何もかもが始まる・・・本当の意味で・・・






Once Again Re-start

第十六話 〔始まりと終わり〕

presented by 睦月様







「・・・なあシンジ・・・教えてくれないか?」

シンは敵を見るようなまなざしでそれを見上げる。
4号機のモニターを通してみる空はこれ以上ないほどの晴天だ。
だがシンの心はまったく晴れない。

その視線は青空をバックにたたずむそいつに向けられたままだ。

「我は・・・いったいお前に何をした?・・・何をしてしまったんだ?」

シンの言葉は届かない。
そいつは第三新東京市の空から地上を見下ろしていた。
まるで4号機の中のシンを睨んでいるように見える。

いや・・・実際見ているのだろう。
シンは自分に粘りつくように絡んでくる視線の圧力を感じていた。

GURAAAAA!!!

それは大空に12枚の光の羽を広げた初号機だった。

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数時間前・・・

前回と同じようにレリエルの来訪は唐突だった。
直前まですべてのセンサーにまったく反応がなかったにもかかわらず気がつけば第三新東京市の近くにその球体が姿を現した。

「住民の避難は?」
「完了しています」

日向の報告にミサトは満足そうに頷いた。
奇襲というのは意表をつくからこそ効果があるのであってそうでなければ意味はない。
前回同じことを経験しているミサト達にとっては予定調和だ。
すでに迎撃の準備は出来ている。

「じゃあ皆作戦の通りにお願いね、先行するのはシン君の初号機レフト」
『了解』

モニターの中のシンと初号機レフト(4号機)が頷く。

『ミサトさん?』
「シンジ君?」
『やっぱり僕が先行したほうが・・・』

モニターの中からシンジが真剣な顔で見返してくる。

『それに兄さんは長い時間エヴァに乗っていられないはずです。少しでも負担を減らしたほうが・・・』
「そ、そりはそうなんだけど・・・」

答えに困る
実際シンが長時間エヴァに乗れないとか言い出したのは誰だったかと考えてミサトは背後を振り返った。
司令専用の席でゲンドウがだらだら汗をかいている。
その後ろではユイと冬月がジト目でゲンドウを見ているのは自分と同じ思いだろうと判断したミサトは大きくため息を付く。
余計なことしかしやがらねえ

『シンジ?これは私から言い出したことだ』

そんなゲンドウに助け舟を出したのはシンだった。

『兄さん・・・でも・・・』
『たまにはまじめにチルドレンの仕事をしておかないとな、兄としての沽券にかかわる』
『・・・僕はそんなこと気にしないのに・・・』

もちろんシンの言うことは表向きの言いわけだ。
本当のところはシンでなければならない事、すなわちレリエルの魂の回収にある。
レリエルのコアや魂は外にはない。
空中に浮かぶゼブラの球体は影だし本体の影は虚数空間に通じた穴、レリエルの魂を回収するためには一旦レリエルに飲み込まれる必要がある。

誰がもっとも適任かは言うまでもないだろう。
魂の回収が出来るのはシンだけということもあるがシンは以前4号機を回収するために虚数空間に潜ったこともある。
しかも初号機レフト(4号機)には前の世界のシャムシエルのS2機関があるのでエネルギー切れの心配は皆無だ。

『心配するな、大丈夫だ』
『うん・・・』

納得していないのがばればれだがシンジは頷いた。
レリエルに飲み込まれることで事情を知らないシンジだけは驚くかもしれないがシン以上の適任もいないのだから仕方がない。
後は混乱するシンジをどうなだめるかだがそのくらいは大人の仕事だろう。

それだけしか手伝ってやれないことに大人達の間からため息が漏れた。

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シンジはため息をついてインテリアシートに体を沈める。
正直シンのことはそれほど心配してはいなかった。
シンジだってバカじゃない。
ゲンドウたちがシンの体が虚弱なために長時間エヴァに乗れないといったことがウソだということには気がついている。
普段のシンを見ていてあれが虚弱体質の人間だというのならこの世に生きるほとんどの人間は半死人だろう。
シンがエヴァに乗らないのには別の理由がある。

「それがなんなのか教えてはくれないんだね・・・」

少し悲しくもある。
しかし同時にシンジはシンに十全の信頼を向けていた。
シンはいつもみんなの輪の中から一歩引いて皆を見ていた。
いつも・・・いつも・・・まるでシンジ達の保護者のように・・・なぜ疑うことが出来ようか?

「・・・いけない、今はこんなこと考えているときじゃない」

そういってシンジは頭上のレリエルを見た。

(やっぱり、真っ白・・・レーダーやソナーは返ってこない・・・空間が広すぎるんだ・・・)
「え?」

シンジは思わず周囲を見回した。
シンジとシンクロしている初号機が周囲を見回す。

『どうかしたのシンジ君?』
「え?・・・いや、なんでもないです」
『そう?今作戦中だから集中してね』
「はい」

ミサトの言葉にシンジは頭を下げた。
確かに緊張したこの状況の中で何かに気をとられるというのは不謹慎だったかもしれない。

「でも・・・なんだったんだろう。さっきの声は・・・」

聞き覚えは・・・あると思う。
でもどこで聞いたのだろうか?
ひどくなじみのある声に思えたのだが・・・

(生命維持モードに切り換えてから12時間・・・あと残り4、5時間か・・・)
「ま、また?」

今度こそ聞き違えではない。
確かに誰かの声が聞こえた。
もはや空耳や気のせいではない。
間違いなくここに・・・すぐそばに誰かがいる。

(おなかすいたな・・・)
「だ、だれだ!?」
(水が濁ってきてる・・・浄化能力が落ちてきているんだ)
「どこにいるんだ!?」
『シンジくんどうしたの!?』

発令所からミサトの声が届くがシンジにかまっていられる余裕はなかった。
頭に何かもやがかかったように思考力が削られていく、それなのに一つの感情は急速に膨らんでいった。

その感情の名は・・・恐怖
理由は分からない。

さっきから聞こえる声を聞くたびにわけの分からない恐れが加速していく。
しかもこの声はシンジにしか聞こえないらしい。
ミサトはワケがわからずわめいているがすでに何を言っているのかシンジには理解できなかった。
霞のかかった意識の中では何もかもがあいまいで頼りない。
いったい何が起こっているのだろうか?

(ここから出して!!綾波!!アスカ!!ミサトさん!!トウジ!!ケンスケ!!・・・)
「にい・・・さん?」

なんとなくそう思った。
この声はシンの声に似ていると、そして・・・

(・・・父さん)
「あ・・・」

急にクリアーになった視界にレリエルの姿が見えた。

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『シンジ君!!』
「シンジ?」

通信機から聞こえてきたミサとの切羽詰った声にシンが反応した。
シンジのいる背後を振り向いたシンが見たものはビルの影から出てくる初号機だ。

「なんだ?」

明らかにおかしい。
足元はおぼつかないようにふらふらしているし手に持ったパレットライフルの銃口は小刻みに揺れている。
酒の飲みすぎで前後不覚になった酔っ払いのようだ。

「シンジ、どうした?」

返事はない。
その代わり初号機はパレットライフルをレリエルに向けた。

「お、おいちょっと待て!!・・・何?」

思わずシンの動きが止まった。
初号機はパレットライフルをレリエルに向けたままだ。
しかしその視線はレリエルを見ていない。

初号機の視線は一直線にシンの4号機を見ている。
思わずシンが動きを止めた一瞬に初号機はまったく躊躇なくレリエルにパレットライフルを乱射した。

「シンジ!!」

とめる間もなかった。
レイとアスカも唖然としている。
そんなことをすれば次に起こることは・・・

『シンジ!!』
『シンジ君!!』

レイとアスカの悲鳴が聞こえたときにはすでに初号機の真上にレリエルの球体が浮かんでいた。
初号機の足元に広がった影が初号機を飲み込み始める。

『シンジ、逃げなさい!!』
『シンジ君、早くそこから離れて!!』

レイとアスカの声にも初号機は無反応、まるで脱力したかのような格好で影に沈んでいく。
こちらの声が聞こえていないわけがないのだが微動だにしない。

「ちっ、綾波レイ!惣流・アスカ・ラングレー!お前達は動くな!!」
『でもシンジ君が!』
『なんでよ!なんでまたシンジが!?』

シンは零号機と弐号機を押さえるので手一杯だった。
シンジを心配してレリエルに突撃していく気持ちはよくわかるがそれはまずい。

この二人までレリエルに飲み込ませるわけには行かない。
シンジだけならば前回のこともあるし今回は自分もいるので救出は不可能ではないだろう。
しかし三体のエヴァの同時救出となるといかにシンとてきついものがある。

「あいつ・・・」

沈んでいく初号機の視線が自分に注がれているのをシンは感じていた。
まるでほかの何もかもが眼中にないかのごとくまっすぐに、そうこうしている間にもレリエルは初号機を飲み込んでいき、シンジは影の中に沈んだ。

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「・・・なにが起こった?」

エヴァから降りて発令所に戻ってきたシンの第一声がそれだった。
初めての人類であるアダムとて知らないことも理解できないことも存在する。
今回のシンジの行動がそれだ。

その後ろではいらいらしたアスカと心配そうにうつむいているレイがいる。
三人ともプラグスーツ姿なのをみればどれだけ急いでここに戻ってきたかが分かる。
シンが4号機を使っていたため出撃していなかったカヲルもじっと説明を待っていたが大人たちにもワケが分からないので説明できずに困惑している。

「わからないわ」
「まったくか?」
「ええ・・・ただ・・・」

ミサトは日向に指示して初号機のプラグ内の映像記録をモニターに出させた。
そこには何かを探すように周りを見回すシンジと・・・

『でも・・・なんだったんだろう。さっきの声は・・・』
『だれだ!?』
『どこにいるんだ!?』
『にい・・・さん?』

それを見た発令所の面々は無言

「このあとシンジ君はいきなり・・・」
「シンジの言っていることを信用するのならエントリープラグの中にシンジのほかに誰かいることになるぞ?」
「いたら気がつくわよ、だから分からないって言ったでしょう?シンジ君がシックスセンスに目覚めたとかなら話は別だけど」
「落ち着け」

そうねといいながらリツコはポケットからタバコを出して火をつける。

一応発令所は禁煙だし子供たちの前なのだが誰もそれをとがめる気分にない。
理解できない状況にリツコもいらだっている。
それはリツコだけではない。

「とりあえず、モニターしていたパイロットのデータからシンジ君が恐怖を感じていたことは間違いないわ」
「恐怖?」
「そう、恐怖・・・一番可能性として高いのは・・・」
「シンジの記憶か・・・」

以前、ラミエル戦においてシンジはいきなり錯乱した。
あの時と良く似ている。
シンジの錯乱は以前の世界でラミエルに殺されかけた記憶がシンジの中に流れ込んだのが原因だった。

殺されかけた記憶が原因だというのならレリエルを見た瞬間同じことが起こったとしても何も不思議ではない。
シンジはレリエルの虚数空間の中で孤独と死の恐怖に発狂しかけたのだから、条件としては十分だろう。

「だとしたらシンジの独り言にも説明が付くか・・・」
「そんなことはどうでもいいのよ!シンジはちゃんと戻ってこれるんでしょうね!?」

いきなりアスカが叫んだ。
シンジが心配な気持ちは分かるが息が切れるほどの大声で叫ばなくても聞こえる。
その隣にいるレイは黙ってうつむいていた。

「本当におまえ達は対照的だな・・・シンジを心配する姿まで正反対か?」
「うっさいわね!!」

さらにヒートアップするアスカにシンはため息をついてアスカとレイの頭をぽんぽんと叩く。
完全に子ども扱いだ。

「シンジが戻ってくる必要はない」
「え?」
「どういうことよ!!」
「我がこれから迎えに行く」

もともとレリエルの中に入るために呑み込まれる予定だったのだ。
回収するのがレリエルの魂に加えて初号機が増えるだけのこと、何とかなるだろう。

「そういうわけだ。4号機の準備をしてくれ、もう一度出る」
「・・・大丈夫?」
「心配するな綾波レイ、以前4号機を回収するために生身でディラックの海に入ったこともあるのだ。どうにかするさ」

改めて聞けばとんでもないことだが今回はそれが頼もしい。
初号機に続いて初号機レフト(4号機)まで飲み込まれるとなるとあとでゼーレの説明にゲンドウたちが苦労するだろうがシンジが戻ってくるのならゲンドウも文句は言わない。
思いっきりやれと親指を立てて頷いている。

「ではケージに行くから準備が出来たら放送で呼べ」
「・・・シン?」
「なんだ、碇ユイ?」
「シンジをお願い」
「言われるまでもない」

シンは苦笑すると発令所を出て行った。
その後姿を全員が見送る。
今現在頼りになるのはシンだけだ。

彼にシンジの命を賭けるしかない。

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「待ってくれ!?」

ケージに向かうシンを追いかけてきたのはカヲルだった。
何かを考えるようにうつむきながら歩くシンの隣に並ぶ。

「大丈夫なのかい?」
「・・・・・・」
「?・・・父さん?」
「ん?」

やっと隣にいるカヲルの存在に気がついたらしいシンが隣で歩いているカヲルを見た。

「どうかしたのか?」
「大丈夫か?って話だよ」
「問題は・・・ない・・・はずだ」

確かに問題は無い。
ディラックの海からシンジと初号機を回収することはそれほど困難ではないだろう。
その点に関してはシンは過信でもなんでもなく出来ると思っている。

「問題はシンジ君が生命維持モードにしているかどうかって事だけど・・・もししていなかったら・・・」

生命維持モードにすれば16時間は持つ、しかししていなかったとすれば・・・そのときはシンジはとっくに死んでいるだろう。
アンビリカルケーブルの先は例のごとく無くなっていた。
電力供給のされていないエヴァは5分と持たない。

あとはでっかい人型の棺桶になるだけだ。

カヲルの顔に苦いものが浮かぶ。
モニターで見たシンジはお世辞にも平常とは言いがたかった。
生命維持モードに切り替えることが出来たかどうかは疑問だ。

「・・・それは心配あるまい」
「どうして?」
「説明は難しいがなんとなくだ」

カヲルが理解できないという顔をするのも仕方がない。
シンにしても確信があるわけじゃない。
しかしそれでも”アレ”がシンジの死を是とするとは思えなかった。

「なにかあるのかい?」
「わからん・・・何が分からないのかさえ分からん、禅問答のようだがそれが正直なところだ」

シンは”アレ”・・・最後に見た初号機の姿を思い出していた。
レリエルのディラックの海に沈んでしまうまでまっすぐにシンを見ていた初号機・・・

「あの時・・・初号機から感じたあの気配は・・・」

敵意、好意、憎しみ、悲しみ、喜び・・・およそ人という種族が持つ感情のすべてでもありそのどれでもないようなものを叩きつけてきたあれは一体何だ?

答えは「まったくわからない」だ。
正体も原因すら想像がつかない。

「・・・結局今やるべきことをやるしかないのか・・・」

時は思考のように停止しない。
削られていく時間は無情だ。
分からない問題に貴重な時をかけるよりも今やるべきこと・・・シンジの救出のためにシンはケージに向かう歩を早めた。

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ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・

「ん・・・」

断続的に響いてくる音と振動に揺られてシンジは身じろぎした。
大分長く眠ってしまった様だ。
まぶたが重い・・・それでもゆっくりと瞳を開けていく。

「・・・見知らぬ場所だ・・・どこだここ?」

まったく見覚えのない場所だった。
一言で言えば古めかしい感じの場所だ。
椅子も壁も木製の内装、しかもどこかの部屋というにはどこかおかしい。
しかもさっきから断続的に感じる振動はいったいなんだろうと周囲を見回した。

「・・・電車?」

シンジは思ったことを口にした。
どうやら自分はかなりレトロな電車に乗っているらしい。
歴史の教科書で見た昭和初期の電車のようだ。

ふと窓の外を見ると一面の黄金だった。
稲穂?あるいはススキだろうか?それが見渡す限りの場所で風に揺れている。
地平線まで続く黄金の絨毯に夕日の光が反射しているようだ。

「・・・なんでこんなところにいるんだっけ?」

それが分からない。
何故自分はこんなレトロな電車の車内にいるのだろうか?
しかもこんな場所来たこともない。
電車に乗った覚えもないがいつの間にか眠ってしまって見知らぬ土地まで運ばれてしまったのだろうか?

「違うよ」
「え?」

自分以外に誰かいるとは思っていなかったシンジが驚いて前を見ると反対側の座席に誰かが座っている。
夕日の逆光で顔が良く見えないがおそらく自分と同じくらいの男の子だろう。

「こんにちわ、碇シンジ君?」
「僕のことを知っているの?」
「もちろん、君も僕のことを良く知っているだろう?」
「君の事を?」

シンジは目を凝らして目の前にいる人物を見ようとするが・・・だめだ。
やはり夕日の逆光のせいで顔が見えない。
どうやら顔見知りの人物らしい。

「・・・どこかであった?」
「君はいつも会っているよ。ただ君が気づかなかっただけさ」
「そうなの?」
「ごめん・・・わからないや、さっきから寝起きのせいか頭が重いんだ」
「いいんだ。それより君に聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
「何?」
「君は今幸せ?」
「え?」

シンジはとっさに答えに詰まった。
こんな質問、唐突にもほどがある。

いきなり幸せかと聞かれたシンジは数秒かけてじっくり考えると・・・

「うん、幸せだよ」
「どうして?」
「どうしてって・・・今の僕には父さんがいて母さんがいて友達がいて・・・兄さんがいる」
「兄さん・・・?」
「うん」

シンジは頷いた。

「第三に来るまで僕は自分のことが嫌いだった。父さんが母さんを殺したって言われて・・・僕はおじさんの家に預けられて・・・ずっといらない子だと思っていた。でもこの町に来て変わったんだ」
「何が?」
「父さんは母さんを殺していなかった。母さんはちゃんと生きていたんだ」
「ふーん」
「それに僕に兄さんがいたなんて知らなかったけれど・・嬉しかった。僕は一人じゃなかったって思えた」
「・・・良かったね」

シンジは意味不明な感情が湧き出してくるのを感じていた。
目の前にいる人物の気のない反応が癪に障る。
今すぐに殴り倒したいという衝動が湧き上がってくるのだ。

まるでそうしないと何もかもが否定されてしまうような気がする。

「それに友達も出来たんだ。トウジとかケンスケとか委員長とか、サキちゃん達にはお兄ちゃんって呼ばれちゃったし」
「妹萌え?」
「?・・・よくわからないけどちがうと思う」
「冗談だよ・・・君は幸せなんだね?」

夕日の中にいる人物の口元が三日月のように裂けた・・・少なくともシンジにはそう見えた。
その真っ赤な口から言葉がつむがれる。

「そのすべてがまやかしなのに・・・」
「え?」

自分の呼吸が止まるのをシンジは感じた

「まや・・・かし?」
「そう、まやかし・・・君の幸せはウソだらけ・・・」
「な、何を言って・・・」

喉が異様に乾く。
耳をふさげと何かが訴えてくる。
逃げろと心が叫んだ。

しかしシンジは動かない・・・動けない。
まるで目の前の人物の言霊で金縛りになったようだ。

「父さんは母さんを消しちゃったよ。」
「嘘だ!!母さんはちゃんといる!!」
「君がそれを言うの?・・・・・・見てたくせに・・・」
「あ・・・」

その一言が引き金になった。
まるで録画していた映像を早送りで見るようにシンジの脳裏を走ったのは十年前の記憶・・・ゲヒルンと呼ばれた昔のネルフ・・・実験場の異形の中に入っていく母・・・父の号令とともに始められる実験・・・その結果・・・

「あ・・・ああ・・・」

あとは芋づる式だ。
おそらくはショックで記憶にふたをしていたのだろう。
その反動のように5歳までの記憶が鮮明に思い出されてくる。

「思い出した?」
「で、でも母さんは生きている!!」
「そう、彼のおかげでね・・・」

思いつくのは兄の姿・・・同時に湧き上がってくるのは疑問、”ただの人間”にそんなことが可能なのか?
いや、それ以前に思い出した5歳までの記憶に兄の存在がない。
シンジは5歳までは間違いなくゲンドウとユイと三人で生活していた。

ゲンドウと袂を分かった後ならともかく常に一緒にいたのにゲンドウとユイから兄がいるようなこともそんな人間が存在するそぶりも感じることが出来なかったというのはどういうことだ?

「で、でも兄さんはいる。いつも一緒にいてくれる」
「彼こそ一番のまやかし・・・碇シンジに兄弟なんていない」
「嘘だ!!」

思わずシンジは叫んでいた。
だがそんな悲痛な叫びにも目の前の人物は動じない。

「君がどう思おうと彼は嘘の塊だよ、碇シンなんて人間は最初から存在していない。いなかったはずのイレギュラー」
「そんなはずない!だったら兄さんは誰だって言うんだ!!兄さんは確かにいたんだ!!あんなにそっくりなのに兄弟じゃないなんてほうが信じられないよ!!」
「あの姿すら借り物・・・彼は何も真実を語らない、語っていない」

気がつけば目の前の人物はシンジにその右手を差し出していた。
その手のひらの上には白く光る光球が浮かんでいる。

「やっと・・・やっとここまでのものになった。時間がかかった・・・これで僕は・・・」
「何・・・これ?」
「真実・・・そして僕自身・・・」

気がつけば・・・光球を持った手がシンジの胸を貫いていた。

「え・・・あ・・・」

痛くはない・・・苦しみもない。
でも自分の中に何かが入り込んでくる感覚をシンジは感じていた。
顔を上げれば目の前に少年の顔がある。

「間に合った・・・・・・君にこれを託せる」
「き、君は・・・」
「僕は・・・碇シンジだ」

今まで逆光で見えなかった顔がはっきりと見えた。
それはとても見覚えのある顔で・・・

「忘れちゃいけない・・・碇シンジの喜びを・・・痛みを・・・悲しみを・・・怒りを・・・そして罪を・・・僕は・・・”僕たち”は・・・やらなければいけない・・・それがこんな”仮初”ではない本当の碇シンジの望み・・・」

次の瞬間、碇シンジと名乗った少年は吸い込まれるかのようにシンジの胸の中に吸い込まれていった。
あとにはシンジだけが残り

ピシ!!

世界が崩壊を始めた。
その中心でシンジはゆっくり立ち上がる。
まるで夢の終わりを宣言するかのように・・・

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「っつ!!」

シンがそれを感じたのは4号機でレリエルの淵に向かう途中だった。
全身に走る悪寒のような寒気に身を強張らせる。
本能的に感じた危険に反応して4号機が背後に飛びのいた。

『どうしたの!?』
「わからん!そっちで何か分からないか!?」
『リツコ!!』
『これは・・・すべてのメーターが振り切れているわ!!まさか前回と同じ!?』

それだけで大体のことがわかった。
シンジが・・・と言うより初号機だろうがレリエルのディラックの海から脱出しようとしている。
それ自体は可能性が無いわけじゃない。

初号機にはリリスの命の実、S2機関が移植されている。
そこからエネルギーを取り出してディラックの海の空間を反転させればこの世界に戻ってくることは出来るだろう。
前の世界のことではあるが前例がある。

だが果たして今の初号機に可能だろうか?
前の世界のように息子の危機に反応する母であるユイの母性本能を使った暴走はありえない。

今の初号機の中にあるのは碇ユイではない
記憶と本能のみとなった碇シンジの魂の欠片のはずだ。
そんな魂の切れっ端に初号機を暴走状態にしてS2機関を稼動させることが出来るのだろうか?

生身の人間であるシンジが自分でS2機関の力を引き出しているとは考えにくい。
そもそも初号機の中にS2機関があることさえ知らないだろう。

ドシュ!!

「な・・・あ・・・」

シンの想像を超えた状況は続く。
空に飛んでいるレリエルの影であるゼブラの球体から鋭角的な何かが生えている。

ドシュ!!
 ドシュ!!
   ドシュ!!


剣の様にも見えるそれが次々にレリエルを貫いて現れる。
突き出された跡からはレリエルの体液が噴出し、雨のように第三新東京市に降り注いでいる。

『何あれ!?光の剣!!』
「いや・・・あれは剣じゃない」

まるで一直線の剣のような光るそれが円を描くようにレリエルの外周にそって生えている。
レリエルの球体をスライスするように生えたそれは・・・

「あれは翼だ」

よく見ればそれは光で作られた翼だった。
鳩やカラスとは違う、ツバメのように鋭角的に空気を切り裂くように鋭い翼だ。

そしてシンの見ているレリエルの真正面がはじけた。
今度出てきたのは光る翼じゃない。

それはレリエルの赤黒い体液に濡れた手・・・すぐに同じ場所からもう一本の手が生えてきた。
二本の手がレリエルの体に触れるとそのまま左右に引き裂く。

RUOOOOOO!!!!!

形容しがたい雄たけびを上げながらまるで卵から生まれた雛鳥のようにレリエルの体を脱ぎ捨てたのは・・・やはり初号機だ。
背中から12枚の翼を広げている。

前回初号機にあんな翼は無かった。
光る12枚の翼は初号機をまるで空に縫い付けているように見える。

ドシャ!!

初号機が脱ぎ捨てたレリエルの体が地面に落下し、地上の影にヒビが入る。
同時にレリエルの落下の衝撃に巻き上げられた影の欠片が巻き上げられ、じっとお互いしか見ていない初号機と4号機を堕天使の羽のように飾る。
ともに一本角を持つ鬼が二匹・・・紫の鬼は上空から地面に立つ銀の鬼を見下ろし、銀の鬼は地上から空に浮かぶ紫の鬼を見上げる。
両者の間にあるのは一触即発の緊張感・・・まるでお互いの敵を目に焼き付けるかのごとく、二機はじっとお互いしか見ていなかった。

この世界がたどり着くはずの終着駅・・・世界の終焉・・・その路線を変えた思い(シンジ)と力(シン)が対峙した。
先の見えない未知の路線(未来)・・・その行き先を知るものはいない。
現在と言う時のレールの上を列車は走る。
とまることのない道行・・・乗客はこの世界に生きる全ての命・・・この先に待つのは一体なんなのか・・・それを知るものはいない。






To be continued...

(2008.05.31 初版)
(2008.06.07 改訂一版)







後日談(という名のおまけ)

「はじめまして、これからお世話になるリエです」
「・・・・・・」

そういってレリエル改めリエは深々と頭を下げる。
何とか回収できたレリエルの魂は無事レイのクローンの体に入れられて今に至る。
例によって例のごとく新しい使徒っ子のお披露目は発令所で行われた。

現れたリエは整った顔立ちに赤い瞳のおそらく中学生くらいの少女、エメラルド色の髪が肩甲骨くらいまで伸びているのが特徴的だ。

「え、10年くらい?そんなに前からここにいらっしゃるんですか?」
「・・・・・・」
「はあ、今まで話しかけてくれる人がいなかったんですか?お気の毒に・・・私でよければいつでもお話を聞きますから」
「・・・・・・・」

話が弾んでいるようだがその話しかけている人物からの返事はない。
・・・少なくとも聞こえない。

「・・・リエ?」
「はい、なんですかお父様?」
「おまえ・・・一体誰に話しかけているんだ?」

リエが話しかけている場所には誰もいない。
シン達を含めた発令所のスタッフ一同はリエが向いている方向とは反対の場所に集まっている。
リエが見ている方向にあるのはMAGIだけだ。

「ですからこの方ですけれど?」

そう言ってリエが指差す場所にあるのはやはりMAGIだけだ。
リエの指の方向を正確にたどるとそこにあるのは三台のうちの一台、カスパー

「あ、この人が私のお父様で碇シンといいます。・・・え、知っていらっしゃるんですか?・・・ああ、ここによく来るから知っているんですね」
「リエ・・・姿の見えないくらいシャイな人に紹介されても我は挨拶できないのだが・・・誰なんだ?」
「誰といわれても・・・」
「特徴は?」

シンの言葉にリエの視線がカスパーの上あたりで固定される。
しばらくじっと見たあとで・・・

「女性で、白衣を着ています。年齢は・・・女性の方に年齢を問うのは心苦しいのですが多分・・・え?40代前半?・・・それ以上はノーコメント?・・・分かりました。失礼なことを聞いてごめんなさい」
「頼むから話を弾ませて脱線させないでくれ・・・」

普通に見ればリエが一人で勝手に話しているようにしか見えないのだがどうも違う気がする。
一人で話しているにしては会話の間が絶妙なのだ。
開いた空白にコメントを入れるとちょうど繋がる感じで

「えっと、続けますね。赤紫色の髪をショートカットにしてらっしゃいます」

ピシッと何人かが硬直した。
なにやら覚えのある特徴だ。
しかもカスパーの上という場所は・・・

「え?男の人に尽くしまくったのに捨てられた?・・・しかも娘さんにまで手を出している?だ、誰なんですかそんな悪い人は!!私がディラックの海にポイ捨てしちゃいます!!」
「おい碇ゲンドウ、なにやらどこかで聞いたことのあるような話だな?一回ポイ捨てされてみるか?」

ゲンドウがだらだらといやな汗をかき始めた。
身に覚えがありすぎる。

「はい?それでもいいのって・・・いなくなった奥さんのことを愛していた?・・・ラブラブ過ぎて忘れてくれない?それっていいんですか?どう考えても入り込む余地は・・・だからこそ燃える?・・・そのそっけなさに痺れる憧れるーって言われても・・・愛しすぎちゃってまいっちんぐ?大人の恋愛って難しいんですね・・・」
「赤木リツコ、えらく顔色が悪いぞ?それと碇ユイ、そこは顔を赤くするところなのか?」

リツコは真っ青、ユイは真っ赤と信号機のようだ。
しかも歩行者用、リエの話で真っ赤になるユイと真っ青になるリツコは見ていて楽しい。

「・・・リエ?」
「なんですかお父様?」
「その女性にな、小さいときに他人が持っているものを見るとどうしてもほしくなる性質(たち)じゃなかったか聞いてくれ」
「えっと・・・どうなんですか?」

しばらくの沈黙が降りたあとでリエがなにやら頷いた。

「『どうして知っているの?』だそうです」
「・・・そうか、最後の質問だ。おまえの話し相手の名前、赤木ナオコと言うんじゃないのか?」

リエはきょとんとしながらも頷いた。

「母さん!!!あなたは大ばか者です!!!!絶対!!!!!!」

発令所中にリツコの絶叫が響き渡った。
しかも絶対までキター!!!

その日のうちに30人ほどの神社やら仏教やら宗教関係の人間が集められ、大々的な御祓いが行われた。

しかしリエに聞いてみたところ・・・まだいるらしい。
伊達に10年近く地縛ってはいないとの事だ。

最近・・・ゲンドウは肩こりに悩まされているらしい。
あるいは憑かれたか?

元レリエルのリエ・・・どうやら彼女は見える人(使徒)らしい。






とぅー・びー・こんてぃにゅー


(あとがき)

今回天使との方の修正まで手が回りませんでした。
申し訳ない。

とりあえずここからは割とシリアスモードに傾くかなーと思っています。
今まで笑い中心でしたから結構新鮮かもです。


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