世の中思い通りに行くことのほうが少ない。






Once Again Re-start

第十七話 〔迷走と混乱とそこで悶える者達〕

presented by 睦月様







「・・・我々はサードチルドレンの出頭を命じたはずだがな・・・」
「彼の現在の状態は尋問を受けるのに適当ではないと判断しましたので、私が代わりです」

スポットライトが当てられ、暗い室内にミサトの姿が照らされる。

「では、聞こう。葛城三佐」

いつものごとく暗い室内にモノリスの立体映像が浮かぶ。
しかし今回モノリスの輪の中心にいるのはゲンドウではない、ミサトだ。

「先の事件、使徒が我々人類にコンタクトを試みたのではないのかね?」
「被験者の報告からそれは感じ取れません。イレギュラーな事件と推定されます」

すでにミサトはゼーレが直接的な父親の仇だということを知っている。
本心は映像とはいえ煮えたぎるような怒りを感じているのだがそれを無理やり押し込めた。
今はまだその時ではないし立体映像相手に激昂しても無意味だ。

「サードチルドレン・・・彼の記憶が正しいとすればな」
「記憶の外的操作は認められませんが」

ミサトにとってこの尋問は二度目になる。
ゼーレの老人達にとっては重要なことかもしれないがミサトにとっては茶番でしかない。
次に何を言うかも知っている。

「エヴァのACレコーダーは作動していなかった。確認は取れまい」
「使徒は人の精神・・・。心に興味を持ったのかね?」
「その返答はできかねます。果たして使徒に心の概念があるのか、人間の思考が理解できるのか、全く不明ですから」

カマをかけてこちらの知っていることを引き出したいのが見え見えだ。

使徒が心を持っていることはシン達を見れば明らかだろう。
だがそれをわざわざ教えてやる必要はかけらもない。
だからミサトの老人達への答えは前回と同じだ。

(こんなことしている場合じゃないって言うのに!!)

顔に出さないようにミサトは焦れていた。
こんな会議などほっぽりだしたい衝動が湧き上がってくる。

「今回の事件には使徒がエヴァを取り込もうとした新たな要素がある。これが予測される第十三使徒以降とリンクする可能性は?」
「これまでのパターンから使徒同士の組織的なつながりは否定されます」
「さよう、単独行動であることは明らかだ。・・・これまではな」
「・・・それは、どういうことでしょうか?」

事情を知っている者がここにいれば完全な茶番だというのが分かるだろう。
ゼーレの老人達はミサトがすべての事情を知っていることを知らない。
本当はゼーレの老人達よりシン達からいろいろな情報をもらっているミサトのほうが詳しいくらいだ。

世界を裏から牛耳る老人達も今や道化だ。
本人達がそれに気がついていないのは幸か不幸かは分からない。

「君の質問は許されない」
「はい」
「以上だ・・・下がりたまえ」
「はい」

表に出さないようにほっと息をつくとミサトは退出した。
これ以上この死に損ない連中に付き合うことほど人生の無駄もあるまい。
ミサトを照らしていたスポットライトが消えて代わりにゲンドウがスポットライトに照らされた。

「どう思うかね?碇君。」
「使徒は知恵を身につけはじめたようです。・・・残された時間は」
「あとわずか・・・という訳か」

頷きながらもサングラスの下のゲンドウの瞳はモノリスたちをにらんでいた。
どうやらゲンドウもミサトと同じ意見らしい。
しばらくモノリス達が言葉を交わすがゲンドウは無言だ。
何かを言えといわれていないので無駄口をたたく気はないしそのほうが早く会議も終わるだろう。
やがてキールのモノリスが会議の終了を宣言する。

「すべてはゼーレのために」
「「「「ゼーレのために」」」」
「・・・・・・ゼーレのために」

一応お決まりの台詞は言っておく。

---------------------------------------------------------------

「碇」
「司令!!」

会議室から出てきたゲンドウを迎えたのは冬月とミサトだった。

「葛城君、迷惑をかけたな」
「大したことではありません 、それよりも」
「わかっている。冬月先生?」
「何も言うな、早く行け。シンジ君によろしくな」

ゲンドウとミサトは冬月に頭を下げると駆け出した。
見送る冬月もなんともいえない表情をしている。

二人が向かったのはネルフが管理している病院だ。
事前に聞かされていた病室まで走っていく。
病院の中で走るのはいろいろな意味でご法度だろうが二人にとってはそれどころではない。

やがて目的の病室の前にたどり着くがそこには先客がいた。
シエル、ラフェル、アスカ、レイそしてユイだ。

「だから入れないってどういうことよ!!」
「アスカちゃん、今はどうしても駄目なのよ」
「だからワケを説明しなさいよ!!なんでカヲルはいいのよ!?」

どうやらアスカがシエルに食って掛かっているようだ。
一体何事だろう?
駆けつけたゲンドウとミサトがおろおろしているユイを見つける。

「ユイ、シンジは?」

ゲンドウがどうしたらいいかわからず困っているユイを捕まえて問いただした。
この病室の中にはシンジがいる。
前回のときはシンジが出頭できないのは建前だったが今回はマジだ。

「ゲンドウさん、それが・・・私にも分からなくて、シンが入らせないように言ったらしいんです」
「シンが?」

この世界に戻ってきた初号機の中のシンジは意識がなかった。
エントリープラグから出されても気絶したままで病院に収容され、肉体的には問題ないと診断されたが意識が戻らず、さっきやっと意識が戻ったと報告が来たのだ。
ゲンドウとミサトがさっさと老人達の愚痴から抜け出したかったのはそれが理由である。

しかしやっと解放されて駆けつけた病室に入れないとはどういうことだろうか?
しかもそれを指示したのはシンだと言う。
ゲンドウとミサトは顔を見合わせた。

「とにかく誰であろうと今は入室させることは出来ません」

断言するように一刀両断するように同じ言葉を繰り返したのはシエルだ。

「入れない?それはどういう・・・」
「鎮静剤を持ってきたわ!!」

マヤをつれたリツコが鎮静剤のアンプルと注射器を持って駆け込んできた。
こんな姿でここまで走ってきたとするとかなり問題がありそうだがそんなことを気にする余裕はこの場にいる誰にもない。

「あ、ちょっとまって!!」

ラフェルが静止するがその脇をすり抜けるようにしてリツコは病室の扉を開けて中に入ろうとするが・・・

バシ!!
「きゃああ!!」
「先輩!?」

何かにはじかれたリツコが跳ね飛ばされる。
他の同年代に比べて重いわけではないだろうが成人女性のリツコの体が飛んでいた。

「リツコ!?」

唯一反応できたのはミサトだった。
壁に叩きつけられようとしていたリツコと壁の間に自分の体をいれてクッションにする。

「くう!!」

リツコの体と壁にサンドイッチにされたミサトがうめいた。
二人の体が崩れ落ちていく。

「ミ、ミサト?」
「な、何とか内臓が口から出ないですんだわ・・・」

二人とも無事らしい。
ほっとした一同が病室の中を見る。

「「「「「「っつ!!」」」」」」

その光景を見た一同がうめく

病室の中はすさまじいことになっていた。
すべてのものが破壊され、壁にはヒビが入りまくっている。
廃墟に近い。

その一番奥では白い入院服を着たシンジがいた。
まるで敵を見るように目の前にいる人間を睨んでいる。

「シンジ!」

シンジと向き合っているのはシンだ。
他にもハジメ、ライ、ガル、マト、カヲルがまるで包囲するかのようにシンジを囲んでいる。

「母さんは戻ってこなくて・・・カヲル君は生きている?・・・父さんは僕を捨てて・・・大きな綾波・・・」
「記憶が混線しているのか?」
「カヲル君は僕が殺した?・・・父さんが母さんを殺した?・・・綾波はリツコさんが壊した?・・・」

ぶつぶつと呟くシンジの言葉は前後の連携がない単語の羅列だがその内容はゲンドウ達を驚かせるには十分な内容だった。
シンジは完全に前回の記憶を持っている。

「せ、世界は終わる・・・いや・・・終わった・・・赤い海になって・・・誰も帰ってこなくて・・・アスカもいなくなって僕は一人ぼっちに・・・」
「シンジ!?」
「おまえは誰だ!!」

シンジがシンを睨んだとたんシンジの周囲の空間がゆがんだ。
圧力を持った衝撃がシンに襲い掛かる。
それはこの場にいる全員が知るもの・・・心の力、A・T・フィールド、さっきリツコを突き飛ばしたのはこの力だ。

「「「「「くっつ!!」」」」」

シン達は自分のフィールドを展開してシンジのフィールドの力を受け止めた。
その余波だけで室内がまた破壊される。

「おまえは誰だ!?僕はおまえなんか知らない!!」
「シンジ!!」
「僕に兄さんなんかいない!!ずっと一人だったんだ!!」
「くっつ!!」

一気にシンに駆け寄ったシンジはシンを押し倒し、馬乗りになってシンの首を絞める。
シンジの敵意はシン一人に向けられているようだがシンジが纏うフィールドのせいでハジメ達も近づけない。

シエルとラフェルが誰も部屋に入れないようにしていたわけを全員が理解した。
こんな状況で部屋の中にいれば大怪我をしてしまうだろう。
今室内にいることが出来るのはA・T・フィールドを自在に操ることの出来るものだけだ。

「裏切るんだ・・・みんな僕を裏切るんだ・・・」
「シンジ?」
「信じていたのに・・・兄さんを信じていたのに!!」

シンの首に食い込む指の力が上がっていく。
ゲンドウたちが何か叫んでいるようだがこの力の奔流の中ではシンジまで届かない。
届いたところで今のシンジが聞く耳を持つとは思えないが

「シンジ君!!」

カヲルが駆け寄ってシンジの肩に手をかけた。
だがシンジは振り返ることもなく

「邪魔しないでよ!!」
「う!!」

リツコ同様カヲルが弾き飛ばされる。

「カヲル!!」
「あかん!!」

ハジメとマトが飛んできたカヲルを受け止めて一緒になって崩れ落ちた。
もしそのままの勢いで飛んでいけば壁にぶち当たって大怪我をしていただろう。

それを見たシンの目の色が変わった。

「シンジ!!」

シンは馬乗りになっているシンジの体を跳ね上げ、巴投げのように投げ飛ばす。
いきなりのことにあっけにとられたシンジはそのまま背中から床に落ちた。

「かっは!!」

衝撃でシンジの肺の空気が押し出されて一瞬呼吸が止まる。
その隙を逃さず立ち上がったシンが床でもだえているシンジの鳩尾に問答無用の一撃を入れた。
鋭く息を吐き出したシンジはそのまま気絶する。
そのとたんさっきまであれほどの猛威を振るっていた力が霧散した。

「はっく・・・」

シンジが気絶したのを確認したシンは自分の首を押さえて荒い息を吐いた。
呼吸が限界だ

「兄貴!?」
「だ、大丈夫だ。それより赤木リツコ、鎮静剤を打つなら今のうちだ。」

シンの言葉にあっけに取られていたリツコがあわてて部屋に入ってきて気絶しているシンジに鎮静剤を打つ。
他の皆もあわてて部屋に入ってきた。

「何があったんだ?」
「碇ゲンドウ・・・どうもこうもない。目覚めたシンジに話しかけたとたん戦闘開始、その結果がこれだ」
「シンジは特別隔離病棟に移そう・・・大丈夫なのか?」
「まあ・・・な・・・渚カヲル?」

シンはさっき弾き飛ばされたカヲルを見る。
その声に反応したカヲルがふらふらと立ち上がった。

「シンジを他の病室に運んでくれ」
「わかったよ」
「ライ、ガル?」
「はい」
「はいッス?」

シンの言葉にライとガルが答えた。
どうやら二人とも怪我などはしていないらしい。

「お前達はカヲルと一緒にシンジにつけ、なにかの弾みで目を覚ましてまた錯乱されたらかなわん」
「はい」
「わかったッス」

カヲルが気絶したシンジを背負い、ライとガルがそのそばについていく。
シンジが万が一にも暴れだしたときは三人がかりで押さえつけるためだ。
それを見送るとアスカがシンに話しかけた。

「ね、ねえさっきのは・・・」
「心の力だ。それが混乱したシンジのせいで暴走しただけのことだ」

なんでもないことのように言うがそれはとんでもないことだ。

「ちょっと待ってよ!それじゃあ!!」
「ん?ああ、心配するな前のように魂が磨り減って自我を保てなくなるようなことにはならんさ、あのまま無差別に使い続けていればそうなっただろうがな」
「どういうことよ?」

アスカだけでなくほかの皆もワケがわかっていない。
シンもやれやれと頭をかく。
シン自身もあまりよくわかっているとはいいがたいのだが

「どう説明すればいいのだろうな?前回シンジがその魂をすり減らしたのはフィールドの展開に魂を削ったためだろ?」
「そう言ったのはあんたじゃない」
「ああ、それでだ」

シンは目の前に見えるくらいに密度を高めたフィールドを展開する。

「我らはこれをどうやって展開していると思う?」
「そりゃ・・・使徒なんだから当然でしょう?」
「あのな・・・お前もう少し考えろ、我々はこの体になるときに命の実、お前たちの言うS2機関をなくしているのだぞ?」

使徒達は魂の状態で今の体に宿ったためにS2機関を無くしている。
つまり使徒の体のときにもっていた無限の力を失っているのだ。

「え?・・・え?」
「分からんか?理屈はシンジと同じだ。魂を削っている」
「ち、ちょっとそれって!!」

大声を上げたアスカに顔をしかめたシンはアスカの脳天にチョップを落として黙らせた。
額にチョップを受けたアスカがしゃがんでうめいているが気にしない。
アスカはいろいろな意味で話の腰を折る達人だ。

「話は最後まで聞け、結論から言えば我々がシンジのように自我を保てなくなるほどになることはない。まあ度を越して使い続ければいずれはそうなるのだろうが・・・」
「な、なんで?」
「群体として進化したお前たちとはそもそもの魂の総量が違う。時間を置けば回復できるし」

使徒が基本的に同じものだとしたら、細分化されて個々の魂の総量を減らしたリリンより単一の種として進化した他の使徒の魂の総量に差があるのは当然だ。
具体的には人類数十億人分の魂と同等の魂を持っていることになる。

「とはいっても限界はあるしな、前の体のときのような使い方をすればすぐに枯渇してしまう。N2一発は何とか耐えられるが二発目となると微妙だな、三発目に至っては無理だ」
「そ、それでもとんでもないじゃない」

N2を一発でも耐えられる生物という時点ですでに規格外だ。

「それよりシンジはどうなっているの?なんでフィールドを展開できるのよ?」
「シンジは・・・」

シンは言葉に詰まった。
考えられることはある・・・・・・だがどうしてそうなったかは皆目見当もつかない。
今分かっていることは一つだけ

「・・・シンジの魂の総量は我々と同じくらいのものになっている」
「え?」
「つまりシンジは魂だけ我々に近い存在となっているのだ。だからある程度心の力を展開しても大丈夫、使い方は前の世界のときに学んでいるからな」

シンジの魂がシン達と同じようになっている。
これが意味するのはシンジの魂が使徒化しているということだ。

「話は終わりだ。シンジはしばらく起きないだろう。さっきまで我々6人のフィールドをしのぐような力を使っていたのだからな、たぶん数日は眠って魂が回復するまで目は覚めないはずだ」

シンはそういうと話は終わったとばかりに背を向けた。
歩き出すシンにハジメ、マト、シエル、ラフェルの四人がついていく。
後に残されたゲンドウ達は顔を見合わせていた。

「・・・兄貴、どういうことなんだ?」

ゲンドウたちに聞こえない場所まで行くとハジメが話しかけてきた。

「どうもこうも聞いた通りだ」
「俺が聞きたいのはなんでシンジの魂が変化したのかって事なんだが・・・」

それはゲンドウたちも聞きたいことだろう。
だからシンはその質問が出る前に早々に話を切り上げた。
実際シンジとのダメージがあったのも事実だが

「・・・初号機の中身が空っぽだった」
「それは・・・」

ハジメだけでなく全員が息を呑む。
シンの言葉の意味は初号機の中にあった戻ってきたシンジの魂がなくなっているということだ。
だとすればその消えた魂がどこに行ったのか?

今のシンジの中以外に行き場所などあるはずがない。

「気がついたのは回収された初号機の中からシンジを出した後だがな・・・」

レリエルの中から出てきた初号機は程なくその背中の翼を消失し、地面に降りてきた。
糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた初号機を前にしてシンは警戒しながらも初号機を回収し、エントリープラグを抜き出したのだ。
救護班にシンジを任せ、ケージに運び込んだ初号機が拘束具に拘束されたときには初号機から感じていたあの妙な感じも消えていた。

「その過程でシンジの記憶が完全に戻ったのだろう。おそらくここ一年くらいの記憶が重複している上にまったく違う記憶なんで混乱しているはずだ。・・・さっきのようにな・・・」

シンジはシンの事を知らないと言った。
それこそがシンジが完全に記憶を取り戻した証だろう。

・・・誤算だったのはシンジがA・T・フィールドを展開できるようになったことだ。
しかも制御できていない。

シン達6人の展開するフィールドを完全に押さえ込むなどそんな無茶が通ったのはシンジが全力全開でフィールドの力を使っていたからだ。
あのままほうっておけば程なく限界を迎えたシンジは自滅していただろう。
そうなれば前回と同じ、自我を保てなくなったシンジの魂のかけらだけが残っていたはずだ。

「これ以上のことは我にも分からんよ」

シンに分からないことが他の人間に分かるはずがない。
唯一分かるのはシンにも予想できなかった何かが起こったということだ。
だからシンも困惑している。

表に出すことはないがシンジが自分の事を知らないと言ったことにも・・・

「なあおとん?」
「何だマト?」
「このままここにいてええんかな?」
「・・・・・・」

さっきのシンジの様子のことを言っているのだろう。
錯乱していたとはいえシンジはシンに明確な殺意を向けてきた。
あれを見た上でここに留まることが正しいのかどうか・・・

「ワイはええんよ、どこに行くことになっても・・・家族が一緒なら・・・」
「マト・・・」
「大抵のことならどうにかできる自信はあるし、残りの兄弟のこともどうにかなるやろ?」

珍しくマトは真剣だ。
それだけ本気なのだろう。
他の皆も頷いている。

「「ぱーぱー」」
「ん?」

見ればトテトテとサキとハクが走ってくる。
その後ろにはサンとロウ、リエがいる。

子供達は巻き込まれないようにサンに任せて避難させていたのだ。
目を血走らせて睨みつけてくるシンジの姿など見ないに越したことはない。

シンは自分の胸に飛び込んできた二人を受け止める。

「サキ、ハク・・・」
「ねえ、シンジ兄ちゃんはどうしたの?」
「にーにーは?」
「ああ、少し長く眠ることになるようだ」

あれだけの力を放出したのだ。
一日や二日ではすむまい。

「シンジにーにーはおねむ?」
「そうだな」
「じゃあサキちゃんが子守唄歌う〜」
「歌う〜」

サキと一緒にハクも歌うらしい。
・・・どうやらシンの誤算はもう一つあったようだ。

「・・・サキ?ハク?」
「「なーに?」」
「シンジのことは好きか?」
「好きー遊んでくれるから〜」
「僕もーシンジにいたんお菓子くれるもん」
「・・・そうか・・・」

シンは二人の頭をなでた。
切捨て・・・見捨てるには・・・少々情が移りすぎたかもしれない。

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次の変化は数日後に起こった。
シンジはまだ病院のベッドから目覚めていないが世界はそんなことにはお構いなしだ。

「4号機が消失しただと?」

司令執務室に呼び出されたシンがゲンドウから聞いた情報は簡単に言うとそういうことだった。
この世界の4号機の消滅・・・これもシンの予想していないことだった。

「どういうことだ?今回ゼーレには命の実は渡っていないはずだろう?」

前回はシャムシエルのS2機関のサンプルがゼーレに渡り、その復元によって4号機のS2機関搭載実験が行われた。
その結果4号機はディラックの海に呑まれ、アメリカの第二支部ごとこの世界から消え去ったのだ。
しかしこの世界ではすべての使徒はシンの手によってその魂を回収され、S2機関は徹底的に破壊しておいた。

「・・・昔、南極にいたお前のデータを持ち帰ったのは私だ。その中には当然S2機関のデータもあった」

ゲンドウの言葉にシンの顔が歪む。
昔というのは南極でのことだ。
すべての発端となった南極での葛城調査隊の実験・・・シン(アダム)にとってあまり気分の良くない思い出だ。

「それだけで連中は実験をしたのか?無謀にもほどがあるぞ?」
「・・・おそらく建前だ」
「建前?」

ゲンドウは頷いて話を続ける。

「連中も本気で成功するなんて思ってはいなかったのだろう、これはただのいいわけ作りだ。その証拠に4号機の消失はディラックの海ではなくてただの爆発・・・っと言っても第二支部の半分が吹き飛んだがな、おかげで4号機は文字通りの意味で完全に消失・・・ばらばらのミンチだ」

なんとなくシンにも裏の事情が読めてきた。

「バルディエルか?」
「・・・連中・・・裏死海文書のタイムスケジュールのとおりに進めるために成功するはずのない実験をさせたのだろう。こちらが何かを言うより早く3号機を本部に輸送したいと申し出があった。知っているだろうがあの二機は向こうの連中が強引に建造権を主張していたものだし二機ともすでにロールアウト間近だったものだ」
「公的にはな・・・」
「ああ」

実際はパイロットさえいればすぐにでも実戦配備可能な状態だった。
向こうの支部の連中が出し渋っていたに過ぎない。
証拠はもちろん今本部にある前の世界の4号機、あれはシンが回収した時にはすでに動かせる状態だったのだ。

とはいえ第二支部の人間達とは知らない仲ではない。
まあシンが一方的に知っているだけで向こうはまったく知らないのだが、以前4号機の回収に行った時に彼らの死体とは顔を合わせている。
半壊ということは生き残っている人間もいるのだろうが当然死んだ人間もいるはずだ。

「・・・結局、やり直しのこの世界においても彼らの死は回避できなかったというわけだ。」
「お前のせいではない。これは本来我々の領分の話のはずなのに・・・我々も油断していた。」
「わかっている」

人以上の力を持とうがどうにも出来ないことは存在する。
あるいはそれを運命というのかもしれない。

「それで、3号機の件はどうした?」
「受ける以外にあるまい?輸送は速やかに行われる予定だ」
「ついでに今シンジが動けないということも関係しているんだろう?」
「多分な・・・」

おそらくシンジが今戦えない状態にあることも知られてるだろう。
戦力の減退しているこのタイミングに畳み掛けてパイロットの精神的不安を狙うつもりだろう。
シンが予備パイロットとして登録しているのは向こうも知っているはずだがそれでもチャンスには違いない。
今まではゲンドウに適当な報告をさせて煙に巻いていたのだが連中もバカではない。
ネルフにスパイくらいもぐりこませているだろう。

「・・・少々焦らしすぎたか」

正直ゼーレの老人達には怒りを通り越して呆れがくる。
確かにエヴァの受け渡しを渋っていて理由付けが必要だったし、この時期に移送させなければ裏死海文書の記述に反することになるだろう。
もっと言うならゲンドウが言うほどシンジたちの精神が磨り減っていないので焦りが来たか・・・だが、たったそれだけの理由でアメリカ第二支部の人間を人身御供にしたのか?

「それで、どうする?」
「バルディエルのことか?また鈴原トウジを乗せるわけには行かないだろう?それでは同じことの繰り返しだ」
「それではやはり?」
「我が3号機に乗る。幸い我はチルドレンの予備として登録されているからな、テストパイロットとしても申し分はあるまい?」
「問題ない」
「ああ、赤木リツコに言ってバルディエルのために綾波レイのクローンの体を一つ運び込んでくれ」

後はバルディエルが覚醒したように見せかけ、適当なところでレイかアスカにわざとやられて脱出すれば終わりだ。
そういってシンは話を締めくくる。

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当日のことについてリツコと細かい打ち合わせを終えたシンは自販機の前に来ていた。
コインを入れて適当な飲み物を選ぶ。

ジュースを取り出したシンはプルをあけて一口飲むとそばのソファーに座った。

「ふう・・・兄なんかいないか・・・」

ため息をつきながら思うのはやはりシンジのことだ。
案の定シンジはあの大立ち回りからずっと眠っている。
いつ目覚めるのかはシンにも分からないが少なくともこのまま眠り続けるということはないだろう。
やはりシンジが目覚めたら目覚めたで頭の痛いことになりそうだ。

シンジの言ったことは正しい。
自分とシンジとのつながりはこの体だけだ。
それもかなり強引というか一方的に譲り受けたもので・・・実際自分はシンジのなんなのかと改めて考えると思考がループに入りそうだ。

「ん?綾波レイ?」

ふと気がつけば自販機の前にレイがいた。
自分と同じようになにか飲み物を飲みに来たのだろう。
レイのほうもシンに気がついて見返してくる。

「・・・シンジはどうだ?」
「まだ・・・起きない」
「そうか・・・」

レイとアスカが目を覚まさないシンジの見舞いに行っていることは知っている。
一応シンジがしばらく目を覚まさないことは伝えているのだがそれでも見舞いを欠かさない。
これは理屈ではないとシンも分かっているので別にそのことをどうこう言う気はなかった。

「・・・座らないか?」

シンは自分の隣の席を勧める。
レイは頷いてシンの隣に座った。

「なあ綾波レイ?」
「何?」
「シンジが怖いか?」

シンの言葉にレイの肩がビクンと震えた。
それに気がつかないシンでもないがあえて無視する。

「・・・気にはなっていたんだ。お前の立ち位置はいろいろと微妙だからな、記憶を取り戻したシンジは当然セントラルドグマのことやあの時のことを思い出すだろうし・・・」
「・・・・・・」

レイの体がこわばっていくのをシンは感じていた。
おそらく前回シンジに拒絶されたときのことを思い出したのだろう。

「それでも碇シンジはお前を求めたよ。そうじゃなければお前はあの赤い海から戻ってはこれなかった」
「・・・シンジ君が?私を・・・」
「ああ・・・少なくともシンジはお前にこの世界にいてほしいと・・・そう思ったんだ。」

缶の中の残りを飲み干すとシンは立ち上がった。
らしくないことをしているとは思うが仕方がない。
自分の中に何かもやもやしたものがあるのも感じる。
さっきから心臓の音が聞こえる気がするのは気のせいだ。

(やはり・・・忘れられないのか・・・我は・・・)

思い出すのは最愛の人・・・未練がましいとシンはため息をついてレイに向き直る。

「ずっと言いたかったんだ。お前は望まれてここにいるんだと・・・」
「私は・・・」

レイはうつむいたままだ。
しかしその頬が薄く赤くなっているのが見える。

(やはり我には無理なのだろうか?)

どうやら自分にはここまでが限界らしい。
レイを本当の意味で安心させてはやれないらしい。
それでも言いたいことはある。

「・・・綾波レイ?」
「何?」
「もし・・・お前が碇シンジのそばにいることに苦痛を感じるのなら・・・我は・・・いや、我らだな・・・何時でも待っている。」

それが精一杯だった。
案の定レイは不思議そうに見返してくる。
もう少し気の利いたことが言えないのかと自分を呪いたくなってきた。

「だから心配するな、お前の心のままに生きればいい。」

シンはレイの肩に手を置いて反対の手でレイの頭をなでてやった。
自分がレイにしてやれることはあまりにも少ない。
これはレイが自分で超えていかなくてはいけないレイだけの問題なのだから。

「・・・わかった。ありがとう」

シンが自分を元気付けてくれようとしているのに気がついたのだろう。
頭を下げたレイはシンジの病室に戻っていく。

(もどかしい・・・苛立つとはこういう事を言うのだろうな・・・)

それを見送ったシンはまた大きなため息をついた。
シンジの乗った初号機がレリエルに飲み込まれてから何一つ思い通りに行かない気がする。


そして3号機が日本に到着した日・・・

「・・・知らない天井だ」

病室で一人の少年が目を覚ました。










To be continued...

(2008.06.07 初版)
(2008.06.21 改訂一版)


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