のような有様だ。
どうやらあまり経験がないケイタは脳のブレーカーが落ちてしまったらしい。
要するに気絶してしまったのだ。

「ケイタは初心だな~さて・・・」

シンジはケイタが復活してこないのを確認するともう一つの獲物に視線を向ける。
すなわち、呆然と成り行きを見て固まってしまっていた為に逃げ遅れた獲物・・・ムサシ・・・

「シ、シンジ?」
「ムサシはどうする?」
「お、俺たちは男同士じゃないか・・・」
「今のぼくは女だし~」
「は、話が通じねえ!!」

話をしている間もシンジはゆっくりと近づいてくる。
赤い舌が形のいい唇をひと舐めする姿はどうしようもなく淫靡で妖しい。
その一歩一歩がずんずんという感じに地鳴りを伴っているように感じるのは間違いなく錯覚だろう。
しかしムサシにとっては死刑執行の13階段に近い。

なんとなくそれでもいいかもしれないと言う考えが頭の片隅で頭をもたげてきているのは気のせいにしたい所だ。
そうでなければいろいろなものが終わる気がする。
主に人間とか男として・・・

「ムサシはぼくのこと嫌いなの?」

女シンジ=ルイのスキル、泣き落とし発動
潤んだ瞳で下から見上げるような上目使いで見られた日には男だろうが女だろうが魅了されて反抗できない。
というかこの瞳に逆らったら一生後悔するような気がするほどの女だけが持つリーサルウエポン。

その威力は金縛りになっているムサシを見れば分かるだろう。
しかもどきどきして緊張しているのが丸わかりだ。
ケイタと50歩100歩といったくらいに初心な性格らしい。
しかしそれも仕方のないことかもしれない。

女になって数日、しかも酒の勢いがあるとはいえ、自分の持つ魅力を最大限に引き出しつつ完璧に女の武器を使いこなすシンジに周りの女性陣に戦慄が走る。
このままシンジが成長すれば(どんな方面で?)稀代の悪女か詐欺師になれるだろう。
今のシンジは女性である彼女達から見てもなまめかしく危険で、おもわず溺れてしまいそうになるほど魅力的な仕草でムサシに迫る。
どうやらシンジは生まれてくる性別を間違えていたようだ。

「いい加減にしないかシンジ?」

ムサシに近づこうとしていたシンジの両脇に手が差し入れられてシンジを持ち上げる。
シンジの後ろにいるのは凪だ。

「・・・凪さん?」
「酔っ払いすぎだ。」

凪の言葉で部屋中にかかっていた金縛りが解けた。
中には少し残念そうな表情をしている人間がいる気がするが気のせいだろう。

「凪さん?」
「ここまでなら酔っ払った勢いでのアクシデントで済ませられるがこれ以上行くと後悔するぞ?お前が?」
「え~っと・・・」
「今日はこのままとっと寝ろって事だ。分かったか?」

シンジは凪の言葉を少し考え、いきなりぽんと手を叩く。

「それってつまり・・・どういう事ですか?」
「・・・お前、言われたことは右から左でひたすらゴーイング・マイ・ウェーか?」
「・・・分かりました。」
「わかったか・・・ならさっさと部屋に・・・」

行けと言おうとして凪は気がついた。
シンジの腕がいつの間にか自分の後頭部に回されている。
ヤバイと思った瞬間には遅かった。

凪の両手はシンジの両脇に入ってシンジを持ち上げている。
しかし、持ち上げられているシンジの両手はフリーだ。
シンジには自由に動かせる部分があるが自分にはない。

いくらシンジが女の子になっているとはいえ、両の手で押さえ付けられれば首の力だけで抵抗は出来ない。
前に倒される凪の頭、その唇が真上を見上げるような形になっているシンジの唇と触れ合う。
お互いの顔が逆になるようなアクロバティックなキス・・・シンジの攻撃(口撃)は唇同士が触れ合っているればどんな体勢だろうがお構いなしだ。

「&%#(’=~=?>”!}」

おそらく絶叫しているのだろう。
凪の塞がれた口から声が漏れた。
しかしシンジは気にせず続ける。
まったく容赦というものがなかった。

凪が開放されるまで・・・この状態で5分の時間を必要とした。

「・・・・・・何か・・・大事なもの・・・をなくした気が・・・する。」

開放された凪は椅子に座ってぼそっと呟いた。
かなり疲れているらしくテーブルに突っ伏した状態で真っ白な灰になっている。
さすがの炎の魔女もあの口撃の前には燃え尽きてしまったようだ。

あるいはカヲルのようにシンジに食われたか・・・ちなみにカヲルはまだ復活してこない。
情熱的なシンジの舌使いに気絶→睡眠のコンボに入ったらしい。
静かでいいので誰も起こしはしない。
起きていたらまたいろいろ面倒なことになりそうだから。

ケイタもこれまた復活してこない。
いまだブレーカーが落ちたままだ。
正気に戻るまでにはやはり一晩くらいの時間が必要だろう。

ちなみにムサシは部屋の隅で生まれたての子馬のごとく震えている。

そしてこの騒動の元凶は・・・

「すう・・・すう・・・」

居間に備え付けのソファーの上でかわいい寝息を立てている。
どうやらアルコールが回りきったらしくそのまま寝入ってしまったのだ。
その寝姿もかわいらしかったりする・・・少なくとも凪にあれほどのダメージを与えた猛者の姿とは思えない。

そんな寝姿をここぞとばかりに撮影しているユイ達は見ない方向で行こう。

「シ、シンちゃんってすさまじい必殺技を持っていたのね・・・」

ミサトの言うとおりだろう。
必ず殺す技と書いて必殺技・・・ビール缶一本で凪、ケイタ、カヲル・・・ムサシはぎりぎりセーフだったが、彼らの心に傷を負わせるとは・・・犠牲者達はどうにかするとショックで帰ってこれないかもしれない。
そういう意味では確かに必殺技だ。

「・・・にしてもこれはどうしたものかしらね~」

ミサトが猫のように体を丸めて寝ているシンジを見て呟いた。

シンジが女になって数日でこれだ。
放って置けばいつどんな問題を引き起こすかわからない。
さっきまでのシンジを見れば冗談で済みそうにないのが理由だ。
後どれくらい隠し玉を持っていることやら・・・

特に犠牲者になりかけたムサシは必死で何度も頭を前後に振っていた。
シンジにせまられてどきどきしたのが本気で怖かったらしい。
道を踏み出す一歩手前で止まれたことは彼にとって奇跡にも等しいことなのだろう・・・それはもう一度同じ状況になれば抵抗できる自信がないということでもあるだろうが。

「でもこんなにかわいいのに・・・」

唯一、ユイだけが不満そうだ。
シンジに背を向けて振り返った姿は明らかにもったいないお化けに進化している。

「私なら酔っ払ったシンちゃんも望むところなのに・・・」
「マジですか?」
「母娘のスキンシップよ。」
「ユイさん、その気持ちは十分わかりましたから現実を見ましょう・・・って!」
「どうかしたの?」

いきなり硬直したミサトに何事だろうと背後を振り返ったユイが見たのはいつの間にか起き上がっているシンジだった。

「あら?シンちゃん、起きたの?」
「母さん?」
「何?」

明らかに寝ぼけている。
それは間違いない。
半開きの目を見ればわかる。

しかも・・・桜色の肌がアルコールが抜けていないことをはっきりと示していた。

そんなシンジは寝ぼけたまま・・・

「男のぼくはいらない子なの?」

そんなことを言ってぼろぼろと泣き出してしまった。
どうやら酔いと寝起きのせいで幼児退行してしまったようだ。
今のシンジは小さな子供と変わらない。
何が悲しいのかも理解せずに感情のまま泣き続けている。

そんなシンジを見た一同は・・・

ブチ!!

自分の中の何か大事なものが切れる音を聞いた。






To be continued...

(2007.10.20 初版)
(2007.12.15 改訂一版)
(2008.03.01 改訂二版)


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