人は繋がりながら生きていく・・・どんな繋がりか選べはしないが・・・






Once Again

第三話 〔其れは連なる鎖のごとく〕

presented by 睦月様







「やばいな〜」

ドイツの町中を全力で疾走する男がいた。
無精ひげに長く伸ばした髪を一本に縛っているその男の名前は加持リョウジと言う。

「完全に遅刻だ・・・葛城のやつ怒ってんだろうな・・・」

加持は今日のパーティーに呼ばれていた。
しかし仕事が長引いてしまい、遅刻してしまったのだ。
今は少しでもミサトの怒りを和らげるために全力疾走している。
怒ったミサトの怖さは骨身にしみているらしい。

(ん?なんだ?)

加持は近道をするために入った人気のない通りの先に妙な人影を見た。
真っ黒なローブを来た魔法使いのような人物がこちらに歩いてくる。

ドイツには古くから魔女や妖精の伝説がある。
北欧神話などは特に有名だが・・・

(まさか本物の魔法使いでもあるまいに、どこかで仮装パーティーでもやっているのか?)

そう考えるのが普通だ。
いまどきこんな格好を普段着にしている人間はいない。
おそらくは何かのイベントの参加者だろう。

そこまで考えた加持は自分もパーティーに出席するために走っているのを思い出して人影の横を通り過ぎようとした。

「・・・死相がでている」
「なに?」

その一言に思わず加持はとまってすれ違った人物を振り返る。

「日本語?」

加持もミサトと同じように日本語で話しかけられた事に驚いた。
それほどに日本語を話す人間はまれだ。
持ち前の好奇心を刺激された加持は思わず日本語で返す。

「あんた日本人か?」
「厳密には違うと思うが・・・大した事では無いな、加持リョウジ?」

加持は目の前にいる何ものかの警戒レベルを上げた。
明らかに初対面でありながら向こうは自分の名前を知っている。

それが意味するものは自分に用があると言うことだ。
何の用かは知らないが彼のように世界の裏に関わっている人間にとっては挨拶代わりに殺される事も多い。
場合によっては命をかける事になる可能性もある。
それで無くとも名前を知られているということは彼のような人種にとっては好ましい事では無い。

どうにでも動けるように浅めに腰を落とす。
最も、こうやってあからさまに目の前に無防備でいるところを見るといきなりズドンということはないと思うが現実がいつも厳しいのは経験から知っている。

「そうやって警戒しながら会話するのがお前の流儀か?そんな様子では肩がこるだろうに」
「ははっ気にしないでくれよ。」
「スパイなどと言う人種は皆そうなのか?」
「そこまで知っているとはね、ところでおたくは誰だい?俺のおっかけっていうならサインくらいしてもいいぜ?」
「興味ないな」
「あっさりと言ってくれる。それじゃあなんなんだい?ストーカーとも違うようだが、俺の名前は知っているようだから自己紹介するのはそっちの番だろう?」

軽口を叩くが加持は目の前の人物に対して戸惑っていた。
はっきり言って相手の強さがわからない。
こうやって正面に立っているだけでどんどん分からなくなっていく。

加持はスパイだ。
だからこそ無理に戦うような事はしない。
向こうのほうが強ければ尻尾を巻いて逃げる。
生きることこそが加持にとっての勝ちだ。

生死をかけた状況ではその感覚が物を言う。
そうやって命がけで培ってきた嗅覚に加持は絶対の自信を持っていた。
だが目の前にいる何者かは・・・わからない

強いのか弱いのか以前に得体の知れない初めての感覚だ。
逃げるべきか・・・いや、逃げていいのかさえ判断出来ない。

そんな加持の内心を感じたのかフードの下の唇が冷笑の形に歪む。

「我は予言者と名乗っている。」
「明らかに偽名じゃないか」

加持のあきれた顔と声に予言者は肩をすくめる。
自分でも自覚していることだが仕方がない。

「我の本当の名前は一部でかなり有名だ。特にお前達ネルフ関係者にとってはな、言ったところでどうせ信じられんだろうし、それなら偽名のほうが混乱もせんですむ。それに偽名のほうがいろいろ分かりやすくていいしな」
「予言者ってのがか?俺の運勢を占ってくれるのかい?」
「占いとは違うな、我が語るのは確定した未来だ。そしてこれから成りうる未来でもある。」
「言っている事がさっぱりだ。」

予言者は頷いた。
加持の言いたい事は良く分かるが真実を話しても理解できるわけがない。
不信感をもたれるだけだ。
すでに十分不審者だとは思うがこの際目をつぶるしかないだろう。

「まあそうだろうな、葛城ミサトも似たような感じだった。」
「おまえ・・・葛城に何かしたのか?」

加持の視線が鋭くなる。
同時に殺気も放たれるが予言者は完全に無視した。
反応するに足らないと言った感じだ。

「今頃はまだ酒場で夢を見ている頃合だろう。”なじむ”までには少し時間がかかるだろうからな」
「なじむ?何を言っているんだ?」
「いずれお前にも分かる。」

予言者のフードの下から覗く赤い唇が三日月のようにゆがんだ。
まるで無知な人間をあざ笑う悪魔のように・・・
加持は言いようの無い寒気を覚えて一歩下がる。

(そういえば・・・)

加持はいまさらながらに周囲の異常さに気がついた。
周囲が静か過ぎるのだ。

ここはたしかに大通りから外れているがそれでも人一人通らないのは異常だ。

「なあ、この道の人払いはお前さんの仕業か?」
「この周囲には拒絶の意思・・・お前達の言うATフィールドが張ってある。最もかなり密度を薄くしているから気づかないのも仕方ない。中にいるお前はともかく外からこの道に入ろうとするものは無意識に拒絶の意思に干渉され、入るのをためらって他の道に回ってしまうだろう。」

加持は内心の動揺を悟られないようにポーカーフェイスを保つのが大変だった。
ATフィールドのことはネルフでも上層部の人間しか知らない。
それを知っているのも驚きだが今目の前の少年は”張っている”と言った。
ATフィールドを張れるのは加持が知る限りエヴァと・・・

「・・・確認したいんだが?」
「なんだ?」
「お前さん・・・使徒か?」

加持の質問に予言者は身を震わせた。
どうも苦笑したらしい。
噛み殺した笑いの声が聞えてくる。

「柔軟で奇抜な発想だな、加持リョウジ・・・気になるのか?」
「ああ、そしてフィールドや使徒のことを知っているってことはお前さんも仮装が好きな一般人ってわけじゃないんだろう?俺のことも知っているみたいだし、その当たり詳しく教えてもらえると嬉しいね〜」
「その好奇心で内閣、国連、ネルフの三足わらじを履いたのか?いや、ゼーレも含めれば4足だな」

加持は驚かなかった。
今までの会話でこっちの情報をかなりの部分まで掴まれていることが分かっている。
加持のアルバイトなど知っていて当然だろう。

それなら、むしろ驚いて隙を見せるほうが危険だ。

「しかし、結局その好奇心がお前を殺す。」

その一言は何処までも鋭かった。

「お前はいずれ惣流・アスカ・ラングレーの随伴で日本に赴く、そしてセカンドインパクトの真実、そしてネルフ、ひいてはゼーレの本来の目的を探るために暗躍する。」
「おいおい、俺ってそんな物騒な事をするのか?嘘だろ?・・・しかもアスカの名前まで知っているなんて・・・」

軽い口調で返すが加持は内心穏やかじゃなかった。
目の前の人物は加持の目的をはっきりと言い切ったのだ。
しかも過去のことではなく未来のこと・・・加持のこれからの予定も知っている。

(こりゃ本当に予言か?だとしたら・・・)

加持は意を決すると予言者に向かって口を開く。

「なあ、俺はどうやって死ぬんだ?」
「お前はセカンドインパクトの真実に近づきすぎて殺される。」
「それはそれは・・・」
「誰も来ないとある工場の片隅で腹を撃たれ、ドブネズミのように一人死んでいく、それがお前の死に様だ。」

加持は苦笑するしかない。
もともと普通にベッドの上で死ねるとは思ってはいなかった。
だから何処で殺されようが大した問題では無い。
ただひとつ・・・

「なあ?」
「葛城ミサトに伝えたかった言葉は言えずじまいだ。」
「そうか・・・」

加持は観念した。
予言と言うのを信じる気は無いが目の前の人物が語っていることが嘘や冗談では無い事くらい分かる。
しかし同時にわきあがってくるのは疑問

「・・・なんでそんな事を俺に言うんだ?お前の目的はなんなんだ?」

予言者が語ったことをネルフやゼーレに知られれば加持は殺される。
もしくは死ぬまで飼い殺されるだろう。
加持の問いかけに予言者の雰囲気が変わった。
柳のようだったものが緊の一文字に

「・・・・・・加持リョウジ、真実を知りたいか?」
「なに?」

予言者は何時の間にかローブから左手を差し出している。
開いた手の上にはソフトボール大の光球が浮かんでいた。

「これを受け入れればお前は全ての真実を手に入れる事が出来る。」
「なんだいそりゃ?」
「受け入れれば分かる。もちろん受け入れないと言う選択肢もあるぞ」
「胡散臭いな・・・ちなみに受け入れなかったとすればどうなる?」
「受け入れる機会が永遠に失われる。しかしこれを胡散臭いと言うとはな、後悔するぞ?」
「何のことだい?」
「それもお前が受け入れれば理解できることだ。」

どうやらYESかNOしかないらしい。
はっきり言って目の前の人物は怪しいどころじゃない。

しかし、ここまで事情を知っていて何もしなかったと言うことは少なくとも害意は無いと言うことだろう。
いきなり殺すと言うので無ければ何らかの手は打てる。
それにもとめていた真実を手に入れられると言うのがこれ以上なく魅力的だ。
しかし、加持が何か言うより早く予言者が口を開いた。

「我からもひとつ聞きたい。」
「?・・・なんだい?」
「お前が命をかけて真実を追うのは葛城ミサトのためか?」
「答えにくいことを聞くんだな・・・」

加持は苦笑した。
そのしぐさが何よりの答えだ。

「ならばそばにいて助ける道もあるだろう?何故命をかける必要がある?」
「葛城にとってセカンドインパクトのこと、親父さんのことは避けて通れないことなんだよ。それを乗り越えない限りあいつの時間は15年前に止まったままだ。」
「それを開放してやりたいと言うことか?」
「そんなかっこいい理由じゃないがね、俺の好奇心って言うのも否定はしない。」
「その結果お前が死んで葛城ミサトが泣くとしてもか?」

加持はその言葉に即座に答えられなかった。
重い問いかけだ・・・安易な言葉を重ねることは出来ない。
予言者はさらに言葉を繋げる。

「まさかお前の存在が葛城ミサトの中で小さい取るに足らないものと思っているんじゃなかろうな?」
「どうかな・・・あいつのことだから案外・・・」
「お前は葛城ミサトを勘違いしている。」

加持は気おされた。
別に強烈な怒声と言うわけではないし、すさまじい威圧感があるわけでもない。
しかし反論できない重みがある。

「あれはお前が思っているよりもろい、何かにすがらなくては生きていけない女だ。」
「葛城が?」
「今は見当違いな復讐を糧にしているがな、さっき我がそれは間違いだと教えてきた。もはや葛城ミサトを守る鎧はない・・・お前だって気づいていなかったわけじゃないだろう?」

心当たりは・・・ある。
ミサトはその陽気さで隠しているつもりだろうが長く付き合ったものには分かる。
あの陽気さが自分を守るための殻だという事に・・・

「・・・俺にどうしろって言うんだ?お前さんの言う通りなら俺はドブネズミのように死ぬんだろう?」
「そのためにこれがある。」

予言者は左手を前に突き出した。
その手の上に浮かぶのは光球・・・それを受け入れれば真実を知ることが出来るという・・・あるいはミサトを救うことも・・・

「これを受け入れて我の予言をはずす気はあるか?」
「・・・いいだろう」
「そうか」

加持の返事を聞いた予言者は無造作に加持に近づく。
その無防備さに、逆に加持の方が面食らった。

「お、おい?」
「悪いがこれでも忙しいんだ。あと13人、このドイツでは後一人に予言を伝えなければならん。」
「あ、あとひとり?」

脳裏に活発で赤い髪の少女が思い浮かんだ。
ミサト、加持、アスカ・・・話しの中で三人の名前を上がっている。
だとすれば次はアスカのところだろう。
ミサトにはさっき会ったと言うような事を予言者は語っていたのだから。

「あ、アスカをどう・・・ぐく!!」

加持は最後まで言い切る事が出来なかった。
近づいてきた予言者がその左手に持つ光球を加持の鳩尾に叩きこんだのだ。
光球は一瞬で加持の体に吸い込まれてそこを中心に加持の全身に何かが浸透していく。

(な、なんなんだこの感覚は!?)

その異様な感覚に言葉も出せない。
まるで自分の中に何かが入ってきて上書きされているような形容の難しい感覚だ。

膝をふらつかせた加持はコンクリートの地面に崩れ落ちる。
急速に意識が闇に呑まれていく感覚に抗うことさえ出来ない。

それを見た予言者はフードを取った。
フードの下から真っ白な白髪と赤い瞳が現れる。

「・・・加持リョウジ、もし我の秘密を知りたいと思うなら二人を連れて第三新東京市に来い。そこで全て教えてやろう。ああ、ついでに葛城ミサトを慰めてやれ、”あの葛城”の娘ということで少々大人気ない対応をしてしまったからな・・・」

予言者の言葉を聞き終えると共に加持の意識は闇に呑まれた。

完全に意識を失った加持の襟首を掴むと予言者は道の端に引き摺っていく。
邪魔にならない場所を選ぶとそのまま無造作に放り出す。
誰かが通りかかれば救急車くらい呼ぶだろう。

「あと一人か・・・なかなかに面倒な物だな・・・」

フードを被り直すと予言者は歩き出した。
行き先は加持の走ってきた方向・・・ネルフドイツ支部だ。

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ネルフドイツ支部の一角に彼女の部屋はあった。
彼女には父と呼べる人物も義理とは言え母と呼べる人物もいる。

しかし彼女が彼らと会うことは稀だ。
もちろん望めば会うどころか一緒に暮らすことも可能だが彼女はそれをしない。
すでに彼女は一人で生きていくと決めていたから・・・

「ふう・・・」

アスカはため息とともに廊下を歩いていた。

その足取りは疲労している。
訓練でつかれているようだ。
普通の身体の訓練に加え、戦術訓練、エヴァのシンクロなど彼女の訓練は多い。
少なくともこの年頃の少女が送る生活じゃない。

アスカは疲れた足を引きずるようにして自分の部屋の前にたどり着いた。

『あと一年きったわね』

アスカの声は疲れたものだがその瞳の光は強い。
いずれやってくる使徒たちに対して自分とエヴァ弐号機がその最前線に立つ。
そして自分の手で人類を守り、自分と言う存在と実力を世界に示さなければならない。
それは本当の母親をなくしてからずっと彼女の中にある感情

アスカは子供ながらの純粋さで決意していた。
必ず世界中に自分と自分の母が作った弐号機の実力を認めさせると・・・

カードリーダーに自分のIDを通してロックを解除するとふらふらと部屋の中に入った。

「Guter Abend(こんばんわ)・・・でいいのか?」
『え?』

なぜか誰もいないはずの部屋の中から自分を迎え入れる声が来た。
状況を認識するまで一秒

『な!!あんた誰よ!?』

部屋の中にいたのは魔法使いのようなローブを来た小柄な人物だった。
おそらく身長はアスカくらいだろうが魔法使いのローブのような物を着ていて詳しいことは分からない。
何をするでもなく部屋の中心に立ってアスカのほうを向いている。

「悪いが日本語でたのむ、話せるんだろう?惣流・アスカ・ラングレー?」
『あんた・・・』「これでいいの?」
「ああ、ドイツ語はなれていないのでな・・・」

アスカは警戒を解かずに目の前にいる何者かを観察した。
はっきり言って怪しいことこの上ない人物だ。
10人いれば10人が怪しむほどに、顔が半分フードで隠れているためにどんな顔をしているのかすら分からない。
声の調子からおそらく男だろう。

「なんであたしの名前を知っているのよ?そもそもあんた誰!?」
「一度に二つの質問か?まずは自己紹介が先だな、我の名は予言者」
「予言者ぁ〜?何よあんた、予言者だからあたしの事を知っているって言うんじゃないでしょうね!?」
「それでほぼ正解だ。」
「ふざけんじゃないわよ!!」

話にならないと判断したアスカは背後に駆け出そうとした。
誰か人を見つけてこの不審人物を叩き出してもらうためだ。
どうやって自分の部屋に入ったかは気になるがネルフの職員が尋問で聞きだしてくれるだろう。

「母親にすがりに行くのか?「ママ、助けて」・・・と」

効果は劇的ですらあった。
たった一言でアスカの足が止まる。

さび付いたブリキ人形のように振り向いたアスカの顔は驚愕と恐怖に染まっていた。

「な・・・何言ってんのよ・・・あんた・・・」
「ん?母親に助けを求めに行くのかと言ったんだが?ああ、義理の母親じゃなくて本当の母親のほうだ。・・・それともこっちのほうがいいかな「ママ、私を殺さないで」・・・」

アスカは必至に悲鳴を飲み込んだ。
顔は真っ青で体が小刻みに震えている。
実の母親に殺されそうになった記憶がフラッシュバックしているのだろう。

「マ、ママは死んだわ」

顔を上げて予言者を睨みつけてきたのはさすがというしかない意志の強さだ。

予言者はアスカの言葉に肩をすくめた。
唯一見える唇が笑みの形に歪む。
まるでアスカの虚勢をあざ笑うかのように

「いや、お前が知らないだけだ。生物学的にはちゃんと生きている。・・・あの状態では植物人間よりまし・・・いや、どっちもどっちだな・・・」
「何処にママがいるって言うのよ!!適当な事言わないで!!!私はちゃんと葬式に立ちあったのよ!!?」
「それはお前の母親の抜け殻を地面に埋めただけだろう?」

アスカは目の前にいる予言者の言葉を信じられなかった。
理性の部分がこれは茶番だと訴えてくる。
本来なら今すぐに振り切って誰かを呼びに行くべきだが感情の部分がストップをかけていた。
自分で自分を制御出来ていない。

「何でママなのよ・・・私は独りで生きていくって決めたのに・・・」
「惣流・アスカ・ラングレー・・・リリンは、お前たちの言う人類とは集団によって成り立っている。自分以外の誰かに依存することは恥ではない。むしろお前たちにとって当然の行動だ。」
「な、何よそれ!!私は一人で十分やっていけるわ!!今までもこれからも!?」
「それは勘違いだ。お前はいまだに母親に依存している。気づいていないだけでな・・・」
「勝手なこと言わないでよ!!」

予言者は深いため息をついた。
アスカは予言者の言うことをまったく信用していない。
しかしどこかで母親は生きていると言う言葉に淡い希望を持ってもいる。
完全に矛盾した思考をもてあましていた。

アスカの言葉をじっと聞く予言者はまるで聞き分けのない子供のダダに振り回される親のようだ。

「お前が母親を求めているのは疑いようがないほど明らかだ。エヴァに乗れること・・・それ以上の証拠はない。」
「なによそれ!!」
「まあそれに関してはいずれ”自分で思い出す”だろう。」
「思い出す?どういうことよ!?」
「言った通りだが・・・まあそんなことはどうでもいい、我は予言者だからな、お前の母親の居場所を告げるために来たわけじゃない。」
「なによそれ!?予言者だから予言するって言うの!!?」
「その通りだ。」

あっさり言いきられてアスカが面食らった。
しかし予言者はそんな事を気にしない。
マイペースに話を進める。

「惣流・アスカ・ラングレー、お前はチルドレンと言うものをどう考える?」
「な、何言ってんのよ!?」
「答えろよ」

その一言には拒否を許さない響きがあった。
アスカは唇をかんで悔しそうに睨みながら話し始める。

「この世界を守るエリートよ!!」
「・・・違う」
「なんですって!?」
「チルドレンとは・・・生贄の羊だ。」
「何よそれ!?私達は選ばれたパイロットなのよ!!?」

激昂したアスカは全身で叫んだ。
予言者は今までのアスカの人生を、これからの輝かしい未来、そのすべてを否定した。
それはアスカの全てを否定されたに等しい。

いわれのない侮辱に、許さないという怒りを瞳に込めてアスカが予言者を睨む。

しかし予言者は小揺るぎもしない。
興奮して肩で息をするアスカが落ち着くのを待って口を開いた。

「惣流・アスカ・ラングレー、お前のそのプライドがお前を追い詰める。」
「なんですって!?」

アスカの反論を気にせず予言者は続ける。

「お前はいずれ日本に渡って使徒との戦いに身を投じる事になるだろう、しかしそこにはお前を超えるエヴァのパイロットがいる。」
「だ、だれよそれ!?ファーストチルドレンのこと!!?」
「いや、三番目の羊・・・サードチルドレンだ。」
「サード!?そんな!!聞いて無いわよ!!?」
「まだ現れてもいないからな、今はまだただの中学生だ。」
「なによそれ!!」

アスカは理解出来なかった。
まだ現れてすらいないサードチルドレン、しかも今はまだただの中学生のそいつが自分を超えるエヴァパイロットになるなど信じられないし認められない。
それは10年近いエヴァの訓練、自分の半生を無駄だったといわれたも同然だからだ。

彼女の実力、能力は長い時間をかけて彼女自身が己の中に蓄積して来たもの・・・努力の成果だ。
けっしてアスカは天才では無い。
その思いの強さと一途な目標によって己を磨いてきた結果、彼女は努力型の人間なのだ。

だからこそあの世界において自分が積み重ねてきた物をシンジという天才にあっさり追い抜かれた事で彼女のアイデンティティーは崩壊した。

「シンクロ率で抜かれ、戦績でもかなわないお前は心を閉ざし、いずれ弐号機すらも拒絶する。そして唯一お前を無条件で受け入れてくれる母親を見出すが同じ福音の手によって五体を引き裂かれ、死ぬほどの激痛を受けるだろう。」
「なによそれ・・・あたしが死ぬって言いたいの!?」

アスカの声が震えた。
そんな状態になった自分など予想も出来ない。
自分はエヴァを使って一番になるはずだ。

誰よりも強く華麗に・・・

「・・・いや、お前は原初に帰る。」
「原初?」
「我から見れば死ぬのと大差ない状態になる。」
「ふざけんじゃないわよ」

予言者の無感動な言葉にアスカが掴みかかった。
フードが外れて真っ白な白髪と真紅の瞳がアスカの青い瞳に写った。

「うぐ!!」

しかし次の瞬間、アスカは鳩尾に何かの衝撃を感じて崩れ落ちる。
思わず掴んだローブで何とか床に崩れ落ちるのは免れた。

(な、なんこれ!?)

理解出来ない衝撃・・・アスカは生身の格闘訓練も受けている。
しかしその時感じた痛みや衝撃とは全く異質だ。
愛しいような切ないような言葉で言い表せない感覚が全身を駆け抜ける。

「お前は他人に依存すると言うことを知らないわけではない。逆に認められないだけだ・・・自分の弱さをな・・・だから自分を守ろうと・・・助けようとする存在に気づけない。」

必死で顔を上げると予言者は左手をローブの中に仕舞うところだった。
どうやら近づいた瞬間に光球をアスカの鳩尾に押し付けたらしい。

「・・・お前達はお互いよりそっていかなければ生きてゆけない種なのだよ。もっと周りを見回せ、お前は一人じゃない。尖り過ぎた部分は簡単に折れるがうずもれている物は周囲と痛みを分け合うことも出来る。碇シンジも綾波レイもお前が望めば受け入れてくれるだろうさ・・・お前の母親も・・・今回は弐号機を拒絶する事もあるまい?」

話の途中でアスカは床に崩れ落ちた。
もう指一本動かせ無い。

「それとな・・・惣流・アスカ・ラングレー、”思い出した”なら弐号機に謝るぐらいはしておけ、今まですぐ傍にいたのに気づかなくて悪かったとな」

予言者は床でうずくまっているアスカを無視して部屋を出て行く。
扉が閉まると共にアスカの意識は闇に沈んだ。

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ドイツ支部から一キロ程離れた森・・・そこに人影があった。
時刻は深夜、森に人の訪れる時間では無い。

ローブを身に付けたその人物は予言者だ。

「”完全に融合するまで”・・・一日か二日と言うところか、その間は軽く混乱するだろうがわざわざ予備知識を与えてから事に及んだのだ。影響は緩和されると思うが・・・あの三人しだいだな・・・」

予言者は独り言を呟きながら歩きつづける。

ヨーロッパの森は深く暗い
この土地に住む者達は皆森と共に歴史を刻み、森は人を見つづけてきた。
時には恵みを、時には恐怖を与えながえら・・・

長き時を経た何者をも呑み込む闇すら予言者の歩みを止めるに至らない。

「葛城ミサトの憎悪、加持リョウジの献身、惣流・アスカ・ラングレーの寂しさ・・・これほどに個体差があるとはな・・・まるで万華鏡だ。見ていて飽きない。」

予言者はローブから右手を出す。
握った拳をじっと見るその顔には苦笑が浮かんでいた。

「・・・・・・手間をかけさせてくれる。・・・しかし面白い。やはり戻ってきたのは正解だったな・・・」

しばらくじっと見つめていたが、やがてローブの中に右手を戻す。
予言者が黙って歩き続けていると森が途切れた。

「さて、後は日本か・・・・・・あと12・・・彼らは何を我に見せてくれるのかな?」

ぽっかりあいた原っぱには月光を白金に反射する巨人が臣下の礼のように片膝をつき、主の帰りを待っていた。






To be continued...

(2007.05.05 初版)
(2007.06.30 改訂一版)
(2008.02.03 改訂二版)
(2008.04.19 改訂三版)


次回予告

それは思いの残る場所

「我がお前達に会いに来たからだ。三人そろっているというのは都合がいい。」

思いは過去の記憶

「我が何かするものかよ、お前の妹は巻き込まれるのだ。それによって大怪我を負う・・・言っただろう予言だと・・・」

思いは未来の記憶

「そこでだ、お前に我の言うことが真実だという証拠を見せ・・・いや、思い出してもらう方法がある。」

友と語らい笑い会ったあの場所にて・・・

「ここがお前の戻りたかった場所か?碇シンジ?」

それは再会であり初見・・・

次回、Once Again 第四話 〔其の思いの残る場所で・・・〕

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