体の傷は肉体を苛む

じくじくと・・・じくじくと・・・赤い傷口を覗かせて・・・

心の傷は魂を切り刻む。

何度でも・・・何度でも・・・






Once Again Re-start

第五話 〔幻痛〕

presented by 睦月様







「・・・ラミエルか」

第三新東京市からそれほど離れていない山
アダムは大きな木の枝に座って呟いた。
魔法使いのような黒のローブ姿をしている。

今回は前回と違って零号機の起動実験などはない。
そしてこのタイミングでラミエルがくることも分かっている。
さらに、ラミエルの能力も分かっているとくればわざわざ第三新東京市で迎え撃たなければならない理由など存在しない。

そこでミサトが立案した作戦は単純にして簡潔、先手必勝だった。

要するに先にこっちから先制して一撃で倒してしまおうということだ。
内容的には先に徴発していた戦自のポジトロンライフルのプロトタイプを準備、ラミエルの進行方向に設置しておく。
自分の射程内に入り込んだものを自動的に攻撃すると言うのなら最初から待ち伏せしていたものへの対応は遅れるだろう。
何度も攻撃するのなら敵と認識されてしまうのだろうがこちらが狙っているのは一撃必殺、反撃を許すつもりはない。
アダムの位置からはカモフラージュしているために見えないがすでに準備は完了しているはずだ。

今日のために数日前から溜め込んでいた電力を使い、MAGIの計算能力をフルに使ったこの一撃は前回の何も準備できていなかった状況とは違う。
射手はシンジの初号機、スタンド・アローンにしなかったのは万が一外れたときにポジトロンライフルを確保して逃げるためだ。
前回でもラミエルに効果的なダメージを与えることが出来たのはこれだけなのだからその重要性は言うまでもない。

そのサポートとしてレイの零号機とカヲルの4号機がそれぞれ盾を持って構えている。
アダムはラミエルが撃ち抜かれた瞬間を狙って魂を回収する心算だ。

「そろそろ老人達の反応が気にかかるが・・・」

いつまでもこちらの思うとおりに動く連中ではない。
年月を重ねている分、連中は人間の裏の部分を知っている。
何らかの対応をする必要があるだろう。

「・・・ん?来たか・・・」

アダムの言葉のとおり、山の陰からクリスタルのようにも見える正三角形の八面体が現れた。
陽光を反射するその姿は見間違えようもなくラミエルだ。
空中をゆっくり移動していくその姿は現実離れしている光景だ。

「・・・そろそろか・・・」

もうプロトタイプのポジトロンライフルの射程に入っているはずだ。
シンジが引き金を引けば閃光がラミエルを貫く。
アダムはそう思っていた。

しかし現実はアダムのそんな予想を裏切る。
予想もしなかった形で・・・

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シンジは初号機のモニターをじっと睨んでいた。
作戦の内容は何度も確認しているし、自分のやるべきことは一つ、目標に照準が合ったった瞬間に引き金を引くだけだ。
間違えようもない。

初号機の左右にはレイの零号機とカヲルの初号機レフトが盾を持ってバックアップ体勢に入っている。
なにも心配することはない。

「ふー」

一つ大きく深呼吸したシンジはレバーを握りこむ。
やがて・・・山際から太陽の光を反射するものが現れた。

「今回の使徒は生き物の姿をしていないって聞いてはいたけれど・・・」

つぶやく間にラミエルの姿が完全に山際を離れた。
シンジはスコープを通してその全体の姿を視界に納めた。

「・・・え?っぐ!?」

いきなりシンジは胸を押さえて苦しみ始めた。

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「GURAAAAA」
「な、なに!?」

聞こえたのは獣の咆哮、あわて振り返ったアダムが見たものはカモフラージュを弾き飛ばして直立する初号機だった。
明らかに普通じゃない。

「あれではまるで暴走したときのような・・・まずい!!」

アダムの言葉を肯定するかのようにラミエルのスリットに光が流れた。
前回でもそうだったように、ポジトロンライフルの射程はそのままラミエルの射程でもある。

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「あああああ!!!!!!」

アダムが初号機の咆哮を聞いたのと同時、発令所のメンバーはシンジの絶叫を聞いていた。
モニターの中でシンジが胸を掻き毟る様にプラグスーツに指を立ててのけぞっている。

「な、なんなの!?リツコ!?」
「マヤ!!」
「パイロットの状態が・・・アドレナリンが過剰分泌!?錯乱しています!!」

波紋が広がるように発令所が騒がしくなる。
何が起こったのかわからない。
初号機はいきなり立ち上がって苦しんでいるかのように身をよじっている。
顎部ジョイントを破壊して咆哮を上げる初号機の姿は”前回”を知る者達にとってあることを連想させた。

・・・暴走した初号機の姿を・・・

「は、いけない!」

いち早くミサトが正気に戻る。
伊達に作戦部長という職についてはいない。
柔軟な思考が要求される状況において彼女の危機回避能力は高い。

「レイ、カヲル君!?初号機を回収して!!」

モニターの中のラミエルのスリットにはすでに光が走っている。
万が一、作戦が失敗した時のためにエヴァ三機の近くには射出口が開けてある。 
失敗したときにはここに飛び込む手はずだ。

二体同時に初号機を抑えれば無理やりにでも放り込むことが出来るだろう。
その先には頑丈なワイヤーロープで編んだ網が設置してある。
飛び込みさえすればどうにかなるはずだ。

『了解』
『分かったよ、でもポジトロンライフルはどうするんだい?』

カヲルの言葉にミサトが顔をしかめる。
確かにポジトロンライフルの攻撃力はラミエル戦において魅力的だ。
しかしラミエルはすでに砲撃体勢に入っている。

うかうかしていればシンジ達の命が危ない。
それにどうみても今の初号機は暴走状態だ。
エヴァ二機を持って挑まなければ抑えることは出来ないだろう。

「・・・シンジ君を・・・ポジトロンライフルは破棄してもかまわないわ」
『いいのかい?』
「かまわないわ」

ミサトの中にはすでに使徒に復讐するという思いはない。
ゼーレに誘導された部分もあったし、もともとが筋違いな復讐だ。
ある意味で現実逃避でもあったのだろう。

アダムがすべてを語ったときにその思いは色あせ、過去のものとなった。
今のミサトにとって使徒殲滅は未来を手に入れるための手段ではあってもそれ以上のものではない。

「はやく!!」
『『了解!!』』

レイとカヲルの返事とともに零号機と4号機が盾を捨てて初号機を押さえにかかる。
暴れる初号機を羽交い絞めにしたまま三機は射出口に飛び込んでいく。

ズンンンン!!!

次の瞬間、三機がいた場所をラミエルの閃光が貫いた。
ポジトロンライフルはもちろん、盾も一緒になって蒸発する。

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「緊急停止コードを使え!!」
「停止信号プラグだ!!」

零号機と4号機に回収されてきてもまだ暴れていた初号機の動きが鈍くなる。
やがて身をよじっていた初号機が動きを止めた。
零号機と4号機が慎重に拘束台に初号機をつなげる。

「初号機固定!」
「シンジ!?」

初号機に真っ先に駆け寄ろうとしたのはユイだった。
やはり母ということなのだろう。
発令所で絶叫する息子を見たのだ・・・母親としては一秒でも早く息子の元に駆けつけたいと思うのは当然だろう。

整備の人間に止められるがそれを振り切ってコンソールを操作するとエントリープラグが排出された。
ユイはプラグから放出されるLCLにぬれるのもかまわずプラグに駆け寄ると手動でハッチを開けて中に乗り込んでシンジを引きずり出す。

「シンジ!」
「あ・・・う・・・」

どうやら意識がないようだ。
ユイはシンジの着ているプラグスーツを脱がしにかかった。

シンジの錯乱の原因が何かわからない。
発令所のデータからはこれといって原因になるような問題は読み取れなかった。
ならばリアルタイムのシンジの状態から探るしかない。

となるとプラグスーツは邪魔だ。

「え?・・・何・・・これ?」

上半身を脱がせたところでユイの手が止まる。
シンジの異常に関係あるかどうかわからないが・・・少なくとも目に見える形での異常がシンジの胸にはあった。

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ネルフの病院・・・その一室にシンジの姿があった。
ベッドに寝たまま眠っている。
ケージで初号機から出されてからずっと眠った状態だ。

その姿を見守るようにたくさんの人間がいた。
カヲルとレイ、ミサトにリツコ、ミサト達から事情を聞きつけて駆けつけたトウジ、ケンスケ、ヒカリもいる。
さらにサキとシエル、それにゲンドウとユイだ。

「ゲンドウさん?大丈夫なのですか?」
「・・・冬月先生に仕事は自分に任せて行って来いといわれた。」
「そうですか・・・あとでお礼を言わないといけませんね・・・」

ゲンドウもユイも覇気がない。
発令所で見たシンジの姿と初号機の姿にショックを受けているのだろう。

「・・・どうだ?」

病室の扉を開けて入ってきたのは魔法使いのようなローブを着たアダムだ。
シンジの寝ているベッドの傍らに立つと眠っているシンジの顔を覗き込む。

「身体的には何の問題もないわ」

説明を始めたのはリツコだ。

「発令所でモニターしていたデータと合わせて考ると、何らかの要因でシンジ君が恐慌状態に陥った。その結果、過負荷のかかったシンジ君の意識はブレーカーが落ちるみたいに切れた。」
「シ、シンジは大丈夫なんでっか?」
「ええ、気絶しているだけですもの」

心配そうに聞いてくるトウジにリツコが冷静な口調で返す。
こういうときには冷静に物事を判断できる人間が必要だ。
普段なら同じ科学者であるユイにも出来るのだろうが実の息子のシンジがこんな状態ではそこまで求めるのは酷というものだろう。

「ユイバーバ?シンジおにいちゃんはおねんねしているの?」
「ええ、シンジは大丈夫よ。」

サキの質問に気丈にも笑いながらユイは答えた。
シエルは黙ってアダムを見ている。

「・・・一つ、気になるのは・・・」

リツコがシンジの布団を上半身の部分だけめくって入院服の胸元をはだけさせる。

「・・・これは・・・」

シンジの胸、その中心には痣があった。
赤い円形の痣だ。

「最初にユイさんが見つけたときにはもっとはっきりしていた。時間が経つほどに薄くなっていっているの・・・」
「・・・ファントム・ペインのようなものか・・・」
「「「「「え?」」」」」

アダムがぼそっとつぶやいた言葉にほかのみんなが反応する。

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幻肢痛(げんしつう、英Phantom Pain)は、怪我や病気によって体の一部を切断した後、あるはずもない肉体が痛む症状。例えば足を切断したにも関わらず、つま先に痛みを感じるといった状態を指す。あるはずのない手の先端があるように感じる、すなわち幻肢の派生症状である。

詳しい原因は判っていない。脳内にある体の各部位に対応するマップが、その部位を失ったにも関わらず更新されないことが影響しているのではないか、という説がある。電流を流した万力で潰されるような痛みがあるという。

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「で、でもなんで?碇君が幻肢痛だなんて・・・」

ヒカリの言葉はここにいる全員の思いだった。
シンジの幻肢痛は胸に関係するものだろう。

催眠術をかけられた人間が焼けた鉄の棒だといわれてただの棒を押し付けられたら火傷に似た状態になったという。
シンジの胸の痣はおそらくそれに類するものだ。

唯一、アダムだけはその答えに心当たりがあった。

「この世界ではな・・・」
「「「「「え?」」」」」
「だが前回、碇シンジはラミエルに殺されかけただろう?」

全員が息をのんだ。
前回、シンジはラミエルに殺されかけたどころではない。
実際・・・一回は心臓が止まったのだ。

「おそらくそのときの記憶がラミエルを見た瞬間にフラッシュバックしたのだろうな。」

自分が死に掛けた記憶・・・幻肢痛を引き起こすには十分すぎる。

「じ、じゃあシンジ君は記憶が戻って・・・」

レイの震える声にアダムはかぶりを振った。

「それは目を覚ました碇シンジに直接聞かなければ分からない。」

どの程度シンジに記憶が戻っているかは分からない。
だがやはり記憶の引継ぎは行われていたのだ。
誰にも気づかれないようにゆっくり静かに・・・それは間違いじゃない。

それが今回、自分を殺しかけたラミエルという存在を目にしたことで表面に現れただけだろう。

「・・・ちょっとでかけてくる。」

ベッドから離れたアダムは出口に向かって歩き出した。
その後姿にゲンドウが声をかける。

「どこへ行くのだ?」
「上だ。ラミエルの奴、律儀に地面を掘り進んでいるようだからな、先に黙らせてくる。渚カヲル?」
「なんだい?」
「4号機を使うぞ?」
「どうぞ、僕たちはいかなくても良いのかい?」
「必要ない。」

アダムは部屋にいる全員を見回して断言する。
その顔にはやさしげな微笑が浮かんでいた。

「発進だけならオペレーターの三人がいれば事足りる。お前達は碇シンジのそばにいてやれ、目覚めたときにお前達がそばにいれば安心するかもしれないからな・・・それに・・・」

アダムはにやりと笑った。

「弟のために体を張るのは兄の仕事だろう?」

そういうとアダムは病室を出て行った。
あとにはあっけにとられたゲンドウたちが残る。

「父様」

アダムを追いかけてきたのはシエルだ。
真剣な顔をしている。

「お手伝いします。」
「そうだな、4号機の命の実はもともとお前のものだ。相性はいいだろうよ。」
「はい」
「さっさと片付けるぞ」

アダムとシエルは連れ立ってケージに向かう。

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「良いのかい?」

日向マコトがモニターに映るアダムとシエルに問いかける。

二人がいるのは4号機のエントリープラグだ。
プラグスーツも着ないでそのままの状態で乗り込んでいる。

『問題ない。ラミエルの目の前に出してくれ。』
「で、でもそれじゃ・・・」

マコトの脳裏に前回のことが思い出される。
同じオペレーターの青葉シゲルと伊吹マヤも同じだ。

前回、ラミエルの目の前に出された初号機は加粒子砲の一撃をもろに食らった。
そのせいでシンジは死に掛けたのだ。

『大丈夫だ。前回とは違う。』
「わかった。」

マコトは射出用のボタンを押した。
リニアカタパルトが火花を散らして4号機を打ち上げるような勢いで銀色の巨体がリニアレールを走っていく。

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地上で地面を掘削していたラミエルのスリットに光が走った。
近づいてくる4号機の気配を感じたのだろう。
スリット内を加速した粒子が膨大なエネルギーを生む。

ガシャン!!

地面から伸びたリニアレールにそって4号機が現れた。
同時にラミエルの加粒子砲が解き放たれる。
4号機の胸めがけて光る槍のような一撃が放たれた。

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「ラミエルは父様のことを認識していないのでしょうか?」
「多分4号機の中にいるからだろう。このまがい物の体の中にいるのでは分からんだろうさ、むしろ中途半端な親近感に同族嫌悪を感じているかもしれないな」

エントリープラグの中の二人は余裕の会話をしている。
目の前には展開された八角形のA・T・フィールド、ラミエルの加粒子砲を完全に受け止めている。

フィールドが心の壁ならば4号機の展開しているそれはアダムとシャムシェルの二人分だ。
いくらラミエルの攻撃力が凄まじかろうが元が同じ使徒なら二対一で勝てる道理はない。

「まあ仕方がない。いきなり私が生身で出て行ってラミエルを倒したのでは老人達が勘ぐってくるだろうし、それはいろいろ面白くない。」
「そんなもんなんですか?」
「連中にはまだまだこちらの手の上で踊ってもらわなければ面白くないからな・・・さて・・・」

アダムはラミエルに向き直った。
さすがにエネルギーが切れたのか砲撃はやんでいる。

「ラミエル?親に反抗するなとは言わないが、生憎と日が悪かったな・・・」

アダムの意思に応えて銀の巨人が拘束台から一歩前に踏み出す。

「お前のその姿は碇シンジの記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないが・・・まだ早いのだ。身勝手で悪いがいろいろ事情があるのでさっさとその体から引きずり出させてもらうぞ?」

再びラミエルから加粒子砲が放たれるが4号機の目の前に展開されたフィールドに阻まれて歩みを鈍らせることさえ出来ない。
一歩一歩ゆっくりと4号機はラミエルに近づいていった。

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プシュー

病室の自動ドアが開いた音に部屋の中にいた全員が反応した。
そこにいたのはシエルと見知らぬ青年を連れたアダムだった。
いまだに黒のローブを着けているところを見ると急いで戻ってきたらしい。

その後ろからオペレーターの日向、青葉、マヤの三人も続いて入ってくる。

ゲンドウが話しかけた。

「もう終わったのか?」
「ああ」
「その後ろの青年が?」

おそらく20歳くらいだろう。
その赤い瞳が室内の人間を見回す。
黒髪のがっしりとした体格で何か拳法の心得でもありそうだ。
切れ長の瞳が鋭い。

彼は黙って室内のみんなに向けて頭を下げた。

「ラミエルだ。雷と書いてライと名づけた。」
「そうか」
「それで?碇シンジの様子はどうだ?」
「・・・まだ目覚めない。」

その時、ベッドの上のシンジが軽くうめいた。
みんながあわててシンジを見る。

アダムはそんなみんなを回りこむようにしてシンジの枕元に移動した。

「う・・・あ・・・」
「起きたか?」
「え?・・・兄さん?」

まだ寝ぼけているようだ。
開かれた目の焦点が合っていない。

「僕・・・どうして?使徒をポジトロンライフルで狙っていたはずじゃ・・・」
「その作戦中にお前は気絶したのだ。理由は分からないがな・・・」
「そんな・・・それじゃ・・・使徒はまだ・・・」
「いや、もう殲滅した。」
「え?・・・兄さんがやったの?」
「ああ、言っただろう?私は短時間ならエヴァに乗れないわけじゃないと」
「兄さんってすごいんだね・・・」

アダムの言葉に安心したのだろう。
落ち着いたシンジは辺りを見回した。
周りにいるみんなを順番に見回すと安心したかのように深く息を吐く。

「どうかしたのか?」
「夢を・・・見たんだ。」
「夢?」
「うん・・・」

シンジはうなづくとゆっくり思い出すように言葉をつむいだ。

「僕を残して・・・皆がいなくなっちゃう夢なんだ。」

その一言で全員の顔が青ざめた。
例外はアダムやカヲル、そして元使徒の面々だ。

「最初、僕の周りには皆がいたんだ。でも一人二人って・・・皆どこかに行っちゃって・・・誰もいなくなったった。そして・・・なんでそう思ったのかは分からないけれどそれは皆僕のせいなんだって分かるんだ。」
「お前のせいで皆がいなくなるのか?」
「うん、僕は皆の名前を呼ぶんだけれど誰も答えてくれなくて・・・近くにいる気がするのに・・・誰も僕を見てくれないんだ。」

聞いている面々の顔色がどんどん悪くなっていく。
シンジは断片的ながら前回起こったことを見たのだろう。

「・・・そして、僕は蹲ってじっとしていたんだ。」
「それで?」
「いきなり・・・僕の目の前で光がはじけて・・・」
「光?」
「うん・・・そして、兄さんを見たような気がする。」

アダムはすぐには何も答えず、そのまましばらく考えたあとにシンジの額に手を置いた。

「シンジ・・・それは”まだただの夢”だ。」
「夢・・・本当に夢だったのかな?よく覚えていないけれど・・・とっても大切なことだったような気がする。」
「夢だよ・・・胡蝶の夢・・・その夢を現実にしないために”我とお前”はここに来たのだろう?」
「そうだね・・・そのために僕達はここに来たんだったね・・・」

おそらく意識が朦朧としているためだろう。
シンジは自分のしている会話の違和感に気づいていない。

「もう一度眠れ・・・そうすればどんな夢だったか忘れてしまうだろう。」
「そうだね・・・兄さんの言うとおりだ。」

程なくシンジが寝息をつきだした。

「・・・今はまだ夢ということにしておけ・・・そんなに急ぐこともなかろう。・・・まだ時間はある。」

アダムは一息つくとほかの皆を見回した。
みな真剣な顔で見返してくる。

「いよいよ始まったな・・・これからが本番だ。覚悟はいいか?」
「無論だ。」

代表でゲンドウが答えるとほかの皆も頷いた。

「我々に残された道はほかにはない。」
「上等だ。」

アダムはにやり笑いで答えた。

砂時計は動き出した。
落ちた砂が戻ることはない。

やがて・・・時の砂の中から現れる未来(あす)の姿・・・それはまだ誰にも分からない。










To be continued...

(2008.03.01 初版)
(2008.03.15 改訂一版)


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