う〜み〜はひろい〜な〜おおき〜い〜な〜






Once Again Re-start

第十二話 〔トラベル・トラブル〕

presented by 睦月様







それは晴天、周囲は海、そして船の上と来れば・・・

「「タイタニーック!!」」
「・・・・・・」

シンは船の舳先で十字架のようなポーズをしたケンスケをトウジが支えているという構図を見ながら気持ちは分からなくもないと思う。
相手がいるならシンも一度くらいはしゃれでやってもいいと思うがあんなふうに男二人でやるのはいやだ。

ふと空に浮かぶ入道雲の大きさを見ればどんだけ暑いのかという話になるがあの二人の奇行はそれに拍車をかけているように思えるのは気のせいだろうか?
いっそのことあの馬鹿二人を後ろからけり倒して海に叩き落せば沈没の可能性が減ってラッキーとか面白そうな想像が働く・・・シンには認識阻害のフィールドがある。
しかし、そんなものを使って完全犯罪などした日には金田一の孫とか見た目限定の子供探偵とかが出てきたりしてじっちゃんの名に賭けたり、真実はひとつだったりしてシンを追いかけて・・・

「それはそれで面白いか?」
「何言っているの兄さん?」
「ん?いや、いっそこのまま学園探偵ものに移行するのもいいかなと」
「兄さんが何を言っているのかさっぱりだよ?」

そこまで着てやっとシンは自分に話しかけてきている人物の存在に気がついた。
どうやらシンもこの暑さに当てられていたようだ。
基本アルビノなので直射日光には弱いのか?
トウジとケンスケのことばっかり言っていられない、ちなみにあの二人は・・・

「「タイタニーック!!!」」

まだやっていた。

「それで?どうかしたのか甲斐性なしの弟よ?」
「ぐあ!!」グサ!!

何かに胸を刺されたかのごとくシンジが胸を押さえてふらついた。

「か、甲斐性なし?」
「据え膳食わずを甲斐性なしといわずになんと言う?」
「そ、そういう問題じゃない」
「別に行くところまで行けとは言わんがそれでも三人そろって硬直して動けなくなるなどお前達は三すくみか?」
「うぐぅ」

それは事実なので何もいえない。
しかし、大体にして中学生にそれを求めるのは酷というものだ。

「それに・・・」

シンが横目で見ると物陰からこっちを見ている赤と青の視線、アスカとレイだ。
こっちが気づいたと分かると真っ赤になって頭を引っ込めた。
どこかの球団の星に出てくる心配性の姉じゃあるまいに・・・

「・・・お前たちはいったい何がしたいんだ?」
「その、どうしたらいいんだろう?」

何が言いたいのか言葉からは分からないが十分すぎるほどに分かることがある。
この三人・・・昨日の一件でお互いを意識し始めたのだ。
今まではアスカにしてもレイにしてもお友達感覚の延長だったのだろう。
だが昨日のあれで謀らずもお互いを男と女としてみることになった。
そのギャップに戸惑っているのだ。

(まあ、責任の一端は我にもあるし・・・)

シンはため息をつきながらも不器用な子供たちに苦笑した。
それはまるで父親のようで・・・

「でも断る。」
「そこは黙ってどうにかしてやろうって言うのが筋じゃないかな!?」
「口調がおかしいぞ?大体原因はあの二人の自爆だろう?どうフォローしたところで傷をえぐることにしかならんだろうが?」

物陰からギクンという感じの擬音が聞こえた気がする。
すでに心の傷をえぐってしまったようだ。

「まあこんな状況はそんな長くは続かんから安心しろ」
「なにそれ?どういうこと?」
「すべては流れのままにだ。ああ、とばっちりはまず間違いなくお前に行くから覚悟しておけよ?」
「なんで不安になるようなことばっかり言うのさ兄さん!?」

二人のじゃれあい(?)の間も船は進む。
やがて船の進行方向に島が見えてきた。
あれこそ修学旅行の二日目の目的地だ。

「「タイタニーック!!」」

どうやらタイタニックネタがかなり気に入ったらしいトウジとケンスケがいい加減にうざくなってきてマジに海に叩き込もうかと思ったところで船が島にたどり着く。

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西表島・・・沖縄旅行において必ずといっていいほど観光コースに入る島だ。
人口は2000人ほどの島だが沖縄本島の次に大きな面積を持っている。
島のほとんどは国有林に指定されていて亜熱帯系の植物に覆われている。
その森の中では特別天然記念物のカンムリワシ、イリオモテヤマネコ、天然記念物のセマルハコガメ、キシノウエトカゲ、サキシマハブなど、珍しい動植物の宝庫になっているのは有名だ。

島にたどり着いたシン達は例の班に分かれて島内を観光することになった。
当然ハジメ達も一緒になって観光コースを回っているのだが・・・

「父さま、いいんですかあれ?」
「シエル?気にするな・・・」
「気にするなって言われても・・・」

シエルが心配そうに見るのは前のほうを歩くシンジとレイ、アスカの三人だ。
さっきからの挙動不審ぶりは凄まじい。
三人とも真っ赤になってちらちらとお互いを見るのだが目が合った瞬間に勢いよく目をそらすというのを繰り返している。
見ようによってはほほえましくもあるのだが・・・

「見ている分には面白いと思うんですけれど・・・あんな感じだとこれから来る兄弟(使徒)との戦いに影響があるんじゃ・・・」

シエルが心配するのももっともだ。
あの三人はいい意味でも悪い意味でも普通の中学生ではない。
命がけで戦う戦士でもあるのだ。
そんな彼らのメンタル面が浮ついた状態では思わぬことで足元をすくわれかねない。

「恋愛も自由に出来ないとは難儀なことだな・・・」
「父様?」
「でも心配するな、そろそろ限界だ」
「限界?」

シンの言葉にシエルだけでなく周りで聞いていた皆も首をかしげる。
いったいなにが限界なのかわからない。

シンの視線をたどってみるとなぜかアスカの肩が震えている。

「綾波レイだけならともかく、惣流・アスカ・ラングレーが混じっていてこんな状況が長続きするわけがあるまい?」
「ああ!!!もう!!!!」

いきなりアスカが吼えた。
あんまりにもいきなりのことで周囲の一般の人までが硬直する。

「シンジ!!」
「は、はひ!?」
「記憶を失ええええ!!」
「うぴゅう!!」


いきなりアスカがシンジの頭に拳骨を落とした。
シンジも奇妙な声を出して涙目になる。

「な、なにするんだよアスカ!?」
「うっさいわねバカシンジ!おとなしく昨日のことを忘れなさい!!」
「うわー!何でかアスカが暴走しているよ!!!」

どうやら殴ってシンジの記憶を消去したいらしい。
まさに理不尽ここに極まれりというやつだ。
アスカの顔が真っ赤なのはたぶんいろいろな意味があるのだろう。

「ほらな」
「ほらなって予想していたんですか?」
「恋愛初心者のあの三人がいつまでも緊張状態を維持できるとは思っていなかったよ。ついでに言うと最初に耐えられなくなるのは惣流・アスカ・ラングレーだろうと当たりをつけていた。基本的にあれは気が短いからな」
「・・・だからあの三人と距離をとっていたんですか?」
「当然、ちゃんとシンジにはとばっちりが行く事は言っておいたからな」

自分の父親ながらこの男が一番の狸だなと思う子供たち(使徒)であった。
同情的な視線を一身に集めるシンジはアスカの放ったJアッパーで空を舞っている。
あれならシンジの記憶も消えるだろう。
それよりシンジの命の火が消えるほうが早いかもしれないが・・・さすがにまずいと感じたシン達が止めに入った。

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「・・・おい」
「なによ?」

シンの言葉にアスカがそっぽを向く。
挑戦的な口調がそのままなのは見上げたものだ。
ここまでくると国宝級物だがシンの視線は容赦なくアスカに突き刺さる。
さすがのアスカも冷たい汗がタラリと流れた。

「さすがにこれはいくらなんでもやりすぎなんじゃないか?」
「く・・・シンジが軟弱なのがいけないのよ!!」

帰りの船の甲板、そこに置かれた椅子のうえにシンジが座っていた。
トーンを張り忘れた漫画のごとく白い。

「真っ白に・・・燃え尽きちまったぜ・・・」
「おいおいおいおい、シンジがいろいろな意味で最終回っぽい呟きをしているぞ?」
「げ、シンジ!?しっかりしなさい!!」
「こんなにした原因はお前だろうが・・・」

周囲の喧騒など聞こえていないのだろう。
その口元には満足げな笑みが浮かんでいる。
・・・マジでやばくねえ?

全員の顔が青くなった。
このままでは本当に白い灰になってしまうかもしれない。

「仕方ないな、惣流・アスカ・ラングレー?」
「な、何よ?」
「責任をとってシンジにキスしろ」
「なんじゃそりゃ!!」

思わず年頃の女の子の叫びとしてどうだろう?な感じで絶叫したアスカに周りの皆が耳をふさぐ
シンは黙って頷いた。

「古今東西お姫様を目覚めさせるのは王子様のキスだろう?」
「あたしは女!しかも私の純情を気付け薬と一緒にすんな!!」
「シンジ君・・・」
「レイ!!あんたもこんなバカの言うことを本気にしない!!」

本気でシンジにキスしようとしていたレイをアスカが羽交い絞めにして止めた。
レイは不満そうにしている。

「・・・ずるい」
「何がよ?」
「アスカは前にシンジ君にキスしている・・・しかも自分から・・・」

驚愕の事実というのは人の思考を停止させるものだ。
トウジとケンスケあたりは「裏切り者〜」とかいっているがそんなことは知ったこっちゃない。

「な、なんであんたが知ってんのよ!?」
「ああ、それなら我が教えたのだ。シンジの記憶にあったぞ」
「貴様か!!!」
「おお、いきなり殴りかかってくるとは今日の惣流・アスカ・ラングレーは血に飢えているな」
「誰のせいだ!?」

本気で殴りかかってくるアスカの拳をシンはヒョイヒョイとかわす。
あたったら痛そうだから

「ってレイ!!ドサクサ紛れに再度トライしようとすんじゃないわよ!!」
「いや・・・シンジ君が呼んでいる」
「そんなわけあるか!!」
「おー惣流・アスカ・ラングレー、お前には突っ込みの才能があるぞ?」
「うれしくない!!あんた喧嘩売っているわね!?買ってやるわよ!!」
「誰がそんなもったいないことするかたわけ」

際限なくヒートアップしていくアスカは見ていて楽しい。
シンもそれを分かっていてからかっているのだからたちが悪かった。

「ふん、せっかく堂々とラブシーンに突入できる状況を作ってやったというのに親不孝者め」
「そんな気の使い方いらんわ!!」
「虚勢ばかり張っているからいつも出遅れるのだ。綾波レイを見ろ、すでに二人だけの世界に突入中で周りのことなど何も見えていないぞ」
「だからあんなバカシンの言うことを信じるんじゃないわよレイ!!」

白くなったシンジにキスしようとするレイを止めるアスカという構図を面白そうに見ていたシン(マジで性格悪くなっているな)の腕を誰かが引っ張った。

「ぱ〜ぱ〜」
「ん?サキ?」

さっきから静かだなと思っていたサキがいつの間にかシンの足元にいた。
シンの腕を握っているのと反対の手を後ろに回して何かを持っているようだ。

「どうかしたのか?」
「この子拾った。」

そういってサキが見せたのは暗褐色の体毛の一匹の猫だった。
種類としてはイリオモテヤマネコという西表島にしか生息していない種・・・ちなみにイリオモテヤマネコは特別天然記念物で絶滅の危機があるために西表島からの持ち出しは禁止されている。
結果ユーターンして島に返しに行くことになった・・・ガルがその頭にイリオモテヤマネコを乗せて泳いで・・・さすが魚の使徒、泳ぐことに関してはほかの誰よりも早いがつかいっぱしりにされて不満そうだった。

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その夜・・・シンジ達の泊まっているホテルの大宴会場、今は第一中学の生徒達が食事のために集まっているのだが、一面畳敷きの広い部屋は異様な雰囲気に包まれていた

「Fly me to the moon,and let me play among the stars;
Let me see what spring is like on Jupiter and Mars.
In Other Words; hold my hand!
In Other Words;darling kiss me!」

流れる美声に聴く側の人間はみなうっとりとして聞きほれていた。
歌っているのは浴衣姿のラフェルだ。
食堂となったホテルの大宴会場のステージのカラオケマシーンを使って歌っている。 

「Fill my heart with song,and let me sing forever more;
You are all I long for,all I worship and a dore.
In Other Words;please be true
In Other Words;I love you!」

終わったあとでも誰も口を開かなかった。
じんわりと余韻を楽しんでいる。

そんな中できょとんとしたシンジが隣に座っているシンに聞いた。
二人ともラフェルと違って学校指定のジャージ姿だ。

「兄さん?なんでラフェルさんがここにいるの?」
「知らん、ついでにお前達もなんでここにいる?・・・ここは第一中学の貸切だったはずだろう?」

シンジの質問に首を振ったシンがなぜか隣に座っているハジメに聞いた。
その先にはライとガルもいる。
三人とも浴衣姿だ。
彼らは一応一般客扱いなので浴衣を用意されたらしい。

それぞれの前にはシンたちと同じように夕食の膳が並んでいた。

「それは兄貴達と一緒に食事をしたかったからに決まっているじゃないか」
「よく教師達が認めたな?」
「ああ、その連中なら向こうで鼻の下を伸ばしているぞ」
「なに?」

ハジメが指差したほうを見ると・・・

「はい、先生も一杯どうぞ」
「い、いや〜申し訳ないですな〜」

担任の教師達がサンにお酌されている。
ただしその視線はお約束のごとくサンの胸に注がれているのだが・・・浴衣の前を押しのけかねないボリューム・・・やはりサンのあの胸は男にとっては凶器だ。
完全に篭絡されている。
何もしていないのにいるだけで効果抜群らしい。

「・・・サンのそばにサキがいないな・・・」
「サキ姉さんならあっちッス」
「ん?」

ガルが示した場所にいるのはサキを中心にした女生徒達の人垣だった。

「はい、あ〜ん」
「あ〜ん」
「おいしい?」
「うん!」
「浴衣かわいいね〜」
「うん!」

元気一杯に頷く子供用の浴衣姿のサキに周りの女生徒たちの顔が恍惚となる。
すでにサキに首っ丈のようだ。
無理もない。
子供というのは素敵に無敵の代名詞なのだから。

「見なかったことにしよう。」
「そだね」

シンとシンジはそろって食事に戻った。
一緒に飯を食うくらいたいした問題ではあるまい。
これも修学旅行の思い出の一つだ。

「ん?そういえばシエルの姿がさっきから見えないが・・・」
「とーさまー!!」
「ぬお!?」

いきなり背後に出現した物体にシンが押しつぶされる。

「誰だ!!」
「きゃん!!」

妙な弾力を持ったそれを引っつかんで前に放り投げるとシエルだった。

「シエル?なんなんだいったい!?」
「とーさまー」

さすがのシンもパニックになった。
何故シエルは顔を真っ赤にしてしなだれかかってくるのだろう?
そして何故・・

「ぱ〜ぱ〜サキも〜」

シエルがシンに抱きついているのに気がついたサキがここぞとばかりに甘えるべくフライングボディーアタックを敢行してくるのは何故だろう?
ちなみに回避は不可だ。
自分にすがり付いているシエルが邪魔で動けない。

「がふぇ!」

サキのフライングボディーアタック改め人間ミサイルがシンの鳩尾にクリーンヒットした。
意識が遠くなりながらもサキを何とかキャッチしたのは奇跡に近い。

「サ、サキ・・・ひとに向かって飛び掛るのはいけないぞ?」
「は〜い」

まったく悪びれずに擦り寄ってくるサキは満面の笑み・・・強烈な癒しオーラに守られた彼女をしかれる奴などいない。
サキはただシンに甘えたいだけなのだから、そんなサキを見た女生徒達から嫉妬オーラが湧き上がってくるがシンにしてみればそれどころじゃない。
首にしがみついているシエルの力が上がっている。
同時にシエルから漂ってくる匂いは・・・

「シエル!お前酒を飲んだな!?」

よく見ればシエルは片手にエビチュのビンを持っている。
おそらく教師陣のために用意されたものだろう。
何故シエルが飲んだのか分からないが謎はすべて解けた。

「何を言っているんですか父様、酒は飲んでも飲まれるな、つまり飲む分には問題ないのです」
「理屈っぽく言おうが話しが通じてないのは明らかだろうが!いい加減に首から離れろ!!」
「父様のいけず!」
「振り回すな!!」

シエルだって元は使徒だ。
その気になれば膂力は普通の人間よりあるし今はアルコールの力を借りてリミッターが外れている。
小柄なシンの体を振り回すことくらいわけがない。

「サキも〜」
「姉さんも?望むところですよ」
「きゃあ〜う♥」
「あははははははは」

シンと一緒に振り回されるサキはご機嫌だ。
シエルのテンションはアルコールのせいで天上知らずだ。
さらに二人を振り回していることで浴衣がはだけてかなりきわどくなっている。

男性陣からは教師も生徒も関係なく歓声が上がっている。
そんな暇があったら助ければいいものを

「いい加減にしないかシエル!?」
「父様・・・ノリが悪いです。一緒に飲みましょう。そうすれば万事解決モーマンタイですから!!」
「話が通じてないぞこの酔っ払い!!」
「私のお酒は飲めないって言うんですか!?」
「.小声で話しても聞き取れる距離で怒鳴るな!!」

それが酔っ払いというものだから・・・

「分かりました」
「ほう、ちなみに何が分かったのか言ってみろ?」

シンの言葉を無視したシエルはエビチュのビンをラッパ飲みした。
そして次の瞬間、シンの視界一杯に目をつぶったシエルの顔が現れた。
唇に感じるやわらかい感触とそこから・・・

「■■■■■!!!!」

流れ込んできた液体の味と風味でシンは理解した。
シエルは口移しでシンに酒を飲ませている。

「こ、の」

だがシンのほうも只者ではない。
本来なら突き飛ばすなりなんなりして脱出するところだろうが逆にシエルの体を抱き寄せて固定する。

いきなりのラブシーンに周囲から歓声が上がったがもちろんそんなつもりはさらさらない。
シンは固定したシエルの体を軸にして逆上がりの要領で体を入れ替えると無防備なシエルの後頭部にけりを叩き込んだ。

「うきゃ!!」

完全な不意打ちにシエルの口から奇妙な悲鳴が漏れる。
どさっと言う音とともにシエルの体が倒れた。
たたみに沈んだシエルは復活してこない。
どうやら気絶したらしい、男子生徒諸君がもったいないとか言っているがガン無視だ。

「・・・・・・」
ドサ!!

同時に顔が真っ赤になったシンも倒れる。
忘れてはいけない、今のシン事アダムの体はもともとはシンジの体だ。
そして未来のシンジとは言っても所詮は15歳、たとえアダムの魂がどれだけ成熟していようが中学生ボディに酒に対する抵抗力など皆無に等しい。
さすがにアル中になるほどではないがわずかの量でもぶっ倒れるのは仕方がない。

シンとシエルのダブルノックアウト
酒は飲んでも飲まれるなとはよく言われるが時々飲まれたやつが勝つこともあるようだ。

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翌日〜修学旅行三日目

「うう〜頭いた〜い」
「当然だばか者」

シンは足元でうなっているシエルを見てため息をついた。
昨日飲んだ酒で二日酔いになったらしい。
飲みなれていない人間が加減を知らずに飲んだらこういうことになる。

ちなみにシンはぴんぴんしていた。
さすがに口移しされた程度のアルコールではその場はともかく一晩経てば二日酔いどころか酒が残ることもない。
なんといってもミサト達と違って体は若いし、酔っ払っても次の日に持ち越したりはしないのだ。

二人がいるのはホテルから近い場所にある浜辺だ。
目の前の海はさすが沖縄という感じで青く澄んでいる。
海のあるべき姿とはこういうものを言うのかと考えさせられる光景だ。
それなのにシエルは半死人状態

「そんなにきついなら出てくるな」
「殺生です。沖縄に来て海で遊べないなんて蛇の生殺しですよ」

修学旅行三日目の今日は一日自由行動になっている。
となれば当然海に向かう中学生諸君

「シンジ!スキューバー行くわよ!!」
「アスカ、何度も言っているけれど僕は泳げないんだって・・・」
「シンジ君?」
「レイ?」
「私と一緒に泳ぎましょう」
「いや、だから僕はぜんぜん泳げないって・・・」

シンジとアスカとレイが軽く修羅場っぽくなっている。
どうやらシンジの取り合いで火花が散っているようだ。
昨日のことを引きずっていないように見えるので関係は修復できたのだろう。

殴り飛ばして関係回復を図るなどどこぞの番長でもあるまいに・・・不器用なことだ。

しかし、なんとも子供らしいが大人のようにどろどろしたところがなくほほえましくもある。
大岡越前の裁きに二人の母親が子供の手をとって引っ張り合うというのがあったがレイもアスカも一歩も引かない。
そのうちシンジが真っ二つになるんじゃなかろーか

「「よっしゃあ!!」」
「あん?」

いきなり聞こえた声に見ると水着姿のハジメとトウジが一緒になって肩を組んでいる。
何かをやり遂げたようないい笑顔だ。

「ううう・・・」

よく見ると二人の足元に砂に埋まって何かいる。
どうやら正体はガルらしい。
よく砂浜で首だけ出して砂に埋めるあれだ・・・ただし、ガルの場合のあれはかけた砂を使ってアートしている。
どう見ても踊るタイヤキ君、頭の部分がガルだ・・・無駄にうまい造詣は確かに達成感があるだろう。
沖縄に着てまでいじられるとはガルも相当不幸な星の下に生まれたらしい。

「あう〜」

そんなことを考えていたシンの目の前をサキが駆け抜けていく。
レモンイエローの子供用のフリルの付いた水着を着たサキは元気いっぱいだ。
思えばサキは一番この旅行を楽しんでいた。
あんなに楽しんでいるところを見れば旅行会社も満足だろう。
彼女のためにこの世界は回っている。

「サキ姉さん、待ってくださいよ〜」

すっかりサキの保護者のようになったサンがサキを追いかけていく。
その姿に浜辺の視線が釘づけになっている。
サンが走るたびにタプンタプンとゆれるそれは男の目を釘付けにし、女に敗北感を与えるのだが本人まったく気がついていない。
新手の天然か?

サンの走り去ったあとにはいいもの見たという勝者(男)と自分の胸を見て負けたと思う敗者(女)の佐賀両極端に別れている。

ちなみにラフェルは潮風が喉によくないと思ったらしく適当に遊んで今は海の家に引っ込んでいる。
一緒にライが付いていっているがこれはナンパ対策だ。
ラフェルもあれでかなりの器量よしなのでライがいなかったら5分おきにナンパされる。

「皆それぞれ存分に楽しんでいるようで結構なことだ」
「う、うらやまし〜」
「さて、我もそろそろ行くかな」
「と、父様ぁ〜私を見捨てていくんですかぁ〜あっだだだ!!!」

二日酔いが頭にきたらしい。
シエルが頭を抱えてうなっている。

あきれてシエルを見下ろすシンはトランクスタイプの水着、シエルは薄緑のワンピースビキニで砂浜に敷いたシートの上に寝ている。
二日酔いで立ち上がれないでいる姿は本当に元使徒かと疑ってしまいたくなるほど哀れだ

「自業自得だろうが」
「ううう・・・あったま痛い〜でもでも〜青い海と太陽が私を呼んでます〜」
「呼んでいない」
「あううう」

うめき声とともにシエルはシートに沈んだ。
ここまで来ただけでも賞賛に値するがどれだけ海で遊びたかったんだという話しになる。
傍目には肌を焼いているように見えるだろうが実情は二日酔いで死んでるだけだ。

ちなみにシエルを初め使徒ガールズは日焼けをしない。
なぜならば体の表面のフィールドを操って紫外線を拒絶しているからだ。
紫外線によるしみを気にするのは女性としてのたしなみ、ナチュラルUVカット・・・バカとはさみは使いようとはよく言うがA・T・フィールドとは便利な力だ。

「売れる売れ売れるぞー!!」
「ん?」

不穏当で無駄に大きな声に振り向いて見ればケンスケがバズーカ砲のようなカメラを使って浜辺を写している。
・・・というかそこにいる水着姿の女性を・・・どうやらサキとサンが目当てらしい。
さらにシエルにもカメラを向けている。

サキは昨日の事から考えても女生徒に絶大な人気があるだろう。
サンなど言わずもがな、男子生徒どころか教師陣もほしがるかもしれない。
シエルやラフェルも十分高レベルだ。
写真にして売れば利益はかなり上がるだろうというのは分かるが今のケンスケの姿はどう見ても・・・さらに言えばこんなところで堂々とそんなことをしていれば・・・

「ちょっと君?」
「売れる売れ・・・はい?」

軽く肩を叩かれたことでトリップしていたケンスケがやっと現実世界に復帰する。
背後を振り向けばそこにいたのはライフセーバーのお兄さん達・・・皆日焼けしていて健康的に筋骨隆々
しかもビキニ海パンだ
にっこり笑っている笑顔もはっきり言ってキモイ

「実は通報があってね、中学生くらいの男の子が馬鹿でかいカメラを使って盗撮しているって・・・君のことだろう?」

こういう大きな海水浴場では盗撮など日常茶飯事だ。
盗撮されるとうわさが立てば特に女性はその海水浴場に来なくなるかもしれない。
そうなったら海の家や観光組合にしたら面白くないのでライフセーバーに頼んで盗撮者を捕まえることになっている。

「は?盗撮?・・・い、いやいやいやいや!違いますよ!!これは学校の修学旅行の思い出に撮っているだけです!!」
「さっき先生方に聞いてきたがそんなことは頼んでいないそうだよ?」

それは頼んでいないだろう。
ケンスケが勝手にしていることなのだから・・・ほしがるやつは多いだろうが・・・

「しかしこんな本格的な機材を持ち込んで盗撮とははじめてかも知れんな」
「待ってくださいよ!!僕は盗撮なんて!?」
「そんじゃそのカメラの中身見てみようか?そこに女の人が写ってなかったら君無罪だから」
「う!!」

ばっちり写っていることは誰よりケンスケが知っている。
だって写した本人だから

「・・・ちょっと事務所で話し聞こうかな?」
「わ、我々ジャーナリズムは真実を伝える義務がある!!」
「ほう・・・ちなみにどんな真実だい?」
「に、女体の神秘・・・」
「お兄さんも興味あるけどそれ犯罪なんだよね〜とっと行こうか?」
「・・・イエッサ」

紳士的なライフセーバーのお兄さん達に両脇を掴まれて連行されていくケンスケは捕まった宇宙人のようだった。

しかしその背中に向けられる同情の視線は半分だけ、なぜなら人間は(一部を除いて)男と女のどちらかしかいないからだ

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修学旅行最終日

シン達第一中学ご一行様は帰りの飛行機の中にいた。
さすがに三泊四日の旅行で疲れたのだろう。
生徒達のほとんどは椅子に座って寝ている。

疲れた一番の原因は昨日の海ではしゃぎすぎたからという気がしないでもない、昨日の夜はみな騒ぐこともなくすぐに寝てしまった。

ちなみに一番の危険人物(ライ)は飛行機が飛び立つ前に強制的にシンが寝かしつけた。
ライのほうも飛行機に乗っている間中苦しい思いをするよりはと力を抜いて受け入れたためにいまはほかの皆と同じように夢の中だ。

「・・・・・・」

窓際の席に座ったシンはほかの皆と違って眠ることなく窓の外を見ていた。
今日はあいにくの天気らしく眼下には厚い雲があってその下の地面は見えない。
時々雷のようなものが走っているところを見ると雲の下は雨が降っているのかもしれない。

「どうかしたの兄さん?」

シンの隣に座っているシンジがじっと外を見ているシンに話しかけた。

「何も・・・というかここは雲の上だからな、何かあったらそっちのほうが異常だ」
「そ、そうだね・・・そういえば兄さん?」
「なんだ?」
「父さんに旅行に行けるように頼んでくれたんでしょう?」
「ああ・・・そうだったな・・・」

本当は旅行中に来る予定の使徒(サンダルフォン)をさっさと倒してしまったので本部に待機している理由がなくなったとは言えない。

「ありがとう兄さん」
「たいしたことはしていないさ、私もこの旅行には行きたかったからな」
「?・・・何かあったの?」
「・・・この機会を逃したら次にいけるという保証はないからな・・・」

使徒との戦いもゼーレとの戦いもそう遠くない未来に決着が付くだろう。
そのあとにこの世界がまだ残っているのか・・・誰にも保障は出来ない。

それにもう一つ・・・

「兄さんは心配性なんだね」
「何?」
「大丈夫だよ。兄さんもこの世界も・・・僕が守る」

シンジの顔には自信があふれている。
前回のシンジにはこんな表情はなかった。

(ああ、この世界のシンジも成長しているのだな・・・)

男子三日会わざれば刮目して見よ

この世界は変わり始めている。
シン(アダム)がこの世界に介入した瞬間から・・・ならばその結果も同じとは限らない。

「・・・そうだな、危なくなったらシンジに守ってもらうことにしよう」
「はは、がんばるよ」
「油断するなよ、慢心に足元をすくわれるぞ?」
「う・・・努力します」
「よろしい」

シンとシンジの顔にはいつの間にか同じ笑みが浮かんでいた。
しばらく起きていたシンジだがやはり睡魔には勝てなかったらしい。
程なくほかの生徒と同じように寝息を立て始めた。

隣で寝ているシンジの寝顔を見ながらシンはつぶやく。

「・・・この旅行に来たかった本当の理由はな、シンジ・・・多分お前と旅行するのはこれが最後になるだろうからだ」

シンジの記憶は戻ってきている。
何かきっかけがあれば崩壊したダムのごとくシンジに記憶が流れ込むかもしれない。
そうなればシンジがシンを兄と呼ぶことはなくなるだろう。

仕方のないことだ。
それが本来の姿なのだから・・・だからアダムはこの修学旅行に来たかった。
明日をも知れぬ子供達に思い出を作るため、一緒にいた時間を忘れないために・・・

「我は・・・少し感傷的になっているか?」

我知らずシンの口元が笑みの形になる。
果たして記憶を取り戻したシンジは自分の事をなんと呼ぶのか?
知りたくもあり、知るのが怖くもある曖昧な感情・・・シンはそんな感情を抱いた自分に苦笑した。

シンジがすべての記憶を取り戻す日・・・それは遠くない未来の話・・・その時・・・何が始まり・・・何が終わるのか・・・まだ誰にも分からない。










To be continued...

(2008.04.26 初版)


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