求める答えと現実の答えは別物だ。

しかも運命というやつはいつでも気まぐれだ。






Once Again Re-start

第十八話 〔希望〕

presented by 睦月様







「・・・それで、シンジの様子はどうなんだ?」

松代の第二実験場でシンはシンジの目覚めを知った。
すでに3号機は予定通り運び込まれていて明日の起動実験を待つばかりだ。

『目覚めただけだ。・・・誰の声にもこたえようとしない』

モニターの中のゲンドウはいつものポーズでそう返してきた。
見た目だけは平静を保っているが内心はどうだろう?
聞いてみたい気もするが・・・

『・・・見てくれ』

ゲンドウが操作したのだろう。
モニターの画面がシンジの病室を映し出す。
中央のベットに寝ているシンジの瞳は開いているが天井を見つめたままだ。
視線があいまいで本当に天井を見ているのかどうかさえ怪しい。

「前回の惣流・アスカ・ラングレーと同じか・・・」
『医師はショックで自閉症に近い状態になっていると診断した』
「ショックね・・・」

思い当たることなら腐るほどある。

『・・・やはりシンジをエヴァに乗せるべきではなかったのだろうか?』
「何?」
『私はシンジに罵倒されようと憎まれようと会いたかった。・・・会って詫びたかったのだ。その結果シンジが私を殺したいというのならその裁きすら甘んじて受けるつもりでいた。・・・私はシンジに幸せになってほしかったのだ。この世界の誰よりも・・・あれだけ傷ついたシンジだからこそ誰よりも幸せにと・・・だがシンジはこの世界のすべてを拒絶して自分の殻に閉じこもっている・・・無様だな、私には謝る資格さえないということなのだろう。』

ゲンドウがシンジの復活を望んだのは誰よりも傷つき、ぼろぼろになったシンジに幸せになってほしかったからだ。
この世界のシンジももちろん大事だ。
しかしあの赤い世界に取り残され、すべての罪を背負ったシンジを見捨てたまま生きていくことはゲンドウには出来なかった。

たとえそれが自分の勝手な感傷だとしても

「・・・碇ゲンドウ?」
『何だ?』
「明日・・・我が3号機を暴走させたらシンジを初号機に乗せろ」
『そんな!』
「荒療治だ。」

前回の最終決戦において自閉症に陥っていたアスカは戦自の攻撃を受ける弐号機の中で目覚めた。
極限の状態がアスカの自我を覚醒させたのだ。
同じことがシンジにおきないと誰が言える?

『しかし今の初号機にはシンジの魂は・・・』
「・・・それに関しては多分大丈夫だ」

シンジの魂が使徒化しているのなら自分達のように直接動かすことが出来るはずだ。
それに3号機の暴走はシンの自作自演、問題はシンジと初号機のほうにある。

シンジの魂が完全な形で融合し、あまつさえ使徒化するなどまったく予想していなかった。
しかし起こってしまったことにはどこかにその理由があるはずだ。
そしてそれが持つ意味は・・・

「我はそれが知りたい。あいにくと貴様の泣き言に付き合う気も余裕もまったくないのだ。」
『・・・わかった。そのとおりにしよう』
「それと・・・」
『なんだ?』
「こうなってしまっては少々予定を早める必要があるかもしれない。」

二人の間の空気がさっきまでとは別の緊張を帯びた。

『予定を繰り上げるつもりか?』
「不確定要素は少ないほうがいい。後のことは何とかなるだろう。ゼルエルには間に合わないとしてもアラエルまでには決着をつけるべきだと思うが?」
『そうだな、加持君に連絡を取ろう。』

そう言うと通信は切れた。

真っ暗になったモニターを見ながらシンは考える。
この世界に来てからのことを・・・病室での一件ではシンジは錯乱していてとてもまともに話が出来る状態じゃなかった。
冷静になったシンジが今のこの世界を見て何を思い、何を感じ、どう行動するかは未知だ。

「眠り姫・・・あるいは浦島太郎の気分か?」

ぼそっとつぶやいた言葉は闇に呑まれていった。

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翌日・・・

『準備はいいかしら?』
「こっちは問題ない」

3号機のエントリープラグの中で通信機からモニターに映っているリツコにシンは頷いた。
すでにLCLに満たされたプラグの隅にレイのクローンの体がぷかぷか浮いている。
一応手術服のようなワンピースを着ていた。

「それよりいいんだな?派手に行くぞ?」

前回実験の指揮を執っていたミサトとリツコはバルディエルが目覚めたときに発生したA・T・フィールドの余波による爆発で大怪我をしていた。
今回はトウジではなくシンがパイロットなので同じことは起こらないのだがあえて前回を再現することにしている。
老人達にはもうしばらく油断しておいて貰いたいからだ。

だから今回は第二実験場に来たのはシンだけでミサトとリツコは本部にいる。
通信機で連絡を入れてきているのだ。

『分かってるわ、それよりシンジ君のことだけど・・・科学者としてもショック療法には賛成しかねるわよ?』

当然だろう。
場合によっては悪化する可能性まであるのだ。
論理的でない、あるいは運頼みともいえる。

ロジックの世界に生きる科学者のような人種には認められないだろう。

「・・・赤木リツコ?」
『何?』
「それは逃げだろう?」
『・・・どういうことかしら?』

リツコの返答には若干の間があった。
自覚はしているらしい。

「聞くがこのままシンジを放置しておいて何が得られる?」
『・・・・・・』

確かにこのままシンジを放置していたからといって自閉症から立ち直るかどうかは分からない。
悪くすれば一生このままということもありえる。

「我はそんな気長な性分じゃないぞ?」
『どういうことかしら?』
「・・・答えがほしいのだよ」

シンはシンジの願いに応えてやり直しの機会を作った。
やり直された歴史・・・しかしそこにシンジはいない。
残された者たちがシンジのくれたチャンスを無駄にしないように、繰り返さないようにした結果が今のこの世界だ。

誰もが良かれと思い行動してきたこの世界はある意味において善意で出来ている。
しかし、たとえ善意から来ることであっても受け取り方によって悪になることは良くあることだ。
果たしてシンジがこの世界を受け入れるか否か・・・その答えは本人しか知りえない。

だからこそシンには知る必要があった。
アダムとして・・・そしてあの赤い世界にいた少年がこの世界を受け入れるか否か・・・その答えを

「・・・逃げ道は最初からないんだ。」
『・・・そうね、どうやら覚悟が足りなかったみたい。』

リツコの言葉にため息が混じる。
モニターの中でミサトがリツコの横に並んだ。

『・・・シンジ君をお願い』
「善処はするさ、・・・そもそも何が出来るのかわからんがな・・・」
『それでも私達はあなたに希望を託すしかないの』
「希望か・・・」

それはパンドラの箱から最後に出てきた災厄、人を惑わせ、もしかしたらというあやふやな思いのまま奈落へと誘う感情

だが希望とはなんだろう?
シンジが正気に戻ることだろうか?
それともシンジがこの世界を受け入れることだろうか?

「赤木リツコ?」
『何かしら?』
「お前は神というものを信じるか?」

いきなりの問いにリツコは少し考える。

『愚問ね、科学者はいつでも論理と事実の信奉者よ』
「いい答えだ。理想ではなく現実を信じるか」 
『あなたはどうなの?』
「どこぞの宗教のようになんでも一人で出来て、運命さえも操る万能なご都合主義の神という奴がいたら、会ってみたくはあるが無理だろうな」
『なんで?』

シンは軽く苦笑した。
もしそんな存在が実在するとしたら

「そいつは我々に喧嘩を売っているとしか思えないからだ。」
『その意見には同意するわ』

シンは3号機にシンクロを始める。
漆黒の巨人の両目に光が灯り、同時に展開されたA・T・フィールドの嵐が実験場の中に吹き荒れた。

「行くぞ!!」

天井知らずに上がっていくフィールドの力が実験場を吹き飛ばす。

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「松代にて事故!詳細は不明!!」

ゲンドウは発令所でその一報を聞いた。
いよいよシンが動き出したのだ。

「ゲンドウさん・・・」
「碇・・・」

後ろに控えているユイと冬月が心配そうな声をかけてくるがゲンドウは返事もせず無言だった。
それが何よりの返答だと二人も知っているためにそれ以上は口をつぐむ。

「映像来ます!」

メインモニターに映った光景に発令所のあっちこっちでうめくような声が聞こえた。
そこに映ったのは前かがみになって歩いてくる3号機だ。
アンビリカルケーブルをつけてもいないのにずっと歩き続けている。
明らかに異常、この光景に驚いていないのはゲンドウたちのように前回を経験してきたメンバーだけだ。

「・・・3号機は現時点を持って破棄、第13使徒とする」

ゲンドウの決定にまた驚きの声が上がるがゲンドウたちはお構いなしにモニターの3号機を見ている。

発令所の喧騒の中でミサトがエヴァの発進準備を進めていた。
これは事前に打ち合わせていたことで驚くことじゃないが・・・

「発進準備完了しました。」
「了解」

ミサトは背後の司令席に座るゲンドウを見た。

「・・・よろしいですね?」
「・・・・・・」

モニターに映るチルドレンの数は4・・・カヲル、アスカ、レイ・・・そしてシンジ
この中でシンジだけは魂が抜けているかのように無表情だ。
いろいろな意味で真っ白な少年は話を聞いていない、と言うより何も聞こえていないように見える。
他の三人はそんなシンジを心配している。

「・・・無論だ。使徒を倒さぬ限り我々に未来はない。」

感情を殺すためにあえて前回と同じ台詞を吐いた。
シンジを初めて殺し合いの場に放り込んだ言葉だ。
職員達は実の息子を今の状態で出すゲンドウに忌避の感情を抱いたようだが、事情を知っているものたちは逆に哀れみの瞳でゲンドウを見た。

「発進!!」

ミサトの号令で4機のエヴァがリニアカタパルトで射出される。

・・・結局シンジの表情は微塵も揺らがず能面のままだった。

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ズンという音とともに黒の巨人は歩く。
その一歩ごとに周囲には小規模な地震が起こっていた

「お父さん高いデス」
「ああ、そうだな]

少し舌足らずにはしゃぐ子供にシンは苦笑しながら頷いた。
インテリアシートに座っているシンの膝の上にいるのは長い青髪の幼女でおそらくは小学校低学年くらいだろう。
サキと同じくらいの歳に見える少女の瞳はもちろん赤い。

シンにルディと名づけられた元バルディエルだ。

「お父さん、これからどこに行くデスカ?」
「ん?第三新東京市というところだ。そこには他の兄弟達もいてお前が来るのを待っている。」
「皆いるデスカ?楽しみデス〜」

ルディはうれしそうだ。
やはり子供の笑顔を見ていると癒される。
たとえどれほど面倒で難しい問題を抱えていたとしてもだ。

3号機はゆっくりと歩いて第三新東京市を目指す。
他に移動手段がないのだから時間がかかって仕方がない。
太陽はすでに昼過ぎの位置に来ていた。
バルディエルのS2機関があるのでエネルギー切れがないのがせめてもの救いだ。

(しかしまた子供か)

最近どうやら使徒の低年齢化が進行しているようだ。
まあかわいいのでよしとしよう・・・かわいいのは正義なのだから

(やはり魂というのは体に影響されるものなのだな)

サキやハクやこのルディを見ていると思うのだがやはり精神的に子供だ。
魂のせいで子供になるのか、それ以外の原因があるのかどうか知らないが、本来年長者のはずのサキがあれなのだからやはり魂は肉体の変化に引かれるということか・・・

「・・・ん?」
「お父さんどうかしたデスカ?」
「いや、今何か重要なことに気がついたような・・・」
「よくワカラナイデス」
「ああ、そうだろうな・・・」

シンも今何に気がつきかけたのかよくわからい。
ルディはなにか考え事をしているシンの事を不思議そうに見ていた。

その間も3号機は歩き続け、太陽が夕日になった頃・・・目の前に”そいつ”は現れた。

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初号機は第三新東京市の端に射出された。
しかしまだ拘束台に拘束されたまま、自閉症のシンジでは開放した瞬間に前のめりに倒れるだろうとの配慮だったがおそらくその想像は正しいだろう。
相変わらずエントリープラグ内のシンジは虚ろな瞳をしていて何も見ていない。
そんな初号機の周りをレイの零号機、カヲルの初号機レフト(4号機)、アスカの弐号機が守っている。

「・・・・・・」

エントリープラグに乗せられてもシンジは身動き一つしなかった。
周りで何か声が聞こえる気がするが何を言っているのか分からない。
現に回りにレイ、アスカ、カヲルの乗ったエヴァがいるのにそれに気がついてさえいなかった。
そもそも自分のこともあやふやで思考が働かないのだ。

(なんだっけ?)

そんな思考の中に何か引っかかるものがある。
自分とそっくりの顔をしたあの少年が何か言っていた。
だが一体なんだったか・・・とても強い思いだった気がする。

自分はそれを知っているはずなのに鈍化した思考がそれに追いついてこないのがもどかしい。
ぎりぎりで届かない場所にあるものに手を伸ばしている気分だ。

しかしそれも仕方がない。
気を抜けば知らないはずの記憶が頭の中に流れ込んでくるのだ。
体験したことのないはずのものなのに”これは自分の記憶だ”という確信がある。
そしてそのほとんどの記憶が絶望的なものだった。

恐怖を抑えながら使徒を殺していく・・・
ゲンドウは自分を見てくれない・・・
母はいなくなったまま戻ってこない・・・
レイはどこまでも無表情で・・・
アスカはいつも突っかかってきて最後には壊れた・・・

知っている人間が死んでいく・・・
加持が死に・・・
カヲルを殺して・・・
発令所の皆も撃たれて殺されて・・・
ミサトも撃たれて・・・
アスカは白いエヴァに引き裂かれた・・・

そしてすべてが終わった赤い世界・・・

これらの記憶をすべて受け入れたら碇シンジという人格は崩壊してしまうかもしれない。
思考を止め、何も考えずにいることは一種の防衛本能が働いた結果だ。

ふと虚ろな瞳が前を見る。
シンジの瞳に写ったのは赤い夕日・・・どこかで見たような気がする・・・これと同じ夕日を・・・

(どこでだっけ?)

思い出そうとするがうまく行かない。
何か悲しいことがあったような・・・とてもとても大事なものをなくしてしまった気がする。
でもそれがなんなのかを”思い出す”ことが出来ない。

あまりにも悲しいことだったので脳が記憶の復活を拒んでいるのだ。

・・・自分を守るために・・・

・・・自分が壊れないように・・・

・・・自分が狂わないように・・・

そうしていないと碇シンジという人格を保てないことを本能的に分かっている。

(でも・・・)

シンジはこの先何が起こるのかを知っている。
そして自分の目の前に現れるものがなんなのかも・・・シンジの虚ろな瞳に写る光景と記憶の中の光景が一致した。

「あがあああああ!!!」

夕日の中をこちらに向かってくる漆黒の影を見た瞬間・・・シンジは拘束台を破壊し、獣の咆哮を上げて駆け出した。

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「いきなりこれか!?」

こちらを視界に納めた瞬間駆け出してきた初号機をシンはすんででかわす。
初号機はすでに顎部ジョイントを破壊して咆哮を上げていた。
完全に暴走モードだ。

獣の動きでかかってくる初号機のスピードは侮れるレベルじゃない。

「あうあうあー」
「ルディ、しっかりつかまっていろ!」

エントリープラグの壁にぶつかりそうになったルディを捕まえると手元に引き寄せて自分にしがみつかせる。
こんな問答無用で戦闘になるのなら、先にルディをおろしておけばよかったと後悔するがすべては後の祭り、そんな余裕は微塵もない。

「お父さん、なんデスアレ!?」
「絶賛暴走中の暴れ鬼だ!!」
「お、鬼さんコワイデス!!」

改めてみると初号機の顔はやはり凶悪だ。
これに比べると弐号機と零号機は遥かに愛嬌がある。
まあ3号機も似たようなものだが。

RUOOOOO!!!
「ちっ!」

奇声を上げながら突っ込んでくる初号機の頭上を3号機がひらりと飛び越える。
まさに牛のようだ。
ただし相手は猛牛などより遥かに厄介で物騒、しかも負けたら死ぬ可能性まであるというまったくありがたくないオプションがごろごろついている。

舌打ちしたシンは初号機に向けて通信を開く。

「シンジ!聞こえているのか!!」
『父さん!!』
「なに!?」

予想もしなかった返答に心は二の句が告げなかった。

『よくも・・・よくもトウジを殺したな!!』
「シンジ、お前何を言って・・・」

初号機は肩のウエポンラックからプログレッシブナイフを抜いた。
体勢を低くして突っ込んできた初号機はそのまま突き上げるような動きで3号機に突き刺そうとする。
狙いはわき腹だ。

「まさかまだ記憶の融合が済んでいないのか?・・・っちい!!」

シンジの言葉にあっけに取られて初号機の反応に遅れたシンはよけられない。

「ぐっつ!!」
ズシュ!!

夕日よりも真っ赤な液体が初号機と3号機の装甲を濡らした。
3号機の血だ。

「シンジ!!」

プログレッシブナイフは3号機の体に届いていなかった。
手前で3号機の上げた足に阻まれている。
その足の裏から甲にナイフの刃が貫通していたがそこで止まっていた。

避けられないと悟ったシンは避けずに前に出たのだ。
そして自分の足を貫かせることでナイフの動きを止めて固定した。

「過去の重みに耐えかねて記憶の融合が中途半端とは、なめるなこのネボスケが!!」

ナイフの突き刺さっている足の痛みを無視して捻り、初号機の手からナイフをもぎ取った。
さらに3号機は連続で体を回転させると反対側の足で初号機の側頭部にひざを叩き込んだ。
遠慮のない問答無用の一撃だ。

GOAAAAAA!!!!!

さすがの初号機ももんどりうって蹴り飛ばされた。
だがその程度で終わらせるようなシンではない。
初号機のほうもすぐに立ち上がって臨戦態勢だ。

同じエヴァパイロットの三人はその攻防のすさまじさに介入のチャンスを失している。
それもそうだろう。
前の世界で最強を誇った暴走状態の初号機とガチンコをやれている3号機、そもそも加勢するとしてどっちに加勢すればいいのかも分からない。

次に動いたのはシンの3号機だ。

「ぐ!!」

シンは足の激痛を無視してけりを放つ。
もちろん彼我の距離はけりの間合いから外れているが狙いは別にある。
蹴りによってナイフが抜けた足から3号機の血がほとばしった。
勢いよく吹き出した血はけりの軌道に沿って広がって行く。

GUAAAA!!!

3号機の血が初号機の目の部分の装甲にかかった。
目潰しとは言いがたいが視界をふさぐことは出来る。

案の定初号機は3号機の血をふき取ろうとするがそれを見逃すシンでもない。

「がああ!!!」

初号機の背後に回った3号機は初号機の腰に手を回して固定するとそのまま体重をかけて持ち上げ、初号機を抱えたまま飛んだ。
空中で初号機の体を背後に投げ飛ばすような感じで体を入れ替えるとそのままブレンバスターのような感じで地面にたたきつける。

ズンという振動とともに地面に頭から突っ込んだ初号機はそのまま動きを止める。

シンは初号機から油断なく距離をとった。
暴走した初号機は前の世界で3号機を文字通り八つ裂きにしたのだ。
そんな獣100%な初号機に隙や手心を加えるほどシンは博愛主義者じゃない。
油断は即前回の再現に繋がりかねないのだ。

しかも初号機のナイフを受け止めた足は冗談のように痛む。
具体的には転げまわって泣き叫びたいくらいにマジで痛い。

「あうあうあ〜」
「あ!ルディすまん」

気がつけば自分にしがみついているルディが目を回していた。
赤い瞳がナルトのようになっている。
出来ればおろしてやりたいとは思うのだが・・・

「って言うか・・・存外しつこいなシンジ?」

見れば初号機がムクリと立ち上がろうとしている。
やはりリリスのS2機関の恩恵を完全にものにしているのだろう。
タフさだけならば無敵だ。

このまま続ければシンはともかく幼いルディが耐えられない。

RUOOOOO!!!
「っつ!!」

うずくまった状態から一気にジャンプして距離を詰めてきた初号機に対してシンはプログナイフを抜いた。
万が一にも初号機を貫かないように、刃の部分は振動させていない。

飛び掛ってきた初号機は3号機を押し倒して

ガキン!!

水平に構えたナイフに初号機が噛み付く。
明らかに獣のような闘争本能のみで戦っている。
やはり振動させていなくて正解だった。
振動させていれば初号機の頭が口の部分で上下に切り裂かれていただろう。

「ちいぃ!!・・・シンジ、聞こえているんだろう?」

シンの呼びかけに初号機が身じろぎした。
どうやらこちらの声が聞こえてはいるらしい。

「いい加減に・・・」
『シンジ!!』

シンの言葉をさえぎったのはゲンドウの声だった。

『シンジ・・・すまん、私が悪かった。』
『・・・・・・』

ゲンドウの言葉に対してシンジの返答はない。
初号機も3号機を押さえ込んだ格好で硬直したままだ。

シンはあえて口を挟まずこの場はゲンドウに任せることにした。

『・・・許せんだろう。憎んでいるだろう・・・私が言うべきことではないと分かっているがお前の怒りは正当なものだ。』
『・・・・・・』
『私の言葉はすべて詭弁に聞こえるだろう。何をいまさらと・・・当然だ。すべての罪は私にある。』

シンだけでなくほかの誰も二人の会話に介入しようとはしない。
これは親と子、ゲンドウとシンジの会話なのだ。

ゲンドウは今はじめて親としてシンジと向き合おうとしている。
臆病で人との触れ合いを恐れるこの男が初めて自分から積極的にシンジという存在と繋がろうとしているのだ。

『だが・・・信じてほしい。私はこの世界でお前のことを思い出してからずっと会いたかった。この世界のシンジではない。あの世界のシンジに・・・会って私のおろかさで傷つけてしまったことを詫びたかったのだ。・・・自己欺瞞だと分かっている。そしてその願いはかなった。もはや思い残すことはない、シンジ・・・お前が望むのなら・・・お前がそれで幸せになれるのならこの命さえも差し出そう。』

言葉からゲンドウの必死さが伝わってくる。
ゲンドウは本心からシンジに幸せになってほしいと思っている。

長い・・・長い沈黙の後・・・シンジはポツリとつぶやいた。

『・・・・・・父さんなんか嫌いだ』

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『・・・・・・父さんなんか嫌いだ』

発令所でその言葉を聞いたゲンドウはがっくりうなだれた。
ユイが近づいてゲンドウの肩に触れる。

「ゲンドウさん!シンジ!!」
「ユイ・・・いいのだ。」
「でも、ゲンドウさん!!」
「分かっていたことだ。シンジが私を許しはしないことは・・・私はそれだけのことをシンジにしたのだから・・・」

ゲンドウの罪は重い。
それは他の誰でもなくゲンドウ自身が一番良く知っていたことだ。
同時にシンジが自分を許すことなど永久にないことも分かっていた。

他の発令所の職員達はいきなりのゲンドウの告白と謝罪にどうすればいいか分からないでいるが、ミサトやオペレーターの三人はうなだれているゲンドウを気の毒そうに見ていた。
冬月も黙ってユイに慰められるゲンドウを見ている。

メインモニターの中で3号機を押さえ込んでいた初号機が離れた。

『父さんの風呂上りでタオルも巻かずにビールを牛乳飲みするところが大嫌いだ。』
「「「「「・・・は?」」」」」

考えもしなかった言葉に全員の反応が遅れた。

ちなみに牛乳飲みとは片手を腰に当てた状態から牛乳を一気飲みするポーズを言う。
必然胸をそらすことになるのだがその場合軽くのけぞることになるので風呂上りでタオルを巻いていない場合は・・・

『確かにアレは見苦しいな、無用の文字どおり長物をぶらぶらさせおって』

シンも同意してきた。
どうやら本当のことらしい。
ゲンドウは完全にフリーズしている。
ピクリとも動かない。

「・・・ユイ君?」
「え?ああ、確かにゲンドウさんにはそういう癖があります。やめてくれといつも言っているんですが・・・」
「この親父め」

年長者の冬月にそんなこと言われたかーないが思い返してみて第三者視点で考えると言い分けのしようもなく親父だ。

『世界が滅んだら碇ゲンドウのせいだな・・・無様な・・・』

さっきまでの同情的な視線が今度は軽蔑って言うか「このバカ親父のせいで世界は滅亡の危機一直線なのか?」という感じに皆瞳で語っている。
シリアスな空気が霧散してグダグダだ。

「い、いやちょっとまってくれ!!」
『なんだ碇ゲンドウ?お前さっきまで命すら差し出すといっていたのに心変わりか?』
「そ、それは嘘じゃないがそれと私の癖に何の関係が!?」
『見苦しいからだ。文句あるか?』
「文句を言っちゃいかんのか!?」
『いいわけあるか!!』

身も蓋もありゃしない。
しかもなぜかシンは大激怒している。

『貴様、この前サキがそれを見てなんと言ったと思う!?「ぱぱあれなに?」だぞ!!』
ドゴゴ!!

その瞬間、二つの肉を殴打する音が発令所に響いた。
音源はゲンドウの両頬、殴ったのはユイと冬月だ。

「ぐっは・・・ユイ?・・・冬月?」
「ゲンドウさん?いっぺんまじめに死にましょうか?答えは聞いてませんからとっと死んでください。」
「碇・・・今だから言うがわしのお前に対する第一印象は”いやなやつ”だった。・・・・・・お前は存在そのものが教育に良くないらしいな・・・」

二人の目はマジだ。
マジでゲンドウを殺るつもりだ。

『しかもその答えが「問題ない・・・ただのゾウさんだ」だと・・・』
「貴様子供に何いっとるんじゃ!!」
「あ、あれは酔った勢いというか・・・ああ!無言でけりまくらないでくれ!!!」

ネルフトップのはずのゲンドウのリンチが始まった。
ちなみに止める人間は一人もいない。

マヤなど白眼並みに真っ白な目で「不潔・・・」とか呟いているしゲンドウの味方は一人もいない

「?・・・リツコ?どうかした?」
「い、いえ・・・なにも・・・」

”いろいろ”と覚えのあるリツコはあさっての方向を向いて実にいい笑みを浮かべていた。

「あ、こっちはきっちり殲滅しておくからそっちはシンジをお願い。」
『頼む、ああそれと・・・』
「ふふ、ちゃんととどめは残しておくから心配しないで」
『いい仕事だ。』

黒い・・・真っ黒い影を背負ったユイとシンが親指を立てている。
もちろんゲンドウへのけりは継続中・・・たった数分の会話でネルフのトップが轟沈された。
恐るべしシンジの本音

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「よっと」

シンは目の前で自然体になっている初号機を警戒しながら立ち上がって正対する。

「さて、仕切りなおしだ。シンジ・・・確認したいのだが・・・お前、記憶を・・・」
『うん、みんな思い出した・・・違うかな、受け入れたよ・・・』

どうやらシンジはさっきのどたばたの間に未来の記憶を受け入れたらしい。
さっきまでの暴走していた初号機が冗談に思えるほど今のシンジは落ち着いている。

「お前は碇シンジだな?」
『他の誰に見えるの?兄さん・・・いや、アダムだよね?』
「ああ」

二人の間の空気が凍ったような気がする。
どうやらシンジはシンの正体に気がついたようだ。
緊張が両者の全身に走った。

「率直に聞こう、何が起こった?」
『本当に率直だよね・・・やっぱりこれは予想外だった?』
「ああ、まさか魂が我々と同じ状態になるとは夢にも思わなかった。」

百歩譲って初号機の中のシンジの魂が記憶ごとこの世界のシンジに引っ張られて融合するのは可能性としてはあった。
だがこれは予想外だ。

「一体何が・・・」
『くおのバカシンジ!!』
「は?」

いきなり3号機の横を赤い風が駆け抜けたかと思ったら次の瞬間にはその風が初号機にドロップキックをかましていた。
くの字に折れた初号機が回転しながら飛んでいく。
この場にいる面子でこんな傍若無人な真似が出来る人間など一人しかいない。

「おい、惣流・アスカ・ラングレー!?今は我がシンジと話をしようとしていたんだが、何やっているんだお前!!」
『そんなの後でいいわよ!!散々私を待たせたバカシンジにはこれで十分!!』

仁王立ちする弐号機はそっぽを向いた。
さすがのシンもカチンと来る

「このツンデレは・・・少なくともそこは両手を広げて抱きつきに行くところであって足から行くところじゃないだろ!!」
『な!!なんでよ!?』

真っ赤になって・・・もともと弐号機は真っ赤だが・・・身をくねらせてあわてる弐号機のせいで周りの建物が振動で倒壊した。
ナチュラルに器物破損の現行犯だ。

「ところで・・・いいのか?」
『なにが?』
「出し抜かれているぞ?」
『なぬ!?』

3号機の指差す先にはぶっ倒れた初号機に駆け寄っている青い巨人、零号機がいた。
レイの零号機は初号機の頭を抱き上げると膝枕をしている。

さすが綾波レイ、どこまでも冷静だ。

『シンジ君、痛い?』
『あ、綾波・・・』
『会いたかった・・・』

そう言って零号機が初号機の頭を大事そうにその胸に抱く。
モニターの中のレイは泣いていた。

なかなか感動的なシチュエーションだがやっているのはあくまで”人型決戦兵器”だ。
傍目にはかなりシュールな光景だが本人達はすでにトリップしているので問題なし、むしろ世界には二人だけ状態なので邪魔が入らなけりゃあおーるおっけーだったりする。

『フ〜ン・フフ〜ン』

まあどこの世界にも空気を読めない奴はいるものだ。
聞こえてきた鼻歌の方向を見れば、高いビルに座ってシンジと初めて出会った時の様にポーズをとっているカヲル・・・今回は4号機に乗っているので座っているビルがミシミシいっている。

『僕も会いたかったよシンジ君』
『カヲル君・・・』
『君は相変わらずガラスのように繊細だね、大好きって事だよ』
『・・・君の言っていることは丁重にお断りするよ。ごめん、僕は恋愛対象は女の子がいいんだ。』
『ふふ、つれないね〜』

ハハハと笑いながらビルから降りた4号機は初号機に手を差し出す。

『カ、カヲル君・・・』
『さあシンジ君、一緒にお風呂に行こう!!』
『いきなりそれ!?』
『どっせい!!』
『あぶらかたぶら!!』


横腹にドロップキックを食らった4号機が建物とかいろいろ壊しながら飛んでいく・・・だから器物破損だっつーのに・・・ドロップキックをかましたのはやはりアスカだ。

「おい、確かに今の渚カヲルはリリン的にも駄目駄目だったがあんまりじゃないか?」
『問題なし!!』
「断言しやがったよ!!」

まあ仮にも自分の直系の息子なのだから死ぬことはあるまいと、アダムは視界の隅で割と断末魔っぽい痙攣をしている4号機を無視した。
忘れてはいけない。
エヴァは受けたダメージの痛みをダイレクトにパイロットに伝える欠陥品なのだ。
しかも欠陥品の癖に超高級品だったりする。
壊れたらどうするつもりなんだ?

「それでシンジ?お前一体何がしたいんだ?」
『そ、そうだよ!僕にはやらなきゃならないことが!!』
「やらなきゃいけないこと?」
『そう・・・僕はやらなきゃいけない・・・それがあの赤い世界の碇シンジの・・・』
「とりあえず立ってから言え」
『う・・・』

初号機はいまだに零号機に膝枕をされたままだ。
シンに言われて初号機が立ち上がろうとするが・・・

『・・・駄目、離さない・・・離したくない・・・』
『あ、綾波ぃー!!』

立ち上がろうとした初号機の頭を零号機が引き寄せてその胸の中に収める。
イメージとしては、女の子がお気に入りのぬいぐるみをとられないように抱き寄せている感じなのだが・・・やっているのはあくまで人型決戦兵器なので、かわいいというには多少ずれた感性が必要になること請け合いだ。

「・・・おしい。これが生身ならレイの二つのふくらみが顔に当たってやわらかくてあったかくてラッキーな状況なのにエヴァ越しではまったく感じない。って言うか装甲が硬くてやわらかくもあったかくもない。・・・とシンジの中の少年な部分の青い煩悩は思ったのであったマル。」
『何勝手に人の心理を捏造しているのさ!!』

シンの勝手なナレーションにシンジが抗議の声を上げるがヘッドロック並みに頭をがっちりホールドされている状態ではさすがに立ち上がれないようだ。
零号機に押さえられてもがく初号機はなかなか面白いかもしれない。

『レイ!!!!!!!!』

まあこんな状況が長続きするわけがないのだ。
この場には我慢できない人間がいるのだから。
アスカ大明神さまはご立腹だ。

「やかましいぞ惣流・アスカ・ラングレー、そんなにうらやましいのならお前もすればよかろう?」
『そんな恥ずかしいこと出来るか!!』
「恥なんてさっさと捨て去ったほうがいろいろ楽だと思うが?」
『勝手に痴女扱いするな!!』
「こういうものは早い者勝ちだと思うがな、大体ここまで来て純情ぶるなよ。」

売り言葉に買い言葉なのはまあいいとしよう。
だがその内容の低さはどうにかならないものだろうか?

「埒が明かんな・・・」
『誰のせいだ!!』
「おいシンジ?・・・ん?」

なぜか初号機がだらりと四肢を投げ出しているように見えるのは気のせいだろうか?
さらによく見ると初号機を抱きしめている零号機の腕が人間で言うところの頚動脈の部分に食い込んでいる気がするのは気のせいだろうか?

「「「・・・・・・」」」

沈黙が痛かった。
忘れてはいけない。
エヴァはそのダメージをパイロットに伝えてしまう欠陥兵器だということを・・・まあ実際に絞められているわけではないので死ぬことはないだろう。

「ふ・・・シンジ君・・・やはり君は・・・ガラスのように繊細だね・・・好意に値するよ」

カヲルはいまだに地面でもだえていた。
しかもわけの分からないことをしゃべっていて本当に大丈夫かかなり怪しい・・・主に頭の中が・・・どこかに痛烈に頭をぶつけたということはないだろうか?

しかも誰もカヲルを省みないのはちょっとひどくはないだろうか?

「まったく・・・」

気絶したシンジの初号機を見ながらシンは確信した。
この世界に神がいるとしたら間違いなく自分達をおちょくっている。

「・・・なんなんだこのオチは・・・」

その言葉はひどくむなしく星の輝きだした空に吸い込まれていった。










To be continued...

(2008.06.21 初版)
(2008.07.05 改訂一版)
(2008.07.19 改訂二版)


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