理想と現実は別物だ。

希望というものはたいていそのギャップに打ちのめされる。






Once Again Re-start

第八話 〔デート(幻想)〕

presented by 睦月様







ネルフ本部の通路・・・

「リリス!!!」

人は驚きが強すぎると体が硬直してしまって動けなくなるというのを綾波レイは本からの知識で知っている。
しかしそれがどういうものかというのを彼女は知らなかった。
命を賭けた状況というのは前回の人生から何度も体験したが彼女はいつでも冷静に対処してきた。
それはゲンドウが彼女の人格が成長することを妨げていたことによる弊害だったがそれが良い方向に転がった。
戦闘においては平常心が最も難しい、さまざまな状況において冷静な人間だけが最善の道を選べるからだ。

「っつ!!」

だからこそ今綾波レイはその感覚を知った。
目の前に見知らぬ青年が自分に向かってルパンダイブ(服は着ている)をしてくればそれは驚いて硬直もするだろう。

(な、なに?誰?)

回りの時間がゆっくり流れていく感覚を味わいながらレイは目の前に迫ってくる人物を観察した。

男はおそらく20かそこらだろう。
カジュアルな服を着ていてネルフ関係者とは思えない。
短めの金髪に整った顔立ち、白い肌に赤い瞳・・・まったく見覚えが無い。

・・・そしてなぜか涙を流して自分に飛び掛ってくる理由もまったく理解不能だ。

レイがそんなことを考えている間にも男は自分に向かって飛んできている。
とっさに対処の方法が思いつかないレイは身を硬くして自分の身を守った。

自分に飛び掛ってくる見知らぬ男の顔にはまるで生き別れの肉親に会えた人間のような笑みが浮かんでいる。

ドゴ!!!
「はぐ!!」

レイに手が届こうかという瞬間、男は飛んだ。
横からいきなり現れたシンのドロップキックをその顔面にジャストミートされて・・・ごろごろと転がった男は壁まで転がっていくとボキ!!っとかドシャ!!っという感じのすさまじい音ともに壁にぶつかって止まった。

「・・・すまなかったな、綾波レイ?」
「え?」

レイが無事だったのを確認するとシンはびくびくと末期っぽい感じに痙攣している男の足をつかんで引きずっていく。
その背中は無言で拒絶を体現していてレイはアダムを見送ることしか出来なかった。

引きずられていくほうの男は床の凹凸に頭などをぶつけているが起きない。
どうやら悶絶から気絶に移行したようだ。

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「・・・ハジメ・・・言い訳くらいなら聞いてやろう。貴様・・・何を考えている?」

シンは足元に転がっているものに向かって冷たい視線とともに冷えた言葉を投げかけた。
珍しくその声には純粋な怒気が含まれている。

・・・足元に転がっているのはさっきの男だ。

「うう・・・そっちこそ何をするんだよ!?」

何とか復活した男がシンに文句を言った。
こっちも邪魔をされて怒っているようだ。

「お前も俺と同じアダムなんだろう!?何でリリスに会うのを邪魔するんだ!!」

前回、加持が持ってきたこの世界のアダム・・・それをほかの使徒と同じようにレイのクローンに入れたのがこの男の正体だ。
本当なら融合することも出来たがなぜかアダムはこの世界の自分にレイの予備の体を与えた。

始まりの人という意味のハジメ・・・

「・・・何度も説明しただろう?あれは綾波レイであってリリスではない。」
「そんなの認められるか!!」

叫んで立ち上がったハジメがシンの胸倉をつかむがシンのほうは涼しい顔のままだ。

「リリスなんだぞ!!未来から時間をさかのぼってきたとはいえ、お前が俺と同じだって言うんなら何でそんなに平然としていられるんだ!!」
「我も不思議だよ。お前は間違いなく我の昔の姿のはずなのにこんなに聞き分けの無いガキだったのか?」
「ふざけるな!!」
「何一つふざけちゃいないさ」

シンは胸倉を掴んでいるハジメの腕を引き剥がした。

「確かにお前に文句を言うことは出来んな、我だって同じだ。綾波レイの中にリリスを見ていた時機がある。」
「だったら!!」
「だが・・・私は断ち切ったよ。たとえ綾波レイがリリスの魂を受け継いでいたとしても・・・それでも綾波レイは綾波レイだ。・・・リリスではない。」

シンの脳裏に初めてレイにあったときのことが思い出される。
この世界に来たとき・・・レイの魂を渡すために彼女の部屋を訪れたあの日・・・彼女は自分のことをアダムとわからなかった。

「認められるか!!」
「・・・どうしてもか?」
「ああ!!リリスはリリスだ!!」

まるで子供のように絶叫するハジメをシンはじっと見ていた。
その顔に表情は無い。

「ならば試してみるか?」
「なに?」

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翌日・・・第三新東京市の一角に最近出来た遊園地がある。
たとえ戦場になる場所であっても人間がそこに住んで暮らしている以上、息抜きや娯楽のための施設が必要になる。
適度なガス抜きをしなければストレスがたまるし、この街にいるのはネルフ職員ばかりではない。
その子供や一般の人間もいるのだ。

「・・・・・・」

遊園地の入場ゲートの前に一人の少女が立っていた。
おそらく人を待っているのだろうその少女はレイだ。

ユイあたりの趣味なのか軽く白と黒のゴシックロリータ風のファッションでおしゃれをしている。

もともと綺麗な顔立ちが衣装の助けを借りてパワーアップ、まるで西洋人形のように見える。
現に周囲の視線を一身に集めているその姿は文句無く美少女だ。

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「レイちゃん・・・かわいいですね〜」

物陰から頭だけを出したシエルがつぶやく。

「ふふ・・・私がコーディネートしたんだから当然でしょう?」

得意そうに胸を張るのはユイだ。
仕事はどうした?

「しかしよく引き受けたね、彼女・・・あ、またナンパされている。」

カヲルの視線の先のレイは言い寄るチャレンジャー(男達)をいつもの「そう・・・良かったわね」で切り捨てまくっている。
さすがにこうもあっさり対応されるとそれ以上言い寄ることが出来ずに男達は退散していく。

「ね、ねえ・・・いいんですかこんなことをして?」

別の物陰から頭を出したのはシンジだ。
友人であるところのレイを尾行するのが後ろめたいのかおろおろしていて挙動不審だ。
このメンバーの中で一番怪しい動作をしている。

「いいに決まってんじゃない!あのレイの初デートよ!!!」

シンジの隣から頭を出したアスカが断定する。
それを聞いたシンジが「そうなのかな〜」と首を傾げるがアスカの「いいのよ!!」の言葉に黙った。
ちなみのその発言の裏には「これでライバルが一人へってラッキー」というどうにも現代っ子な打算があるのは間違いが無い。

ちなみにアスカは日本に到着すると一目散に第三新東京市に直行してシンジにシンの吹き込んだドS疑惑を払拭した・・・かなり強引に言うことを聞かせたらしいのでシンジの内心でアスカのドS疑惑が深まったか薄らいだかはわからない。

「でも何でいきなりハジメさんとデートなんて・・・」
「なんって言うかシンがレイに頼み込んだらしいわよ」

一同そろって振り向けばそこにいるのは壁に背を預けているシンだ。

本人は軽く目をつぶっていて無言
おそらくは感情を抑えているからだろう。
だがその成果はまったく上がっていない。

漏れ出す気配だけでシンの今の感情は丸分かりだ。

「か、母さん?兄さん何か怒っているの?」
「相当に虫の居所が悪いみたいね・・・追求しちゃだめよ?触らぬ神にたたりなし」
「何か文句あるのか?」

シンの声に皆がびくっと反応した。
言葉から抑えきれない感情がもれてきている。

「・・・・・・ちょっと機嫌が悪いだけだ。」
「そ、そうなの?」
「ああ・・・それにしても遅いな・・・」

シンが視線を上げて周りを見回す。
どうやら誰かを探しているらしい。
それが見つからないことでどんどん不機嫌になっているようだ。

・・・・・・なぜならばシンの発散する不機嫌オーラの範囲が広がっている。

「だ、だれか来るの?」
「うう・・・重いっす。」

なにやら死にそうな声とともに新たな人物が現れた。

灰色の短髪に整った顔立ちで日本人というよりは北欧系の顔立ちをした小学校6年生か中学校の1年生くらいだろう少年が何か大きな荷物を抱えてこっちに歩いてきている。
長方形状のケースのようだ。

「遅いぞガル」
「うう・・・これでも急いで来たっす。それとそのガルって犬の鳴き声みたいっす。」
「希望とあれば改名してもいいんだぞ?魚住とかな・・・一日中スリーポイントシュートの練習に明け暮れるか?「左手は添えるだけ」とかつぶやきながらな・・・」
「い、今のままで十分っす。」

ガルと呼ばれた少年があうあうと口をパクパクさせている。
シンのほうもまったく容赦が無い。
どうやら本当に今日は機嫌がよろしくないようだ。

ちなみにガルと呼ばれた少年はもちろん元魚を司る使徒ガギエルだ。

「に、兄さん?この子は?」
「ああ、紹介しよう。親戚のガルだ。」
「よろしくっす。」
「あ、こ、こちらこそ」

シンジとガルがお見合いのごとくそろって頭を下げる。
その横でシンはガルの持ってきたケースを開けていた。
中身は何かの機械だ。

「遅れはしたがちゃんともって来たようだな、報酬だ。」

シンが差し出したのはゴルフボールくらいの大きさの・・・

「いやっほ〜い。飴もーらったっす。・・・って安っす!!」
「要らんのなら返せ、私が食う。」
「あんた鬼や!!暴君がここにいる!!」

ガルの文句を聞き流したシンはもくもくと何かを組み立て始めた。
ちなみにガルのほうは涙目で飴を口に放り込んでなめている。
ひょっとしたらしよっぱい味がしているかもしれない。

「?・・・兄さん、それなに?」
「・・・・・・」

シンは黙って一枚の紙をシンジに差し出した。
受け取ったシンジはそこに書かれている内容に目を通す。

「え〜っと・・・九七式自動砲(きゅうななしきじどうほう)対戦車ライフル・・・って銃なの!?」
「昔な、大日本帝国とか言う軍隊が正式採用していた骨董品だ。350mで30mmの鉄板を貫通したらしい。」

長大な銃を完成させたシンが怪しく笑う。
それを見た一堂が一歩どころか盛大にアダムから距離をとる。

「く、黒いよ兄さん!!いったい何があったのさ!!なにするつもり!?」
「万が一にも”あいつ”がトチ狂って綾波レイに襲い掛かったらこいつが火を噴くことになるな、自分の恥は己でそそぐ・・・ただそれだけだ。」
「それってハジメさんのこと?自分の恥?・・・身内じゃなくて?」

シンとハジメの関係を知らないシンジは首をかしげるがそれ以外の面子はそろって笑いをこらえるのに必死だった。

「よくわからないけれどそんなのを撃ったらハジメさんが死んじゃうじゃないか!?」
「たしかにこいつなら不意を付けばあの馬鹿を殺れる。そのために取り寄せたんだがな・・・劣化ウラン弾を使おうかとも思ったんだがやめにした。下手に使って被爆者を出したら申し訳ないし、よく考えたらあいつの一番そばにいるのは綾波レイの可能性が高い。」
「レイじゃなくてもだめでしょう!!そんなのが命中したらどうなると思ってんの!!」

シンジの言葉にシンは少し考えた。
しばらくすると何か思いついたのかぽんと言う感じに両手を叩く。

「・・・シンジ?」
「なに?」
「たとえば海に行ったときにスイカ割りとかするだろう?」
「?・・・うん」
「その時にスイカを持っている人間が何かに躓いてこけたとする。当然持っていたスイカも地面に叩きつけられて粉々だ。」
「・・・・・・」
「・・・あれって空しいよな?」
「怖いよ兄さん!!いったい何があったのさ!?ダークサイドに落ちちゃだめだ!!」

実際のところハジメことこの世界のアダムもフィールドを使うことが出来るわけだから真正面から行っても人間の持てる兵器でどうにかできるわけが無い。
それを知らないシンジは本気でハジメのことを心配していた。

「大体そんな物騒なものもってどうするのさ!?そんなのもっていたら目立ちまくってしょうがないでしょう?無理だよ!!」
「大丈夫だ。こんな常識はずれにでかい銃なんて一般人は早々お目にかかることも無いだろうからな、現実感の無いものは早々受け容れられないものだ。・・・わかるのは相田ケンスケくらいの・・・」
「おお!!九七式自動砲!!!すごいすごいすごすぎぢゅあ!!!」

なぜかご都合主義のごとくいつの間にか現れた見覚えのあるメガネ少年をシンは無言で張り倒した。
手に持った九七式自動砲で・・・ちなみにこの銃は重量が60kg近くある。
当然ではあるが・・・あえて誰とは言わないが少年が地面に沈む。
その下から何か赤いものが流れ出てきているような気がするのは気のせいだ・・・気のせいにしておけ。

ちなみにほかの皆はその光景から目をそらしている。
この程度の怪我ならじきに復活してくるのは経験で知っているからだ。

「・・・話がそれたが普通の人間はこんなもの見たこと無いはずだから本物とは分からんだろう。」
「いや、いま・・・」
「分かるわけが無いのだ。いいな?」
「いえっさー、了解、承知、だから銃口をこっちに向けないでよ兄さん!!」
「分かればいいのだ。やはり人間は会話によって分かり合うことが出来るのだな」

さっきまで散々実力を行使しておきながらそれはどうだろうと皆思ったが誰も突っ込みを入れない。
シンの手に握られている鉄の凶器は鈍く光っている・・・マジでおっかない。
なんとも居心地の悪い空間を払拭するかのごとくカヲルがあるものを見つけた。

「目標確認だね」
「来たか」
「兄さん!!いきなり銃を構えて殺す気満々モードにならないでよ!!」
「ほかの人間ならともかくあいつに関してはいいのだよ。」

ライフルを構えてスコープを覗くシンは舌なめずりをしている。
タイムパラドックス?・・・なんですかそれ?

スコープの中でハジメがレイを誘って歩き出した。
多少ぎこちないがそこが付き合い始めた恋人同士という感じで初々しい。

「どこに行くつもりだ?」
「この方向だとジェットコースターのほうね」
「ジェットコースターだと?」

全員入場のときにもらったパンフレットを開く。

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ジェットコースター・グットスピード

ジェットコースターは早さが命!!
今までのジェットコースターに足りなかったもの・・・それは恐怖、絶叫そして何より速さが足りなかった!!
しか〜し!我らのグットスピードの速度は最高時速300kmに到達する当遊園地最高の目玉!!
心臓の弱い方はNG!!

一緒に世界を縮めてみませんか?

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「「「「「「・・・・・・」」」」」」

パンフレットを読んだ一同はしばらく無言だった。

ちなみに時速300kmといえば新幹線のそれに匹敵する。

「・・・いきなりチャレンジャーな・・・」
「いや、絶対これわかってないでしょう?」
「多分・・・っていうかデートの一発目に絶叫マシーンってそこんとこどうなんだろ?」

うーんとうなっていると遠くで絶叫が上がった。
声に聞き覚えがある声がドップラー効果で遠くなったり近くなったりしている。
絶好調のようだ。

「ところで母よ?」
「何かしらシン?」
「これはなんだ?」

アダムが指差したのはジェットコースターの紹介の一番下の部分

《提供、協力、ネルフ技術部》

「・・・誰の仕業だ?」
「技術部の責任者はリッちゃんでしょ?」
「金に困っているのか?」
「いえ、たぶん趣味よ。」

ネルフ技術部は何をしているのだろうか?

程なくジェットコースターからハジメとレイが降りてきた。
世界を縮めると言ううたい文句だけのことはあるらしい。
もっともその短い時間で乗っている人間が何を見てどうなるかは別問題だが

「二人とも自然に歩いているね兄さん?」
「よく見ろ、レイはいつものとおりだがハジメのあれはやせ我慢だぞ?ひざが笑っている。」

引きつった笑いの青年と無表情の中学生の取り合わせはどう見てもカップルには見えない。
あらぬ想像が働いてしまいそうだ。

「あ、こけた」

いきなり二人そろって倒れた。
どうやら二人とも限界だったらしい。
見た目にいっぱいいっぱいだったハジメはともかくレイのほうは相変わらず感情の読みにくい子だ。

その後・・・復活したハジメとレイは順調にアトラクションをめぐっていく。
ゴーカート・・・メリーゴーラウンド・・・お化け屋敷・・・

ハジメのほうは少しでもレイを楽しませようとがんばっている。
レイもハジメの努力が分かるのか出来るだけ合わせようとしてくれていた。

「・・・・・・ねえ兄さん?」
「なんだ?」

物陰から二人を見守るシンにシンジが話しかけた。
すでにシンはライフルを持っていない。
ここまででとりあえずは大丈夫らしいと判断したようだ。

銃はガルに持って帰らせた。
マジに何のために持ってきたんだとガルが嘆いたが些細なことだ。

「何でレイにハジメさんとデートしてくれるように頼んだの?」
「・・・・・・何故そんなことを聞くんだ?」
「質問を質問で返さないでよ。せっかく兄さんが頼み込んだのにハジメさんを狙撃しようとするし・・・今日の兄さんは何か変だ。嫉妬でもしているの?」

二人の会話に周囲の皆は黙って話を聞いている。
シンは少し考えるとシンジに向き直る。

「答えてもいいがシンジ?一つだけ答えろ」

兄の様子に本気を悟ったシンジが姿勢を正す。

「お前は綾波レイが好きか?」
「い、いきなりやぶからぼうになに?」
「いいから答えろよ」
「う・・・」

シンジは言葉に詰まった。
周りにいるメンバー、特にアスカが何か言いたそうにしていたが視線だけで黙らせる。

「き、嫌いじゃないよ。」
「そうか、それならいい。」

シンはレイたちに視線を戻すと口を開いた。

「詳しいことはいえないが・・・綾波レイは少々特殊な生い立ちでな・・・」

シンジは黙って聞いているがほかの皆は体をこわばらせた。
ここでレイの真実をシンジに打ち明けるつもりだろうか?

「綾波レイはその人生の大半で彼女自身を見るものに出会うことが出来なかった。」
「え?」
「彼女の育ての親がいろいろ問題のある男でな・・・」

ユイが顔をうつむかせた。
わざわざ確かめるまでも無くゲンドウのことだ。
そしてその原因は自分にある。

「そいつは綾波レイを通して別の人間を見ていた。つまり綾波レイ本人を見てはいなかったんだ。」
「そんな・・・ひどい。」
「さらに彼女は幼いころからネルフという環境にいた。ネルフもいろいろ特殊だからな、零号機パイロット、ファーストチルドレンとして綾波レイを見る部分があったわけだ。それは綾波レイの一面ではあるがネルフにおいてはその部分が重要になる。つまり”ファーストチルドレンの”綾波レイだ。しかも回りは大人ばかりだったしな・・・彼女を年相応の少女としてみてやれる人間がいなかった。」
「そ、それが何か関係あるの?」

シンは頷いた。
どこか悔しそうに・・・

「私は綾波レイが誰を好きになろうとかまわない。お前と恋人同士になっても祝福してやれる。」
「か、からかわないでよ。」
「だがな、あいつ(ハジメ)はだめだ。」

きっぱりとシンは断言した。
ハジメとレイを見る視線が鋭くなる。

「あいつは・・・ハジメは綾波レイの育ての親と同じだ。綾波レイの先に別の人間を見ている。悪意は無いとしてもそれは綾波レイにとってもあいつにとっても不幸な結果しかもたらさない。」
「に、兄さん?」

兄の姿にシンジが言葉に詰まった。
なんと言っていいかわからない。
目の前にいる兄の姿がとても大きく見える。

「・・・それなら・・・なんでそこまで分かっていてデートなんて薦めたのさ?」
「あいつが納得しなかったからだ。それほどにあいつの思いは強かった。現実を見せて絶望させなければ納得しないほどに・・・」

シンの言葉を聞いた全員がシンが不機嫌だった理由を悟った。
こんなことは彼の本意ではなかったのだ。
しかしそうせざるを得なかったのだろう・・・”同じ存在として”ハジメの思いが分かるのだ。

「・・・限界だな」

シンが見る先ではハジメとレイが並んでベンチに腰掛けていた。
ハジメのほうはいろいろとレイに向かって話しかけているようだ。
レイのほうでもなんとか受け答えしているようだが傍目に見ても二人の仲がぎこちなくなっていっているのがわかる。

「行くぞ、シンジ、ついて来い。」
「う、うん」
「他はここにいろ」

シンに続いてシンジが隠れた場所から出て二人に近づいていく。
ほかのみんなはシンの言葉に従って動かない。

「ねえ兄さん?」
「何だ?」
「兄さんはレイの事が好きなの?」
「人に好意を持つ事が好きだというのならそうだろうな」
「そ、そうなの?」
「しかし私が綾波レイにそれ以上の感情、愛情を持つ事はない。」
「え?」
「私もハジメと同じだよ。私が綾波レイのそばにいれば間違いなくその先にいる人間を見てしまう。それは彼女にとって失礼だろう?」
「・・・・・・そう・・・なんだ。」

どう答えればいいのかわからずシンジはあいまいに返事をした。
それが誰かと聞きたい気持ちはあるが安易な気持ちで踏み込んではいけない領域だ。
気がつけば前を歩いていたシンがシンジを振り返っている。

「それを抜きにして考えれば彼女の事はお前と同じくらい好ましいと思っているよ。」
「本当に?」
「ああ・・・これ以上苦しませるくらいならこの手で楽にしてやりたいと思うほどに・・・」

それはどう贔屓目に見ても脅し文句だ。
しかしその言葉を受け取ったシンジはなぜか怖いとは思わなかった。
理由はわからないが兄のその言葉はやさしさから来るものだと感じたからだ。

「シンジ君!?」

二人が進む先からシンジを呼ぶレイの声が聞こえた。

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隣にいたレイがその名前を呼んだ瞬間、ハジメの中で最後の砦が崩れた。
見ればレイはとても自然に笑みを浮かべている。
さっきまでのぎこちない、どこか無理をした笑みではなくこの少女の持つ素の感情・・・それが向かうのが自分じゃないとわかったハジメは顔をうつむかせる。

「・・・すまなかったな、綾波レイ?」
「・・・・・・問題無い・・・けど・・・」

レイが隣にいるハジメを見るがうつむいたままぴくりとも動かない。
シンジもあえてなにも言わない。
少しでも空気が読めるのなら口を挟んでいい状況じゃないとわかるだろう。

「・・・そいつのことは気にするな、お前のせいじゃない。」
「・・・・・・」
「それよりもシンジに遊園地の中を案内してやってくれないか?」
「え?シンジ君を?」
「に、兄さん?」
「シンジ?ちゃんと綾波レイをエスコートするんだぞ?」

言葉に込めた「レイを連れて行け。」の思いを感じ取ったのだろう。
シンジは黙って頷くとレイをつれて歩き出した。
途中でアスカ、カヲル、シエルと合流したシンジとレイは連れ立ってアトラクションに向かっていった。

誰も振り向かないのはこちらの事情を考えてのことだろう。

「・・・さて、気は済んだか?」
「・・・・・・」

シンの呼びかけにもハジメは無言、それを見たシンは盛大なため息をついてハジメの隣に座った。
さっきまでレイがいた場所にシンが座る。

しばらくどちらも口を開かないままに時間だけがすぎた。

「あれは・・・リリスじゃなかった。」
「最初からそう言っているだろう?」

やっと口を開いたハジメにシンは何をいまさらと言う感じに答えた。

「魂はリリスのものだが・・・多分、命の実を初号機に移した時点で何か問題があったのだろうな・・・リリスとしての記憶は失われているようだ。肉体はネルフ本部の地下に、命の実は初号機の中に、そして魂は綾波レイに・・・」
「リリスは・・・リリスのはずだ。」
「違うね、さっきまでここにいたのはリリスではなく綾波レイ・・・それがあの子だ。ほかの何者でもない。」
「何故そんなにあっさり受け入れられるんだ?リリスがどこにもいなくなってしまったことを・・・」

低く・・・くぐもった声がハジメの口から漏れた。
怒り、悔しさ、焦燥・・・さまざまな負の感情が感じられる。

しかしアダムは動じない。
昔の自分に負けるわけには行かない。
ふっと自嘲気味に笑ったシンの視線が遠くに固定される。
ここではないどこか遠くを見ているようだ。
あるいはリリスとともにすごした時間だろうか?

「我だって完全に認められるわけじゃないさ、現に我はあの子の先にリリスを見てしまう。彼女にとっては不本意だろうがな・・・前回の碇ゲンドウの気持ちというのを日々理解しているところだ。」
「俺と同類じゃないか・・・」
「否定はしないさ、だからこそ我は・・・「ごめんなさい」・・・ん?」

いきなりの謝罪の言葉にシンとハジメがそろって前を見るとユイが自分たちに向かって頭を下げていた。
すでに泣きそうな顔になっている。

「碇ユイ・・・」
「私がリリスを・・・」

リリスを初号機にしたのはユイだ。
当時は人類のため、子供たちの未来のため、そして己の知的好奇心のために深く考える事は無かった。
しかしシンをはじめ、人になった使徒たちと触れ合ううちに彼らにも己の意思があることを知った。

それにレイの事もだ。
確かにユイという存在がいなければレイはここにいる事は出来なかっただろう。
だが彼女にとって多感な時期を放置してしまった事実は変わらない。
めぐりめぐってその業が感情の希薄な綾波レイと言う人格を形成したのは間違いのない事実だ。
ネグレイトと変わらない。

「後悔は勝手だがな、お前が悔やんでもリリスは戻ってこない。」
「う・・・」
「それに我はお前を責める気はないよ。」
「え?」

予想外の言葉にユイがシンを見るとそこには柔らかな笑みが浮かんでいた。

「お前はただ自分の子供やこの世界を守りたかっただけなのだろう?他の方法があったとは思えんしな・・・仕方のなかった事だ。」
「それはそうだけれど・・・」
「それに・・・」

シンはいたずら小僧のように片方の目をつぶった。

「親が子のために体を張るのは当然だろう?お前も母親ならわかるはずだ。」
「あ・・・」

ユイは言葉も無かった。
シンの言う事は親として理解できる。
そして同時にアダムは無言で語っているのだ。

・・・お前たちリリンも自分の子供だと・・・

「たとえ我の事を覚えていなくても・・・リリスは綾波レイとしてこの世界にある。ただ形を変えただけだ。たとえ我の知っているリリスでないとしても・・・」
「う・・・ご、ごめんなさい。」

ユイの瞳から涙が流れ出した。
初号機の中から戻ってきて・・・愛しい者と引き離されると言う事をユイは知った。
そして自分の行ってきた事がどれほどの絆を引き裂き、悲しみを呼んだのかも・・・シンもその被害者の一人だ。

いや・・・ある意味最も被害を受けた人物かもしれない。
サードインパクトに利用され、リリスという自分の半身は永遠に失われてしまった。
それなのに・・・この目の前の息子と同じ姿をした存在はその中心人物の一人である自分を許すと言う。

「さて、そろそろ子供達のところに行く。」
「え?」
「たとえ隣に立つことができなくても見守ることくらいはできるからな」

アダムの顔には苦笑が浮かんでいる。
ユイとハジメに背を向けてシンが歩き去ろうとした。

「兄貴!!」
「ぬな!!」

いきなり背後からアメフトのごとくタックルされた。
えびぞりになったシンは背骨が折れるかと思うほどの衝撃を受けたがまだ序の口だ。

ズザザザザ!!
「あだだだだだだだ!!」

真正面から地面に突っ込んだシンが盛大に地面を削る。

「だ、だれだ!!」

自分にしがみついている何者かを蹴り上げてはなれた。
背後を見るとなぜか盛大に男泣きしているハジメ・・・シンの顔が引きつった。

「あんたー男や!!兄貴と呼ばせてください!!」
「は?兄貴?」
「あーにーきー」
「ぐお!!」

いきなり真正面からタックルで突っ込んできたハジメをよけきれずその頭がシンのみぞおちに命中する。
横隔膜にジャストミートした一発でシンの肺と胃の空気のほとんどが排出された。

「あんたに一生着いていきます!!」
「ぐおおお」

鳩尾に頭を押し付けたままぐりぐりと押し付けてくるものだから残り少なかったシンの肺の空気も押し出されて酸欠に近くなってくる。
そろそろ顔色が赤から青になりはじめた。

「憑くの間違いだろう!調子に乗るな!!」

シンは自分の体に残された力を使って反撃する。
目の前にあるハジメの胴体に腕を回してホールドするとそのまま持ち上げた。
さらに流れるようにハジメの体を地面に打ちつける。

人、それをパワーボムといふ

「げほげほ・・・お、弟キャラはシンジだけで十分だ!!大体お前は我と同じ存在なのだから兄も弟も無いだろう!?」
「兄貴!!」
「男に抱きつかれて喜ぶ趣味も無い!!」

シンだって只者ではない。
何度も不意打ちを食らったりはしないのだ。
飛び掛ってきたハジメを真正面から受け止めるとその首に腕を巻きつけてホールド、さらにハジメのベルトをつかむと抱えあげた。

シンの体とハジメの体が一直線に直立する。

このまま後ろに倒れれば人、それをブレーンバスターといふ

「これでおわれやああああ!!!」

しかしシンはそんなに甘くはない。
後ろに倒れるのではなくそのままの状態からハジメを真下に叩き落す。

人、それをパイルドライバーといふ

ゴン!!

すさまじい音とともに地面にハジメが直立した。
上下逆さまで・・・首の部分まで地面に埋まっている。
体は見事なまでのきをつけの状態で揺るがない。
まったく動かないところを見ると気を失ったようだ。

死んだということはまずありえないだろう・・・アレでも一応使徒なのだから

「ふう・・・」

人柱ならぬ使徒柱になったハジメを見ながらシンは冷や汗をぬぐった。
背中を薄ら寒いものが這い回る感覚がある。

「こいつ本当に昔の我か?時間をさかのぼるつもりでパラレルワールドに迷い込んだんじゃないのか?」

出来ればそうあってほしいと思いながらシンは意識を手放した。
酸欠になりかけたような状態から無茶な大技を二発も使えばぶっ倒れて当たり前なのである。
ぽかんとしていたユイが救急車を呼んで一騒動になった。
特にハジメの救出にはネルフの工作隊が呼ばれたらしい・・・何処までもお騒がせな連中である。

かくしてアダムはアダムの舎弟になりましたとさ・・・どっとはらい。










To be continued...

(2008.03.30 初版)
(2008.04.05 改訂一版)
(2008.04.12 改訂二版)


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