あのときに私はあなたに勝つことが出来なくなった。

並ぶことすらもう出来ない。






Once Again

第六話 〔其の届かない背中にむけて〕

presented by 睦月様







「・・・一寸待ちなさいミサト」

数分前、自分の執務室でくつろいでいたリツコの携帯電話がなった。
着信表示を見れば今はドイツにいる親友のものだ。

何事かと電話に出てみると彼女はかなり興奮していた。
それをなだめすかして話を聞いたのだがその内容にリツコの眉間にしわがよる。

「それってどういうこと?」
『どういうことも何も無いわよ!気がついてみればカレンダーや新聞の日付は一年近く前の物だし私はドイツにいるし!!それにあの量産機はどうしたのよ!?』
「量産機?」
『エヴァ量産機よ!あのウナギのような白い体で翼のついた連中!!』

どうも話がかみ合っていない。
そもそもエヴァにはたしかに量産機の構想があるがいまだそれに着手されてはいない。
唯一それが進んでいるのはドイツの弐号機だが少なくともミサトの言う外見と一致しない。
ないないだらけだ。

『それにシンちゃんよ!!』
「シンちゃん?」
『何言ってんの!?サードチルドレンの碇シンジ君よ!!』
「っつ!!ちょっと待ちなさいミサト!!!あなたどこでそれを!!?」

リツコは驚愕を隠すことすら出来なかった。
執務室に他に誰かいればいつもクールなリツコのうろたえる姿と言うレアな物が見れただろう。

たしかに碇シンジはサードチルドレンになることが決まっている。
しかしそれはマルドゥック機関からも発表されていない事実だ。
ドイツのミサトが知っているわけが無い。

『あの子、ドイツに来たのよ』
「ドイツに?」
『ええ、何でかしらないけれど髪は白くなっていたし瞳の色が赤くなっていたの』
「赤く・・・」

リツコの脳裏に一人の少女が思い浮かんだ。
綾波レイ・・・使徒と人間の中間の存在である彼女の瞳の色と碇シンジの瞳が同じだった・・・どういう意味だろうか?

『それにね、彼・・・自分のことを予言者だって名乗ったの。』
「予言者?予言をする人って意味の?」
『ええ、たぶん間違いないわ、自分でもそう言っていたし・・・実際いろいろ言われちゃったんだけどね・・・』

ミサトの声がクールダウンした。
どうやらなにかあったらしいというのは分かるが心を読む能力のないリツコに分かるのはそこまでだ。
電話越しにでも感じるミサトの違和感はそれが原因だろう。
一体何を吹き込まれたのか大いに興味がある。

『彼が光る玉を押し付けてきたら・・・よくわからない感覚に襲われて、気がついたら病院のベッドの上だった。加持とアスカも全く一緒』
「加持君とセカンドチルドレンも?」
『その後よ、時間が戻っていることに気がついたのは・・・』
「光る玉?時間が戻る?・・・非科学的ね・・・」
『本当なのよ、それにシンちゃん魔法使いのようなローブを着ていたの・・・』
「魔法使いね・・・」

ミサトの言葉にリツコはため息をついた。
科学者である自分に電話の先の親友は大まじめにオカルトな話をする。
しかし内容的に無視できない。
特に碇シンジの名前が出たことは・・・彼がサードチルドレンになる事は確定しているがそれはまだ上層部の一部しか知らないトップシークレットだ。
その本人がわざわざドイツに赴いてミサト達にその事を告げたということだろうか?
一体何の目的で?

『これから私日本に向かうわ』
「今からこっちに来るの?」
『有給の申請はしたわアスカと加持も一緒』
「加持君とセカンドチルドレンも?よく許可が下りたわね」
『名目は事前視察、いずれアスカも日本に行くことになるからってごり押ししてね・・・加持君はその護衛・・・』

リツコはミサトの口調の変化に気がついた。
様子がおかしい。
何か追い立てられているような感じだ。

「・・・ミサト、あなた何をあせっているの?」
『・・・加持がシンちゃんに言われたらしいの・・・真実を知りたいのなら日本の第三新東京市に来いって・・・あの子は多分なんでこんなことになっているのか・・・その理由を知っている。』
「碇シンジ君がこの町に来ているって言うの?」
『たぶん間違いないわ、あんたの前に現れるかもしれない・・・こっちはビザの関係もあってそっちに突くのは3日後って所ね・・・詳しいことは会ってから話しましょう。』
「あ、ちょっと待ちなさいミサト!!」

リツコの制止の声は届かず電話は切れた。
後は無機質な電子音だけしか聞こえない。

「まったく・・・」

携帯電話を切るとリツコはミサトとの会話を思い出す。

どこまでも二人の会話がかみ合っていなかった。
ミサトが興奮していたというのもあるがミサトは自分が知っているものをリツコが知っていて当然と言う前提で話していたように思う。
それが会話のかみ合っていなかった原因だ。
そして一番重要なのは・・・

「碇シンジか・・・」

それは自分の愛人の息子・・・そして初号機のパイロットになるのを定められた少年、初号機の中にいる彼の母・・・碇ユイの息子でもある。
碇ユイが初号機に取り込まれた時点で彼がチルドレンになる運命が確定していた。
しかしそれは今は問題では無い。
一番問題なのは・・・

「何故ドイツに?」

シンジは知らないことだが彼には監視がついている。
ドイツに行くともなれば監視している諜報部員から報告が入るはずだがそんなものは無い。

どうやってドイツに現れたのかというのも問題だがミサトと接触したのがさらに問題だ。
ネルフの関係者と言うことで接触したと考えて間違いはあるまい。
加持とアスカにも接触したという時点でそれが明らかだ。

ちなみに、アスカの事はもちろん、ミサトがネルフに出向してくると言うのも含めてトップシークレットだ。
加持に関しては本職のスパイがそうそう名前を知られるどじを踏むとも思えない。
少なくとも一般人の中学生に三人の接点を調べる事は出来ないはずだ。

「そして彼はあの三人に何かした・・・」

正直ミサトの説明では何がなにやら分からなかったがシンジがあの三人と何かあったのは間違いあるまい。
何かが自分の知らない場所で動き始めているのを感じる。

「・・・危険ね」

少し考えたリツコはそう判断した。
彼は人類補完計画の、そしてゲンドウの計画の中心にいる人物だ。
今の時点で怪しい動きをされても修正は出来るがいざ計画が始まればどんな問題を引き起こすか知れない。

しかもひょっとしたらこの町にきている可能性もあるという。
早急な対処が必要だろう。

リツコは椅子から立ち上がるとゲンドウに報告するために執務室を出ようと歩き出した。
扉の前に立つと軽い電子音と共に執務室の扉が開く

「ひっつ」

リツコは思わず短い悲鳴を上げた。
執務室の扉のすぐ向こうに黒い何かがいる。
本能的な恐怖を刺激されたリツコが思わず一歩退く。
そんなリツコを追うようにして何かが執務室に入ってきた。

「怯えるな、赤木リツコ?」

よく見ればそれは黒いローブを来た小柄な人間だった。
同時にリツコははっとする・・・その人物の姿はさっきミサトと電話で話したシンジの様子にそっくりだ。
それに気がついたリツコの頭脳が急速に冷えていく。

「あなた・・・予言者?」
「ん?・・・誰から聞いた?」
「ミサトは知っているでしょう?」
「・・・ああ、そうかドイツの三人の意識が戻ったか・・・」
「そうよ・・・碇シンジ君?」

リツコの言葉に予言者の唇が三日月のように吊り上った。
同時に低い笑い声が漏れてくる。
愉快そうだが暗い響きを内包した笑いだ。

彼女としては意表をついたつもりだったのだがそれにしてはこの対応は変だ。
リツコは内心いぶかしむが表情には出さない。

「何がおかしいの?」
「それは葛城ミサトに聞いたのだろう?残念だが我は碇シンジではない。別人だ。」
「そうかしら?ミサトはあなたが碇シンジ君だって言っていたわよ?」
「くくくっ・・・」

予言者は応えない。
ただ低く馬鹿にするような嘲りの笑いを浮かべている。

その様子にリツコが不快な物を感じるが表面上は無表情だ。
相手のペースに乗らないのはさすがだろう。

「・・・何がそんなにおかしいのかしら?」
「知らないと言うことは幸せなものだな、赤木リツコ?まあ実際今のおまえではわからないのもしかたないが・・・」
「どういうこと?」
「そんなことは今はどうでもいいことだ。これは記憶に無いことだから思い出すというわけにもいかん。いずれ全員がそろったところで教えてやろう。何度も言うのは面倒だ。」
「全員?誰のことかしら?ミサト達のこと?」
「くくくっそれだけではないが、いずれ分かるだろう。今の我は予言者だ。予言をするためにここにいる。」

その一言でリツコの瞳が細くなった。
ミサトの言っていた通りだ。

「なんでいきなり光の玉を使わないのかしら?」
「なるほど、そこまで聞いていたか・・・当然だな・・・なぜいきなりしないかと言えばおまえ達の精神に過負荷がかかるからだ。」
「・・・どういうこと?」
「いきなり体験したことの無いはずの経験、知識、思いを魂に上書きされればその人間は不安定になる。」
「なんですって!!あなたそんな危険なことをしていたの!?」

さすがにリツコが食って掛かるが予言者は柳のように飄々と流す。
フードの下の唇はあざ笑うかのように歪んでいて

「おまえがそれを言うのか?綾波レイを人形扱いし、碇ゲンドウの妄想のために人の道を踏み外しているおまえが?いまさら偽善にでも目覚めたか赤木リツコ?」
「う・・・」
「我が予言をせず、無理やりに事におよんでやったとしてもどの道数日で収まる程度のものだ・・・が、お前のやっていることは数日でどうにかなることか?」

答えられなかった。
言葉が刃のようにリツコの心に刺さる。
どうやらまだ良心は残っているらしい。
顔色の悪くなったリツコにおかまいなしに予言者が語りかけた。

「まあ我もそれで万が一に精神に異常が出てもらっては困るのだよ。約束が果たせなくなってしまうからな、だからサービスとして予言をしている。」
「約束?サービス?」
「我が未来の話をすることで無意識にでも精神的な受け皿を作る。こうすることで多少の緩和は出来るはずだ。その上で融合させる・・・」
「融合・・・それが光の玉?一体何なのそれは?」
「いずれ自分の身を持って知ることになるだろう。実体験として、わざわざ言葉で説明する必要性は薄いな・・・予言を告げるぞ?」

予言者は一呼吸の沈黙を置いた。
それはあるいはリツコに覚悟を決めさせるためのものだったのかもしれない。
なぜならば次の瞬間リツコは顔面蒼白になるほどの衝撃を受けたからだ。

「赤木リツコ・・・お前は碇ゲンドウに捨てられる。」
「っつ!!」
「気づいていなかったわけではあるまい?あの男は碇ユイしか見ていない。お前も赤木ナオコも受け入れるだけの余裕はあの男にはない。」
「そしてあなたもね、碇シンジ君?」

リツコの顔に意地の悪い笑みが浮かぶ。
それはわずかなりとも彼女の反撃だったのだろう。
しかし予言者はそれに反応せずに無視して話を続ける。

「あの男に捨てられたおまえは地下に降り、綾波レイの体を破壊する。それによってお前は拘束されるだろうが最後の戦いでおまえの力が必要になったゲンドウに再び協力させられるだろう。」
「・・・どこまでも・・・おろかな話ね・・・それで?わたしはどうなるのかしら?」
「お前はMAGIの自爆によってあの男との心中を画策するが・・・」
「どうなったの?」
「おまえの母・・・その女の部分がおまえを裏切る。」
「カスパーが!!」

リツコは驚きながらも心のどこかで分かってしまった。
自分の娘より男を選ぶ・・・納得は出来なくても同じ女として、あるいは同じ男を愛した者としてどこか理解できる部分がある。
確かに盲点ではあるがその程度は予測して然るべき状況の一つかも知れない。
リツコの唇が自分でも気がつかないうちに自嘲の笑みを作る。

それを見た予言者はリツコに話し掛けた。

「・・・・・・・赤木リツコ」
「・・・なにかしら?」
「お前は赤木ナオコの何に勝ちたかったのだ?」
「え?」

思いもよらなかった予言者からの問いかけにリツコはうつむいていた顔を上げた。
その顔には驚愕が張り付いている。
今まで考えもしなかったと言う感じだ。

「MAGIは女、母、科学者の赤木ナオコだろう?お前はそのうちの誰に勝ちたかったのだ?」
「・・・全部よ・・・母としては無理でも女として、科学者として・・・」
「それがリリンの嫉妬か?あるいは羨望・・・そもそもお前が赤木ナオコに勝てるわけがあるまい?」
「何ですって!?」

思わずリツコは激昂した。
彼女を知っているものなら普段の彼女からは考えられないその剣幕に呆然としていただろう。
しかし、今彼女の目の前に立つ予言者は正しく人外の者だ。
たじろぐどころか肩をすくめている。
世界有数の頭脳を持つと言われるリツコが物分りの悪い子供のようだ。

「大体、何を持って勝つと言うのだ?他人の賞賛か?それとも碇ゲンドウの愛を得ることか?」
「そ、それは・・・」
「たとえお前が赤木ナオコの出来なかったことをしたとしよう。しかし同時に赤木ナオコが生きていたならどうなっていただろうな?」
「な・・・何が言いたいのよ・・・」
「死んだ人間には誰もかなわない。彼女がいたら出来るかもしれない、彼女がいれば出来たかもしれない・・・記憶は美化されるものだぞ?逆に今のお前が赤木ナオコを越えていないと誰が証明できる?」
「・・・できないわね・・・」

リツコは深いため息をついた。
それは何かを吐き出すかのように深く重い。

予言者はそんなリツコに近づくとローブから左手を出してリツコの形のいいあごに指をかけて顔を上げさせる。
フードのしたから覗く予言者の赤い瞳とリツコの黒い瞳の視線が真正面から交差した。
顔が近い、他の誰かが見ればキスをしようとしているように見えるだろう。

「・・・慰めてくれるの?」
「そんな気は毛頭ないな、我はお前に壊れてもらっては困るのだよ。それだけだ。」
「・・・つれないのね・・・約束のため?」

予言者は躊躇なくうなずいた。
彼にとってそれは当然のこと、そのために今ここにいる。
少なくとも他の誰かのためでは無い。

それを見たリツコが笑い出した・・・心のそこから・・・何がそんなにおかしいのかわからないがきっとリツコにとって愉快なことに違いない。

「それで?予言の続きを聞かせてちょうだい。私はどうなるのかしら?」
「おまえは碇ゲンドウに銃で撃たれて死ぬ」
「それが運命?私がそうなるって言うの?」
「正確にはちょっと違う・・・」
「え?」

リツコは思わず予言者を見た。
フードをはずしたその下から白髪の髪と赤い瞳が現れる。
それはリツコの知っている碇ユイの面影が色濃く残っていた。

「やっぱり碇シンジ君ね・・・お母さんに良く似ている・・・」
「違うと言っているだろう?」
「なぜ否定するの?」
「それは我が碇シンジではなく・・・いや、これはまだ早い。話を戻そう・・・我が語ったことはすでに起きた事であり、まだ起こっていない事だ・・・ゆえに変える事は出来なくも無い。我が語った未来は確定してしまっているがこの世界の未来にはまだ変更の余地がある。」
「なにそれ?」
「真実が知りたいか?」

予言者はローブから左手を出す。
その手のひらの上にはすでに光球が浮かんでいた。
リツコの瞳が輝く。

「それがミサトの言っていた・・・受け入れればあなたの言っていることが理解できるのね?」
「そうだ。」
「数日寝込むのに?」
「そこまで面倒を見る気はない。はっきり言ってこれは我のサービスだ。約束に含まれてはいなかった。」
「約束ね・・・ミサトが言っていた時間が戻ったって言うのに関係しているの?」

リツコはじっと光球に見入る。
こんなときでさえ彼女の中の好奇心は微塵も揺るがないらしい。
予言者の持つ光球をいろんな方向から見て、手をかざして温度を感じようとする。

「熱くは無いわね・・・何なのこの光?」
「魂の光だ。」
「魂の光?詩的な言葉ね・・・」
「それが好奇心と言うやつか?」
「ええ、科学者の必須条件よ。あなた風に言えば性(さが)とも言えるかもしれない。」
「面倒なものだな、それでどうする?受け入れるか否か?」

言われるまでも無い。
リツコの心はすでに決まっていた。
これほど心を刺激されて後に退くなどという選択肢は彼女の中には無い。
それが赤木リツコが赤木リツコであるということ・・・

「うっつ!!」

光球が鳩尾に吸い込まれた瞬間、リツコは抗えない感覚に襲われた。
理解は出来ないが何かが自分に重なってくるような不思議な感覚がある。
霞んでいく視界の中で予言者が自分に背を向けた。

「まって・・・」
「なんだ?」
「あなたと約束をしたのは誰なの?」

執務室を出ようとした予言者が床に這いつくばって苦しそうに自分を見上げてくるリツコに振り向く。

「・・・・・・・・・・・・・・かなり一方的ではあったが・・・碇シンジだ。」

それを聞いた安堵がリツコの意識を刈り取った。






To be continued...

(2007.05.13 初版)
(2008.02.03 改訂一版)
(2008.05.03 改訂二版)


次回予告

それは信じるものを持つ者達・・・

「不器用だからといって許されることと許されないことがあるだろう?そうは思わないか冬月コウゾウ?」

彼にとっても仇たる男達・・・

「とぼけるなよ・・・殺したくなるから・・・」

それは誰の・・・何のために・・・

「自分の息子の顔を見間違えないのは親として当然だが・・・お前にそんな感情が残っていたとは素直に驚きだよ。少しだけ好きになれそうだ。」

そして予言者は告げる。

次回、Once Again 第七話 〔其の思いは誰がために〕

(あとがき)

赤木リツコといえばやはりどろどろの愛憎、あんどマッドかなと・・・
科学者としての佐賀とかそういうものをうまく表現できていればいいのですが・・・
次回はいよいよあの二人の番です。
ちょっと意外な一面とかも出せればいいなと思っています。
おそらく次回も二話いけると思いますので彼と彼女も出せると思っています。

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