何かをもらったらお返しが必要で・・・

何かされたらお礼を言って・・・

はて?・・・いったい誰が得をしているのだろう?






Once Again

外伝 第9.5話 〔其の代償は〕

presented by 睦月様







戦の場と書いて戦場と読む。

互いの雌雄を決する場ということならば決戦の場とも呼べるだろう。

そして今、老人と少年がいる場は戦場の条件を確実に満たしている。

そこにはおよそ考えられるだけの戦場の条件があった。

真っ向勝負、意表をつく攻撃、自分が有利になるための戦術・・・そして裏切り

「これで・・・どうかね!?」

老人が攻勢に出る。
老練なる頭脳と培われた経験が少年を襲う。
さすがというべきか・・・伊達に研鑽を積んでいない。
少年の懐に深く入り込んでくる一手、そして次に繋がる理想的な一手だ。

「・・・ふむ」

しかし少年も驚かない。
老人に対してすぐに応酬する。
それはまさにつばぜり合い。

どちらも甲乙つけがたく、戦いはある意味で硬直している。
もっともお互いそんな硬直で満足してはいない。
目的はあくまで目の前の人物の打倒なのだ。
それこそが戦いの醍醐味であり、勝者と敗者を分けるのは絶対条件・・・

「・・・なにをしている?」

二人の戦いに第三者が介入してきた。
少年が視線を上げると髭を生やした男と視線がぶつかる。
男の名は碇ゲンドウという。

「何といわれても困るな、見て理解出来ないものを口で教えるのは難しいぞ?」

対する少年は白髪に赤い瞳・・・名をアダムという人にして人にあらざる存在
すべての使徒の原点であり、人の原点でもある彼
今は未来のシンジの体の中に入っている存在だ。

「・・・将棋をしているように見えるが・・・」
「そのままなのだがな・・・ほかに何をしているように見えるのだ?」
「いや・・・ところでなぜ冬月なのだ?」

ゲンドウはアダムの対面にいる老人に目を向けた。
そこにいるのは冬月コウゾウ・・・ネルフの副司令だ。
今までアダムと対局していたのだが今は盤面を睨んで長考している。

ゲンドウのことにすら気付いてないらしい。
完全に夢中になっている。

「冬月コウゾウと対局していることに意味は無い。単なる暇つぶしだ。」
「そうか・・・」

ケージで初号機にシンジの魂を取り込ませた後、ネルフを出ていったと思われたアダムだったが・・・実はずっとネルフ本部の中にいたのだ。
しかも出て行くどころか居住区の一室を勝手に占領すると自室としてしまっていた。

そのまま今日に至る。
なぜネルフを出ていかなかったのか問いただしたところ・・・

『この体は碇シンジのもので我本来のものでないことは知っているな?いくら普通のリリンより我ら使徒に近くなったといっても所詮碇シンジの体はリリンのものだ。お前たちの言う命の実、S2機関のないこの体は絶対ではない。物を食わねば腹が減るし細菌が入れば病気にもなる。少なくとも衣食住の確保は必要なのだよ。』

・・・ということだった。

『それとも、この未来の碇シンジの肉体はどうでもいいというまいな?』

これを言われれば否は無い。
もともとアダムには返しきれないほどの恩を受けているのだ。
住む場所と食料を提供するのは当然といえた。

「・・・よし、これだ!!」

気合と共に冬月が飛車を前進させて角を取った。
一気にシンジの陣地にもぐりこんだ飛車は成り上がって竜王と成る。
しかもアダムの王はむき出しの状態で次の一手で王手だ。

「どうかね?」
「そこでいいのか?冬月コウゾウ?」
「もちろんだ。」
「では王手だ。」
「なに!?」

絶叫する冬月をうるさそうに見ながらアダムは冬月から取っていた金を打ち込む。
きちんと他の駒のフォローが入っていて申し分の無い一手だ。

「く、しかしまだ・・・」
「逃げるのはかまわんが次の一手で詰みだからな。」
「ぬが!!」

アダムの言うとおりだった。
冬月が王を下げても次の一手で完全に終わる。

「ま、まった!!」
「・・・ふむ・・・いいだろう。」

アダムは冬月から視線をそらすとゲンドウを見た。
二人の間の空間が妙に緊張したものになる。

「ところで・・・さっきから何か聞きたいことがあるんじゃないのか?そんな顔をしているぞ、碇ゲンドウ?」
「・・・なぜここに残った?」
「なぜといわれてもな・・・もう少し具体的に言え」
「わざわざネルフに残る必要は無かったはずだ。」
「そのことか・・・」

ゲンドウの言葉にアダムは苦笑する。

「実に簡単なことでな、碇ゲンドウ・・・我はお前たちのことを見させてもらうといっただろう?」
「ああ・・・」
「そのためにはお前たちのそばにいたほうが何かと都合がいい」
「それだけか?」

アダムの口が三日月のような笑みを作る。
明らかに含みのある笑みだ。

「もしサードインパクトが起こったとき。そこに取り残されたのが碇シンジだったなら・・・その命を終わらせるためだ。」
「なんだと・・・」

ゲンドウの声に剣呑なものが混じる。
それを見たアダムは変わらない笑みを浮かべていた。

「これだけお膳立てをしておいてなお防げなかったら・・・それはお前たちの言うところの運命というものじゃないか?そして、碇シンジはまた同じことを望むかも知れん・・・やり直しをな・・・しかし、避けえない絶望ならば何度同じことをやっても変わらんだろう?」
「し、しかし・・・」
「我は言ったぞ、これ以上碇シンジが傷つく必要性を我は認めないとな、再びあの赤い世界に取り残され、二度目の絶望を味あうよりはいいと思わないか?」

ゲンドウは言葉が出なかった。
目の前のアダムは本気だ。
もし再びシンジがあの世界に取り残されれば躊躇無くその首を撥ねるだろう。
これ以上シンジが傷つかないように・・・ゲンドウはそんなものを認める気はなかったが、冷静な部分がそれもひとつの救いじゃないかと言う。

ゲンドウは長年の権謀術数が感情と理性を切り離して物事を考える癖がついていた。
我が事ながらそんな自分の冷たい部分に嫌悪を抱く。

「問題あるまい?」

不意にアダムがゲンドウに話しかけた。
その口調は穏やかで諭すような響きさえ感じられる。

「何がだ?」
「お前が言ったように碇シンジを守りきれば何も問題が無いだろう?それとも自信が無いのか?・・・今更?」
「そんなことは無い!!私はシンジを守ると誓った。たとえ世界を敵に回しても・・・」

ゲンドウの言葉にアダムが微笑む。
さっきまでの嫌な笑みではなく自然で優しい笑顔だ。
それを間近で見たゲンドウがこんな顔も出来るのかと妙な関心をしている。

「だったらやはり問題あるまい?お前が碇シンジを守るのだろう?それ以上に碇シンジに何が出来るというのだ?」
「それは・・・」
「余計なことを考えず。碇シンジに会った時になにを言うか考えておくんだな、お前の今一番重要な問題はそれだ。」
「む・・・」

ゲンドウは明日、シンジを迎えに行くためにユイと一緒にシンジの預けられている家まで行くことになっている。
アダムがどこでそれを知ったのかは知らないが確かにゲンドウにとって一番重要な問題だ。
二の句を継げられないでいるゲンドウにアダムは小悪魔のような笑みを送る。
明らかにゲンドウの狼狽を楽しんでいるのが分かるがゲンドウにとっては息子と同じ顔をしているだけに内心複雑だ。

すべてを知った時・・・いったいシンジは自分にどんな顔を見せるのか・・・ゲンドウの中で不安が鎌首をあげてきていることさえ見抜かれている気がする。

(そこが見えんな・・・・)

海千山千の政治家や官僚を相手取って口先だけで丸め込んできたゲンドウでもアダムという存在の真意は分からなかった。
何もかもを見抜いているようで明らかに無防備なところがある。
冷酷な部分があるかと思えばシンジの願いを聞き入れ、わざわざ時間を逆行するという離れ技までやってのけた。

今もそうだ。
一見すると薄情な言葉だが同時にゲンドウにハッパをかけている。
猫のように気まぐれなのかすべてが計算ずくでの言動なのか・・・その何かを含んだ笑顔の下にどんな思いがあるのか計り知れない。

「さて・・・冬月コウゾウ?」
「え・あ、はい!」

いきなりシリアスモードに入ったアダムに話を振られて冬月が慌てた。
口調が丁寧になっている。

「言ったとおり待ったぞ、それで・・・どうする?投了か?」
「え?」

言われてみてはっとした。
どうやらアダムとゲンドウのシリアスワールドに取り込まれて将棋のことを忘れていたらしい。
しかしアダムはきっちり覚えていたようだ。

「あ、あの〜」
「何だ?言ったとおり待っただろう?」
「そうじゃなくて・・・私が待ったというのはこの駒のことなのだが・・・」

そういって冬月は自分の王に王手をかけている金を指差した。

「どうかしたのか?」
「いや、待ったというのはこの駒を戻して他の手に変えてくれないかという意味なのだが・・・」
「なに?」

アダムが不機嫌そうな顔になって手に持っていた本を開く

〔将棋入門、初級編〕

「・・・ないぞ、そんなの」
「いや、ローカルルールなのだよ。正式なものでは許されないがアマチュアの勝負なら問題ないということだ。」
「そうなのか?」

アダムは不思議な顔でゲンドウに聞いた。
ゲンドウも将棋に詳しいわけではないがそれくらいは分かる。
どう見ても冬月の劣勢なのでゲンドウは頷いて助け舟を出した。
冬月がアダムに見えないようにほっと息をつく。

「ふむ・・・まあ我は構わんが・・・」
「そ、そうかね?」

さすがにここまで来ると打開策が思いつかないがこの一手が無ければ挽回の方法もあるだろう。

「しかしだ・・・」

アダムの顔が邪悪にゆがむ。
まるでいたずらを思いついた子供のようだ。

「この一手を戻すと言うことはやり直したいということだろう?」
「そ、そうなるな・・・」
「やり直し・・・それは碇シンジが望んだことと同じだな・・・」
「「は?」」

冬月だけでなくゲンドウも同時に間抜けな言葉を返した。
なぜいきなり将棋の話が飛躍してシンジの行動に直結するのか?

「どういうことかね?」
「碇シンジはやり直しの代償として己の命を削った。すべては等価交換ということだよ。」

アダムは笑って冬月に王手をかけている金の駒を指差す。

「さて、では冬月コウゾウ?お前はこの駒を戻してやり直すためにどんな代償を支払う?」
「む・・・」

冬月は軽くうめいた。
要するに駒を戻してやり直すために何を差し出すかと言うことだ。
さすがに駒ひとつでシンジのように命を削れというわけではないだろうが

冬月はしばらく考えた後、周囲を見回した。

自分のそばには湯飲みに入れたお茶が半分ほど、そしてまだ手付かずの羊羹・・・
この羊羹は冬月の秘蔵で苦労して手に入れた一品だ。
最高の材料と職人の技術の結晶でなかなか手に入らない。

そんな貴重品だ。

「・・・・・・」

冬月はチラッとアダムを見る。
アダムのそばにも冬月と同じようにお茶の入った湯飲みと何も乗っていない皿
冬月は同じものをアダムに用意していたのだがすでに食べてしまったらしい。

「・・・・・・むう」

冬月の灰色の脳みそがフル回転する。

数日の付き合いで気がついたことだがアダムは食べることに多大な興味があるらしい。
そもそもアダムがはじめて食事をしたのはシンジの体に入り込んでからのことらしいのだ。

元の体にはS2機関があったために食事でエネルギーを取り込む必要が無く。
それゆえに視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五感のうち、味覚だけはシンジの体に宿るまで知らなかったのだ。
だから今のアダムは人間(リリン)ウオッチングを除けば食事は最大の娯楽ということになる。
時々売店でグルメ雑誌を買っていることからも間違いはない。

(し、しかし・・・)

冬月の中で葛藤が起こる。
この羊羹はセカンドインパクト以降・・・今では珍しいほどに代々受け継がれた技術と最高の素材の結晶・・・
冬月とてやっとのことで二人分確保できただけだ。
本当ならアダムに出す分も冬月が食べるつもりだったのだがいろいろと自分たちのために骨を折ったアダムに対する礼なども込めて差し出した。
だから残ったこれは自分で食べたい。

(だ、だが・・・)

冬月の葛藤の原因・・・それはアダムにあった。
アダムはずっとその右手にあるものを持っている。
さっき見ていた〔将棋入門、初級編〕・・・

はっきり言うとアダムは素人だ。
駒の動きさえ本を見ながらするほどに・・・なのに今冬月は王手をかけられている。

なぜそんなことになったかは分からないが、間違いないのは冬月が将棋で負けようとしていることだろう。

冬月にも意地がある。
今日初めて将棋の駒を持った相手に負けるのはプライドが許さない。

数秒間の逡巡の後、冬月は羊羹をそっと差し出した。

「ふむ・・・よかろう。ではこの駒を戻して別の手に変えればいいのだな?」
「ああ、頼むよ・・・」

冬月の返事は何処となくつかれている。
それほど楽しみにしていたのだろうか?

(・・・まあいい、この金さえ無ければ・・・)
「ではこれで王手だな」
「なに!?」

アダムの一言に冬月が絶叫した。
盤面を見れば同じ位置に金がある。

「な、なにが!?」
「だから手(駒)を変えたのだよ。」

アダムは自分の手の中にある金の駒を見せた。
それを見た冬月は思い出す。
アダムは金の駒を自分から二つ取って持っていたのだ。

つまりどう言うことかと言うと・・・金で王手をかけた場所にもう一枚の別の金を打ち込んだ。
結論・・・何も変わらない。
横で見ていたゲンドウもさすがに何も言えず引き気味だ。
えげつないとか容赦ないとかそういう段階を飛び越えてただただ冬月が哀れだった。

「ち、ちょっと・・・ああ!!!」

更に大きな絶叫が執務室中に響く。
冬月が何か言う前にアダムはさっさと羊羹を捕食し始めていた。

「何を驚いている?これは代償だろう?」
「しかし!!」
「何をそんなに興奮しているのだ?血圧が上がると脳の血管などに余計な負荷がかかってよくないらしいぞ?特にお前のような老人はな」
「誰のせいだと思っているのかね!?」
「お前のせいだろう?我はお前に何もしていないぞ、アンチATフィールドを使った覚えも無いしな」

言っている間もアダムの口は止まらず。
羊羹を完食した。
流れるように自分の湯飲みを掴んで一服する・・・その顔は心のそこから幸せそうだ。

「羊羹はいいな・・・リリンの作り出した甘味の傑作だ。」

それを見た冬月が白くなる・・・もともと白髪とかが白かったが今はそれに輪をかけて・・・燃え尽きていた。
ゲンドウから見てもなんとも哀れだ。
しかしアダムはお気に召さなかったらしい。

「まったく・・・さっきからなんだと言うのだ?言いがかりもはなはだしい。」
「君は鬼か!?」
「悪鬼羅刹と一緒にしてもらっては困るな、これでもお前たちの始祖でもあるのだぞ?」

これだけヒートアップしている冬月を見るのはゲンドウも初めてだ。
食べ物の恨みは恐ろしいということだろうか?
しかも結局将棋で負けたわけだからそのぶんも入っているのかもしれない。

「ならば悪魔だ!!」
「これでも使徒、神の使いと呼ばれているのだがな・・・まあもっとも、それはお前たちが勝手に言っているだけでしかないのだが・・・」

顔を真っ赤にしている冬月というのはなかなかレアな見物だ。
対するアダムは平然としていて軽く受け流している。
役者がそもそも違うらしい。 

アダム・・・最初の使徒にして最初の人類は結構腹黒かもしれない。

「・・・なんと言うか・・・」

案外この世界の未来は明るいのかもしれないと・・・そんな二人の姿を見ていたゲンドウは思った。






To be continued...

(2007.06.02 初版)
(2008.02.03 改訂一版)
(2008.02.10 改訂二版)
(2008.05.10 改訂三版)


(あとがき)

外伝も無事投稿できて一段落つきました。
本来ならこれは「天使と死神と福音と」と対になる作品で長編になる予定でしたが前作にかなりのアイディアを盛り込んでしまったのでこの先の明確なプロットとか無かったりもします。
全然無いわけでも無いんですがピンとこないというか煮詰めが足りないというか・・・気が向いたら続編を書くかもしれませんがとりあえず未定
次回作の構想も幾つかあるのですがこれと言った手ごたえがない感じです。
まあ気長にやっていこうかと、最近ネット小説を漁り読みしていますので何か感じる物があるかもしれません。
気長に「天使と死神と福音と」を投稿しながら次回作を考えようと思います。
エヴァ以外のSSに挑戦するのもいいかもしれませんね。


(ながちゃん@管理人のコメント)

まずは完結お疲れ様でした。
あらすじとしては、超越者(アダム)が絶望するシンジの代わりに過去へと逆行、そこで少年と関わり深い面々に試練を与え、諭し、最後は彼ら全員が猛省、少年の復活を望んで大団円……といったところでしょうか。
全話通してシリアスなお話でした。ただキャラは原作に近く好感が持てましたね。
ここでは描かれていないシンジ復活後の未来が気になりますが、互いに「ただいま」「おかえりなさい」が言い合えるといいですね、素直に。
はい、たいへん美味しゅうございました。

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