旅行とは最も簡単な日常からの脱出方法である






Once Again Re-start

第十一話 〔おいでませ・・・どこに?〕

presented by 睦月様







地面より高い場所、人がどんなに手を伸ばそうと届かない空間・・・空が鳥だけのものじゃなくなって100年と少し・・・今では白い雲を見下ろす位置に巨大な物体が飛んでいた。
白い鋼鉄の体に鳥とはまったくちがう翼を持つそれの名前はボーイング747と言う。
日本航空のジャンボジェットだ。

「ま〜ったく、今回も危うく行きそびれるところだったわ」

エコノミークラスのシートに座ったアスカがぼやいた。
ここにいるのはアスカだけではない。
クラスメート達が一つの椅子に一人ずつ座っていてすべての席が埋まっている。

隣に座っているシンジがアスカに聞いた。

「アスカは前に沖縄に行った事があるの?」
「行きそびれたって言ったでしょう?ネルフ関係で待機だったのよ。」
「そうなんだ」

機内の座席の配置は左右の窓にくっつくように二席、通路を挟んで真ん中に四席が並んでいる。
アスカが座っているのは真ん中の四席のうち右の端だ。

そしてアスカの隣にシンジが座り、さらに横にレイ、カヲルの順で座っている。
アスカの席から通路を挟んで窓側の二席にはトウジとヒカリが並んで座っていた。
ヒカリは委員長らしく向こうについてからの日程の確認をしている(相変わらず生真面目な子だ)その隣のトウジは退屈なのか昼寝をしていた。
空を飛んでいる間はすることもないのだからトウジの性格では仕方がない。

しかしこの二人・・・最近何かと一緒のところを良く見る。
何故?と追求する野暮はいらないだろう。

ちなみにトウジたちと反対側の窓側の二席にいるのはケンスケだ。
彼だけは一人で座っている。
生徒の数が奇数だったためだが・・・ケンスケは一人でも悲しくない。

「・・・カメラは友達・・・怖くないよ。」

明らかに危ない発言だ。
怖くないといいながらその言葉がすでに怖いということに気がついていないのだろうか?
ケンスケは黙々とカメラの手入れをしている。
今の彼にとってはカメラとビデオだけが友達・・・というか味方だ。
だってほかに協力してくれる男友達はいない・・・あとが怖いからね・・・でも心の中では皆勇者ケンスケを応援している。
きっと撮ったものは校舎裏にある彼の店頭に並ぶであろうと信じて

「今回もきっと駄目だと思っていたんだけれどね」
「兄さんに感謝だね」

シンジはシンがゲンドウに掛け合って自分たちの旅行が実現したと聞いている。
その裏で命懸けの(主にガルが命を懸けた)エピソードがあったことは知らない。

「ま、感謝しているわ」
「ははは」
「シンジ君?」
「レイ?」

シンジとアスカの会話にシンジの反対側に座っていたレイが入ってきた。
その赤い瞳が何かを訴えかけてくる。

「?・・・どうかした?」
「・・・冷凍みかん・・・」
「え?冷凍?」
「冷凍みかん・・・」

レイが取り出したのは今もあるのかと思うようなネットに入れられたみかんだ。
冷凍だけあって冷たい冷気を出している。

「?・・・ありがとう」
「いい・・・」

何がなんだかよくわからないがレイからみかんを受け取ったシンジは一つ取り出して皮をむき始める。
内皮に入ったままの果肉を一房とって・・・視線に気がついた。

「・・・え?」
「・・・・・・」
「・・・・・・え?」
「・・・・・・」

間抜けなやり取りを二回ばかり繰り返してシンジはやっとそれに気がついた。
隣にいるレイが自分に向けて口をあけて待っているのだ。
まるでまだ飛べない小鳥が親の持ってくる餌を待つかのように・・・それを見たアスカが何か言おうとするがあまりにも突っ込みどころが多すぎて言葉が出てこないらしい。
レイを指差してパクパク口をあけたり閉じたりしている。

「え・・・っと・・・」

そしてシンジも・・・こっちは思考がうまく働いていない。
とりあえず目の前のレイが食べさせて貰いたがっているようだな〜とは思うので夢遊病者みたいな動きでレイの前に食べようとしていたみかんを差し出す。

「ぱく」
「あう・・・」

思わずシンジはうめく。
レイがみかんを食べた瞬間、その唇がシンジの指に触れた。
そのやわらかい感触と背徳的な何かがシンジの口から漏れたというわけだ。

まあ14歳の男子中坊なぞデフォでこんなものだ。
それは男として正しい。
(・・・って言うかさっきからケンスケのシャッター音がウルセーな)と思った所でシンジの意識が現実に帰還した。

とりあえずケンスケが親指を立てていやがるので同じように親指を立てて半回転させる。
立てた親指が下を向いて・・・地獄に落ちろ。

「レ、レイ?」
「何?」
「美味しかった?」
「ええ・・・とっても・・・」
「よ、良かったね」

レイの最終兵器・・・微笑が発動した。
その儚げで澄んだ笑顔はすべての文句を封じる。
この笑顔だけでなんだって許してしまいそうになるのだから男って・・・男って・・・

さっきからシャッター音がうるさいケンスケはあとで憂さ晴らしにボコろうとシンジは心に決めた・・・かなりいっぱいいっぱいだが忘れてはいけない。
この場にいるもう一人の女神を・・・しかも救いの女神ではないところがミソだ。

「シンジ?」
「あ、アスカ?」
「いい度胸ね?」

振り向けばそこに奴(アスカ)がいた。

怒っている。
ワキワキしている指の動きが怖い怖い。
しかしアスカはふっと笑って・・・

「あ〜ん」

レイに対抗しやがりましたよ。
しかもシンジを挑戦的に見ながら・・・それを見たシンジは・・・

(こりゃあもう逃げらんないよね・・・)

諦めた。
逃げだと言いたければ言えばいいと思う。
いまどき逃げちゃ駄目だというのははやらない。
これはそういう状況だ。

観念したシンジはアスカにも一房差し出す。

「・・・手とかちゃんと洗っている?」
「え?洗っているけど?」
「ダンケ」
「おふう!!」

レイのときよりもシンジの声が大きい。
なぜならばパクッと食べた瞬間・・・アスカはその舌で軽くシンジの指先をなめたのだ・・・中学生がするような技じゃないぞ?

「はわわわ」

もうシンジは骨抜きだ。
顔など茹蛸のようになっているし、あまりにもアダルティーな状況に思考などすでにあっちの世界に旅立っている。

「ふふん」
「・・・・・・」

そんな腑抜けたシンジの頭上でレイとアスカが火花を散らす。
一方は火のように熱く、一方は氷のように冷ややかに

「シンジ?」
「シンジ君?」

レイとアスカが二人そろってシンジに向かって口を開く。
女の戦いは続くようだ・・・シンジを無視して・・・・・・一段とシャッター音がうるさくなった。
沖縄に着く前にフイルムを使い切るつもりかケンスケ?

「・・・参加しないのか?」
「僕はいいよ」

ケンスケが話しかけたのは我関せずを貫いているカヲルだった。
この状況でカヲルが参戦しない理由が思いつかないのだが・・・

「僕の場合は沖縄についてからでも十分挽回できるからね。」
「その心は?」
「僕とシンジ君にはお風呂という共通項がある。」

それを聞いたアスカとレイの動きが止まった。
当然だがホテルの風呂は男女別だ。
さすがの二人も風呂まで入っていくことは出来ない、そこまでのアンチ羞恥心は持ち合わせていない。

「シンジ君が一時的接触を苦手としているのはすでに知っているからね、僕の方でリードすることは十分に可能だ」

ちなみに当のシンジはまだあっちの世界、この会話を聞いていたらどんな反応をしたのだろうか?
何を想像しているのか身をくねらせているカヲルだが・・・この発言が原因でこの旅行の間はシンジの入浴中はアスカとレイに簀巻きにされるという体験をするのだがそれをまだ知らない。

そんな騒がしいシンジ達の列の後ろでは・・・

「あう〜すごいすごうい〜」
「サキ姉さん?少し静かにしないと皆さんに迷惑ですよ?」

窓側の席にサキとサンが座っていた。
サキはよほど飛行機からの眺めが珍しいのかしきりに外を見て目を輝かせている。
サンも注意はするが無理に大人しくさせようとはしなかった。

二人が並んでいるとまるで親子のように見える。

「ラフェル?何聞いているの」

二人と通路を挟んで座っているのはシエルとラフェルだ。
ラフェルはMDウォークマンをはずして頷く。

「これですかシエル姉さん?”島唄”です。せっかくの沖縄なんですよ?」
「だから沖縄の歌?」
「はい、ウチナーグチバージョンです。」
「こだわってるね〜」

通りがかったフライングアテンダント(スッチーと呼ぶと男女差別になるらしい)は彼女達の会話に首を捻った。
何故明らかに年下の子に対して”姉さん”などというのだろうか?

見た目年齢
サキ<シエル<ラフェル<サン

実際年齢
サキ>シエル>ラフェル>サン

サキ達がいるのとは反対の窓側の席にはシンとガルが座っていた

「本当に地図そっくりっす。」
「ガル?そういうことをしてイタくないのはサキくらいの年齢までだぞ?大体地図は実際の地面をもとにして書いているんだから地図がそっくりというべきだな、違っていたら国土地理院に文句を言わなければ」
「う・・・風情ってものがないっす。」
「知らん」

シンは会話中も手に持ったものから目を離さない。
それは沖縄食い倒れマップ・・・シンの目の色がちがう。
元から赤い目をしているので普通とはいえないが

「兄貴?」
「ん?」

シンが顔を上げると通路を挟んで真ん中の席の自分たち側に座っているハジメがこっちを見ていた。
顔色が悪い。

「なんで飛んでいるんだ?」
「は?ハジメ?お前何を言っているんだ?」
「だってこんな・・・金属だけで出来たものが空を飛んでいるんだぞ?フィールドの力も何もなしに?おかしいじゃないか?これって相当に重いんだろう?」
「そりゃあ客や荷物の重量を入れれば何百トンとか何千トンとかのレベルで重いだろうが・・・」

航空力学を懇切丁寧に説明してやる気もその知識もない。
としたら今のハジメにかけてやれる言葉は一つ。

「まあ理屈はともかく今飛んでいるのは間違いじゃないのだから現実を見ろ。」
「うう・・・」

今空の上にいるという事実は変わらない。
それだけが事実だ。
実際シンもリリンの技術には感心している。

しかしハジメは納得できないようでまだ青い顔をしていた。
見た目はヤンキーみたいなのに妙なところで臆病な男らしい。
理解できないものが怖いのは分からなくもないがこれがめぐりめぐってハジメ=シンになるというほうがよっぽどミステリーだ。

「ってちょっと待てライ!?お前何している!?」

シンが驚いた声を上げた。
ハジメの向こうに座っているライが別の意味で青い顔をしている。
口元に手をあてている姿はどう見ても酔っていた。

「おかしいだろう!?お前確か第三に来たときにふらふら飛んできたじゃないか!?なんで飛行機で酔う!?大体お前前にヘリに乗って旧東京に行ったじゃないか!!」
「最近目覚めたらしくて・・・」

「言っちゃあ悪いがやな目覚めだな!!」

「それにやっぱり自分で飛ぶのとは勝手が違って・・・おう!!」

何かがこみ上げてきたのだろう。
主に熱くてすっぱい何かが・・・残念なことにエチケット袋は間に合いそうにない。
だからシンは苦渋の決断をした。
一瞬で間合いを詰めたシンは躊躇無くライのあごを下からぶち抜いた。

いきなり真上を向かされたライが白目をむいて気絶する。
おお〜という賞賛の声が周囲の生徒達から上がった。
全員今のが緊急事態だったのは分かっている。
そして沖縄空港まで軽く一時間くらいかかることも・・・シンのやったことはある意味で最善だったのだ。

修学旅行の初っ端からブルーな気持ちになりたくはない。
それなら向こうに着くまでライには寝ててもらうべきだ・・・みんなのためにも本人のためにも・・・クラスメイト達はなれたものでこういう理不尽っぽい暴力にも慣れっこだ。
 
ちなみにシンだけならともかくハジメ達までが生徒の集団に混じっているのは仕事で一緒に行けなかったゲンドウと冬月の精一杯の仕返し(特に温泉に一緒に行けなかったのでサキと行きたかったらしいジージーSだが仕事があるので却下された)だったのだがこの連中がそんなことを気にすると思っているあたりまだまだ甘い。

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沖縄・・・どういう場所か一言で説明するのはとても難しい。
まず言えることは日本の最南端の県であるということ、沖縄本島を中心として大小数十の島から成る。
歴史的には琉球と呼ばれ、一国家を形成していたこともある。
その名残で日本語とはちがう沖縄語(うちなーぐち)という言葉が存在する。
気候的には熱帯の地方のそれに近く、雪などは年間道してお目にかかれない。
夏はもちろん暑く、スコールのように通り雨のような激しい雨が一気に降るのが特徴

第二次大戦においては日本において唯一アメリカ軍の上陸戦が行われ、多数の死者とともに集団自決などの悲劇の歴史を大地に刻んだ。

それから数十年、アメリカ軍の基地がおかれ、県民の半数以上がそれにかかわって収入を得ている。
観光地としても有名で特に海の綺麗さに関しては日本でも有数のダイビングスポットだ。
さらに海底遺跡もあり年間の観光客も多く、新婚旅行の行き先になることも珍しくない。

それ以外にもほかの地域には無い沖縄独自の文化が存在する。

「能書きはそんなもんでやってきました沖縄!!」

那覇空港のロビーで仁王立ちをしながらそんなことを言うのはアスカだ。
胸をそらすことで日々すくすくと成長しているものが自己主張する・・・自慢かね?

「アスカ・・・うるさい」
「レイもそんな淡白な反応していないでもっと喜びなさいよ!」
「・・・いい」

レイとアスカはそんなやり取りをしながら運ばれてきた自分の荷物を受け取る。
注意しなければ分からないがレイの顔にいつもより赤みがさしていた。
彼女も初めての修学旅行に軽く興奮しているようだ。

「レイとアスカって仲いいよね?」
「そうだな」

シンジの言葉にシンが頷く。
傍目に見ればシンジを取り合っている形の二人だが仲そのものは悪くない。
性格的にも火と水の二人のはずだが昼ドラのようなどろどろした感じが無いのだ。

文字通りの意味で命を預けることのある戦友ということもある相手だ。
いい意味でも悪い意味でも普通の女子中学生の感覚ではない。
しかもお互い前回のことを覚えている・・・自然と連帯感も強まろうというものだ。

だからといってシンジを譲る気がまったく無いのもお約束、シンジが自分で無く相手を選ぶとなったら落ち込むかもしれないがそれでも認めるだろう。
しかしそれまではあの手この手でシンジを振り向かせようとするはずだ。

「まったく厄介な好かれ方をしたものだな?」
「・・・なんで僕なんかを・・・聞いてもはぐらかされるし・・・」
「意味も分からない好意は怖いか?」
「そ、そんな・・・いや、そうだね・・・一寸怖いかも・・・」

考え込むシンジを見たシンは苦笑する。
彼女達が見ているのはシンジであってシンジではない。
だが彼女達が求めているのは間違いなくシンジだ。

不器用な恋愛にもほどがあるがそのいびつさもまた彼らの証

(この旅行の中でそれがどうなるかというのもまた楽しみだな、多少なら後押しをしてやっても良いか?)

シンは微笑を浮かべながらシンジをつれて集合場所に向かった。
3泊4日の沖縄旅行はこうして始まったのだ。

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ホテルに荷物を置いた第三新東京第一中学ご一行は初日の目的地である首里城に来ていた。
勘違いされがちだが修学旅行とは読んで字のごとく学を修めるためにするものであって遊びの旅行ではない・・・そんな理屈を気にする人間がほとんどいないとしてもだ。
ここでの目的は数個の班に分かれて琉球時代からの歴史を学ぶことにある。

「・・・この班分けは何か意図があると思うか?」
「バリバリにあると思うよ兄さん」

シンの疑問にシンジは即答だった。
二人の周囲にはレイとアスカを初めとしてカヲル、トウジ、ケンスケ、ヒカリがいる。
お約束というよりも何か問題を起こしそうな面子をひとまとめにしたような感じだ。
ヒカリが混じっているのは最後の良心かトラブった時のための最後の希望か・・・そしてこの面子の中にシンがいるということでハジメ、ライ、ガル、シエル、ラフェル、サキ、サンまで一緒にいる。

「さすがにこの人数で一度に動くわけには行かないな」

十人以上の集団で一度に動くと動きにくいことこの上ない。
それではわざわざ班分けした意味が無くなるし、100年も昔のことなど子供のサキ辺りには退屈だろう。

「ハジメ?」
「なんだ兄貴?」
「そっちのほうはお前に任せる。どこに行くかは好きにしろ、集合時間は分かっているな?」
「わかった。」
「サン?はじめてきた場所だからな、サキから目を離すなよ?」
「はい」
「サキ?ちゃんとサンやほかのみんなの言うことを聞くんだぞ?」
「は〜い」

やはりシンは基本的に面倒見はいいらしい。
ちゃんとポイントを抑えた注意をしてハジメ達と別れたシン達は首里城に入っていく。

「ねえ兄さん?何でハジメさんは兄さんのことを兄貴って言うの?」
「魂の兄弟らしい」

思わずほかの皆が吹き出しそうになった。
本当は兄弟どころか同一人物なのだが・・・いったい何がどうなればこんなに二人に差が出るのだろうか?

適当に首里城を見て回った一行は近くのお土産屋さんによった。
やはり中学生レベルではまだまだ花より団子だ。
昔の壮麗な建物の美しさよりおいしいものに魅かれるのは仕方がない。
特にシンはお土産のちんすこうやさーたーあんだぎーを食べて大満足していた。

集合時間まで時間を潰した一行はハジメ達と合流してホテルに帰ったのだが、ホテルでの夕食の献立はチャンプルやゴーヤなど沖縄の特産物が出てきたのでこれもシンの舌を大いに満足させた。
どうやらシンは沖縄に学問を修めるためではなく食を収めるために来たようだ。。
修学旅行ならぬ収食旅行だ。
ちなみにケンスケは沖縄に来てからほとんどシャッターを押していない。
彼のメインは三日目の自由時間、すなわちIN海である。

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「・・・っというわけで修学旅行恒例、好きな人暴露タイカ〜イ、ドンドンパフ〜パフ〜ドンドン」
「いや兄さん何さそのいきなりすぎる展開は?何が「・・・っと言うわけ」なの」
「お約束というやつだ。」

時刻は夜、シンとシンジがいるのは彼らにあてがわれた部屋だ。
10人ほどが泊まれる部屋でほかにトウジとケンスケ以外に4人ほどクラスメートがいる。
とりあえずクラスメートABCDということで、あと部屋の隅にはなぜか簀巻きにされて猿轡をされたカヲルがうめきながら目の幅涙を流しているが皆気づかないふりだ。
理由と犯人には大体心当たりがある。

「しっかし好きなおなごの話なんて・・・」
「鈴原トウジ?お前には聞いていない。っというかうざいから参加すんな、邪魔だ。」
「そうだぞトウジ?お前には必要ない。」
「「「「そうだそうだ」」」」
「なんでやねん!?」

彼女もちの人間に聞くことほど意味のないことはあるまい?
それすなわちのろけ話なのだから・・・

「お、俺はシエル先輩がいい・・・やっぱりメガネっ娘最高!!」
「ラフェルさんもいい。あの美声で耳元でささやかれたら・・・俺は死ぬ」
「サンさんのあの爆乳を見ていないのか!?」

男達の暑い会話も修学旅行の醍醐味だろう。
大人になるとこんなに真剣に話すことは出来ない。

銀色の宇宙刑事いわく、愛とは振り向かないことらしいから・・・そんな一点突破の全額賭けは大人には出来ない。

「ぼ、僕はサキたんがいい・・・ロリッ子萌え〜はう!!」

とりあえず若干一名犯罪者予備軍の馬鹿をシバいたのはシンだ。
それはそれ、これはこれである。

「え〜っと、じゃあ俺の番か?」
「相田ケンスケ、お前にも聞いていない。」
「なんでだよ!?」
「お前は別の意味でイタいからだ。(カメラとビデオに向ける)愛と(撮影のあとに女子から白い目で見られることを恐れない)勇気だけが(割と自分主観の)友達のお前に恋人がいるわけが無いのは分かっている。(これで無理に幻の脳内恋人など立ち上げられたらフォローのしようが無い)」
「喧嘩売ってんのかよ!?その盛大にいろいろ含んだ物言いはなんだ?」
「正直に言っていいのか?」
「ごめんなさいすいません、言わなくていいです。なんか聞いたらドつぼにはまって帰ってこれなさそうだから。」
「賢明だ。」

どうやら自覚はあったらしい。
しかし自覚があるからといってわざわざ断定してはいけない。
自覚がある分傷つくということがあるからだ。

・・・まあシンにとってはどうでもいいことだが

「渚カヲルは・・・」

そういっていまだ簀巻きにされたままのカヲルを見るとなぜか目を輝かせてこっちを見ている。
言いたいことが山のようにあるのだろうが・・・

「・・・聞く必要は無いな」
「ん〜!!んんん〜〜!!!」

どうせシンジ賛歌を延々と垂れ流すつもりだろうと思っていたがあの反応では似たようなものだったらしい。
いちいち殴って黙らせるのも面倒となれば最初から何もしゃべらせないのが一番だ。

「さて、ではシンジの番だな?」
「ま、待ってよ兄さん?いきなりそんなこと言われても・・・そ、そういう兄さんはどうなのさ?」
「何?私の?」

全員がうんうん頷く
傍若無人、傲岸不遜、一撃必殺などなど物騒な言葉を地でいくシンの恋愛話には皆興味がある。

「私は恋愛をする気は今のところ無いな」
「な、なんで?」
「シンジ・・・私はもう百年の恋をしてしまったのだよ。」
「え?」

聞き返すシンジの目の前でシンは笑っていた。

「昔の話だ。」
「そ、その人は?」
「・・・もういない。それだけが真実で事実だ」

一気に部屋の中の温度が氷点下に下がった。
墓場でもこんなに居心地の悪い空気はしていまい。

「あ、ごめん」
「気にするな、私だけだんまりではフェアーじゃないしな、それにこれで退路は無いぞ?」
「う・・・」

やはり見逃す気は無いらしい。
シンは愉快そうに笑っている。
さっきのことを気にしていないというのは正直ありがたくはあるのだがだからといってこれでいいのだろうか?

「何を迷っているのだ?」
「いきなり好きな人なんて言われても・・・よくわからないよ。」
「綾波レイと惣流・アスカ・ラングレーじゃ駄目なのか?」
「そんなことは・・・」

言いよどんだシンジの背後でクラスメートABCDが世紀末な連中のごとく指を鳴らす。
完全に臨戦態勢だが・・・名前も無いとは扱いが悪い。

「綾波レイは好きか?」
「き、嫌いじゃない・・・と思う。」
「惣流・アスカ・ラングレーは?」
「き、嫌いじゃない」
「でもどっちが好きか分からない?」
「・・・うん」

シンジは正直に頷いた。
まあ普通の男子中学生の恋愛などこんなものだ。
別にシンジが特別に奥手というわけじゃない。

恋愛というのは異性とするものだ。
友達というのとは少し違う、母親ともちがう・・・恋人言うものがどんなものか分からないで戸惑っているのだ。

「お前がどっちか決めれば残ったほうに学校中の男子が殺到するぞ?」
「そんな大げさな・・・」

大げさだと笑うシンジの後ろでクラスメート達が真剣な顔で頷いていた。
どうやら二人の魅力に気がついていないのはシンジだけらしい。

この世界に戻ってきたアスカは前回転校してきたときにかぶっていた猫をかぶっていない。
しかしアスカの人気は前回よりも高かった。
あの性格がアスカの魅力となっている。

レイの場合はとにかく表情が増えた。
今まで人形のように無表情だった少女が感情を少しずつ出していく姿は卵から雛鳥が孵る瞬間を見るようだ。
日々感情の発露が増えていく彼女は同じ割合で魅力的になっていく。

二人の変化の中心は間違いなくシンジだ。
だから周囲で見守る連中は二人のそんな姿をまぶしく見ながら同時にそんな変化を二人に与えているシンジに盛大に嫉妬している。
要するにシンジは第一中学の彼女いないフリーの男子から目の敵にされていたりするのだが生来鈍感なところのあるシンジは気がついていない。

「まあいい、恋人云々は別としても、二人がお前を好きだということには気がついているな?」
「え?兄さん?」

シンの顔から表情が消えた。
めったに見れない本当に真剣なときの顔だ。
部屋にいる全員がその雰囲気に飲まれている。

「お前がどちらを選んでも、どちらも選ばなくてもかまわない。でも彼女達は真剣だ。」
「う・・・うん・・・」
「まあ生真面目なお前のことだから不義理はすまい。真剣な思いに答えることができるのは真剣な思いだけだということを覚えておけばそれでいい。」
「な、何でそんなことを言うの?」
「何で?」

不思議そうなシンジの言葉にシンはクスリと笑った。

「お前達の幸せを願っているからだよ」
「兄さん?」

そういってシンの顔はとても優しかった。
まるで子供の幸せを願う父親のような・・・

「しかし綾波レイも惣流・アスカ・ラングレーもあれでかなりの器量良しだ。どちらを選ぶかなど贅沢な悩みは早々無いぞ?どっちを選んでももったいないお化けが出るな」

シンの言葉にシンジとカヲル以外の全員がうんうん頷く。
その中心でシンジは顔が真っ赤になった。

「に、兄さん!」
「シンジ〜夜這いに来たわよ〜」
「「「「「「「ぶ!!!」」」」」」」

いきなりの乱入者に全員が噴出した。
ばっと振り向けば出入り口のところで仁王立ちをしているアスカがいた。
しかも風呂上りなのか浴衣姿で髪がしっとり濡れている。

・・・ケンスケのカメラがうなりを上げた。

「・・・なんでここにいる?」
「だから夜這いに来たって言っているでしょう?あ、レイもいるわよ。」

アスカの背後にいるレイも浴衣姿だ。
こっちも風呂上りらしく濡れ髪に頬が軽く上気していた。
十人が十人同じ事を想像するだろう。

準備おっけ〜〜〜〜

男子のテンション上がる上がる。

しかしシンはあくまで冷静だ。

「お前・・・夜這いの意味を知っているか?」
「え?夜伽って言う遊びをするんでしょう?」

ザ・ワールド・時は止まる

遊び・・・確かに遊びと言えなくは無い。
男遊びとか女遊びとか・・・ただしそれは18歳未満お断りの遊びであってここはホテルではあるがそういうことが目的のホテルでもない。

「それで夜伽って何?レイも知らないらしいわ」
「・・・・・・」

無言でこくっと頷くレイは小動物チックでとんでもなくかわいかった。
しかし対する男子諸君はどう答えていいかわからずに時間が止まっている。
止まった時間の中を動けるのはシンだけだ。

「・・・誰からそんなことを聞いた?」
「ママから」
「・・・・・・あの馬鹿女」

惣流・キョウコ・ツエッペリン・・・侮れない。

「何かちがうの?最近は女のほうから男のほうに行くのもありだって聞いたけれど?」
「・・・無いとは言い切れんが・・・」

シンは悩んでいた。
どうやってこの目の前の勘違い娘達に真実を告げるべきか?
まあ方法は言って聞かせるしかないのだがうまくオブラートにくるまないととんでもないことになる。

しかもシンは男だ。
異性からそんな指摘を受けたら告げた時点で自分の言ったことや行動の意味を知って恥ずかしさに死ぬかもしれない
そうなったら死因は恥死だろうか?なんてどうでもいい考えが浮かんでは消えていく。

「アスカ!?」

硬直状態を破ったのは出入り口に現れた新たなる人物、洞木ヒカリだ。
おそらく事情を知ってここまで走ってきたのだろう。
一瞬で状況を理解したヒカリは視線でシンの言いたいことを理解した。

「アスカ!ちょっと!!綾波さんも!!!」
「どうしたのよヒカリ!?」
「痛い・・・」

二人の腕を引っ張ったヒカリは部屋の隅へと連れて行く。
男子はそのあまりの急展開にいまだ時間が止まったままだ。

「ーでーーーなの」
「え?・・・ええええええ!!!!?」
「・・・・・・」

どうやら理解したのだろう。
アスカの顔が真っ赤になる。
レイも耳まで真っ赤だ。

「あ・・・あうう」

意味不明の声を出すアスカに誰も何もいえない。
特に男子連中は目を合わせないように視線をそらすことしか出来なかった。

シンはシンジの肩をぽんとたたく。

「シンジ?私達は今夜ハジメ達の部屋に行くから気にするな、多少狭くても何とかなるだろう。」
「え?に、兄さん?」
「あの二人はお前がご所望らしいからな」

気がつけばトウジやケンスケが荷造りをしている。
クラスメートABCDはシンジに親指を立てていい笑顔をしていた。

「ま、待ってよ兄さんも皆も!?なんかおかしいよ!?」
「おかしいってこのまま我々がここに残ることのほうがおかしいと思うが、身内の情事というのは見るのはかなりきついと思うしな、私にはその手の趣味は無いぞ?」
「分かっててからかっているんでしょう!?」
「シンジ・・・女に恥をかかせるつもりか?」

見ればレイとアスカが真っ赤になって硬直している。
この二人が声も出せないほどてんぱっているのは見ものだ。

そんなこんなで撤収準備は速やかに行われていく。

「じゃあなシンジ、私たちは今日は帰らない。」
「兄さん!僕を裏切ったな!?皆一緒に裏切ったんだ!!」
「人聞きの悪い。ここは感謝するのが筋というものだろう?」
「待ってよ兄さん !!」
「グッドラック」

誰に幸があるのかは知らないが・・・シンは状況についていけないでいるヒカリの手を掴んで部屋を出た。
反対側の手にはいまだに蓑虫状態のカヲルを引きずっている。
いい加減解放してやれと誰もが思うのだがタイミングをはずすとそのままどこまでも行くといういい例だろう。

「ちょっと待って!不純異性交遊はだめよ!!不潔だわ!!!」
「喚くな騒ぐな安心しろ洞木ヒカリ問題ない。」
「何を言っているのよ!?男と女が同じ部屋で間違い勃発!!」
「何でもかんでもそっち方面に繋げたがるのは欲求不満の表れらしいぞ?鈴原トウジが相手してくれないのが不満なのか?」
「「なんでやねん!!」」

トウジとヒカリからまとめて突込みが来た。
それに気がついてトウジとヒカリが赤くなる。
ほかのメンバーはそんな二人を見てヤッテランネーという顔になった。

二人やさっきのシンジ達を思い出して(若いというより青いな〜)と思っていたりするシンこと始の人類のアダム、年齢不詳であった。

「と、とにかく不純異性交遊はダメ!!」
「しつこいな洞木ヒカリ、シンジにそんな甲斐性があるわけあるまい?」
「え?」
「そうやな〜」

シンとヒカリの会話にトウジが入ってきた。

「シンジは最終回の満塁2アウト、フルカウントでベンチにサインを求めるタイプやろ?」
「だな、プレッシャーに弱そうだもん」

ほかの皆もうんうんうなずく。
見抜かれているぞシンジ!!

「まあ、手でもつなげれば私は赤飯を炊くね」
「そ、そこまで・・・なんでわざわざ部屋を出たの?」
「ひょっとしたらあの三人の仲に変化が起こるかもしれないし、面白そうだろう?」
「シ、シンジ君・・・かわいそう」

思わず同情してしまうヒカリ
そのまま一行は適当に一時間ほど時間を潰して戻ったのだが案の定・・・

三人は部屋のど真ん中で正三角形の位置に正座してうつむいていた。
どうやらずっとこの状況らしい。
部屋に戻ったシン達を見た三人はあからさまにほっとしたか顔になったのを見ればマジに何もなかったのだと分かる。

張り合いのない。
まあ・・・戻ってみたら行為の真っ最中だったというのもそれはそれで刺激的すぎてとんでもなかっただろうが・・・

ちなみに、第三新東京市に戻った後、さすがに夜這いのことをちゃんと教えなかった(実は確信犯)のが相当腹に据えかねたのかアスカと弐号機のシンクロがしばらくギシギシしたらしい。
さもありなん・・・年頃の娘が男のところに夜這いに行くなど・・・穴に入ったら二度と出てこなくなるんじゃないだろうか?

そんなこんなでラブな展開を含みながら修学旅行は続く・・・マジで?










To be continued...

(2008.04.19 初版)
(2008.04.26 改訂一版)
(2008.05.24 改訂二版)


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